サクスムにやってきたミレーヌは、そこに住む人を見て、いの一番に叫んだ。
「猫の耳が生えてる!」
「うん。猫は好き?」
「好きよ!」
サクスムの住民は猫に似ている。ほとんど二足歩行の猫だ。
俺がここに住み始めた頃には、彼らのことを本物の猫だと思っていた。長い時間が経ったから、立ち上がって喋るくらいに進化したと思ったのである。
俺は彼らを猫だと思って、その縮尺を参考に自分の人間としての姿を決めたので、地球人基準だとかなりの長身になってしまった。
彼らは猫としては大柄だが、人としては小柄である。つまり何が言いたいかというと、めちゃくちゃかわいいということだ。
「仲良くなったら触らせてもらえるよ」
「ホント!?」
グルーミングは親愛の証なので、地球人よりは気軽に撫でさせてもらえるだろう。
数人のサクスム人が近づいてきて、俺をわらわらと囲み、にゃあにゃあと言い始める。
「ガト、今までどこいってたんだにゃー」
「シティ7だよ」
「オメーいない間にまつりが3回あって最高だったのにもったいにゃー」
「楽しそうで何よりだね」
「なんか連れて来てるけど嫁か?」
「ちがうよ」
「オメー大統領やんのイヤになって逃げ出したんじゃにゃーかってウワサされてたぞ」
「うーん、そのうち逃げ出すとは思うけど、今じゃない」
「にゃはは! まっ、逃げても誰も文句言わねーよ。オメーにはなげえ間世話んなってっからな。次に大統領押し付けられたヤツはキレるだろーが知ったこっちゃにゃー」
自分だけは絶対に大統領にならないという口ぶりだ。皆がそう思っているのだろう。自分だけはならないから平気と。
この星の皆が持つ、そういう楽観が好きなのだ。
「……にゃーにゃー言っててかわいい」
「いいところだろ?」
ミレーヌがぽつりとつぶやいたのに、笑って言う。
「こっちだ、こっぢ!」
俺たちを貿易船に乗せてサクスムまで運んできてくれたアイスは、とことこ走って来て俺とミレーヌの手を引っ張った。自分の星では彼もフードを取って、素敵な耳をさらけ出している。スコティッシュフォールドのように垂れた耳がキュートだ。俺が改めてアイスの耳に夢中になっていると、いつの間にかステージにたどり着いていた。
「あんま立派なもんは用意できなかったが、ライブはここでやんな゛」
「相変わらず仕事が早いね」
「なんか楽しいことあるっつったら、みんな勝手に来るから集客は心配すんな゙」
アイスはそれだけ言うと、せかせか歩いて行った。次の仕事に向かったのだろう。
宴好きだが準備は面倒がるサクスム人にとって、アイスは希望の星だ。
ステージの端から楽器類を運び込むバサラたちが、ミレーヌに声をかける。
「なにやってんだミレーヌ、リハやるぞ」
「ええー!? ちょっとは観光とか……!」
「隕石が降ってこようとしてるんだ。あまりのんびりはできないだろ?」
レイの言うことはもっともである。今も空を見上げると遠くに隕石が見える。
星を破壊できるだけの大きさの隕石が一週間後に落ちてくるともなると、肉眼で確認できるのだな。
「……っていうか、私たちが歌って隕石ってどうにかなるの!?」
「おお、ミレーヌ。それはとっても今更だね」
「そうよ、今更だけど今気づいたの!」
潔いミレーヌに、俺は笑って答える。
「隕石は俺がなんとかするつもりだ。今の俺にはあまり力がないが、バサラとミレーヌがサクスムの人々のスピリチアを増やしてくれて、俺がそれを少しもらえれば、俺の方で隕石を壊してくるよ」
「ああ、なるほど、そういうことね! わかったわ、じゃあリハして、ライブして、それからサクスムのみんなとなかよくなりましょ!」
疑問の提議も潔ければ、納得の仕方も潔かった。
ギターを持ってステージに上がっていくミレーヌを見送って、俺はサクスムの人々に声をかけに行った。彼らはお祭り騒ぎが大好きなので、ライブが何かを知らなくとも、必ず来るだろう。
心配事があるとすれば、今既に行われている宴が盛り上がりすぎて、ライブ当日に皆がマタタビ酒の二日酔いになってダウンするかもしれないということだ。だから盛り上がりすぎているようなら、俺は心を鬼にして、彼らからマタタビを取り上げなければならない。
「さて、俺は一旦ここを離れるが、ガムリンくんはどうする? ミレーヌと一緒にいるかい?」
「いえ。俺はガトさんについて行きます」
「いいよ」
俺はサクスムを移動しながら、明日のライブの宣伝をした。
星の皆は絶対行くにゃ、飯はあるのか、秘蔵の酒を持ってくか、とにゃあにゃあ騒いだ。
「ガト、オメーも飲むにゃ!」
「マタタビ酒はほどほどにしてね。明日はもっと楽しいことがあるよ」
「なにゃー!? そんなわくわくすること言われたら飲むしかにゃーッ!」
酒瓶をラッパ飲みしようとしたのでとりあげる。それすら面白いのか、怒るでもなく大爆笑であった。
ガムリンに渡して飲むか尋ねる。酒は、と遠慮されたため、俺はサクスムの皆に「まだあんまり酔ってないひと~?」と聞くとこの場の全員が挙手したので、懐にしまって没収した。それでもやはり、誰もが怒らず大爆笑であった。
にゃはにゃは笑い、ひとりのサクスム人がガムリンを指さしながら尋ねてくる。
「隣のは嫁か?」
「嫁!?」
「ちがうよ。ガムリンくん、彼らは人間の男女を見分けられないだけだから気にしないで」
「じゃあ夫か?」
「夫!?」
「ちがうよ。ガムリンくん、彼らは俺に所帯持ってほしすぎるだけだから気にしないで」
俺は彼らの感覚にしてはかなり長いことこの星に暮らしているはずだが、それでも流浪の気配を消せないのだろう。いついなくなるかわからない雰囲気でも出しているのか、やたらに嫁はつくらないのか、隠居してのんびりしたらいい、と言ってくる。
俺はアイスほど忙しくしていないはずだが、サクスムの基準でいったらこれでも働き過ぎを心配されるほどなのだな。
「謝罪します。不躾なことを散々言ってしまい、申し訳ありませんでした」
盛り上がりすぎている宴にちょっと水を差しつつ、明日の宣伝を一通り終え、帰路についた。
その途中でガムリンに頭を下げられたが、心当たりがなかった。
「言われたかな? 不躾なこと」
「あのですね……この星に来る前、俺はあなたを疑っていました。人を食い物にするプロトデビルンが、食料をもっと確保するためだけにバサラたちを呼んだのだと。しかしこの星を見ればすぐにわかります。あなたは皆から慕われている。そんな人が、彼らを食い物としか見ていないわけがない」
やれやれ。ミレーヌたちがあまりにお気楽だから真面目そうなガムリンを呼んだというのに、彼も存外ほだされやすい性質だったらしい。もうちょっと長く警戒心というものを持っていてくれると思っていたのだが、俺は知らぬ間に彼から随分な信頼を勝ち取っていたようだ。
俺は確かにサクスムの民から慕われているかもしれないが、それは俺が立派な人物だからではない。彼らがのんきで、陽気で、疑うことを知らない気質だからだ。
「きっと生き物としては、彼らやきみを食べ物として見るのが正しい。俺たちはそうできている。だがそうはできない。俺は考えることができ、本能を否定することができる。だから俺はとても永い間、息苦しさを覚えて生きてきた」
生き物にとって敵である生命体に生まれたことを、何度恨んだことだろう。
「考えたことはあるか? きみが食べようとしている料理が突然喋りだす。友達になろうよ、一緒に歌って踊ろうよと言い出す。そして、やってみたら楽しいんだ」
「は」
想像しているのだろう。妙な顔をして目線を上にあげたガムリンを見て、俺は彼の素直さを微笑ましく思った。これほどわかりやすく例えたのに彼は怒りもしない。つまり料理って君のことだぜ。
「たぶん……私なら、その料理を食べられなくなると思います」
「だが俺は食事を拒否して餓死することもしなかった。なぜか?」
なぞなぞを出されたかのように、ガムリンは険しい顔をしてしばらく唸った。
しかし答えは出ず、彼は素直に俺へ尋ねた。
「なぜですか?」
「もうすぐわかるよ」
サクスムの夜は美しい。とめどなく隕石の降る星だ。
大気圏に突入し燃え尽きる小さな隕石は、夜には流れ星として観測できる。
毎日が流星群だ。なにかが終わる瞬間がこれほど美しく見えることが、他にあるだろうか。