鷹と蝶   作:ナカイユウ

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天才

 「おはようございます。外、走りに行ってきます」

 「行ってらっしゃい。車に気を付けてね」

 「了解です」

 「飛鷹くん。来週から梅雨入りらしいからそろそろ天気予報も気にしたほうがいいよ」

 「大丈夫です。天気はいつもチェックしてるんで」

 「おぉ偉いね飛鷹くん」

 「いやいやそんなことないっすよ俺なんて。じゃ行ってきます」

 

 インハイ予選まで2週間を切った土曜日。今日もまたいつものようにスポーツウェアに着替えて鏡の前で寝癖を直し、リビングで新聞を読む弘彦さんと朝食の支度を始めたばかりの曜子さんに挨拶して、玄関の外に出る。

 

 「…夏が始まった合図がした…」

 

 玄関の外に出ると、住宅街の真上に広がる朝の6時とは思えないほど明るくなった空が光となって、まだほんの僅かに残っていた眠気を完全に吹き飛ばす。同時にこの身体へと伝う微かな風はまだ涼しくもはっきりとした湿気を伴っていて、無性に()()()()()を感じてつい鼻歌が溢れる。

 

 「(…行こう)」

 

 初夏の朝の光を浴びるのもそこそこに、軽く屈伸をしてここから1キロほどの場所にある公園を目指して走り出す。蝶野家で世話になることになって1ヶ月が経ち、土地勘が働くくらいにはこの街に慣れてきたタイミングで再開した朝のランニング。

 

 タッ_

 

 蝶野家を出て数十メートルのところにある十字路を右へ曲がれば、後はもう公園まで道なりだ。地元で恵介と走っていたランニングコースのような坂はなく、田んぼが広がり見渡すと四方の山々が上空の端で囲んでいるのが見えるような景色の開けた場所もなく、ただゴール地点まで近郊のさも似た光景が続いていく悪い言い方をすれば少しばかり退屈な道のり。

 

 「…ふっ」

 

 道中にある信号に引っかかり、立ち止まって軽く息を整えて、歩行者用の信号が青になったのをゴーサインに再び足を動かす。この耳に入ってくるのは路側帯の内側を通って追い越していく車の音と、アスファルトを蹴って前へ進む自分の足音だけ。この道を走り始めたときは1人分だけ足音が少なくなったことに少しばかりの淋しさみたいなものを感じていたけれど、それも季節が春から夏に入って走り出したとき以上に雛姉がいる生活に慣れてきたいまは、1人で平坦な道を走るのもこれはこれで好きになった。

 

 

 

 「全力でバド楽しめよ。恵介」

 「うん。言われなくても」

 

 

 

 それでもたった1人でゴールまでの道のりを走っていると、ふいに恵介と一緒に走っていた日々を思い出すことがある。気が付けばあいつとは、地元を出たあの日を最後にメッセすら交わしていない。それは決して仲が悪くなったわけではなく、お互いがそれぞれの場所で本気になってバドを楽しんでいるが故に話すきっかけがないってだけで、俺たちの関係は変わらずだ……というのが俺の認識だ。

 

 

 

 そういや、長野(むこう)だとインハイ予選にあたる県総体はもう終わってる頃か……

 

 

 

 「(…っしゃ着いた)」

 

 地元の隣町にある強豪へと進んだ恵介のことを思い浮かべているうちに、ゴール地点にしている公園の入り口に着く。休日の部活終わりにランニングコースを決めるために蝶野家の周りを走り回って“ここだ”と見つけた、ど真ん中に池がある大きな公園。

 

 「(…余裕で1周は行けるな)」

 

 体感的にまだ時間に余裕があることを確認して、公園の敷地内に入って園内をぐるりと一周する形でルートを描く全長900メートルの遊歩道まで進む。蝶野家からここまでまずまずのペースで走ってきたおかげで、いい感じに脚は温まってきている。もちろん俺のランニングは公園に着いたら終わりのわけがなく、何なら今からが()()()()()()()()だ。言っちゃ悪いけど、似た景色が続く住宅街と坂のない平坦な道を往復するだけの2キロは、山の麓の田舎で育った俺からすればちょっと走り足らない。

 

 「…はぁ」

 

 遊歩道に着いて、深呼吸をして余分にこの身体を動かそうと巡っていくアドレナリンをコントロールしながら、()()を捨て無心になる。ランニングで大事なのは1周をいかに速く走るかではなく、今日の練習に向けて身体のコンディションを整えていくこと。この積み重ねを怠らずにやり続けることが、本番での成果に繋がっていく。

 

 

 

 「インターハイ。一緒に行きたいね」

 

 

 

 「(だからいまは()()を捨てろっつの)」

 

 さあ走ろうかというタイミングで頭の中に浮かんだ()()を払いのけ、もう一度だけ深呼吸をして俺は止めていた足を蹴り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パァァンッ_

 

 ここで決めるという気迫を乗せて、両足を宙へと上げた勢いをラケットを持つ右手にかけて伝達させるかのように、羽鳥が得意技の強烈なジャンプスマッシュを放つ。こいつが放つジャンプスマッシュはいつもながらに強力だが、ジャンプで打つときのコースは決まってストレートだからどこを狙っているかを正確に読むことが出来れば返せないショットではない。

 

 「(軌道(コース)が読めれば返すのはどうってことねえんだよ)」

 

 高く上がった右手から凄まじい威力で放たれたその羽根が左のサイドラインへ落ちていくのを読んで、バックハンドの構えでクロスのネット際へと返す。

 

 「(クソッ、僅かに上がった…)」

 

 だがコースは読めても向かってくる羽根の角度とスピードが脳内のイメージを超えてくるせいで、思い描くようなコースに返せない。はっきり言って羽鳥(こいつ)はバドミントンプレイヤーとして考えると俺や大喜先輩と同じくただコートに立つだけで優位になるほど体格が恵まれているわけではない。そんな170センチ台前半の身体から兵藤さんのスマッシュに匹敵する高さで羽根がこっちへと突っ込んでくるから、ジャンプスマッシュが返ってくるたびに一瞬この頭が混乱する。

 

 「(…どう返す?)」

 

 ネット際に上がった羽根に、羽鳥は瞬時に反応して素早いフットワークでラケットを持つ右手と右足を伸ばす。身体の動きを見る限り、これはプッシュか見せかけてのヘアピンか。

 

 「(…クロス)」

 

 パァンッ_

 

 クロスの構えでプッシュを放とうとした瞬間、ちょうどコルクが当たるタイミングに合わせて面の向きが変わり、乾いた音と共に一直線の鋭い角度のプッシュが羽鳥のラケットから放たれる。直感でこの羽根は、間違いなく“イン”だ。

 

 「…っ!」

 

 ストレートの軌道で落ちていく羽根へ右手と右足を広げて打ち返そうとするも、クロスで打ち返されると判断して左側へのショットを警戒したせいでワンテンポ反応が遅れた俺は、見事に隙を突いて返ってきたプッシュをフレームに当てるだけで精一杯だった。

 

 「ゲーム、飛鷹」

 

 フレームがコルクを弾く甲高い音が鳴るのと共に、試合はゲームセット。結果は『21―15』と『21―16』で俺のストレート負け。唯一の救いは、これがまだ本番じゃないってことくらいか。

 

 「っしゃあ!やっと決まったわスマッシュ以外のフェイントショット…!」

 

 主審のスコアを聞き終えて、羽鳥は初めて成功したショットに喜びをわかりやすく噛みしめる。あの総当たり戦から1ヶ月以上が経ち、一旦はその背中に手が届きそうなところまで近づけていたが、メンバー入りが決まってからはこんな調子で、却って突き放されている。

 

 「けどもうちょいギリのとこ狙えたかもな…」

 

 特に、B組の千木良のところで予選に向けて自主練習を始めてからは、プレースタイルも含めて明らかに一段階先へと羽鳥(こいつ)は進み始めている。

 

 「まだ成功したのは一回目だろ?()()()ってパターンもあるぞ」

 「わかってるよ。大事なのはフェイントを毎回決めれるようにこっから予選にかけて精度を上げていくことだしな……今のやつだって晴人が引っかかってくれたおかげで決まったけど、当てられてる時点でまだ完璧なショットとは言えねえし」

 

 何回かトライしたうちの一回が成功しただけでガッツポーズをして喜んでいる羽鳥へ揺さぶりを掛けると、羽鳥は視線をスコアボードに向けながら数秒前の喜びから一転して半ば呟くようなトーンで自分のショットを冷静に振り返る。マグレな部分もあったとはいえさっきのプッシュが奇跡の産物なんかじゃなく()()だっていうのは、明らかに強くなり出したこいつと同じコートで打ち合っていれば悔しいが言われなくてもわかる。

 

 「おい羽鳥」

 

 スコアに目を向ける羽鳥へ、俺は聞いてみる。

 

 「兵藤から聞いたんだけど、最近OBの千木良さんのとこで練習してるらしいな?」

 「おう」

 

 俺からの問いかけに、羽鳥は全く悪びれる様子もなく淡々と相槌を打つ。

 

 「それ言うなら晴人も似たようなもんじゃん」

 

 そして視線を俺のほうへと投げて、クールに笑いながら言い返す。相変わらずバドをしているときのこいつは純粋にこの競技を楽しんでいるのだけれど、向けられる視線からは確かな()()()が伺える。

 

 「当然だろ。佐知川倒すためなら俺はなんだってやってやるよ」

 

 もちろん俺も俺でこのところは土曜の練習終わりに大喜先輩と一緒に兵藤兄妹の自主練習に参加している。もちろんその目的は、佐知川にいる柊仁(あいつ)を倒してインターハイへと行くため。そのためだったら同じ学校の名前を背負う同期や先輩たちを負かすことなど、躊躇うまでもない。

 

 

 

 「バドが楽しいって絶対思わせてやる」

 

 

 

 だが俺は、初めて同じコートで羽根を打ち合った日から一度も羽鳥(こいつ)に勝てていない。まずはこいつに勝てるようにならないと、柊仁になんて勝てないってのに……

 

 

 

 「…やっぱ晴人が同じコートにいるとそれだけで楽しいわ」

 

 同期のライバルに勝てない苛立ちを言葉に乗せる俺へ、羽鳥は対照的に心底嬉しそうな笑みを浮かべながらそう言い放ち、コートから離れて同じくちょうど試合を終えたばかりの大喜先輩に話しかけていく。自分のほうが実力が上だという優越感は1ミリもなく、どこまでも俺のことを好敵手としか見ていないのが伝わる感情。振る舞いは違えど柊仁と同じようにただただ試合(ゲーム)を楽しんでいるこいつに勝てないままでいる自分自身が、いい加減()だ。

 

 「(勝手に楽しんでろよ。俺は()()()()()で絶対インターハイへ行ってやる…)」

 

 大喜先輩にひと試合を申し込む羽鳥へ無言で宣戦布告をして、俺は苛立って感情的になり出したメンタルを一旦リセットさせるためアリーナの外へと足を進める。

 

 「その雑巾、俺が洗っときます」

 「えっ?いやいや大丈夫だよ君は練習に集中してもらって」

 「なるべく予選に向けて徳は積んどいたほうがいいと思ってるんで」

 「神頼みかいっ」

 

 と言ってもただ何もしないで外に出ると先輩が煩そうだから、ちょうどコート外に置いてあった雑巾を絞りに行くというていでマネージャーの守屋先輩に軽くツッコまれながら、雑巾を片手にロビーに出る。一応、手に取った雑巾はちゃんと洗うつもりだ。

 

 「(俺のやり方……つっても、具体的にどうすりゃいいんだ?)」

 

 今さっき心の中で呟いたばかりの自分の言葉を、冷静になってもう一度考える。俺のやり方と自分では言い張っているものの、実際は羽鳥がやっていることと全く同じだ。当然あいつと同じやり方で差が縮まるどころか逆に広がっているってことは、俺もまた自分の中で何かを変えて行かないといけないという意味だ。

 

 「…冷たっ」

 

 蛇口を捻り、何度も使って少し灰色がかった雑巾を水につけると、やや冷たい水が両方の掌を伝って熱くなっていた感情を一時的に冷やしてくれる。

 

 「……」

 

 B組の千木良とそのお兄さん、そして俺にとって柊仁と共に因縁がある弟との自主練習に参加したという羽鳥だが、自主練のあったちょうど1週間前の土曜を境にあいつのプレーからそれまであった()()が減った。代わりにショットのひとつひとつの正確さが増したことに加えて、フェイントを仕掛ける回数も増えて戦い方が攻め重視から心理戦寄りになった。ただ唯一スタイルが変わらないのが、これまでの武器でもあったアウトギリギリを狙う強烈なジャンプスマッシュだ。

 

 ジャー_

 

 良い意味では豪快で、悪い意味ではガサツな部分がやや影を潜めてプレーが全体的に冷静になったからこそ、ここぞというところで出してくる()()()()()()()が緩急となって対戦相手に付け入る隙をなくしていく。恐らく羽鳥がインハイ予選へ向けて試みているのは、これまでの強打主体の攻撃型から攻守を高次元で両立させるオールラウンダーへの転向。全くの偶然かそれとも意図的か、俺が2度も黒星をつけられた()()()のプレースタイルも記憶が正しければそれに近かった。

 

 キュッ_

 

 何より恐ろしいのは、オールラウンダー寄りのプレースタイルに変えてから1週間足らずで既にそれを()()()()()()()()()ということ。尊敬している人を参考にした強打中心のスタイルのままでは柊仁を超えられないことを理解して今のスタイルを戦える代物にできるまで丸2ヶ月かかった俺に対して、羽鳥は2週間後の予選までには完全に適応してしまうんじゃないかというほどの驚異的なペースで、新たなプレースタイルを習得し始めている。これがどれだけ異常なことか、“5年に1人”と呼ばれ続けている柊仁(あいつ)の背中をずっと見続けてきた俺ならわかる。

 

 「…ふざけんな」

 

 

 

 何だよそれ。結局持ち合わせていない奴は()()()()()()()()()にはどう頑張っても勝てないって言うのかよ……それが本当だとしたら、持ち合わせていない奴の努力は無駄だとでも言いたいのかよ……

 

 

 

 「(…あ)」

 

 雑巾は絞り終えたものの結局あんまり苛立ちを水に流せないまま引き返すと、ちょうど視界に入った体育館の階段の踊り場で見覚えのある新体操部の先輩が1人で振り付けの確認をしているのが目に留まった。去年のインターハイで3位になったという新体操部のエースで1年からも羨望を向けられているこの学校の有名人の1人、蝶野雛先輩。

 

 「(全国レベルの人はやっぱ上手いな…)」

 

 思春期の野郎共からすれば少々刺激が強いピチッとした格好ではなく俺らと何ら変わらない普通の練習着でイヤホンを耳につけながら華麗なターンを決める、羽鳥(あいつ)の親戚だという1学年上の新体操部のエース。片足で立ってもピクリともブレない体幹の強さと指先まで綺麗に動きが揃う繊細さに、競技は違えどド素人ながらにインターハイで上位に行ける人の実力を知る。共感するつもりはないけれど、羽鳥がこの人の演技に見惚れる気持ちが少しだけわかった。

 

 「(って、それだと俺があいつと同類みたいじゃねえか)」

 「観覧料、16000円」

 

 危うく羽鳥に共感しそうになった頭を振ってさっさとアリーナへ戻ろうとした瞬間、その踊り場のほうから観覧料なるものを要求する冷めた声が聞こえてきた。しかも地味に前より値上がりしている気がする。

 

 「16000円はカツアゲなんてレベルじゃないっすよ」

 「体育祭のときに君が私に向かって言ったこと、もう忘れた?」

 「それはもう謝ったじゃないですか」

 「謝りながら胸見てたじゃん」

 「あー……その節も本当にすみませんでした」

 

 あからさまに嫌な相手と出くわしたと言わんばかりの表情を浮かべてロビーへ降りてくる蝶野先輩へ、とりあえず改めてあのときの無礼を謝る。まだ根に持っていたのかこの人…と思うまでもなく、これに関しては俺が全部悪いから一応は反省しているつもりだ。

 

 「雑用?」

 

 ロビーまで下りてきたところで、洗ったばかりの雑巾を持つこの右手に蝶野先輩が視線を落とす。

 

 「いや、自主的です」

 「へぇ~、偉いところもあるんだね」

 「リフレッシュのついでですよ。徳は積むに越したことはないじゃないですか」

 「そういうのって自分から言わないほうがいいんじゃない?」

 「そうなんすか?」

 「さあ?」

 「“さあ”て」

 

 正直に気分転換のついでで洗ってきたことを明かす俺へ、蝶野先輩は揶揄うような態度で返してアリーナの方向へ振り返り背を向ける。こういう何気ない日常動作からも感じる、この人の体幹の良さ。

 

 「それより大会のメンバーに選ばれてるなら油売ってないで早くコートに戻ったほうがいいんじゃない?」

 「なんで先輩が知ってるんですかそれ?」

 「()()()()()()から聞いてるよ」

 

 そして振り返りざまに俺がインハイ予選のメンバーに選ばれたことを“ライバルから聞いた”と告げて、返答を待たないで蝶野先輩は新体操部のコートへと戻って行く。言うまでもなくライバルの正体は、()()()()のことだ。

 

 「…先輩って、1年生のときから新体操で良い成績を残してたんですよね?」

 

 咄嗟に聞きたいことを思いついた俺は、アリーナへと足を進める蝶野先輩に声を掛けて呼び止める。

 

 「どうしたら()()()()()になれますか?」

 

 俺の声に反応した小柄で華奢な背中が立ち止まり、振り返る。

 

 「何で私に聞くの?」

 「勝ちたいんですよ。俺の一歩先を歩く()()に」

 

 

 

 「兵藤さんが同じ学年だったら嫌なのは?」

 

 世の中には、スポーツをする上で有利な体格やフィジカルを最初から持ち合わせている人が競技を問わず必ずいて、誰が言ったかそういう人たちのことを俗に“天才”と呼ぶらしい。俺にとってその最たる存在がずっと尊敬している兵藤さんと、誰よりも俺が倒したいと思っている柊仁だ。特に柊仁は中学のときからあの兵藤さんとの初めての試合で1ゲームを取ったりして、県内で一番の強豪と呼ばれている佐知川でも一際存在感を放っていて、当然のように兵藤さんがいなくなった後はそこでエースになって、中2のときには県内だと負けなしなほど強くなっていた。

 

 「…柊仁かもな」

 

 その強さはただ単に天性の才能だけのものじゃなくて柊仁(あいつ)なりの努力によるものだってことは、俺だってわかっている。だけど俺が必死こいて放つショットを何食わぬ顔で平然と打ち返す柊仁と練習で対峙するたびに、常に1年先を行くあいつと自分の埋められない差に悔しさが募っていった。それでも1年後にはあいつと同じ場所……いや、俺ならもっと上に行けると自分を信じて全てをバドに捧げてきた。

 

 

 「ゲーム、ワンバイ。KTSジュニア、千木良」

 

 

 「本気で楽しもうぜ。晴人」

 

 

 そんな俺の目の前に、2()()()()()が立ち塞がった。中2のときに描いていたプランの中にいる俺は、少なくともこいつらと同じ場所を走っているはずだった。絶対に1年後の柊仁と同じ場所にいるはずだったと言い切れるくらいには今日までバドに賭けてきた。その結果が現状(これ)だ。

 

 「本番は負けてやらないからな」

 「ああ。俺もだ」

 

 “天才”という、そんな勝つことを諦めた奴が勝てない自分を正当化するために口にする言い訳じみた言葉なんか使いたくはない。ただ負け続けている現実に目を向けると、嫌でも突き付けられる。

 

 

 

 「なんでそんなこともできないの?」

 

 

 

 努力だけではどうにもならない“天性の才能”というやつは確かに存在していて、俺は()()を持っていないということを……

 

 

 

 「…参考になるかは分からないけど、ひとつだけ教えてあげる」

 

 いきなり問いかけた俺の目を真っ直ぐに見たまま、数秒の間を空けて蝶野先輩が口を開く。

 

 「“努力は裏切らない”。ありきたりな言葉だけど、君がその天才に勝ちたいって思っているならまずはこの言葉を実践するに尽きるんじゃない?」

 

 そう言って初めて俺に優しい表情を見せると、再び蝶野先輩は背を向けて止めていた足をアリーナへ進める。

 

 「()()()()()()()ができるといいね」

 

 最後に背を向けたままクールに激励を送って、蝶野先輩は今度こそコートへと戻って行く。言葉のひとつひとつから感じ取れるこの人の新体操に対する確かな自信と、学年を超えて羨望されるカリスマ性。

 

 「(…強いな。この人)」

 

 

 

 きっとこの人も努力だけではない()()を持ち合わせている。だけど元から持ち合わせているものに頼らないで努力をしてきたであろう()()()()()を、蝶野先輩の口ぶりから俺は感じた。

 

 

 

 「(俺もそろそろ戻るか…)」

 

 後を追うように、洗い終えた雑巾を片手に俺はバド部のコートへと戻った。




雛と晴人が再び会話をするのは原作だと予選が終わったあとのテスト期間まで空くことになるのですが、色々と考えた末に2人の絡みを早めました。

ちなみに本作の晴人は現状として原作で大喜へ向けていたライバル心がそのまま飛鷹のほうに向いているって感じです。
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