「本当にバドミントンで良かったの?」
入会を申し込んでから初めて参加するバドミントンスクールの練習に向かう車の中で、ハンドルを握る母ちゃんが後部座席に座る俺へ視線を前に向けたまま聞いてきた。
「当たり前っしょ。だってやってみたらマジで面白かったし、それに恵介もいるから水泳と違ってずっと楽しめる気がする」
スイミングスクールをやめてしまった経緯を知っている母ちゃんの少しだけ心配そうな声に、俺は恵介がいるから大丈夫だと答えた。
「こんなことを聞くのも難だけど……もし恵介くんがやめちゃっても飛鷹はバドミントンを続けるつもりでいるの?」
赤信号で車が止まるのと同時に、大丈夫と答えた俺へ母ちゃんは少しだけ声のトーンを落としてバックミラー越しに視線を合わせ、優しい声でピシャリと問いかけた。
「恵介がやめたら……そういや考えたことなかったな……」
恵介がバドミントンをやめたら自分はどうするかとか、そういうことを考えていなかった俺は母ちゃんへ返す言葉が思いつかず、つい黙り込んでしまった。
「…母ちゃんは俺のことが心配って感じ?またスイミングスクールやめたときみたいになっちゃうんじゃないかってさ?」
5秒くらい黙り込んだ後に、俺は母ちゃんへ逆に聞いた。
「そういうことじゃないんだけど……ただ、飛鷹がどうしたいかっていうのをお母さんとして聞いておきたくて…」
信号が青になり動き出した車の流れに意識と視線を向けてハンドルを握りながら、静かな口ぶりで母ちゃんは俺を気遣った。この頃になると子供なりにも親の気持ちだとか親がどんな人なのかがわかり始めていたから、もちろん水泳のときみたいに
「それなら大丈夫だよ。海っぽいってだけで始めた水泳なんかと違って、今度は
だから俺は、スイミングスクールの一件もあって心配している母ちゃんに自信を持って堂々と大丈夫だと伝えた。
「そう……なら私も飛鷹を信じるよ」
安堵のような、まだ心配が拭え切れないような、そんな母ちゃんの声が運転席から返ってきたのを最後に会話が途切れて、車の中にはオーディオから流れる母ちゃんの好きなバンドの曲がアスファルトの上を制限速度で転がるタイヤの微かな雑音と共に優しく響き渡る。
『色褪せながら ひび割れながら』
会話がなくなり少しだけしんみりした空気から逃れるように左の窓へ意識を向けると、ちょうど母ちゃんの車は雲山と隣町の境界を隔てる大きな川の上を渡っているところだった。
『輝くすべを求めて』
「君と出会った奇跡が~この胸に溢れてるきっ」
「と今は~自由に~空も飛べるはず~♪」
顔を洗って寝癖を直し、朝起きたときからぼんやりと頭の中で浮かんでいた思い入れのある曲をオク下ぐらいの感覚で鼻歌程度に口ずさみながら洗面所を出ると、2階の部屋から下りてきた雛姉がちょうど俺の1オクターブ上のキーで被せてきた。
「なんで途中でやめるの?」
「雛姉が上手すぎて公開処刑になるから」
「飛鷹くんだって上手いじゃん、聞いた感じ」
「上手さの次元が違うっての」
鼻歌だけでも“うわうまっ”と軽く鳥肌が立つユニゾンを前に口ずさんでいた恥ずかしさが勝って途中で歌うのをやめた俺を、起きたばかりで髪を下ろしている雛姉が揶揄うようにツッコむ。ちなみに俺が口ずさんでいたのは、母ちゃんが車の中でよく流していたバンドの曲のうちの1つだ。
「意外と大人な選曲だね」
俺の横をすれ違って洗面所に片足だけ踏み入れたところで、雛姉は振り向きざまに選曲の感想を告げる。
「母ちゃんが今のやつを歌ってるバンドのファンで車の中とかでよく聴いてたからさ、それが影響してんのかも」
「飛鷹くんも好きなの?」
「バンド自体が好きとかじゃないけど、この曲は割と好き」
言っておくが俺は人並み程度には音楽は聴くけど別に通とかじゃないから詳しいわけではないし、ファンって言うほど好きな歌手やバンドもいないミーハーだ。だからこの曲が好きな理由も歌っている人が好きとかではなく、小さいときから聴いていたから耳と記憶にずっと残っているってだけだ。
「へぇ~、センスいいじゃん」
「音楽に詳しくないミーハーがたまたま好きになっただけだよ」
所謂ミーハーな選曲を、センスがいいと言って小さく笑う雛姉。どっちも夏にかけて大会が迫っているからすぐにとはいかないけれど、雛姉とカラオケに行ったら絶対楽しいだろうなとふと俺は思う。もちろんあくまで自分が歌いたいというよりは、
「お互い大会とかが終わって落ち着いたらカラオケ行かない?だいぶ先になっちゃうけど」
「お~いいねそれ」
「さっきの鼻歌聞いてたら飛鷹くんの歌声聞きたくなったし」
「過度な期待はやめてくれ」
そんな気が向いたらぐらい小さな願望を想像していることを知ってか知らずか、雛姉からどこかでカラオケに行こうと朝っぱらから提案された。来週にも行きたいくらいのテンションで言いながらも実際に行くのは目指しているインターハイが終わってからっていうのが、何とも雛姉らしい。
「じゃあリビング行って先に食べてるわ」
「うん」
ていう感じで洗面所の前で軽く雛姉と話して、曜子さんが朝食とお昼の弁当を作るリビングへと俺は足を進める。
「今日は早いね飛鷹くん」
「はい。この後すぐ朝練があるんで」
「雛もだけどバドミントン部も朝から大変だね」
「まあ大変っちゃ大変すけど、好きでこのスポーツやってるし早起きは得意芸なんで」
リビングについて蝶野家で誰よりも早く曜子さんの朝食を食べて一日の英気を養う弘彦さんと一緒にテーブルにつき、栄養バランスも味も満点な朝食を今日も今日とて召し上がる。
「食べるペース早くない?」
「だって朝練あるから」
「歯磨きと学校行く準備を足してもまだかなり余裕あるよ?」
「俺みたいな下っ端は先輩たちが体育館につく前にネットとか用意しとかないとだし」
「って言いながら本当は1分でも早く練習したいだけでしょ?」
「ご名答」
「もう、ご飯はちゃんと味わって食べないと強くなれないよ?」
「わかってるって」
一足早く食べ終えた弘彦さんと入れ替わるようにリビングにきて朝食を受け取った雛姉から、僅かになったトレーの上を見られて釘を刺されながら残りを味わう。実は栄養士の資格を持っている曜子さんの手料理は相変わらず美味しくて、言うまでもなく栄養バランスもしっかり計算されているおかげか頭と身体が一気に目覚めていく。
「曜子さん。今日も美味でした」
「ふふっ、そう言ってもらえるとこっちも腕がなるわね」
そして朝食を食べ終えた後に敬意を込めた“ごちそうさま”を曜子さんに伝え食器を籠に入れて、そのまま歯を磨いて自分の部屋に戻って身支度をする前に軽くストレッチをして全身の筋肉を起こしていくといういつものルーティン。
「(よし。今日も調子が良い)」
蝶野家のお世話になって早3週目。最初の2,3日はまだお泊りで来ている感が強く違和感が拭えない感覚があったけれど、今ではもう家族同然と言ってもいいくらいすっかりこの家に馴染んでしまった。“住めば都”っていうことわざを小学生のときに習った覚えがあるけれど、それはまさにこのことなんだろうか……やっぱ微妙に違うか。
「忘れ物とか大丈夫?」
「大丈夫。ついさっきも確認した」
「ま、もし忘れ物があっても私が届けるけどね?」
「そっか同じ学校だもんな」
「その代わり忘れ物したらマッサージ一回」
「マジかよ」
ルーティンを済ませあっという間に朝練へ行く時間になり、部活は違えど同じく朝練のある雛姉から地味に面倒な決まり事を冗談とガチが半々ぐらいの感じで押し付けられながら、玄関でスニーカーに足を通して紐を縛って立ち上がる。
「行ってきます」
「うん。行ってらっしゃい」
最後に振り返った先でにこやかに笑う雛姉に見送られながら扉の外へと足を踏み出し、ラケットバッグを背負った身体で歩き慣れ始めた通学路へと繰り出す。
“…俺、なんだか
こういう蝶野家の何気ない日常が本当に何気なく感じるようになった自分にふと気づいて、歩きながら心の中で嬉しさと驚きが交じったようなよくわからない感情が渦巻く。両親からも生まれ育った地元からも離れて暮らす蝶野家での生活に楽しみと同じくらいの不安を人知れず抱えていた最初のときが嘘みたいに、いまの俺はこっちの生活に馴染めている。
「飛鷹は自分の親戚がこんなふうに周りから注目されてるのを見てどう思う?」
山のない東の空から昇ってきた白い光が住宅街の隙間を縫って頬を優しく照らした拍子に、昨日の練習で笠原先輩が言っていた言葉を思い出す。部活動見学にきた新入生たちから憧れの眼差しを向けられる前で、注目の視線になど目もくれずに舞っていた雛姉。宙へと舞い上がるリボンを手足のように操り華奢な身体で可憐に躍動する姿をネットの向こうからこの目で見たとき、今いる場所から走れば5秒で行ける距離にいるはずの雛姉が、果てしなく遠い場所にいるような錯覚を一瞬だけ感じた。
「センスいいじゃん」
でも、自分が生まれるよりも前の古い曲を口ずさんでいた俺に“センスいいじゃん”と言って笑う雛姉も、朝食を食べるときに“ちゃんと味わって食べないと強くなれない”と叱る雛姉も、俺が知っている手を伸ばせば届く距離にいるいつもの雛姉だった。
どんなに一目置かれる存在になろうと、学校にいないときの雛姉のことを知っているのは、学校の中だときっと俺だけだ……いや、さすがにそれは言い過ぎだから腐れ縁の大喜先輩と親戚の俺ぐらいだろうってことにしよう。
「(…何気に朝練って久々だな)」
蝶野家を出てから10分と少々歩いて、昨日の入学式でまだ着慣れない新しい制服を着てくぐった門を、今日は着慣れだしたウインドブレーカーを羽織ってくぐる。“入学式”の三文字が大きく書かれた看板はどこかに撤去されて、昇降口のほうには2学年と3学年のクラス分けが記されたクラス表が貼られすっかり学校は入学式から始業式の仕様に様変わりしていた。
「(雛姉、大喜先輩たちと同じクラスになれたのかな…)」
ぶっちゃけ雛姉が大喜先輩や笠原先輩と同じクラスになっているかが親戚としてめちゃくちゃ気になるところだが、その誘惑を断ち切って一直線に体育館へと足を進めていく。ただでさえ朝練が始まる7時まではまだ20分以上の時間があるからか、門から体育館までの道のりはもの凄く静かで、敷地内に植えられた木々が風に揺れて擦れ合う音さえも聞こえてくるくらいだ。
“…なんだろう、めっちゃ地元を思い出すな…”
この陽が段々と昇って空が明るさを増していく前の静けさのような、まだ少し寒さを伴う早朝の空気を肌で感じていると、つい恵介と一緒に走っていた最後の半年間を思い出す。つい半月前の今ごろまでは近所の山の入り口まで親友と走っていた日常が、もう既に遠くなり始めている。寂しさとかは全然ないけれど、そう思えるくらいにこっちの生活が俺にとっての当たり前になりつつあるのかもしれない。
ただやっぱり、今いる場所がどこだろうと少し早めに起きた朝の空気は、俺の琴線に触れるみたいだ。
「(ん?もう誰かいる?)」
体育館に近づくと、その
ていうか、練習してる人ってもしかして…
「(…まさか
「おはよう
「うわっ!?」
頭に栄明のマドンナが浮かんだその瞬間、真後ろからいきなり元気のいい女子の声に呼ばれたのと同時に背中を軽く叩かれた。あまりにも不意打ち過ぎて、マジで心臓が止まるぐらいビックリした。というか、冗談抜きで0.1秒くらい止まってた気がしなくもない。
「…って千木良さん!?」
「ごめんビックリした?」
「ぶっちゃけ心臓止まるかと思った」
「危なっ、人殺すとこだったじゃん私」
「誰だってビックリするってこんなん…」
誰かと思い反射に身を任せて振り返ると、僅かに柄が違うウインドブレーカーを着た千木良さんがラケットバッグを背負って白い歯を見せつけるように笑っていた。
「ひだっちも朝練?」
「どう見ても朝練でしょ。この恰好からして」
「ははっ、確かに」
まだ昨日の今日で名前を覚えたぐらいだというのに、もう既に親友みたいな距離感と朝とは思えないテンションで千木良さんは俺に絡む。昨日のときから何となく感じてはいたけれど、これで確信した。間違いなく
「…ていうか一個聞きたいことがあんだけど?」
「何?」
でもその前に…
「
多分、というか絶対俺のことを言ってんだろうなっていう予感を感じつつ、左側にスッと足を動かして隣を歩き出した千木良さんへ聞いてみる。
「もちろん君のことだよ。羽鳥飛鷹くん」
「うん。だろうなって思った」
どうやら聞くまでもなかったみたいだ。それにしても千木良さん、ほぼ初対面の人にいきなりあだ名をつけるとかどんだけコミュ力高いんだって話だ。
「ちなみに私のことも下の名前とかあだ名で呼んでいいよ?」
「とりあえず最初は千木良さんで」
「え~せっかく一緒のクラスになるんだからさん付けしないでもうちょいラフに行こうよ」
「じゃあ千木良」
「呼び捨てと来ましたか……うん。オッケー」
「あんま変わってない気がするけどいいのかい…」
そんな千木良さんからいきなり下の名前かあだ名で呼んでいいと言われたけれど、ひとまずは覚えやすい“千木良”で呼ぶことにした。
「やっぱさ~、同じクラスにバド部がいるってだけで何だか心強いよね?仲間がいるみたいでさ?」
「それは俺もわかるかも」
俺も別に人見知りといういうわけじゃないし何なら明るいほうだって周りからも言われる側だけど、やっぱりどこかで真面目な親に育てられた部分がどうしても出てしまうから、こんなふうに男女分け隔てなく初対面相手にずかずかと踏み込める千木良みたいな人を見てると、シンプルにすげえなって思う……まあ、単純に俺が女慣れ(※雛姉は除く)してないっていうのも無きにしも非ずだけど。
…って、そういえば初めて会ったときの雛姉がこんな感じだったような気がしなくもないような…
「…あれ?そういや俺って千木良に名前言ったっけ?」
「ううん、言ってないよ?」
「だよな」
どういうわけか雛姉と会った一番最初の記憶を思い出しかけたところで、
「どうやって俺のこと覚えたの?」
「クラス表に書かれてた名前見て覚えた」
「マジかすげえな」
「実はこう見えて暗記は割と得意なんだよね」
「こう見えてって言われても知らねえよとしか言えないんですが…」
どうやって覚えたかを聞いた俺にクラス表の名前を見て覚えたとドヤ顔で誇らしげに言い張る、暗記が得意だという千木良。この明るくもどこか掴みどころがない振る舞いからは、コートの上でスマッシュを打っていたときのオーラはあまり感じられない。そういえば針生先輩は千木良のお兄さんが
“そうだ。いっそ聞いてしまおうか?”
「…千木良、ってさ」
「ん?」
体育館の扉を目前に少しだけペースの落ちた足どりで歩く中で、不意に魔が差しかける。
「…いや。暗記が得意っつっても、よく俺のこと覚えられたよなってさ」
そうなるのを堪えて、俺は咄嗟に別の言葉を振る。昨日の今日だからまだ千木良がどんな奴かなんて同じクラスになった女バドの陽キャってこと以外はわからないも同然だけど、いま頭に浮かんだ言葉をぶつけると
「うん。だってひだっちの名前ってすっごく覚えやすかったもん。あと顔は昨日の練習のときに覚えた」
「あぁ、ひょっとしてあのときか」
「そう」
さり気なく気遣ったことなんて知る由もない千木良は、目の前に見える体育館の扉へ視線を送りながら呟くように言うと、その横目を俺のほうへと向けてクールに微笑んだ。
「羽鳥飛鷹……まるでバドミントンをやるために生まれてきたみたいな、カッコいい名前だったから…」
「飛鷹くんってさ、もう名前からしてバドミントンをするために生まれてきたって感じの名前だよね?」
「…って聞いてるひだっち?」
「?おう」
「なんかちょっとだけタイムラグがあった気がするけど気のせい?」
「気のせいだよ気のせい」
千木良から返ってきたその言葉に、バドミントンをした帰り道で言われた5年前の何気ない一言がフラッシュバックして、一瞬だけうわの空になった俺を不思議がる千木良の声でフッと消えた。
「もう先客がいるみたいだね」
「やっぱスポーツ強豪校っていうのもあんのかな?」
「あー、あるかもねそれ」
閉ざされた扉の向こうから、ボールが床を弾く音とシューズのスキールが近づくにつれてはっきりと聞こえ出してくる。こういう体育館の中から聞こえる
「入学して早々女バドの新入部員に
その前の段差を上がろうかというところで、後ろから先輩の声がして振り返る。
「アタックってどういう意味すか針生先輩?」
「そのままの意味だ」
「たまたま
男子バドミントン部の現エースの針生先輩から、挨拶代わりに女子と一緒に歩いていたところを早速弄られた。言うまでもないことだけど、意図なんて1ミリたりともない。
「…誰かと思ったら
すると一緒に振り返った千木良が、針生先輩に向かって嬉しそうに一礼する。
「その名前で俺を呼ぶな、結」
「え~いいじゃないですかジュニアチームにいたときはみんなからそう呼ばれてたし」
「よく似た別人だろそいつ」
「も~ハリー先輩はすぐそういうこという」
「ハリー先輩…」
「
呼ばれたあだ名にちょっとだけ怪訝な表情を浮かべながらも、慣れた様子と言わんばかりにハリー…もとい針生先輩は顔色をほとんど変えずに千木良のことを下の名前で呼ぶ。昨日に続いてまたしても俺だけ置いてけぼりになっているけど、もう雰囲気からして絶対この2人は栄明に来る前から面識がありまくってる。
「あの、2人はどういう関係で?」
「
「えっ!?」
「なわけねえだろ適当なことぬかすんじゃねえ」
「やだな~先輩っ、ジョークですよジョーク☆」
「マジで相変わらずだなお前は…」
「(このクラスメイト、思った以上に濃いな…)」
見れば大体伝わることを聞いてきた俺にかなり攻めたジョークをかました千木良を、針生先輩が呆れ気味に窘める。にしても佐知川に次ぐ強豪と呼ばれているバド部の中でも一目置かれている針生先輩に対してここまで軽口を叩ける千木良は、晴人とは違うベクトルって意味で只者じゃない。ていうか、濃い。
「マジな話をすると、
「もちろん見ての通り男子と女子だからペアとか組んだことはないんだけどね?」
会話を一段落させて、針生先輩が俺に千木良との関係を打ち明ける。同じクラスになる俺へはともかく、針生先輩相手によくここまで軽口を叩けるなって思ったけど、5年以上も先輩後輩の付き合いがあればそれぐらいの関係にはなれるわけか……にしては千木良が後輩として強すぎるって話だが。
「それよりこんなところで駄弁ってないで入るなら入れよお前ら。朝練やるんだろ?」
「もちろんですよハリー先輩」
「お前さてはわざとだな?」
「はて、何のことやら?」
「よし分かった。今日は女バドから1時間だけお前を借りて朝練まるまる休憩なしの
「朝練行ってきます!」
扉の前で屯する恰好になっている状況に針生先輩がもっともなことをぶつけると、言うなと言われたばかりのあだ名で先輩を軽口で揶揄い泣く子も黙りそうな邪悪な笑みで仕返された千木良が逃げるような足取りで段差を駆け上がり、重い扉を開けて体育館の中へと入っていく。
「…ったく、隙あらば適当なこと言いやがってあいつは」
「千木良って普段からあんな感じなんですか?」
「ああ。ジュニアチームのときから良くも悪くもずっとあんな感じで、愉快だけど一緒に話してるだけでこっちの体力がどんどん吸われてくっていうか……もちろんああ見えてバドに対する心意気とセンスは本物だから、結局憎むに憎めないんだけどな…」
扉の奥へと消えていった千木良へ、針生先輩がやれやれとした表情と眼つきで溜息を交え愚痴に似た思いを呟く。
「まあでも、結といいウチの西田といい、一人ぐらいはうるさいムードメーカーが周りにいてくれたほうが部活も学校生活も楽しいから、ありがたいっていうのも事実ではあるよ…」
背伸びをされたら追い抜かれそうなくらい女子にしては高めな背丈も、耳にかかるくらいの長さの青みがかったショートの黒髪も、ボーイッシュって言葉が似合うクールな顔も、雛姉とは似ても似つかない。
「…それは俺も思います」
だけど見た目に反した元気で自由奔放そうな振る舞いと可愛らしい笑顔が、何故だか俺の脳裏に雛姉を連想させてくる。だからなのか、まるで幼馴染のような空気感で話しかけてきた賑やかなクラスメイトに
「やっぱバドは、一緒にいて楽しいって思える仲間やライバルが近くにいるに越したことはないっすから…」
まあ、根拠のない偶然なんだろうけど。
「飛鷹。俺らも入るぞ」
「はい」
「あと、もし結にアタックするんだったらそれなりの覚悟はしといたほうがいいと思うぜ?」
「だからそれは違うって言ってるじゃないすか針生先輩」
千木良と2人で話しながら歩いていたことを針生先輩にジョークで揶揄われながら俺が体育館の中へ入ったのを境に、まばらだった朝の体育館の中は空が明るくなるのに合わせて人が増え始め、
気が向くか需要があれば、オリキャラを含めたちょっとしたキャラ紹介を作りたいと思います。