鷹と蝶   作:ナカイユウ

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欲張り

 「おかあさん。あれはなにやってるの?」

 「あれは新体操っていう競技だよ」

 「しんたいそう…」

 

 両親が体操選手で、特にお父さんが体操の日本代表選手という家族の下に生まれた私が新体操という競技と出会ったのは、ちょうど4歳になるときだった。最初はお父さんとお母さんが体操をやっていたからっていうアスリートを親に持つ子供なら割とありがちな理由で体操をやろうと思っていたけど、お母さんに連れられる形で見学に来た体操クラブでたまたまやっていた新体操のほうに、子供心の直感で興味を持った。

 

 「おかあさん。雛、しんたいそうやってみたい」

 

 こうして私はお父さんとお母さんがやっていた体操ではなく、新体操を始めた。するとここまで早い段階から新体操を始める人がそもそも少なかったのか、それともこの血筋のせいも多少はあるのか、私は1歳分の成長をするたびに身体を自由に動かせるようになって、それに比例して大会でもいい結果を残すようになって小学校の高学年になったころにはクラブどころか地元じゃ負け知らずなぐらいの実力を手にしていた。

 

 「蝶野さん。あなたはお父さんのような立派な選手になるんだから、もっといい演技が出来るように頑張るんだよ」

 

 そんな私のことをクラブのコーチが期待を込めて人一倍に熱を入れて指導するようになってから、クラブのみんなやその親御さんを含めて私は周りから“蝶野選手の娘”として一目置かれるようになった。

 

 「じゃあ放課後私の家に集合ね!」

 「ねえ、せっかくだしみさちゃんとゆうこちゃんも誘おう!」

 「いいねいいね!」

 「ママがクッキー作りしていいって」

 

 もちろん私は、何の苦労もしないでみんなから注目されるくらいの演技(つよさ)を手に入れたわけじゃない。自分で堂々と言えるほどじゃないけれど、新体操というものをこの身体の一部になるまで沁み込ませるためにそれなりの()()を払ってきた。

 

 「あ、ひなちゃんも今日ウチくる?」

 

 学校が終わったら当たり前のように友達の家に遊びに行くクラスメイトを見て、新作のお菓子の話題で盛り上がるクラスメイトを見て、羨ましいと思ったことはないと言ったら嘘になる。それでも新体操を始めたときから“自分のことは自分でどうにかする”というやり方でずっとやってきた私にとって、大好きだったお菓子を我慢することも、友達と遊ぶ時間が減ることも大した苦痛じゃなかった。

 

 「ごめん。今日習い事ある」

 「そっか~残念」

 

 だって私は、純粋に新体操が一番好きだからだ。泣きたくなるくらい嫌なことがあった日でも、流れる演目の曲に身を任せて(おど)っているときは全てを忘れられてあるがままでいられる。この代えがたい心地良さのためなら、一番以外の()()は幾らでも我慢できた。そうやって新体操とずっと向き合って来たのが、蝶野雛(わたし)だから。

 

 

 

 「雛姉麦姉久しぶりっ!」

 

 

 

 そんな私にも、新体操以外でどうしても楽しみにしていたことがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「雨の日にはー………次なんだっけ」

 

 いつもの時間にセットしているアラームに叩き起こされて、スポーツウェアに着替え坂元が“親の影響でハマってる”と言っていたバンドの曲をうろ覚えなりに口ずさもうとしてド忘れしながら洗面所に入って顔を洗う、月曜日の朝。

 

 「…随分さっぱりしたな」

 

 顔を洗い終えて頭を上げた瞬間に鏡に映ったいつもと少し違う自分を見て、思わず声が漏れる。一昨日の終わりに雛姉から言われたアドバイスを真に受けて行き着いた、俺なりの()()()

 

 「うわ、アホ毛立ってるし」

 

 頭のてっぺんの辺りで1本だけちょこんと立つ寝癖を潰そうと手を当てると、髪を切ったばかりでまだ尖りが残る毛先が僅かにザラついた感触を伴って掌の上を撫ぜる。昨日の今日だからか、全体的にちょうど半分くらいの長さになった髪は、何だか俺が俺じゃないみたいな感じでまだちょっと慣れない。

 

 「あぁもう全然直んねえじゃん寝癖(これ)…」

 

 昨日の部活終わりに道草して寄った商店街(アーケード)の中にあった1000円カットで切ってもらった、気合いを入れてイメチェンした俺。冷静に考えてこんなことをしたぐらいで何かが変わるほど現実は甘くなんてないのは小学生でもわかることで、自分でも中々にバカなことをしたなって一晩明けても思うけれど、後悔はない。例えばそう、“やらずに後悔よりやって後悔”っていう言葉があるように。

 

 「ケセラセラ今日も唱える♪限界、上等………誰?」

 「いや飛鷹(おれ)だよ」

 

 ようやくアンテナみたいに突っ立っていた寝癖をイイ感じに寝かせることができたところで、秒で眠気が吹き飛び鳥肌が立つほど上手い鼻歌から自然な流れで1コ上の先輩(はとこ)が朝一番に不審者を見るかのような表情でジョークを飛ばして揶揄う。

 

 「おはよう飛鷹くん。また寝癖?」

 「おう。1本だけ全然直んなくてさ」

 「せっかく髪切ったのにね」

 「俺って何気に癖っ毛なんだよなぁ生まれたときから」

 

 2ヶ月以上同じ屋根の下にいてもまだわからないことが多い雛姉だけど、最近になってわかったことがある。それは歌を口ずさんでいるときの雛姉は、()()()()に機嫌が良いということ。

 

 「…短くしたらもっとカッコ良くなったね、飛鷹くん」

 

 これから洗面台を使うことを察して鏡の前から離れようとしたところで、すれ違いざまに雛姉が静かに笑顔を浮かべながら呟くように俺へと言う。

 

 

 

 「えっ、どうしたのそれ?」

 「まあ、これはなんつーか……俺の心が“変わりたい”って叫んでた、的な?」

 

 ちょっと部活終わりに用事があると言って遅れて蝶野家に帰って来たら俺の髪が半分くらいの長さまで短くなっていたから、案の定先に帰っていた雛姉は俺を見るや目を丸くして驚いていた。心の声を聞いてみたらそいつが変わりたがっていたから、ということでとりあえず髪を短くした……まさか本当にそれをやるなんて思ってないだろうし、ちゃんと考えればたったそれだけのことで何が変わるんだって話で、マジか…って感じの雛姉のリアクション的に“これはやったな…”と思わず嫌な予感が頭を駆け巡った。

 

 「…ぷはっ、もうほんっと君って子は小さいときから行動力の塊だなあ」

 

 蝶野家に帰ってリビングにいる雛姉の前に立った瞬間に一気に目が覚めて冷静さを取り戻して少し恥ずかしがる俺を見て、普段着に着替えていた雛姉は堪えきれない様子で笑った。これはあれだ。小5の夏休みのときについ“可愛い”と言った俺のことを思いっきり笑って揶揄ったときと同じで、冗談半分のつもりで言ったアドバイスを真に受けたバカなはとこのことを“バカだなぁ”と思いながら笑っているパターンだろう。

 

 「…すごく似合ってるよ。飛鷹くん」

 

 と、雛姉のことならこれぐらいは知っていると開き直って心の中でたかを括った俺の予想を軽く超えてくる眩しいくらいに純粋な瞳と表情で微笑みながら、イメチェンした俺のことを“似合ってる”と雛姉は言ってくれた。

 

 「…マジで言ってる?」

 「うん。なんかこっちの飛鷹くんのほうがバド強そう」

 「髪切っただけだぜ?」

 「心は変わりたがってるんじゃなくて?」

 「まあ、そうだけどさ」

 

 

 

 不覚にも俺は、また雛姉のことを()()()って思ってしまった。

 

 

 

 「…雛姉がそう言ってくれるんなら、イメチェンして良かったわ」

 

 何気ない一言から昨日の一幕がフラッシュバックで頭の中に流れてきて、俺は何とか正体不明な動揺を隠しながら洗面所を出て玄関のほうへと早足気味に向かう。目の前にいるのは普段と何ら変わらない雛姉なのに、前触れもなく時折いきなり襲い掛かる()()()()は何なんだろうか。

 

 「飛鷹くん」

 

 よくわからなくなっている気持ちに惑う俺の心境なんて知るはずもない雛姉が、背を向ける俺に無理に目を合わせるでもなく名前を呼んで呼び止める。

 

 「…ごめん何でもない」

 「えっ何?すげえ気になるんだけど?」

 「朝早くて頭回ってないからなに言おうとしたか忘れた」

 「あー、それはしゃあないか」

 

 だけど少しだけ言い淀んだ雛姉は、さっきの俺と同じくド忘れしたと言ってほんのちょっとだけ申し訳なさげに笑う。

 

 「ひとっ走りしてくるわ」

 

 そんな雛姉の様子に自分なりの()()()みたいなものを感じたけれど、イメチェンした髪を褒められて謎に気恥ずかしさが込み上がっていた俺は平然を装ってそのまま日課で再び始めたランニングに出掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パァンッ_

 

 インハイ予選まで3週間を切り、バド部のコートを漂う空気はメンバー入りした各々が来る本番に向けて調整に入ったことで、当日へと近づいていくのに比例して引き締まり出していた。

 

 「21―15。ゲーム、針生」

 「ちくしょうやっぱ強えな」

 「相変わらず手癖が見え見えなんだよ西田(おまえ)は」

 「針生、割とマジで何か掴んだ感じがするからもうひと試合頼む!」

 「さすがにちょっと疲れたから軽くインターバル入れるわ」

 

 幸なのかそれともある意味で不幸か、今のところ俺は試合形式では全戦全勝の負け知らずで基本的にずっと調子が良い。かと言ってここで慢心してしまうといざというときに追い抜かされてしまうのが、このスポーツの恐さだ。

 

 「(さっき西田から一回だけ完全に意表を突かれたな……こういう読み違いが起きないように修正していかないと…)」

 

 何かを掴んだらしい西田を振り切って、小休憩がてらに何気なくコートを見渡しながら今さっきのゲームの反省点を振り返る。3年の中だと俺に次ぐ実力者でもある西田のことを見くびったことは一度たりともないつもりだったが、たった一度だけ完全に逆を突かれてスマッシュを決められた。こういう練習で出る甘さは本番にも出るというのに、俺らしくないミスが出た。

 

 嫌になるな……いつも余裕ぶっておきながら本番が近くなると自分が“負けるかもしれない”っていうイメージがチラついてナーバスになる自分が…

 

 パァァンッ_

 

 たった一度の凡ミスをきっかけに自分を必要以上に戒めようとするこの心に、誰かが放った強烈なスマッシュの音が()となって響く。

 

 「(…ったく、エースがそんな弱気でどうすんだってか)」

 

 コートの端に置いたポカリを三口ほど飲んでスマッシュの音が聞こえた方向へ視線を向けると、俺が立っていた隣のコートで晴人を主審にして大喜と飛鷹が本番さながらな熱量で試合(ゲーム)を繰り広げているところだった。さり気なくスコアボードに目をやると点差は『17―13』で大喜がリードしていて決して接戦というわけではなく、既に1セット目は大喜が取っているという状況。

 

 「(やっぱり飛鷹のやつ……()()()な)」

 

 ラリー5回分を外野から眺めたところで、昨日の練習から内心で感じていた飛鷹への違和感が本物だということを俺は察する。言うまでもなくそれは本人曰く“インハイ予選に向けて気合いを入れた”というイメチェンして幾分かスッキリしたヘアスタイルのことではなく、プレースタイルだ。

 

 パァンッ_

 

 昨日の時点では単なる気まぐれかもしくは予選に向けての温存のパターンも考えられたから確証は持てなかったが、これまで格上相手だと荒れ気味になるきらいがあった飛鷹のらしからぬ安定した試合運びを見て確信した。時にアウトも上等なほど思い切りのいい豪快でキレのあるスマッシュは相も変わらずながら、総当たり戦のときにはまだ見られなかったまるで試合全体の流れを常に考えながらゲームを進めているかのような冷静さが、はっきりとプレーに現れている。

 

 「(…なるほど。そういうことか)」

 

 いまの時点で分かる明らかな違いは、ゲームの〆は必ずスマッシュで決めに行こうとするほど強打に頼っていた飛鷹がこれまでと比べて強打に()()()()()()()ということだ。

 

 「匡」

 「はい」

 「飛鷹のプレーを見て、何か気付くことはあるか?」

 

 ちょうどアリーナに戻ってきた匡に、たったいま感じた確信について聞いてみる。

 

 「そうですね。俺が昨日から見ている限りだと無駄にスマッシュを打とうとする癖が減ったかわりに相手が嫌がるコースを意識するようになったおかげか、スマッシュやショットの正確さがさらに上がったように見えます」

 「さすが匡は視野が広くて助かるわ」

 「普段からチビの相手をしているので自ずと観察眼が鍛えられたってだけですよ」

 

 実は俺を含む3年の間で密かに“新部長候補”と呼ばれていることは別の機会として、大喜と共に一緒に練習を組むことの多い匡も飛鷹の些細な変化には気付いているようで、コートの上でラリーを展開する県外から来た台風の目に視線を向けながら冷静に分析する。

 

 「ただ俺なら3週間もないってタイミングでこんな危険な賭けをしようとは思わないけどな。下手に付け焼刃なことして自分のスタイルを見失ったら今までの頑張りも水の泡だ…」

 

 何がきっかけかは知らないが、いま飛鷹がやっていることは強者が何人もいるインハイ予選という舞台を前にしている身としては博打も同然の危険な賭けだ。本番まで2,3ヶ月はあるタイミングでならともかく、3週間を切ったところで自分のプレースタイルを変えようとするなんて真似は普通に考えれば無謀で、さすがの俺でも躊躇う。

 

 「ホント、飛鷹ってやつはメンタルが鋼なのか硝子なのか俺にはさっぱり分からん」

 「同意見です」

 

 そんなハイリスクハイリターンな選択を賭けられるだけの度胸がありながら、どうして今までそれを発揮できなかったのか。あるいはこのタイミングで反動が来たのか……そこまではさすがに俺も分からない。

 

 

 

 「勝ちたいなら攻めていけ」

 

 

 

 いや……()()を焚きつけたのは俺か……

 

 

 

 「21―17。ゲーム、大喜」

 

 当然プレースタイルを変えたからと言ってすぐに結果が変わるほどバドは甘いはずもなく、シングルスゲームはこれまでと変わらず大喜のストレート勝ちに終わる。今までとさして変わらない試合結果だけを見ると果たしてスタイルを変えた意味はあるのかという話になるが、大事なのは()()()2()()で今までと変わらないところまで動けているという事実だ。

 

 「予選までもうそんなに時間がないってのに、自分のスタイルを変えるようなことして大丈夫なのか?」

 

 大喜とのゲームを終えて主審の晴人と一言二言ほどやり取りをしてラケット片手にこっちへと歩いてきた飛鷹へ、本人にとってその意思がどれほどなのかも確かめるため軽く揺さぶりをかけてみる。

 

 「まだ()()()ばかりですが、自分がどんなプレイヤーを目指すべきかがやっと見えてきました…」

 

 俺からの揺さぶりに、飛鷹は珍しく落ち着いた口ぶりで()()()ことを俺に告げる。そう易々と埋められない1年分の差をまたしても見せつけられてきたばかりだというのに、俺の目を見る表情は確かな手ごたえを感じていることを伝えてくる。

 

 「大丈夫って保証はないっすけど、予選までに何とかモノにします」

 

 “保証はないけど何とかモノにする”と、堂々とした眼つきで飛鷹は俺にそう言い切った。バドをやってきた人間の例に漏れず飛鷹(こいつ)も敗北というものを経験しているからこの言葉に嘘はないのだろうというのは、同じくずっと超えたいと思い続けていた目標(ライバル)にとうとう勝てなかった俺には分かる。

 

 「ま、それぐらいの自信がなけりゃコートには立てんわな」

 

 

 

 ようやく自分から限界を超える努力をし始めた飛鷹が本番で化けるか、それとも器用貧乏のままで終わるか……もし同じコートで戦うことになったら、リスクなんて関係なく俺は()()であってほしい…

 

 

 

 「針生先輩、ひと試合お願いしていいすか?」

 「おう。その代わり練習だからと容赦はしないぞ」

 「上等です」

 

 大喜とのひと試合を終えて小休憩(インターバル)へ入りにいく飛鷹を横目に、俺はもう一人の大物ルーキーの健気な我儘に付きあった。

 

 

 

 

 

 

 「(昨日と比べて感覚は身体に染み付いてはきたけど…さすがに1,2日じゃ目に見えて変わらないか…)」

 

 コート外に出てインターバルのお供のポカリを口に運んで、額から滴り出す汗をタオルで拭いながらついさっきまで俺が立っていたコートで試合を始めた晴人と針生先輩を眺めがてらに、自分のプレーを振り返る。トータルで考えると、ひとまずはプラマイゼロのところまでどうにか持ってこれたってところだろうか。

 

 「(…ま、2日でこれなら上出来か)」

 

 一昨日の自主練習で千木良のお兄さんから貰ったアドバイスを自分なりに吸収して、スマッシュを確実に決めることよりもいま打つべきショットは何か、どこに打てば相手が嫌がるのかを目まぐるしく動く中で読むことに重きを置いて、攻守を両立しながら飛んできた羽根を打つべき場所へと返す。強い先輩たちとの差は相変わらずだけど、2日でこれなら俺としてはまあ順調なほうだと思いたい。

 

 「ファイトー!」

 

 自分より強い先輩(ひと)から日々鍛えてもらっているおかげか、徐々にではあるものの早くもスマッシュに頼り過ぎないプレーへこの身体が適応し始めている感覚はある。昨日の時点ではまだ加減がわからなくて半信半疑な部分が拭えずどっちつかずだったが、攻撃型の典型とも言える大喜先輩とのゲームを通じてコツのようなものが自分の中で見え始めた。

 

 キュッ、パァンッ_

 

 とはいえ、まだ及第点以下ながらも確かに感じているこの手応えと同じくらいか、むしろそれ以上に針生先輩の忠告は理解できる。本番のインハイ予選まで3週間を切っているこんなタイミングで自分のスタイルを変えようと試みて上手く行けるのは、きっととんでもない外れ値の才能を持った天才ぐらいで、あくまで俺は周りよりほんの少し覚えがいいってだけで、あの弟くんみたいな無茶苦茶な強さはない。それにインターハイを経験している雛姉だって、大事なのは無理して変えることよりもベストを尽くすことだとお勧めしていたから、いま俺がやっていることは却って悪手なのかもしれない。

 

 パァァンッ_

 

 それでも雛姉が言った()()()()()を真に受けて後先考えず“自分を変えてベストも尽くす”という二兎を追う選択に賭けてしまった俺は、本当に心の底から欲張りだなって思う。

 

 

 

 「ただ無理をしてでも変わりたいって()()()()が叫んでいるなら、まずは気合いのひとつでも入れてみれば?」

 

 

 

 「髪短くなったから一瞬誰かと思った~」

 

 雛姉の言葉を不意に思い出して新体操部のコートへ視線が行きかけようとしたところに、ちょうど通路を通りすがる千木良の声が横から入る。

 

 「調子はどう?」

 「普通。可もなく不可もなく」

 「へぇ~調子いいじゃん」

 「千木良(そっち)は?」

 「私は今日も絶好調です」

 「最高かよ」

 「あ、ハルとハリー先輩が試合してる」

 

 俺と同じコートに目を向けて、今日も絶好調と答えながらしれっと男バドの空間に混ざって観戦を始めるクラスメイト。

 

 「女バドんとこ戻んなくて大丈夫なん?」

 「ご心配なく。インターバル中なんで」

 「あぁそう」

 

 結局のところ、一昨日の自主練終わりのときにやっぱり話すとしたら1対1のときと決めた俺は、まだ千木良に雛姉のことを話せていないままだ。

 

 「…何か考え事してる?」

 「なんで?」

 「何となくだけどいつものひだっちよりリアクションが()()()だな~って思ってさ」

 「クールて」

 

 そんなクラスメイトの話しかける声をきっかけに頭の中がバドのことにプラスして友達のことで一杯になった俺の様子をまるで察するように、隣に立って同じゲームを見つめる千木良が横目で一瞥してクールに笑って核心を攻める。こんなふうに静かに笑うと、余計に千木良(こいつ)はあのお兄さんの妹なんだなっていうのがよくわかる。

 

 「そりゃ色々考えるよ……再来週の週末にはインハイ予選が始まるわけだし」

 

 もちろん考え事をしていたのは本当のことで、これでも嘘を吐くのは嫌いなタチだから正直に気持ちを打ち明ける。そういや俺、よく恵介とかから“お前ってすぐに顔とか態度に出るよな”って何回も言われたことあるわ……てことをついでで思い出す。

 

 「…久しぶりだな。()()()()

 

 1年前の俺も、大会が近くなるとこういう気持ちがなったのは同じだった。いつもの練習とは違う相手と同じコートで試合できることへの高揚感と、学校の名前を背負って戦う重圧からくる少しの緊張感。それらを全部ひっくるめた“楽しみ”という感情。

 

 「そっか。ひだっちはインハイ予選が初陣だもんね」

 「おうよ」

 

 ただ1年前までと違うのは、俺にとって()()()()()()()()()()()()が変わったということ。

 

 「まあとにかく、いまは本番に向けてやるべきことやってベストを出し切るって感じだわ…」

 

 

 

 「飛鷹くんがいる一日がどうなっていくかすごく楽しみなんだよね」

 

 

 

 その違いが久しぶりの晴れ舞台を前にする俺の心を優しく包み込んで、ときに悪気なく翻弄するから……つい俺はいい気になって調子こいて、この心がまたひとつ()()()になってしまう。

 

 

 

 「…明日の昼休み、時間取れるか?」

 「うん。全然いいけど何?」

 

 再び練習へ戻る前に、隣で同じように晴人と針生先輩のゲームに目を向けていた千木良へ俺は意を決した。

 

 「千木良に話したいことがある」




補足としてイメチェンした飛鷹のヘアスタイルは、光が死んだ夏のヒカルの髪型をオレンジっぽい色にした感じです。また雛が新体操を始めた時期はあくまで独自解釈です。


それはそうと……いつになったら原作の雛に平穏が訪れるのか……
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