鷹と蝶   作:ナカイユウ

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もったいない

 「雛~、ご飯できたよ~」

 「いま行くー」

 

 振り付けの確認がてらで聴いていた演目の曲が終わったのと同じタイミングでお母さんの呼ぶ声が部屋の外から聞こえて、私は2階の部屋から出てリビングに下りる。

 

 「って、飛鷹くんの分は?」

 

 リビングに入ってまず私の目に飛び込んできたのは、いつもよりも少しだけ食器の数が少ない食卓。

 

 「何言ってるの。飛鷹くんはOBの先輩たちと一緒に練習帰りに外で食べてくって雛が言ってたでしょ」

 「…あ、そうだった」

 

 パッと見で飛鷹くんの分がないことに気付いてお母さんに聞いてみたら、今日は外食だったことを思い出してほんのちょっとの恥ずかしさがこの身体を巡る。

 

 

 

 「これからインハイ予選までの土曜日は部活終わりにその先輩から鍛えてもらうことになったわ」

 

 

 

 本気でインターハイを目指すために、千木良さんのお兄さんだというOBの先輩の練習に参加することになった飛鷹くん。時間的に今ごろは、練習が終わってご飯を食べながら先輩後輩同士でバドミントンの(こと)とか学校の話題とかで盛り上がっているのだろうか。

 

 「さ、私たちも食べますか」

 

 なんてことを頭の中で考えながらキッチンで手を洗って、いま家にいる私とお母さんの分だけが並ぶ食卓について、いつものように夕飯を食べる。

 

 「…不思議な気分ね」

 「何が?」

 

 お椀に盛られた雑穀米をまず一口運んで、大皿に乗ったよだれ鶏を口にしようとしたタイミングで、テーブルを挟んで向かい合う位置に座るお母さんがふと呟く。

 

 「麦が1人暮らしを始めて、こうやって雛と私だけで夕飯を食べることに慣れ始めたところで飛鷹くんがこの家に来て私たちと一緒に暮らすようになって、気が付いたらそれが当たり前みたいになってさ……まるで家族が増えたみたいだなって」

 

 話を聞きながらメインのよだれ鶏を口に運ぶ私といつもより人数とお皿が少ないテーブルの上を交互に見つめながら、呟くようにお母さんは語りかける。

 

 「言われてみるとそうかもね……私も末っ子からお姉さんに昇格したみたいな気分だよ」

 

 お母さんがそうであるように、お姉ちゃんが家を出て行った私にとっても仕事で1年中忙しいお父さんがいなくて2人だけで夕飯を食べる日常が当たり前のようになっていくとばかり思っていた。そんな蝶野家の一日に、バドのために親元を離れてこっちへ来た1コ下の元気な親戚(はとこ)が加わって、1人減ってちょっぴり寂し気だった食卓が賑やかになって、それがいつしか私にとっての()()()()になっていたことに気付く。

 

 「さっきも“飛鷹くんの分がない”って私に言ってたくらいだしね」

 「もー、やめてよお母さん」

 

 もちろん私はお母さんと2人だけで夕飯を食べる穏やかな時間もこれはこれで気分が落ち着くから、割と好きだったりする。ちなみに母校の大学で准教授と体操部の監督をしているお父さんは今日も今日とて忙しく、東京で行われている全日本選手権にコーチとして帯同している関係で明日の夜まで帰ってこない。

 

 「ねえ、雛ってこういうときにお父さんが(ここ)にいてくれたらって思うことはある?」

 「うーん、思うことはあるけど私とかお母さんが言ったところでどうせ言うこと聞かないでしょ、あの人」

 「結局そうなっちゃうのよねー…ほんとに初めて会ったときから体操バカなのは変わらないから」

 「想像するまでもなく想像できる…」

 

 という感じで絶賛お仕事中で留守にしているのをいいことに、いつの間にかお母さんと2人でお父さんの愚痴をする今日の食卓。当然これは嫌っているとかそういう訳ではないし、私は日本代表として体操界を背負っていたお父さんのことを人として本当に尊敬している。

 

 「ま、それがお父さんなんだけどね」

 

 

 

 「3位か……次はもっと上に行けるといいな」

 

 

 

 だけど、私にとってお父さんという存在は小さい頃に植え付けられた()()()()()()()()()()()()()のままで……現役を引退して指導者になったことで少しだけ一緒に居られる時間が増えた今でも、まだ親子としての距離感は今ひとつ掴めないままだ。

 

 

 

 「そうだ、話変わるけど飛鷹くんと仲が良いっていうクラスメイトの子ってなんて名前だったっけ?」

 「千木良さんだけどそれがどうかしたの?」

 

 お父さんの話題がひと段落すると、話が変わるという前置きをしたお母さんが何かを思いついたような顔を浮かべながら千木良さんのことを私に聞いてきた。

 

 「いや、ただの偶然かもしれないけど……お母さんね、(さつき)ちゃんっていう高校のときに同じクラスになって仲良くなった友達がいるんだけど、その人が二十歳になったときに高校で知り合った同じ部活の先輩と結婚して()()()って名字になってるのよね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お待たせしました。お先にゴーヤチャンプルー定食2つになります」

 「ありがとうございます」「どうも」

 

 2時間ほどの自主練習を終えた俺は、お兄さんに連れられる形で行きつけだという沖縄料理のお店に3兄弟と一緒に入った。当然、沖縄料理なんて生まれて初めてだ。

 

 「お待たせしました。沖縄そばとソーキそばになります」

 「ありがとうございますっ」「あざます」

 

 そして今まで生きてきて沖縄料理に1ミリも触れた記憶がない()()な俺が独断と偏見で注文したのは、無難に“沖縄”が名前に付いた沖縄そば。有難いことにお兄さんの奢りだ。

 

 「いただきます」

 「「いただきます」」

 

 4人それぞれが注文したメニューが届いて、お兄さんの“いただきます”を合図に俺は下2人とタイミングを合わせながら手を合わせる。全員分が揃うまで誰も料理に口をつけたりしないところに何となくの3兄弟らしさを感じながら、注文した沖縄そばを口に運ぶ。

 

 「結構イケるでしょ。ここの料理」

 

 注文した沖縄そばを一口すすった俺に、テーブルを挟んだ目の前の位置に座るゴーヤチャンプルー定食を頼んだお兄さんが話しかける。

 

 「はい。ちょっと味が独特って感じですけど、めっちゃ美味しいです」

 「ハハッ、気に入ってくれて良かった」

 「でも沖縄料理の店ってなんか珍しいっすね」

 「でしょ。俺も最初は“埼玉なのに沖縄料理?”みたいな感じで半信半疑だったんだけど、店主が沖縄の人で具材もちゃんと沖縄から仕入れてるらしいから味もちゃんと本場の味らしいんだよね」

 「へぇ~、沖縄行ったことないんで本場の味がわかんないんすけどマジで美味いっす」

 「それは良かったよ」

 「ほんとに今日はありがとうございます」

 

 当然海なし県で育った俺にとって沖縄料理は無縁で本場の味なんて全くわからないけれど、初めて食べる沖縄そばは練習終わりで腹が減っているのを差し引いてもお世辞抜きで滅茶苦茶美味い。

 

 「ふと思ったけど沖縄そばとソーキそばって間違いやすいよね」

 「あ~確かに初見だと絶対どっちがどっちか迷うよねこれ。っていうかひだっちわかってないでしょ違い?」

 「おう。ぶっちゃけ」

 「やっぱり」

 「ちなみに見分け方は上に乗っかってる三枚肉が豚バラなのが沖縄そばで、スペアリブなのがソーキそば。ちなみに“ソーキ”は沖縄の方言で豚のスペアリブって意味だよ」

 「めっちゃ詳しいっすね」

 

 人生初の沖縄そばを味わう俺を半ば放置するように、沖縄料理の話題で盛り上がり始める3兄弟。東京より遠いところへ旅行に行ったことのない羽鳥家で育った俺からすれば、こういう沖縄料理の雑学を聞くだけでも現地に行きたくなってくる。

 

 「なんかこーいう話聞いてたら俺も沖縄行きたくなるわ~」

 「言っとくけど俺たち沖縄にはまだ一回も行ったことないから」

 「えっそうなんすか?」

 「逆にハワイは家族で一回だけ行ったことあるけど」

 「()()()()()って逆にすげえな」

 

 ちなみにハワイは行ったことがある千木良家の3兄弟も沖縄はまだないらしい……という地味どころか普通に凄い話はともかく、練習中も練習が終わった後もずっと仲が良い3人を見ていると、何というかシンプルに気分が幸せになる。もちろんだからと言って俺の家族の仲が悪いとか、そういう訳じゃないけれど。

 

 「そういえば羽鳥君はブロック大会には出なかったのかい?」

 「はい。今回は学校から地区予選免除推薦を貰ってるんで」

 

 そんなこんなで沖縄の話がひと段落すると、話題はすぐさまバドの話に変わる。

 

 「なるほどね。まあ県内じゃ佐知川と並ぶ強豪で知られる栄明がわざわざ君のことをスカウトしたくらいだから免除が貰えても不思議じゃないか」

 「初戦だけとはいえ全中に出れたおかげっすね」

 「いいなあひだっちはいきなり県大会まで行けて。私なんかブロック大会突破して来たんだからね」

 「それはマジでお疲れ」

 

 ブロック大会をパスしていきなりインハイ予選に出場する俺を、ブロック大会から勝ち上がってインハイ予選の出場権を手にした女バドの千木良がいまさっきの俺の口調を真似るように羨む。ちなみに俺は去年の北信越大会3位の成績を考慮され、ありがたいことにいきなり地区予選免除推薦を受けることができた。ついでに自慢じゃないけど、俺にとって地区予選免除は去年も()()()()だ。

 

 「でも初陣ながら2位なんて普通に凄いことだぞ、結」

 「普段の練習の賜物なんでこれぐらい当然ですよ兄貴」

 

 一方の千木良もちょうど練習日と重なったせいで直接応援には行けなかったが、1年生ながらブロック大会で準優勝してインハイ予選に進んでいる。何の比較にもならないとはいえ、中1のときに地区大会でベスト4まで行って普通に満足してた俺からすれば1年目のブロック大会で準決の壁を破るのは本当に凄いことだって思う。

 

 「ま、本音を言うなら1位になりたかったけどね」

 

 それでも千木良は、お兄さんからの労いにムードーメーカーらしく明るい表情で答えながらも最後は心の内に秘めた本音で締めくくる。いつもと変わらぬ口調で笑いながらも1位になりたかったとお兄さんへ打ち明ける眼には、普段ではまず見せない感情がチラついて見える。

 

 「そうだよな…ここで“2位になれた”と慢心しないのが結の強みだもんな」

 「もちろんだよお兄」

 「この悔しさをバネにひとつでも多く勝てるといいな、結」

 「うん」

 「おれも姉ちゃんの初めてのインハイ予選応援してるから」

 「あははっ、2人から応援されるなんて幸せ者だな私」

 「もちろん俺も千木良のこと応援してっから」

 「言っとくけど頑張るのはひだっちもだよ」

 「おうわかってる」

 

 お兄さんはインターハイ準優勝の栄明の元エース。弟くんは中2にして俺を踏み台に全中ベスト4まで勝ち上がった天才。こんな天才の中の天才みたいな2人にいつも挟まれている千木良(こいつ)にとって、大会で結果を出すことの()()()()()は俺の想像を遥かに超えるものかもしれないと、兄妹の団欒の中で感じ取った。

 

 「でもホントにみんなありがとう。これを糧にしてインハイ予選も勝ち上がるから」

 

 もちろん当の本人は何も気に留めていないと言わんばかりに平気な顔をするけれど、少なからずそういう見えないプレッシャー的なものは必ずあるはずだ。

 

 

 

 …きっとそれは、雛姉も同じことだ…

 

 

 

 「あの、お兄さん。ひとつ聞いてもいいすか?」

 「?うん、何でも聞いて。何せ俺は君の先輩だから」

 

 千木良の1年生だからと2位で満足しない負けず嫌いな姿勢にかつて同じ競技をしていた先輩としてエールを送ったお兄さんへ、俺は無礼を承知で聞いてみることにした。

 

 「変な意味とかじゃないんですけど……お兄さんはどうして高校でバドをやめたんですか?」

 

 俺の一言がきっかけになって、店の中で静かに流れるどこかで聴いた覚えのあるちょっと昔のヒット曲をBGMに沈黙が一瞬だけ流れる。

 

 「もしかして羽鳥君は、俺がバドをやめたことを()()()()()()って思ってる?」

 

 そして僅かな沈黙のあと、箸を止めたお兄さんがこの目を真っ直ぐ見据えて逆に問いかける。

 

 「もったいないっていうか、コートに立って羽根(シャトル)を打ってるときのお兄さんの動きにブランクみたいなものを全く感じなかったんですよ…」

 

 正直聞くべきかどうか悩むところはあったけれど練習のときからずっと感じていた、お兄さんへのちょっとした疑問。

 

 「だから、お兄さんがバドをやめたのは()()()()()って理由があったからなのかなって…」

 

 

 

 パァァンッ_

 

 高3でバドをやめてから、俳優と大学生を両立しながら週1か隔週ほどのペースで千木良と弟くんの練習に付き合う以外でラケットを触っていない人とは思えないほど、お兄さんの放つショットは勢いも正確さも凄まじかった。そりゃあインターハイで2位になったからそこら辺の人と比べたら上手いのは当たり前だと言われたらそれまでかもしれないけど、初めて一緒に練習をした俺の頭に浮かんだ感想は、純粋になんでバドをやめてしまったんだろうという疑問だった。

 

 「大事なのは自分が気持ち良くなるプレーをすることじゃなくて、相手が嫌がるプレーをすること。これがバドにおける必勝法ってやつさ」

 

 人が選んだ将来の夢という選択を外野がどうこう言うのは無意味でとても馬鹿げていることなのは、俺が小学生だった時に父ちゃんが同じようなことを言っていたからわかっている。だけど俺を含めた3人の自主練習に付き合うお兄さんがあまりにも楽しそうにバドをしていたから、もしお兄さんが大学に入ってもバドを続けていたらどうなっていたんだろうって、そんなことを俺は考えてしまった。

 

 

 

 「結と慧はもう知ってることだけど……元々()()()()()()()()()()()って決めてたんだよ。俺」

 

 怒られることも覚悟しながら問いかけた俺に、お兄さんは目を見据えたままバドをやめた理由を明かす。

 

 「有難いことに結と慧(この2人)と両親は俺の決断を最初から受け入れてくれたけど、当然バド部の仲間(やつら)からは打ち明けたときに“もったいない”って言われたし、監督からも“本当にいいのか?”って念を押されたりもした……でもさ、()()()()って言ったら大袈裟だけど、周りからそう言われたからって最初に決めた自分の選択を曲げるような生き方だけはしたくなかったんだよね…」

 

 まるで俺だけじゃなく長男として下の2人にも言い聞かせているように話す端正な眼と表情は、実力試しを通じて弱点を指摘する指導者みたいな眼差しとはまた違う優しさに満ちた感じがした。

 

 「だから高校最後の大会で優勝しようが2位で終わろうが、はたまたそれ以外の結果だろうが俺は高校最後のタイミングでキッパリやめるっていうのは中学のときから決めてたことだし、実際高3のインターハイを最後に文字通り引退したけど……この選択を後悔したことなんて1秒たりとも俺はないって自信を持って言い切れる」

 

 でもそれ以上に印象に残ったのは、周りから“もったいない”と言われようと高校でキッパリと区切りをつけた自分の選択を後悔していないと言い切るその顔に、建前でも何でもなく本当に“後悔”の二文字がないように見えたこと。

 

 「そもそも俺にとってバドは青春だったけれど、将来の夢じゃなかったからね」

 

 思い返す表情を見ればわざわざ聞かなくとも伝わってくる……この人が2位に終わった最後の試合で()()()()することができたということ。

 

 「羽鳥君が栄明を選んだのも、俺みたいにどうしてもっていう()()()()()()があったからなんじゃない?」

 

 高校でバドをやめた理由を明かしたお兄さんが、今度は俺に問いかける。

 

 

 

 「こんなこといま聞くのも難だけど、後悔してる?」

 「するわけないでしょ。インターハイに出て、今度こそ燃え尽きるまでバドを楽しむ……だから俺は栄明に行くって決めた」

 

 

 

 「もちろんです。また全国の舞台に立って、今度は完全燃焼できるまでバドをしたいんで栄明を選びました」

 「アハハッ、いいね」

 

 地元にいる親友との約束も込めてインターハイへの意気込みをぶつけるとお兄さんは嬉しそうに颯爽と笑う。いまは思うタイミングじゃないかもしれないけど、俺が何かいいことを言ったときのリアクションが千木良(妹)とそっくりなところは、やっぱり兄妹だなって思う。

 

 「俺がバドを高校でやめたのも、羽鳥君がバドのために栄明に進んだのも、広い括りで言えば同じだって思うんだよね……()()()()()()()()()()()()()()()()()()、っていう意味でさ」

 

 お冷を一口だけ口に運んで、語りかける口ぶりでお兄さんは俺へアドバイスを告げる。

 

 「…ぶっちゃけそこまで深く考えたことなかったんすけど、お兄さんの言うことはめっちゃわかります」

 

 自分の選んだ選択を、正しいものにしたい。俺が栄明に行きたいと決めたのは決して深い理由なんかじゃなく直感的なことで、後悔したくなかったからとか留まることに満足できなくなったとかいう理由だって正確には後からついてきたもので、本当に運命を感じたっていう根拠のない理由だった。

 

 「栄明に来たことを、俺は後悔したくないんで」

 

 

 

 だけど、自分が“これだ”と直感で信じて選んだ道が間違いだったなんて、そんなものを外野から決められたくないという思いは栄明に行くことを両親に明かしたときからずっと心の奥にある。当然この気持ちは、父ちゃんが言ってくれた“栄明に行って後悔はするな”という言葉がきっかけなんかじゃなくて、正真正銘の()()()()()だ。

 

 

 

 「…やっぱりひだっちってさ、何だかんだでめっちゃバドに対して本気だよね」

 

 俺の言葉を合図に再び流れ出した数秒の沈黙を、千木良の明るい声が掻き消す。

 

 「俺はあんまり思ってないけど、いま世話になってる親戚からも“バドのためだけに親のところを離れてたった1人で栄明に行くとか覚悟決まりすぎでしょ”みたいなことは言われてる」

 

 もちろん千木良が言いたいことはきっとそういうことだろうと頭の中で考えながら、俺はさり気なく話題を親戚の話へと移す。最寄りの停留所へ向かうバスの中で千木良へ打ち明けようとしたけれど相手が疲れて眠ってしまったおかげで結局言い出せないままだった、雛姉の話。

 

 「一応結からは親戚の家でお世話になっていることは聞いてるけど、まだ高1なのによく決断できたよね」

 「はい。ただ小さいときに結構仲良くしてたはとこのいるところなんでその点は大丈夫でした」

 「へぇ~はとこなんだ初耳」

 「姉ちゃん羽鳥さんから聞いてなかったの?」

 「うん…ていうか親戚の話ってまだひだっちからちゃんと聞いてない気がする」

 

 もし打ち明けるとしたら今だと、頭の中に直感みたいなものがよぎった。

 

 「ねえ、()()()()()()()()ってどんな人?」

 

 

 

 「いいよ。千木良さんに言っても」

 

 

 

 「…まあ何ていうか、()()()()()()()。的な?」

 「うわ何それめっちゃいいじゃん」

 「もちろん頼りっぱなしじゃいけないけどな」

 「ひょっとしてひだっちってそういう人がタイプなの?」

 「何でそっち方向に話が行くんだよオイ」

 

 3兄弟の仲睦まじい雰囲気に気を良くして本当にここで言ってしまおうという魔が差したけど、寸でのところで冷静になって俺は話題を適当に濁した。

 

 「それぐらいにしたら姉ちゃん?羽鳥さんが可哀想だよ」

 「え~恋バナはここからが盛り上がるのに~」

 「いつから恋バナになった??」

 「ウチの姉がすみません」

 「あ、うん。マジで1ミリも気にしてないから大丈夫だよ弟くん(さてはめっちゃいい子だなこの弟…)」

 「ハハッ、本当に慧は真面目だな~」

 「真面目なのはいいけど、中3になってこの手の話題(はなし)に全く興味がないってのは姉としてどうかと思うけどね?」

 「()()()()()()()って何?」

 「ほんとそういうとこだよ慧(こういうところが可愛いんだけどさ…)」

 

 濁したら濁したでどう乗り切るか正直気が気じゃなかったが、見るからにピュアで良い子な弟くんのファインプレーによってどうにか自分で蒔いたピンチは脱したみたいだ。バスに乗ったときに言うタイミングを逃したからと、危うく一番良くないタイミングで千木良に雛姉のことを打ち明けるところだった。

 

 「まあともかく、すぐ近くに頼れる存在(ひと)がいるなら安心して好きなことに打ち込めるね」

 

 なんてことを知るはずのないお兄さんは、雛姉というバドを頑張れる原動力になっている大事な存在(ひと)がいる俺に明るく微笑む。その明るく笑った顔が余計に妹と似ているせいで、友達に隠し事をしたままでいる罪悪感に似た気持ちが重りになって胸に募る。

 

 「そうですね……ただでさえ親戚には色々と世話になってるので、もうバドの結果で恩返しするしかないって感じですね」

 

 俺と雛姉が親戚で同居しているということはいつかは言わないといけないことだけど、千木良からすればあまりいい気はしないだろう。相手からすればバドを通じてせっかく仲良くなった友達から1ヶ月以上も隠し事という()を吐かれ続けた形だから、多少なりともショックは受けることになる。

 

 

 

 「友達に嘘ついてまで隠し事するのはする側もされる側も辛いだろうなっていうのは、私も想像つくからさ」

 

 

 

 …だからやっぱり、このことを打ち明けるのはこんな雑な形じゃなくて、雛姉のときみたいに1対1でちゃんと話さないと駄目だ……じゃないと千木良に対してあまりに失礼だ…

 

 

 

 「あっそういえばだけど、体育館に行く途中でひだっちが“1回戦で負けたら坊主にする”って言ってたよ」

 「っ!?だからあれは冗談だって言ったろ…!」

 「羽鳥君……素晴らしい心構えだ」

 「あの、それぐらいの心意気ってことっすからね?」

 「じゃあ坊主にはしないんですね?」

 「その純粋無垢な感じで聞いてくるのやめてもらっていいかな弟くん?(何か知らんがこの弟くんから言われるとダメージエグいわ…)」

 「だってさ。慧も見たかったよねひだっちの坊主頭?」

 「なんで俺が初戦敗退する前提になってんだよオイ??」

 「アハハッ、これは余計にいい結果を出さないといけなくなっちゃったね?」

 「お兄さんがそれ言うと()()()()()になり兼ねないんでもう勘弁してもらっていいすか…」

 

 結局俺は千木良に雛姉のことを打ち明けないまま、お兄さんが()()()()()()から芸能界に入ることになった話や栄明にいたときのお兄さんの武勇伝などで盛り上がりながら注文した沖縄そばを完食して、3兄弟と一緒に店の外に出て解散した。




町中華にするとまんま兵藤サイドと同じシチュエーションになってしまうので、何パターンか考えた末に沖縄料理になりました。

それと補足として千木良兄が飛鷹にバドミントンをやめた理由を打ち明ける場面で流れているお店のBGMは、Kiroroの『Best Friend』です。

※11/20追記:地区予選免除推薦の設定を一部変更しました。
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