「集合」
体育祭の余韻に浸る間もなく、学校のジャージから練習着に着替えラケットバッグを背負ってコートに向かいネットを張る放課後。こんなふうにスポーツ強豪校として全国的にも知られている栄明高校の放課後は、直前まで体育祭があろうが普通に部活がある。
「今からシングルスのメンバーを発表する」
そんなことよりも今日は、今年のインハイ予選に出場するシングルスのメンバー発表の日だ。総当たり戦の戦績に加えて、この1ヶ月での各々の練習態度やコンディションといった総合力を視た上での監督からのジャッジが今から下される。
「西田。針生。猪股。笠原。谷岡…」
集合した俺たち部員を前に、湯浅監督が3年の先輩から順番にシングルスのメンバーを発表していく。
「羽鳥。遊佐……以上だ」
心の準備すらさせないほど淡々とした監督の口から7人のメンバーが告げられて、それが終わるのと同時に拍手が起こる。こうして俺のシングルスのメンバー入りはあっさりと決まった。この1ヶ月を通じて総当たり戦も普段の練習も本気で打ち込み楽しんできたから、誤解を恐れず言うなら普通に入れる自信は持っていた。
「良かったな飛鷹。名前呼ばれて」
「名前呼ばれるとここまで頑張った甲斐があるって思うわ」
「言うて余裕だったくせに」
「なことねえって」
たったいまメンバー入りが決まった俺を、隣に立つ坂元がクールに笑って祝福する。やっぱり自信があったとはいえ、いざ目標が叶うとマジで嬉しい。
「見せつけるときが来ましたか」
「随分嬉しそうだね」
「別に選ばれて当然なんで特別嬉しくなんか」
「声が弾んでるぞ」
それは俺の前に立つ晴人も同じようで、俺と共に1年で抜擢されて軽く有頂天になりかけているところを大喜先輩からツッコまれている。もちろんその気持ちはめちゃくちゃわかるから、共感でしかない。
「それと羽鳥…」
すると前を向いていた晴人が名前を呟きざまに真後ろに立つ俺のほうへと振り向く。
「本番は負けてやらないからな」
メンバーに選ばれたことで総当たり戦のリベンジができる喜びと、これ以上はお前に負けてたまるかという気持ちが半々になった鋭い眼で火花を向けて晴人は言い放つ。まだ大会すら始まってないというのにまるで試合直前のような熱量でライバル視する表情を見ると、本当に晴人はバドをやってるときが一番幸せそうだなって思う。
「ああ。俺もだ」
戦友から向けられた熱量に俺も真正面から応えて、総当たり戦のときとは逆で売られた喧嘩を買う。こっちも目指している場所は同じで一番幸せになれるものも同じだから、負けるつもりなんて毛頭にもない。
「早速バチバチだね2人とも」
そんな感じ脇目も振らずに火花を散らす1年のバドバカ2人に、若干引きながらも微笑ましそうに大喜先輩が話しかける。
「そりゃそうっすよ。俺もインターハイ出たいんで」
「言っときますけど俺からすれば大喜先輩もリベンジがかかったライバルなんで」
「(バドが絡むとホントに似た者同士だなこの2人…)」
当然インターハイに出るということは、晴人に勝って
「佐知川は去年までエースだった兵藤君が抜けたとはいえ、新エースになった遊佐君も2年に上がり去年以上の戦力になっている。引き続き佐知川に勝てなければインターハイには進めないと思い名前を呼ばれたメンバーはとにかく怪我だけはしないようにコンディションを整え、今回呼ばれなかった人たちも思うところはあるだろうがしっかりとメンバーをサポートし、共に大会へ向け日頃の練習のひとつひとつを怠らず取り組むように。以上」
インターハイに進むとなれば、
「ワンダホー!ビューティホー!パーフェクツ!!」
シングルスのメンバー発表を兼ねたミーティングが終わると、緑のネットを挟んだ向こう側にある新体操部のコートから演技を絶賛する声が聞こえてきた。
「(…めっちゃ曲に入り込んでんな雛姉)」
演技中でもお構いなしにちょいちょい両手で小さく拍手をしながら絶賛の声を送る
「(…カッコいいな……雛姉)」
とにかくここまで自分の好きなことに入り込める雛姉は、今日も変わらずカッコいいって思う。
「素晴らしいわ蝶野さん!昨年から更に磨きかかって美しいわ!」
「ありがとうございます」
演目が終わりアドバイスというより絶賛の嵐な感想をご機嫌に告げるコーチを前に、雛姉は笑顔で謙遜する。そりゃあこんだけ上手く踊れたら、ワンダホーでビューティホーでパーフェクツだ。
「(ホントに褒めてばかりだな。雛姉のコーチ)」
ただ先週くらいに蝶野家のリビングにて“うーん。全然悪い人とかじゃないんだけど良くも悪くも感覚派で褒めることしかしないから、もっとメリハリとか技術的なアドバイスをして欲しいんだよね”…と雛姉が不満を口にしていたように、本人的には褒めるにしてもちゃんとメリハリをつけて欲しいらしい。競技が全然違うから俺が言える義理じゃないけれど、だろうなっていうのはこうやって何気なく遠巻きで見ているだけでも伝わる。まあ、本当に文句なしって可能性もゼロとは言い切れなさそうではあるのだが。
「(やばっ、こっち来た)」
と、チラ見どころかほぼガン見でネット越しに演技を観ていた俺のほうへ、コーチとの話し合いが終わった雛姉がリボンを片手に持ってふくれっ面な表情を浮かべてバド部のコートへ近づいてくる。何となく、普通に演技を観てたことで金銭を取られそうな予感がした。
「観覧料、2000円」
「久々のやつ…」
内心で身構えていると、ネットの前まで歩いてきた雛姉は俺の前にいる大喜先輩に手を軽く差し出す仕草をしながら
「飛鷹くんも今回だけは特別に見逃すけど次やったら観覧料だから」
「親戚からもお金取るのかよ」
なんて現実はそう甘くはなく、俺も普通に雛姉からイエローカードを食らう。
「(って、雛姉もちょくちょく俺が練習してるとこ見てんじゃん)」
ついでで俺の頭の中に返す言葉が浮かんだけれど、言ったらレッドカードが発動して観覧料を払う羽目になりそうだったからグッと抑えた。実際はジロジロ見るなという警告ってだけで観覧料は冗談だとしても、次があった暁には帰った後にマッサージをやらされそうだからマジで気を付けようと、俺は心に誓った。
「あと、君は15000円」
「えっなんか俺高くないすか?」
「当然でしょ!
「あんなこと?」
そして何気に大喜先輩と一緒に見物していた晴人は、誰よりも高い観覧料を要求されて流石に納得がいかず生意気にも雛姉に食ってかかる。
「晴人が何かしたん?」
だけどさすがに15000円は身内の俺でも普通になんで?って言いたくはなるし、どうして晴人だけバカ高いんだって話だ。
「聞いてよ飛鷹くん_」
「そりゃあ、あのピチッとした恰好には目が行くというか」
「_てことがあったわけ。ひどすぎない?」
「晴人……これは15000円だわ」
ピンと来てない本人に代わって聞いてみたら、俺が聞いてきたことで気を良くしたのかすっかり先輩モードから
「…確かにデリカシーが足りてなかったかもしれないです」
救いなのは、晴人自体はちゃんと反省はしていそうなところか。まあ晴人は何だかんだ根はいい奴だから悪意を込めてそういうことを言ったわけじゃないだろうし、これを機に心から反省して雛姉にリスペクトを持ってくれるというなら俺は全然…
「それについては、すみませんでし…」
と勝手に戦友の過ちを許しかけていた傍から、晴人の視線が雛姉の胸元のあたりに向く。
スコーン_
次の瞬間、雛姉の左手からリボンの持ち手がネットの隙間をすり抜けながら飛んできて、抜群のコントロールでピンポイントに晴人の額を突いて、そのままリボンを戻した雛姉は俺たちに目もくれずプンとした足取りで戻っていった。
「お前ほんと気をつけたほうがいいぞ。デリカシーとか…」
「うす」
そしてまたしても雛姉を前に天然が出た晴人を、大喜先輩がやれやれと叱る。いまはっきりとわかったのは、晴人は良い意味で捉えるなら天然で、悪い意味で捉えるならデリカシーが足りない自己中ということ。
「しかし、まさか晴人が雛姉のことをあんな目で見ていたとは…」
「
「俺はスケベな晴人と違って
「誰がスケベだコラ」
「どっちにしろあんまり見てると怒られるから気をつけろよな2人とも」
とはいえ悪気はなかったにしろ雛姉を
「つか羽鳥…お前ってあの蝶野先輩って人とマジで親戚なのか?」
「おう……えっ今まで知らなかったん?」
「話自体はバド部の中で耳にしたことはあるけど、根拠のない噂話って思ってたわ」
「ほんと興味あることとないことで極端だな…」
ついでに晴人が俺と雛姉が親戚だったことをまだ知らなかったという事実が判明して、今日も今日とてバド部の練習は始まった。
「1本ー!」
「ラストー!」
キュッ、パァン_
「最後のリレーであんなに全力疾走してたのによく動けるよねはとこくん?」
コートの端でストレッチをしがてらネットの向こうにいる飛鷹くんがスマッシュを打ち込むのを何気なく見ていた私に、隣で同じ練習メニューをこなすにいなが話しかける。
「小さいときから体力にはめちゃくちゃ自信があるらしいよ」
「私だったら絶対動けないよあそこまで」
「私もだよ。ほんとバド部ってみんな体力お化けなんだから」
どんなに私のはとこが隣のコートで練習している風景と日常に慣れても、やっぱり視界の先にいるとどうしても見てしまうのは、身内だからだろうか。
「うわーもったいねー今の!」
「ちょっと力んだな」
「ですよね匡先輩。どうも俺って左利きが相手だと勝手が違うから本調子が出ないっぽくて_」
なんて、私とにいながストレッチついでで見ているなんて知らない飛鷹くんは、ネットを挟んだ隣り合わせのコートで相手をしている匡くんからスマッシュのアドバイスをもらっている。これもまた身内というフィルターがかかってるせいかもしれないけれど、本当に飛鷹くんは家でも学校でも弟分って感じがすごい。
「ねえ雛、結局はとこくんの相談って何だったの?」
開脚を終えて姿勢を戻したにいなが、昼間のことを聞いてきた。
「千木良さんって同じクラスの女バドの子に、私たちのことを話していいかって話」
「それって借り物競争のとき手繋いでた子?」
「うん。メッセが結構ガチっぽかったから心配だったけど、とりあえず学校が嫌になったとかじゃなくて良かったよ」
「あの様子を見るに全然悩みとかなさそうなんだけどな~」
「ああ見えて意外と
もちろんにいなと菖蒲ちゃんにはどこで食べたか以外の事情は特に隠さずちゃんと話してたし、わざわざ隠す意味もないから正直に明かした。
「で、雛はなんて答えたの?」
「普通にいいよって答えた」
「もし俺が千木良に言うことで雛姉が困るんだったらもちろん言わないけど……あいつだけ知らないのはどうなのかなって、俺的に思っちゃってさ」
「飛鷹くんが言ってたけど、仲良くしてる友達の中で1人だけ知らないのはどうなんだろうって気持ちは私だって分かるから…」
「…いいんじゃない?雛がそう決めたんだったら」
開脚の姿勢のまま答えた私に、隣で両腕を上に伸ばして座り込むにいなが見下ろすように優しく笑いかける。
「あ、噂をすれば」
それとほぼ同時のタイミングで、いつの間にかコートの外に出てラケットの代わりに雑巾を片手に持った飛鷹くんが私とにいなのいるところへ歩いてくるのが視界に入って、私は開脚を終わらせて身体を起こす。これはきっと先輩から雑巾を洗ってきてと雑用を頼まれたパターンだ。
「おつかれ」
「お疲れっす」
目の前を横切るように歩いてきた飛鷹くんへ私が“おつかれ”と言って、雑な敬語で相槌だけ打ってそのまま飛鷹くんが新体操部の
「学校にいるときの様子を見ると、雛とはとこくんが家だとめちゃくちゃ話してるっていうのが信じられないね」
「確かにそうかも。かと言って学年も違う男女が学校で家みたいに接するのは不自然だし」
言わずもがなそうしているのは仲が悪いとか本当はこんな感じとかでもなくて、お互いのことを考えたら話すことがないときはこれぐらいがちょうどいいってことに自然と落ち着いてきているから。
「とにかく飛鷹くんとは、学校にいるときは向こうから話しかけてきたら話すってくらいの距離感が
『青組が緑組を突き放してここまでトップを走る赤組に迫り始めています!』
自分ではそう思っているけれど、ひょっとしたら飛鷹くんはそうじゃないかもしれない……って、リレーのときの尋常じゃないくらいに気迫のこもった全力疾走を見たときに私は感じた。青組のためじゃなくて、私のために全力を出して走っていたっていうのをはっきりと私は感じた。
「ファイト」
どうしてそんなことが言い切れるかは、目の前を飛鷹くんが走り抜ける
『青組速いです!赤組との差がさらに縮まっていきます!』
そして針生先輩にバトンを渡し終えてゆっくりとスピードを緩めて立ち止まった飛鷹くんは、青組の応援なんてそっちのけでちょうど真ん前の場所にいた私へ視線を向けて、同じ組の子が話しかけてくるまで真剣な表情で
時間はたった3秒くらいだったけどその表情は私の知っている飛鷹くんだとは思えないくらい大人びていて、言葉では言い表せない強い気持ちのようなものが現れていたように、私の眼に映った。
「まえ失礼します」
飛鷹くんがコートの外に出て行ってから数十秒くらいして、同じような練習着を着て同じように雑巾を片手に持った千木良さんが私とにいなの前を明るい声で礼儀正しく断りを入れて軽く頭を下げながら横切っていく。
「結構礼儀正しいよね、
「うん」
横切って行った千木良さんの後ろ姿を見て、にいなが呟く。まだ直接話したことがないから何とも言えないけれど、いい子なんだろうなっていうのはいまの一瞬で伝わってくる。そんな千木良さんがこれから向かうのはきっと飛鷹くんの向かった場所と同じところで、体育祭のときみたいな感じで話しにいくのだろう。
「…千木良さんみたいな人が友達になってくれて良かったよ」
やっぱり、2人って
「それに比べて男バドはどうなってんのよ全く」
「あーもしかして1年の遊佐く」
「待って名前言わないで覚えちゃうから」
「どんだけ嫌ってるのよ雛」
「だってピチッと、ピチッとって…」
後を追うような形でコートから出て行った千木良さんを見届けて、私はにいなと一緒に練習に戻った。
「ひだっちおつかれぃ」
「?おう、お疲れ」
「あとメンバー入りおめでとう」
「…何で知ってんのそれ?」
「ハリー先輩からさっき聞いてきた」
「あー、なるほど」
先輩から頼まれてロビーの水道に行って雑巾を洗っているところに、女バドのコートで練習をしていたはずの千木良が後ろから元気よく声をかけるついでで、インハイ予選のメンバー入りした俺を軽く祝う。恵介から“体力お化け”と呼ばれていた俺がいうのもあれだけど、元気という意味でならこいつも大概だって思う。
「ひだっちも雑用?」
「そんなとこ。つってもこういうことをやるのも大事だから全然苦じゃないけど」
「真面目で偉いなぁ」
「千木良だってやってんじゃん」
「雑用は1年生の仕事なので」
合間の雑用をこなす俺に偉いと言いながら、千木良は蛇口を捻って水の冷たさを左手の指先で確かめて右手に持っていた雑巾を洗い始める。こんなふうに練習の合間とかにたまにロビーで出くわしたりすると、決まってこいつは何かしらを話してくるのは俺の中ですっかりお馴染みになった。
「二人三脚とリレーの写真、あとでバド部のグループのところに送るよ」
「あざます」
「我ながらカッコよく撮れたから期待しといて☆」
「そんなにハードル上げて大丈夫なん?」
「
俺の知らない間にいつの間にか撮ったという写真を、期待しといてとこれでもかってくらいに自信満々な表情で話しながら千木良は雑巾を絞る。ぶっちゃけ、ここまで自信があるなら普通に楽しみではある。
「ていうか千木良って写真好きなんだ?」
「うん。写真部みたいなガチ勢じゃないけど小さいときから好きなんだよね写真撮るの。意外でしょ?」
「自分で言うんかい」
そんな写真好きな一面を、千木良は“意外でしょ”と言って笑みを浮かべながら打ち明ける。確かに言われてみると、意外っちゃ意外かもしれない。
「まあでも、言われてみれば意外か」
ともかく、友達から自分の雄姿をこれだけ自信満々にカッコよく撮れたって言われるのは、普通に嬉しかったりする。
「じゃ、そろそろ戻らないとだから後半も頑張れよ」
「ねえひだっち」
という小恥ずかしい気持ちが表に出てくる前に雑巾を絞り終えてさっさと練習の続きをしようとコートへ戻ろうとしたところで、千木良は俺を呼び止める。
「ひだっちってさ……土曜日の部活の後って空いてる?」
呼び止めた千木良は、俺が振り返ると手を後ろで組んで週末の予定を聞いてきた。心なしかその声色と表情が、俺には珍しく少しだけ緊張しているように見えた。
ていうか、“空いてる”って何だ…?
「おう。全然空いてる」
と心の中で千木良の言葉と表情に僅かな疑問を持ちながらも、土曜は16時に終わる部活以外で何の予定もないからとりあえず俺は正直に伝える。
「だったらさ……土曜日にお兄と弟の3人でウチの近所の体育館借りて自主練習するんだけど、インハイ予選のメンバーに選ばれた記念ってことで良かったらひだっちも来ない?」
すると千木良は、俺に予定がないと知るやわかりやすく嬉しそうな表情を浮かべて自主練習に行かないかと誘ってきた。
「千木良のお兄さんって、男バドの部室に飾ってある表彰状の人だよな?」
「もちのろんです」
「それは余裕で行くわ」
言うまでもなく俺の答えは、“YES”一択だ。
「めっちゃあっさりOK出すじゃん」
「だってインターハイ出場経験者の人と練習させて貰えるわけだろ?こんな機会逃さないわけにはいかないでしょ」
「ひだっちってバドのことになると子供みたいにテンション上がるよね~」
「そりゃ好きだしな、バドミントン」
案の定千木良からは子供みたいにテンションが上がっていると笑いながら言われたが、そりゃインターハイで2位になったOBの先輩と一緒に練習ができるのは、超えるべきライバルのいる俺にとってこれ以上のことはない。
「てことで土曜日はよろしくね!とりあえず体育館に行く前の集合場所はあとでメッセで送るから!」
「おう」
“あり寄りのあり”な感じで二つ返事をしてくれたのがよほど嬉しかったのか、あからさまに上機嫌な様子で千木良は手隙の左手を軽く振って1歩ほど手前にいる俺を追い越して先にコートへと足を進めていく。
「なあ、そういや千木良って
そのすれ違いざまで
「…あー、言われてみればひだっちにはまだ言ってなかったね」
立ち止まり少しの間を空け思い出して、千木良が振り向く。
「実は1コ下で私と同じでバドをやってるんだけどさ……まあ
「おい
そして1コ下の弟がいるということだけを俺に教えると“続きは会ってからのお楽しみ”だと理由になってない理由ではぐらかして、逃げるようにコートへ駆け足で戻って行った。
「…何だよ続きは会ってからって…」
一瞬だけ追いかけて強引にでも呼び止めようとしたけれど、弟のことを聞かれた千木良のどことなく歯切れが悪い様子が俺的に少しだけ気になって、足が動かなかった。思い返すと、あいつから栄明のOBであるお兄さんの話は一回だけ聞いたことがあるものの、弟の話は今日に至るまで友達になった俺でさえ一度も聞いたことがなかった。
「(まず弟がいるとか知らないし…)」
もし俺に教えなかった理由があるとしたら一体何だ?千木良にとって何か都合が悪いことでもあるのか……いやいや、そもそも表も裏もないようなあいつにそんなのがあるのかって話だけど、俺も俺でまだ千木良のこと全然知らないんだよな…
「(…まさかお兄さんみたいにバドがめっちゃ強いとか…)」
「ゲームマッチ。ワンバイ。埼玉県代表、_」
「…気のせいか」
弟がいることを今まで言わなかった理由を俺なりに考えながら後に続いてコートへ戻ろうとしたら、どういうわけか全中の記憶が突然フラッシュバックしてすぐに消えた。
おかげさまで先日、この小説が日間ランキングに乗りました。
あくまで数字には拘らず好きなように書いているのが私ですが、素直に嬉しいです。
読者の皆さま、本当にありがとうございます。