三つの女冠を手に、眩い憧れを目指して 作:ドーンローシェン
私は、レースというものに限らず、闘争心がとても弱い。
規模感を、私の感じたままに話すのならば、そのほぼ全てが睡眠欲に変えられている、と言っても過言ではないレベル。
つまり、その部分だけを拾い出しても、私はウマ娘としては落ちこぼれなのだ。
模擬レースや競走においては、いつも大体最下位で、落ち込む訳でもない冴えないウマ娘。
……おじさんは、そうは思わなかったみたいだけど。
「ここにゲートはありませんから、先生の合図で皆一斉に走り出してくださいね」
「……」
静か、皆が集中してる。
両隣の、グラスとスカイもとても真剣そうだ、さっきまでののほほん具合からは考えられないくらい。
……私? もう既に眠たいよ。
元ヒト、というノイズが挟まってしまっているからかもしれないが、それ込みでこれが私なのだから、どうしようもないと思っている。
あと、こんなダメダメでも生きていくのには困らない。
そう、思ってた。
いや、今も思ってるんだけど。
「 位置についてッ!」
「……」
ピリピリとした皆の気迫が、更に大きく鋭いものになった。
……ぞわぞわする、いつもの感覚。
「……よーいッ!」
各々、走り出す構えを取る。
私も、構えは取っている。
……あ、ダメだちょっと眠い。
「ん……」
そうして、またしてもぽやぽやしていた私なのだが。
「 スタートッ!!!」
「「「「「ッ!!!」」」」」
「ぁ……」
凄まじい風切り音と共に、目が覚めた。
……あ、走らなきゃ。
「……んっ」
スカイは、すごく逃げていて、グラスは……いた、多分差しの位置。
スペチャン、キング、エルというウマ娘は、なんとなく姿の想像がつかなくもないが。
「ん、全然見えない」
グラスを見つけられたのも、直前に姿を見ていたことあっての偶然だというのに、見てない子のことなんて分かる筈がない。
……あ、誰かはマスク付けてたよね、確か。
「先行、の位置……?」
マスクの子は、その位置だ。
「……随分と、離された」
今回走るのは、芝1700m……らしい、多分
多分もっと皆長い距離の方が走れると思う、私も長いのが走れなくもないタイプだから。
まあ、デビュー前のお試し走だろう。
「……」
出遅れたのだし、私は元々最初は後ろ側なのだから、そりゃあ離されて当然なのだが。
私の脚は、逃げや先行ができないから。
「……」
このまま、最後方でレースを終わろうと考えていたのだが。
トクン
「?」
心臓の鼓動が聞こえた気がする。
……そんなに走ったかな、私。
「……違う……?」
何か、もどかしい。
こんなことになったことは、今まで一度も経験がない、のだが。
そう思って、もう一度前を見据えると
「ん……?」
目の前が真っ白に、いや黄金色の光に包まれていた。
「眩しい」
それが第一印象。
でも、見続けていると段々と別の感情に襲われ始めた。
「 」
それがどういう感情なのか、この時の私にも、今の私にもまだ理解はできていない。
でも、それでも。
「走、る」
少なくともまだ、今は見続けていたいと私が思っていること。
そして、そうする為には。
「走ら、ないと……?」
走らなければならない、これ以上差を付けられてしまってはならない。
それだけは……おそらく、この時の私も理解していたのだと思う。
「っ……!」
そして、そうして私は。
トクン、トクン、トクン
「……行くっ、しか……ないっ!」
走っているにしては、とても緩やかな鼓動、でも私にとっては未知の感覚。
ハジメテに誘われて、生まれて初めて、私は思いのままに走り出したんだ。
「けほっ……遅かった……」
一時の気持ちに任せて加速したはいいものの、タイミングが遅かった。
「ふぅ……なんだった、んだろう」
心臓の音は聞こえている、何せ初めての加速、全力疾走だ。
バクバクとまでは行かないが、なかなか煩い。
でも、あの時感じたのはこれじゃ、この音じゃない。
「……?」
なんか、周りがざわついている。
ついでに私を見ている、なんだろう。
何か、ダメなことでもしたんだろうか。
「え、姫さっきちゃんと走ってた?」
「へ? 見てなかったけど、いつも通り最下位だったよね」
「いやそうだけどさ、いつもより速かったし、差も無かった気がすんだよな……」
「えー? 見間違いでしょ、思いっきり出遅れてたじゃん」
「というか出遅れてたの? いつもより差なかったんだけど」
「……?」
とても話題に出されている気がする。
いつも走っているのには変わりはないと思うのだが。
「皆さん、ユズさんが"走った"ことに驚かれているんですよ〜?」
「……ん、グラス」
タオルで拭いたのか、じんわりと汗がちらついているグラスがこちらに来ていた。
「どういう、こと?」
「そのままの意味だよ〜、ユズちゃんいつもかるーく走ってるじゃん?」
「軽く……」
ああ、なるほど。
スカイに言われてなんとなく理解ができた。
いつもぽてぽてと最後方で走ってた奴が、今回いきなり真面目に走りかけてたから、話題になったと。
「そういうことデース!」
「誰?」
「エルコンドルパサー! よろしくお願いするのデス!」
「……ん、よろしく」
エル、と呼ばれていたのはこのマスクの子か。
ならばスペチャンとキング、と言うのは……?
「くうっ……また……っ!」
「あ、キーングー、こっち来なよ〜」
「……どうしたのかしら、ってあら? あなたは……」
「ん」
この子がキングらしい。
「ユズノキ、よろしく。……えと、キング、さん?」
「私はキングヘイローよ。キングでいいわ」
「……ん、よろしく」
残りはスペチャンさんとやら。
……ん、眠い。
頭がぽわぽわし始めてきた。
「やー、キングの圧にユズちゃんがビビらなくてよかったねー?」
「スカイさんっ!」
「キングさんもそこは気にしてましたからね〜」
「!? っ〜もうっ!」
うぬ、何か話しているが、頭が理解を拒んでいる。
……いつでもどこでも眠くなるって、もはや何かの欠陥な気がしているのだが、どうなのだろうか。
特に問題はないとのことだが。
「……」
「……あれ? ユズちゃん?」
「あら、まあ」
「眠り姫に戻ったのデスっ!」
「……なんだか、既視感を覚えるわね」
「はて、誰のことでしょうな〜?」
……あの黄金が、夢に出て来たらいいな。