――夢の中、懐かしき綺麗で切ない思い出。
これを見るのは何度目だろうか。
陽光を浴びながら、あの小さな書庫で楽しそうに本を読む
とても綺麗で、誰よりも輝いて見えた。
何も知らず、あまりに
そんな彼女を前に、
でも、できることなら、彼女のすぐ隣にいたい。
踵を返して、彼女に声をかけようと口を開いて――
――朝焼けがカーテンの隙間から潜り込んで、部屋を朱色に染める。
光が灰色の髪に反射して、その眩しさに少し不機嫌な色を灯しながらその瞳を覗かせる。
長い睫毛が目尻に溜まったそれを零した。
一筋の水滴が頬を伝う。
またか、と彼の小さな口が呟いた。手の甲で涙を拭う。
深く重たい溜息が漏れ出る。哀しみの色を伴って。
それでも一日が始まる。
月曜日、天気は晴れ。
柔らかな髪は寝癖であちこちにうねって飛び出している。それを梳かして整える。
その間にトースターからはパンの焼ける香ばしい香りが漂ってきている。
顔を洗って、少し赤く腫れた目尻に肌色を乗せて隠す。
目玉焼きとベーコンをフライパンで躍らせて、トーストと一緒にプレートに飾る。
サラダとスープはエキストラ。細やかな朝食の出来上がり。
いただきます、律儀に手を合わせて食事を取る。夢のせいか、彼の脳裏にあの夜風のような優しさと素朴さのダイニングが浮かぶ。皆で食卓を囲み、色んな話をしたあのダイニングを。
胸の内を寂しさが食い荒らす。
戻れるのなら、もう一度皆に、彼女に会えるのなら。
そんな幻想が、湧いて出る。
あり得ない、と零して何かに急かされたように、或いは何かを否定するように残ったトーストをミルクで流し込んだ。
食器を洗って、着替えを済ませて、髪形を整えて、荷物を用意する。
一通りの支度は整った。あとは少し余裕のできた時間を過ごして出発するだけ。
予定を確認すれば、今日は珍しく人があのサナトリウムを見学に来る。数は二人。
二人、そう聞くと彼の記憶が喚起される。
植物とオパールの瞳が好きな
そして、
愛おしくも悲しく切ない
過ぎ去ってしまった時間、けれど時計の針は戻らない。
夢と記憶の中にしか存在しない光景。
それでも、そんな場所があったのだと知ってもらえるのは喜ばしいことだ。
そう言い聞かせるように手帳をしまう。
彼が時計を見やると気づけば出発の時間だ。鞄を持って、玄関を出ようとする。
靴を履いて、爪先を鳴らしたところで靴箱の上に置いてある眼鏡を手に取る。
その視線の先、丸眼鏡のレンズの向こう側に何を見たのだろうか。
少し苦しそうな笑顔を浮かべてそれを身に着け、家を出た。
扉を開けて入り込んできた風は春の陽気とは対照的に彼の胸の寂しさを表したかのように冷たかった。
桜の花弁と寒さを運ぶ風。張り詰めた冬を彷彿とさせる空気。
きっとこんな日を『花冷え』というのだろう。
花冷えの朝、狼は夢に泣く。
PLが来たことにより、物語の白紙のページが埋まったことによって『夢と記憶のなかにしか存在しない光景』ではなくなるので、PLお二人を案内し終わった後に、その『夢』のような奇跡に『泣いて』しまうのでしょう。