あれから1年、ストラタから離れる時が来た。まだやり残した事があるし煌術の完成も出来なかったが、セイブル・イゾレで引き続き後任のジョシュが、やってくれることだろう。
私の心を表すようにまだ暗いオル・レイユ港に肌寒い風が吹く、もの悲しく感じているのは私の心がストラタに引っ張られているんだな。
その風に当たっていると背後へ私のために見送りに現れた、大統領閣下が微笑みを浮かべていた、部下に仕事を任せてここに来たと聞いている、本当にフットワーク軽い人だ。
「本当にストラタに残る気は無いのか? キール君のためにいいポストを空けていたのだかね」
「大統領閣下、私にはそのお気持ちだけでも感無量です、それにこのセイブル・イゾレで学べたことは私にとって最高の宝です、私は幸せ者でした」
「どうやら、君を引き止める物がストラタには無いようだな……だが、いつでも歓迎しよう、キール君」
「ありがとうございます、大統領閣下」
別れの時がこんなにも早く感じるなんて……私にとってここは特別な地になっていたんだな。
それに一研究者とも言えない留学生の才能を認め支援してくれたこと忘れません、ありがとうセイブル・イゾレ、ありがとうストラタ、ありがとう大統領閣下。
朝焼けに照らされた港にセイブル・イゾレの研究員たち、ストラタの大統領、ストラタ軍の幹部が一堂に集まり私の見送りに来ていた。それだけ評価してくれていたその事実だけで嬉し涙を堪えられなくなる。
そうだ、忘れる前に渡したいものがあるんだった……ストラタへの感謝を込めて私の思いを形にしたものだ。
「……大統領閣下、これを」
「これは……設計図?」
「新式の武具強化方法です、精鋭に向けた最高性能の設計図と性能は落とした廉価版を用意しました、武具の原素構成に手を入れ、性能を高めます、従来より付与する輝術の難易度は上がりますが廉価版でも従来品の二倍の性能で今まで通り大量生産可能です、これは煌術完成しなかったお詫びです」
「……いや、これだけでストラタ軍は世界で最も強い軍隊になれる、それにだ、煌術は軍として戦いに使うつもりはなかった」
「……なぜですか?」
「便利で強力な力を持つほど人は痛みを忘れる、私たちは戦いの痛みを忘れてはいけない、平和を志す者として、そして便利で強力な力こそ平和な世で人々が笑顔で暮らすためのものであってほしいからだよ」
大統領閣下、立派な人だ、貴方のその理想が国民を導いている間はストラタは安泰だ、心の底からそう思う。
「出向準備整いましたー、ラント港行き定期船間もなく出船しまーす!」
船員が大きな声で知らせてくれた、そろそろ別れだ、何も死ぬわけじゃない、また会える。私は知らずに流していた涙を拭い、深呼吸して、見送る人に手を振った。
「ありがとうストラタ」
最後に一言残し、オル・レイユ港を離れた。
船旅の間、私は沈んだ心を癒すため、船が切り開いた海面の波の揺らめきを見ていた、水は見ているだけでいい、それだけで心が癒される。
ただ悲しいだけが私の心ではなく、帰郷の喜びやアストン・ラントとの約束の事をラント港に近づくほどに強く思う、結局会えなかった父と母、それと兄、そして……ラントの兄弟、会うのが楽しみだ。
船に揺られ、ストラタの砂塵が見えなくなる頃、私の肌を風が撫ぜ、草の匂いを運んでくる、懐かしきウィンドルの風、自然の豊かな匂いが海を越えて私の鼻をくすぐる。
私は風に誘われ船のデッキに出ていくと、もうラント港が見えていた、見て、また泣きそうになってしまった。
「帰ってきたんだ、私は……思ったよりも故郷を離れることを、寂しく感じていたんだな……」
ラント港に着船し、私は久しぶりの故郷を踏みしめた。到着したのは昼頃で太陽がさんさんと輝いて風が軽やかに通り抜けていく、ウィンドルはこうでなくては。
ストラタの別れとは違いラント港には私の知る人物は居なかった、実は帰省のタイミングを知らせていない、私にも人を驚かせたい気持ちがある、ふふ、父が腰を抜かす光景が浮かぶ。
「サプライズは喜んでくれるだろう、確実に父は喜ぶ」
そんな思いを抱いてバロニアまでを亀車で向かい、ウィンドルの象徴の大翠緑石を眺めつつ我が家の前まで帰ってきた。
家は変わらないな、流石に引っ越しすれば手紙の一つも寄越すだろうし、その心配は無いと思うが……久しぶりとなると……謎の不安が……
「キールゥ!」
「うおっ!? 誰だっ!」
家の前で立っていると飛びつかれた、名を呼ぶからには私の知人か? ともかく誰なのかとその顔を見て私は叫んだ。
「うぁぁぁぁっ!」
「うわぁぁ! って何だようわぁぁあ! って!」
「なんで兄さん!?」
「そうだよお兄さんだよちゅちゅちゅー!」
くっ、失敗したまさか兄さんの休みと被るなんて……!
短い赤髪の野性的な顔のたくましき我が兄、騎士団に入るために騎士学校に通っているのだが……タイミングが悪かったな……
今の私を第三者が見れば野獣に襲われてる子羊、いや猛獣に喰らわれたネズミである。兄さん図体がでかいのだ。
「ちょっと何やってるの! あらキール! 帰ってきたのね!」
「ただいま帰りました……母上」
「あぁ母様! キールが帰ってきたんです!」
……兄にされるがまま私は頭をわしわし撫でくりまわされ、そのまま家の中まで担がれた。こんな形で帰ってくるとは思わなかったろうな、これもサプライズの一種と考えれば……いや無理だな
、家の中には父もいた、父は兄に抱えられた私を見て笑ってそれから……
「おかえり、キール」
「ただいま帰りました、父上」
帰ってきた。そんな実感が湧いてきた。
翌日。
「増えた物の整理やバロニアで研究を続けるための根回し……それと」
「あはは……お久しぶりです!」
「ジョシュさんですか、別れの際に姿が見えないと思ったら……」
「僕にも仕事があったんだよ〜」
実家で私が留学中に増やしてしまった私物の整理をしていたらジョシュが私を訪ねてきた、母は友達が増えたと喜んでいたが正確には年上の部下、そう言い出せないのは友人が少ない自覚が私にあったからだな。
ジョシュには私の部屋に来てもらい、茶の一杯だけだがもてなしとしてだしてやった。
「それでジョシュさん、何の御用で?」
「キール君の顔を見に来たんだよ」
「……いや違うようですね、嘘をつくと真剣な顔になる癖が治って無いのなら、ですが」
「えぇ! そんな癖あったんだ……いやぁ敵わないな、そうだよキール君の顔を見に来たんじゃなく、ストラタからウィンドルへ大統領の親書を渡しに来たんだ」
私の? よく分からないが一体何を大統領閣下は企んでいるのか、まさか超法規的措置で引き抜きとか……いやまさか。
「どうせ君に知られる話だから喋っちゃうけどストラタとウィンドルで輝術研究の協定を結ぼうと言うことで、ウィンドルとストラタを結ぶ架け橋にキール君になって欲しい、と言うのが大統領閣下のお考えです」
ふむ、面白くなってきたな……王政のウィンドルと民主主義のストラタ、政治のあり方が違うがうまく手を取り合えるのだろうか、あくまで今回の件は足掛かりに過ぎないだろう、あの大統領は抜け目ない。
「……ウィンドルがそれを受け入れるなら、いいんじゃないですか?」
「回答はまだ貰ってないんだ、後日答えを出すと言って締め出されたからね」
「そうですか」
フェンデルと陸続きなウィンドルはいつ攻められるか分かったものじゃない、新しい技術や力を必要としているはずだが歴史とプライドに任せて話を蹴る事も考えられる。良くも悪くも王次第だが……果たして……
「ジョシュ君だっけ? せっかく来たのだから泊まっていきなさい? 宿はまだ取っていないんでしょ?」
「え、もう宿は」
「取っていない、でしょ?」
「ウス……」
「(……母上はどうしてこう押しが強いのか)」
ジョシュは母の提案で私の部屋に泊まっていくことになり、ムダに広い私の部屋で結局次の日を迎えた。兄は血涙流してジョシュを睨んでいたが……待てジョシュ、私は変人じゃない。そんな目で見るな。
「さてと、もう一度王様に会いに行こうかな」
「私もついていこうか? 何か役に立てるかもしれない」
「いやいやそれはマズイんじゃないかな? 不興を買って君が生きづらくなると困るよ、あ、その時はストラタにおいでよ!」
「ちゃっかりしてるのはストラタ人あるあるなのか……?」
ジョシュは自分の仕事を果たすためにバロニア城へ向かった、私は私でジョシュが帰ってくるまで暇つぶしでもしていよう。
しばらくしてジョシュが帰ってきた、笑顔と言うことは話がうまく進んだようだ。
「やったよキール君! 良い返答がもらえたよ」
「因みに何と?」
「あまり大きな声で言えないけど、キール君の功績とストラタの現状を伝えたら、割とすんなりって感じ。ストラタとウィンドルを繋ぐラントあたりに研究所が出来ると思うよ、研究には危険な実験と円滑な情報共有が求められるからね」
「私の名前を出して話が進んだ……偉くなりましたね、私も」
「何言ってるんだよキール君はもうストラタ政府公認外部名誉輝術研究顧問さ!」
知らない所で知らない肩書が増えている恐怖……私に知らせない肩書って何、私の履歴書に書けない肩書なのかいそれは。
「その肩書今知ったんですが」
「……君が出ていってから勝手に作ったからね……大統領閣下が」
大統領閣下、まさか私で選挙での支持者集めてる訳じゃないですよね、そうですよね。
もう私は何が何だか、後から明かされ事実に目を覆った。
「あのお人は……私に何になって欲しいんでしょうか」
「うーん……キール君ってストラタでもかなり有名人だけど?」
「そうですか? そんな実感は無かったですが、セイブル・イゾレもオル・レイユもそのような反応無かったですよ」
「ユ・リベルテだと人気者だよ、大々的に宣伝広告して、伝記や人形、グッズが多く販売されているし」
「それ本当の現実の話ですか……!?」
「ホントだよ! 天才美少年研究者が次々に革新的研究をする! どうだい? 人気にならない理由あるかい?」
……確かにそういう話が現実で起きたら、私だって気にしてしまう……待てよこの扱い心当たりあるぞ。
「君はもはや政府公認のアイドルだね、君の肩書だって国民にせっつかれた大統領閣下が作った唯一無二のものさ」
そうだアイドル! ……アイドル……この世界の娯楽少な過ぎではないか? これはもはや課題です、ストラタ全土を緑化するほどの壮大な課題です、ストラタには恩があるがアイドル扱いなんて私聞いてませんが?
「じゃあキール君、僕はこれで」
「ま、待って」
「よっストラタのアイドル! 次のツアーはいつかな? じゃあね」
「ぐぬぬっ……!」
己、己己己ぇ……ジョシュも大統領閣下も一言声をかけるって事を覚えてくださいよ……!
次回のストラタ行きは当面先の話になりそうだ、おちおち遊びに行けやしない。
そう言えばストラタから帰ってきたらラントに行く約束もしていたな……あぁもうジョシュとの会話で消し飛ばされていたラントの約束をジョシュとの会話で思い出すなんて……明日、出向こう。