新学期初日の放課後。シングルスのメンバーを決める総当たり戦を明日に控えたバド部のコートは、いつもより緊張感に満ちた空気がどこからともなく漂っていた。
「入学式早々にいきなり遅刻して先生とも喧嘩して、始業式の今日は昇降口をショートカットしてまた怒られてた問題児…」
パァンッ_
「けど…上手いな」
「身体も全然ぶれない…」
スイートスポットのど真ん中にコルクが当たったときに生じる甲高く乾いた打撃音と共に、その緊張を断ち切るかの如く放たれた一撃。2,3年の先輩たちが視線を向けるコートの先で、どことなくお兄さんの面影が残る顔立ちをした佐知川中からやってきた両耳のピアスがトレードマークの
「コラ遊佐ぁ!!窓から入ってくるやつがいるかー!」
昨日と今日と、2日連続で先生に怒られても悪びれる様子もなくひと悶着を起こし続けて早くも学校中で“問題児が入学した”と噂が立つほど悪目立ちをしている、インターハイ優勝を目標に佐知川を蹴って栄明にやってきた遊佐くんの弟。
「さすが、あの佐知川中で
ヤンチャな見た目を裏切らない強気で自己中心的な言動が目立っているものの実力はお兄さん譲りの確かなもので、身体の芯はしっかりしていてフットワークやスマッシュも力の入れどころと抜きどころを完璧に理解しているから力みによる無駄な動きは一切なく、スマッシュに限らずショットのコントロールも非常に上手い。
「下手したら晴人のやつ、新一年生の中だと飛鷹より上手いかもな」
「いや、いい勝負はするだろうけどさすがに飛鷹には負けるだろ」
キュッ_パァンッ_
その隣のコートでは、全中出場の鳴り物入りで長野県の中学からたった1人で栄明にやってきた雛の
「ほら、言った傍からすげえやつ打ってきた」
「しかもあれだけ派手に動いてんのに全くぶれてないし狙いも正確だ…」
晴人と互角かそれ以上のショットの正確さにプラスして、針生先輩以外だと当てるだけで精一杯になることもあるほど強烈なスピードと威力で放たれるスマッシュという絶対的な武器は、全中に出場したその実力が本物だっていうことをみんなに教えてくれる。
「飛鷹、あとで一緒にスマッシュ練習しようぜ」
「おう。全然いいよ」
「あざっす!あの狙ったところにスパァンって入るスマッシュ、俺も打てるようになりたいからさ」
「それ逆に俺が教えて欲しいくらいなんだけど」
「いやいやめっちゃ狙ったところに打ちまくってたじゃん」
「マグレだよマグレ」
そんなパワーと冷静さを兼ね備えた華があるプレーを表すかのように、当の本人は“バドを楽しむ”をモットーにノックやトレーニングも嫌な顔ひとつせず、総当たり戦のライバルになる同じ1年生とも積極的にコミュニケーションを取って、文字通りみんなと一緒に楽しみながら練習に励んでいる1年のムードメーカー的な存在に早くもなり始めている。
「晴人もそうだけど、もし2人とも佐知川に行ってたらって考えると……俺はゾッとするよ」
という感じで今年の栄明高校男子バドミントン部には、晴人と飛鷹という2人の
「無理なんじゃない?」
水分補給から戻ってきたノックの合間のほんの僅かな休憩時間。ちょうど通りかかったコートの奥から晴人の声がした。もう聞こえてきた一言目からして、先輩になったばかりの立場として嫌な予感しかしない。
「君のノック見てたけど“必死〜っ”って感じでバタバタして、あんなコースじゃ相手に“スマッシュ打ち込んでどうぞ”って言ってるようなもんよ」
同じ1年の子に、晴人は厳しいを通り越して突き放すような口ぶりと言葉でノックの欠点をぶっきらぼうにぶつけている。恐らく晴人なりにアドバイスを送っているのだろうと信じたいけれど、あまりにそれが喧嘩腰すぎるから全く相手に伝わっていない。
「もっと」
「俺から見たらお前もまだまだ甘ぇよ」
傲慢からくる言いがかりとも取れる言葉をぶつける晴人を前にさすがに止めるべきか考え出したタイミングで、ちょうどすぐ後ろを通りかかった針生先輩がピシャリと言い放つ。
「…あい?」
バド部の中で一番の実力者だからこそ言える正論をぶつけられて、晴人は睨むように針生先輩のほうへと振り向く。
「じゃあひと試合しましょうか?」
「今はノックの時間だ
「ひよっこ!?俺は遊佐晴人っすよ!」
「ピーピーピーピーうるせえな水飲んだらさっさと続き始めんぞひよっこ」
そして後ろからぶつけられた正論に生意気にも食い下がろうとする新入生のことを余裕の表情でひよっこ呼ばわりする針生先輩と言い合いながら、晴人は追うようにコートの外へズカズカとした足取りで歩いていく。その恐れ知らずな背中を見て、これは先輩として何とかしないとっていう気持ちが募る。
「んだよあいつ…せっかく仲良くなろうと話しかけたのに」
「強くない奴には興味ないみたいな?」
「上手いからって好き勝手言ってさ」
「ああいうショットが打てるのは凄いって思うけど、協調性がないと困るよなぁ」
針生先輩と晴人がコートから離れたのを見るや、晴人に話しかけていた1年の子がポツリと愚痴を呟くと、それが近くにいた新入生たちの間に広まっていきコートの中に良くない空気が流れ始める。
「(…アドバイスの言い方は喧嘩腰だし、先輩だろうと関係なく態度もデカい…)」
愚痴をこぼす新入生たちに目を配りながら、俺は晴人のことを思い返す。入学式の日からいきなり先生と言い合いをしながらこの体育館に来て、喧嘩を売るような態度で“インターハイで優勝するためにきた”と豪語して、今日もまた校舎の窓から入って先生に怒られたりとやりたい放題で、その問題児っぷりは部活でもこんなふうに健在。
“…でも、その態度のせいで周りに上手く伝わらないだけで、真面目ではあるんだよな…”
だけど、先輩に対しては態度こそデカいものの礼儀は弁えているところもあって、ノックを上げてもらうときはちゃんとお願いしますと挨拶したり、シャトルを打つときはどこを狙うかをしっかりと意識しながらただ返すだけじゃなくちゃんと練習の意図を汲んだ上でショットを放つバドミントンに対する真剣な姿勢から伝わる晴人の真面目さと、バドが好きだという思い。
しかし態度が態度なだけあって、
「(…ノックが終わったらちょっと話しかけてみるか)」
「飛鷹くんは晴人くんのことどう思う?」
早くも悪い意味で一目を置かれ始めている晴人のことを先輩としてどうしようか考えていると、飛鷹の名前を呼ぶ声が体育館の雑音に混じって聞こえてきた。
「んー、俺は言うほど悪い奴じゃないって思うけどね」
愚痴を溢していた同じ1年の子に、飛鷹は素直に自分の意見をぶつける。
「確かに態度はデカいし、俺だって最初はやべえヤンキーが来たって思ったけどさ……でもああやってノックやってるとこ見ると、晴人ってバドとちゃんと向き合ってる真面目な奴なんだなって…」
そう言って晴人のことをさり気なく庇い移した視線の先では、針生先輩からハイペースで上げられるシャトルに必死に食らいつきながら晴人がスマッシュを返していた。体育館の外での不真面目さが嘘みたいに、バドミントンへのひたむきさが見ているこっちにもひしひしと伝わってくる。
「だから……
パァンッ_
“もっと楽しもうぜ”という飛鷹の一言とリンクするように、視線を向けた先にあるコートの中で容赦のないコースに上がったシャトルを打ち返すラケットから今までで一番良いスマッシュが放たれて、ネットの真上を鋭い角度で斜めに通過して針生先輩の左斜め後ろに落ちていく。それでも気を緩めずにネット越しから間髪入れずに上げられる羽根を目線とステップで追って、次は逆のコースでスマッシュを決め込む。
こうして晴人を見て分かることは、ただ態度が傲慢なだけな人がここまで強くなれるわけがないってことと、
「俺まだ、満足してないんだけど」
「大喜先輩」
晴人の姿をお兄さんと重ねていた意識に、飛鷹の呼ぶ声が後ろから入ってきて我に返る。気がついたら練習試合の光景を浮かべて思わずぼーっとしかけていた。後輩の心配をするほどの余裕なんてまだないのに、俺は何をやっているのか。
「次、ノックお願いします」
とりあえず女バスのコートにいる千夏先輩がこんな俺の姿を見ていないことを心の中で祈りつつ振り返ると、表情は穏やかながらも眼差しは真剣な飛鷹がいた。そこまで顔が似ているわけじゃないのに、気がついたら輪の中心にいるような明るくどこか人懐っこいところと、一度負けた相手にも逃げずに堂々と向き合ってくるような“楽しむ”というモットーの裏にある確かなプライドが、親戚というフィルターが掛かっているのもあってどこか雛を思わせてくる。もちろん雛のはとこだって打ち明けられたときは、思わず2度聞きしたぐらい驚いたけれど。
「うん。いいよ」
「あざます」
ただそういう親戚がどうこうは関係なく、周りと素直に馴れ合おうとしない晴人を苦手な奴として見るんじゃなく
…たまには一歩引いて遠くから見守るのも、先輩の役目なのかもしれないな……そもそも晴人からはまだ先輩って思われてないんだけど…
「大喜先輩、せっかくなので結構
「マジな感じってどういうの?」
「そうっすねー、針生先輩ぐらいのやつでお願いします。晴人見てたらこっちもギア上げたくなったんで」
「…じゃあ、
「お任せください。この羽鳥飛鷹、どこに羽根が飛んでも鷹のごとく拾って打ち落とすんで」
「(たまに訳わかんないキャラかましたりするところはまんま雛だな…)」
どことなく雛の影響みたいなものを感じる飛鷹を通じて先輩としての在り方をまたひとつ学んだ俺は、要求通りに自分が出来る範囲で
「ノックお疲れ」
大喜先輩との
「わざわざ説教しに来たんなら出てってくんない?生憎こっちは自主練で忙しいんだよ」
「まだ何も言ってないんですけど俺?」
声を掛けるや、晴人はダンベルを上下に動かす手を止めないまま俺を睨みつけて突き放そうとしてきた。ちょうどノックの途中でチラッと見たあのいざこざのことを言いに来たつもりはないけれど、一応あれについては自覚はしてるみたいだ。
「…さっき針生先輩とノックしてるところ見たんだけど、めっちゃ上手いじゃん」
もちろんトレーニングをするためにきた俺はおいそれと下には戻らず、後ろのラックに置かれたダンベルを持って左隣の空いたトレーニングベンチに座って話を続ける。
「当然でしょ。俺はインターハイで優勝するために
「すげえ自信だな」
純粋にさっきのノックのことを褒めると、晴人は
「それに引き換え周りの奴らときたら、こぞって仲良くなろうとか楽しくやろうって感じでバドやろうとしててさ…そんな気分でコートに立つ余裕あるならもっと別でやることあるだろって話よ」
「そうか?別にみんなでバドを楽しんじゃいけない理由なんてなくね?って俺は思うけど」
「君はそれでいいのかは知らないけど、俺の場合まず楽しむ暇があるならもっとハングリー精神を持って練習しろよって思っちまうんだよ」
「大なり小なりあるかもだけどみんな持ってるでしょきっと」
「だったら尚更目的を持って練習しなきゃ駄目だろ。君とあと名前は出てこねえけどもう1人はちゃんと
「決めつけるのはまだ早いんじゃないの晴人くん?(もう1人って誰だ?坂元か?)」
「少なくとも君ならわかるだろ?自分なりに考えてやらない奴を見ると“もっとしっかりやれー”ってムカついてくるこの気持ちとか?」
「だったら丁寧に教えてやりゃいいじゃん。むしろ俺なんてまだまだ欠点だらけだから教えてほしいくらいだわ」
「あ~だるいだるいっ。一番だるいわそういうお人好しな考え」
「でも上手いやつがコツとか色々教えてあげればチーム全体が上手くなってウィンウィンじゃね?」
「俺は俺が強けりゃいいんだ!」
そして少しでも俺が反対の
「ま、同情なんて最初から求めてねえからわかんない奴は一生そのままでいればいいよ……俺はあくまで
「インターハイで優勝するために来ました。よろしくお願いします」
隣のクラスにいる、バド部に入った耳ピアスの問題児。そんな晴人が初めてこの体育館に来たときは、とんでもなくビッグマウスなヤンキーがやってきちまったなって思った。ただ同時に、インターハイで優勝するって先輩たちの前でいきなり堂々と言える傲慢なほどの自信の強さに、こいつは只者じゃないっていう予感を覚えた。
「(めっちゃ上手いじゃん…)」
予感は見事に当たって、同じスマッシュひとつでも他の
「無理なんじゃない?」
もちろん厳つめな見た目を裏切らない自己中そうなところとか自分より弱い奴をわかりやすく見下したりとか、“オイオイ”と言いたくなるような悪い部分も同時に感じてはいるけれど……形は違えど
「飛鷹くんは晴人くんのことどう思う?」
だからそういうところも含めて、自分とは違う価値観でバドミントンを本気で楽しんでいる晴人とシンプルに仲良くなりたいって思った。
「…晴人はさ、なんでそこまで
独りよがりに他人のことなんて顧みず、自分が強くなれたらそれでいいと言い切って不機嫌に笑む晴人へ思い切って理由を聞く。
「…あ?」
ダンベルを動かしていた右手が止まり、明らかに不服な相槌と睨む視線で晴人は俺のほうへと顔を向ける。もう次の言葉を言い出す前から、これは触れてはいけない逆鱗に触れたやつだという予感がこれでもかってくらい押し寄せてくる。
「そんなのお前には関係ないだろ?」
「あるよ。だって同じ部活やってる仲間じゃん俺たち」
「チッ、やっぱお前もムカつくな!まだ俺に勝ってもいないくせに上から目線で馴れ馴れしく話しかけてきやがって!」
ほぼ想像通りに返ってきた一言に対してこっちもバカ正直に言い返したら、とうとう堪忍袋の緒が切れた晴人は俺に当たり散らしながらトレーニングベンチから勢いよく立ち上がってダンベルを丁寧に元の位置に戻す。こういういかなるときでも物を大事にしてそうなところに、見た目と言葉遣いが荒いだけで絶対にいい奴だっていうのが伝わってくる。
「いいか!?人を強くするのは
と、俺が心の中で勝手に確信して好感度を上げていることなんて全く知らない晴人は指をさして強い言葉で自論をぶつけると、苛立ちがそのまま表に出た足どりで出口のほうへ歩き、ドアの前で振り返る。
「…少なくともお前は自分の課題をちゃんと決めて、それをしっかり意識したノックが出来ていたから考えなしにただひたすら打ち返す他の奴らとは違うって期待してたけど……ガッカリだわ」
振り返りざまに捨て台詞みたいな苛立ちを吐いて、晴人は出口のドアノブに手を掛ける。正直俺はバドミントンは楽しくやるものだってずっと純粋に思い続けてきたタイプの人間だから、人に喧嘩を売るようなことをするのは好きじゃないし、何なら大嫌いだ。
だけど、これが殴り合いの暴力じゃなく
「晴人」
ベンチから立ち上がり、トレーニングルームを出ようとする晴人の名前を呼んで呼び止める。
「明日の総当たり戦で俺がお前に勝ったら……
バドミントンっていうスポーツを小4からずっとやってきて、俺は初めて相手に喧嘩を売った。もちろん喧嘩と言っても、あくまでバドで決着をつけるという意味だ。
「その代わり、バドが楽しいって絶対思わせてやる」
自分でも思う。いま俺、目の前のこいつと大して変わんないくらいビッグマウスなこと言ってんなって、晴人へ宣戦布告しながら冷静に自分のことを俯瞰している。ひとつだけ言えるのは、この心が久しぶりに“
「本気で楽しもうぜ。晴人」
だって晴人みたいな奴と一緒にバドをするのは、
「…くっだらねえ」
ドアノブに手を掛け背を向けたままポツリと呟くと、晴人は俺を横目で睨みつけながらそのままトレーニングルームから出ていった。
「(…やっぱり、そう簡単には折れないか)」
晴人を見送りトレーニングベンチに座った瞬間、心が急に冷静になったのか右手に持ったダンベルの重さがズシリと掌から上腕にかけて伝う。元から総当たり戦はシングルスのメンバー入りを目標にしていたけれど、とりあえずこれで喧嘩を売った晴人には絶対に勝たないといけなくなった。サッカーで例えるなら“絶対に負けられない戦いが、そこにはある”…ってやつだ。
“…でも晴人のやつ……ちょっとだけ嬉しそうだったな…”
「お、飛鷹みっけ」
「
“くっだらねえ”と言いながらも案外満更でもなさそうだった晴人のことを思い浮かべながらダンベルを持ち上げると、開いたドアからバド部に入部して早速仲良くなった同じB組の坂元が“探したぞ”と言いたげな表情でドアのところから俺を呼ぶ。
「スマッシュ練。おなしゃす」
「…ごめん完全に頭から抜けてたわ」
「それは最悪や」
トレーニングベンチに座る俺を見るやわざとらしく深々と一礼して練習をねだる坂元を見て、ノックの後にスマッシュの練習をするという約束をしていたことを思い出した俺は早速平謝りで許しを得て、右手に持っていたダンベルを片付けて1階のアリーナへ戻った。
原作121話にあるトレーニングルームの場面。原作準拠で行くか思い切って変えるか悩みましたが、今後の展開を考えて大喜が飛鷹を信じて先輩として敢えて一歩引くというIFルートにしました。
それにしても大喜っていざ書いてみるとめちゃくちゃ難しい……