愛を知らない少女が勇者の女の子に憑依して、周りを曇らせながらハッピーエンドを目指す物語 作:霧夢龍人
普通ってなんだろう。
少なくともボクは、動けなくなるまで殴られることを中学生の時までは普通の事だと思っていた。息が出来なくて、苦しくて、希望を見いだせない日々を過ごすことが、みんな当たり前なんだと思ってた。
「ふぐぅ"っ!?……けほっ、ぅあ」
「くそっ!くそっ!テメェのせいで!パチンコに負けちまっただろうが!」
「ごっ、ごめんなさいぎっ!?」
蹴られる。殴られる。
けどそれだけなら大丈夫。
無理矢理犯されそうになるよりはマシ。
暑くて溶けちゃいそうな真夏夜に、蹴られた身体がゴム鞠みたいに飛んでいきそうになる。そんな、ありふれた日常。
お父さんはお母さんが死んで変わった。
きっとボク達残された家族が変わってしまったのは、お母さんの布を棺桶に入れて葬儀をしたあの日からだ。
あの日から、お父さんは気に食わないことがあるとボクを殴るようになった。ある時はお母さんにそっくりだからって、服を破いて処女を奪おうとした時だってあった。
でもお父さんも、きっとそんな事をするのは嫌なはず。ボクが悪い事をしたからお父さんはいやいや躾てるんだ。ならここで嫌がったり泣いたりするのもダメ。
そう思ってひたすらお腹や足に集中する殴打に、今日もなんとか耐え続けていた。
数十分か数時間か分からないくらいの時間が経ったあと、ようやくお父さんは満足したらしく、ボクはようやく開放される。
痛みと暑さで冷や汗が止まらない。
涼しくもない風がうなじを擽るせいで、変に意識がはっきりしていた。
「はぁ…はぁ…いいか?これは教育的指導だ。お前がいい子になれるように、俺がわざわざ手を下してるんだ。分かるな?」
「はぃ……はぃ……わかり、ます」
熱が冷めて冷静に語り掛けてくるお父さんとは裏腹に、僕は吐き出す息と共に
多分、鳩尾に入ったんだと思う。
興奮した犬みたいに浅い呼吸を何度も繰り返して、僕はようやく返事を返した。
でも仕方ない。だってボクが悪いんだし。
ボクがもっとバイトを頑張ってお金を渡せていれば、お父さんはパチンコ?に勝てたかもしれない。
少なくとも、殴るようなことはしてこないはずだ。
だからボクが悪いんだ。きっとボクが悪い。
もっと、もっともっと頑張らなきゃ……そうすればきっと、お父さんも褒めてくれるよね?
これ以上働いたら勉強にも影響しそうだけど、お父さんが褒めてくれるから頑張れる気がする。もしかしたら一緒にお出かけに連れてってくれるかもしれない。
───嗚呼、お金を渡すだけで褒められるかもしれないなんて、やっぱりボクは“愛されてる”んだ。
嬉しいな。こんなに愛してくれる家族がいるなんて。
仏壇の中のお母さんはボクの考えを肯定するように、優しく微笑んでいた。
─────────
『もしもし、
「んーん、大丈夫だよ!ボクも話したかったし……
『もうっ!褒め過ぎだよ〜』
スマホから零れる想い人の照れた声に、思わずふふっと笑いが零れる。
古いスマホだから電話くらいしか使えないけど、一日が終わって寝る前にこうして希々と話すことがボクの癒し。
殴られた傷はヒリヒリして痛むのに、希々の嬉しそうな声を聞くだけで和らいだ気がする。
あぁ、やっぱりボクの彼女は可愛くて敵わない。
希々とは中学生の時からの付き合いで、高校生になってから紆余曲折あって付き合いだした。詳細は省くけど希々には浮気性の彼氏さんが居て、その人に裏切られ続けてるのに依存してて危ない状況だったのを助けたのが発端だ。
告白は希々からされた。
「貴女が好き。もし良ければ、ずっと私のそばにいて欲しい」
告白というよりかはどちらかというとプロポーズなんだけど、誰かと付き合った事がないボクからしたら初めての経験で、思わず頷いてしまった。
でも今は後悔なんてしてない。
痛みも悲しみも苦しみも全部、どうでもいい。女同士?周りの視線?至極どうでもいい。希々さえいれば、ボクはきっと生きていける。そんな気がするくらいボク達はお互いのことが好きで、大事で、“愛し合ってる”。
そう思っていた。
『あ、もうこんな時間……』
「えっ?ホントじゃん」
今日学校で起きた事や最近ハマってるらしい韓流ドラマの話を交えて談笑していると、気づけば時計の針は0時を回っていた。
なけなしのお金で買った古い型番のスマホを握って、時の早さを痛感する。そろそろ寝ないと早朝の警備員のバイトに間に合わない。
掛け持ちしてるバイトから帰ってきてそうそうにお父さんに怒られ……いや、叱られていたからシャワーも浴びてない事にため息を吐いて、スマホを肩と耳で挟みながらお風呂へと歩く。
お父さんはお酒でも飲んで寝てるのか、寝室から出てこなかった。
スマホを置いてそそくさと服を脱ぐ。ジンジンと奥底から滲む痛みに耐えながら、ヨレヨレになった服を畳んだ。
寝てるお父さんの邪魔をするのは悪いから、希々と話す時も音量には気を付けてるようにしていた。
「……結構、跡残ってるな」
素っ裸になったボクは洗面所の鏡を見て呟く。
思っていたより殴られる力が強かったのか、青アザがあちこちに出来ている。
治りかけて黄色くなってるのもあるけど、この調子だと二週間はかかりそう。何ならその間に叱られて殴られないことも無いから、全部治すのに時間はかかると思う。
───でも、これも全部ボクが悪いから仕方ない。自業自得だ。
叱られて殴られるって事は、ボクは愛されてって事だしね。好きの反対は無関心って言うし、叱られるだけ期待されて愛されてるんだろう。
うん、そうに違いない!……きっと、そうなんだ。
沢山出来た青アザを撫でながら、家族の愛の証を感じてついつい微笑んでしまう。
『ん、どしたの由良?』
「ふふっ、なーんでもないよ?」
『なんでニヤニヤして……あっ、もしかして私のキスマーく残ってた?』
もう一度鏡を見れば、ボクの首元には確かにキスマークが残っていた。この前付けたばっかりだからまだハッキリと分かるし、強く吸い付き過ぎて青くなってるけど、大好きな人の愛の証だ。
でもそれを伝えるのは恥ずかしくて、少し間を空けて答えた。
「あー……うん、めっちゃ残ってるかな」
『へへっ、由良の肌は柔くて気持ちよかったぜ!』
「うわ、変態だ!」
『失敬な!?』
こんなやり取りすらも愛おしい。
でもいつまでも話している訳にもいかないので急いでシャワーを浴びて、さっさとソファに横になった。
少し肌寒いけど、真冬の時よりかはだいぶ寝やすい。
使ってないタオルを布団替わりにしながら、希々の話を笑いながら聞いていた。
『でねでね、なんて言ったと思う?』
「えーなんだろ、ちくわ大明神とか?」
『惜しい!!正解は納豆巻き左衛門でしたぁ!』
「絶対正解できないじゃんかっ!も〜、ボクを揶揄うのもいい加減にしてよ〜?」
『ごめん、無理。だって由良の反応が可愛いもん!』
「……うっ、うるさい。それに、その、可愛いのは希々の方だし!ボクなんて全然だよ」
『えーそう?私は由良の全部が可愛くて好きなんだけどなぁ』
全く、これだからボクの彼女は。
何回ドキドキさせれば気が済むんだろうか。
好き、とか可愛い、って言われる度に狂ったように跳ねる心臓の音が聞かれてないか心配になるくらい、希々の言葉はボクを照れさせるのに刺激が強すぎる。
今もジンジンと滲む痛みは残っている。痛みは熱だ。
愛を感じさせてくれる熱くて暑い熱。
でも希々から貰う“熱”は、身体も心も温かくなるような心地の良い熱。なんでお父さんと希々でこんなに違うかは分からないけど、ボクだって希々の事は好きだ。
だから言い淀みそうになるのを堪えながら、燻る熱の赴くままに気持ちを伝えた。
「ボクも、希々のこと大好きだよ」
『じゃー私は愛してるよ?』
「……ありがと。それと、おやすみ」
『ふふっ、そうだね。おやすみ』
赤く火照る頬を冷風が冷ましていくのを感じながら、そっとスマホの通話終了ボタンを押す。
真夏夜だと思っていたけど、どうやら結構冷えるらしい。
全身を包むのには物足りない大きさのタオルを目一杯広げて、身体を折り畳むように冷風から逃れる。
どうやら今日
闇に包まれた部屋の中を照らすスマホの明かり。その光景がまるでボクと希々を現してるみたいで、思わずふふっと笑いが溢れてしまった。