Re.
「――いよいよだな。ボク……いや、ボクたちが最後に見るものはキミの勝利だ。カルデアの司令官として指示を出すよ。私の事は気にせず、完膚なきまでに完全な勝利を。キミは人間として魔術王ソロモンを倒した。あとは魔神王を名乗るあの獣を、ここで討伐しなくてはならない。
さあ――――行ってきなさい、藤丸くん。これがキミとマシュが辿り着いた、ただ一つの旅の終わりだ」
消えていく。体が、意識が薄れていく。けれどまだだ。まだ消えられない。まだボクは彼の答えを聞けていない、と今にも消えそうな体と意識を必死に繋ぎとめて。涙でくしゃくしゃになった顔で、それでもこちらを見つめながら頷いた彼の顔を見た瞬間に力が抜けて。
ボクの意識は、そこで途切れた。
*********
風が顔に当たる。遠くからは何かが爆発する音や銃声、誰かの怒号が響いてくる。夢にしてはずいぶんと物騒だ、なんて考えながら目を開いた。背中には冷たい壁の感触。カルデアのそれとは違うザラザラとしたそれは、自分が知らない場所にいることの証明で――――。
「……意識が、ある?」
まどろんでいた意識が覚醒すると同時に跳ねるように起きあがって周囲を確認する。どうやらボクが居たのはどこかの路地裏だったようで、辺りは薄暗く自分以外に人影は見当たらない。幸いにも今は昼間のようで、建物の隙間から青空が見えており自分の左側からは雑踏が聞こえてくるけれど、それはいったん後回し。まずは今の自分の状態を確かめることが先だろう。
「着ている服はカルデアの制服で職員証も首から下がってる。体の感覚もカルデアにいた時と変わらないから多分ロマニ・アーキマンの姿なんだろうけど……さすがに鏡とかを見ないと分からないなぁ」
これでソロモンの姿だったら、なんて考えてカルデア制服をきたソロモンの時のボクの姿を思い浮かべて……似合わないな、うん。ないない。そもそもそれはあり得ないだろう。あの時間神殿でボクは自らの手で消滅を選び、その宝具は確かに発動した。失敗ばかりだったボクだけど、アレに関してだけは自信をもってそう言える。ミスをするなどあり得ない。あの日あの場所で、確かに魔術王ソロモンは死んだのだ。
「まあ、じゃあ今ここにいるボクは何なのかって話なんだけどね……」
まさか「ボク、幽霊になっちゃった!」とかだったらどうしようほんとに。幽霊が怖いのに自分が幽霊になるとか考えたくもない。ちゃんと物には触れてるし頼むから生身であってくれ、なんて考えながら自分の服装や持ち物を確認していく。
「魔術は使えない……ということはやっぱりソロモンとしての権能は無くなってるみたいだ。通信機なんかも無くなってるけどそれ以外はカルデアにいたころと変わらない……待った、変わらないだって?」
それはおかしい。ずっと身に着けていたものだから違和感がなくて気づかなかったけど、1つだけあってはいけないものがある。ソロモンが神より授かった10の指輪のうち未来へ送られ、あの時間神殿にて喪失したはずのもの。
――左手につけていた手袋を外せば、その指には金色に輝く指輪が1つ。正真正銘、ソロモンの持つ指輪がそこにはあった。
「どうしてだ……?なんでこれがボクの所に…」
1、2回ほど深呼吸をして混乱する思考を落ち着かせる。感覚でわかるがこの指輪は役目を終えた後のものだ。神代の遺物としての価値や神秘は残っているけど『ソロモン王の指輪』としての価値は既に消えている。例えボクがこの指輪を持っていても"訣別の時きたれり、其は世界を手放すもの"を使うことは不可能だろう。そもそもボク自身にソロモンとしての力は残っていないからどっちみち無理だったろうけど。
何故ボクがこの指輪を持っているのかはわからないけれど、他の誰かが悪用したりするよりはマシだったと思うことにしよう。一応使い方次第では七十二柱の魔神とかが呼ばれる可能性もあるし、この場所に魔術師やそれに準ずるロクでもない存在がいないとも限らない。今までと同様にできる限り手袋をして隠しておくことにする。
さて、とりあえずボクがこれからやることは決まった。まずは正式な身分の入手と衣食住の確保、この場所……いや、この世界の情報を手に入れること。
見上げた空には巨大な輪のような幾何学模様。人理焼却の光帯とはまた違う不思議なもの。……きっとここはボクのいた場所とは全く別の世界、もしくはそれに準ずる何処かなんだろう。そう仮定して動くべきだ。
カルデアやみんなに対する未練はたくさんあるけれど。それでも、藤丸くんの顔を見て大丈夫だと思った。カルデアはレオナルドに任せてきたから心配ない。全部を投げ出したボクだけど、存在している以上ここで歩みを止めるのは違うだろうから。
魔術王ソロモンは時間神殿で消えた。今ここにいるボクはただの人間として、魔術王ソロモンではなくロマニ・アーキマンとして、精一杯生きてみよう。
――もしもまたカルデアのみんなに会えた時、胸を張って話せるように。
そう決意して今いる路地裏から出ようとしたボクは、目の前で起こっている銃撃戦を見たことで即座に路地裏の奥へ引っ込むことになる。
「いやいやいやそんなに治安悪いのはボク聞いてないなぁ!?あちょっと爆発はダメだってうわぁぁ!?」