「あんまり力を使わせないでくれ……!」
人の姿に戻った俺は、空腹感でくらくらする頭を押さえた。
地上に戻ってきたヴァルキリーのコックピットで不機嫌そうな顔をするバサラに、俺は文句を言った。
「頼んでねえ」
「止めなかったら本当に巨大隕石のところにまで行ったのか?」
バサラの返事を聞く前に、俺は手をひらひら振って彼の返答を拒否した。イエス以外が返ってくる気配がなかった。
「ガト。巨大隕石が予定より早く突っ込んできてる゛」
次から次へと。アイスの報告を聞いて俺はため息をついたが、同じ内容を聞いたはずの観客席からはこれまた大爆笑だ。
肩を組んで歌い続けるもの、酒をあおるもの、つまみをむしゃむしゃするものはいても、泣きわめくものは誰もいなかった。するめをかじりながらひとりのサクスム人が言った。
「あんだけでかいの落ちてきたらどこに逃げてももう死ぬにゃ」
「あきらめないでください!」
「あきらめじゃにゃー。最高なまま終わるならそれでいいっつってんにゃ」
「よくないですよ!?」
ガムリンはいつまでも真面目だ。
のんきに見えて彼らも動揺しているのだろう。世界最後の日かもしれないのだ。
俺はものを食べないと何度言ったかわからないのに、俺にするめや酒を渡してこようとする彼らをどうどうと落ち着けさせる。隕石が落ちてくるからではなく、酔っぱらいすぎているだけかもしれない。
「みんな、ヴァルキリーと来てよかったね。今からその機体で逃げるなら間に合うと思う」
反論しようとするガムリンを手で制す。
「心中してもらうために君らを呼んだわけじゃない。予定より早いが、隕石はなんとかできるだろう……安全なところに避難してくれ」
「俺はこの星を気に入ったぜ」
レイの言葉に、ビヒータが軽快にドラムを鳴らした――たぶん肯定の音だった。
レイもビヒータもミレーヌも、楽器を手に取ったまま、この場を動かない。
「ライブはまだ途中だろう」
「私だって、やるなら最後までやるわよ!」
今度は俺が、反論の言葉をガムリンに手で制された。
「できる限り、俺が皆の安全を守ります。星に到達する隕石はヴァルキリーで撃墜して――」
ガムリンの言葉を遮るようなジェット音がして、バサラのヴァルキリーは再び空に飛び立った。
皆で唖然として見上げるが、ガムリンがハッとした。
「……バサラに言ったのではないが!?」
俺はガムリンの肩に手を置いた。
「わかった。ここは君に任せる。バサラは俺に任せないで欲しいが、隕石は何とかしよう」
「ご武運を」
俺は変身しないまま空を飛んで、宇宙に飛び出した。今は戦闘体に変換する力も温存したい。
細かな隕石を避けるエネルギーさえ惜しくて、体に当たるままにしたせいで、人間にとって血液に該当する液体が何か所からにじんだ。たどり着いたヴァルキリーのコックピットをノックして、バサラに声をかける。
「頼むから戻ってくれ。もう俺には君を助けるだけの力がない……!」
「俺にはある!」
「ええー……?」
決死の覚悟でバサラに告げれば、なんだかズレた答えが返ってきた。
「俺から
その言葉に俺は目を見開いた。
「できない……いやだ」
きっとバサラは気づいていた。
俺は彼らにサクスムの皆のスピリチアの回復をお願いし、彼らはライブで盛り上がることでそれを成功させた。
だが、俺は彼らからスピリチアをもらっていない。
本当のところを言うのなら――俺はシティ7にいたあのときの頃から、巨大隕石を打ち砕く術を持っていた。ただし、自壊する前提の捨て身の方法だった。
俺は償いがしたかったのだ。彼らから奪ってしまったスピリチアを返したいと思っていた。俺がサクスムに訪れたのはただの気まぐれだった。隕石のよく降る星と知ってからは、隕石から彼らの住処と命を守るという名目で、彼らからスピリチアをもらうようになった。
サクスムの皆から奪った命を返せるかもしれないという希望を、バサラとミレーヌによってようやく見つけた。それを、俺の手で潰せというのか?
今の俺は餓死寸前だ。普段ならばできる、ほんの少しだけスピリチアをもらう、という加減ができるとは思えない。
バサラからスピリチアをもらえば、生きるしかばねにしてしまうかもしれない。
だからできないのだと、再びバサラに言おうとしてハッとする。
俺はとっさに、バサラのヴァルキリーに追突しそうになった隕石を払った。
頭の中で、なにかがぷつんと切れたような音がした。今のが
餓死寸前にまで自分を追い込んだのは、ここで死んでしまって構わないと思っていたからだ。
そもそも俺は、自分の生き方というやつを気に入っていなかった。
いつしか俺は、この生をどうやって終わりにするかということばかり考えるようになった。
誰かからエネルギーを奪って生きる寄生虫のような命を今すぐ終わらせられなかったのは、そうしてしまえば今まで奪ってきたすべての人の命を愚弄するような気がしたからだ。
星を守って終わるのなら、少しは納得できると、俺は自分に言い聞かせた。
俺があの巨大隕石と心中しようとしていることに、きっとバサラは気づいていたのだ。
意識を失うほどの飢餓。
そんな状態で目の前に
「あ、あ……なにやってんだ!」
自分に言ったのか、バサラに言ったのかもわからなかった。
力なく横たわるバサラの瞳には力がない。
俺がやったのだ。死にたいと思っていたはずなのに、体は死にたくなくなかったらしい。
「なんでこんなことしたんだよ!」
返ってくるはずのない問いかけをして、俺はバサラの体を揺すった。
彼の瞳には、やはり力がない。ただ、どうしてか、バサラの言いたいことがわかった。
最初に会った時から、彼はそればかりだ。
――
「絶体絶命 何もかも がんじがらめ
巻き込まれるな 操られるな 信じるんだ」
性能の良い俺の耳には、サクスムの大地からの音が聞こえていた。
「見えるもの全ては陽炎 希望はすぐそばにあるんだ
いつだって 燃えるこのギター 俺はかき鳴らす」
――Get Ready?
ミレーヌの、ガムリンの、アイスの、サクスムの皆の歌が聞こえる。
レイとビヒータの奏でる音が、俺の鼓動を掻き乱す。
「BURN! BURN! BURN!
ハートをもっと振るわせろ」
――Shake! Shake!
俺は歌った。
シティ7で初めて聞いたライブ、バサラに持ちかけられた歌の勝負、サクスムで初めて行われたライブ、すべてを思い出しながら、力の限り歌った。
この世界に生まれる前のことまで思い出す――俺には好きな歌があった。たくさんあったのだ。数多の歌を聞いたから、俺がここにある。
「GET YOU BACK
ガマンなんかしなくていい」
――Every body!
ほとんど聞いたことのない曲だ。そもそもこの世界に生まれてから、どれだけの歌を聞いただろうか。
覚えていない。思い出せない。俺は音楽というものを、ずっとずっと忘れながら生きてきた。FIRE BOMBERに出会うまでは。
この体を得てから、俺の記憶力はすこぶる良い。
ついさっきライブで一度聞いたばかりの曲の、歌詞とメロディーを記憶していられた。
俺ほどは覚えていられなかったサクスムの皆も、曲の合間に挟む掛け声だけは完璧だった。
「BURN! BURN! BURN!
キッスの雨 降り注げ」
――Kiss! Kiss!
だから、俺は力の限りに歌った。
なぜ歌うのか、そんなことを考えられないほどの全力で、俺は歌った。
「DON’T LOOK BACK
愛だけが トリガーになる」
バサラの目に光が戻る。それを喜ぶ暇もなかった。
なぜなら動けるようになったバサラは、すぐに歌いだしたからだ。
「俺たち 2人 遠く離れてるけど
寂しさをバネに変えるんだ」
彼にしては小さかった歌声は、4小節を越える頃には普段通りに戻っていた。
「
どこへ向かおうと 旅は終わらない 大丈夫」
俺は見た目こそ男性的だが、女性のキーで歌えるほどの高音が出せる。
だからミレーヌのパートを歌った。
「迷うと進むは紙一重 誰だって喉は乾くんだ
いつだって おまえはライトハウス 俺を照らしてる」
――Get Ready?
一度くらいしか聞いていないのに、摩訶不思議なほど声は綺麗にバサラと重なった。
「もっと燃えろ! 熱く!」
隕石にこんなことを言う男は、バサラくらいだ。
俺は笑いながらも歌った。歌い続けた。
その結果、と言わなければ説明のつかないことに、通常ならあの大きさの隕石は大気圏を越えて間違いなくサクスムに落ちるところを――大気圏の途中で燃え尽きた。
本当に、もっと熱く燃えたのだ。隕石はライブを聞きに来たんじゃないかと、そういう冗談が真実に思えるくらい、突飛な出来事だった。
「君は星にも歌を聴かせられるんだな」
「俺の歌を聞け!」
俺は高らかに笑い、大型の猫のような戦闘体に変身すると、バサラのヴァルキリーの首根っこを咥えてサクスムに帰った。