人類詰みかけソシャゲで、問題児に囲まれても生き残りたい 作:つみそ
感染公害によって覆われた分厚い雲と、破壊された文明の痕跡だけが広がる世界に、一つの人影が疾走していた。
明日の生活すらおぼつかないような混迷の大地にあってなお、その人影は一直線に荒野を駆ける。
何故なら、人影の行く先はすでに定まっているからだ。
土煙を巻き上げながら、人が出しているとは到底思えない速度で道を進む。時にビルの残骸を飛び越えて、時に迂回して。
やがて、目的地にたどり着いた人影――つまり俺は、眼下に広がる光景を見て息を呑んだ。
そこには地獄が広がっていた。
肌は爛れ、服はズタボロになり、目玉は飛び出し、生者としての理性はない。
そんな、ゾンビとしか呼称できないような人だったモノの群れ。
「Zone Of Outbreak's Mindless Biohazardous Infected Entities」、通称ZOMBIE。残された人類を喰らい尽くすまで止まらない、崩壊の化身だ。
その中に、一際大きな人ならざる姿のZOMBIEがいた。一言で言えば、キリンのような長い首が特徴的な四足の怪物だ。
「やっと見つけたぞ……赤いキリン型ZOMBIE……”ブラッドスパイア”……」
人型から進化したZOMBIEには個体名が与えられる。
ブラッドスパイアはこのキリンZOMBIEの個体名だ。まぁ、正確に言うと今はまだ、あの個体がブラッドスパイアと命名されたわけではないのだが。……じゃあこんなヤツクソキリンでいいや、クソキリンで。ゲームでのクソ仕様忘れてねぇからな。
これから数日後、とある
他にも巡り巡って様々な悲劇を引き起こす、ゲームに登場したZOMBIEの中でも特に厄介な個体だ。
だからこそ、ここで倒す。
「
アルテミック・ウェポン。
ゲームのタイトルにもなっている、その兵器を起動する。人類がZOMBIEに対抗する唯一の手段。UMウイルスに対する抗体を持つ人間――
当然ながら、俺もまた抗体者だ。というか、抗体を持っていない人間はこの世界だと大人になる前に死ぬ。少なくとも俺の家族と故郷の人間は全滅した。
起動の合図と共に、虚空からそれは現れる。
形状は一言で言えば杖。先端から血しぶきが飛び散るように赤黒いモノが蠢いている。見ているだけで、恐怖と不安を覚えるような禍々しい武器と呼ぶにはあまりに異形のナニカ。
UMウェポンには、それぞれ武器ごとに名前が存在する。現れた武器に対して、その名前を呼びかけることで存在が“安定”するのだ。
故に叫ぶ、その名は――
「――イン・エコーズ!」
途端、俺の身体に宿った抗体は、ここへ来るまでに発揮した以上の人間離れした身体能力をもたらす。溢れ出る万能感を抑えながら、俺はイン・エコーズをクソキリンに向けた。
まずやるべきは、周囲のZOMBIE共を間引くことだ。とはいえ、そのためにZOMBIEの中に突っ込むのは下策。
あいつらは抗体者にとっては雑魚でしかないが、囲まれると妙に厄介度が増す。なんか、ZOMBIEに囲まれたら死ぬしかないみたいなお約束が働いている気がする。
なので取るべき方法は単純。広範囲の遠距離攻撃をクソキリンに当てつつ、その余波で吹き飛ばすのだ。
「――オラ!」
ゲームではスキル名のついている、鮮血のような刃を飛ばす攻撃手段。現実だとUMウェポン起動時以外は技名なんて叫ばないから口には出さないが。
ゲームだと皆ボイスつきで叫んでくれてたんだけどなぁ。よくよく思い返すとシナリオ中は叫んでなかった。
”オオオオオォォォォ――――!!”
ZOMBIEを吹き飛ばしつつ、クソキリンに攻撃が叩き込まれた。
こちらのことなど意識してすらいなかったのだろう。驚愕に染まった悲鳴が轟く。
けど、有効打と言えるほどクソキリンには効いていないように思える。
構わない、どうせこの一撃の狙いは雑魚ZOMBIEの一掃とクソキリンを誘導することだ。続けざまに刃を飛ばして行く。
”ォォォォオオオオッッッ!!”
クソキリンが、やる気になったのかこっちへ突っ込んでくる。
俺は距離を取りながら、刃を叩きつけ続けた。距離を取ると、雑魚ZOMBIEが追いつけない位置までクソキリンを誘導できる。やらない理由はない。
とか、思っていたら。
”ォオオオッ!”
――一瞬にして、クソキリンが間合いを詰めてきた。
「なっ、こいつ――!」
その動き、抗体者を”喰って”ないのにやるのかよ!
簡単に言えば、テレポート染みた超高速移動。ただし、停止する場所を移動する前に決定する必要があり、障害物にぶつかることはできないので見た目より対処は簡単。
つまりとんでもない初見殺しなのだ。普通の抗体者なら、瞬間移動で認識がバグって一瞬動きが止まる。来ると解っていて、かつ仕組みも理解していないと有効な手段は取れないだろう。
正直、全部わかっていた俺でも心臓に悪い――!
「これだからネームドのZOMBIEは嫌なんだ!」
こういったネームドのZOMBIEは、必ず何かしらの初見殺しを所有している。解っていても対処の難しいものばかりで、それでいて対処法さえ確立されれば突破は難しくない。
なんというか物語的に悪意がありつつも、倒しやすい敵として設定されているのを感じるな。
現実で相対したら、クソなことに変わりはないけどな!
”オオオオオオオオオオオッッッ!!”
クソキリンが、その自慢の塔みたいな首を振り下ろしてくる。
なんとかそれに、俺は自分の得物を合わせることができた。イン・エコーズとクソキリンが激しくぶつかりあい、弾ける。
お互いに少しずつ距離を取り、初見殺しの不発を悟ったクソキリンが警戒した様子でこちらを睨んだ。
「今度はこっちの番だ……!」
クソキリン一番の初見殺しを対処した今、流れはこちらにある。とすれば、ここは全力で押し切る他ない。
ネームドのZOMBIEは抗体者を”喰う”ことで加速度的に強くなる。クソキリンはその中でも特段厄介な進化を遂げる個体だ。それを防ぐためにこうして単騎でここまで来たのに、喰われてしまっては意味がないだろう。
「イン・エコーズ……全開放……!」
UMウェポンが持つ機能の一つ。抗体者の抗体を活性化させ、なんやかんや――ややこしい設定があるんだけど、正直覚えてない――の末に抗体者の身体能力を完全に”解放”する力。
デメリットは、使いすぎると使用者がネームドのZOMBIE化すること。ただ、長期戦になると俺すら知らない初見殺しをこいつらは使ってきかねない。なので、相手の初手初見殺しを空かした後に全力ブッパが一番安定するのだ。
結果、イン・エコーズが更に禍々しい姿へと変化した時。
『――――カケルさん! ご無事ですか、カケルさん!』
俺の耳に取り付けられたインカムから、通信が飛んでくる。
しまった。悠長なことをしているうちに、仲間が通信圏内まで接近してきたようだ。できればクソキリンを倒してから通信が繋がってほしかった。
通信に繋がったのは、アズサさん。俺と同じ抗体者で、人類救済機関「
「アズサさん、こっちは無事だよ。ただネームドのZOMBIEと交戦中だ」
『UMウェポンの全開放が確認されているんですけど!?』
「向こうが仕掛けてくる前に、仕留めちゃいたいんだよ。安心して、無茶はしないから」
『安心できるわけないじゃないですか!』
向こうでは既に、俺の無茶を観測してしまっているらしい。
ゲーム部分ではアレだけバカスカ周回とかでぶっ放している全開放だが、リアルで使うとなるとZOMBIE化のリスクを考えてためらう人が多い。
でも、それこそネームド相手には全開放のブッパが鉄板なんだけどな。
「まぁまずは……眼の前のネームドを撃破してからね!」
『あ、カ、カケルさん!』
通信越しに俺を心配してくれる女性――アズサさんには申し訳ないけれど。話をしている余裕は正直あんまりない。
クソキリンがいつ行動を起こしてもおかしくないのだ。故に、先手必勝。特に今はクソキリンがこっちの身体能力が全開放で劇的に向上していると理解していない。
一撃を叩き込むには、最高のタイミングだ。
「せえ、……の!」
先ほどのクソキリンの焼き直しのように、俺は一瞬で距離を詰めた。
”!!?”
初見殺しには、初見殺し。イン・エコーズを横からクソキリンに叩きつける。杖のような形状をしているが、戦闘での使い方はどちらかと言うと槌が一番近い。
結果、クソキリンは少し吹き飛ばされて転がる。ここで手を止める理由はない、追撃だ。
イン・エコーズが叩きつけられる度に、クソキリンはうめき声をあげイン・エコーズは逆に赤黒い何かの勢いを増していく。まるで、喰らっているようだと見たものは思うだろう。
とはいえ実際には、ただ勢いが増しているだけなのだけど。周りからはそう見えないってのが、イン・エコーズの一つの特徴だからな。
「これで……!」
この世界は、本当にひどい世界だ。人類はそもそも詰みかけで、明日なんてあるか解ったもんじゃない。人類は未だに争いをやめないし、味方はどんどん俺達を裏切る。
それどころか、そもそも味方に問題児が多すぎる。普通に性格が悪くて、周囲と衝突を起こすなんて当たり前。中には普通に裏切ってそのまま死ぬやつまでいるし、そもそも味方じゃないやつまでいる。
安心できる味方なんて、それこそアズサさんくらいなものだ。
そんな世界に、俺は生まれ落ちてしまった。一体どんな罪を背負えば、この世界に転生するなんて罰を受けるんだ?
知ったことか、俺に罪なんてありはしない。だから生きて、どんな事をしてでも、生き延びる。
最後の一撃。俺は万感の思いを込めて叫んだ。
「消えろ……!」
俺が生きるために――!
その言葉を、口にすることはなく。叩きつけられたイン・エコーズによって、クソキリンは消滅した。
『ネ、ネームドの消滅を確認。カケルさんは大丈夫ですか?』
「イン・エコーズ全開放を終了。……問題ないよ、まだまだ余裕があるくらいだ」
『だ、ダメですよ! 全開放なんて使わないに越したことはないんですから』
基本的に、ゲームでは全開放は一戦闘に一度だけど、リアルだと使用可能時間の限界を迎えない限りは何度でも使用できる。
使用可能時間が迫っても、リキャストを挟めば再度使用可能なのも嬉しいところ。リミッターもあるのだし、もうちょっと他の人も全開放を積極的に使っていいと思うんだけどな。
ここらへんは、転生者特有の感覚の違いってやつだな。
『……どうして、カケルさんはそんなに無茶をするんですか』
「無茶なんてしてないさ、今だって危なげ無くネームドを討伐できたし。俺は俺のできる範囲のことしかしてないぞ」
『それを無茶って言うんですよ!』
無茶、無茶かぁ。
俺からしてみれば、原作のアズサさん達のほうがよっぽど無茶をしてると思うけどな。なにせ、大抵の場合無茶をした原作キャラは死んでしまうのだから。
物語としては、その無茶は確かに美しい。俺も彼らの行動には一プレイヤーとして感動を覚えたものだ。
だけど、今ここにいる俺は、一人の人間だ。プレイヤーなんていう部外者の立場にはいない。
俺が生き残るためには、一人でも多くの人に生きていてもらわないと困る。だからこそ、言えることは一つだけ。
「俺は、多くの人に生きていてほしいと思ってるだけだ」
そう、答えるしかないだろう。
『それは……そんなの……カケルさんは……』
「アズサさん?」
『……なんでもありません! 早く戻ってきてください!』
「はいはい」
何故か泣き出しそうな様子のアズサさんの機嫌を取るため、俺は急ぎ帰路へつくのだった。
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「……カケルくんが、やってくれたか」
報告を受けた一人の男が、単独でのネームド撃破を成し遂げた抗体者の名を口にする。
カケル・トオミ。
現在、「EUNOIA」でその名を知らない者はいないだろう。
数年前からこの「EUNOIA」に所属したカケルは、若くしてその才能を発揮した。
彼が崩れ落ちた研究所から発見し、所有することとなったUMウェポン「イン・エコーズ」は非常に強力だ。それがあったからこそ、彼が「EUNOIA」トップクラスの抗体者になったことを疑う者はいない。
だが、彼の行動には不可解な点が多い。
今回にしたって、突如として独断での出撃を敢行し、まるで解っていたかのようにネームドのZOMBIE――ブラッドスパイアと名付けられたそれを発見した。
他にも不審な点は数え切れないくらい存在するカケルだが、それでいてやることと言えば全開放での無茶なネームドZOMBIE討伐だ。
はっきり言って、異様である。
破滅的なまでの自己犠牲。他の抗体者なら命が幾つあっても足りないような無茶ばかり。
無論、そういった無茶をする抗体者は「EUNOIA」には多い。だが、それにしたってカケルのそれは異常という他ない。
なにせ、どれだけ無茶をする人間がいても、
全開放にはZOMBIE化のリスクが伴う。如何にリミッターがあるとはいっても、それで安心できる人間はそういないだろう。
カケルにとって、全開放とはゲームにおける必殺技でしかない。シナリオ中でも、強敵相手には皆平然と――実際には悲壮の覚悟で――全開放を行うし。
ゲーム部分においては、そもそも全開放なんて戦闘中に一回は必ず使う代物だ。
この認識の違いは、埋められるものではないだろう。
これほどまでの献身と、自己犠牲。
その果に、一体カケルが何を見ているのか。
あまりにも恐ろしい、と男は思う。
「EUNOIA」においてカケルと”最強”の座を二分する彼にしてもそうなのだ。
一般の抗体者にとっては――
「カケル、カケル……どこ?」
ふと、そこで思考が一時停止する。
来訪者がやってきたのだ。現れたのは、長いボサボサの黒髪が特徴的な、感情を感じさせない少女。年の頃は十と少しで、「EUNOIA」の制服を、何故かダボダボに着こなしている少女だ。
それだけなら、幼い子供としか思わないだろう。彼女の瞳を覗き込まなければ、確かに彼女は無垢なる少女である。
「……カオスくん、ノックをして入ってきてくれ」
「
だが、カオスと呼ばれたその少女は――あまりにも混沌としていた。
瞳の奥に、虚無と破壊を綯い交ぜにしたような、混沌としか言いようのない何かを飼っている。誰もが彼女を見れば思うだろう、その名前は警告なのだ――と。
カオス、そう名付けられ、かつて兵器として製造された何かは。
「……カケルくんなら、もうすぐ帰ってくるだろう」
「そう。……じゃあ」
今はただ、あの少年だけを見ている。
――恐ろしい、と少しだけ男は思う。
彼はその自己犠牲で、多くの人を救っている。それにより、多くの人から注目を集め、関心を寄せられ――
「……どろぼーねこ、においする。やだ」
中には、ドロドロとした感情を向けられることもあった。
カオスは男に興味も見せず、部屋を退出していく。やれやれ、と肩をすくめて男は思う。カケルくんも、大変だ……と。
きっと、彼の大変さを解ってやれるのは自分だけだろう、と。無自覚な”重い感情”を彼に向けながら。
架空原作で主人公が周りに勘違いされて、ヤンデレが闊歩するお話です。