本日の運勢は過負荷(マイナス)   作:蛇遣い座

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「ツキがなかったね」

――このボク、月見月瑞貴は不運だった。

 

海へ行けば津波が起こり、山へ行けば土砂崩れ、街を歩けば洪水が巻き起こる。そんな『異常(アブノーマル)』を抱えたボクがあの病院に行くことになったのは当然の帰結であった。そこはボクと同じような『異常』な子供たちを研究・調査する病院であり、そこで担当医となった人吉先生の治療を、症状が安定するまで九年近くの長期に渡って受けることとなる。結局、ボクの『異常』が落ち着いたのは、十二歳の中学入学直前のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

現在ボクは人吉先生の自宅で最後の診察を受けているところだった。人吉先生はボクの担当医のような方で、もう勤めていた病院を辞めてしまっているというのにいまだに診察を受けさせてくれている。一児の母だというのに、まるで小学生のような外見という不思議すぎる少女、いや女性であった。ボクがこれまでのお礼を告げると、しかし人吉先生は悔しそうに表情を歪めてしまう。

 

「人吉先生、もう病院を辞めたっていうのに今日までボクの治療に付き合ってくださってありがとうございました」

 

「ええ……でも分かっていると思うけど、その『異常(アブノーマル)』は治ったわけでも進行が止まった訳でもないわ。それどころか、八年間もかけて結局あなたの『異常』について解析できたとは言えない。『異常者(アブノーマル)』というよりもむしろ、かつてあたしが病院で診察したことのある――」

 

「それでも安定はした、でしょう?明日から中学入学ですし、それまでに治療を終わらせたいと思っていたのでボクとしては満足ですよ」

 

ボクがそう言うと、人吉先生は大きく溜息を吐いた。

 

「ふぅ……確かに、もうあたしにできることはないのよね。あたしが取れたのは結局、最善策どころか次善策でもない、最悪ではないというだけの治療法だったっていうのは悔しいけれどね……」

 

「十分ですよ。おかげでこれからは平和に学園生活を送れそうですからね」

 

納得はしていないような表情だったけど、人吉先生はおめでとうと言ってくれた。ここまで『異常』が制御できたのは人吉先生の精神外科手術のおかげだろう。とはいえこれ以上はボク自身、この『異常』を制御することはできそうにないから、やっぱりこれで治療は終わりなのだ。

 

 

 

 

 

 

「あれ?瑞貴さん、今日も来てたんですか」

 

玄関から出るとちょうど人吉先生の息子の善吉くんが帰ってきたところだった。彼はボクの一つ年下で、八年間も人吉先生宅に通っていたボクとは昔馴染みの少年だ。

 

「善吉くんか、久しぶり。今日はめだかちゃんと一緒じゃないの?」

 

「何度も言いますけど、別に俺はいつもめだかちゃんと一緒にいるわけじゃないんですよ。それより瑞貴さん、明日から中学生になるんですよね。小学校は別でしたけど来年俺たちが入学したら同じ学校ってことになりますね」

 

期待に目を輝かせている善吉くんにボクは苦笑しながら答える。ボクは来年のことよりまずは明日の心配をしないとね。初日から遅刻なんて悪目立ちしたくないから、今夜は早く寝ないと……。

 

「うん、そうだね。来年入学してくるのを楽しみにしてるよ。って言ってもまずボクが新しい学校に馴染めるかが一番の問題なんだけどね」

 

「そう言えば瑞貴さんの通ってた小学校って――」

 

突如ボクの耳にガツン!という鈍い音が響き、次の瞬間にはボクの身体は道路へと横たわっていた。頭部から痺れるような痛みが走っており、それでようやくボクの頭に何かが激突したということに気付く。

 

「瑞貴さん、大丈夫ですか?まぁ、いつものことですけど……」

 

「……うん、大丈夫。今日は近くのマンションから植木鉢が落ちてきたのか」

 

ボクは何事も無かったかのように立ち上がると、横に転がっている割れた植木鉢を見ながら呟いた。ま、いつものことだ。割れたガラスの山が降ってきたり、工事現場の近くを歩いていて鉄骨が落ちてきたりするのに比べれば今日のは比較的安全だったといえる。これがボクの『異常(アブノーマル)』な日常なのだ。

 

「ぐぅぅ……今日で治療が終わったからってちょっと気を抜き過ぎてたみたいだ」

 

「頭からすげー流血してますよ。お母さん呼んできて治療してもらいますか?」

 

「……いや、いいよ。慣れてるし。じゃあまたね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――入学式当日

 

きちんと遅刻せずに登校したボクは、これから心機一転がんばろう!と思った矢先、正門に足を踏み入れた瞬間に横から出てきた男と肩がぶつかってしまった。見るとどうやら同じく新入生のようだ。ボクは保護者がいないため入学式に参加するのはボク一人だけだけど、目の前の男子もどうやら一人きりらしい。

せっかくだから一緒に行かないか誘ってみよう。友達を作るには自分から話しかけないとって本には書いてあったし。今まで小学生だったっていうのに金髪だし、学ランの下に何も着てないし、めちゃくちゃ目付きが悪いのは気になるけど偏見はいけないよね!

 

「ごめん、大丈夫?君も新入生?だったら一緒に――」

 

そう話しかけながら、ボクは反射的にその男を蹴り飛ばしていた。顔面にハイキックを受けた男は地面に突っ伏して昏倒してしまう。

 

「あ、ごめん。つい……」

 

そう言いながらもボクの表情に反省の色は全く浮かんでいない。だって、ねぇ……。不運すぎるボクがこの流れで巻き込まれる事態なんて目に見えて分かる……。それでつい敵意を感じた瞬間に足が出てしまったのだ。見ると彼のポケットからは特殊警棒が顔を覗かせており、自分の予想が当たっていたことを確信した。

 

「やっぱり肩がぶつかって因縁を付けられる流れだったみたいだね。友達になれると思ったんだけど、二日に一度は必ず不良の喧嘩に巻き込まれるボクの経験に間違いは無かったか……。ボクの不運に巻き込まれるなんてツキがなかったね……っ!?」

 

入学式に遅れてしまう、と何事も無かったかのように歩き出したボクだったが、しかし、感じた敵意に反射的に飛び退くと、一瞬後にボクの頭のあった位置を特殊警棒が通り過ぎる。驚いて振り向くと、そこには立ち上がって武器を携えている男の姿があった。

 

「……おかしいなぁ。経験上、あの蹴りをくらって立ち上がれるはずないんだけどね」

 

強者も弱者も含めて、のべ千人を超える不良を蹴り倒してきたボクだったからこそ分かる。直感的に理解させられる。――この男は今まで倒してきた普通(ノーマル)な連中とは違うことを。

 

「いきなり人の顔面を蹴り飛ばしやがって……。お返しに俺の方も、しっかりと完全にてめぇを破壊しつくしてやるよ!」

 

「ごめんごめん、悪かったよ。ボクも謝るから許してよ」

 

「無理に決まってんだろ!」

 

そう言って男は両手に特殊警棒を握り締めて跳び掛ってきた。すさまじい瞬発力と見事なまでの身体の使い方。恐ろしいほどの速度で振り下ろされる武器を、ボクは相手の手首を狙って蹴り飛ばすことで受ける。たまらず離してしまった警棒がカランとコンクリートの床に落ちた。

 

「入学初日からこれだなんて……」

 

人吉先生に習った格闘技サバットは元々路上での喧嘩から生まれた武術だ。もちろん武器を持った相手に対することも想定している。三桁を超える不良たち相手に実践も十分にこなしてきていた。もう片方の手で薙ぎ払われる武器に対しても冷静に足で払いのけようとして――

 

「があああっ!」

 

直前で軌道を変えた警棒がゴキリと鈍い音を立ててボクの蹴り足にめり込んでいた。男はボクに武器を蹴り払われるのを感じて、とっさに狙いをボクの足首へと無理やり変更したのだろう。そして、その効果は抜群だった。骨に異常は無さそうだけど、蹴り足を狙われるとなるとボクには迂闊に攻撃することはできない。ボクは逆の足で牽制を入れて即座にバックステップで後ろへ下がらざるを得なかった。

 

「惜しかったか……。次こそはその脚を破壊してやるぜ」

 

「ごめんこうむるよ。それにボクは、ここらの病院からはブラックリスト扱いされていてね。受け入れ拒否されちゃうんだよ」

 

再び距離を詰めて顔面へとハイキックを仕掛けると、相手も警棒を振るうことで対応してくる。とはいえ、対処法ならある!

 

「だから無駄だって言ってんだろ!」

 

「ハイキックと見せかけてっ!」

 

「なっ!?」

 

ハイからミドルへとフェイントを入れて軌道を変えた蹴りにより、男の打撃は標的を見失って空を切り、ボクのつま先は脇腹へと突き刺さった。そして、返す刀で男の武器を蹴り払う。さすがに外靴を武器として扱うサバットの蹴りは効いたのか、脇腹を押さえながらよろよろと数歩あとずさる。

 

「ボクの倒してきた不良たちの中にはナイフを持ったのも結構いてね。武器を避けて蹴るっていうのは慣れてるんだ。それじゃあ、もう二度とボクに絡んでこないようにとどめを刺させてもらうよ!」

 

禍根の根は絶っておくに限る。徒手空拳となった男を容赦なく蹴り飛ばそうとするが――

 

逆にボクの方が蹴り飛ばされる結果となったのだった。側頭部にハイキックを受けて膝をついたボクの目の前には、蹴りを放った姿勢のままの男の姿があった。あまりの衝撃に思わずボクの目が驚愕に大きく見開かれる。

 

「そ、そんな……馬鹿な……だってそれは、その蹴り方は!」

 

――ボクと同じ、サバットの蹴りじゃないか!

 

「見様見真似でやってみたが、結構できるもんなんだな」

 

さっきの蹴り方の癖やタイミングはボクのものと同じだ。感心したように呟いている男の言葉にボクは絶句する。人吉先生や善吉との組み手で蹴りに非常に慣れているボクだからこそ、わずかに反応して急所を外すことができたが、そうでなければ間違いなく昏倒していただろう一撃。サバットの特徴でもある革靴の扱いも完璧。それを見様見真似でだなんて――

 

「くっ……なんて『特別(スペシャル)』なんだ」

 

立ち上がって再び相対するが、勝てるかどうかは五分五分だろう。まだ見せていないコンビネーションや技はいくらでもあるが、あちらもすでに近くにあった鉄パイプを握って武器を補充してしまっている。ふぅ、と溜息を吐いた。何で入学初日からこんな負ければ入院確定のガチバトルやらなきゃいけないんだ。しかし、相手は敵意どころか殺意すら感じる眼差しでこちらをにらみつけている。

 

「仕方ない……入学式に遅れちゃうし、決着つけようか」

 

「そうだな。だが、そんな心配はいらねぇぜ。入学式どころか、卒業式にも出られなくなるほどに破壊し尽くしてやるからよ」

 

そのまま駆け出していったボクたちだったが――しかし、交錯する直前に響き渡った鋭く制止する声によってお互いにピタリと動きを止めることとなった。驚いて振り向くと、そこには見知った顔が。……そういえばこの人も同じ中学なんだったな。

 

「誰だよ、あんたは」

 

「僕かい?僕の名前は黒神真黒。ちなみに学年は二年。君たちの先輩ってわけさ」

 

男の低い声に飄々とした様子で返すこの長髪の美青年、黒神真黒は善吉の幼馴染である黒神めだかの兄であり、その縁でボクも何度か彼に会ったことがある。とはいえ、ボクはめだかちゃんの傍にいる者として真黒さんに完膚なきまでに不合格を突きつけられたため、何となく黒神兄妹とは疎遠な感じなんだけど。

 

「その先輩が何の用だよ。俺の邪魔をするっていうんなら、あんたの方を先に破壊してやってもいいんだぜ?」

 

「阿久根高貴くん……だね。噂では規律(コト)であろうと器物(モノ)であろうと人物(ヒト)であろうと区別なく破壊する問題児だそうだね……。だけどどうだろう。その痛めた脇腹でまだ続けるつもりなのかな?腕の動きも少し悪いね。無理な動きでもしたのかな?例えば、攻撃の最中に無理やり軌道を変えたとか……」

 

「……っ!?」

 

この人は変わっていない。真黒さんの『解析(アナリシス)』の前で弱点を隠すことなんてできやしないんだ。

 

「ほら、入学式が始まるよ。それとも保健室に行くかい?だいぶ目立っちゃってるけど、この場でのことは先生たちには誤魔化しておくからさ」

 

「ちっ……」

 

破壊衝動が削がれたのか、幸い男の方は渋々とだけど引き上げてくれた。周囲を見回すとコソコソと見物をしていた生徒たちも引き上げていくようだ。うわー、入学初日から悪目立ちしちゃったな……

 

「助けてくれてありがとうございました、真黒さん。それとお久しぶりです」

 

「君の方こそ相変わらずだね。いや、多少はマシになったのかな?」

 

「そうだといいんですけどね。っと、早く体育館に行かないと遅刻してしまうので失礼します」

 

「でも、君も保健室に行ったほうがいいんじゃないかな?その右足首、捻挫してるよね?」

 

「……やっぱり気付きましたか。いえ、ご心配なく。見ての通りただの捻挫ですから」

 

「そうかい。……おっと言い忘れていたね。入学おめでとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

運良く入学式には無事に出席することができたのだが、もちろんボクにそんな幸運ばかりがあるはずもなく。教室に入ったボクをとびっきりの不運が待ち受けていた。

 

「てめぇ……!」

 

「おいおい……」

 

自分の席に着いたボクの後ろの席にいるのは金髪で目付きの悪い不良。つまり先ほど喧嘩したばかりの阿久根とかいう男であった。男が背後から憎々しげな表情でボクをにらみつけているのを感じて気が重くなる。どういう並び順したらボクとコイツが前後になるんだよ!なんて心中では毒づいてみるけど、もはや後の祭り。

 

 

 

――これが後の生徒会長、球磨川禊の両腕、『破壊臣』阿久根高貴と『壊運』月見月瑞貴の出会いだった

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