会計戦が終わったその足で、ボク達は近くのボーリング場に集まって祝勝会を開いていた。祝勝会と言ってもいつも通りの幹部会である。それぞれが極彩色のボーリングの球を選び、レーンの椅子に座ると球磨川さんが缶ジュースを手に取った。
『蛾々丸ちゃん、今日はよく頑張ったね。怒江ちゃんの離反は残念だったけど、これからもみんなで頑張ろう!それじゃあ、会計戦の勝利を祝って!』
その言葉に合わせてみんなで缶ジュースを持って一斉に乾杯をした。そして、ボーリングを開始する。一番手の志布志がボーリングの球を投じると、正面にぶつかったピンが勢いよく弾け飛んだ。
「よし!ストライクだぜ!」
女子の割には強烈なスピードと威力。意外にも志布志はボク達の中で二番目に重い球を投げているのだ。というか、女子よりも力が無い球磨川さんと蝶ヶ崎って……。次の番のボクは自分の球を備え付けの布で磨きながら、倒れたピンが並べられるのを待っていた。
「なー、月見月先輩ってボーリング上手いのかよ」
「うん?そうだね……アベレージは20くらいかな」
「低っ!?幼稚園生でももっと取れるレベルじゃねーか!」
ボクの言葉に志布志は軽く笑いながら突っ込みを入れる。冗談みたいだけど本当にそれがボクのアベレージなのだ。そして、並べられたピンに向かって思いっきり球を投げつけた。
「ボクはボーリングが苦手だったんだよ。ま、先週までの話だけどね……」
ピンを弾き飛ばす爽快な音が耳に響く。投じられた球は正確な軌道を描いて真っ直ぐにヘッドピン突き刺さったのだった。画面にでかでかとストライクの表示が出る。
「おいおい、どこが下手くそなんだよ……」
「過負荷(マイナス)を制御できる今のボクは投擲系の種目がすべて得意になったんだよ」
「……卑怯すぎだろ」
そう言ってボクは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。不運が反転して幸運となった現在のボクは、適当に投げるだけで勝手に球の方がピンへと向かってくれるのだ。目を瞑って投げたところでパーフェクトを叩き出せるだろう。
『じゃあ次は僕だね……ってあれ?』
ゴトリと見事にガーターに落ちる球磨川さんのボールであった。
第一ゲームが終わった結果は一位がパーフェクトのボク。二位が二百近い数字を叩き出した志布志。三位と四位はどちらも百以下で蝶ヶ崎と球磨川さんだった。現在は第二ゲームに入っている。今回はボクは運勢を普通(フラット)の状態にして素の実力で勝負していた。
「それにしても、これで戦挙は私達の勝利で決まりそうですね」
「そうだね。次の副会長戦でボクが負ければ二勝一敗一分け。勝敗が一緒の場合、ボク達クーデター側の勝利だからね」
『それはどうかな?瑞貴ちゃんも蛾々丸ちゃんも気を抜かないほうがいいと思うぜ』
「……どういうことです?」
球磨川さんの不穏な言葉に疑問を覚えたボク達が聞き返す。勝利確定と考えていた副会長戦に何か問題があるんだろうか?
『まあ、向こうもみすみす負けの決まった勝負をするはずがないってだけさ。まぁそれはともかく、二人とも今日はありがとう。まさか僕たちが勝てるなんて思ってもみなかったよ』
「ありがとうございます。ですが、これも球磨川さんの指揮あってのものです」
「そうですよ。特にボクは何の戦略もなかったですし」
笑顔でボク達に頭を下げる球磨川さんにボク達は言葉を返す。だけど、ボクの壊運(クラックラック)を利用する球磨川さんの助言が無ければ、最後の鍵を破壊する機転は生まれなかっただろう。その点でもやはり球磨川さんの指揮効果は驚異的だったと言える。しかし、その後に続けた一言はボク達を驚愕させた。
『次の副会長戦の指揮は瑞貴ちゃんに任せるよ』
「え……?」
ボクは唖然とした表情で球磨川さんを見つめ返す。
『僕たち(マイナス)でも彼女たち(プラス)に勝てるって分かったからさ。だから、この一週間で僕は『大嘘憑き(オールフィクション)』に連なる第二の過負荷(マイナス)、否――はじまりの過負荷(マイナス)を取ってくるよ』
「取ってくるって……どこにですか?」
「夢の中だよ。ただ、今の彼女は意地悪でね。そう簡単に返してくれないと思う。だから、おそらく副会長戦が終わるまでのこの一週間が最後のチャンスなんだ」
「……わかりました。球磨川さんのいない間、ボクがマイナス十三組のリーダーを務めさせてもらいます。必ず副会長戦をボクの敗北で飾って見せます!」
こうして、一抹の不安を覚えながらも副会長戦は球磨川さん不在で行われることになったのだった。
祝勝会が終わり自宅へと歩きながら、ボクは次の副会長戦について思案していた。とはいえ、できることは多くない。過去の戦挙の文献を読んだ限り、今回のようにタッグ戦にさえならなければマイナス十三組が負けることはないのだ。何せ敵味方が組んだ出来レースなのだから。
「待ってましたよ、瑞貴さん」
アパートの前には殺気立った様子の善吉くんと阿久根の姿があった。しまったな……。この分だと二人の用件は聞くまでもないけど、念のために軽く尋ねてみる。
「二人ともわざわざボクの家までどうしたの……来週の打ち合わせ?」
「月見月、俺達は副会長戦に出られないように君のことを潰しにきた」
「へえ、めだかちゃんがそんな卑劣な策をとってくるなんてね。心底見損なったよ。そんな最低な人間だったなんて思いもしなかった」
「……これは俺達の独断だ。めだかさんは関係ない」
挑発的なボクの言葉に阿久根は苦々しそうに声を返した。そんなボクだけど、余裕そうな表情とは裏腹に心の中では舌打ちをしていた。さっそく二人が独断でボクを潰しに来るなんて……。阿久根は怪我が治ったばかりだっていうのにご苦労なことだよ。それにしても、この展開はマズイ。球磨川さんははじまりの過負荷(マイナス)をとってくるために現在は死んでしまっているのだ。怪我をしても戻(なお)してもらうことはできないし、病院送りにされてしまえば副会長戦で代理を出される理由になってしまう。内心、冷や汗をかきながらも、表面上はやれやれと呆れた風を装って会話を続けていく。
「無駄なことはやめなよ。いくらボクを叩きのめしたところで、すぐにその怪我は球磨川さんになかったことにしてもらえるんだからさ」
「わかってますよ、球磨川の常識外のスキルのことは。だから瑞貴さん。あんたには来週の副会長戦が終わるまで、安全な場所で監禁させてもらうことにしました」
「ボク達マイナス十三組を見習ってくれたんだ。だけど、教えてあげるよ――過負荷(マイナス)にルール無用の勝負を挑む愚かさってやつをさ」
そう言いながら二人の幸運を奪うために集中した瞬間、ボクの目の前に高速の蹴りが飛んできていた。それを慌てて両腕で受け止める。
「そう易々と過負荷(マイナス)を使わせるかよっ!」
重い……!?ガードした自分の腕が軋む音がした。想定外の速度と威力。高校に入ってから善吉くんとは組み手を行っていない。だけど、この一撃だけで相当腕を上げたということを理解させられた。
「俺のことも忘れるなよ!」
同時に阿久根が背後へと回りこんでいた。ボクの首に腕を回して裸締めを掛けようとするのを、とっさに自分の頭を下げることで回避する。しかし、その下げた顔面を善吉くんの足の甲が思い切り跳ね上げた。
「ぐっ……!」
何とか距離を開けようと、受けた衝撃を利用してサイドステップするも逃げ切れない。左右から襲い来る二人のコンビネーションに一息つく暇すら与えてもらえなかった。走ってくる阿久根が懐から取り出したのは金属製の特殊警棒。その凶器をボクの脳天へと躊躇無く振り下ろした。その悪鬼のような表情はまさに中学時代の破壊臣そのもの。右手首を蹴り飛ばすことでその特殊警棒を弾くが、その隙に阿久根は伸ばしていた左手でボクの袖を掴んでいた。
「破壊臣モードと柔道の混成(ハイブリッド)かよ!?」
反射的に袖を掴む手を振り払い、かろうじて組み技に持ち込まれるのを防ぐ。しかし、一難去ってまた一難。すでに万全の体勢で待ち構えていた善吉くんの連続蹴りが放たれた。一秒にも満たない間に放たれた三発の蹴りの内、防御が間に合わなかった一発がボクの内臓を打ち抜いた。思わずくの字に折れ曲がるボクの身体。
「がはっ……」
「逃がしませんよ」
強引に自分の脚を動かして背後に飛び退こうとするが、二人ともノータイムでしつこく追い縋ってくる。その後も間断なく続く攻めにボクは逃げ回ることしかできなかった。必死に二人の波状攻撃を避けながら、ボクは焦燥感に歯噛みしていた。
大規模破壊を可能とするボクの過負荷(マイナス)――壊運(クラックラック)にも欠点は存在する。災害クラスの不運を起こすまでの量の幸運を他人から奪うには数秒程度の時間が必要とされるのだ。相手から一度に奪い取る運量に比例する形でタメの時間も増えていく。それに、常時周囲の人間から奪っている程度の運量の幸運では、せいぜいが投擲兵器や事故から身を守れるくらいなのだ。残念ながら運に左右されづらい格闘戦では役に立たないレベル。
「くっ……」
激しすぎる攻勢に、ボクの身体に蓄積するダメージが無視できなくなりつつある。このままじゃジリ貧だけど、身を守るのに精一杯で反撃に出る余裕がないのだ。仕方なく急所だけは守りつつ二人の攻撃を耐えていると、風で飛んできた新聞紙が阿久根の顔面に張り付いた。
「何だこれは!?」
「千載一遇のチャンス!ツキがなかった……ねっ!」
新聞紙の目隠しによって生まれた隙を逃さず、阿久根のがら空きのボディを渾身の力で蹴り抜いた。無防備の状態で受けたミドルキックにたまらず阿久根は悶絶して地面に膝を着いてしまう。その後、即座に善吉くんの方へと身体を向けて構える。これで一対一。しかし、意外にも善吉くんの表情に焦りは見られない。
「さて、これで形勢逆転だね」
「そうですか?ま、こうなったら俺も使うしかなさそ――」
話も終わらないタイミングでボクは善吉くんへハイキックを放っていた。しかし、惜しくもその蹴りは善吉くんの前髪を揺らすだけ。気を取り直して再びローキックを放つも横に半歩ズレることでかわされてしまう。その後も幾度となく蹴りを出すが、すべてがあと一歩のところで当たらなかった。ここに至ってようやく気付く。
――ボクの蹴りが完全に見切られている!?
「そんな馬鹿な……ここまでボクと善吉くんとの間に格闘家として差がついていたなんて」
「それは違うぜ、瑞貴さん。俺はこの目――球磨川が言うには『欲視力(パラサイトシーイング)』とかいう名前らしいが、それを使わせてもらってるおかげですよ」
その間にもボクの蹴りは紙一重で避けられ続けている。手技や組技、フェイントまでをも交えた連続技にもまるで当たる気配がない。おそらくサバットの師匠である人吉先生でもここまで完璧な回避はできないだろう。その実力にボクは戦慄を覚えざるを得なかった。善吉くんは涼しい顔をして言葉を続ける。
「素の実力なら俺と瑞貴さんの間にたいした差はありませんよ。だけど俺には瑞貴さんの視界が見える」
「だったらそれは、格闘戦において圧倒的な利点(プラス)だね……」
「そして、視覚が分かるということは――死角も分かるということなんですよ」
視界外の死角から打ち出された善吉くんの蹴りでボクの膝が一瞬ガクンと落ちた。その隙に放たれた蹴りがボクの顔面に迫る。その一撃を両手を上げて受け止めようとするが、直前で変化した軌道についていけず、今度は善吉くんの爪先が肺を抉った。
「がはっ……!」
苦痛に顔を歪めながら、ボクは憎々しげに善吉くんを睨みつける。視界が見えるってことはボクの意識の集中している箇所も分かるということ。つまり視覚外、意識外の攻撃を容易に行えるということなのか……。攻め込んできた善吉くんにボクは防戦一方にならざるを得ない。それでも、防御をかいくぐって打ち込まれる蹴りのダメージでボクの身体は限界に近付いてきていた。このままじゃマズイ……。
「瑞貴さん、これで終わりです!」
ことごとく視点を外される。注意をそらされる。視界外から放たれているだろう強烈な蹴りをボクは感知することができない。おそらくは渾身の力で打ち込まれるだろうその攻撃を見ることをボクは――諦めた。
「なっ……目を閉じて!?」
「はあっ……!」
視界を盗まれるならいっそ目を閉じて視界に頼らなければいい。自分の視界と他人の視界を見て戦闘を行っていた善吉くんだ。ボクが目を閉じたことによって、片目が塞がれたような動揺した声が漏れ聞こえた。その隙にボクも全力で蹴りを放つ。真っ暗な視界の中、ボクは足先に感じる手ごたえと腹に走る鈍痛とを感じていた。
「ぐっ……相打ちかよ!」
お互いに蹴り飛ばし合い、二人の間に数メートルほどの距離が開いた。この最大の好機にボクは、まるで躊躇せずに背を向けて走り出していた。全速力でこの場を離脱する。目を閉じての交錯では、善吉くんに一瞬生まれた隙を狙っても相打ちに持ち込むのが精一杯だったのだ。痛む身体にムチ打ってボクは敷地の外の車道を横切るようにして走り抜けていく。
「行かせるか……!」
追いかけようと急いで駆け出す善吉くん。しかし、それを阻むように突っ込んでくる軽自動車に善吉くんは驚愕の表情を浮かべた。ブレーキでも壊れたのか、甲高いクラクションの音を響かせながら向かっていく。とっさに横に跳んで回避するも、その車は時速五十キロ近くのまま隣の電柱に激突した。鈍い衝突音を響かせて停止した車内には意識を失った運転手の姿がある。一瞬、逡巡した善吉くんだったが、悔しそうな表情を見せながらも交通事故を起こした運転手の救助に向かうのだった。もちろんボクは怪我人のことなど気にもせず、これぞ幸運とばかりに逃げ出していた。
「ふぅ……ここまで来ればさすがに追ってこれないだろ」
途中で拾ったタクシーで数十分走らせて着いたこの場所はごく一般的なマンションであった。そのマンションの階段を上り、目当ての一室の呼び鈴を鳴らす。
「はーい、って月見月先輩じゃねーか。どうしたんだよ」
扉を開けて出てきたのは志布志だった。ボクは追っ手から逃れるセーフハウスとして志布志の家を選んだのだ。選んだというか、球磨川さんは死んでいるし、蝶ヶ崎の自宅は知らなかったので消去法なんだけど……。副会長戦が終わるまでボクの自宅は見張られているだろうし、この一週間泊まる場所を見つけなければならなかったのだ。ボクは志布志に事情を話して頼もうとしたんだけど……
「ねえ、今からしばらく志布志の家に泊まらせてくれない?」
「な……なあっ……!?」
なぜか顔を赤くして狼狽した様子の志布志。何だよ、その反応は……。たしか志布志の両親は怪我を恐れてこの部屋にはめったに帰ってこないらしいから大丈夫だと思ったんだけど……。しばらく壊れたように呻き声を発していた志布志は、その後なぜか玄関に置いてあった釘バットを握り締めた。
「何言ってやがんだ!てめーはよぉおおおおおおおお!」
「ええええええっ!?」
そのまま真っ赤な顔で殴りかかってきた志布志に事情を説明できたのは、それから数十分後のことであった。