鷹と蝶   作:ナカイユウ

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攻めていけ

 「言っとくけど幾ら相手が雛姉だろうと焼きそばパンは譲らないからよろしく」

 「上等。私も気持ちは同じだから」

 「じゃあまたグラウンドで」

 

 去り際に捨て台詞を告げるかのごとく、赤組の私へ宣戦布告をした飛鷹くんは手を軽く振りながら一足先にキャットウォークから1階に下りて行った。

 

 「……」

 

 飛鷹くんの姿が見えなくなって、キャットウォークは静まり返る。話し相手がいなくなった視界に広がる、誰もいないコートを照らす光と体育館の独特な匂い。いつもはボールが床を跳ねるドンとした低い音、ラケットが羽根に当たったときの甲高い音、床を擦るシューズの音、“ファイトー”と練習に打ち込む仲間を鼓舞する声……そんな四方八方で色んな音が途絶えることなく混ざり合い響き続ける()()が、いまは物音ひとつすら立てないで窓の向こうからほんの微かに聞こえてくる賑やかなグラウンドの音を拾っている。

 

 

 『雛姉。急でホントごめんだけど学校のことでちょっと話したいことがあるんだけど後で時間取れる?』

 

 

 「…はぁ」

 

 借り物競争が終わり次の競技に移る途中で送られてきた飛鷹くんのメッセージを思い出して、幾十秒かの沈黙を破る安堵の溜息がこぼれる。もちろん昨日と一昨日どころかずっと飛鷹くんはこの体育館にいようと家にいようと明るく元気だから、“学校のことでちょっと話したいことがある”って言ってきたときは前兆がなさすぎてこっちも思わず心配になった。だけど終わってみれば同じクラスの女バドの友達に私たちが親戚同士だってことを言っていいかっていう話で、おまけに当の本人は私のほうから言わないと忘れてたくらい些細に思っていた始末で、悪い言い方をするなら拍子抜けした気分だ。まあ、学校が楽しくないってレベルの話じゃなくて本当に良かったっていうのが、正直な気持ちだ。

 

 

 「もし俺が千木良に言うことで雛姉が困るんだったらもちろん言わないけど…」

 

 

 なんて、飛鷹くんはそう言ってくれたけど、自分としては“学校中にあんまり言いふらさないでほしい”って言ったのは私が困るからなんてことじゃなくて、あくまで飛鷹くんの()()だ。でもきっと本当の理由(こと)を言ったらどっかのバドバカに似た優しくて人思いな飛鷹くんは余計に私に気を遣ってしまうだろうから、それはまだ私の口からは言えない。

 

 “後になって悩むくらいなら言いふらさないようにって言わなきゃ良かったじゃん”

 

 って言われたらはっきり言って反論に困るところではあるけれど、大喜とか匡くんとかにいなみたいな友達っていう関係とは違って、飛鷹くんは家系図で繋がった親戚という関係。別にそんなの全然気にしない人は、きっと探せば幾らでもいるだろう。だけど私は、誰かと比較されて必要以上に期待されるプレッシャーがどれほどのものかを知っているから、どうしても出来なかった。

 

 もちろん私は、この身体を時に押しつぶさんとするプレッシャーすらも力に変えられるくらい()()()()()()()を持っているから、好きなことを続けていられる。

 

 「……」

 

 つばを飲み込むと、食べ終えたばかりのお弁当の味が僅かにした。ただ相談を聞くだけだからここまでしなくても良かったかもしれないけど、あんまり相談だからってお堅い感じにはしたくなかったからついでで人がいなさそうなところを考えて、同じ献立が入ったお弁当を食べながらここはひとつ先輩らしくお悩み相談……のつもりが、普通に飛鷹くんと話に花を咲かせてしまった。

 

 

 「()()()()()()の邪魔はしたくないし…」

 

 

 「(…なんか私、ズルいことしてるみたいじゃん)」

 

 借り物競争でゴールした後に仲良さそうに話す飛鷹くんと千木良さんを見てにいなへ言った自分の言葉を思い出して、心の中で自分へツッコむ。一回ぐらいは学校の中でお昼とか食べたりしたいなって実は思ってたのは否定できないとしても、私はただ相談があるんだったらお昼を食べながらのほうが飛鷹くん的にも気持ちが楽になるだろうなって、あくまで親戚(はとこ)として心配したってだけの理由だった。なのに気が付くと、普通にお昼の時間を飛鷹くんと2人だけで私は楽しんでいた。本当は学校にいるときは同じクラスの子たちとかバド部の同期たちと一緒にいるほうが飛鷹くんのためになることは、私だって分かっているのに。

 

 「(でも…だからって避けるのはそれはそれで違うし…)」

 

 それでも周りのみんなに明るく振る舞う裏側では結構な真面目ちゃんで、たかだが練習の1ゲームで先輩に負けただけで割と本気で落ち込んで反省するくらいには繊細なところもある飛鷹くんにはできるだけ笑顔でいてほしいって、末っ子の私からすれば血が繋がっている家族じゃないけど()ができたみたいな感覚だから、飛鷹くんが嬉しそうにしてるとつい()()()()として意味もなく可愛がってしまう。

 

 

 

 「ありがとう。雛姉」

 

 

 

 好きって言葉には恋愛以外にも色んな意味が込められているという前提で好きか好きじゃないかを答えるとするなら……私は飛鷹くんが()()だ。

 

 

 

 「…上にジャージ羽織ってくればよかった」

 

 体育館のキャットウォークで物思いに耽りながらゆっくりと気持ちを切り替えて、誰にも見つからないように気を配りながら飛鷹くんから数分遅れで私は体育館を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『最後の競技は、組対抗リレーです』

 

 最終競技を告げるコールがグラウンドに流れる。午後は午後で綱引きにエントリーした坂元と千木良を応援したりしながら観戦しているうちにあっという間に時間が過ぎていき、気が付けば最終競技の組対抗リレーになった。

 

 そんないまの感想を率直に例えるとしたら…

 

 「体育祭…時の流れが…部活並み」

 「急にどうした?」

 「って思わね?」

 「飛鷹(おまえ)ってたまに謎の小ボケかますよな」

 

 という咄嗟に浮かんだ即席の五七五はともかく、こんな気持ちだ。

 

 『出場選手はスタート地点の付近に集まってください』

 

 「しゃあっ、ひとっ走りしてくるわ」

 「くれぐれも針生先輩や千夏先輩の足引っ張らないように頼むなー」

 「おうよ。言われなくとも」

 

 最後の競技だからか若干テンションが高めな気がする放送委員のコールが流れて、坂元からやや手荒いエールを送られながら俺はリレーに向けて気合いを入れながら足を進める。

 

 「ひだっちファイトー!」

 

 そうして白線で敷かれたコースを横切る途中で、6色分の歓声を突き抜けるすっかり聞き馴染んだよく通る声がして振り返ると、スタート地点にあるテントの近くでB組の女子グループの中に混じって応援する千木良が満面の笑みで右手を前に伸ばしてサムズアップのジェスチャーを送っているのが見えて、俺も右の拳を千木良のほうへ向けながらサムズアップでそれに応えて走者が集まり出した場所へと向かう。それにしても本当に千木良はどこに行っても目立つなって、つくづく思う。

 

 「モテモテだな。可愛いクラスメイトの女子に応援されて」

 「そんなことないっすよ」

 

 待機場所に着いていきなり、千木良からエールを送られてきたことを先に来ていた同じ青組の針生先輩に軽く弄られる。

 

 「借り物競争も一緒に手を繋いでゴールして相変わらず()調()そうなことで」

 「言っときますけど100パー誤解っすからね針生先輩」

 「その割には入学してからずっと仲良いじゃねえか」

 「()()()()()()の押しが強いんすよ」

 「まだ覚えてやがったのかそれ」

 「インパクト強かったんで」

 「あれこそ誤解だ」

 

 もちろん千木良と仲良くしていることを針生先輩から弄られるのは初めてじゃないし冗談半分だっていうのもわかっているから、俺はそれを軽くいなす。この学校に進学して1ヶ月、そしてここのバド部に入って2か月弱が経ち、最初は恐かった針生先輩とも日頃の練習を通じて今では軽口を言えるくらいの信頼関係になった。とはいえバドのほうは経験値とかメンタリティーという意味で、インハイ予選まで1ヶ月を切ってもなおまだまだ差はあるのだけど。

 

 「調子良さそうなのは勝手だけど、くれぐれもいい形で俺にバトン繋いでくれよ」

 

 そんなこんなでスタート前に千木良のことを軽く弄った針生先輩から、同じ青組としてやや圧が強めのエールと一緒に拳を突き出される。

 

 「もちろんすよ先輩」

 

 針生先輩から差し出された拳に、俺も拳を突き出してお互いに合わせ合う。シチュエーションは全然違うけれど、雲山を離れてありったけの荷物を抱えて蝶野家へ行った日の朝に近所にある山の入り口で恵介とこうやって拳を合わせて約束を交わしたことを、拳に伝う一瞬の振動で思い出す。

 

 

 

 「もしいつかまた()()()()()で戦うときが来たときに惨めな思いをしないために、これからもお互い本気でバドミントンを楽しもう」

 

 

 

 …恵介のやつ……ちゃんとバドも学校も楽しんでやってればいいな…

 

 

 

 「青組、集合っ」

 

 針生先輩とのグータッチで恵介のことを思い出してセンチになりかけていた意識に、透明感のある綺麗な声が入ってスッと気持ちが体育祭(いま)に戻る。その声の主はリーダーとしてこの体育祭で青組をここまで引っ張ってきた、栄明のマドンナにしてリレーで青組のアンカーを託された千夏先輩だ。

 

 「(…本当にいるんだな、千夏先輩って)」

 

 なんてもの凄く馬鹿みたいな気持ちになりながら、俺は隣に立っていた針生先輩と共に集合をかけた千夏先輩のところに集まって円陣になり、その中心に手を伸ばして重ねる。

 

 「……!」

 

 何気なく視線を前に上げると、ちょうど正面の位置に千夏先輩がいて驚いた俺の心臓がまだ走ってもいないのにリズムを急かそうと呼吸を一瞬だけ止めてきた。俺は人を見た目でなんか判断しないけど、千夏先輩がいざこんなに近くにいると誇張抜きで鳥肌が立つレベルで可愛いからビビってしまう。少なくともこんなにも美人な人は、雲山という小さな町では15年生きてきて一度も見たことがなかった。

 

 「赤組が僅差で迫ってますが、体育祭は楽しんだ者勝ちなのでどの組よりも楽しんで走り抜きましょう」

 

 掌を重ねた青組の6人へ千夏先輩が声をかける。その何気ない声掛けですらどこか爽やかで、俺に向けて言ってるわけなんかじゃないのに不思議とやる気が出てくる。そういう意味だと雛姉もすごい人ではあるけれど、本当にこの人はすごいなってまだ直接話したことすらないのにそう思えてくる。

 

 「じゃあみんな、準備いい?」

 

 だけど同時に、こんなにも完全無欠な人がみんなと当たり前のようにこうして円陣を組んでいるのをこの目で見て、千夏先輩は()()()()にいる人なんだなって再認識した。何言ってんだこいつって話だが、要は高嶺の花なんてどこにもいないってことを同じ円陣の中にいる千夏先輩を通じて俺はこのとき感じ取った。

 

 「青組ファイトー!」

 「「オォーッ!!」」

 

 最後の掛け声と共に中心で重ねていた右手を天に挙げて、青組のリレー組は一気にこの後すぐにスタートが切られる本番に向けて気持ちを切り替える。

 

 「羽鳥、4走ガンバっ」

 「おう、市川(いちかわ)もな」

 「任せろ俺は陸部だぜ」

 

 気合い入れを終えた同じクラスで2走目を走る陸上部の市川とスタート前に最後のグータッチを交わして、4走目の俺はスタートラインの近くに立ってそのときを待つ。

 

 「飛鷹(おまえ)って意外と面食いなとこありそうだよな?」

 

 スタートが迫りスタートラインに立ち始める第1走者を見ていたところに、後ろから針生先輩が少し意味深そうな感じで声を掛ける。

 

 「何がですか?」

 「円陣組んだときちーの顔見て一瞬照れてただろ」

 

 何を聞かれるかと思って身構えたら、円陣のときに千夏先輩の顔を見てつい動揺しかけたことだった。俺の感覚的にはギリギリ顔には出ないくらいに留めていたつもりが、針生先輩曰く思いっきり顔に出ていたらしい。

 

 「面食いとかじゃ決してないっすけど…千夏先輩があんな近くにいたら世の中の野郎どもは誰だって動揺しますよ」

 「めっちゃ見惚れてんじゃねえか」

 「ぶっちゃけあの先輩(ひと)美人なんで…」

 

 何回でも言うけど、俺は面食いなんかじゃない。だけどつい見惚れてしまったのは本当のことだから、そこは素直に白状する。

 

 「…なあ、お前ってちーのこと」

 「あー全然そういうのじゃないんで大丈夫す」

 「被せ気味に言うとマジでそれっぽくなるから気をつけたほうがいいぞ(好意じゃないのはマジっぽいな…)」

 

 もちろん見惚れるほど綺麗で人柄が良いからといって、その人のことが好きになるなんてことはあり得ない。というか、恋愛の何ぞやを語れるほどの()()()は所詮バドバカな俺にはない。

 

 「…逆に針生先輩はよく平常心でいられますね」

 

 斜め後ろに立つ針生先輩へ、俺は逆に問いかける。ぶっちゃけ俺的に、幾ら同じクラスの友達同士と言えど針生先輩が千夏先輩のことを“ちー”と呼んでいるのは、先輩本人のストイックな人柄も相まって何かまだちょっとだけ俺にはギャップがある。

 

 「これでもちーはクラスメイトだからな。ある意味、お前からすれば結みたいなもんさ」

 

 そんな云わば男女の壁を超えた親友のことを、針生先輩は千木良に例えてきた。

 

 「千木良が千夏先輩と似てるってことですか?」

 「似てるというか、雰囲気だとか性格は違えどどっちもクラスの中では一番の美人でスポーツが出来て人望も厚い、けどちょっと抜けたところがある……って感じで案外共通点が多いんだよあの2人」

 

 針生先輩の言葉に釣られるように視線を第1走者が並び出したスタート地点から少し進んだ左側へ移すと、入場する俺にサムズアップを送った千木良が教室にいるときにいつも一緒にお昼を食べたりしている女子グループの面子と明るく何かを話しながら応援しているのが目に留まった。

 

 「…俺はそこまで似てるとは思わないんすけどね…」

 

 相変わらず元気溌剌なクラスメイトの明るい表情を遠目に見て、思わず心の声が漏れる。そりゃ言われてみたら千木良も普通に可愛いし、バドも女子の1年の中では飛び抜けて上手いどころか既に女バドでは1年生エースって言われてるくらいだし近い部分はあるにはあるが、やっぱり千木良と千夏先輩は全然違う。まあ針生先輩と千夏先輩が普段どんな感じで会って話しているのかが1年の俺にはまだわからないって部分もあるのだけど、()()っていうのは自信を持って言える。

 

 「飛鷹……お前のこと面食いとか言ったけど、やっぱ撤回するわ」

 

 思わず呟いた千木良への独り言を拾って、後ろに立つ針生先輩が静かに俺へ呟く。

 

 「()()()()()()()()()()()

 

 そして俺にだけ聞こえるくらいの声でそう告げると、針生先輩はちょうどスタートラインとほぼ直線上の場所で応援している赤組の大喜先輩のほうへと歩いていった。

 

 「…どういう」

 『いよいよ最終競技、組対抗リレーです!!』

 

 「「「うぉぉぉーっ!!!」」」

 

 明らかに意味深なアドバイスを送られて針生先輩に聞き返そうとした俺の声を、実況と歓声が掻き消す。思いのほか真剣な声色だったから、俺と千木良のこととはまた別の意味が込められているのか、それともいつもの弄りなのか……駄目だわからん。

 

 『現在の得点は1位青組が235点、2位赤組が230点と僅差!このリレーを制して優勝を手にするのはどの組なのか!?』

 

 針生先輩から意味深なアドバイスを送られて惑う心情なんてお構いなしに、最終競技かつ青組と赤組が5点差という僅差な戦いなのもあって、放送委員の実況のボルテージが一段と上がっていく。これはもう、四の五の考えてないでとにかくいまは焼きそばパンのために走れ……とスポーツの神様とやらが俺に言っているのかもしれない。

 

 「「いっけーいけいけいけいけ赤組っ!!」」

 

 また聞き馴染みのある大きな声が聞こえて視線を移すと、実況のボルテージに負けじとリーダーの西田先輩と“応援団長”の雛姉が音頭を取る赤組の応援団が少し先のあたりで割れんばかりの声援を赤組へと送っているのが、この目に留まる。

 

 『第1走者はスタートラインに立ってください』

 

 メガホンを持つ右手を突き上げて、隣に立つ守屋先輩と共に仲良く学ラン姿で応援している1学年上の俺のはとこ。いま雛姉が応援しているのは大喜先輩のいる赤組で、いま雛姉が一番応援したいって思っている人は、きっと()()の大喜先輩なのだろう。

 

 

 

 「がんばれ新入生(ルーキー)。勝利を掴むために」

 

 

 

 パンッ_

 

 雛姉が1ゲームマッチの帰りに公園で言ってくれた言葉が頭の中をよぎるのとほぼ同時にリレーのスタートを知らせる号砲が響き、スタートラインに並ぶ6人の第1走者が勢いよく走り出す。

 

 『赤組速いっ!次に青組が追いかける形です!』

 

 スタートして早々、第1走者に男子陸上部のエースを置いたという赤組が他を突き放すように集団から飛び出して、我ら青組は他の組をけん制するかのように2番手をキープして体育祭のために用意された1周200メートルのトラックを駆け抜ける。

 

 『赤組!独走のままバトンが渡りました!』

 

 ただでさえスポーツが得意な人たちが多いこの学校の中でも足に自信がある強者が名乗りを上げる組対抗リレーなだけあって、あっという間に赤組の男子陸上部のエースが余裕すら感じさせる走りで他の組を突き放したまま第2走者へとバトンを渡していく。

 

 「市川ファイトーっ!」

 

 一方の我ら青組も2位をキープして、2走で陸上部の市川にバトンが渡りトップを独走する赤組を追う。ちなみにここから青組は男女で2人続けて陸上部と続き、俺と針生先輩のバド部で陸部が築いた貯金をキープしたままアンカーの千夏先輩にバトンを託す、という感じだ。

 

 「第4走者、並んでください」

 

 なんて応援しながら頭の中でプラン的なものを考えているうちにバトンが2走から3走に渡って、いよいよ4走(おれ)の番になった。さすがはスポーツ強豪校、1人200メートルだというのにリレーのペースがとんでもなく速い。

 

 「飛鷹っ!ぶちかませっ!」

 

 スタートラインに立つと、いつの間にか千木良のすぐ隣のところに移った坂元の声援が耳に届いた。そういえば中3の体育祭でリレーのアンカーをやったときも、走り終えた恵介がバドのときと変わらない大きな声でスタートラインに立った俺に声を掛けていたっけ…

 

 「(って、いまそれどころじゃねえだろおいっ)」

 

 と、危うくバトンリレーそっちのけで心が再びセンチになりそうになったのをグッと堪えて、俺はコースを見渡す。アンカーと共に女子が走る3走目の半周分まで進んだ時点でトップは変わらず赤組で、2位は連続で陸上部を使ってきた青組が1走目からの差をじわじわと縮めるも、同じく女子陸上部を使ってきたの緑組ことD組がそれを上回るペースで後ろから迫る。ただ青と緑の距離的には2位のまま俺に渡ってきそうだ。

 

 『おっと青組っ!カーブで足を取られましたが何とか堪えました!』

 

 そう思った矢先、3走の女子陸上部の先輩が最後のカーブでグラウンドの砂利か何かに足を取られ躓きかける。

 

 『しかしその隙を狙って緑組が逆転!これで2位に上がりました!』

 

 なんとか転ばずに立て直すも、ペースが乱れたところを突かれ緑組に追い抜かされてしまった。これで青組は暫定3位。

 

 「(勝ちたいなら攻めていけ…か…)」

 

 スタートを目前に、針生先輩から言われた言葉を意味もなく何気なく呟いてみる。勝ちたいなら攻めていけ。確かにこのリレーで青組が勝つためにはもう攻めていくしかない……なんて、針生先輩が言っていたのは絶対リレーの話じゃないのは聞かなくたってわかる。

 

 

 

 「栄明に行って()()だけはするな」

 

 

 

 だけどこのリレー然り、バドミントン然り、何事も攻めの姿勢で行かなければまず勝てない。俺が栄明に来たのも、親友とこれからも同じコートに立ち慣れ親しんだ地元でバドを楽しむという選択を選ばずに、もう一度全国の舞台に立つために()()の選択を選んだからだ。

 

 ここでもし攻めなかったら、俺はきっとバドでも同じことをやる……

 

 

 

 「ラストです!」

 

 3走の先輩を鼓舞する横で、トップの赤組が依然として序盤の貯金を築いたままバトンを渡して4走目に入って行く。

 

 「はいっ」

 

 そこから遅れて数秒、ラストスパートで駆ける3走の先輩から緑組と僅差の3位でバトンを受け取り、俺も200メートル先で待つ針生先輩に1つでも順位を上げるために両足に力を入れる。

 

 『緑組、そして青組が4走目に入りました!』

 

 実況の声が外側から聞こえてくる歓声に混じって耳に届いて、あっという間に意識から消えていく。何となくの感覚なら、もうそろそろ俺は雛姉が応援している目の前のところを通り過ぎるころだろう。

 

 「(でもごめん。いまは()()だから)」

 

 本当は目の前を走り去るタイミングでアイコンタクトのひとつでも送ろうかとほんの一瞬思ったが、俺も勝つために走っているから心の中で平謝りして目の前の走者を追い抜くことに全神経を注ぐ。

 

 「(最初は真後ろについてプレッシャーをかけて、カーブが終わって直線になったら追い抜くか…)」

 

 そして走りながら心の中を一気に本気モードへと切り替えて、目の前を走る緑組の走者を追い抜くタイミングを考えていたときだった。

 

 「ファイト」

 

 決して大きな声ではなかったけれど、俺の耳にはその何倍も大きいはずの放送委員の実況や周りの歓声よりもはっきりとその声が届いた。

 

 タッ_

 

 相手を追いかける視線の右側から聞こえた()の正体は、紛れもなく雛姉だった。

 

 「…っ!」

 

 次の瞬間には、もうどこで相手を追い抜こうとか、青組が1位でゴールするためとか、そういうのが自分の中でどうでも良くなっていた。

 

 『おおっと青組!外側から緑組を追い抜いて2位に上がりました!』

 

 ただ無性に、いまの俺の()()ってやつを雛姉に見せつけてやりたくなった。

 

 『青組が緑組を突き放してここまでトップを走る赤組に迫り始めています!』

 

 

 

 「飛鷹くんは()()()ね」

 

 

 

 “優しいね”。そう雛姉が言ったときに一瞬だけ感じた距離感で、自分が思っている以上に雛姉のことをわかっていないってことに気付いた。そればかりか蝶野家に来てからは今のところずっと支えられっぱなしで、2ヶ月経ってもこれといったお返しのひとつすらできてない。

 

 

 

 だから……俺がバドを、そしてこの学校での生活を本気で楽しんでいる姿を目の前で見せるのが、雛姉との間にある()()()()()()が縮まるきっかけになるんじゃないかって、雛姉の小さな“ファイト”の声を聞いたとき、俺は思った。

 

 

 

 『青組のペースがまだ落ちません!ですが赤組も負けじとラストスパート!』

 

 2つ目(さいご)のカーブを抜けると、スタートラインの内側から2番目の位置に立ってバトンを待つ針生先輩の姿が隣に立つ赤組の大喜先輩の姿と共に視界に入る。ここまでペース配分無視でほぼ丸々1周スパートをかけてきたおかげで、トップが射程圏内に入るくらいには挽回できた。

 

 『何とか赤組リードを守って5走目に入ります!』

 

 「ナイス飛鷹っ」

 

 赤組のバトンが5走目の大喜先輩に渡ったぐらいのタイミングで、針生先輩が俺に向かって声を上げながら右手を差し出して駆け出し始める。

 

 「はいっ!」

 

 差し出された右の掌に飛び込むくらいの気持ちと勢いで青色のバトンを針生先輩に渡すと、バトンを受け取った針生先輩は先に駆け出した大喜先輩を全力疾走で追いかけていく。それを見届けながら俺はここまでスパートしまくった身体をゆっくりと減速させて、走者の邪魔にならないようにコースの内側へ入って立ち止まる。

 

 「…あ」

 

 立ち止まって息を整えながら何気なくコースの外側に視線を向けると、ちょうど真ん前の位置に雛姉がいて、刹那で目と目が合った。

 

 『青組速いです!赤組との差がさらに縮まっていきます!』

 

 「マジで良い走りだったぜ羽鳥」

 

 青組が追い上げていることを実況が知らせる中、横から走り終えた市川が俺に声を掛けてきた。このとき俺と雛姉が互いに目を合わせていたのは、3秒ほどの短い時間(あいだ)だった。

 

 「にしてもあんな序盤からいきなりスパートかけたときは絶対途中でバテて失速するんじゃねえかってヒヤヒヤしたわ見てて」

 「ガキのときからスタミナには人一倍自信あんだよね俺」

 「あのさ、羽鳥って陸上とか興味ある?」

 「悪ぃ。もう間に合ってる」

 「だよな~」

 

 だけど、その3()()()で雛姉との間にある距離(すきま)が、ちょっとだけ縮まったような気がした。

 

 『青組が怒涛の追い上げ!このまま追い抜くかー!』

 

 「これ…青組(おれら)行けんじゃね?」

 「いやわからん。なんせ赤組(あっち)のアンカーは女陸のエースだし」

 「男女で陸上のエース揃ってるとかチートだろ…」

 

 市川と共に視線と意識をリレーのほうへ戻すと、逃げる大喜先輩と怒涛の追い上げですぐ真後ろにまで迫る針生先輩がデッドヒートを繰り広げていた。

 

 『僅かに赤組リードを保ってタッチ!すぐあとに青組…アンカーです!』

 

 一歩ほどの差で逃げ切り大喜先輩の持つ赤色のバトンがアンカーに渡り、息つく間もなく針生先輩の持つ青色のバトンがアンカーの千夏先輩へと渡る。

 

 「赤組がんばれー!」

 「追い抜け青組ー!」

 

 赤と青の応援の声に囲まれながら、千夏先輩が必死にトップを走る女子陸上部のアンカーに食らいつく。

 

 「行けーっ!」

 「先輩ガンバっ!」

 

 アンカー対決で一気に上がったその熱に押されて、俺も1位に向かって走る千夏先輩に声援を送る。普段は周りから羨望の目で見られている学校のマドンナだって、勝負事になると女バスのエースになって息を切らしながら手加減なしの真剣勝負で勝ちに行く。

 

 「鹿野さんいけー!」

 「あと少しだーっ!」

 

 青色のバトンを握り締めて本気で駆け抜ける千夏先輩を見て思うことは、本気で頑張っている人はやっぱり()()()()()、ということ。

 

 

 

 雛姉の目にもこんなふうに、俺が見えていたらいいな……

 

 

 

 『ゴール!!青組っ!1着でゴールです!!』

 

 こうして組対抗リレーのアンカー対決は最後の最後まで互いに譲らぬデッドヒートを繰り広げた末、ラストスパートで横に並んだ千夏先輩が数センチほどの僅かな差で前に出てゴールテープを切り1着でゴールし、俺にとって最初の体育祭は青組の優勝で幕を閉じた。

 

 「うわうまっ」

 

 ちなみに優勝賞品の“栄明特製体育祭限定デリシャス焼きそばパン”は、名前の通りデリシャスだった。




本当は綱引きとかも入れたかったのですが、書いてる途中でとんでもない長尺になる上に全体的にくどくなる気配しかしなかったのでこうなりました。もっとじっくり体育祭を書いて欲しかったって人がいましたら、ごめんなさい。

というわけで本編はここから、それぞれの“歯車”が動き出していく感じになります。

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