「…さて、と」
二人三脚に出場するひだっちとさかこーを見送ってひとりになったところで、不意打ち狙いでさっき撮った写真をスマホで開く。
「(ほんとにいい顔してるなぁ…ひだっち…)」
玉入れが始まる前に撮った、我ながらに奇跡な一枚。さかこーと一緒に見学者の群れに混じるひだっちを見つけて普通に“おつかれ”と声を掛けようとしたけれど、視界に入ったその横顔が初めて見る表情をしていたからつい写真に残したくなって、バドで鍛えたフットワークと反射神経を生かしながら2人にバレないように近づいて一瞬の隙を突いた。
「(こんな顔……カメラがあるって知ってたら絶対撮れてないだろうな…)」
6.5インチの長方形に写る、自分がカメラを向けられているなんて全く思ってもいない幸せそうな表情で静かに微笑むひだっち。バドみたいに大袈裟に持ち上げられそうだからあんまり周りのみんなには言ってないけど、私はバドミントンの次くらいに写真を撮るのが好きだ。と言っても将来の夢がカメラマンだとか写真部みたいな
「あははっ、いのた変な顔~」
「無駄に石頭なんだよ雛がっ」
「いい記念写真になったな」
「どこが?」
ただ撮りたいって思う写真には一応こだわりはあって、私が撮りたいって思うのは向けられたレンズじゃない別の
そういえば……この写真のひだっちって
『次は、二人三脚です_』
「って、応援するのに集中し過ぎて玉入れしてるあかりん撮るの忘れてた…」
ひだっちとさかこーが出場する二人三脚の始まりを告げるグラウンドの放送が聞こえ、私はスマホをジャージのポケットにしまって男バドの2人の走る姿を写真に収めるために足を進めた。
「なんかあっさり逆転されちまったな
「それなー。大喜先輩の一組目もだけど、終わってみれば二人三脚は赤組の全勝っていうね」
二人三脚が終わり、俺は坂元と一緒にスコアが貼られた得点板のところに行って自分たちのスコアを確認する。結果から言うと二人三脚は三組とも赤組が1位を取ったことで玉入れでの遅れを挽回して、俺らのいる青組を逆転して1位に躍り出た。
「てか西田先輩速すぎって話よ」
「マジでそれ。あんなん二人三脚のスピードじゃねえって」
「これが1年と3年の
「一応2位にはなれたんだからそんな寂しいこと言うなよ飛鷹ぁ…」
ちなみに俺が出た二組目の結果は、スタートを告げるピストルの音が鳴った瞬間に赤組の西田先輩の3年生ペアが強烈なスタートダッシュを決めてそのまま圧巻の独走劇でゴールした。一方で青組の俺たちは俺たちで白組との2位争いで競り勝って2位と我ながら健闘はしたものの、二人三脚はただただ西田先輩もとい赤組ペアに全部持ってかれた感は否めない。まあ、とりあえず
『次は、借り物競争です_』
スコアの前で駄弁っているうちに次の種目までの短いインターバルはあっという間に終わって、周りが徐々にグラウンドの真ん中へ視線を移していくのに合わせて俺らも得点板から離れる。本当に今日という日は、いつも以上に時間の流れが早い。
『選手入場―!』
「あ、千木良さんいた」
借り物競争の選手入場を告げるコールが聞こえたのとほぼ同時に、坂元が出場者の列に紛れる千木良に気付いて目配せする。ちなみに千木良が出る種目はこれと綱引きだった気がする。
「やっぱこうやって見ると千木良さんって千夏先輩に負けず劣らず存在感あるよな~」
列に並んで自分の番を待つ千木良を遠目で見つめながら、坂元が隣に立つ俺へもう一度呟く。
「まあ学校で
「もしかしたら2年になった時には千夏先輩とか蝶野先輩みたいなみんなの
「あー、なんか知らんけど想像できるわそれ」
とりあえず俺が千木良のことを
「あーって、めっちゃ淡泊だなリアクション。可愛いじゃん千木良さん」
「そりゃ俺も可愛いとは思ってるよ。
俺は人を外面だけで判断するような薄っぺらい
「けど……もしそうなっても
それでも俺にとって千木良は高嶺の花なんかじゃなくて、明るくて気さくでたまにうるさい同じB組のムードメーカーで、同じ
「…
「あれ?晴人じゃん」
千木良の話を坂元としながら写真の1,2枚は撮れそうなところを探していたら、ちょうど1人で誰とも絡もうとせずダルそうにポケットに手を突っ込んで借り物競争を見ている晴人が目に留まり、俺は声を掛けた。
「うぃっす、お疲れ」
「…お疲れ」
声を掛けると晴人はダルそうにしながらも横目で俺と坂元を一瞥して挨拶を返した。最初のときは声を掛けてもシカトされたことがある俺からすれば、こうやって声を掛けると普通に言葉を返してくれるようになってくれただけでちょっと感動を覚える。
「晴人はなに出んの?」
「綱引き」
「マジで?俺と一緒じゃん」
「あぁ………坂元もか」
「いま完全に忘れてたよな俺の名前?」
「ギリ思い出せたんだからいいだろ」
「それはもう忘れてんだよ晴人(しかもギリかい)」
まあ同じ1年に関しては1ヶ月経っても俺以外の名前がまだすぐに出てこないくらい、相変わらず晴人は周りのことに興味がないのだけど。
「ていうか綱引きだけ?」
「おう。ってかそもそも苦手なんだよ、こういうイベントだからって協力してはしゃぐ空気」
「綱引きってある意味どれよりも協力してはしゃぐやつじゃね?」
「どれかひとつは出ろって先生がうるさかったから仕方なく一番目立たないやつにしたってだけだ」
「あー、そういうパターンか(なんかわかんないけどしっくり来たわ…)」
耳に付けているピアスの辺りを指で触りながら、仕方なく綱引きに出ることにした晴人がピストルの音を合図に走り出す一組目に視線を向けながら体育祭への愚痴をこぼす。
「匡先輩いんじゃん」
「ホントだ。俺的にちょっと意外かも」
ちょうど視線の先では、一組目に出ている匡先輩が真ん中の机まで走ってその上に置かれている紙に書かれたお題を手に取るところだった。めちゃくちゃ偏見だけど、匡先輩が借り物競争をやっているのは坂元と同じく俺もちょっとだけ意外だ。
「…こんなことやってるぐらいならまだ1人で体育館に行ってサーブ練でもしてるほうが俺はマシだよ」
そんな先輩のギャップを眺めて普通に体育祭を満喫している俺と坂元に対してか、それともお題を見て向こうへ走り出した匡先輩に対してか、晴人がギリギリ俺らにだけ聞こえるくらいの声で呟く。
「どんなときでもふと“バドがしてえ”ってなる気持ちは、俺もわかるよ」
「別に同意は求めてねえ」
愚痴る横顔に今すぐにでも体育館に行って羽根を打ちたいっていう気持ちがそのまま出ていたから、それが同じバド部仲間として嬉しくてつい俺は軽く揶揄う感じで核心を突いた。この体育祭だとか文化祭とか2年になったらやる修学旅行とか、楽しみなイベントは幾つもあるけれどやっぱり一番楽しいのはバドをしているときなんだろうなっていう気持ちは俺も一緒だから、晴人の気持ちは普通にわかる。
「…総当たりのときさ、自分より先を行く奴をぶっ倒すみたいなこと晴人言ってたじゃん」
「あ?あぁ、言ったなそういえば」
「実は俺もあるんだよね。ぶっ倒したいって思ってるやつとかわざわざ栄明に来た理由とか」
だから俺は、
「そういや俺もちゃんとは聞いてなかったな。わざわざ親のところから離れてまで飛鷹が
「言うタイミングがありそうでなかったんよね」
話を始めると、さっそく坂元がいい感じに合いの手を入れてくれた。多分、顔を見るに本人はそんなこと1ミリも考えていないだろうけど。
「名前は忘れちゃったけど、全中出たときに1回戦で戦ったやつでさ。そこで俺、そいつに見事なまでにボロ負けしたんだよね……俺も俺で初めて全国行けたから調子乗ってたってところもあったんだけど、1ゲームどころか二桁のスコアも奪えなかった」
地元を離れて
「
「後にも先にもあの試合だけだけどね……もうマジで手も足も出せなかった」
「飛鷹が手も足も出ないってどんだけ強いんだよその人…」
「この俺が秒で戦意喪失するくらい」
手も足も出せなかったと明かす俺に、坂元と晴人は驚きの表情を浮かべる。そのリアクションを見て一瞬だけ意外に思ったけれど、まだこの2人は
「…おまけに相手をしたそいつは中2ときたから、傍から見りゃ情けないにもほどがあるって話よ」
「ゲームマッチ。ワンバイ」
「…下のやつにボロ負けで負けたのか?」
俺が1学年下を相手にボロ負けしたことを打ち明けると、左隣で借り物競争を見ながら話を聞いていた晴人の視線が俺のほうへと向く。
「おう。ガッカリしたか?」
「いや、そりゃ悔しいだろって」
冗談半分にガッカリしたかと問う俺に向けられた目線と言葉は、負けた俺を蔑むものではなくて本気で気持ちがわかると言いたげに同情していた。
「初めてだよ。晴人から同情されたの」
もちろん晴人が試合で負けた相手を見下して馬鹿にするような奴じゃないっていうのは知っていたけど、斜に構えた態度がデフォルトだってわかり始めたこいつから初めて純粋に同情されたから内心でちょっとだけ驚いた。
「負けたときの気持ちは俺だって分かるよ。
「マジかよ、こりゃ本番で当たったときが恐いわ」
「余裕こいてられるのは今のうちだぞ」
「言っとくけど飛鷹を本気で倒したいって思ってるなら晴人も気合い入れたほうがいいぜ。余裕見せてるフリして
「おいおいあんま大袈裟にいうなって俺はあくまで楽しむためにバドやってんだから」
もちろん振り返れば後々になって悔しさが押し寄せてきたから俺は地元を出る選択をしたのだけど、正直試合が終わった瞬間に押し寄せた感情は
「でもさ……俺の場合は試合が終わってもあんまり悔しさとかはなかったんだよな…」
最初で最後の全中が終わったその瞬間、湧いて出てきたのは負けて悔しいとか1学年下のやつにボロ負けして惨めだとかでもなくて、“あぁ、もう
「ただ…せっかくここまで来れたのに全然バド楽しめなかったなって、もう俺のバドミントンは終わりかよって、ただただ不完全燃焼って感じでモヤってした気持ちがずっと
初めてちゃんと明かした栄明に来た
「だから俺は…」
「ひだっち!」
そうして締めの一言を言おうとしたタイミングで、千木良の呼ぶ声がどこかから聞こえた。
「来てっ」
「え?ちょまだ話がっ」
声が聞こえた次の瞬間、いつの間にか目の前にいた千木良から左手の手首の辺りをギュッと掴まれて、俺の身体は強い力に引っ張られながらグラウンドの真ん中へと走らされる。
「行ってこい飛鷹ーっ!」
あまりに突然すぎて何が何だかわからないままに左手を引っ張られ走りながら振り向くと、坂元が俺に向かって行ってこいと叫びながら拳を突きあげていた。この坂元のジェスチャーを見て、俺はようやく状況を察した。
「お題は?」
「ゴールするまでの秘密に決まってんじゃん。借り物競争はそーいうルールなんだから」
借り物競争で自分が借り出されたことに気付いた俺へ、半歩前を走る千木良が流し目でチラりと見て普段とは違ったクールな表情と声で笑みを浮かべながら答える。そのくせ一瞬だけ振り向いた無駄に整った綺麗な横顔は、いつも周りに見せている明るい笑顔よりも心なしか嬉しそうだ。
「それよりあともうちょいペース上げたいんだけど行ける?いま1位だよ」
もちろん千木良は普通に良いやつだから、俺だって同じスポーツを頑張っているクラスメイトとして嬉しいことは嬉しいけど、どうして隣にいた坂元とか晴人じゃなくて俺なんだよって今すぐにでも言ってやりたい気持ちもある…ていうか、こいつのおかげで多少は改善したとはいえ小4から今までずっとバドバカを貫いてきたせいでまだ女子慣れしきれてない俺にとって、いまの状況はぶっちゃけまあまあ恥ずかしい。
「3秒以内に返事しなかったらペース上げるよひだっち!」
雛姉のことをガン見してたところを思いっきり写真で撮られたことといい、本当に今日の俺は
「3、2…」
まあ、気分は全然悪くはないけれど…
「1」
「ツイてねえ」
心の中で嬉しさと恥ずかしさがごちゃ混ぜになって、思わずネガティブな言葉が口からこぼれる。“しまった”と気付いたときには、呟き終えた後だった。
「ごめん聞こえなかったどっち!?」
けれど幸いにも俺の独り言は周りの歓声にかき消されて、千木良には全く届いていなかった。
「
「オーケー、飛ばすよひだっち!」
これで何だか気分が吹っ切れた俺は、暫定1位を走る
『おっと青組お題を見るやいきなり走り出しましたー!』
お題を手に取った青組の子が迷わず真っ先に走り出すのに合わせて、放送委員の実況と一緒に周りが盛り上がり始めた。走り出したのは咄嗟だとまだ名前は浮かんでこないけど体育館ですれ違ったこともあって顔も知っている、“女バドに美人がいる”って噂にもなった背が高くて少女漫画に出てくる王子様系のヒロインみたいに綺麗な顔をした1年生の女バドの子。
「わぁぁ!!」
一目散に走る女バドの子がその勢いのままに応援しているみんなに混じる同じ青組の男子の手を躊躇なく掴んですぐに走り出した瞬間、その周りから黄色い声援の混じった歓声が上がる。
「(ホントは声かけたいけど…今日は
女バドの子に手を掴まれて一緒に走り出した相手が同じクラスの飛鷹くんなのは、一瞬で気付いた。本音を言うと声援を送ってあげたいところだけど、今は優勝賞品の焼きそばパンを賭けた敵同士だから、赤組の応援団の私は敢えて黙ってそれを見守ることにする。
「いいぞ青組!」
「このまま1位だ!」
「ファイトー!」
コースの外から送られる応援を力にして、手を繋いでゴールへと走る青組の2人はペースを速め全力疾走ってくらいの勢いでスパートをかけてこっちに駆けてくる。
「(
と、今更になって違う組になったことを人知れず心の中で少しだけ残念がっているうちに、ちょうど2人が私の目の前を通り過ぎていく。女バドの子に手を引っ張られてちょっとだけ恥ずかしそうにしながらもゴールを真っ直ぐ見据えて颯爽と一緒に駆け抜けていく横顔は、バドミントンをやっているときみたいに幸せそうだ。
“…お似合いだな、この2人…”
「応援しなくていいの?」
周りの声援なんて気に留めずにゴールへと駆け抜ける2人を無言で見送ると、隣にいるにいなが軽く揶揄う感じで横目を向けて私に聞いてきた。
「うん。今日の飛鷹くんは私たちの敵だから」
「真面目か」
当然ながら、赤組の私が出す答えは“ノー”の一択。そりゃあ身内が活躍してるから“ファイトー”とか“がんばー”とか声を掛けたいって気持ちはあるけれど、めちゃくちゃ美味しいと言い伝えられている焼きそばパンのためなら致し方ない。幾ら相手が一緒に暮らす
「それに……
もちろん必要とあればアシストはするけど、せっかく飛鷹くんが周りにいる友達と自分たちだけの力で思い出を作ろうとしているところの邪魔をしないように、学校にいるときはなるべく手は貸さないでそっと見守るのもまた、私の役目だ。
「…
実行委員の人がいるゴールに着いて、OKを貰って拍手の中でハイタッチする2人に視線を向けたにいなが隣にいる私にだけ聞こえるくらいの声で呟く。
「確かにあの2人、結構お似合いな雰囲気あるよね?」
「えっ!?」
「なんで雛がそんなに驚くのよ?」
「私もにいなと全く同じこと思ってた。お主さてはエスパーか?」
「どう考えても偶然でしょ偶然」
そして一呼吸を置いて不意に心の中で思っていたことと同じようなことを言ってきたから、つい驚いてしまった。まあ、にいなの言う通りで全くの偶然なのだけど。
「ちゃんとは見たことないけど、体育館で練習してるところを見るにどっちも1年生の中じゃムードメーカーって感じだし、実際仲良さそうに話してるところも見たことあるし、雰囲気的に相性も良さそうだからあんなふうに2人で歩いてても違和感ないなって思ったからさ」
「あ~、まあ言われてみればそう見えなくはないかも」
2人で歩いていても違和感がないと言うにいなの視線の先で、同じ歩幅で仲良さそうに歩く2人の小さな背中。にいなの言う通りってわけじゃないけど、同じ学校のジャージを着て体育祭のグラウンドを歩く姿は、まるで中学生のときからずっと続いている友達同士って言われても違和感がないくらい馴染んで見える。
「ま、これはあくまで私が思ったってだけの話だから。雛がどう感じようと自由なんじゃない?」
グラウンドを一緒に歩く2人の姿を見つめる私へ、にいなが優しく声を掛ける。それが気遣いだっていうのは、中学からずっと続く
「…私は飛鷹くんが幸せそうにしてるのをこうやって見れるのが一番嬉しいから、これでいい」
その答えこそ、5年ぶりに再会したときから私の中では決まっていて、この気持ちは強がりでも誤魔化しでもなくて、紛れもない
「…そっか」
もし飛鷹くんに
「次だよね?
「確かそう」
「よしっ、じゃあ切り替えて同じ赤組の先輩のために後輩として一肌脱ぎますか!」
「一肌脱ぐって言っても応援するだけだけどね…」
とにかく今は我ら赤組の優勝が最優先ということで、私は同じ新体操部の畠中先輩を全力で応援するために気持ちを一気に切り替えた。
『雛姉。急でホントごめんだけど学校のことでちょっと話したいことがあるんだけど後で時間取れる?』
そして私のスマホにちょっと不穏なメッセージが届いたのは、借り物競走が終わってすぐのことだった。
~おまけ。雛とにいなに見られているとはつゆ知らずな借り物競争を終えた2人の会話~
「千木良」
「なに?」
「お題のやつさ…別に俺じゃなくても良かったんじゃね?」
「まー、いま思うとそうかも」
「それこそ隣に坂元いたじゃん」
「だって“同じ部活をやってる人”で真っ先に思いついたのがひだっちだったから」
「何だそれ」