最後に小説を公開してから暫く離れていたため、リハビリを兼ねて書いてみました。
続くかどうかは分からないです。
「......私の大切な人はいつも私の前から居なくなっちゃう」
星野ルビーがかつて「さりな」だった時、担当医でもないのに足繁く病室に通ってくれて、生きる希望を与えてくれた「せんせ」。
「さりな」だった時からの推しで今世では母親の「星野アイ」。そして......
生まれた時からの魂の片割れで、しかも自分と同じく時を超えた転生者の双子の兄──
「アクア......」
星野ルビーはまたしても大切な者を失った。
それはB小町念願のドームツアーが終わった後の楽屋での出来事だった。いつもなら必ずB小町のライブには参加してくれるアクアがいない事にやや不満を覚えながらも、それでもあのアイが夢半ばにして叶えられなかったドームツアーをやり切った後だった。
誰がつけたのか、消し忘れたのかも分からないテレビであの速報が流れたのは。
「俳優、星野アクアさん遺体で発見! 殺人か!? 〜売り出し中の若手俳優に──」
「......え?」
頭が真っ白になった。
何でもテレビ局の人が別の取材の際に偶然アクアの死体発見に居合わせたらしく、警察の正式発表を待たずに速報を流したらしい。
当然後で派手に炎上という形で燃やされたらしいけれど、でも当事者にとってはそれどころじゃない。
星野ルビーは双子の兄の死を突然、しかも画面の向こうという間接的な形で知らされた。
「何で......何でアクアが......!? 嘘つき......嘘つきっっ!! ぁぁぁあああああああああぁぁぁぁ!!!!!!」
有馬かなは荒れた。「役者」の名の通り、自らの激情をそのまま素直に吐き出した。葬儀の場でもTPOを弁えないという一点さえ除けばおおよそ一般的な反応だった。
「アクア......くん......」
対照的に黒川あかねはただひたすら静かに涙を流した。一見かなのような激しさこそ見られなかったものの、その内にかな以上の激しさを抱いていた事は明確だった。
MEMちょも、斉藤ミヤコも、壱護も、皆驚嘆と悲嘆という似たものを抱き、似たように彼の突然の死を悼んだ。
そんな中で星野ルビーは......私は......
「アクア......」
あれからルビーの時計の針は進まない。ルビーはただ一人、あの時から囚われたままだ。
楽屋で報道を聞いてから放心し、帰り道メディアの人から「実の父親が実の兄を殺害した事をどう思われますか?」と聞かれた時も何と答えたのかすら覚えていない。その後インタビューした人が派手に燃やされたようだけど、そんなの知った事ではない。
「アクア......ッ!!」
ルビーにとってアクアはただの片割れじゃない。ただの双子の兄でもない。
星野ルビーが「天童寺さりな」であるように星野アクアは「雨宮ゴロー」。──初恋の「せんせ」だ。
最初は自殺を考えた。自分の気持ちを考えてくれたのか、ミヤコは食事を部屋の前に運んでくれるだけで部屋に入って来る事はないし、部屋には自分の体重を支えてくれるだけの強度を持ったロープも、それを支えてくれる柱もあった。
ロープを柱にくくりつける、そしてその輪っかに首を通す。あとは椅子から足を離すだけ。そしたらアクアの、先生の元に行けるかもしれない。でも......
「うっ......ううぅぅぅ......」
できなかった。頭では足を動かせと命令を出すものの足がその命令を無視して固まってしまう。意思ではやると決めていても、本能がそれを頑なに拒む。
結局ルビーは一歩を踏み出す事すらできず、その場に蹲る事しかできなかった。
「そう......だよね......。自分で自分を殺しておいてアクア......せんせのところに行ける訳もないよね......」
そこにアクアに続いて自分まで死んでしまえばミヤコはどう思うか、かな達がどう思うのかという考えはなかった。
今のルビーにそんな余裕はなかった。
次に考えたのは復讐だった。アクアを、せんせを二度も殺した人を次はこの手で、と。
しかしこれも頓挫した。何せ復讐する相手がいない。カミキヒカルも既にこの世にいない。
「アクアはこうなる事を考えていたのかな......」
アクアを殺した人がまだのうのうと生きているのならやる事は決まっている。でもいない。アクアが自らの命を犠牲にしてまで
「アクアもこんな気持ちだったのかな......」
アイが殺されて、そのアイを殺した男もすぐに自殺して......世間も、ルビーですら事件の解決を確信していた中、ただ一人アクアだけが黒幕の存在を確信していた。私がただ無邪気にアイドルを目指す間も、アクアはたった一人で復讐に燃えていた。
自殺する勇気もなく、復讐に逃げる事も許されず、ルビーにできる事は──「停滞」のみであった。
部屋に篭り続けた結果、艶のある金髪はボサボサになり、黄金比に整えていた体型も肉が落ちて全盛期のアイドルとはとても言えないような状況に陥ってしまっていた。
このままじゃいけない。そう分かってはいても、今のルビーには身体を動かす気概すら残っていなかった。
「それが君の選択なんだね」
「え?」
そんな時だった。窓の外から聞こえてきたのはややぐぐもった聞き覚えのある声。
その声の正体を知るために、ルビーはゆっくりと身を起こして窓のカーテンを開けて確認してみた。
「ッ!」
窓の向こうには、何やらルビー達の転生と関係があるという自称神の銀髪の少女、ツクヨミがにっこりと微笑んで立っていた。
ルビーは取り敢えずカーテンを再び閉めてみた。
「ちょっ!」
せっかく意味深な登場を果たしたのにさっさと退場させかけられたからか、窓の向こうで焦ったツクヨミの声が聞こえる。
カーテンが閉まっているため直接の姿は見えなかったが。
カーテンを閉めたまま、ルビーは窓の向こうの少女に語りかける。
「今はあなたと話したくないの」
「へーそれはどうして?」
「あなたと話すといつも頭がおかしくなるから」
宮崎の時も映画の撮影の時も、彼女の言葉はいつだってルビーの心に陰を落とす。
ツクヨミのおかげでアイの死の真相を知るきっかけを得たとしても、ルビーはこの少女の事があまり好きではない。
どちらにせよ、ただでさえ心の弱った今この状況で彼女と話す事は避けたかった。
「へー、そうやってまた逃げるんだ」
「......何が言いたいの?」
「彼の死の真相を教えてあげるよ」
「ッ!」
しかしルビーのそんな願いはまたしても叶えられない。ツクヨミの一言はまたしてもルビーの心の奥深くまで侵略を果たした。
そんなルビーの姿に満足したのか、踵を返してツクヨミはクールに立ち去ろうとする。
「詳しい事が知りたかったらアクアが殺されたところに来なよ」
妖しく微笑みながら去り際の一言。謎多きキャラとして完璧な退場。これは決まったなと彼女は思ったが......
「......アクアが殺された場所知らないんだけど」
「(えっ)」
危うく足を踏み外して頭から地面に落下するところだった。
確かに報道で挙げられていたのはあくまでアクアの死体が発見された場所。ルビーがアクアが殺された場所を知るはずがない。
かっこつけて鳥の翼をはためかせてその場を去ろうとしていたツクヨミだったが、あやうく永遠の待ちぼうけを喰らうところだった。
「......そう、君は星野アクアの事をまだ何も知らない」
「ッ!」
冷や汗を拭ってキメ顔を作ってさも分かっていたかのような雰囲気を作ったツクヨミの様子は、窓の向こうのルビーが俯いていた事から悟られずに済んだ。
「とにかく、準備ができたら来るといいよ。全てを知りたかったらね」
そう言うとツクヨミは、今度こそ華麗にその場を後にした。ガバを最小限に見せる能力は彼女の天賦の才だった。
──────
ツクヨミが去った後、ルビーは彼女が言った場所に向かった。服を着替え、靴を履いて、兄の死を知った日ぶりに家を出た。
家を出る時に育ての母であるミヤコの姿は無かった。自分と同じく深く哀しんでいるはずなのに、苺プロの社長という肩書きはそれを許してはくれないのだろう。
久しぶりに外に出て、眩しい光に一瞬ルビーは目を覆うが、黒みがかった曇天のおかげかすぐに目が慣れた。
数日前まで星野ルビーは主にワイドショーの中でまさに時の人であった。今やアイドルのB小町を知らない人も「星野アクアの妹」を知らない人間はあまりいない。
尤も、ボサボサになった髪とげっそりとした姿をしていたからか、街を歩いても、タクシーの運転手からも星野ルビーだと気づかれる事はなかったが。
ここに来るまでの途中、街にある巨大スクリーンに映し出されていたワイドショー番組ではもう、政治家の汚職報道で支配されていた。既にアクアの事件は過去のものとして消費尽くされていた。
「(3回目だ......)」
一度はアイが死んだ時。二度目は雨宮ゴローの遺体が見つかって殺人事件の疑いが深まった時。そして今回......。
人間は画面の向こうの出来事を所詮他人事でしか捉える事はできない。画面の向こうで何万人が戦争で殺されても、災害で命を落としたとしても、自分に直接関係がない限り自分の今日の夕食の献立の方が優先順位としては上がる、それが人間という生き物なのかもしれない。
「(何も知らないくせに......)」
偉そうに高説垂れていたワイドショーのコメンテーターも新聞や雑誌の記者も、何一つ知らないくせに、何一つ当事者意識を持ってもいないくせに、扉を壊して勝手に侵入してきた彼らは土足で家族の心を荒らして、そして飽きれば扉を直す事もなくまだ次の心を荒らしにいく。
確かに自分達の家族が歪なのは分かっている。母はアイドルでまだ未成年なのにも関わらず双子を出産し、双子の兄は敢えてそれらを映画で暴露した。客観的に見れば歪なのは決まっている。
「(でも......それでも......)」
何も知らない人達にどうこう言われたくない。......でも、そうか......。
「(何も知らないのは私も、だったのかな......)」
星野ルビーもまた、部外者の1人だったのかもしれない。
──────
「や、やあ。遅かったね。待ちくたびれたよまったく」
寒さ凍える真冬。早く着きすぎたツクヨミはその格好が災いしてさっきまで震えていたが、ルビーが近づいた事が分かると何もなかったかのように振る舞った。流石のガバカバーリング力。これこそツクヨミの真骨頂。顔色一つ買えないプロの技の前にルビーは違和感一つ見出せない。
まあ、ルビーにとってはツクヨミの事など考える余裕もない、という事かもしれないが。
「あの時待っていたカミキヒカルもこんな気持ちだったのかもね」
「......アクアがあの人を待たせていたの?」
「そうだよ。アクアが呼び出したくせに呼び出した張本人が遅刻してきたんだ。だからこんな風に柵に寄りかかって君達のドームライブを見ていたようだね。まあ、今回呼び出したのは私の方だからちょっと違うかもしれないけど」
ツクヨミは自分の後ろを指差してそう言った。
「......ここが、アクアが殺された場所なの?」
「そうだよ。アクアが死んだのはここから落ちたからだね」
ルビーがツクヨミから案内された場所は都内にある、とある海浜公園。海に面した楕円形のカーブの柵に、ツクヨミは背中を預けていた。柵の高さは少女のツクヨミの身長よりも高く、強度も鉄製で十分で彼女が寄りかかってうっかり落っこちちゃうなんてクールキャラへのガバが起こる事もないだろう。
少し前まで日本中を騒がせていた殺人事件の事件現場。であるにも関わらずその事実は警察すら知らない。捜査官の捜査の痕跡もなく、今もちらほらと何も知らない人達がまばらに散歩している。
「貴方に教えてもらうまでこんな場所、知らなかったよ」
東京湾に面する海浜公園。しかし空港に至るまでのモノレールからも遠くアクセスはあまり良くない。加えて都内で海に面する場所であれば他にも名の通った海浜公園などいくらでもあるので存在が埋もれてしまっているのだ。だからこそ──
「誰も目撃者がいなかったのかもね」
「ッ!」
誰に見られる事もなく、助けてくれる希望も見出せずにあの極寒の水の底でどれだけ苦しんだだろう。兄の味わったであろう苦痛を改めて実感し、ルビーは拳を強く握る。彼女がこの公園に来て得たものはより大きな苦痛。こんな事なら......
「(やっぱり来るんじゃなかった......ッ!)」
この少女に関わって良い事なんてやはりある訳がない。こんなところにまで呼びつけておいてこの仕打ち。一言言わなければルビーの気は鎮まらなかった。
「この程度でアクアの死の真相、だなんて言ってたの?」
「............」
「あんなキメ顔までして?」
「............」
「何もないなら私もう行くよ」
何を聞いても表情一つ変える事なく微笑むツクヨミ。ルビーには彼女の真意が分からなかった。
しかしこれ以上ここに居座る必要はないだろう。ルビーは踵を返すと来た道をまだ戻ろうとした。
その時だった。ツクヨミが再び口を開いたのは。
「この柵はそんなに低くはないよね」
「......え?」
「だから、この柵はそんなに低くはないよねって言ったんだけど」
「えっ......それは......そうだけど」
少女と言ってもツクヨミの身長よりは高い柵。誤って子供が海に落ちる最後の砦としてきっちりお仕事果たしていた。
「(でもそれが一体何なの?)」
この少女と関わっても碌な事にならない。分かっている......分かっているはずなのに、何度騙されたとしてもルビーはその場を離れる事ができなかった。その様子にツクヨミは口角を上げる。
「カミキヒカルってそこまで筋力がある訳じゃないよね」
「......え? まあ......そう、なのかな?」
思い浮かべるカミキヒカルの体格。モデルのような体型で女らしい、中性的な顔立ちそのものに身体つきもアイドルのようなしなやかさを持っていた。
「ついでに言うとアクアも似たようなものだったね」
上背はあるものの、アクアも全身のスタイルとしては似たようなものだった。
「人間の身体って実は思ったよりかなり重いものなんだよ。相手が抵抗したら尚更ね」
「それが、何だって言うの?」
「じゃあここで問題。二人とも筋力がそこまでない中でこの決して低くはない柵から相手を落とすためにはどうすればいいと思う?」
「それは......」
向かい合った相手。今回なら柵に寄りかかっていた者が相手を海中に落とすためには体を捻り、柔道の投げ技のような形で落とす必要がある。しかしそれは体格や柵の高さ、相手からの抵抗などの要素からいっても考えられない。で、あれば......
「突き落とすしかない」
「そう。遊歩道沿いに立っていた人が柵沿いに立っていた人を突き落とした。それしか考えられない」
筋力に物を言わせて腕力だけで相手を落とす事ができなければ残る手段は突き落とす、自らの体重を生かしたいわば単純な体当たりしかない。この形であれば、いかに筋力が少なくとも、双方の体格差がほぼ同じであろうと相手を海中に突き落とす事ができる。そう──
「つまり、柵沿いに立っていた人が被害者。──そうじゃない方が犯人」
「......え?」
「じゃあもう一個聞くよ。そっち、君の側にあの日立っていたのは──どっちだったっけ」
「(違う。そんな訳がない)」
自分の兄は、アイを殺した者の悪行を暴露してその報復として殺された悲劇の存在。無慈悲に、残酷に、未来を奪われた悼むべき被害者。こんな感情を向ける事さえ許されない聖域。
だが、もし、仮に目の前の少女が言っている事が全て真実なら──その全てがひっくり返る。
「違う......そんなはずがない......」
声が震える。呼吸がうまくできない。
「この海岸は遊歩道から少し離れた場所にあるからね。先に来た方が柵の前で待っている。当たり前の話だよ」
「違う......違うよ......だって......だって......!」
「(アクアが被害者じゃないのなら、アクアが命を落とした理由って......「そういう事」になっちゃうもん......)」
それだけは、何としても否定しなければならない。
唇を噛む。涙が込み上げてくる。
「......嘘だよ......。あなたは、嘘をついてる......!」
「?」
「そう......だよ! そうだよ! 貴方は嘘をついている! だって、お兄ちゃんはナイフでお腹を刺されてたんだよ! お兄ちゃんは被害者なんだよ!!」
「じゃあどうしてカミキヒカルも海に落ちたの?」
「......え?」
「お腹を刺されたんだよね? そんな状況で無傷の相手を海に突き落とす事ができたの?」
「それは......」
腹をナイフで刺される。当然程度に差はあれ重症だ。程度に差はあれ動揺はするだろうしそんな状態で抵抗する無傷の相手に窮鼠猫を噛む事はできるか? 唯一あるとすれば──
──自分の腹を自分で刺し、その一瞬の隙をついて相手を突き落とす、くらいなものだ──
自分で自分を刺せば当然刺された事の動揺はないだろうし、そんな凶行を目の前にしてしまえば咄嗟の事で抵抗も忘れてしまうだろう。
「そう。君のお兄さんは哀れな被害者じゃなくて──薄汚れた、憎むべき殺人者なんだよ」
「ッ!」
殺人。人としての最大の禁忌であり決して踏み越えてはならない一線。しかもその罪を他人に擦りつけるためとしか言えないほどの計画。
「これが......これが貴方の言いたかった真相......なの......?」
「まだ謎は残っているはずだよ。何でアクアまで死ななければならなかったのか」
「......え?」
「まさか殺人者という汚名を被らないため、だなんて言わないよね?」
「............」
「そんな思考をする人間は自分の死を計画に組み込まないよ」
あの映画や、映画がきっかけで今行われているカミキヒカルの裏取り調査を見てみれば正当防衛にする事も難しくなかっただろうしね、と試すような目つきで最後に付け加えるツクヨミ。その視線は、ルビーに何かを気づかせるような視線だった。
「なら......何で?」
「まだ分からないの?」
「え? ......あっ......ああっっ!」
違う。こんな事、間違いじゃなきゃいけない......!
「──君を殺人者の妹にしないためだよ」
「ぁぁぁぁぁぁあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
突きつけられる真相は酷く残酷で──冷たいものだった。
──────
「......じゃあ私がいなかったらお兄ちゃん......せんせは死ぬ必要なんて無かったのに......」
星野アクアが、お兄ちゃんが、せんせが自らの命を投げ打ってまで隠した秘密は星野ルビー......私のためだったのだから。
「でもどちらにしてもあまり変わらなかったよね」
「......どういう事?」
「だってそうでしょ? 君は確かに「殺人者の妹」ではなくなった。でもその代わりに「殺人者の娘」になっただけ」
「............」
ルビーがカミキヒカルに親子として育てられた過去は当然ない。しかし事実として二人の間に血縁関係がある事は確かで、犯人と血が繋がっているというだけの理由で他者を攻撃する人に親子の過去の有無など関係ない。事実としてルビーは心無い記者からそのような質問を受けた事もあった。そして......
──ルビーとカミキヒカルの血縁関係を暴露したのもまたアクアだ
「そう。だから彼がやった事は全部──何の意味も無かったって事だよ。加えて自らが起こした騒ぎをより大きくしてその渦中から自分は逃げた。言うなれば無駄死──」
「やめて!!」
人通りが少ない海浜公園に一人の少女の叫びが響いた。確かにツクヨミの言う事も一理あるのだろう。だとしても......
「それ以上冗談を言ったらあなたの事、絶対に許さないから」
星になったアクアを聖域から引き摺り下ろす行為は、何が理由であっても許されない事だったから。
「そう。じゃあ君は真実を知って、それでも尚彼の味方って事なんだね」
「......そうだよ。笑いたければ笑えば?」
「いいや、笑わないよ。笑わない」
「......?」
先ほどまであれほどアクアを責め立てていた彼女が急に寄り添ってきた。ルビーはその心理が分からなかった。
「だってそれだけ君は彼の事を愛していたって事なんでしょ」
「うっ......ううううう......」
「まだ君が星野ルビーじゃなくて天童寺さりなだった時から、星野アクア、雨宮吾郎を好きだったんだよね」
ルビーの涙腺はそこで限界を迎えた。今まで取り溜めていたものが、大粒の涙となって流れ落ちていった。
「好きだった......!」
まだ自分が天童寺さりなだった時、両親ですら見限った自分を優しく励ましてくれた。
「大好きだった......!」
動かない身体が星野ルビーになって変わっても、またあの時のように頭を撫でてもらいたくて、あの時言えなかった言葉を伝えるために、まだ自分を見つけてもらうためにここまでアイドルとして頑張ってきた。
しかし......
──星になった彼にはもう二度と会う事ができない
「せんせ......アクア......またあなたに会いたい......」
そんな事は叶わない。──悪魔に魂を売らない限り。
「会わせてあげようか?」
「えっ......」
その悪魔は、蹲る少女のすぐ側で口角をあげてその言葉を待っていた。
──────
「......今、何て言ったの?」
ルビーは一瞬、ツクヨミが言った事が分からなかった。いや、今でも分からないだろう。
「......私、次に冗談を言ったら許さないって言ったよね?」
彼は星となってこことは遠く離れた場所に行ってしまった。現世に生きる彼女が会う事などできはずがない。
「本当に冗談を言っているように見えるの?」
「............」
「「転生」だなんて非現実的な現象をその身に体験して、本当にそう思っているの?」
「......会えるの?」
「あなたが望むなら。彼の真実を知って、それでも変わらず彼の味方のままのあなたなら」
「ッ!」
それが本当に叶うのなら、どれだけいいのだろうか。
「(せんせに、また会えるの? ほんとうに?)」
「でも代償もある」
やはりそんなに上手い話もないのだろう。上手い話には罠がある。果実を得たくば犠牲を払わなければならない。そんな当たり前の世界の理には一見非常識の世界にいるような彼女とて逆らう事が許されないのだろう。
「世界を渡れば、二度とこの世界線に戻ってくる事はできない」
「......ッ!」
つまり、雨宮吾郎に会いにいけば、必然的に育ての母親である斎藤ミヤコ、同じB小町の有馬かなやMEMちょ......その他にも星野ルビーとして知り合った全ての人とは二度と会えないという事。
つまり彼か、彼以外のどちらかを選ばなければならない。
「どうする?」
ツクヨミのそんな悪魔の問いに......ルビーの中では既に答えは固まっていた。
「いく」
──────
人智を越える、神の御業を体験して、ルビーが次に目を開いた時には、そこは既に海が見える海浜公園ではなかった。
「嘘......」
ルビーはこの場所を知っている。宮崎県の高千穂だ。さりなが死んでルビーが生まれた場所。見間違うはずがない。そして辺りを見渡したルビーは何かに気づいて硬直する。自然と彼女の両目からは涙が溢れ出す。忘れもしない。片時も忘れた事がない。ルビーの視線の先には白衣を着て眼鏡をかけて、柔和な表情を浮かべる雨宮吾郎の姿が。
「(せんせ......! 本当に私は......もう一回せんせに......!)」
彼と会えなくなって彼女がどれだけ苦しんだか。しかしまた彼の姿をもう一度見る事ができた。たったそれだけでルビーの中の嫌なものは崩れて消え落ちていった。
「(あっ......涙で変な顔になってないかな!? か、髪もボサボサだし......)」
一人の女の子としては、愛する男性の前では常に可愛くありたいというもの。ミヤコに身だしなみには気をつけるようにと持たされた手鏡でチェックしていく。
「(だ、大丈夫かな......)」
ミヤコに手入れしてもらった時みたいにできているとは思えない。でももう我慢できない。早くせんせの元に帰りたい。ルビーは駆け出した。
「せん──」
「待っていたよさりなちゃん!」
「......え?」
しかしそんなルビーの想いは容赦無く打ち砕かれる。
「何で......」
今のルビーは転生した後の、星野ルビーの容姿をしている。──転生前の天童寺さりなとはかけ離れた姿だ。
そして......視線の先の雨宮吾郎はルビーの方を向いていない。先ほど投げかけられた言葉はルビーに向けられたものではない。ルビーは自らの目を疑う。
その理由は単純だ。
「何で......」
雨宮吾郎に駆け寄って、彼に頭を撫でられて幸せそうにしていたのは──もうこの時期には死んでいたはずの天童寺さりなだった。
その瞬間、ルビーは全てを悟る。
──雨宮吾郎にとっての「さりなちゃん」の席は、既に
星野ルビーはさりなであってもさりなじゃない。
推しの子163話、アクアの死の淵から見ていた夢の記憶の世界線です。なぜか生きている天童寺さりな。ゴロー先生以外の全てを切り捨てたにも関わらず、さりながいるからゴロー先生に「さりな」として見てくれないルビーちゃん......
アクア......お前......責任取れよ?作者はアクルビのあの前世バレで脳を焼かれたんやぞ......!!
PS
推しの子小説版でツクヨミちゃんの正体とか転生の話とか掘り下げられたけどそんなの知りません。あれはツクヨミちゃんが自分の正体を隠すために敢えて現実的にあり得そうな話をでっち上げたんだ!だから全部ツクヨミちゃんのせいなんだよ!!
こんな風に、作中のガバは全部ツクヨミちゃんに背負ってもらいます。作者のガバを全部背負ってくれるツクヨミちゃんかわいそうかわいい。
他にもメディアのあり得ない報道とかあったけど、あれもこれも全部ツクヨミちゃんのせいです。