鷹と蝶   作:ナカイユウ

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アオのハコ界隈が最近熱いので、触発されてつい書いてしまいました。

正直どんな物語になっていくかは全く想像がついてませんし、界隈のSSがどの作品もあまりに面白すぎる&文章力が高すぎる作品ばかりではっきり言って不安だらけですが、マイペースながら頑張って書いていきたいと思っていますのでよろしくお願いします。


いつか

 パァンッ_

 

 コルクがスイートスポットに当たった感触と共に、20回続いたラリーの一瞬の隙を突いて渾身のスマッシュを相手へ放つ。

 

 “…力んだ”

 

 だがラブオールからずっと続いている嫌な流れを変えなければと力み過ぎてしまったのか、打った瞬間に感じた予感が的中して強く打ちすぎたシャトルは無情にもサイドラインの数ミリほど外へ落ちる。

 

 「20マッチポイントー9」

 

 シャトルが落ちた直後、線審がアウトのジャッジをとったのを合図にトゥエンティーマッチポイント・ナインと主審がコールする。ゲームカウントは1ー0。落ち着いていれば一気に流れをこっちへ引き寄せられたはずのチャンスを、みすみす逃してしまった。相手にあと一点でも取られた瞬間、俺にとって最初で最後の全中は終わる。

 

 “こんなラッキーなところで力むなんて、全くらしくないぞ。俺”

 

 いつもの自分(おれ)らしからぬ力んだプレーに脳内で喝を入れながら、ラケットで自陣に落ちたシャトルを拾い上げ相手へと渡す。試合はまだ1回戦。1セット目は8点と一桁止まり、2セット目は調子だけは少し盛り返すも依然として差はほぼ縮まらず。北信越大会でフルセットの末に最後の1枠を勝ち取ってきた活躍と苦労が嘘みたいにボロボロで、今のところ相手のメンタルにダメージを与えるような一発も打てていない。はっきり言って全くいいとこ無しだ。

 

 「飛鷹(ひだか)!ここで一本取って意地でも流れ変えるぞ!」

 

 中学の3年間で苦楽を一緒にしてきたダブルスの相棒が試合席から俺を鼓舞する声が、この耳に届く。もう1セット目の時点でギリギリ流れを掴んで全中に滑り込んだ持久力が取り柄なだけの俺が叶う相手なんかじゃないことは、このワンサイドゲームを見ているお前も分かっているはずなのに、俺の相棒はマジで無茶を言ってくれる。そもそも幼馴染のお前が隣町のバドミントンスクールでバドをやってるのを見て楽しそうだからバドを始めてそのままやり続けてきたこんな肩の力が抜けた奴がこの舞台に立っているだけでも、奇跡みたいなものだってのに。

 

 “でも、そうだよな……せめて相手の度肝を抜く一発か粘りを魅せて、爪痕の1つくらいは残しておかないと胸張って帰れないよな……”

 

 それでもやっぱり、何の見せ場もないままボロ負けで初戦敗退するのはあまりにカッコが悪すぎるし、このまま1度も追いつけずストレートで終わるものなら雲山市立南中学校バドミントン部を背負うエース、羽鳥飛鷹(はとりひだか)の名が廃る。

 

 “それに、やっと()()()なってきたしな……!”

 

 相手が無言で構えの姿勢を取って数秒、ネット越しからショートサーブ。次の一手をフル回転で考えながら、優しく放たれたサーブをコートギリギリを狙うイメージで鋭く後方へと放ち、シャトルが最高点に上がり切る前に自陣の中心へと足を動かして次に備える。ロブの軌道も良い。さて、体勢を後ろへ乱された相手(こいつ)はクリアでコーナーギリギリを攻め込んで来るのか、無理やりスマッシュで畳みかけてくるのか、あるいは他の一手を仕掛けてくるのか。

 

 “…スマッシュか”

 

 相手の足はシャトルの方向を最初から予知していたのか、後方へ放たれたシャトルを追い抜き、放物線の着地点に先回りして宇宙にでもいるかのように一気に地面から離れる。誰の目からみてもスタミナが有り余っているのが分かる軽やかなフットワーク。そりゃあここまでの試合内容を考えると仕方ないことかもしれないが、あからさまに余裕さを見せつけられるといくら俺でもなにくそってなる。

 

 “来いっ…!”

 

 左手で軌道に照準を合わせ、今からスマッシュを打ちますよと言いたげに大きく振り上げた利き手が、シャトルを打ち返す寸でのところでスッと勢いを落として、当てるというより軽く添えるほどの威力でガットを当てる。ドロップによるネット際狙いのフェイントだ。

 

 “いいねぇ、そう来ねえと!”

 

 ここまで打ち合って相手のプレイスタイルに対応するコツを掴み始めた俺にとって、フェイントは想定の範囲内。緩やかなクロスの軌道を描き落ちていくシャトルの方向へ右足を勢いよく持っていき、バックハンドに切り替えネット際ギリギリに狙いを定めて渾身のヘアピンを打つ。

 

 パンッ_

 

 と見せかけて、相手の両足が一気にネット際へ動いていくアクションを瞬時に見切りながら、真っ直ぐ勢いよくロブを打つ。悪いがいくらバドに対して肩の力を抜いて打ち込んできたとは言え、こちとら最初から負けるつもりでコートになんか立ってはいない。さっきのラリーはマジで流れを掴めそうなところまでは踏ん張れた。試合が終わらない限り、相手より粘り続ければいくらでもチャンスはある。北信越大会もそうやって地道に粘って、8点差をひっくり返して全中の切符を手に入れた。幸いこっちもスタミナはまだまだ余っているからいくらでも相手を追える。遅ればせながら心技体も完全に整い、いまの俺は感覚が研ぎ澄まされている。さあ、お楽しみはここから……

 

 “……マジか”

 

 ロブを打ち、0コンマのうちに前屈みになった体勢を立て直そうと足を動かした瞬間、この眼に飛び込んで来たのは後ろ向きに軽く身体を浮かせるような体勢でシャトルを打たんとする相手の姿。理解を超えたプレーを前に呆気に取られる間もなく、今から至近距離で放たれるカットスマッシュをどうにかネットの向こうへ打ち返そうとラケットを持つ右手に力を込めた。

 

 パァンッ_

 

 打ち返してから息つく間もなく真っ直ぐに放たれた相手の強烈なカットスマッシュに、俺は一か八かの勝負に出た。最後の一枠を賭けたファイナルゲームで似たような状況になったときに咄嗟で繰り出し相手のミスを誘い、試合の流れを変えた地味ながらも大きな一発。

 

 「…っ!」

 

 全身の神経を研ぎ澄ませ、放たれたシャトルの軌道を勘で先読みしながら右腕を下ろして内側へと引っ張り、ネット際ラインギリギリを狙う一か八かのクロスネット。

 

 “軌道(コース)は悪くない……!”

 

 ただでさえこの土壇場でそれをやるのはリスクが高くほぼ自滅行為に等しかったが、無難に正面(フォア)で受け止めどうにか際をめがけ遠くへ打ち返したところで勝ち目がないと直感した俺は、思い切って点を取りに行った。その思い切りがあったから、俺は()()()()に来ることができた。

 

 「……」

 

 感触からして、当たりは決して悪くはなかった。しかしシャトルを打ち返すタイミングがごくわずかにズレていたのか、思ったほど勢いを殺せなかったシャトルは2本のサイドラインの間に吸い込まれていくように着地した。

 

 「ゲームマッチ。ワンバイ」

 

 この瞬間、俺の最初で最後の全中が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おつかれー恵介(けいすけ)

 「お疲れ飛鷹」

 「晴れてんのに今日めっちゃ寒いな」

 「最低気温0度だってさ」

 「さすが長野」

 

 中学の卒業式を終えた次の日の朝6時。ジャージに着替えた俺は近所を通る二車線の県道沿いにあるいつもの集合場所(コンビニの前)で、バド部で3年間ペアを組み続けた相棒にして“10年来の親友”と書いて幼馴染である恵介と落ち合う。もう3月も下旬に入ろうかというのに、生まれたときからずっと住んでいる雲山という県庁所在地の隣にある小さな町の朝はまだ吐いた息が白く舞うくらいには寒く、遠くの山には雪化粧が残っている。

 

 「じゃ、揃ったところでひとっ走りしますか」

 「りょーかい」

 

 山に隠れている日が頂上を明るく光らせたのを合図に、俺と恵介はここから2キロと少し先にある地元で有名なパワースポットの山の入り口に向かって走り出す。部活を引退してからも腕とスタミナを鈍らせないため顧問と親が許す限りのペースで続けてきた自主練と共に、自主練が出来ない日は悪天候を除いて必ずやってきた朝6時の早朝ランニング。

 

 「俺さ、明日から千曲(ちくま)の練習に参加させてもらえることになった」

 「マジで?俺と一緒じゃん」

 「飛鷹もか。っていうかこれで昼過ぎに家出て親戚のところ行って明日から即練習って割とハードだしない?」

 「大丈夫。移動は贅沢にも新幹線(かがやき)ですから(キリッ」

 「それでもハードなのは変わんないけどな」

 

 白い息を吐いて一定のペースを保ちながら、空を遮る恰好でそびえ立つゴールの山を横目になだらかな上り坂と緩やかなカーブが続く県道の歩道を、来月からそれぞれ別の高校に進んでバドを続けるペアの2人はいつもと変わらず会話を挟みながらゴールに向かって走る。

 

 「そんで恵介は目指すん?インターハイ?」

 「シングルスの最高成績が県大会3回戦、お前と組んだダブルスも県のベスト8止まりの奴が行けると思うか?」

 「いやいや、こんな部活引退してやっとランニングとか始めるぐらいバドをナメてきた俺ですらマグレとは言え全中に行けたんだから十分行けるって」

 「俺は体力お化けのお前とは違って飛び抜けた武器なんか持ってないから無茶言うな」

 「俺よりバド歴長い恵介だったら真面目に続けてればどうにかなるっしょ」

 「言っても誤差の範囲だよ」

 「まずお前がスポーツ推薦で受かった千曲って、北信だと一番の強豪じゃん。ああいうとこに推薦で受かる時点ですげぇよ」

 「そういう飛鷹だって最初は俺と同じとこに行くつもりだったんだろ?」

 「まあな。千曲の監督の人が俺ん()に直接挨拶しにきたくらいだったし」

 「さすが()()()()()()()は待遇が違うな」

 「もうちょい言い方あんだろおい。あと孤高言うな」

 

 田畑から発せられる土混じりの匂いと、周りを遮るようにそびえる山と澄んだ朝焼け空のコントラスト。その下に続く道を、呼吸が乱れないようにコントロールして親友と会話を弾ませながら一定のペースを刻んで走る一日の始まり。

 

 「けどちょうど千曲にしようって決めたところで、まさかの関東の強豪から声がかかってきて、それに()()()()()()を感じた俺は思い切って新天地に賭けたってわけ」

 

 進学先の高校から声を掛けられる前の日まで高校を卒業するまでは続くだろうなと思っていたこういう一日も、このランニングが終わると最後になってしまう。もう次の進学先が決まっているから気分はとっくに吹っ切れているものの、いざ最後ってなるとやっぱり寂しく思えてくる。

 

 「その(くだり)、俺もう10回は聞いてる」

 「マジで?そんなに話してた俺?」

 

 もちろん両親のいる長野(ここ)に残ってどこよりも早く声をかけてきた高校に進む選択もあったし、何ならそこで恵介と一緒にバドを続けようと心も決めかけていた。それでも俺は、こんな無謀な選択を反対せずに受け入れてくれた両親の後押しで、親元を離れ高校卒業まで従伯父の家族の元で世話になる形で“文武両道”を条件に新天地へ行くことを決めた。

 

 「…こんなこといま聞くのも難だけど、後悔してる?」

 

 同じペースで隣を走る恵介が、少しだけ寂し気な顔をして聞いてきた。後悔しないために離れる選択をした俺の答えは、ひとつだけだ。

 

 「するわけないでしょ。インターハイに出て、今度こそ燃え尽きるまでバドを楽しむ……だから俺は栄明(えいめい)に行くって決めた」

 

 

 

 

 

 

 俺がバドミントンに興味を持ち始めたのは、小1から通っていた隣町のスイミングスクールを退会した小4の夏の終わり。別に周りについていけなくなったわけじゃなくて、むしろスクールの中では上級生を差し置いて誰よりも速く泳げていた。勉強もクラスの中だと割と出来るほうだけど、ことスポーツにおいては生まれ持っての運動神経の良さで運動会やクラスマッチに出れば必ず英雄(ヒーロー)になれるくらいには得意だったから、“なんか海っぽいから”という理由で始めた水泳で1番になるのも俺からすればそこまで難しいことじゃなかった。

 

 「ごめん母ちゃん。俺もう泳ぐの飽きた」

 

 ただ元から海っぽいという安易な理由で水泳を始めたのにプラスして、スクールで誰よりも速く泳げるようになった途端に上級生や周りのみんなが距離を置き始めるようになって水泳を楽しめなくなった俺は、熱が一気に冷めて泳ぐのをやめてしまった。

 

 「バドミントン?あーあれか。テニスのパクリみたいなやつ」

 「全然違うよ」

 

 ちょうど俺が水泳をやめたのと入れ替わるように、今までスポーツの類の習い事をしてこなかったピアノ教室通いの恵介が隣町のバドミントンスクールに通い始めた。このときの俺は、バドミントンのことをボールの代わりに白い羽のついたよく分からない物体を細いラケットで打ち合うテニスもどきのスポーツだと本気で思っていたくらい、文字通りバの字も知らない無知なガキだった。

 

 「羽根がついてるシャトルっていうものをラケットで打つんだけどさ、シャトルって手で投げて飛ばそうとしても全然飛ばないんだよ。でもラケットに当てて打つとスコーンって遠くに飛ぶんだよね……しかもちゃんと当てないと全然飛ばなかったりするから、なんかそーいう自分の力で打つってところが必殺技みたいですごくカッコいいんだよ」

 

 だけど学校の帰り道でバドミントンのことを全く知らない俺にこれでもかというほど楽しそうな顔でバドの楽しさを饒舌に話す恵介を見て、俺はテニスもどきの得体の知れないスポーツに一気に興味を持った。

 

 「恵介…バドミントンって楽しい?」

 「うん。めちゃくちゃ楽しい」

 

 別れ際でバドは楽しいかと聞かれた恵介が満面の笑みでそう言った1週間後の休日。俺は親友の通う隣町のバドミントンスクールの体験教室に参加した。これが俺にとって、バドミントンというスポーツに触れた最初の日になった。

 

 

 

 

 

 

 「ゴォォル!」

 「うるさ」

 「ってもう着いちったよ。こちとらまだ息すら切れてねえぞ」

 「ずっと続けてきた練習の成果だな」

 「なあ、今日だけ山の上にある神社まで走って行かね?天気もいいし」

 「言っとくけど俺はパスね。こんな朝っぱらからガチでスタミナは消耗したくないし」

 「さすがに嘘だよそんな道草してる暇はないし」

 

 県道を外れて軽トラ1台がなんとか通れるリンゴ畑の道を突っ切ると、あっという間にゴール地点についてしまった。普段から運動部の中でも1位2位を争うほどキツいと言われた練習を乗り越えてきた俺らにしてみれば軽いウォーミングアップ程度のもので、はっきり言ってまだ走り足りない。

 

 「…恵介。今から心ん中で思ったことそのまま言っていい?」

 「千曲の推薦蹴った分際でやっぱ長野(こっち)に残りたかったって言うのはナシだぞ?」

 「ちげぇよ安心しろ」

 

 ゴールに着いて、思ったことを口にしようとする俺に恵介は釘を刺す。分かりやすいからと決めたゴールに向かって走り慣れた道を走っているときは、ゴール地点に着いた瞬間にもうこいつとは一緒に走ったりバドをすることが出来なくなる。なんて寂しさが込み上げてくると思っていた。

 

 「むしろその逆でそんなに寂しくないっていうか、()()()()が楽しみで仕方ない」

 

 片道を走り終えて込み上げてきたのは、もう親友と一緒にバドが出来なくなることの寂しさではなく、今日から始まる新天地での日々に心を躍らせている気持ち。そう思っている自分に驚いている反面、はっきり言って腑に落ちてる自分もいる。

 

 「全中の1回戦で今まで戦ってきた相手の中でもぶっちぎりで強い奴と当たってボロ負けしてから、なんか心のどっかでずっと引っかかってたんだよな……俺ってずっと狭いところでバドやってたかもしんねえなって。ただバドを楽しんでただけの奴が偉そうに言うなって話だけどよ」

 

 ほとんど試合を楽しむことの出来ないまま、不完全燃焼のワンサイドゲームに終わった最初で最後の全中。俺をボロカスに打ち負かしたそのときの相手も、準決勝でまた別の相手に敗れた。『21ー8』と『21ー9』と勝負にならない実力差を見せつけ圧倒したあいつでさえ、優勝することが叶わなかった。

 

 「だけどさぁ……あんな景色を見せつけられたら、()()()()のも悪くないよなって俺は思っちまった」

 

 バドミントンで全国の頂点に立つために上らなければいけない壁の高さを目の当たりにして、全中への切符を掴んだということだけで満足していた自分が体育館という()()()の中にある世界しか見ていなかったことを思い知った。

 

 「何にも爪痕残せないまま終わったけど、あそこに行って運よく組み合わせに恵まれて半端に2回戦とかまで行ってたらこんな気持ちにはなれなかったって考えると……あのボロ負けも無駄じゃなかったよなって思っちまった…」

 

 そして自分の思っている何倍も何十倍も広く高い舞台の中で、誰よりもバドを楽しんで燃え尽きたいと強く思った。

 

 「俺……もう引き返せねえわ……」

 

 あの()()を見てしまった俺はもう、親友と一緒にただ楽しくバドをしていた狭い体育館(ハコ)には戻れない。

 

 「……ははっ」

 

 俺の話を黙って聞き入っていた恵介が、呆れ半分に小さく笑う。

 

 「やっぱり寂しいとからしくないこと言い出すんじゃないかと思ってちょっと心配したけど、飛鷹がいつものバドバカのままで良かったよ」

 「バドバカはお前もだろ?」

 「お前には負けるよ」

 「先にバカに目覚めたのはそっちじゃね?」

 「どっちが先とか関係あるそれ?」

 「いや小4のときまだバドのこと1ミリも知らなかった俺にめっちゃ熱く話してたときのお前、マジでバドバカだったぜ」

 「あったっけそんなこと?」

 「覚えてるくせにしらばっくれるとはいい度胸だなぁ恵介君?」

 

 互いが互いをバドバカと言い合いながら、日が出たばかりでまだ冷え込んでいる3月の朝の寒さを忘れて楽しかった日々の話に花を咲かせる。こんなふうに大して中身がない馬鹿げた話や真剣な話まで何一つ気を遣わずに話せる親友がいたから、俺はバドミントンを心の底から楽しむことが出来て、本気になれた。

 

 「もちろんちゃんと覚えてるよ。でも、お前がここまでバドにハマっていくとは思わなかったけど」

 「おう、それは俺も思ってる」

 「思ってんのかい」

 「今さら否定はできないしね」

 

 きっとそれは、俺たちが離れ離れになってもここぞというときに互いの背中を押してくれる原点になる。恵介がどう思っているかは一周回って照れくさいから聞けないけれど、俺はそう信じている。

 

 「… 飛鷹。俺からもひとつ心の中で思ってること言っていいか?」

 

 南の方角にある山を見つめて俺が言ったことを真似るように呟いた恵介が、同じ方角を見つめる俺に視線を向ける。

 

 「いつか……もしいつかまた()()()()()で戦うときが来たときに惨めな思いをしないために、これからもお互い本気でバドミントンを楽しもう」

 「…もしや宣戦布告すか?」

 「まあ、そんなとこ」

 

 勝敗なんて関係なしに楽しんでいた小4のときと同じと見せかけて、俺のことを友達ではなくライバルとして見ているような眼つきで恵介は嬉しそうに笑って宣戦布告をする。さっきは県大会3回戦止まりの俺には無理みたいな感じで言ってたくせに、ここぞってときに限って俺より熱くなるところがバドを始める前から相変わらず過ぎるから、こっちもまた燃えてくる。

 

 「分かったよ……()()な」

 

 バドを始めてからここまでずっと苦楽を共にしてきた戦友へ、拳を突き出す。それを見た恵介が、続けて拳を突き出す。

 

 「全力でバド楽しめよ。恵介」

 「うん。言われなくても」

 

 宣戦布告という名前の約束を決まり文句にして、互いの拳を合わせ合う。握った拳に伝った一瞬の振動に、確かな意思を俺は感じた。

 

 

 

 ……ありがとう恵介……お前が隣にいてくれたから、俺はバドミントンを()()()続けられた……

 

 

 

 「さて、もうそろそろ休憩終わりにして走りますか」

 「なあ飛鷹。お前が言うこれからっていうのはバド以外に()()()に会うのも含まれてるんだろ?」

 「……バレた?」

 「はとこの話はお前から何度も聞かされてきたからな」

 「まあね。そりゃ会うのめっちゃ久々だし」

 「飛鷹のこと覚えてるといいな?」

 「だといいんだけどなぁ…」

 「いやそこは弱気になるなよ」

 

 恵介が宣戦布告をしてきたとき、頭の中でひとつの言葉が浮かんだ。だけどそれを言ってしまうと明日からの3年間が無駄になってしまう気がしたから、俺はその言葉を恵介に伝えないままありったけの手荷物と卒業式が終わった後に地元の菓子屋で買った土産を引っ提げ午後の新幹線で長野を離れた。




【主人公】

羽鳥飛鷹(はとりひだか)
6月28日生まれ
身長173cm
血液型AB型

本作の主人公。長野県にある雲山市立南中学校のバドミントン部に所属していた元エースで、中学3年次には全国中学校体育大会に出場を果たした(初戦敗退)。卒業後は県外の強豪・栄明中学高等学校に進学するため、両親の暮らす実家を出て従伯父の家の世話になりながらインターハイ出場を目指す。



※本編の補足ですが、長野県雲山市は原作に登場する架空の町で実在しません。ちなみに原作では千夏の祖父母が暮らしている町として描かれています。
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