「千木良に話したいことがある」
隣で
「それってさ…今じゃ駄目な感じのやつ?」
明日の昼休みに時間取れるかって急に聞いてきたから、これって結構マジなやつなんじゃない?と心の中で思いつつ、試しに聞いてみた。
「ネガティブな意味じゃないってことだけは先に言っとくけど……ちゃんと
「おぁ…マジなやつきた…」
わかりやすく言葉を選んで紡ぐようにして、ひだっちは真剣な表情のまま真横に立つ私にしか聞こえないくらいの声でそう告げた。珍しく緊張気味だった友達を見て解すって意味で軽く揶揄ってやろうかと思ったけれど、その表情があまりにも
「…で、場所はどうするの?」
「_でさ~結……結?」
「?ごめん、何?」
「って聞いてないし」
「あー…ほんとごめん」
「まあいいや大した話じゃないし」
ゆーづの呼ぶ声で、意識がハッと我に戻る。
「それより部活終わってからずっと“心ここにあらず”って感じだけど、何かあった?」
いつものバス停まで帰る方向が同じゆーづが、少しだけ心配そうな顔を浮かべて聞いてくる。ゆーづの言う通り私は部活が終わってから、というより部活の後半くらいからずっとどこかうわの空な気分だ。もちろんコートに立っているときだけは無理やり気持ちを切り替えたけど。
「んー、見えないプレッシャー?」
「何で疑問形?」
ゆーづから言われて一瞬だけ本当のことを言おうとして、咄嗟に出てきた言い訳で私は誤魔化す。
「つい昨日まではインハイ予選に出れるって嬉しさでいっぱいだったけど、そういえば3週間切ったなって意識したらあぁ~一気に近づいてきたなぁ~って感じてきてさ」
「すごいふわっとしてるけど言いたいことは分かる」
別に私とひだっちが仲良いことを知っているゆーづには本当のことを言っても良かったけれど、ひだっちが1対1で話したいって言っていた手前なのと、それと何だか謎に気恥ずかしくて言えなかった。ちなみにインハイ予選にプレッシャーを感じているのは、割とホント。
「…プレッシャーなのか
というこの心境を察したのか否か、右側を歩くゆーづが前を向いたまま私へ呟くように言葉をぶつける。幸いにも聞かないでくれたけど、ひだっちと何か話したなっていうのは多分もうバレている。というかこれに幸いも何もあるのだろうか?
「ホントに聞かなくていいんだ?」
「休憩中に男バドの羽鳥くんと仲良さそうに話してたのは私も見ているんで」
「あ、見てたんだ」
「見てたも何も羽鳥くんと話してるのは割といつものことでしょ」
「まぁね、友達だから」
「ホント相変わらずね結は」
思いっきり見られていたことはともかく、私の気持ちを察してくれるゆーづの優しさは1年生でエースになったことへの見えない重圧を軽くしてくれるから、いつも助かっている。
「いつもありがと」
「礼はいらんよ」
そんな感謝を一字一句言葉にするのはめんどくさいし私らしくないから、
「それじゃまた明日」
「うん。お疲れゆーづ」
「お疲れー」
図書館前の信号でゆーづとさよならして、横断歩道を渡ってバス停の前に着いて何人かの先客の人たちと一緒にバスを待つ。
「(…何だろう。ひだっちが私に話したいことって)」
1人になった途端に、意識から消えかけていたひだっちの言葉と表情が頭の中を埋め尽くす。もしも隣にいたひだっちが
「んー…」
だけど私に“話したいことがある”って言ったときの顔が、体育祭のときに見せた
「いくら結さんがそう思い続けるとしても相手もずっと同じ気持ちで居続けられるとは限らない……って私は思うんですよ」
友達として、私はひだっちのことをもっと知りたい……でもそれと同じくらい、
ピピッ_ピピッ_ピピッ_
「(…って、なんで私はこんなに恐がっているんだ?)」
いつもと少しだけ違った友達の様子にちょっとだけ不安定になっていた心を正すかのようにほぼ定刻通りにバスがやってきて、私はそれに乗り込む。
「(余計なことを考えちゃダメだぞ私。何が何だか全然わかんないけどせっかくひだっちが勇気を出してそう言ったんだから、こんなときこそ私はいつも通りでいないと…)」
そうだ。友達が困っているかもしれないこんなときこそ私はいつも通りでいないと……そう私は気持ちをどうにか切り替えて家路についた。
そしてあっという間に、明日になった_
翌日_
「わっ、マジでいるよひだっち」
「ごめんな。こんなとこ呼び出して」
「全然いいよー」
昼休み。俺よりほんの少しだけ遅れて千木良が弁当の入った袋を片手に集合場所へとやってくる。
「でもどうしてここにしたの?家庭科室とかでも良かったって思うのに」
「教室は部活とか有事以外で使うってなると前日までに先生から許可取らないと駄目だってよ」
「マジ?めちゃくちゃ初耳なんだけど」
「俺だってホームルームんとき秋山先生に聞いて初めて知ったわ」
「事前に聞くとか真面目か」
「後で問題になって先生とか監督から色々言われるのは嫌だろ」
「それは確かに」
俺が集合場所に選んだ場所は、雛姉と体育祭のときに一緒にお昼を食べた体育館のキャットウォーク。ここを選んだ理由は雛姉に千木良とのことを話した場所だから……というわけではなく、単純に思いついたのがつい昨日の部活中だったせいで空いている教室の使用許可が取れなかったからだ。一応担任の先生に聞いたところによれば、部活や有事以外の目的で空いている教室を昼休みや放課後に使いたい場合は前日までに許可を取らないといけないらしい。いま関係ないけど、雛姉がこの場所を選んだ理由がようやくわかった。
「誰もいないと本当に静かだね体育館ってさ」
「ほんとにな」
ともかく俺が千木良を昼休みに呼び出した理由は他でもなく、
カシャッ_
「また俺の横顔?」
「ううん。今日は誰もいない体育館」
曜子さんの作ってくれたお昼の弁当が入った袋を床に置いて座り込むのとほぼ同じタイミングでシャッターの音が鳴って、また撮られたと思って振り向いた俺に下に広がるアリーナのほうへ横向きにスマホを構えた千木良が微笑む。
「いつもは騒がしいくらい色んな音と活気で溢れている体育館なのに、今は嘘みたいに静かで聞こえてくるのは友達の声だけ…」
「どういうノリ?」
「はぁ~めっちゃエモいわ~」
「ホント千木良ってそのワード好きだよな」
ポエマーみたいな台詞回しで誰もいない体育館のエモい空気を一人勝手に味わいながら、千木良が右隣に座る。ぶっちゃけこいつが度々使うそのワードの意味は、まだちゃんとはわからない。
「それにしても体育館でお昼を食べるなんて初めてだよ」
「だろうな(俺は2回目だけど…)」
コートを挟んだ反対側のキャットウォークを眺めながら、隣に座った千木良が呟くように言う。これと全く同じような光景を俺はついこの前の体育祭で見ているせいか、何とも言えない気持ちが身体を駆け巡る。
「俺も同じクラスの女子と体育館のキャットウォークで昼休みを過ごすなんて夢にも思わなかったわ」
「ひだっちがそう言ったんじゃん」
「おう。それな」
もちろん俺がこの場所で昼休みを過ごしたのが初めてじゃないってことは、雛姉が
「…ひだっち」
会話が一瞬途切れたタイミングで、一呼吸を吸って千木良が俺の名前を呼ぶ。
「私に話すのは自分の好きなタイミングで大丈夫だよ。多分だけど、ひだっちなりに色々と考えたんだろうなっていうのは私もわかってるつもりだからさ」
向こうの窓に向けていた視線を左に移して、千木良は優しく笑いながら話すのはいつでも大丈夫だと俺を気遣う。普段とさして変わらないその表情と態度から不安の色は見えないけれど、きっと俺は千木良に少なからずの
「とりあえずお昼を食べますか。お腹もいい感じに空いてきたことだし…」
こんな俺のことを雛姉は“優しいね”って言ってくれたけど……本当の俺は雛姉が思っているであろう優しい人には、ちっともなれていない。
「…単刀直入に言うと、千木良に謝らないといけないことがある」
雛姉のこともあるとはいえ、1ヶ月以上もずっと黙っていたことを出来る限りの気持ちを込めて謝らないと……そう思い立った俺は、身体の向きを右隣に座る千木良のほうに向けて地面に正座する。
「えっなになに??」
「一応、ちゃんと千木良には言っておかないとってことで」
「これって私も正座して聞いたほうがいい流れ?」
「いや全然気にせず」
「さすがにスカートで正座すると膝痛くなるからちょっと崩すね」
「あ、おう」
正座の姿勢で向き合う俺を見て、千木良は急に畏まった俺に困惑してるともこれから俺が何を言い出すか楽しみとも取れる態度で笑いながら、同じく向き合って崩した正座で座り直す。
「じゃあ、改めて」
「うん」
とにかくこれで伝える準備は整った。ぶっちゃけ下手すると試合前より緊張しているけど、遅かれ早かれこうして伝えるつもりだったからもうどうにでもなるしかない。
「こないだ自主練が終わった後、お兄さんや弟くんと一緒に沖縄料理のお店に行ったときに
「えっ…マジ?」
「ちなみにそのはとこは………新体操部にいる2年の蝶野雛って人です…」
自分なりに覚悟を決めてどうなろうと俺の全責任だってくらいに意気込んでは見たものの、いざ真正面で向き合いながらカミングアウトを聞く千木良と、何とも言えない気まずさを含んだ体育館の静寂を前に思った以上に緊張して、はとこが雛姉だと言った瞬間に頭が真っ白になりかける。
「…それってさ、ひだっちが雛先輩の家でお世話になってるってことだよね?」
次に伝える言葉を必死に探そうと考え出す俺をフォローするように、目の前で座る千木良がこの眼を凝視するくらいの眼差しで問いかける。
「おう……
その問いかけを合図に、どうにか頭の中に出てきた理由を言葉にして紡ぐ。もしかしなくとも緊張しているから、あんまり上手く言えていないのは俺が一番わかっている。いつかは言わないといけないとわかっていながらも、いざ直面したらどう足掻いても勝てないような相手とコートで対峙したときみたいに、この心が細くなる。
「
こんな周りのみんなが思っているより何倍も不器用な俺にできるのは、嘘をつかれた形になった友達にこうやって自分の気持ちを泥臭く真正面から向き合って伝えることくらいだ。
「……ひだっちって
体感10秒ほどの沈黙を挟んで、雛姉との関係を今までずっと黙っていたことを謝った俺の眼を真っ直ぐ見たまま再び問う。
「まあ、どっちかっていうと」
「どっちかっていうかガッツリじゃん」
シンと重くなった空気を和らげようとちょっとだけ強がって言葉を返すと、被せるようにツッコミという名の図星を入れられた。
「言っておくけどひだっちが不器用そうだなぁっていうのは初対面のときから感じてたからお見通しだよ?」
「マジで言ってる?」
「こう見えて私、勘は鋭いほうだから」
流れのままにお見通しだと言い切った千木良は、言い終えると“どんなもんだ”と言いたげなドヤ顔でフッと笑ってみせる。こういうスカした顔をすると、本当にお兄さんとそっくりだ。
「あーそうかよ」
「否定しないってことはそういうことじゃん」
「うわなんか急に腹減ってきた」
「誤魔化すの下手か」
嘘つけと思い切り言い返してやりたいけれど、それ以上に相手から
「ていうかさ、嘘なんてついてないのになんでひだっちが謝るの?」
少しだけ和やかになった空気の中で、静かに微笑みながら千木良が“嘘なんかついてない”と言い返す。
「いや、こんなの嘘ついてたのと同じことだろ」
「ただ親戚同士の事情で言えなかったってだけでしょ?」
「それはそうだけど」
「だったらひだっちは何にも嘘なんかついてないよ。それにこのことを私に言う前にちゃんと雛先輩にも相談してるわけだし、今まで私に言わなかったのはひだっちが人との約束をちゃんと守ってきたっていう証拠じゃん…」
はとことの約束事を口実にして1ヶ月以上も隠し事をしていた俺に、千木良は全く気にしてないと言わんばかりの笑顔で言い返し続ける。俺のことを真っ直ぐに見つめる目と表情から伝う、この言葉が紛れもない
「こんなに正直な友達のことなんか私は責めようとは思わないし嘘ついたなんて1ミリたりとも思わない……だからひだっちは何にも悪くない」
俺に向かって“何にも悪くない”と言いながら、千木良は姿勢を崩してキャットウォークとアリーナを隔てる安全柵のほうに身体を向けて横目で俺に視線を送る。
「さ、チャイムが鳴る前に食べよ」
そんな友達の表情と態度はショックというものを全く感じないほどサバサバとしていて、ここまで畏まって打ち明けた自分がバカにさえ見えてくるほどだ。
「あんま驚かないんだな?俺のはとこが雛姉だってこと」
「雛先輩のこと
「…そういやこれも言ってなかったわ」
「確か
「言うな恥ずいわ」
あまりに平然と受け入れている様子に思わず聞いて、つい普段から呼んでいる呼び名で雛姉の名前を言って速攻で突っ込まれる、本日はいつになく不器用で不調気味な俺。
「もちろん普通にびっくりはしてるし、昨日からひだっちが何を言い出すかずっと気になってたけど……それ聞いて逆に安心した」
「安心って?」
「もしかしたら学校を転校するんじゃないかって想像してたから」
「なわけねえわ」
ここまで黙っていたことを今更言ったら、多少なりともショックを受けると俺は
「まあとにかく…
俺よりも全然平気な顔で微笑みながら、最後はエールで締めて千木良は弁当箱の入っている袋を開け始める。ただ偶然が揃ったってだけかもしれないけれど、俺の周りにいる女子は2人とも超が付くほど心強い。
「ありがとう。千木良」
1ヶ月以上も隠し事をしていた俺のことを何も悪くないと笑顔で許してくれた千木良へ感謝を告げて、同じく姿勢を崩して弁当箱の入る自前の袋を開けて箱とナフキンを取り出す。
「礼はいらないよ。私は君の
袋から出した弁当箱を床に敷いた半折りのナフキンの上に置いた俺へ、隣に座る千木良がお兄さんの話し方を真似るかのようないつもより1トーンほど低いクールな声色と笑みで
「親友……急だな」
「そりゃまあ、私も初めて言ったからね」
親友…千木良が言ったその言葉に俺はつい戸惑い、千木良も心なしかちょっとだけ気恥ずかしさの混じったリアクションを返す。いったいどこまでが友達でどこからが親友だとか、その違いが何なのかなんて思えば真剣に考えたことは一度もないから、急に言われても困る。
「でも…私はひだっちのことそう思ってるから」
そんな俺にとって親友とは、一緒に話しているだけで楽しい友達という存在の中でも、本当に“ただそこにいるだけで心が軽くなる”存在……なんだと思う。
「もちろんひだっちがよければだけど…」
「恵介っ!今日からおれたち
自分にとって
「いいよ。千木良がそれでいいなら今日から親友としてよろしく」
「ふふっ、ありがとひだっち」
千木良のことを親友として受け入れた俺を横目に見つめるクラスメイトの顔が、心底嬉しそうな明るい笑みを浮かべる。親友とは何ぞやがわかったわけじゃないけれど、千木良がこんなふうに笑っているとこっちも気分が明るくなってくる。
「そうだ、雛姉のことは悪く思わないでくれると助かる」
「心配せずともそんなの言われなくてもだし、逆に“ひだっちがいつもお世話になってます”って私のほうからお礼を言いたいくらいだよ」
「そっか」
「ていうか雛先輩にお礼しに行っていい?」
「まあいいけど事が事だからあんま目立たない感じで頼むわ」
「おけまる~」
「(何となくでOKしたけど大丈夫だよな?これ?)」
「とりあえず昼食べよこのペースだと昼休み終わっちゃうから」
こうして雛姉との関係を打ち明けたのをきっかけに千木良は友達から改め、俺にとって
【人物紹介】
千木良結(ちぎらゆい)
8月27日生まれ
身長169cm
血液型A型
飛鷹のクラスメイト。女子バドミントン部に所属しており、女バドでは1年生ながらエースと呼ばれるほどの実力を持つ。同じ栄明高校の男子バドミントン部のOBで3年前のインターハイで準優勝した5つ上の兄と、去年の全中(バドミントン)でベスト4になった1つ下の弟がいる。“女バドに美人がいる”と噂が立つほど美形で整った顔立ちと壁を作らない明るい人柄で、クラスや部活内ではムードメーカー的存在。