鷹と蝶   作:ナカイユウ

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行きたいね

 パァンッ_

 

 コルクを当てる瞬間にガットの向きを変えてアウトギリギリの逆方向へ狙うスマッシュで放たれた羽根を、反射神経と脚力をフルに使って大喜先輩は打ち返す。

 

 「(…ほんと絶妙な位置に上げてくるな)」

 

 フォアハンドの体勢から打ち返された羽根は、考え得る限りで一番嫌な位置へと飛んでくる。バックバウンダリーまで飛ばすには高さが足りず、飛びつきかプッシュで返すにはコースが限定され、ヘアピンを仕掛けるにも足が武器の大喜先輩は余裕で追いついて打ち返してくるのが目に見える状況。ネット際ギリギリでもなければ高く上がったチャンス球でもない、本当に絶妙な位置で跳ね返ってくる羽根。

 

 「(どこを狙っても決定打にならないなら、無難に繋げるか?)」

 

 普段は気さくで優しい大喜先輩も、コートに立てば容赦なく相手が打たれたら嫌な場所へ羽根を返して本気で勝ちにくる1人の選手(プレイヤー)だ。練習だろうと本気で相手にプレッシャーをかけてくるこの人のプレーは、対峙しているとこっちもつい余計に熱くなってくる。

 

 「(いや、試しにやってみるか…)」

 

 どのショットを打つにも中途半端な高さに上がったその羽根を、1秒ほどの僅かな滞空時間の中でどうやって打ち返すか頭をフル回転させて判断して、俺は飛びつきで打ち返すために脚を使いネット前へと突っ込む勢いでこの身体を持っていく。

 

 パァンッ_

 

 正面へと打ち返すイメージでラケットの面を構え、コルクがガットに当たる瞬間に合わせて面の角度を変えて、相手の足元あたりを通過してサイドライン際に落とすイメージでショットを放つ。要領としては俺がジャンプスマッシュと一緒にたまに仕掛ける()()と同じだが、このやり方でスマッシュ以外のショットを打つのは初めてだ。でも俺のラケットから放たれた羽根の軌道は、思いつきの割には悪くなかった。

 

 コッ_

 

 もちろん完全な即興で打った羽根はあくまで()()()()()()()()という話で、大喜先輩は一瞬だけその羽根に反応してラケットと足を出そうとして立ち止まって見送り、羽根は小さな音を立ててシングルスとダブルスのサイドラインのちょうど間に落ちる。

 

 「(…やっぱダメか)」

 

 流れを一気にこちらへ引き寄せるための賭けは残念ながら失敗に終わり、これでまたしても俺は大喜先輩にストレートで負けた。

 

 「21―19。ゲーム、大喜」

 

 ただ今までのゲームとの違いを言うなら、『21―18』のファーストゲームも含めてどちらも大喜先輩を相手に初めて3点差以内のゲームができたということ。

 

 「ありがとうございました」

 

 結果だけ見ればストレート負けは変わらないが、ここまでの2ヶ月間で縮まらなかった4点の差が2点にまで縮まったのは俺の中では大きなことで、やっと1歩ほど近づけたような気持ちで純粋に嬉しい。

 

 「今のショット、初めて打った?」

 

 ゲームが終わり、握手を交わし互いに手を放したタイミングでネット越しに大喜先輩が真っ直ぐ俺の目を見て最後のショットについて問いかける。

 

 「はい。無難に返して繋げるのも一瞬考えたんすけど、ここで流れを変えとかないとそろそろ負け癖が付きそうなんで即席でやってみました…まあ、結果は変わらなかったっすけどね」

 

 もちろん今までやったことのないショットをこんな大事な局面でやったら余程のことがない限りこうなるし、これがインハイ予選でもう点を取られるのが許されない状況だとしたら、現状(いま)の俺ではとても仕掛ける勇気はない。だけど練習であれば試して本番までにモノに出来るか出来ないかを自分で定めることができるから、幾分か思い切れる。

 

 「前から聞こうと思ってたんだけど、飛鷹はそのショットを打てるようになるまでどれくらいかかったの?」

 

 自滅はしたものの流れを変えるために一か八かの攻めに出た俺へ、大喜先輩が更に掘り下げる。向かいの陣地へ足を進める俺を追うその眼は、まるで真面目で熱心な後輩が先輩にアドバイスを伺っているときぐらいに真っ直ぐだ。こういういい意味で先輩としてのプライドをあまり前面には出さず、それでいてどこまでも高みを貪欲に目指す素直さが、この人の()()なんだって俺は思う。

 

 「そもそも全中まではマジで感覚だけでやってたんでこういう変化球的なやつをやり出したのは全中が終わってからっすけど、スマッシュのやつはトータル4,5時間くらいで武器(モノ)にできたって感じですね」

 

 刻々と迫るインハイ予選で戦うことになるかもしれない後輩から差を詰められたって気持ちを1ミリも顔に出さずに、あのボロ負けの後に恵介との自主練習で編み出したショットのことを興味津々に聞いてきた大喜先輩に影響されてか、俺も正直に答える。

 

 「やっぱり強いな飛鷹は」

 「そんなことないっすよ。まだ全然です」

 

 あくまでも忘れてはいけないのは、俺にとってこの先輩(ひと)はインターハイへの切符を掴むために戦うライバルであるということ。それでもやっぱり、純粋にバドが好きだという気持ちがプレーや練習にわかりやすいくらいに現れているから、欲を言うならこの人と一緒に全国へ行きたいという憧れに近い気持ちが、勝ちたいという感情と同じくらいつい出てきてしまう。

 

 「栄明に来たときからちゃんと強くなってるじゃん」

 「自分に足りないところを教えてくれる先輩たちのおかげです」

 「それはお互い様だろ。俺だってまだまだ足りないことだらけだし…」

 

 日本からアメリカに渡ったとあるメジャーリーガーが“憧れるのをやめましょう”と言ってWBCで劇的な勝利を手にしたように、俺に足りないのはきっと()()()()()()()なんだろうなって、小4からほとんど変えずに貫いてきたスタイルと心得を思い切って変えてみることにした今日この頃で感じている。

 

 「…飛鷹は1年前の俺なんかよりよっぽど自分が見えているから、ここからもっと強くなれるよ」

 

 まだ全然だとリアルな意味で謙遜する俺へ、自分よりよっぽど見えてると苦笑いで自嘲しながら大喜先輩はエールとも取れる言葉を返す。眼差しは真剣に前を向いたままで、その曇りのない真っ直ぐな強さを前にするとどうしても“俺もこういう(ひと)でありたい”と思ってしまう。

 

 「一応言っときますけど、予選で当たったら俺は普通に勝ちに行きますよ大喜先輩」

 「ああ。気持ちは俺も同じだよ」

 

 それに雛姉が新体操を頑張れているのは、間違いなくこの人が今でも()()として雛姉の心の支えになってくれているおかげだ。

 

 

 

 「でも、うん。そうだね……そう呼んでも良いくらいかもしれないね。あのバカは…」

 

 

 

 その支えのほんの少しでもいいから、俺も雛姉にとってのそれに()()()()になれたら……

 

 

 

 「惜しかったな~飛鷹」

 

 気分転換に一旦アリーナを離れてロビーにある水道で手と顔を洗う背後で、同じくアリーナから出てきた坂元が大喜先輩との接戦を終えた俺の肩をポンと一回叩いて声を掛ける。恥ずかしながらほんの一瞬、千木良かと思った。

 

 「あぁ坂元(おまえ)か」

 「残念ながら千木良さんはまだコートにいるぜ」

 「残念じゃねえけどシンプルにうぜえ」

 

 そしてそれを秒足らずで当てられた。言うほど残念ってわけではないとして、何だか騙されたみたいな気分でそこそこうざったい。

 

 「つーか今日はいつになく調子よさげだけどどうした?何か良いことでもあった?」

 

 洗った顔をタオルで拭き終えたタイミングで左隣に立った坂元がどこか意味あり気に横目を向けて調子が良い俺へ理由を聞いて、蛇口を捻り同じく顔を軽く洗う。言われて振り返ってみると、確かに今日の俺はいつになく調子が良いことに改めて気付く。例えるなら晴人に勝った総当たり戦のとき以来のコンディションの良さだ。

 

 「強いて言うなら、()()()がひとつ減った。的な?」

 「わかりやすく意味深なやつきたー」

 

 競技に関わらずスポーツはメンタルが影響するのは割とよく聞く話とはいえ、心の中でつっかえていたものがひとつ減ったらそれだけで昨日以上にプレーが安定した。一番の理由はOBのお兄さんが言ってくれたアドバイスを元にした考え方がこの身体に馴染み始めてきたからだと信じたいけれど、どんなに調子が良くても4点差から先に行けなかったのが今日だけで2点差まで行けたのは、俺にとっての心残りがひとつ減ったことも大きい。

 

 「千木良に話したわ。雛姉のこと」

 「へぇー、何つってた千木良さん?」

 「まぁ…単刀直入に言うと親友になってくれたって感じ」

 「何それ最高やん」

 

 いつも以上に調子がいい理由を察し始めている坂元に心残りの正体を正直に明かすと、洗った顔をタオルで拭きながら絶妙に雑なテンションの同情が返ってきた。ちなみに坂元には今日の昼休みのことを伝えているから、隠す必要はない。

 

 「ちなみにお前と千木良さんが2人で昼休みに体育館に行ってきたことはこの俺が()()()()()として墓場まで黙っておくから安心しろよ」

 「そこまでして隠さなくてもいいけどサンキューな」

 

 顔を拭い終えて、坂元は“共通の友人”として今日のことは墓場まで持っていくとやや大袈裟なドヤ顔とグッドサインで俺に告げる。もちろん俺がこいつに隠さずに伝えたのは、この言葉とリアクションに嘘がないことを友達として理解(わか)っているからだ。

 

 「ひだっちさかこーお疲れっす!」

 「おう。お疲れ」

 

 短いインターバルを済ませて坂元と一緒にアリーナへ戻ろうと引き返すと、ちょうど出入り口の扉から千木良がやってきて軽く右手を振りながら俺たちに元気よく声を掛けてきた。これぞまさに、噂をすればってやつだ。

 

 「うぃ~」

 「ちょっ、何?」

 「あははっ、やってみただけ~」

 「んだよそれ」

 

 そのすれ違いざまに、千木良が手を振った右の掌をグーの形に変えて俺の肩に優しくタッチをして水道のほうへ歩いていく。関係が友達から親友になろうが相も変わらず距離感が若干バグっている女バドのクラスメイトの背中は、何だかいつも以上に溌剌としていて元気そうだ。多分、俺の気のせいだろうけど。

 

 「親友になって早々惚気やがって」

 「惚気じゃねえわ」

 

 互いに平常運転な様子を坂元から弄られつつ、俺はアリーナの中へ入ってすぐ練習に戻った。

 

 

 

 

 

 

 「(やっぱまだプレーがどっちつかずなんだよなぁ……ここからの1,2週間でどこまで詰めれるか…)」

 

 そして今日もあっという間に部活が終わり、ラケットバッグを背負って日が暮れて蒼くなり出した帰り道を一人歩いて現状に思い耽る。だいたい一日の練習が終わって蝶野家へと帰るときの俺はこんなふうにバドに纏わることを考えることが多いというか、基本的にほぼバドのことしか考えていない。

 

 「(…にしても千木良が俺のこと親友だって思ってたの、なんか逆に意外だったな)」

 

 ただ今日は親友が1人増えたからなのか、久々にバド以外のことがこの頭の中を巡っている。

 

 「(とりあえず帰ったらまず雛姉に話すか)」

 

 ポンポン_

 

 「?」

 

 千木良に例のことを打ち明けたことと、その流れで親友になったことを帰ったら雛姉に話そうと思いついたのと同時にいきなり左の肩をポンと2回叩かれて、思わず振り返る。

 

 「…やっぱな」

 

 肩を叩かれた左のほうへ振り向いた瞬間、少し小さな人差し指が優しく頬に当たった。その指を一旦振りほどいて振り返ると、1学年上の親戚(はとこ)のしたり顔。振り向く途中で“あっ”と思ったときには、もう時すでに遅し。

 

 「毎回引っかかるよねこれ」

 「だろうなって予感はしたけど本能が逆らえなかったわ」

 

 小さい時に頬にえくぼができるんじゃないかってくらいやられた悪戯に引っかかった俺を見て、同じく部活帰りの雛姉が微笑ましく笑う。普段は俺たちが親戚同士だということを一部にしか明かしていない手前でわざと時間をずらして蝶野家と学校を行き来しているから、こうやって同じ道のりで雛姉の顔を見るのは何だか新鮮な気分だ。

 

 「てかいつから後ろにいたん?」

 「学校出て一番最初の信号から」

 「だいぶ序盤じゃねえか」

 「すぐ気付くかな~って思ってたけど飛鷹くんが全然気付いてくれなくてさ」

 「俺は基本前しか見ないから気付かんて」

 「君は猪か」

 「“猪”は大喜先輩じゃね?」

 「ぷはっ、そうだったね。飛鷹くんは“栄明の鷹”だもんね?」

 「“栄明の鷹”……じゃあ雛姉は“栄明の蝶”だな」

 「うん、そうなるね」

 「さっきから何でちょっと笑ってんの?」

 「ううん別に」

 

 そして同じ高校の先輩になった雛姉についてわかったこと“その2”は、帰り道の途中で俺に話しかけてくるときは、家に帰る前に()()()()()()()があるとき…

 

 「…今日は帰る前にどっか寄りたい感じ?」

 「すごいじゃん飛鷹くん。よく分かったね」

 

 だと思って聞いてみたら、ビンゴだった。ぶっちゃけちょっとだけ嬉しい。

 

 「初めて栄明(こっち)の練習に参加した日の帰りに、雛姉が俺を公園に連れてったことがあったからさ」

 「あぁあれね。よく覚えてたね」

 「たった2ヶ月前だから忘れるわけないっしょ」

 

 1ゲームマッチの日のことを話す俺に、雛姉はわかりやすくおどけて冗談を返す。わざわざ聞き返さなくともまだ鮮明に頭の中に残り続けているのがお互い様なのも、俺から思惑を言い当てられて嬉しそうな様子を見ればわかる。

 

 「あのとき雛姉が“頑張れルーキー”ってエールを送ってくれたから、俺はこうやって前に進めてるからよ」

 「もー、飛鷹くんはすぐそういう気のいいこと言う」

 「別にいいじゃん。言われて嫌な気分はしないだろうし」

 

 その嬉しそうな明るい表情に気を良くして気の良いことを言って、わざとらしく溜息交じりに笑う雛姉にツッコまれながら久しぶりに並んで蝶野家までの家路を歩く。

 

 「ところで、本日はどちらまで?」

 

 さて、今日は一体どこへ連れて行こうというのだろうかと敢えてふざけたノリで問いかけてみる。これでも俺は蝶野家のお世話になってから2ヶ月以上が経ち、ランニングコースを決められるくらいにはこの辺のことは詳しくなった。

 

 「家から歩いて3分くらいのとこにある由緒正しき歴史のある場所でございます」

 

 何となくで始めた丁寧語のノリに丁寧に乗って答えてくれた雛姉曰く、これから行く場所は蝶野家から徒歩3分のところらしい。

 

 「あー、はいはい」

 「(分かりやすく察した顔してる…)」

 

 そういや俺が朝のランニングで走ってるコースの途中に神社っぽいのがあったけど……とりあえず一旦黙っておこう。

 

 「バドの調子はどう?」

 「おかげさまで上り調子ってとこよ。今日は大喜先輩相手に2点差まで迫れたし」

 「大喜と2点差ってすごいじゃん!」

 「このペースで行けば予選までにワンチャンって感じで自惚れると駄目だから、全然油断はできないけどな」

 「ここで奢らないで冷静になれるなんて君も考えが大人になったね~」

 「奢るも何も勝ったわけじゃないし。で雛姉は?」

 「私はいつもと変わらず」

 「それは喜ばしいことで」

 

 ひとまずの流れでインハイ予選へ向けたお互いの調子についての話をしながら、さり気なく蝶野家を通り過ぎて直ぐのところにある住宅街の十字路を右へ進んでいく。右に進んだこの道を真っ直ぐ走って行くと、ランニングコースのゴール地点にしている公園がある。

 

 「そうだ。雛姉がはとこだってこと、千木良に話してきた」

 

 きっとこれから行く場所はあそこだろうと目星がついた俺は、隣を歩く雛姉にさり気なく千木良のことを打ち明けた。

 

 「うん。知ってる」

 「ぬあっ?」

 「どういうリアクション?」

 

 するとほんの一瞬の間を空けて、右側を歩く雛姉が前に視線を向けたまま静観したような眼つきで微笑みながらそう呟く。まさか知っているとは微塵も思っていなかった俺の口から、つい素っ頓狂な声が漏れた。

 

 「今日の練習のとき、ちょうど新体操部のコートの横を歩いてた千木良さんとふと目が合ってさ_」

 

 

 

 「お疲れ様です雛先輩っ!ひだっち…いや羽鳥くんがいつもお世話になってます」

 

 

 

 「_って感じでお礼されちゃって」

 「マジで雛姉んとこ行ったんか千木良(あいつ)

 「礼儀正しくて結構良い子そうだったよ」

 「()()()()()だけだよあいつは」

 

 連れて行きたいある場所に向かう道中で雛姉から、会話の流れのままに千木良が練習中にわざわざ挨拶しに行ったことがあっさりと明かされた。何となくだけど、もしかして俺に軽く肩パンしてきたあのタイミングで雛姉のところにお礼にでも行ったってことだろうか。にしてもあいつ、もしかしなくとも俺よりも行動力の化身だな。

 

 「ごめんな雛姉。悪気とかはきっとないから」

 「全然気にしてないし迷惑にも思ってないよ」

 「そっか…なら助かるわ」

 「ははっ、千木良さんのことすごく気に掛けてるね飛鷹くん」

 

 とりあえず練習の合間に押しかけたであろう本人に代わる形で平謝りする俺に、心配し過ぎと言わんばかりに雛姉が優しく笑う。

 

 「あいつが雛姉に言ったかはわからんけど、一応今日から親友になったんで」

 「へぇ~そうなんだ」

 「ってあんまり驚かないし」

 「だって千木良さんとは体育祭の前から親友って感じだったでしょ」

 「()()()だけな」

 

 その流れで親友になったことを伝えるも、入学した次の日には学校で顔を合わせれば普通に話すぐらいに打ち解けていたことを知る雛姉は全く驚くような素振りを見せず時折横目をこっちに向けながら微笑む。

 

 「借り物競争のときなんか、中学のときから親友だったって言われても違和感ないくらい息ピッタリだったし」

 「さすがにそれは言い過ぎだわ」

 

 今日に至るまでそこまで気にしていなかったけれど、雛姉だとか周りからはそんなふうに見えていたんだなってことを今になって知る。まあジュニアチームのときから千木良と付き合いのある針生先輩からは()()()()()があるんじゃないかって冗談半分で揶揄われてたけど。

 

 「…話したのは今日が初めてだけど、私は千木良さんが飛鷹くんの親友になってくれて良かったなって思う」

 

 一呼吸分の間を空けて、雛姉が前を向いたまま呟く。その横顔は嬉しいというよりかは、どこか安堵に近い感情(もの)を感じているように俺からは見えた。

 

 「おう…そっか」

 

 

 

 こんなふうに、たまに雛姉が何を思っているのかわからなくなるのが……何だかもどかしい…

 

 

 

 「ここだよ」

 「あぁここね」

 「知ってるんだ?」

 「この道は俺のランニングコースなんで」

 

 蝶野家を通り過ぎてから本当に歩いて3分くらいの場所にある、住宅街の一角に立つ神社のほうに視線を投げて雛姉がここだよと俺に伝える。今回はちゃんと俺の予想通りだった。

 

 「大会が近くなってきたときとか、大事なことがあるときは必ずここに来て神様にお願いしてるんだよ」

 「へぇ~、インターハイで優勝できますようにとか?」

 「それは秘密。だって教えちゃったら()()が薄まっちゃうから」

 「うわマジかっ」

 

 木製の鳥居をくぐって、ここにあるのは知っていたけど今まで素通りしていた神社の境内に入る。雛姉が大事なときにいつも訪れるという神社は、薄暗くなり出した空を覆うように左右にそびえるパッと見で樹齢百年は経っていそうな立派な木の先で、本堂が小さな灯りに照らされて来客を待ち伏せるようにして鎮座している。

 

 「ちなみに夏になると蝉とかカブトムシが取れるよ」

 「うわ超いいじゃん」

 「あとたまに野良猫が遊びに来てたり」

 「野良猫じゃないけど羽鳥家(おれんち)の近所にある神社は熊が一回出たことあったわ」

 「いや危なっ」

 「さすがにそんときは警報鳴ったけど」

 

 言ってしまえば日本のどこにでもあるであろう小さな神社だけど、境内の中に広がる景色が実家近くにある神社と似ているからちょっとだけ懐かしさを覚える。

 

 「なんかデカい木が囲んでる感じとか、まんま俺んちの近所の神社って感じがするわ」

 「あ~言われてみたら確かに」

 「雛姉は覚えてるかわかんないけど、あの神社で麦姉も連れて蝉を捕まえに行ったときのこと思い出すんだよなぁこういう景色見ると」

 「確か飛鷹くんが蝉を素手で捕まえようって調子乗ってこれぐらいの木に登ろうとして落っこちて尻餅ついたんだっけ?」

 「めっちゃ覚えてんじゃん雛姉!…てか恥っ」

 「あんなに早く罰が当たった人なんて後にも先にも飛鷹くんだけだよ」

 「そして後ろから見守ってた麦姉に“バカだなぁ”って呆れられるっていう」

 

 バドを始める前の小3の夏。あの神社で雛姉と麦姉の3人で蝉を捕まえに行ったとき、3メートルくらいの高さの枝に止まっていた蝉をカッコつけて素手で取ろうとナメてかかって足を滑らせて盛大に尻餅をついたのは、ずっと忘れることのない良い思い出だ。

 

 「さっ、せっかく来たからお祈りしますか」

 

 そうして勝手に意識が小3の思い出に耽り始めようとしている横で、両手でポンと手を一回叩いた雛姉の一言で現実に戻る。

 

 「飛鷹くんはなにお願いするの?」

 「言えるわけないじゃん効力切れんだから」

 「ふふっ、そうだね(絶対いつか詐欺に引っかかるなこの子…)」

 

 思い出に浸るのはそこそこに、石畳の先にある賽銭箱の前に立ってちょうど財布の中に入っていた()()()()()の5円玉を投げ入れて、隣で同じく賽銭を入れた雛姉と一緒に2礼2拍手をして、手を合わせたまま瞼を閉じて神様へ願い事をする。

 

 

 

 ……どうか俺と雛姉が、インターハイに行けますように……

 

 

 

 閉じていた瞼をゆっくりと開けて、合わせていた手を放す。神様へ伝えた俺の願い事は月並み程度にありふれた願いかもしれないけれど、紛れもなく心の底から願っていることだ。

 

 「飛鷹くん」

 

 右隣に立つ雛姉が、俺の名前を呼んで本堂のほうに向けていた視線をこっちに移す。聞いたら効力が薄まるらしいから聞けないけれど、一体雛姉はどんな願い事を神様へしたのだろうか。

 

 「インターハイ。一緒に行きたいね」

 

 

 

 「誰でもいいから()()()()を作っておくと……人は強くなれるらしいよ」

 

 

 

 いや……何でいま()()を思い出してんだよ……

 

 

 

 「…おう」

 「なんでちょっと緊張してんの?」

 「別にしてないっての」

 

 神様へそれぞれ願い事をして、俺と雛姉はそのまま蝶野家へと真っ直ぐ帰った。




察している人も多いと思いますが、神社のくだりは原作19話をベースにしています。

というかそもそも飛鷹と雛のシチュエーション自体が半ば付き合う前の大喜と千夏先輩のオマージュみたいなものですが……これからもこういうパターンが時々あるかと思いますが、どうか大目に見てくれると幸いです。ごめんなさい。
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