本日の運勢は過負荷(マイナス)   作:蛇遣い座

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「のいて」

崩れ落ちる校舎。前後左右から降り注ぐ鉄骨群。絶体絶命の危機的な状況で、生徒会戦挙副会長戦は最終局面を迎えていた。ボクの勝利条件、いや敗北条件は地面に足を着くこと。日乃影先輩の勝利条件はボクを地面に着かせずに無力化し、志布志を地面に叩き落すこと。落下による無重力状態の中、日乃影先輩は鉄骨を蹴り飛ばしてボクに向かって突撃してきていた。

 

「うおおおおおっ!」

 

下から突き上げるように放たれる拳を、横から自分の掌底を叩きつけることで軌道をずらした。ボクのすぐ側を暴風のような風圧が通り過ぎる。まともに当たっていたら、と恐ろしい想像が一瞬脳裏によぎり、自然と冷や汗が滲み出た。その後も二発三発と拳を放ってくる日乃影先輩だったが、ボクは近くの鉄骨を蹴って反動でステップを踏みながら回避していく。いくら回避に定評のあるボクでも、普段なら不十分な足場でここまで鮮やかに避けることはできないだろう。しかし、今の日乃影先輩の攻撃できる方向は、ボクを地面に落とさないために、上空へ向けての突き上げに限定されていた。地面に叩きつけるような打ち下ろしや距離を大きく開けてしまう水平方向のストレートは考えなくていいのだ。

 

「逃がすかよっ!」

 

「くっ……」

 

それでも、一撃でも当たれば終わりであることに違いはない。日乃影先輩の膂力なら、ボクの身体を数十秒近く空中に打ち上げることが可能だろう。それだけの時間があれば、志布志を地面に突き落とすには十分すぎる。飛来する鉄骨を蹴り飛ばしながら下から跳び上がってくる日乃影先輩。その圧迫感を受け流しつつ、ボクも自身を押し潰そうと寄ってくる周囲の鉄骨群を駆け上がっていく。

 

「おらあっ!」

 

圧倒的な破壊力を誇る日乃影先輩の拳が迫る。それをボクは飛んで来た鉄骨を掴み、背後へと回ることで盾にした。ガギィイインと交通事故に遭ったような鈍い金属音を響かせて、ボクの隠れていた鉄骨がへし折れる。その鉄塊が上空に殴り飛ばされる寸前にボクは再び上方へと跳んでいた。しかし、上を見上げたボクの頬がすぐに引きつった。

 

「足場が……」

 

ボクは下から襲い掛かってくる日乃影先輩の重圧に押されるように、落下する鉄骨を駆け上がってきた。そのせいで、すでに足場となる鉄骨が残されていなかったのだ。いくら不運によってボクに鉄骨が降ってきやすくても、頭上に鉄骨が無くてはどうしようもない。仕方なく落ちてくる最後の一本に跳び乗り、両手を着いて着地する。眼下には爆発的な加速で向かってくる日乃影先輩の姿があった。

 

「もう逃げ場はないぜ!」

 

ボクがここまで日乃影先輩の猛攻をしのげたのは、攻撃方向の限定に加えて、足場の不安定さが影響していた。ボクの数倍の体重をもつ日乃影先輩にとって、足場に力を十分に加えられないこの空中戦は圧倒的に不利だったのだ。移動速度はボクの数分の一。そのアドバンテージがなくなるのはマズイ。

 

「はあああああっ!」

 

覚悟を決めてボクは全力で地面に向かって飛び出した。上に行けないなら下に行くしかない。地面へ急降下するボクの前には日乃影先輩が立ち塞がっていた。この横を抜ければボクの敗北は確定する。

 

――絶対に避ける

 

一気に距離が詰まり、ボクは日乃影先輩の制空権に侵入する。しかし、そこで日乃影先輩は両手を左右に大きく広げた。無防備なその姿にボクは反射的に渾身の蹴りを放ってしまう。堅い感触が脚に伝わった直後、ボクは自身の失策に気付いた。頭蓋骨を叩き割る勢いで放たれたそれは、日乃影先輩から鼻血を一筋垂らすだけに終わっていた。そして、ボクの蹴り足をがっしりと日乃影先輩の太い腕が掴む。

 

「しまった……!」

 

「捕まえたぜ」

 

慌てて捕まれた右脚を解こうとするも、日乃影先輩の規格外な握力と腕力の前にはびくともしない。焦ったボクは空いた左脚で蹴り掛かるが、体重の乗っていない攻撃ではダメージを与えることはできない。敗北の予感にボクの全身を悪寒が走った。日乃影先輩は勝ち誇ったような顔で上空を見上げると、ボクの脚を握ったまま大きく振りかぶる。

 

「ぐっ……何とかして逃げないと」

 

「無駄だ!成層圏まで投げ飛ばしてやるぜ!」

 

逃れることはできない。片手で脚を掴んで人間大の物体をぶん投げるなんて、そんな投げ技は柔道にはありえない。こんな力技に対する返し技なんて柔道には存在しないのだ。ましてや空中戦については言うまでも無い。ぐいっとボクの身体に掛かる重力のベクトルが強烈に変化した。カタパルトで射出されるような感覚に気が遠くなる。

 

「またボクは勝てないのか……」

 

諦念が心の表面に浮かび上がる。球磨川さんの信頼を再び裏切ってしまう。絶望感に囚われたボクの精神は、この場合良い方向に作用した。いや、悪い方向に作用したというべきか。すなわち過負荷(マイナス)の発現という形で――

 

「これで終わ……がはあっ!」

 

――日乃影先輩は地面に深く突き立てられた鉄骨に串刺しにされていた。

 

いや、恐るべき強度によって身体を貫通してはいない。しかし、鋭く天に向かって生えている鉄骨に日乃影先輩は背中から落下したのだ。そのダメージは測り知れない。

 

「ツキがなかったね、日乃影先輩」

 

トンッと軽い音と共にボクは地面に着地した。日乃影先輩は百舌鳥のはやにえのような格好でぐったりと気絶している。本来ボクが着地するはずの場所には、不運にも無数の鉄骨が針の山のよう形成されていたのだ。常に上に逃げていたボクを見上げていた日乃影先輩が眼下のそれに気付くはずもない。校舎の崩壊と共に作られたそれらは、ボクを投擲しようとしていた日乃影先輩の方に先に激突することとなったのだ。

 

「上ばっかり見てる人間は足元がおろそかになる。意外と格言も馬鹿にできないみたいだね」

 

無残に串刺しになった日乃影先輩を見上げながら、ボクは悠々と足を踏み出した。直後に悲鳴と歓声が校庭にこだまする。歓声といっても、蝶ヶ崎の静かな拍手だけだけどね。

 

「日乃影前生徒会長!」

 

「え、日乃影先輩!?どうしてここに?」

 

「それより早く治療しないと!名瀬さんも手伝って!」

 

日乃影先輩の意識が無くなって『知られざる英雄(ミスターアンノウン)』の効果が切れたのか……。生徒会メンバーが日乃影先輩の元へと駆け寄っていく。黒神めだかが鉄骨の先端から日乃影先輩を降ろし、人吉先生と名瀬さんが応急処置を施していく。

 

「お前達急げ!A班とB班は担架と救急車の手配を!C班は志布志さまをクレーンから降ろすんだ!」

 

長者原も選挙管理委員に指示を出してくれている。とりあえず、志布志も息はあるわけだし、この副会長戦では死人は出なくて済んだみたいだ。球磨川さんがいない今、死者を生き返らせることはできないから助かったよ。

 

「ねえ、そろそろ肝心の戦挙結果を宣言してくれないかな?」

 

「……ええ、そうですね。では皆様!副会長戦の結果を判定させて頂きます!」

 

救急車で怪我人が搬送されたあと、長者原はこの場にいる全員に向けて大きな声で宣言した。その声に生徒会メンバーがはっとしたような表情で振り向いた。全員の視線が集まったところで、長者原は両手を広げて残酷な現実を突きつける。

 

「副会長戦の勝者は新生徒会!志布志さまでございます!これにより、この生徒会戦挙!新生徒会側の二勝一敗一分けとなりました!まだ会長戦が残っておりますが、事実上の逆転はこの時点で不可能ということで――」

 

長者原は一拍置いて、この長かった生徒会戦挙に終止符を打った。

 

「――新生徒会側の勝利とさせて頂きます!」

 

歓喜と安堵の入り混じったような気分でボクはほっと溜息を吐く。これで球磨川さんの目的は達せられた。ボク達は勝ったのだ。周囲の喧騒の中、ボクと蝶ヶ崎は互いに見つめ合うと、パシッと笑顔でハイタッチをかわした。早くこの結果を球磨川さんに報告したい。ボクは踵を返して球磨川さんの死体安置所へと向かおうとして――

 

「っ……!?」

 

反射的に頭を下げると、その場所を何かが通り過ぎるのを感じた。風切音が耳に響く。すぐさま振り向いたボクの視界には、蹴りを放った体勢の善吉くんの姿が映っていた。

 

「ちっ……外しちまったか」

 

突然の出来事に困惑するボクは、しかし周囲を見回してすぐに納得させられた。武器を構えた阿久根に周囲に氷を出現させている名瀬さん。古賀さんや人吉先生も臨戦態勢を取っていた。ボクの心から勝利の余韻が一瞬にして消え、全身から危険信号が発せられる。

 

「全校生徒の未来が掛かってるんだ。卑怯とか言ってられる状況じゃねーよな、めだかちゃん!」

 

「……そうだな。貴様らを生徒会役員として認めるわけにはいかん」

 

善吉くんの言葉に、黙って様子を見守っていた黒神めだかも頷いた。そして、こちらをしっかりと見据えた黒神めだかの威圧感に、ボクの口元がわずかに引き攣った。人を惹きつける豪華絢爛なオーラ。有無を言わせぬほどの圧倒的な存在感。そして、何より恐ろしいのは『運命』とも言える程の強力な運勢。ボクの目には恒星の輝きにも似た、埒外なまでの運命が映っていた。

 

「月見月副会長。悪いが球磨川の野望を叶えるわけにはいかん。貴様もしばらくは休んでいて貰うぞ」

 

他人の運勢が見えるからこそ理解できる。ボクの力では黒神めだかに勝つことはできない。異常性(アブノーマル)とか特別(スペシャル)とか過負荷(マイナス)とかの問題じゃない。存在そのものの強度が別物なのだ。まるで世界そのものに喧嘩を売ったかのような……。思わず押されるように一歩あとずさったボクの前に、意外にも長者原が盾になるように立ちふさがった。

 

「お待ちください、黒神さま。私ども選挙管理委員は戦挙を円滑に進めることが職務でございます。新生徒会側のみなさまの当選を公表するまで、あらゆる妨害行為は許されませんよ」

 

「一応聞いておくが、球磨川は十三組の抹殺を宣言しているのだぞ。そのようなことを認めると言うのか?」

 

「選挙管理委員の職務は公正であらねばなりません。もちろん公約の如何によって職務の手を抜くことなど有り得てはならないと考えております」

 

ボクと蝶ヶ崎を守るように集まってくる選挙管理委員の面々。二つの陣営が相対して睨み合う。数十人の選挙管理委員たちに守られながら、しかしボクの心は諦観に満ちていた。無駄だ、と他人事のように彼らを眺めながら思う。本気になった黒神めだかには誰もかなわない。

 

――おそらくは球磨川さんでさえも

 

静かに認める。場には一触即発の緊張が限界まで張り詰めていた。そのとき、ボクの背筋を氷水が掛けられたかのような悪寒が走る。

 

 

 

「のいて」

 

 

 

そこに現れたのは球磨川さんだった。サッと潮が引いていくように、集まっていた選挙管理委員たちが顔を青ざめさせながら道を開ける。まるで海を割ったモーセのようだ。しかし、球磨川さんの凶々しい雰囲気からはむしろ世界の終わりを感じさせる。これまでとは別人のような風格。この場の全員にありとあらゆる負の兆候を強制的に感じ取らせた。笑顔の仮面は脱ぎ捨てられ、これまで隠していた自身の底をあらんかぎりに晒している。

 

ツカツカと歩くその姿を見てボクは思う。マイナス成長を遂げた程度で球磨川さんを測れるだなんて、ひどい思い上がりだった。直視するだけで吐き気を催すほどの負の塊。今のボクでさえ、深淵を覗き込むような恐怖で全身を震えが襲っていた。その異様な雰囲気に押され、ここにいる全員が息を飲んで動けずにいる。時の凍りついた空間で球磨川さんは黒神めだかの正面に立った。

 

「やあ、はじめまして。めだかちゃん。僕だよ」

 

「……ああ、そうだな。貴様の言葉に――貴様の心に、ようやく会えた気がするよ」

 

ボク達でさえ目を逸らしたくなるほどに強烈なマイナス性を、黒神めだかは正面から見据えている。見つめ合った二人の間には、プラスとマイナス、光と闇の対のような奇妙な完全性が成立しているように思えた。そして、球磨川さんは視線を動かさずにボクに向けて声を発する。

 

「瑞貴ちゃん、戦挙はどうなったの?」

 

「あ、はい。副会長戦はボク達マイナス十三組の勝利で、これで現生徒会のリコールが完了しました」

 

「そう。ありがとう。よくがんばったね。」

 

耳にしただけで心が凍えるような冷酷で醜悪な声。しかし、ボクの心は歓喜に震えていた。球磨川さんの背中を見つめながら、この安心感と多幸感に身を委ねる。ボクは球磨川さんの期待に応えられたんだ。

 

「あとは任せたよ、長者原くん。さあ、帰ろうか。瑞貴ちゃん、蛾々丸ちゃん」

 

そう言って踵を返して去っていく球磨川さん。それにボク達も続いていく。

 

「待て!球磨川!」

 

「めだかちゃん、次は新学期の箱庭学園で会おうぜ。始業式の開会までに僕たちの因縁の決着をつけよう」

 

黒神めだかの声に球磨川さんは首だけ振り向いて答えた。それはボク達マイナス十三組からの最後の挑戦状だった。

 

 

 

 

 

 

「で、何で瑞貴さんまで一緒に来てるんですか……」

 

「別に構わないだろ?志布志のお見舞いにも付き合ってもらったし」

 

あの後、ボクは生徒会メンバー達と共に病院へ搬送された二人のお見舞いにやってきていた。ちなみにこれは球磨川さんの指示である。まず志布志の容態を医師に尋ねたところ、どうやら全治数ヶ月は掛かるとのことだった。トラックの正面衝突に匹敵する日乃影先輩の拳を受けたんだ。それも当然だろう。そして、ボク達は日乃影先輩の病室へと向かっている。

 

「入院って言っても、日之影くんの強度なら明日には完治して問題なく動けるようになってるでしょうね」

 

「へえ、明日には……ね」

 

その人吉先生の言葉にボクは小さく呟いた。常人なら即死間違い無しのダメージをその程度に抑えたなんて、相変わらず化け物じみているね……。

 

「ま、実際には俺達の応急処置で十分なレベルだったんだけどな。意識を失ってたから念のため病院に運ばれたってだけだし。見舞いに来るほどの怪我じゃねーんだよ。たぶん明日になれば勝手に起きてくるだろうしな」

 

「それでもお姉さま。できるだけ早く日乃影前生徒会長に会っておくべきでしょうね。今後のことについて相談したいこともありますし」

 

「そうだな、めだかちゃん。球磨川を倒すためには日乃影先輩の力が必要だぜ。……言っとくけど、瑞貴さんは席を外してもらいますからね」

 

「わかってるよ。さすがにこの期に及んで仲間面しようとは思わないよ」

釘を刺すような善吉くんの言葉にボクは素直に頷いた。――すでにボクの役目は済んでいる

 

 

 

「日乃影前生徒会長、入りますよ」

 

コンコンと扉をノックして、黒神めだかはスライド式のドアに手を掛けた。そのままゆっくりと横に扉を開ける。

 

――病室のベッドの上に、大きなネジで胸を貫かれた日之影先輩が横たわっていた。

 

「なっ……!?」

 

ドアを開けた途端に目に映ったこの光景に、全員が驚愕して息を呑んだ。日乃影先輩の胸には杭のように太いネジが螺子込まれ、その巨体がベッドに磔にされている。理解不能な事態に思わず立ちすくんでしまった彼らを横目に、ボクは静かにこの場を去っていた。ボクの役目はただの時間稼ぎ。球磨川さんより先に黒神めだか達が日乃影先輩に接触しないように足止めすることだったのだ。

 

「まずは一人……。ボクたち過負荷(マイナス)が、始業式までおとなしくしているはずがないじゃないか」

 

始業式の朝に決着をつけるなんて、ただの方便。あの場を無事に逃れるための球磨川さんの嘘だろうとボクは考えていた。正々堂々、王道の展開ではボク達に勝ち目はない。卑怯卑劣、外道の展開こそがボク達マイナスの真骨頂なのだから。ルールのある試合は終わった。

 

――ここからはルール無用の戦争が始まる。

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