影の先導者   作:クルージング

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Ride:2好きなものに溢れた世界で

 

 部活動の時間も終わり、自宅への帰路を歩いている途中で、ふとシズナは辺りを見渡してみた。

 

「《Mr.インビンシブル》にライド!その効果でソウルを1枚増やして、ダメージゾーンのカードを1枚表に返す!これで《ジェノサイド・ジャック》の拘束解除に使ったコストは帳消しだ!ここから一気に攻めてやるぜ!」

「そう簡単にやらせるもんか、守りきってやる!」

 

「ねぇねぇ、あっちのファイトどっちが勝つかな?」

「うーん、まだ分かんないかなぁ。……やった!トリガーGET!」

「あっ余所見してる間に!」

 

 近くに目を向ければ、子供達が屋外のベンチに腰を掛け、ヴァンガードのカードを広げてファイトしている姿が見える。

 男子も女子も眩しい笑顔を浮かべながらファイトに熱中していて、実に良い光景だ。

 

 

「お、やべーの当たった」

「すっげー!そのグレード3のカードSP仕様じゃねーか!」

「よし、さっそくデッキに入れてファイトするぞ!」

「良いじゃん、負けねーぞ!……あっ、このレアカード5枚目だ」

 

 道路を挟んだ向かい側の歩道に目線を移せば、制服を着た学生がヴァンガードのパックを意気揚々と開き、友人と一緒に一喜一憂している姿が見える。

 あの制服は確か中学校のものだった筈。アルバイトとかできないし、きっと頑張ってお小遣いを貯めて買ったんだろうな、なんてことをシズナは妄想した。

 

 

「先輩、デッキの調整のほどはどうですか?」

「しっかりやったつもりだけど帰ったらもう一度確認する予定だよ。今度の大会は良い成績を残したいし、雑なバランスのデッキで出場して事故なんておこしたくないしね」

「それは良かった。私も今回のデッキには自信があるので……負けませんよ?」

「うん。……ところで君の方は有休取れたの?」

「絶対もぎ取ります」

「頑張ってね」

 

 正面に視界を戻すと、反対方向から歩いてくるきっちりとしたスーツに身を包んだ社会人らしき人達が、ヴァンガードの大会に出場する前準備としてデッキの調整具合を確認したり、会社から有休を取ろうと決意を固めている会話がすれ違い様に聞こえてくる。

 あの分だと有休を取るのは厳しそうだが、是非とも掴み取ってほしいとシズナは静かに願った。

 

 耳を澄まして聞こえてくる話題はいつも同じで、まさにヴァンガード一色。

 この世界のヴァンガードがどれだけ世の中に馴染んでいるのかを如実に表しているような光景をまざまざと見せつけられ、シズナは一人感慨深い気持ちになっていた。

 

「……もう殆ど慣れたようなものだけど、改めて凄いって感じるなぁ。ここまでヴァンガードが世間に浸透しているのを見ていると」

 

 彼女、先導シズナは転生者だ。

 

 前世は病弱な少女で、幼少の頃から患っていた持病が悪化したことで病院のベッドの上で静かに息を引き取ったのだが、気が付いたらこの世界に赤ん坊として生まれ変わっていた。

 生まれ変わった当初はその事実に驚嘆したが、その驚きもすぐに別の驚きに上書きされた。

 

 頭痛がせず、頭が朦朧としない。

 息苦しさから喉が咳き込むこともない。

 そして何より、思いっきり走ることができる。

 

 前世の頃の病弱な身体と比べ、まさに月とすっぽんという言葉が似合うくらいには、今世のシズナの身体は健康体そのものだった。

 更に湧いて出てきた幸運はこれだけにはとどまらず、ともすれば自身が健康体として生まれてきた事以上に嬉しいと思えるような事がこの世界に存在していた。

 

 それが、他でもないヴァンガードの圧倒的普及率である。

 

 この世界のカードゲームの競技者人口は優に数億人を越え、その中でも頭一つ抜けて流行していたヴァンガードは日本どころか世界中にファンがいるのが当たり前。

 ショップ大会のスケジュールは殆どヴァンガードが占めており、学校のイベントやTVの企画にヴァンガードが関わることも珍しいことじゃない。

 海外にはプロリーグも存在しており、世界に名を馳せる強者達がヴァンガードで生計を立てながら大舞台でファイトをしている。

 一度TV越しにその光景を見た時は夢なのではないかと一瞬疑い、思わず頬を強くつねってしまった。その後すぐに親に叱られた。

 

 その後も様々な媒体から情報を得れば得るほど伝わってくる、この世界のヴァンガードがどれだけ世界に愛され、熱を向けられているのかという事実。

 その盛況具合を認識した時には大層驚き、興奮し、そして──自身の心が強烈にときめいたのを覚えている。

 

 これなら前の世界のように、いや、もしかしたら前の世界以上にヴァンガードにのめり込むことができるかもしれない。

 そんな考えが彼女の脳内によぎった時には既に、心は一色に染まっていた。

 

 

『早くやりたい。すぐにでもやりたい。この世界でも──ヴァンガードを』

 

 

 鉄は熱いうちに打て。

 一日でも早くヴァンガードをやるために、シズナはすぐに行動をし始め──たかったが、流石に赤ん坊の頃からの活動は無理だったので、二本足で安定して歩けるようになった頃に行動を開始することにした。

 

 親の手伝いを積極的にやってお小遣いを貯め、貯めたお小遣いを握りしめて買い物に行き──自分の足一つで外出できた事に言葉では表せないほどの感情を抱えながら──パックを買ってこつこつとカードを集め、デッキを作った。

 

 流石は前世の頃よりもヴァンガードが流行っているからなのか、パックの販促具合は前世の世界よりも充実しており、更には前世の頃にはなかったカードまで収録されていた。

 そのお陰でシズナが作りたいと思っていたデッキは、自分が思っていた理想以上の形で作ることができた。……自分が欲しい、デッキに入れたいと思ったカードがピンポイントでパックから排出したのは不思議だったが。

 

 そんな風にヴァンガードを遊ぶための準備がだんだんと整っていくなか、ふとシズナの脳裏にある一つの疑問が浮かぶ出来事がおきた。

 

 

 (ここ、もしかしてヴァンガードのアニメの世界なのでは?)

 

 

 そう思ったのはシズナに弟が生まれた時だ。

 

 自分より一つ下の弟に付けられた名前は、

 先導アイチ。

 

 そう、ヴァンガードの主人公として名高いあの先導アイチだ。

 

 もとよりシズナは自分の名字にどこか既視感を覚えていてずっと疑問に思っていたのだが、アイチの名前を聞いたことでその疑問は氷解した。

 ただ、同時に困ったことにもなった。

 

 

(私、ヴァンガードのアニメ見れてないんだよなぁ)

 

 

 ヴァンガードにハマっていたのに、見れていないとはこれ如何にとは思うだろう。

 

 実際のところ、シズナも見れるものなら見たかった。しかし前世のシズナは病院暮らしで、TVを見る手段も病室の備え付けのTVに限られており、それを見るためには病院の入院費とは別にお金を払う必要があった。*1

 病院暮らしで、自分が自由に使えるお金など持っていないシズナがTVを見るためには親に頼み込むしかなく、ただでさえ自分の入院費をずっと払い続けてくれる親にそれ以上を求めるのは、シズナの心情的にすることはできなかったのだ。

 

 

 そのような経緯もあり、結局シズナがアニメを視聴することはなかった。

 

 一応、シズナと一緒にヴァンガードをやっていた友達にアニメの感想を聞いたりといったことはあった。

 しかし口頭だけでの説明では聞いた内容が全部頭に入ってくる筈もなく、結局シズナが覚えられたのはメインキャラが誰かということと、その他僅かな知識だけ。

 それでも無いよりはマシだろうが、流石にここまで虫食い状態の知識を行動の指針に据えることはできない。

 

 結局、シズナは原作のことは今のところはあまり考えすぎない方向で行くことにした。

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 デッキは完成し、となれば当然次に求めたのは一緒にヴァンガードファイトをしてくれる対戦相手だ。

 おあつらえなことにシズナがパックを買った店にはファイトスペースが設置されてあったので、シズナはそこでファイトをしてくれる相手を探すことにした。

 

 そのファイトスペースにいたのは、当時のシズナよりも少し年上っぽい子供達。

 ファイトしている光景を見た感じみんなヴァンガードのルールに慣れるのに精一杯、といったような感じだった。

 正直なところ病院暮らしが長すぎたせいでコミュニケーション能力に若干の不安が残っていたシズナだったが、デッキを持っているだけで逆にファイトを申し込まれることもあったので、幸いにも対戦相手に困ることはなかった。

 だが、ここでひとつ問題が起きた。

 

 子供VS子供、文面だけみればさほど問題はないように見えるが、生憎とシズナは転生者。

 

──そう、インフレの激しかった前世のヴァンガードを数年間遊び尽くした転生者である。

 

 病院暮らしで外出できなかったので大会には出れず、持ってたカードも多くなかったのでどちらかと言えばエンジョイ勢に属していたが、ヴァンガードに対する姿勢は真剣そのもの。

 そんな年齢詐称もいいところなベテランファイターが、ルールも覚えたての、初心者同然の子供と戦ってしまえばどうなるか。

 

 

 結果は火を見るより明らかだった。

 

 

 その子供とシズナとの対戦結果はシズナが蹂躙に近い形で勝利し、最終的に負けた子供は半泣きになりながらシズナから離れていってしまった。

 これにはシズナも酷く落ち込んだ。

 

 手加減してファイトするべきだったのではとシズナは一瞬思ったが、勝負事に対して明らかに手を抜くことがどれだけ対戦相手に失礼なことなのかを経験上良く知っているシズナはその手段を取ることができなかった。

 その後も同様のことが何度か繰り返し行われてしまい、対戦後は皆火の粉を散らすようにシズナから離れていってしまった。

 小学生に上がる頃にはもう少し年上の子供達や大人とも対戦する機会に恵まれて多少はマシになったが、同年代のファイターから怯えられる事実は変わらない。

 

 自分がファイトする度に怯えられ、人が離れていってしまう。しかし手加減をすることはできない。

 どうすればいい、とシズナが八方塞がりになっていたその時だ。

 

 ──シズナが、あの3人と出会ったのは。

 

(……っといけない、考えに夢中になりすぎてた)

 

 眼前の視界に自分の自宅を認識したシズナは、そこで一旦思考を戻す。

 辺りの街並みはすっかり街灯頼りの仄暗い景色になっており、どうにもゆっくり帰りすぎてしまったようだった。

 

「ただいまー」

「お帰りなさい、シズナ」

 

 もう見慣れた我が家の扉を開け、自分の帰りをわざわざ待っていてくれていた母──先導シズカに帰宅の挨拶を交わして玄関をくぐる。

 

「夕飯もう作ってあるけど、シャワー浴びる前に食べちゃう?」

「いいよ、ご飯はゆっくり食べたいし」

「あらそうなの、じゃあ先に食べちゃってるわね」

「はーい」

 

「ちゃんと着替え用意しておかなきゃ駄目よ-」

「分かってる-」

 

 娘の返事を聞き終わったらそそくさとリビングに戻っていった母の姿に少し微笑ましい気持ちになりながら、シズナもさっさとシャワー後の着替えを用意するべく自分の部屋がある二階へ上がろうとする。

 

 

 ──その、短い道の狭間で。

 

 

「あっ……姉さん」

 

「アイチ」

 

 視界に写ったのは母親譲りの青い髪。

 

 か弱げな少年にも、儚げな少女にも見える中性的な顔付き。

 

 夕飯を食べに行こうと階段を降りている途中だったのだろう、先導家の長男であり、シズナと一歳違いの弟──先導アイチがそこにいた。

 

 瞬間、二人の間に微妙な空気が流れる。

 

「えっと……帰ってきてたんだ」

「うん、ただいま」

 

 会話を続けようにも、アイチのほうはシズナを視界に入れるなりすぐに困ったような表情を浮かべると、すっ……と目を逸らしてしまう。

 シズナもまた、目の前にいる弟に対してどう話題を作って花を咲かせれば良いのか分からないので口が思うように動かない。

 

「えっと……じゃあ僕、先にご飯食べてるから!」

「あっ」

 

 気まずい空気のまま、アイチはシズナの声も聞かずにそそくさとシズナの横を通りすぎる。

 思わずシズナはアイチに対して手を伸ばそうとするが、伸ばしきる前にアイチは一階へと降りていってしまった。

 

「……はぁ」

 

 自然とシズナの口から溜め息がこぼれる。

 最初の頃は、姉弟仲はちゃんと良好だったとシズナは記憶している。

 それがある時からこのような関係性になってしまったのは、自分に原因があるのだとシズナは理解している。

 

 先に断っておくが、シズナはアイチのことをヴァンガードという作品の主人公としてではなく、しっかりと先導シズナの弟として見てきたつもりだ。主人公だから強いのだろう、私が見ていなくても何も問題ないだろう──そんな不誠実な考えをしたことはない。

 

 だがそれを徹底できたとして、果たして良い姉であり続けられたのかどうかは別の話だ。

 

 ……シズナが転生してから16年。

 

 ヴァンガードという生き甲斐を生まれ直してすぐの頃に見つけることができたからか、前世と比べてもシズナの人生は総じて順中満帆だったと言っても良い。

 しかし、弟との交流の仕方はうまくできなかったらしい。

 これでも、心優しい母や妹のおかげである程度は改善したのだ。それでも、未だにシズナはあの日以来(・・・・・)、弟と二人っきりになった時に会話らしい会話ができた試しがない。

 

「…………はぁ」

 

 再度一つ、溜め息を吐く。

 取り敢えずはここで考えても何にもならない。

 弟との遭遇ですっかり止まってしまった足を動かし、シズナは階段を上がった。

 

 

*1
いわゆるテレビカードというやつである。1枚1000円(税込)で16~24時間ほど見れるが、シズナには充分大金だった

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