目が覚めると見知らぬ天井…と言うか青空が広がっていた。
公園のベンチに横になっていたので背中が痛い。
視界がハッキリしてきたので、ぼんやりと昨日の事を思い返す。
まず、住んでいたマンションの家賃が払えなかった。
家財もほぼ無かったので、一瞬で追い出されて…それで今に至る。
「お客様、お立ち頂けますか?」
語尾が少し上がった低い声が、耳に入ってくる。
言われた通り立ち上がって声の方向を見ると、そこには異形の頭、いや牛のマスクを被った人間が、お墨付きを頂いてそうなポーズで立っていた。
まるでミノタウロスだ、こんな奇人変人にお客様呼ばわりされる筋合いは無い。
「お客様って?会った事も無いと思うんですが」
「貴方は私どものお客様の条件に適しているので、お客様と呼んだだけです。着いて来て貰えますか?」
余計に意味が分かんらない。明らかに怪しすぎるので、少し悩む素振りをして逃げようと画策する。
「いや、着いて来て貰うと言う方が正しいですね。あなたはもう囲まれています」
訂正が入った。どうやら逃げるのも難しい様だ。
こうなればもう、選択の余地はない。
大人しく着いて行く事にする。
「病院…?」
疑問を解決する時間も無く、診察室に通される。
「身体検査をしてもらいます」
ここはしたがっていた方が良いだろう。
身長や体重、筋肉量等を計られると部屋全体がガクンと動く。
隠されていたボタンを押したのが見えた。
部屋全体がエレベーターになっているらしい。
沈んでいく途中にうっすらと、歓声が聞こえる事に気づく。
小部屋が底につき戸が開く。
中心にフェンスで囲まれたリングがあり、その回りに観客席がある大きな空間に出た。
「ここは…何です?」
「新時代の浮浪者の溜まり場ですよ。そこらの浮浪者を貴方の様に連れてきて、戦わせる…娯楽施設です。ここら一帯に浮浪者がいないのは、ここに来ているからです」
リング上の睨み合う上裸の二人も、浮浪者、いわゆるホームレスなのだろうか、それにしては妙に筋肉質だ。
周りを取り囲む観客は老若男女問わず居るが、誰も彼も裕福そうだ。
その時、中央のリングに動きがある。
もうボロボロになっている片方が、無謀にもタックルで突っ込む。
予想通り膝蹴りが顔面にめり込み、
「工藤下克上ならず!膝蹴りでK.O.だっ!」
実況であろう声がマイクを通した驚音が響く。
「丁度決着が付きましたね。部屋は用意してあります。こちらへどうぞ」
歩いている時、ミノタウロスが話す。
「ここに来たからには貴方も戦う事になるでしょう。説明です。」
なかなか長い話だったが、要約すると
・観客は凄い金持ち。
・ランキングがあり、その上位11人の試合だけが公開されている。
・ランキング一位になれば“番人”とのスペシャル・マッチが可能、勝てば、三年は何もせず生きられる金と自由が手に入る。
と言う事らしい。
「いつまでここに居る事になるかな…」
「貴方の最初の試合は明後日です。特別に十一位との対戦ですよ。公開もされるので、ベスト・コンディションで挑んでください」
そこまで言った所でミノタウロスは戸の前で立ち止まり、部屋に入るよう誘導される。
入って右には本棚があり、そこにぎっしり漫画が入っている。
案外、天国なのかもしれない。
しれっと着けられた腕輪を除けば。
「にしても試合か…」
迫力に押されて考える暇も無かったが、一人になり落ち着くと、うっすらとした恐怖が心に滲んでくる。
格闘技の経験と言えば、12から14まで柔道を習っていたぐらいだ。
自分から始めた訳でないし、真面目にやってはいない、役に立つだろうか?
覚えている技は十種そこらだし、リング上では半裸になっていた事を見るに、その一部も使えない。
現実逃避に漫画を読む。
言い訳する様に、実戦的な固め技も載っていると言う理由で、格闘漫画を選び、それで一夜を明かした。
試合の日になった。
前日の食事は食堂で意識が高い物を食べ、しっかりと睡眠をとり今はストレッチ中だ。
落ち着かない10分が終わり、服を脱ぎ去り、いよいよ入場だ。
「本日初登場!想像もつかない力を隠しているのか?実力はまだ未知数!
「
そう紹介されたのは、水が地下に降りて来た時の試合で、戦っていた男だった。
「長岡か、よろしく頼むぜ」
「工藤さん、よろしくお願いします」
試合開始のゴングが鳴る。
「恨むなよ!」
工藤の声が響いたかと思うと、何か鋭い物で額を傷つけられる。
「工藤の先制攻撃!
額に出来た鋭い物で作られた傷からの血が視界を遮る。
「うらあっ!」
工藤が雄叫びを上げてタックルしてくる。
馬乗りになられて殴られると思いきや、掌底が、掌をぶつけられる。
だがダメージはある。視界を開く為、血を拭おうとするが、半裸なので拭う服は無い。
多少時間は掛かったが、視界が開けると額を切った物の正体が分かる。
「爪…」
「気付いたか、だがこうでもしないと俺みたいな奴は勝てないんだよ!」
大きく振りかぶり、引っ掻き攻撃がくる。
引っ掻き攻撃と言うと大した事が無い様に聞こえるが、その鋭く研がれた爪は、肉をえぐる様な武器だ。
琉球唐手に
体を跳ね上げ、馬乗り状態を解除する。
向き合い、相手の次の手を予測する。
進む右腕の軌道が分かる。また、額に向かってくる。
ギリギリで腕を掴んで、体を倒し地面に工藤の体を押し付ける。
水が出来る柔道の技の一つ。自分の脇に相手の腕を挟み、肘を極める固技、脇固めだ。
「ぐおぉぉ」
唸り声を上げる工藤に、少しずつ体重をかける。
体を揺らされ少しずつ極めが甘くなり、抜け出されてしまう。
余力ギリギリで仰向けになりながら、工藤の方を見る。
工藤も体力を消耗している、このまま一撃で決めに来る筈だ。
やはりその刹那、顔面を狙った鋭い攻撃が来る!
『人間が想像できることは、人間が必ず実現できる』
誰の言葉か知らないが、水の好きな言葉だ。
だからきっと出来る。
例え思い込みだろうと、今だけは強くなりたい。
飛び込んで来た工藤の腕を掴み、一心不乱に引く。
倒れた工藤の首に足を巻きつけ、腕と同時に絞める
「決まったァ!三角絞めだ!」
実況の声が会場に響く。
このまま絞めていれば、落とせる筈だ。昨日読んだ漫画に載ってた。
抵抗しようとする工藤の爪がズボンを貫き足に刺さる。
だが抵抗は徐々に弱まっていき終わる。
「“固め技使い”長岡 水の勝利だぁー!ランキング十一位決定!」
出来立てほやほやの異名で呼ばれ、水は勝利を実感した。その後すぐ全身の力が抜け、気絶した。
目が覚めると見知らぬ天井…病院だった。
「もう動けるくらいには回復したようですね」
ミノタウロスに話しかけられ、強烈な既視感を覚える。
未だ地下から出られる訳ではない。
最初にここに来た時と同じルートで地下に行くと、丁度試合のタイミングだった。
「見ていかれますか。」
「はい、そうします」
これで他の人の試合を見るのは二回目だ。
実況が向き合う二人の説明をする。
「ランキング四位!“
「ランキング五位!“
二人とも構えはボクシングスタイルだ。
激しい打ち合いをしているが、加治木の方が一枚上手か、羊野の方がダメージを受けている。
加治木は体を捻る事で、ダメージを受け流している。
スリッピングアウェイと言うやつだろう。
しばらく後、消耗しきった羊野が倒れ決着が付いた。
地下に戻った後は、筋トレをする事にした。
まず筋力が無ければ勝てない。
ミノタウロスに案内され、トレーニングルームに来た。これ程の規模があるなんて想像もしてなかった。
負傷の回復のため次の試合は三週間後だ。
部屋にあった格闘漫画で使いたい技を見つけた、それを極めるのが次の目標だ。
脚力を鍛えるトレーニングを重点的にする
三週間後には筋肉も少しついていた。ジャンプ力も少し上がっていた。
試合の時間だ。
「格闘技の経験は二年間の柔道のみ!だがそれでも外へ出るという目標に進み続ける!“固め技使い”長岡 水だ!」
「この戦いに好き好んで参加したイレギュラー!ランキング十位!公開試合で唯一の女性選手!“深層の姫君”
どこかで見た気もする顔だが思い出せない。
「えっと…よろしくお願いします。」
「よろしくお願いしますね。まずは"ご挨拶"です!」
顔面にいきなりのパンチだ。
咄嗟に首を捻って力を逸らす。
「え、あ、なんで……?素人なら鼻血ぐらい出るはずですけど。」
「出来た…?スリッピングアウェイ…」
「はぁ〜?そんな知識だけあっても普通出来ないですよ!?」
忌々しげに瞳が歪む。表情が豊かだ。
ムキになったのか更に顔面を狙われる、スリッピングアウェイも完璧ではない。ダメージは蓄積する。
「なんでできるんですかぁぁぁ〜……!」
唐突にボディーブローが来る。
油断していたせいでろくに防御も出来ず、体が浮く。
苦しみながら相手からも自分からも拳が届かないぐらいに後退する。
やっと相手の構えを見る。
文字で見たか、絵で見たか、写真で見たかは覚えていないが既視感はある。あの構えはムエタイだ。
そして確信した。ムエタイだからと言うのもあるが、立ち技では自分は確実に勝てない。
他流試合など経験がない。どう寝技に持ち込めばいいんだ?
そう思ううちに近づかれ、首相撲の姿勢に持ち込まれる。
駄目だ、このままだと膝蹴りが来るのも分かっては居る。だが、防御は出来ない。
エネルギーが詰まった膝蹴りを何度も受け、最終的には転ばされてしまう。
うつ伏せの状態になっている所を蹴り上げられる。
「ぐうっ」
「立ってくださいよ。そろそろ決着つけますから」
望み通り立ち力の限りを使い構える。
「執念は認めます。あなたが見た事無い技で決めてあげますよ。一撃で」
はっきりしない聴覚で、"コ"の音を聞き取る。
ムエタイの事はほぼ分からないが、この動きは見たときが…ある。
自分の側頭部に掌を当て、構える。
思った通りに掌と側頭部に膝蹴りの衝撃が来る。
「健図の必殺技!変則テン・カウ今ひとつ決まらず!」
「驚きました…軌道を予測してダメージを軽減するとは…」
「必殺技使う時に名前言う人なんてマジで居るんですね」
完全に体は限界だが一矢報いたい。そう思うと力が抜け、倒れ込む様に相手の方に突っ込んでいた。
「早っ」
後ろをとり首に腕を掛けてクラッチする。
そのまま体を押し倒し、片方の足首を極める。
「これはっ…大蛇固め!」
戦いのお陰か、お互いが通じ合っているとも思える。
人間は極限状態になると、本来の力を大きく超えた力が出せるらしい。
それを今初めて実感する。"火事場の馬鹿力"と言う奴だ。
チャンスはきっとこれしか無い。
「うぐっ」
健図の苦しむ声が聞こえると途端に力が抜けてしまう。
そもそも女性を傷付けるのは不本意だし、この力も極限状態だからこそ出た力だ。
そう思うと負けていた。
倒れてしまっていた。
しはらく後、また病院のベッドに横たわっていた。
隣に立っていたのは健図とミノタウロスだ。
「あっ起きましたね」
「健図さん…何でここに?」
「恋読でいいです。感謝を伝えにですよ」
「感謝?」
「いい試合だったと思って、それと自分から攻撃しなかったし、最後の大蛇固めも絞めるだけで拳は使わなかったし、優しい人ですね」
「それはどうも」
「話は変わるんですけど、これから一緒にトレーニングしませんか?水は才能あると思うんですよ。タフだしスリッピングアウェイちょっと出来てたし、色々教えてあげますよ!」
「じゃあお願いします」
この選択は後で途轍もない後悔を生む事になる。
地下に戻った後、水の自室に二人きりになっていた
「なんで僕の部屋に?」
「ここに住まわされている訳じゃないんで、ここに私の部屋は無いんです。なのでここで寝させて貰います」
「ま…まあいいですけど」
何のせいとは言わないが、なんともリラックス出来ない日々がしばらく続く事になった。
恋読さんはマジでスパルタで毎日五体が筋肉痛に襲われた。
ペンも握れん。
「へぇ…漫画家志望なんですか。けどストーリーが書けないと」
恋読さんは何か期待する様にこちらを見ている。
「私はですねぇ、書いたweb小説が一回書籍化しててですね。今も一つ作品書いてるの、それ使うとか…どう?」
「凄いですね。ちなみに作品名とか言えたり」
「『不遇水魔法使いの禁忌術式』っていうファンタジーの小説。ノクターンノベルズで投稿してる」
「えっ『不遇水魔法使いの禁忌術式』ですか!?」
「知ってるの!?ちょっと恥ずかしいな…」
「『水禁』漫画化する許可を取ってる途中なんです。許可を頂けないでしょうか」
「良いですけど。でもそれより大事な事があってですね。下克上マッチをするらしいです」
下克上マッチはランキング十一位と一位の対戦。ここで勝てば外に大きく近付ける。
「絶対…勝たなきゃな」
試合当日のリングにはロープが張られていた。
体全体を覆うローブのような布を被った男が立っていた。
「あの人、元プロレスラーなんです、けど出来るだけ頑張って食い下がってくださいね。私の時みたいに」
セコンドについてくれた恋読さんが言う。
「いいだろロープ。今日はお前だけじゃなく俺の為の特別マッチでもあるんだよ」
リングの中に入ると実況が叫ぶ。
「ランキング十一位!初試合でのトップ十一位入り!健図との戦いも、その執念で食い下がった!“
こんな格好良い異名で呼ばれれば勝つしかない。
「ランキング一位!地下の明星!スーパースター!“アンダーグラウンド・レオ”
実況の紹介が終わるタイミングでローブを脱ぎ去る。
恐ろしい程の筋肉だ。
この肉体から繰り出される技はどれ程のエネルギーがあるのだろう。
戦いのゴングはドロップキックだった。
プロレスだから通じる技と思っていた。
だが、避けられない。余りの気迫に体が動かない。
早速受けた技のエネルギーは凄まじかった。
全力のドロップキックを受けロープまで体が吹き飛ぶ。
ロープに跳ね返った体を今度は太い腕が待ち構える。
首に強烈なラリアットを受け息が絶え絶えになる。
挫ける訳にはいかない、倒れた体を動かし、獅子目の足を掴む。
ずっしりと筋肉の重さが腕に伝わってくる。
だが倒す力はいらない。足を素早く極める。
獅子目は水が極めた足を歩く様に持ち上げ倒れる。
背中に激痛が走るが、倒れたのは好機だ。
四の字固めに足の形を変える。
水の体ごと回転し、うつ伏せになり技の掛かりが甘くなり、抜け出される。
流石元プロレスラーだ、技の脱出方法は心得ているのだろう。
「寝技のテクニックは有るようだが、立ち技はどうだ?」
次の瞬間水は理解することになる。鍛えられた肉体から放たれる拳の威力を。
半分くらいのスリッピングアウェイではどうにもならない程のパワーが、衝撃が、来る。
その拳を受けてもまだ立っている。まだ立てる。
だから拳が来る。
練習していた防御の技、拳をいなす固め技。
ギリギリパンチを受けて、コブラチョークに巻き込む。
絞めるり絞める。絞める。それだけを考えているのは蛇の捕食と何も変わらない。
「長岡とかいったなお前夢はあるか?はっきりそれ言ってくれたら、俺は落ちてやるよ」
いつの間にか指一本を入れられ極まりが甘くたっている。それに予想もつかない事を言われたが動揺はしない。するべきでない。
「漫画家」
「そうか、お前昔の俺に似てんだ。どうしても叶えたい夢がある。その為に格闘にのめり込む。俺の場合は本意だが、お前は不本意だ。…この腕は夢の為に使えよ」
いつの間にか指を抜いていたが、水の絞める力は一切抜いていなかった。それでも数十秒は喋っていた。凄まじい人だ。
「長岡下克上マッチ勝利!一位まで一気に駆け上がったぁ!」
意識を最後まで保ち勝負を終えたのは初めてだ。
「やりましたね。あの人を絞め落とすなんて」
「いや、負けてくれたんですよ。あの人、獅子目さんは」
「肋骨の骨折で全治1週間です。スペシャル・マッチはその後ですね」
これでここには累計一ヶ月半居る事が確定した。
その六日後、獅子目とミノタウロスは廊下で組み合っていた。
「ミノタウロスお前だろ。“番人”は。ただの案内人にこんな力有るわけねぇ」
「その通りです。ですが貴方と戦う理由はありません」
「俺にはある。あいつの夢を叶えるのを手伝うんだ。あいつは今のままじゃ絶対お前には勝てないからな」
「ほう…それで?」
「お前の骨の二、三本折れば少しは勝機が見えるだろ」
「スペシャル・マッチに挑戦出来なかった軟弱者が今さら挑戦ですか」
組み合った状態から離れ、獅子目は左腕で正拳突きを打つ。
だが、ミノタウロスに届かない。手刀が左腕に打つかり、骨を断つ程の衝撃を受ける。
「う お お お お」
獅子目が上げたのは悲鳴ではない。咆哮だ。
“番人”の一撃は人体を破壊する一撃と聞いていたからだ。左腕くらいは最初からくれてやるつもりだった。
本命の右ストレートが、防御仕切れないミノタウロスの胸に突き刺さる。
「骨折と、内蔵にも少し影響が出ていますかね」
「バケモンかお前」
死力を尽くした戦いはミノタウロスに大きくダメージを与え、獅子目の負けで終わった。
「これでいい…これがいいんだ…」
スペシャル・マッチ当日────
「獅子目さん見学に来るって言ってたけど…見当たらないですね…」
恋読さんが少し心配そうに辺りを見渡す。
だが見物人一人を待つ訳にはいかない。
水の入場だ。
「地下史上最速で一位に駆け上がったこの男!ランキング一位ではあるが、今回は
「対する相手はこの男!鋭く重い手刀は斧に例えられる!間違いなく地下最強のファイター!“地下迷宮の番人”ミノタウロスだ!」
「ミノタウロス…?」
「貴方は中々成長が早かった。この戦いを楽しみにしていましたよ。貴方を再起不能にするのを」
ゴングが鳴る。
「いやはや想定外の傷もあります。すぐに終わらせましょう」
大ぶりの手刀が脳天を狙い振りかざされる。
気迫はあるが、獅子目程ではない。避けられる筈だ。
首を動かし、本来のターゲットから逸らす事は出来たが、肩に手刀は当たり、脱臼してしまう。
痛みに歯を食いしばりながら動く方の腕で手刀を掴む。
そのまま立った状態で肩を極める。
「優しさは時に弱点になります」
ミノタウロスがそう言うと、さっきまで水の腕に従っていた体がするすると関節技から抜ける。
「私は体質で関節技は効かないのです」
勝機が途端に見えなくなる。
弱気のせいか、タックルで簡単に捕らえられてしまい、ミノタウロスが大技を構える。
バックドロップかスープレックスかは忘れたが、とにかくとんでもない衝撃の投げ技だ。
ここで耐えなければ勝てない。
人体が地面にぶつかる音が響く。
だが生きている、まだ戦える。
怪我のせいで技の掛かりが甘かったらしいのと、左腕をクッションにして、ギリギリ助かった。
改めて構えるも、勝てるビジョンが見えない。
「何弱気になってるんですか!私教えましたよね立ち技!」
恋読さんに叱責され、闘志をまた燃やす事が出来る。
「水ぃ!胸の辺りを狙えぇ!」
怪我だらけの獅子目も走って入ってきた。
胸の辺りに狙いを定めて、恋読さんから教わった膝蹴り。
“テン・カウ”を思いっきり叩き込む。
「ぐううう」
まぐれ当たりか火事場の馬鹿力か上手くいった様だ。
取り敢えず友情・努力・勝利ともいえるこの状況にかなり満足している。
「ミノタウロスK.O.!長岡 水!地下からの脱出に成功!!」
久しぶりの外だ。
外は夜で日差しを浴びる事は適わなかったが、星の輝きは綺麗だった。
「恋読さん…夜空…綺麗ですね」
「ですね。というか水はこれからどうするんです?」
「家買って仕事見つけます。今は銭湯にでも行こうと思います」
「いいですね。汗も流せるし絶対気持ちいいですよ」
ひときわ明るい星がまだ二人を照らしていた。
次回から元の路線に戻ります