鷹と蝶   作:ナカイユウ

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※5/12追記:今後の展開を考慮し、展開の一部を変更しました。


背中

 「あ、ちょうどやってるよ()()()()()

 「()()くんね。まあどっちでもいいけど」

 

 合間の休憩時間にクラスメイトで同じ新体操部のにいなと何気なくバド部のコートを見に行くと、ちょうど飛鷹くんが試合をしていた。

 

 「って、隣のコート猪股くんじゃん」

 「これはタイミングがいいのか悪いのか…」

 

 しかも隣では大喜が針生先輩と同じく試合をしていて、その出来過ぎなくらいのタイミングの良さに思わず本音が口からこぼれる。きっと1年前の私だったら大喜のほうを向いて応援していただろうけど、今は飛鷹くんのいる右側のコートに目がいく。

 

 パァンッ_

 

 「おぉスマッシュ。やっぱりバドミントンって近くで見ると迫力あるよね~」

 

 斜めの方向へスマッシュを放つ、大きくなったその背中。髪がオレンジみたいに明るくて大喜よりちょっとだけ長いところ以外は見分けがつかないくらい背丈と体格が同じでプレースタイルも似ているせいか、よく見ると全然違うのにやっぱりどこか後ろ姿が大喜と重なって見えてくる。

 

 「あっ」

 「?どうしたの雛?」

 

 私の感覚だと多分決まっただろうなって思ったスマッシュを、逆に飛鷹くんを翻弄させようと相手が奥のラインギリギリを狙って逆方向に打ち返す。

 

 「飛鷹くんの相手、よく見たらこの前大喜が言ってた問題児の新入部員だなって」

 「…あ~、あの窓から入ってきた子?」

 「そう」

 

 飛鷹くんといま同じコートで戦っているのは、始業式の日に校舎の窓から学校に入ろうとして先生に怒られていたバド部に入ったという問題児。まだ話したり顔を合わせたりしたことなんてないから確証は持てないけど、この人がきっと飛鷹くんが昨日言っていた“負けられないライバル”だっていうのは、最初に大喜と1ゲームをやっていたときと同じように本気で羽根を打ち返す後ろ姿を見て理解した。

 

 

 

 

 

 

 「恐いんだよ……水泳のときみたいにみんなが離れていくのが……バドでもそうなって、また楽しめなくなったらって……」

 

 

 

 

 

 

 「…あんまり関係ないんだけどさ、こうやって飛鷹くんの()()を見てると本当に成長したんだなって思っちゃうんだよね」

 「急にどうした?」

 「ごめん独り言だから聞き逃して」

 「聞き逃すも何も聞いちゃったんだけど…」

 

 背を向けたまま本気でライバルと戦う飛鷹くんを見て、“バドミントンが楽しくなくなったら怖い”と喧嘩がきっかけで仲の良かった親友と夏休みの間ずっとギクシャクしていたせいで少し弱っていた5年前の姿をふと思い出して感傷的になっていたら、心に留めておくつもりだった言葉が独り言になって出てきた。

 

 「別にそう思うのは普通のことだと思うけどね。私もこの前のお正月に福島のおばあちゃん()に遊びに来てた2コ下の従弟と3年ぶりくらいに会ったんだけど、もう別人かってぐらい大きくなっててびっくりしたし」

 「こっちは5年ぶりなんですけどねにいなさん?」

 「どこで張り合ってんのよあんた…」

 

 つい心の中の言葉が漏れてしまった私へ、にいなは普通のことと言って優しく笑いかけて同じように飛鷹くんのいるコートに視線を向ける。一度だけ見たことのある弱っていた背中を知っている私からすれば、ちょっとやそっとのことじゃ揺るがないくらい好きなことに夢中に打ち込んでいる背中が自分の思っている以上に逞しく見えて、ただ嬉しいだけじゃないような不思議な気分になってくる。

 

 パァンッ_

 

 私が一人で勝手にセンチな気持ちになりかけていることなんか知る由もなしに、向こう側に立つライバルの遊佐くんっていう人がカーブを描くような変化球みたいなショットを放つ。

 

 キュッ_

 

 右を狙う一撃に飛鷹くんは羽根の飛ぶほうへ右手と右足を伸ばして打ち返そうとして、寸でのところでラケットを引っ込める。

 

 

 「アウトッ!」

 

 

 遊佐くんから放たれた羽根はラインのすぐ外に落ちて跳ね返り、飛鷹くんのポイントになる。正直ラケットを引っ込めたときは“えっ大丈夫?”って言葉が出そうになったけど、さすがは全中に出たこともある実力者って感じで、落ち着いてジャッジして点を取った。

 

 「…良かった入ったぁ~」

 「完全にはとこくんのほう応援してるね雛ったら」

 「そりゃもちろん身内だからね」

 

 でもやっぱり見ていて思わずヒヤリとはしたから、反動で安堵が溜息と言葉になって出てきた。去年の練習試合のときにこの体育館の2階から大喜のプレーを見守っていたときとも大喜と試合していた飛鷹くんのことをこっそり見ていたときともまた違う、ちょっと心配って気持ちを感じながらプレーを見守る心境。まだなったことがないから分からないけど、自分の子供の試合を観戦するお母さんの気持ちってもしかしたらこんな感じなのかなって、一瞬だけ思った。

 

 「…あ」

 

 なんてことを私が思っているなんて夢にも思っていないだろう飛鷹くんがアウトになった羽根をラケットで拾おうと振り返った瞬間、ふと目が合いそうになってまたしても思わず声が出る。

 

 「気付かなかったねはとこくん」

 「それだけ集中してるってことかな」

 「私に聞かれても分からんよ」

 

 だけど飛鷹くんは私とにいなの存在に全く気付く気配さえ見せないまま、さっさと羽根を拾ってすぐに背を向けてネットのほうへ足を進めて、羽根を持つ左腕で顔の辺りについた汗を拭い、サーブを構える。その姿を見て思ったのは、目が合ったら合ったでちょっと恥ずかしいけど、気付かれなかったらなかったでちょっと寂しいような、よく分からないけど謎にモヤっとした気持ち。

 

 

 

 ま、“がんばれ”って気持ちがちゃんと伝わってればそれでいいんだけど…

 

 

 

 「ひなっちにっちゃんおつかれー!」

 「あ、おつかれ菖蒲ちゃん」

 

 何気なく飛鷹くんと遊佐くんの試合をにいなとガン見していたら、バド部でマネージャーをしている菖蒲ちゃんが見学者の私たちに元気よく声をかけてきた。

 

 「もしかして総当たり戦の見学?」

 「うん。ちょうど飛鷹くんがコートに立ってたからちょこっとだけ」

 「へぇ~」

 

 ちなみに菖蒲ちゃんとにいなは、飛鷹くんが私のはとこだってことも蝶野家で世話になっていることも知っている。もちろんいきなり学校中に広まっちゃうと飛鷹くんに迷惑がかかるだろうから、当面は新体操部と男バドの間だけの秘密ってことにしているけれど。

 

 「それにしても羽鳥くんの試合を見るなんてお目が高いわね2人とも?」

 「そうなの?」

 

 昨日パワーを送ったから…っていう本音はさておき身内だからってだけで何気なく見ていた私たちに、菖蒲ちゃんはそう言って誇らしげな笑みを浮かべる。

 

 「健吾くんが言ってたけど、1年の()()()()になるのは間違いなく羽鳥くんらしいよ」

 「台風の目ねぇ…」

 「そこにきて佐知川にいる遊佐くんの弟までやってきちゃったから、先輩はウカウカしてられないよね」

 

 実は菖蒲ちゃんのお姉さんが針生先輩の彼女ということもあって下の名前で呼び合うくらい近しい関係だってことを知ったときの衝撃は別の機会にして、誇らしげに笑った菖蒲ちゃんの視線の先で、注目の2人は同じコートの上で互いにどちらかが点を取れば次に必ずもう一方が点を取る白熱した試合を繰り広げている。バドミントンには疎い私にも、ただ見ているだけで飛鷹くんと遊佐くんの試合のレベルがかなり高いのが分かる。

 

 

 

 「明日は何が何でも絶対勝つよ。()()()に」

 

 

 

 「こんなに強い1年生の子が2人いるとそれだけで心強いけど、ちょっと複雑な気持ちになる人も出てきそうっていうか…」

 

 飛鷹くんのコートから大喜と針生先輩が試合をする隣のコートに視線を移して、菖蒲ちゃんが私たちにしか聞こえないくらいの声量で呟く。まだ今一つ実感が湧かないけど、この春から私も2年生になって先輩の立場になった。

 

 「ま、そうならないようにチームをマネジメントするのが私の役目なんだけどね?」

 「もうすっかりマネージャーが板についてきたよね菖蒲ちゃん」

 「これでもちゃんとやるところはちゃんとするのが私なんで」

 

 それは必死に針生先輩から打たれる羽根を返し続けて喰らいつく大喜にも言えることだけど、ちょうど1年前くらいの大喜はそこそこ強いけど県大会止まりってぐらいのレベルだったから、見るからに1年前の自分より素質も実力も格上な後輩が入ってきて、ここからどんどんと成長して強くなってきて脅かすようになってきたらって考えると、私はどっちを応援するべきなのかってふと思っちゃったりもする…

 

 

 

 ダンッ_

 

 

 

 いや……大喜は私が心配なんかしなくても、絶対に大丈夫だ。

 

 

 

 「ごめん菖蒲ちゃん。新体操部(こっち)新体操部(こっち)で練習あるから、そろそろ戻るね」

 「うん!練習頑張ってね2人とも!」

 

 針生先輩と真剣勝負をしている親友の奥に見える緑色のネットの先でシュートを放った千夏先輩の姿を最後に焼き付けて、私はにいなと一緒にいつもの練習場所へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 パンッ_

 

 コートの向こうから勢いよく放たれる羽根(シャトル)をヘアピンのネット際狙いで打ち返すと、それを見た晴人はタイミングを僅かに遅らせてクロスのロブで返す。

 

 「(ジャンプ……は温存するか)」

 

 どこを狙って打っていくのかは手癖を読んで察することができたから余裕で追いついたものの、ペース配分を考えて威力が出る反面スタミナも消費するジャンプスマッシュは一旦温存して、普通のスマッシュに切り替える。

 

 「(さて…)」

 

 もちろん()()といってもそれは威力の話で、晴人が自陣の左コートへとリアクションステップをとろうとした一瞬を見定めて、打つ瞬間に面を右向きから左向きへ回して、スマッシュを放つ。

 

 パァンッ_

 

 当たりは良好。コースも悪くない。ただ、これで決まったという確信は持てない。

 

 パァンッ_

 

 何となく返してきそうな予感は的中して、咄嗟にフォアハンドの姿勢に切り替えた晴人が右手と右足を伸ばして俺の放ったスマッシュを打ち返す。しかもただ無理やり打ち返すとかではなく、ストレートのコート際狙いの一発を返してきた。

 

 「(…アウト)」

 

 予想を超えてきたショットにほんの一瞬だけ驚きつつ、即座に気持ちを切り替えて羽根を追うもコースが僅かにアウト側へと傾いていることに気付いて追うのをやめる。

 

 「サービスオーバー。19―17」

 

 晴人の返した羽根が左コートのサイドラインから数センチほど外のところに落ちて俺の得点になる。残り2点で、点差も2点差。序盤で流れを掴んだおかげでそれなりに心の余裕を持ってリードを守り切ったファーストゲームとは違い、少しでも気を抜いてしまったらあっという間に逆転されてしまうだろう……ってぐらい、セカンドゲームは油断を許さない試合展開がラブオールからずっと続いている。

 

 「(…マジで危なかった…)」

 

 シングルスとダブルスのサイドラインのちょうど真ん中で静止する羽根を拾い上げたら、試合中でアドレナリンが出まくっているはずなのにホッとして胸が撫で下りる感覚を覚えた。

 

 「(()()()()()()()()間違いなく決められてたな…いまの…)」

 

 拾い上げた羽根を左手でキャッチして、ネット越しに対峙する晴人の表情を目視する。乱れた呼吸を整えて、A組の問題児は額から流れ落ちてきた汗を手で拭う。ファーストゲームラブオールからここまでハイペースなラリーに加えて前後左右にフェイントを交えた心理戦を2ゲーム終盤までぶっ通しでやり続けていれば、その分スタミナは消耗する。返球が僅かに狙いから逸れたのは、言うまでもなく晴人のスタミナに影響が出始めているサインだ。

 

 “…こっちもフルセットまで持ち込まれたら危ないかもな…”

 

 と、晴人のことを観察しておきながら、こっちはこっちで万一このセットを落とした場合も考えないといけないところまで追い込まれている。幾らスタミナに自信があると言ってもバドミントンは数あるスポーツの中でも1,2位を争うほどそれを消費するものだから、本気で2ゲームをやれば俺だって普通に息ぐらいは切らすし、フルセットなんてやれば大の字になって寝転がりたくなる。バドっていうのはそれぐらいハードな競技だ。

 

 “…なんか、久しぶりに()()で戦ってる気がするわ…”

 

 心拍数は上がり、吐き出す息は大きくなり、四方(コート)の中でせわしなく動かし続ける脚は芯から熱を帯びている。感覚的に、これはきっと家に帰って気が抜けた瞬間に身体が重くなるか猛烈な睡魔に襲われるやつだ。でも一日が終わった後に疲れ果てるのは、それだけバドを本気で楽しんだっていう何よりの証拠になる。

 

 パンッ_

 

 

 

 …本当に試合してるみたいで楽しいな……晴人(こいつ)とやるバドミントンは…

 

 

 

 「サービスオーバー。18―19」

 

 1ゲーム目で俺が一か八かで仕掛けて上手くいったネットに掛けるヘアピンをそっくりそのまま返されて、また1点差に詰め寄られる。ここにきて、明らかにゲームの流れが晴人のほうへと傾き出しているのをコートの空気で俺は感じ取る。

 

 パァンッ_

 

 「(ここでロング…!)」

 

 流れが相手側へ向きつつある中、“ぶっ倒す”と言わんばかりの眼をした晴人が勢いよくロングサーブを放ち、それをドロップでネット前に返したのをきっかけに幾度目かのコート全体を使ったラリーの応酬が始まる。前後左右に翻弄することでスタミナを消耗させるという魂胆はわかっていて隙を狙えば形勢は覆せるけど、相手はフェイントの名手でなかなか決定打を与えてくれない。

 

 「(明らかに押されてるな…俺)」

 

 あと2点取れば終わりの局面で、俺はいま喰らいつかれているどころか逆に振り回されている。初めてノックを見たときからわかっていたことだけど、本当に晴人は強い。“インターハイで優勝する”という目標が、決して非現実的な目標なんかじゃないってわかるくらい、バドが上手い。

 

 パンッ_

 

 「(やばっ…)」

 

 体感的に30秒は打ち合っているラリーの中で相手の得意分野でもあるネット際にドロップを持ち込まれた挙句、ほんの僅かな力加減の綻びからか思っていたより少し高く上がってしまった返球をワイパーショットで打たれる。ただでさえフェイントやトリックプレーは晴人(そっち)のほうが手数が多いのに、ワイパーも打てるのかよ。

 

 「(これが決まれば同点か…)」

 

 もしも並みの努力と元来のセンスだけでバドをやっていた中3のときに晴人と戦っていたら、俺は普通に負けていた。いや、それどころか栄明(ここ)に来た最初の日に1ゲームを戦うことになっていたとしても、この勢いに押されてきっと負けていた。

 

 

 

 「がんばれ新入生(ルーキー)。勝利を掴むために」

 

 

 

 なんて、そんなのは後付けされた()()()()のひとつでしかない。だから俺は、過去(きのう)までの自分がどうだったとかそういうことは考えないで、自分を本気で負かそうとしている相手と全力で“今”を楽しむだけだ。

 

 

 

 「(…させるかよ)」

 

 顔のすぐ横を通り過ぎる羽根を見てこれは打てなくもないと判断した俺は、右目で軌道を追いながら羽根に合わせて右半身から身体を斜めに落として、羽根とガットが当たるタイミングに合わせてラケットを持つ手首に力を込めて後方へと打ち返す。コース的にもタイミング的にも、前傾姿勢で構えている晴人からすればハイバックで打つしか術はない。

 

 パァンッ_

 

 自陣の後方へと斜め上の鋭い角度で飛んでいった羽根を追って、晴人はハイバックの体勢のままほぼ飛びつきに近い勢いのクロスカットで打ち返す。さすがの反射神経とリカバリーだが、返る羽根の角度は僅かに甘い。

 

 パァンッ_

 

 “絶対勝つ”という気持ちが入るあまり必要以上に力んだその羽根を、1ゲームマッチからの練習で精度を上げた飛びつきで相手側へ叩き落とす。ネット際から限りなくスマッシュに近い威力で放った返球に、振り返った晴人は飛び込むほどの勢いで身体を伸ばして拾おうとするも時は遅しで、伸ばしたラケットの鼻先に俺の打った羽根が落ちる。

 

 「サービスオーバー。20マッチポイントー18」

 

 チャンス球を与えてしまった自分に対してか、羽根を拾い上げざまに晴人は首を一回だけ傾げて、軽く溜息のような息を吐いて俺へとパスを出して右コートのサーブエリアに立つ。一筋縄ではいかない一癖も二癖もある晴人のプレーは、負けたくない気持ちがこっちにも伝わってくるから、良くも悪くも戦っていて本当にやりがいがある。

 

 「(やっぱり、1ミリも心が折れてないな晴人のやつ…)」

 

 羽根を受け取った俺を見つめる晴人の眼が、絶対に倒してやるという気迫を含ませながら笑っている。セカンドゲームが始まる直前にふと1秒ほど目が合ってから晴人の動きに気迫が増して、それを境目にファーストゲームほど流れを掴めなくなった。もちろん相手の闘争心に火をつける種を蒔いたのは他でもなく宣戦布告をした俺で、一瞬の隙で逆転されてしまう状況は変わらない。

 

 でも……この緊張感が堪らないんよな。バドミントンは。

 

 パンッ_

 

 思えば今日の俺は、相手のほうに流れが移っても動揺せずにずっと冷静でいられている。もちろんその理由は考えるまでもなく、俺のことを心の底から応援してくれる人が目で見えるくらい近いところにいて、その人からパワーを分けてもらえたからだ。

 

 「(またフェイント…)」

 

 どんなにジャンプスマッシュが上手く打てるようになっても、フルセットを耐え抜けるだけのスタミナを手に入れても、相変わらず好不調がそのままプレーに出る程度には弱小なメンタルはバドを始めてからずっと克服できないままだ。おまけに中学のときに必要以上に努力が()()()()()()()()せいで、栄明(ここ)に来るまでに無意識な遠回りもしてきた。

 

 パンッ_

 

 でもそのことに気づけたおかげで自分が完全無欠なんかじゃないってことを知った今なら、状況が有利だろうと不利だろうと相手を倒すことに最後の一球まで本気になれる。

 

 

 

 「パワーを送ってるの。飛鷹くんが明日、遊佐なんちゃらって人に勝てるように」

 

 

 

 俺には雛姉がいるから……自分が()()()()()だと思わずに済んでいる。

 

 

 

 キュッ_

 

 クロスのロブで上がった羽根に照準を合わせるように、リアクションステップをとって脚の力をバネにして身体を宙に浮かせる。これは間違いなくジャンプスマッシュで決着をつける魂胆だろうと、晴人はセンターラインでどこに飛んできてもいいように体幹をフラットにして身構える。

 

 「…っ!」

 

 その通りだよ晴人。やっぱ白熱したゲームの〆といったら、渾身の一撃(スマッシュ)でしょ。

 

 パァァンッ_

 

 技巧派みたいにスマッシュと見せかけて…なんて駆け引きはせずに、この一球で終わらせるために宙に浮いた身体のエネルギーをフルに使って、真っ直ぐの軌道で渾身の一撃を晴人のいるコートへぶち込む。正直これだけなら他の誰にも負けないくらいの自信を持っているジャンプスマッシュを、晴人も反射神経をフルに使って打ち返さんとラケットを握る手に力を込めて待ち構える。

 

 キュッ_

 

 その様子を見て晴人がフェイントを仕掛ける暇がないと察した俺は一瞬だけ右側へ意識を向けてセンターへとステップを踏み、まんまと乗せられた晴人は迷わずクロスで俺のスマッシュを返した。

 

 パァンッ_

 

 ネットの上を斜めに越えてきた羽根に半ば飛び込む勢いでこっちも迷わず足を動かし、打つ寸前に助走でついた勢いを乗せながら軽く身体をジャンプさせて、ほぼギャンブルに近いアウト上等の飛びつきをクロスで仕掛ける。

 

 カンッ_

 

 自陣に飛び込む羽根に晴人はバックハンドで返そうとするも、ほんの僅かに反応が遅れて構えたラケットのフレームにコルクが当たり、カーボンの甲高い音が小さく響いて羽根は明後日の方向へと跳ね返された。これで勝負あり。

 

 「ゲーム。飛鷹っ」

 「っしゃあ!」

 

 決着がついた瞬間、思わず試合で強い相手に勝ったときと同じくらいのテンションで声を上げてガッツボーズをしてしまった。終わってみれば俺のストレート勝ちという結果で、これはあくまで部内の総当たり戦に過ぎない。だけど本番さながらに感情が昂るぐらい晴人とのセカンドゲームはギリギリの戦いで、本当の大会で試合をしているみたいに楽しかった。

 

 「ナイスファイト!」

 「2人ともいい試合だった!」

 「最後のやつ後で教えてくれよ」

 「あのフェイントどうなってんだ?」

 

 ファーストゲームからずっと動きっぱなしの身体にいつもより多くの酸素を取り入れ荒れる呼吸を整える意識の隅から、俺と晴人の健闘を称える拍手と声が聞こえる。ちょっとだけ大袈裟な感じもしなくもないけど、久しぶりに全部出し切ってプレーした感触があるから気持ちがいい。

 

 「…はぁ…」

 

 ネット越しに立って同じように息を整える晴人と目が合う。汗が伝うその顔が、まだ遊び足りないと言いたげな気持ちが見え隠れしているようにこの眼に映る。

 

 「ありがとうございました」

 「満足できねぇ!」

 

 そんな予想が当たったのか、ゲームが終わって握手をしようとした俺の言葉に半ば被せて晴人が自分の気持ちをぶつける。

 

 「もうひと試合しようぜ!」

 

 そして一呼吸を置いて、晴人は俺に再試合(リベンジ)を申し込んだ。眼つきこそ鋭いが明らかに俺とのバドを心の底から楽しんでいるのが伝わる表情を見て、やっぱりこいつは不器用なだけのいい奴で、俺と同じでバドを本気で楽しんでいるって改めて確信した。

 

 「晴人、()()と同じようなこと言ってんな?」

 「あ゛ぁ゛い?」

 

 リベンジを突き付けた晴人に、ちょうどコートの横を通りすがった西田先輩が微笑ましい表情で笑いながら声をかける。

 

 「…って、どういうことですか?」

 

 タブーにしている佐知川にいるというお兄さんの話題(はなし)を振られてわかりやすくメンチを切った後に、晴人が問いかける。どうでもいいっちゃいいけれど、最上級生の先輩相手に平然とメンチを切れるその度胸をひとつまみぐらいでいいから俺のメンタルにも分けてほしいと、ちょっとだけ思った。

 

 「去年佐知川と練習試合したとき、大喜に負けた遊佐くんも似たようなこと言ってたんだよ」

 「あの、大喜って誰すか?」

 「いまちょうど隣で針生と試合してるよ」

 

 俺と同じで事情を知らない晴人に軽く理由を話した西田先輩が、視線を隣のコートへと向ける。俺から見て左隣にあるコートでは、ちょうど大喜先輩と針生先輩が俺と晴人の熱戦なんて目もくれない集中力でコートの中を動き回り羽根を打ち合っていた。

 

 “晴人のお兄さんって、確か大喜先輩の世代だと一番強いって針生先輩が言ってた気がするけど……その人に勝ったってことは大喜先輩(このひと)…”

 

 「…ってことはこの人って2年生じゃ?」

 「そうだよ」

 「マジかよ!!」

 「ほんと他人に興味ないよなぁ晴人…」

 

 自分が想像している以上にこの人は強い人なんじゃないかと感じながら大喜先輩を見る俺の隣で、西田先輩から言われてやっと大喜先輩が先輩だってことに気づいた晴人がネット越しに驚いた声を上げる。そういえば昨日、俺以外にも“名前は出てこないけどもう1人強そうな1年がいる”みたいなこと話してた気がするけど……なんか()()()()()()っぽいな。

 

 「そっか……この人が柊仁に勝ったのか…」

 

 なんてわざわざ言うほどじゃないことを頭に浮かべる視線の先で、晴人は隣のコートで試合をする大喜先輩をじっと見つめて呟くと、その視線と顔を俺のほうへと向ける。

 

 「羽鳥……俺が強さに拘るのは、俺より先を歩く奴を全員ぶっ倒して()()になるためだ…」

 

 真正面から睨みつけるように、晴人はこの勝負に勝った俺に強くなりたい理由を打ち明けた。理由は至ってシンプルで、自分より強い人を倒して自分が一番になるため。つまりはインターハイで優勝するということ。

 

 「まずはお前だ。羽鳥」

 

 その最初の標的に俺を選んだ晴人が昨日のお返しとばかりに宣戦布告をして、クールに笑った。初めて見せた明るい表情と声が、俺には戦友(ライバル)として心を開いてくれたように感じた。

 

 「おう。臨むところよ」

 

 

 

 これが後に()()()()()で俺のライバルになる晴人との、“最初の一戦”だった。




今更ですが主人公の髪型のイメージは時をかける少女の千昭って感じです。(伝わるかなこれ…)

というわけで飛鷹VS晴人の“初戦”はこれにて決着となります。
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