バサラを引き止めるのは大変だった。俺の故郷がどこかも告げていないのにどこかへ行こうとするので、ヤケになった俺は故郷の歌を歌い、バサラと再び歌合戦を繰り広げることでなんとか朝を迎えることができた。
疲労困憊のまま、ミレーヌたちがリハーサルをしている場所の扉を開ける。
「とにかく、無理矢理ひっぱってきた。すごいな君たち、今までどうやって彼とうまくやってきたんだい?」
バサラと共に入室すると、一番にミレーヌが怒鳴った。
「バサラ、今までなにやってたのよーっ! 私大変だったんだから!」
バサラの勝手にミレーヌが怒るのは当然のことだろう。会って半日だが、バサラとバンドを組むという苦労は俺が想像もできないようなものだろう。
「ガトとは友達になったのか?」
「バサラに会えてよかったですね、ガトさん!」
のんびりとバサラに尋ねるレイ、無邪気に俺がバサラに会えたことを喜ぶガムリン、一定のリズムでドラムを叩き続けるビヒーダ。なるほど。こういう人たちならバサラとうまくやっていけるのだな。
「とにかく、バサラくんとは協力の約束は取り付けられたのだけれど、君たちにも話を通しておくべきだろう」
「俺が行くっつってんだからいいだろうが」
「だから君、バンドのメンバーなんだろう。君が急に居なくなったら困る人がたくさんいるよ」
「そうよそうよ! ガトさん、偉い!」
俺の感覚に近いのはミレーヌだけのようだった。もはやバサラをここに連れてくる必要はなかったのかもしれないと思いかけたので、ミレーヌのために連れてきたということにしよう。
「ともかく、こんな感じで話が先に進まなくて……」
「まあバサラだからなあ」
この人に甘やかされた結果バサラはこんな人格になっちゃったんじゃないだろうか?
俺はため息を飲み込んだ。
「……わかった。俺も進退窮まっているからね。君らからの合意が得られなかったとしても、バサラを攫っていくよ」
「ええ!? バサラを攫うゥ!?」
驚くミレーヌを尻目に、バサラはのんびり自分の頭の後ろで手を組んだ。
「攫われるまでもねえよ、俺は行くっつってんだ」
「今からする話を聞いても、君なら心変わりをしない気がしてきた。はあ、プロトデビルンと友人になれる男ならこのくらい突き抜けていて納得か……改めて自己紹介をさせてくれ。俺はガト。プロトデビルンだ」
「ぷ、プロトデビルンって、あの!?」
「一般に通じる単語らしくてよかった。俺たちは別に、そうは名乗ってないからね。かつての文明、プロトカルチャーはそう呼んでいたらしい」
俺のあずかり知らぬところで、かつてプロトカルチャーに封印されたプロトデビルンたちが復活し、暴れ回ったらしい。彼らは第一線でプロトデビルンらと戦い、勝利をおさめたと聞いている。
「あのゲペルニッチなんかと同じ種族ということですか?」
「知己だが、さほど仲は良くない。会ったことがあるならわかると思うが、彼らはいつも戦いのことばかりでね。血なまぐさいことが苦手な俺とは気が合わなかった」
ガムリンの疑問に答えると、続いてレイに尋ねられる。
「プロトデビルンってのは、スピリチアを吸わないと死んじまうんじゃなかったか?」
「うん。でも一人から全部吸って廃人を増やすような真似をしなくとも、多くの人から少しずつ吸って影響を少なくすることはできる。俺はとても永い間そうしてきた――50万年くらいね」
「ご!?」
「じゅう!?」
俺以外にこちらの世界へ来たプロトデビルンたちは、攻撃的なあまり、数々の戦争を越えて封印される道に進んだ。俺はそうではない。
エネルギーさえあれば不死に近いプロトデビルンという種族において、長く生きるというだけならば難しいことではない。他の種族に討伐を願われるほど恨みを買わなければ、単独であっても充分生きていける。
「50万年分の俺の人生を聞いている暇はないだろうから簡単に説明すれば――俺はこの世界にやってきた最初のプロトデビルンだ。俺たちは別の次元に存在しているエネルギー生命体で、実体がない。この世界にやってきたのは、プロトカルチャーが戦争のために生体兵器を作ったからだ。このままではその生体兵器が利用されて、たくさんの命が失われると思ったから、俺は兵器のひとつの体を乗っ取った。そうしたら失われる命が少なくなると思ったんだ」
こんな話をするのは初めてだ。自分の種族を開示するのでさえ、生まれて初めてかもしれない。
とても永い間、コミュニケーションというものを諦めてしまっていた。
「でもそうはならなかった。俺がこちらの次元に来たことで、方法がわかった別のプロトデビルンがやって来た。ゲペルニッチやギギル、ガビル、シビルなんかが、俺と同じように生体兵器の体を乗っ取ってこちらの世界にやってきたんだ。彼らの興味はこの次元を征服することにあった。しかしこちらにはあまりにエネルギー――スピリチアが少なすぎて、それは成されなかった。当時はそれを有り難いと思ったよ。俺のせいでこちらの世界が滅びたら、とても悲しいことだ」
人生を語るだけで歴史の授業をしているかのようだ。早々に切り上げて、今の問題の話をする。
「今となっては、もっとスピリチアに満ちていたらよかったのにと思っている。俺が活動するにも必要な力だ。今の俺は星を救うだけの力を持たない。たとえばこのシティ7にいる人たちのスピリチアを全部奪えば、それが成せるかもしれないけれど、そんなことはしたくない」
力はあっても、原動力がない。とてつもない力を発揮するには、ひとから生命力を吸わなきゃいけない。俺にはそれができなかった。
「だが、滅びゆく星を見ているだけというのも歯がゆい。俺は生物兵器としての力を持つが、こうして言葉も持っているわけだ。やれることはやろう」
かつて、他のプロトデビルンたちとの和解ができなかったことから、俺は一度すべてを諦めてしまった。友好的な解決策、平和への道、そういったことは夢物語なのだと。
だが、今の俺の目の前にいるのは、ゲペルニッチやガビル、シビルらを、殺さずに退けた人間だ。
俺にできないことをやってのけた人たちだ。だから俺は、彼らに希望を見ている。
「俺の今住んでいる星の名前はサクスム。よく隕石の降る場所でね。数個の隕石なら今の俺でも振り払えるけれど、今度はそうもいかなさそうなんだ――とてつもなく大きな隕石が落ちようとしている」
予測では、猶予はあと一、二週間ほどだろう。
そのまま見ているだけでは、あの星は滅びてしまう。
一気にたくさんの話をされたからか「えーと」と混乱した表情のミレーヌが、俺に聞いた。
「隕石とバサラに何の関係があるって言うの?」
「俺が力を発揮するには、たくさんのスピリチアが必要だ。だが、サクスムの人たちは疲弊している」
「どうして……」
「俺がそうさせたんだ。俺はスピリチアがないと生きられないから、彼らからもらった。その結果彼らは疲れ切っている」
俺はサクスムという星に住んでから、それなりに長い。
人間だったら寿命で死んでいるくらいには、あの星で過ごした。
それだけ気に入っているのだ。そして、スピリチアを失った彼らが気だるげなのは俺のせいだ。
俺は自分で引き起こした事態を解決したいと思っている。――かつてこの世界にプロトデビルンを連れて来て起こしてしまった惨劇を、なんともできなかったこの身でも。
「アニマスピリチアが必要なんだ。バサラ――それからミレーヌ」
「えっ、私!?」
驚くミレーヌを見て頷いた。彼女も当事者である。
「FIRE BOMBERのライブを聴いて、俺は驚いた。スピリチアは一度失われたら、ずっとそのままだと思っていたから。だが君たちは、失われたスピリチアを取り戻させることができる。その力が必要だ。俺と来てくれないだろうか」
ひとりで行こうとするバサラを止めたのは、何もライブのメンバーに迷惑がかかるからという理由だけではない。できることならば、他のメンバーも連れて行きたいと考えていたからだ。
ミレーヌたちの顔をひとりずつ見る。ここに生まれてから、始めてするかもしれない
シビルが俺に与えてくれたヒントを、無駄にはしない。