――生徒会戦挙書記戦。出馬したのは宣言通り名瀬妖歌であった。その名瀬さんはキツイまなざしでボクを睨んでおり、やはり古賀さんを拉致したことを恨んでいるようだ。この場には現生徒会と新生徒会が対面して立っているのだが、今回ばかりはボクは新生徒会側に陣取っていた。それを驚いたような諦めたような表情で見つめている生徒会メンバー。何かを言いたそうな善吉くんだったが、それは選挙管理委員である長者原融通によって遮られた。
「それでは皆様、これより生徒会戦挙書記戦を始めさせて頂きたく存じます」
開始時刻になったと同時に声を上げる彼の前には十三枚のカードが置かれた机があった。これは生徒会戦挙の試合形式を決める重要なカードである。とはいえ、ボクに関しては決めるまでもない。どうせボクにとって一番危険な試合形式になるに決まっているのだから。
「ちょっと待ってくれ!瑞貴さんは現生徒会メンバーだぜ。新生徒会側にも出馬するってのは違反じゃねーのかよ!そもそもリコールの原因になったのは瑞貴さんの失態なんだし」
「いえ、人吉さま。リコールする資格に「現在の生徒会役員ではないこと」という条文はございません。今回のリコールは月見月さま個人ではなく、生徒会全体に対するものなのですから」
善吉くんが長者原に異を唱えたがすべなく断られてしまう。当然、選挙管理委員には事前に確認済みである。しかし、生徒会側にとっては看過できない事態でもあり、なおも善吉くんは食い下がる。
「だけど、瑞貴さん副会長戦は絶対わざと負けるぜ。戦挙に二戦とも出るってのはアンフェアじゃねーのか?せめて副会長戦の瑞貴さんの代理出場を認めてくれよ」
「君臨すべき生徒会の役員に離反されるというのは、生徒会長として資質の不足を問われても仕方のない事態です。もし仮に故意に敗北したとしても、それは生徒会に対する当然の罰則でしょう。そのため、代理出馬に関しては規則通り、本人の意思ややむを得ない事態を除いて認めることはできません」
悔しそうに唇を噛む善吉くんだったが、しかし対照的に黒神めだかは静かに沈黙しているだけだった。
「よい、善吉。すべては月見月副会長が決めたことだ。その行動を止めさせることなど元々するつもりはない。正々堂々、残りの四戦で決着をつけるまで」
瞳に決意を込めて黒神めだかはボクを見つめてきた。しかしボクだって負けることなど許されていない。ここで勝てなければ必然的に黒神めだかの出馬する会長戦にまでもつれ込んでしまうということなのだから……。
「では、新生徒会側である月見月さま。十三枚のカードの中からお好きな一枚をお選びください」
「……庶務戦で球磨川さんが選んだっていう『巳』のカードがあるけど、ルールは同じなの?」
「いいえ、庶務戦と書記戦では性格が違いますので『巳』のカードに限らず全てのカードの試合形式を変更させて頂いております」
……やっぱりそんな簡単にはいかないか。庶務戦で行われた『毒蛇の巣窟』の試合形式なら、腕章を奪えば勝ちという純粋な戦闘力で勝るボクにとっては有利な勝負だったのに……。いや、だとしてもボクが選ぶカードは一つしかない。
「ボクは球磨川さんと同じく『巳』のカードを選ぶよ」
――ボクは球磨川さんの選択に身をゆだねるだけだ。
「『毒蛇の巣窟』を知りながらこのカードを選ぶとは、月見月さまの度胸にはただただ感服するばかりでございます」
そして長者原は『巳』のカードを裏返し、両手を大きく広げて宣言する。
「書記戦の形式は『冬眠と脱皮』に決定いたしました。これもまたやはり!今回我々が用意した十三の決闘法の中でもっとも残虐なルールで行われる戦挙でございます!」
そして移動させられた試合会場とは、零下四十八度――極寒の巨大冷凍庫である。これからの試合の恐ろしさにボクの全身を悪寒が包んだ。それもそのはず。今回のルールはこの極寒の中で互いの服を脱がせ合うというものなのだ。真冬の北海道の雪山すら軽く凌駕するこの冷凍庫の中で服を全て奪われてしまえば、凍死も十分有り得る。死をも覚悟しなければならないほどの過酷な戦挙である。そのはずなんだけど……。
「二人とも何だよ、その汚物でも見るような目は……」
すぐ隣から二対の瞳がボクのことを蔑むように見据えている。
「……何でもねーよ。ただ、ずいぶんヤル気に満ちてると思ってな」
「ええ、もちろんです。月見月先輩のことを軽蔑したりなんかしませんよお」
まるで変質者を見るかのような冷めた視線を向ける一年生女子二人にボクはげんなりと溜息を吐いた。
「まるでボクが女子の服を脱がしたいがために気合を入れているかのような言い方はやめてくれ……」
純粋に球磨川さんの力になるための試合だっていうのに、何だか逆に力が抜けてしまう。同級生の女子を制服から下着まで全部脱がせて裸にするということに何も感じないほど枯れてはいないつもりだけど、だとしてもボクが下心で参加しているかのような女子達の視線にはさすがにテンションを下げざるを得ない。
「もうルール説明は終わりだな。だったら、俺は先に入ってるぜ」
そう言って名瀬さんは零下四十八度の極寒の冷凍室へと足を踏み入れていた。結局、ボクとは一言も言葉を交わさずに不気味な沈黙を貫いたまま試合会場に歩を進めたのだった。ボクもそれに続きたいところだけど、その前に準備をするためにみんなを見回した。
「ねえ、寒そうだから何か着るもの貸してくれない?」
その言葉にマイナス十三組のみんなは呆れたような表情を見せた。いや、何でそんな意外そうな顔してるんだよ。こんな軽装で真冬のシベリア並みの冷凍庫に入れるわけないだろ。
『はははっ、瑞貴ちゃんらしいね。はい、これ着なよ』
「では、私の手袋もどうぞ」
球磨川さんは学ランを、蝶ヶ崎は手袋をそれぞれ貸してくれた。少しでも防寒して体を温めないと、筋肉の動きが悪くなっちゃうからね。スキルが文字通りマイナスになってしまうボクは少しでも対策を取らないと勝つことはできないのだ。
『それにしてもめだかちゃん。どうしたの?黙りこくっちゃって』
「……黙りたくもなるわ!私達は貴様達に勝とうと躍起になっておるというのに、肝心の貴様達は勝ち負けを度外視して嫌がらせみたいな戦法ばかり取ってくるのだからな!」
『あー、そりゃそうだね。でも勝ち負けを度外視してるって決め付けられるのは心外だなあ。こっちはこっちで真剣なんだからさ。んー、じゃあこうしよう!』
そして、球磨川さんは一拍置いて黒神めだかの表情をうかがうと、驚くべき宣言をしてしまう。
『もしも瑞貴ちゃんが名瀬さんに負けたら、僕はその時点で箱庭学園から手を引くよ』
この場にいた全員が球磨川さんの驚愕の宣言に息を飲んだ。もちろん一番驚いたのはこのボクだ。マイナス十三組のみんなも慌てて声を上げる。
「おいおい、球磨川さん。はっきり言って月見月先輩の過負荷(マイナス)はあたし達の中でも屈指の使えないスキルだぜ?そんなこと言っちゃっていいのかよ」
「志布志さんの言う通りです。球磨川先輩……よろしいんですか?選挙管理委員の前でそんな約束をしてしまえば、もう取り消せませんよ?」
『いいんだよ。この約束ばかりはなかったことにしないとここに誓う。そんなわけだから瑞貴ちゃん――これは君にしか頼めないんだ』
そして、球磨川さんはボクに顔を向けて笑顔で口を開く。
『――絶対に勝って』
「はい!必ず期待に応えてみせます!」
マイナス十三組の勝敗を決めてしまう重圧に固まっていた全身が、球磨川さんの言葉で一気に緊張から開放された。代わりに全身の血液がマグマのように熱く燃え滾る。必勝の決意を胸に秘めてボクは試合会場へと足を踏み入れた。
――ここで勝つためにボクはこの学園に来たんだ。
極寒の冷凍庫の中、再びボクは名瀬さんと向き合った。その瞳は燃え盛るような憎悪に染まっている。まるで死体のようにどろどろに黒く濁った瞳で冷徹にボクを見据えている。正面から向き合ってみて初めて理解できた。
「なるほどね……。確かに名瀬さん、君はマイナスに近い存在みたいだ。ボクがプラスに限りなく近いマイナスだとすれば、名瀬さんはその逆」
「おいおい、お前達と一緒くたにされるのだけは勘弁して欲しいんだがな。ましてや、俺の大親友の古賀ちゃんをボコった上に拉致しやがったお前にはなぁ!」
「許してよ。古賀さんにはボクだって以前こっぴどくやられちゃったんだからさ。痛み分けってことにしてよ」
「ざけんな!言ったろ、お前だけは俺が手ずからぶちのめすってよ!」
「それは残念だね」
やれやれと首を振りながらもボクはこのステージの観察を終えていた。この巨大冷凍庫の広さは視聴覚室ほどで、辺りには食品の詰まったダンボール箱などが所々に積まれている。このステージで危険そうな場所は積まれたダンボールの近くか……。重量のある食品棚の崩落が起こりやすそうだ。無意識にボクはこれまでの経験から自分の不運が発動しそうな危険地帯を予測していた。基本戦略は広間になっているこの場所での格闘戦。
「純粋な戦闘ならボクに圧倒的に分がある!」
一瞬で間を詰めたボクの蹴りが名瀬さんの腹に突き刺さる。反応すらできずに吹き飛んでいく名瀬さんは、鈍い音を立てて向こうの壁に激突した。戦闘タイプではない名瀬さん相手だろうと一切の手加減は無い。常人なら間違いなく昏倒するはずの一撃だけど、名瀬さんは何事も無かったかのように平静に立ち上がった。先ほどの攻撃のときに感じた違和感。
「……その服は何なの?」
蹴りの衝撃が少しも肉体に通っていない。まるで厚いゴムの塊でも蹴ったかのような感触。おそらくは名瀬さんが身に纏っているアンダーウェアのせいだろう。
「気が付いたようだな。これは低温にも高温にも低湿度にも高湿度にも、北極であろうと南極であろうと高山であろうと砂漠であろうと。ありとあらゆる環境に耐えうる全方位型実験服――名付けて『黒鬼(ブラックオウガ)』!もちろんあんたを相手するために対衝撃性には絶対の自信を持っているぜ」
「……雲仙からボクの話を聞いていたのか」
「ああ、そうだ。以前行ったという戦闘でも、雲仙の着ていた対衝撃防護服『白虎(スノーホワイト)』の防御を貫くことはとうとうできなかったそうじゃねーか」
しっかりとボクの対策をしてきている……。打撃を無効化する防護服。しかも防寒着でもある以上、持久戦は不利。だけど、打撃を効かせる方法はまだある!
「はあっ!」
防護服『黒鬼(ブラックオウガ)』の範囲外、包帯の巻かれた顔面にハイキックをお見舞いしてやる。しかしその瞬間、側頭部を的確に蹴り抜いたボクの表情が引きつった。――衝撃が吸収されている!?
「この顔面に巻いている包帯も『黒鬼(ブラックオウガ)』と同じ耐圧繊維の塊なんだぜ」
「しまった……!?」
名瀬さんの身体はボクの全力の蹴りを受けても一歩もよろめいていない。逆にボクは蹴りを放った不安定な体勢のままだ。そこに投擲された十本の注射器。反射的に後ろに飛び退きながら、飛来するそれらを両手足を使って叩き落していく。何とか十本の注射器を払いのけたボクを見て、チッと舌打ちをした。
「一本でもこの麻酔注射が刺さっていれば終わりだったんだがな」
「危なかったよ……。だけど、同じ手は通じない。その防護服だって、雲仙と戦ったボクが何の対策もとっていないと思うのかい?」
「いいや、思わねーよ。古賀ちゃんと再戦したときのように、すでに弱点を見つけていたとしても驚かないぜ」
――雲仙対策に練習しておいた衝撃を貫通させる蹴り。それならば打撃衝撃を肉体へ通すことができる。柔道の締め技や関節技をかけるのが一番簡単だけど、さすがに全身に注射器を仕込んでいる名瀬さんを相手に密着するのは避けたいからね。そう思って距離を取って大きく勢いをつけて走り込もうとして――
「な……身体が動かない!?」
全身の筋肉が硬直してしまったかのように動くことができない。どうして……?麻酔注射は受けていないはず。まさか麻酔ガス……いや、この感覚は以前感じたことがある。
「麻酔ガスで動けないだろ?あとは煮るなり焼くなりってな」
薄い笑みを浮かべている名瀬さんを見て確信する。この言葉は選挙管理委員にこの介入を気付かせないためのブラフ。実際にボクの身体を縛っているのは――
「――都城王土の異常性(アブノーマル)『人心支配』だね」
名瀬さんが驚いたような表情を見せる。やはりボクの肉体は都城王土の電磁波によって遠隔操作で停止させられているのだ。古賀さんをマイナス十三組の教室から奪還できたのも退院した『十三組の十三人(サーティンパーティ)』が協力していたから。しかし、この状況はまずい。
「みんな頼む!この近くにボクの動きを縛っている男がいるはずなんだ!早くその男を止めてきて!」
慌てて部屋の外へ向けて叫ぶと、みんなは状況を理解して急いで探しに走ってくれた。よし、これでみんなが都城王土を倒してくれれば……
「遅ぇよ。あんた銃撃に弱いんだってな……だったら、これで終わりだ」
そう言って名瀬さんが懐から取り出したのは拳銃だった。おそらくは宗像先輩から譲り受けたであろう凶器の銃口をボクに突きつける。ボクは指一本動かせずに、その光景を見つめるしかない。
――そして、名瀬さんの拳銃から轟音と共に銃弾が発射された。