鷹と蝶   作:ナカイユウ

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ムカつくんだよ

 いつからだろうか?

 

 「今日から兵藤くんと一緒に練習できんのかぁ!」

 「中高合同で練習するときはな」

 「あんなにパワーもテクニックもある人って他にいないよなぁ…もう学びたいことが山ほどあって」

 「あ、噂をすれば…」

 

 一体、いつからだろうか?

 

 「噂ってなんだ遊佐?」

 「こいつ、兵藤さんのファンで今年中等部に入学してきた」

 「あぁ……遊佐の()か」

 「そういうと怒りますよ。コイツ」

 「そうなのか。スマン」

 

 一体いつから、憧れの存在だったはずの柊仁が()()()()()()()()になったのだろうか?

 

 「柊仁が入部してきたときはさぁ、いきなり当時中3だった兵藤さんから1ゲームとって話題になったよな?」

 「そんなことありましたっけ?」

 「あったあった。もうすげー新人が入ってきたって」

 

 いつからだとか、どのタイミングだとか、その決定的な瞬間はどれだけ思い返したってわからないけれど、俺の中でバドを続けるモチベーションが“柊仁みたいに強くなりたい”から“柊仁には負けたくない”へ明確に変わったのは、佐知川の中等部に進学した辺りからだ。

 

 「遅いぞ晴人、コース乱すな」

 「はいっ!」

 

 俺が必死こいて先輩からのノックについていくその横で涼しい顔をして綺麗なスマッシュを打ちまくる柊仁が、羨ましかった。

 

 パァンッ_

 

 「見ろよ…またスマッシュの精度上がってる」

 「どんどん上手くなるな」

 

 それと同時に、いつも俺の1年先を行く柊仁が癪だった。学年なんて関係なく、ただ柊仁に負けたくなかった。

 

 『21―5。ゲーム』

 

 「動きは悪くないと思うけど、俺からすればショットがどれも中途半端だな」

 

 でもそれ以上に、柊仁との実力差が歴然としていたことは他の誰よりも俺自身がよく分かっていた。いきなり兵藤さんと戦って1ゲームを奪った柊仁に対して、俺は1ゲームはおろか2桁得点すら取ることができなかった。

 

 「気にすんな。柊仁がバケモノなだけで兵藤さんとの最初の手合わせはみんなこんな感じだから」

 

 と、柊仁と同学年の先輩は惨敗した俺を気遣ってくれたけど、何を言われようとこれが俺の出せる実力(すべて)だった。中3から高1のあいだに兵藤さんの実力が更に上がったから仕方ない……なんていうのは、ただの言い訳でしかない。

 

 「柊仁、この前の大会優勝したって」

 「ま、当然だよな」

 「でもここんところ晴人も強くなってきたよな?」

 「それどころか柊仁が抜けた後のエース候補だって監督も言ってたし」

 「さすが()()()()の遺伝子…」

 

 そんな俺のことを、先輩や同期を問わず周りのみんなは()()()()と柊仁とセットにして呼んでいた。確かに柊仁の存在がそれだけ佐知川に影響を与えていたことは認めざるを得ないし、言葉にこそしないが同じバドミントンプレーヤーとしての尊敬だって持っていた。

 

 「全中まで絶対に進んで、そこで優勝しますんで応援よろしくお願いします」

 

 それでも俺は、柊仁の弟ではなく()()()()として周りから見てもらえるようになりたかった。だから誰よりも練習に打ち込み、柊仁から中等部エースの座を引き継ぐまでになった。エースになってからの目標はただ一つ、去年の柊仁を名実ともに超えることだった。

 

 「ファーストゲーム。ラブオールプレー」

 

 そうして迎えた、初めての県大会決勝。当然俺はこの大会で優勝して、その勢いのまま関東大会も制して全中に進んで、そこで2位になった柊仁を超えるつもりだった。そうすることで、いつも俺の前をスカした顔で歩いていた柊仁の影から抜け出して、唯一無二になりたかった。

 

 実際、決勝までは優勝できて当然なくらい、その日の俺は調子もよく全てが仕上がっていた。

 

 「ゲーム、ワンバイ。KTSジュニア、千木良」

 

 だが決勝で当たった中2のクラブチーム所属の奴に、俺はストレートで敗れた。そいつとは関東大会の準々決勝でも当たったが、そこでもストレートで敗れたことで全中出場も逃した。僅差の接戦の末に競り負けたとかではなく、普通に実力差を見せつけられたまま2戦連続で俺は負けた。

 

 「今のとこ、なんで向き変えないでそのまま打っちゃったの?」

 「簡単に言うなっつの」

 「相手の動きをちゃんと見てれば仕掛ける余裕あったでしょ」

 「柊仁(おまえ)の基準でアドバイスすんな」

 

 試合が終わった直後は、この年から中体連の大会に参加が可能になったクラブチームの奴に2度も黒星をつけられたっていう理不尽に近い悔しさで頭が一杯になっていたけれど、帰った後に柊仁と一緒に試合映像を振り返って反省点を振り返っているうちに頭は冷静になっていって、自分の現在地を自覚した。俺と柊仁の差は全く縮まらないどころか広がっているということも、そこで思い知った。

 

 “俺……ずっと佐知川(ここ)にいても柊仁より強くなれんのかな?”

 

 

 

 そして中3のときに味わった敗北をきっかけに、俺はこれからも柊仁の後を追って佐知川でバドミントンを続けていくことに対して“これでいいのか?”と疑問を持つようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パァンッ_

 

 「サービスオーバー。16―19」

 

 連続スマッシュの2発目が決まりどうにか点差を射程圏内に再び縮めるも、ファーストゲームは終盤に差し掛かっていた。

 

 「(全く追いつけてないわけじゃねえけど…じわじわと離されているな…)」

 

 いつもより早く鼓動を打つ心拍を呼吸で整えながら、ネットの先から軽い軌道で飛んできた羽根をラケットで受け取る。戦ってみてわかることは、少なくともこの羽鳥って奴はいまの俺より一歩ほど先を行っているということ。柊仁や去年に戦ったあいつとは違い、偶に見せる隙を突ければ勝てない相手じゃないがそれは向こうも同じで、ラリーの間に起こる一瞬の隙をこいつも必ず突いてくる。

 

 しかもタチの悪いことに、試合が進むにつれてその隙が減りこっちの動きが読まれ始めている。

 

 パンッ_

 

 ショートサーブの構えをとり、身体を引く動作を極力無くすことを意識に置きながら、左手に持ったシャトルを勢いよく押し出すイメージでコルクに面を当てて、相手側の右コートの奥ギリギリを目掛けてロングサーブを放つ。

 

 「(…追いつくか)」

 

 佐知川にいたときからやり慣れていたフェイントなだけあって今回も理想通りの軌道(コース)で飛ばすことができたが、ここまでリードを保つ羽鳥は普通に追いつきクロスのドロップでネット際に羽根を落としていく。

 

 キュッ_

 

 もう少しコースが甘ければ容赦なくプッシュで決め込めるところだが、羽根が完璧にネット際ギリギリに焦点を合わせた綺麗な放物線を描いて落ちていくのを察知して、敢えてフェイントはかけずに直線方向のヘアピンを落とす。

 

 “…今だ”

 

 と思わせて、羽鳥が真っ直ぐにヘアピンを落としてくると見てセンターラインから左前へ意識と身体を動かしたタイミングを目視で図り、ラケットの面を反転させて逆方向にヘアピンを放つ。完全に意表を突かれた恰好になった羽鳥は咄嗟に羽根が落ちていく方向へとステップを取るも、このタイミング的に打てるのはヘアピンかロブのどちらかなのは現実的に見れば明らかだ。

 

 “前…”

 

 それでも万一のことを予測して、どっちの方向へ飛んできてもいいようにネットの上を超えていく羽根に合わせてセンターラインへステップで移る。こいつがきっとそうであるように、俺だって1ゲームもすれば相手の癖や傾向はおおよそ分かってくる。多分こいつはフェイントやトリックプレーが俺ほど得意じゃないタイプで、こんなふうに相手から意表を突かれるとプレーが単調になる。厄介なのは相手の癖を読み取って学習するスピードが早いから後半になるにつれて隙が無くなっていくところだけど、完全にゼロにすることはできないからこっちが決めきることさえできれば形勢逆転は難しくはない。

 

 “…もらった”

 

 返ってきた羽根は、予想通りの正面へのヘアピン。おまけに角度も甘めなチャンス球。

 

 パァンッ_

 

 少し角度が甘く入った羽根がネットの真上を超えて最高到達点に達した瞬間を狙い、右半身全体を押し出す要領で右手に力を込めて左コートの後方を目掛けてプッシュを放つ。我ながら、いいコースで打てた。

 

 

 

 「兵藤さんは柊仁と晴人がもし()()()()だったら、どっちが強いと思います?」

 

 

 

 キュッ、パンッ_

 

 ハッキリ言って、俺の放ったプッシュは限りなく100点に近いってくらいにはコースも含めて完璧だった。普通に考えればとても間に合わない一発を打てた手応えだってあった。

 

 “マジかこいつ…!”

 

 だが羽鳥は、俺がプッシュを打つのを予め読んでいたんじゃないかと思えるほどの早さで反応して身体の向きを変え、まるで飛び込むかのように右足と右手を目いっぱいに前に出してバックハンドで打ち返した。

 

 “ここはもう一度前に持っていくか…”

 

 バックハンドで跳ね返された羽根はこのまま直線の軌道でネットに向けて斜め上へと上がっていき、真上に差し掛かる手前のあたりで勢いを失いネット際へと下降していく。ただ打ち返すどころか、狙いも完璧に返してきやがった。

 

 “…いや…”

 

 体勢を立て直してセンターラインへステップをとる羽鳥と向かってくる羽根を交互に見て、俺はクロスヘアピンの構えで返球を待ち構える。それを見た羽鳥が前のほうへと身体を動かし始める。

 

 パァンッ_

 

 その一瞬の隙を狙って、僅かに打つタイミングを遅らせながら面の角度を変えてストレートのロブを打つ。どれだけ相手の動きに慣れてきたとしても、反射で動いてしまった身体を修正するのは容易なことじゃない。

 

 けど……この()()()はなんだ?

 

 「!?」

 

 ヘアピンと見せかけたロブを打った瞬間に妙な違和感を感じた直後、羽根の方向へ目と意識を向けるとアウトラインギリギリにまで高く上げた俺の羽根を待ち構えるように高くジャンプして、スマッシュを打とうとしている羽鳥の姿があった。この一瞬で、俺のフェイントに釣られたあのリアクション自体が()()()()()だったことを察した。

 

 

 

 「兵藤さんが同じ学年だったら嫌なのは?」

 「……柊仁かもな」

 

 

 

 パァァンッ_

 

 センターに戻りラケットを構える俺に、両足を宙に浮かせた羽鳥は全身に溜め込んだ勢いを全て開放して羽根にぶつけるかの如く強烈な打撃音と威力を伴ったジャンプスマッシュを叩き込む。

 

 パァンッ_

 

 コースはストレートだというのは羽鳥が打つ瞬間から読めていて、直後に飛んでくる場所がどのあたりなのかというのも大体は読めていた。だけど返ってきた羽根の威力が俺の予想を超えていた。

 

 「…クソッ」

 

 伸ばした右手に力を込めて、どうにかガットにコルクを当てて打ち返すも、予想を超える力で俺のラケットにぶつかった羽根は理想とは正反対の方向へと飛んでいき、サイドラインの遥か外側へと落ちる。

 

 「サービスオーバー。20マッチポイントー16」

 

 これでファーストゲームは羽鳥のマッチポイント。最悪このゲームを落としたとしても、次のセットを取れば挽回できる……という逃げの考えが一瞬だけ頭の中をよぎって消える。

 

 「…はぁ…」

 

 栄明(ここ)へ行く前に柊仁と最後にバドをしたとき以来に感じる、俺がネット越しの奴から負かされようとしている苛立ちのような自分の思い通りにいかない焦りのような、予断を許さないハラハラとしたこの気持ち。

 

 

 

 ……おもしれーじゃん……

 

 

 

 パンッ_

 

 対峙する俺の眼を一瞬だけ見た羽鳥がショートサーブを放ち、俺はそれを打つ瞬間に合わせて面の角度を僅かにずらしてストレートのロブで打ち返す。

 

 “…まさか同学年にこんな強い奴がいたなんてな…”

 

 俺が栄明に来た理由は、俺の1年先を歩き続ける佐知川の遊佐と、その影にいることに慣れかけた自分と、1年後にまた戦うことになる1コ下の天才を、ぶっ倒すためだ。

 

 

 

 「柊仁のやつ、栄明との練習試合で負けてかなり悔しいみたいよ」

 

 

 

 言葉や態度には出さずとも、いつもすまし顔でスカしていた柊仁が珍しく負けて悔しがっていたのを見た俺は()()()()()()()がいるという栄明へ進学し、そこでインターハイ優勝を目指すと心に決めた。

 

 

 

 「明日の総当たり戦で俺がお前に勝ったら……()()()()()()()()を教えてよ」

 

 

 

 そうして今日まで倒すべき人を倒そうと躍起になっていたけれど、いざ通い慣れた体育館(ハコ)を離れて一歩でも()へと出れば、倒すべき人はまだまだいるってことを知れる。

 

 

 

 決着がつく前から負けたみたいで悔しいけど……やっぱり俺は羽鳥(おまえ)みたいな持ってる奴とバドミントンするのが、一番()()()

 

 

 

 パシュッ_

 

 「(フェイント…!)」

 

 このままクリアで返すと思わせてからの、ネット際狙いのドロップ。しかも俺と同じように打つ瞬間に合わせて面の向きを変えてきた。

 

 パンッ_

 

 ネット際に吸い込まれるように白テープから数センチ上を通過して逆方向で自陣に入った羽根を、もう一度打つ瞬間にクロスに打つと見せかけるフェイントを使ってバックハンドのヘアピンをストレートで打ち込む。

 

 「(…何で読めるんだよ)」

 

 だが打ったのとほぼ同時に視界に入ったのは、真正面に構えたラケットの面を手首の力でスライドさせながらネット上数センチのところに浮いた羽根を打とうとする羽鳥の姿。

 

 パンッ_

 

 打ち返そうとする羽鳥をこの眼と意識が捉えたときには、短い打撃音と一緒に羽根が物凄いスピードで右肩のすぐ横を通り過ぎようとしていた。どうにか拾おうと羽根が飛んでいく方向へ振り返りざまにラケットを持つ右手を伸ばしたときには、もうどんなにこの身体に力を込めようとも届かない場所までそれは進んでいた。

 

 コッ_

 

 構えたラケットの先で、羽鳥の放った羽根が右コートのサイドラインから数センチほど内側へと落ちる。敵ながら天晴れと言いたくなるくらいの完璧なワイパーショット。悔しいが、こんなふうに決めるべきときに確実に決められる決定力は今の俺にはない。

 

 「ファーストゲーム。飛鷹」

 

 『21―16』でファーストゲームは決着し、コートチェンジでセカンドゲームへと進む。正直言って羽鳥(こいつ)とのゲームは柊仁を倒した人と戦う前の前哨戦って気持ちで最初は臨んでいたけれど、2点目を取られた完璧なヘアピンと、試合(ゲーム)が進むにつれて俺の動きを読んでいき隙がなくなっていくこいつの不気味な強さを目の当たりにして、それが間違いだったと気付いた。

 

 “…こういうことか……お前の言う()()()ってやつは…”

 

 何が欠点だらけだから教えて欲しいだよ。何がお前はどうしてそこまで強くなることに拘ろうとしてんの?だよ。何が本気で楽しもうぜだよ……お前もお前でめちゃくちゃガチでバドやってんじゃねえかよ。こんだけ持ってるもん持ってんなら、周りの連中なんかほっといてもっと自分を削れよ。ムカつくんだよ……そういう奴に限って、自分なんて大したことないって面してんのが。

 

 “チッ……倒したい奴がまた増えたじゃねえか…”

 

 と、まんまとこいつの思惑に乗っかってこの状況を()()()()()()()()()()自分に本気で腹が立つ。あんなことを言っといてこのザマとか、ダサすぎる以外の何物でもない。少しでも油断していたら、この俺を鼻で嘲笑う柊仁の顔が浮かんできそうなくらいだ。

 

 

 

 「なんでそんなこともできないの?」

 

 

 

 そうだよ。俺もお前と一緒だ。もし俺がバドミントンを始めた理由がただ柊仁の真似事って()()だったら、ただ自分を負かした奴らを全員ぶっ倒したいっていう気持ち()()しかなかったら、きっとここまでバドに熱くなれていない。柊仁を追い越したいって感情だけがあってこのスポーツに思い入れがなかったら、俺はこのコートには立っていない。どんなに柊仁に負かされたり才能の差を見せつけられてもこの心が一度たりとも折れずに“絶対強くなって見返してやる”と叫び走り続けられているのは、単純にバドミントンが好きだからだ。

 

 

 

 「俺だって柊仁みたいになってやるからなっ!」

 

 

 

 認めるよ。羽鳥(おまえ)が言ってた通りってわけじゃないけど、強い奴と点を取り合うバドはやってて楽しいよ……だから、ここでお前に易々と2ゲームを献上して黒星を付けられるわけにはいかねえんだわ……

 

 

 

 「セカンドゲーム。ラブオールプレー」

 

 セカンドゲームのコールを合図にして、サーブを構える羽鳥を俺は待ち構える。こいつに“ありがとう”なんて言うつもりはないが、ファーストゲームで一度もリードを譲らず俺から逃げ切ってくれたおかげで、こっちは完全に()がついた。

 

 

 “楽しいだろ?バドミントン”

 

 

 「(…って言いたげなその顔がムカつくんだよ)」

 

 ネット越しの俺を見る楽しそうな羽鳥の眼と一瞬だけ視線が合ってから約1秒、静かな打撃音と共に添えるほど軽く白い羽を持ったその左手から羽根が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 「おー、やってるやってる」

 「男バドは総当たり戦か〜」

 

 フットワークの練習が終わってA組のあかりんと結月(ゆーず)、D組の穂花(ほのちゃん)の“1年ズ”4人で休憩がてらに男バドのコートを見に行くと、コート一体はちょうど総当たり戦で真剣勝負が故の熱気と緊張感に包まれていた。それはもう、女バドの私たちがお邪魔虫に思えてくるくらい。

 

 パァンッ_

 

 「うわ早っや」

 「男バドのプレーって近くで見るとスマッシュの迫力が全然違うよね」

 「思ったんだけどあかりのお兄さんのスマッシュってどんな感じなの?」

 「お兄ちゃんのスマッシュ……例えるなら速すぎて羽根が消えるくらい」

 「もうそれ消える魔球じゃん」

 

 女子の試合ではまず聞かないような甲高くも重い打撃音が、体育館の雑踏になって響き渡る。残念ながら栄明(ここ)のOBのお(にい)や成長期真っ只中な1つ下の弟ほどの筋力(パワー)なんて持ち合わせていない私には基本無理ゲーな話だけど、やっぱりいつかは男子顔負けなスマッシュを打てたらなって男バドの練習や身内の試合を応援するたびに思う。

 

 「やっぱさ、ウチらの中で男バドと張り合えそうなのは結だけだよね?」

 「いやいや無理だって。男子と女子じゃ元のパワーが違うから」

 

 

 

 まあ現実はというと()()()は全国に行けて、千木良家でただ1人女の子として生まれ真ん中に挟まる私は未だ県大会止まりと甘くないのだけれど。

 

 

 

 パァンッ_

 

 極力は考えないように気を付けているネガティブなことを考え出そうとした意識に飛び込む、鋭いスマッシュの音。

 

 「遊佐くんと羽鳥くんじゃん。2人ともかっこいいよねー」

 

 私たちのいる場所から一番近くのコートでスマッシュを打ち込むA組の遊佐くんと、

 

 「そういえば羽鳥くんって結が気になってる人じゃない?」

 

 それを対角線上狙いのロブで打ち返すひだっちの後ろ姿。

 

 「別にひだっちのことは気になってないよ~、ただ同じクラスだからちょっと仲良くしてるってだけで」

 「男子をあだ名で呼んでる時点で()()()()のレベルを超えてんのよ」

 「私があだ名で呼んでるってだけでほんとに違うって~」

 

 ゆーづからは“ちょっと”を超えてるってツッコまれたけど、本当にひだっちとはクラスメイトとしてちょっと仲良くなったってだけで、お互いのことなんてほとんど知らないぐらいには関係も浅い。ていうか、まず入学式からまだ1週間も経ってないから当然っちゃ当然の話だ。

 

 パァァンッ_

 

 「えっ、羽鳥くんめっちゃ強くない?」

 「バレー選手がスパイク決めるときぐらい飛んだよね今?」

 「先輩が言ってたけど中学のとき全中に出てたらしいよ」

 「全中!?…ってそれあかりのお兄さんと結のお兄さんぐらい強いってことじゃん」

 「こりゃ強者(つわもの)好きの結が惚れるわけだわ」

 「だから惚れてねえです」

 

 なんて具合の軽い気持ちでコートの外から見ているこっちもビックリするぐらいの音と一緒に、身体を空中に浮かせたひだっちのラケットから羽根が放たれて、相手のラケットなんて目もくれないスピードで敵陣の床に落ちる。

 

 パァンッ_

 

 「何いまの…打つ瞬間に面の向き変えて打ったんだけど遊佐くん」

 「本番の試合さながらだね」

 「本当に私たちと同じ1年生なんだよねこの2人…?」

 

 すると直後にスマッシュを決められてしまった遊佐くんがフェイントをかけたプッシュを決めて、差を取り返す。

 

 「()()もやるじゃん」

 「ハルって誰?」

 「遊佐晴人くん」

 「結って遊佐くんと知り合いだったっけ?」

 「ううん、話したことすらないからたったいま思いついた」

 「全くの初対面かい」

 

 

 

 やっぱり……()()()はかっこいいな。

 

 

 

 「ねえ、隣のコートで試合してるあの人って針生先輩?」

 「そうそう。男バドのエース」

 「去年インターハイ出てるんだよね確か」

 「やっぱり男バドはレベル高いなぁ」

 

 そして1年生同士の熱戦が繰り広げられている左隣にあるコートでは、3年生で男バドのエースの健吾(ハリー)先輩が試合をしていた。ちなみに対戦相手は…

 

 「ってあれ?針生先輩が相手してるのってあかりの大好きな猪股先輩じゃない?」

 「ふぇ!?」

 

 ゆーづの半分わざとっぽい一言に、可愛い声を上げて驚くあかりん。もう言うまでもないんだけど、あかりんは男バドの猪股先輩のことが好きだ。

 

 「そんなんじゃないよ!!ただ()()()()()()ってだけでそれ以外は…」

 「でも今日だって朝練で一番乗りして猪股先輩と話したじゃん」

 「あれは本当にアドバイスを伺ってただけで…///」

 

 と言っても本人は頑なに“プレーが好きだ”って一点張りで否定しているけれど、思いっきり猪股先輩への気持ちが顔に出てしまっているという不器用さ。

 

 「私はわかるよ。あかりんの気持ち☆」

 「庇うフリして絶対いじってるよね結ちゃん…」

 「そう言ってる結も羽鳥くんのこと気になってるくせに?」

 「私“は”違うってば~、ねえあかりん?」

 「えっ!?わ、私“も”違うからね!?」

 「(ホントに仲良いなこの2人…)」

 

 こういう不器用でおっちょこちょいなところが友達としてほっとけないってところもあるけど、インターハイで優勝しているお兄さんと比べられながらも健気にバドを頑張ってるところとか、バドを頑張ってる人のことをつい意識しちゃったりするところとか、上手くは例えられないけどあかりんの()()()()()()()に私は早くも勇気づけられてる気がする。

 

 

 

 

 

 

 「…針生健吾先輩………一回しか言わないんで、聞き逃さないでちゃんと聞いてください…」

 

 

 

 

 

 

 「よし、私たちも負けじと気合い入れて後半戦頑張りますかっ」

 「それもそうねー」

 

 猪股先輩とハリー先輩が戦っているコートを眺めまだお兄以外の誰にも話していない()()を人知れず思い返しつつ、女バドは女バドで負けてられないと私はみんなに声をかけて練習に戻ろうとした。

 

 「(あ…この人…)」

 

 ちょうどその間際で、私は1学年上の新体操部の先輩とすれ違った。栄明では3年生の千夏先輩に負けず劣らず有名で、体操の元日本代表をお父さんに持つ新体操部のエース・蝶野雛先輩。

 

 「(初めてちゃんと見るけど……可愛くて綺麗な人だなぁ…)」

 

 当然1年の私は会って話すどころか体育館で練習している姿を何気なく見たぐらいしか接点もないけれど、指先に持つリボンを自在に操り舞う姿は思わず見入ってしまうくらい可憐で美しかった。そして近くで見ると小柄で本当に可愛いくて、それでいてオーラもあるから蝶っていうより天使みたいに綺麗……

 

 「…え」

 

 その雛先輩が、一緒に歩いていた新体操部の人と一緒に男バドのコートがある辺りで立ち止まって総当たり戦を見始めた。視線を向けているのは、ひだっちとハルの試合。

 

 “…()()()ね…”

 

 「(…いや()()()って何だし)」

 「結~、どーしたの早く練習やるよー」

 「あ、うん!いま行く!」

 

 ゆーづの呼ぶ声で我に戻って、私は振り返って女バドのコートへ走った。




間延びしすぎないように1万字以内で纏めたら最後のほうがやや駆け足になってしまいました。ごめんなさい。

それと補足になりますが、終盤で登場する2人は原作122話であかりと一緒にいたモブの2人組で、まだ原作で本名が判明していないのでもちろん名前はこちらのオリジナル設定です。

4/16追記:改めて読み返したらベリーショートの子のほうは原作149話にて名前が書いてありましたので、結月(ゆづき)とさせていただきます。
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