鷹と蝶   作:ナカイユウ

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おつかれ

 長野県_千曲高校_

 

 「ゲーム。21―11。()()(ざき)

 「ありがとうございました」

 

 インターハイ出場への切符がかかる県総体が終わり一週間。県内で有数の強豪と言われている千曲高校男子バドミントン部は、県総体のシングルスを2年連続で優勝してインターハイ出場を決めた3年生エースの五百崎先輩を中心にいつもの体育館で今日も練習に励む。

 

 「(なん)()。お前はここ一番で守りに入って決め球で決めきれない癖があるから、打つと決めたときは思い切るっていう考え方を身に付けたほうがいいぞ」

 

 試合形式の練習を終えて、“ありがとうございました”と礼をした俺へ相手をしてくれた五百崎先輩が声を掛け、クールにアドバイスを送る。

 

 「はい」

 

 県内のバドミントン界隈においてインターハイ常連校と呼ばれるほどの強豪校の中でも頭一つ以上は抜きん出た実力を持つエースが相手だと、県総体のメンバーに何とか滑り込みで入れた1年の俺ではまだ10点前後の得点を奪えるかどうかで精一杯だ。

 

 「ただシャトルへの反応は最初の頃より大分良くなってきてる。あとはここ一発で決めきる勇気と威力ってところだな」

 「そうですね。1セット目の最後のところは温存ではなく攻めに転じて一気に流れを変えるべきでした」

 「お前は1年の中だと一番()()()()()()んだから、もっと自信を持てよ」

 「はい。心得ておきます」

 

 前哨戦にあたる6月末の北信越大会と既に出場を決めている8月のインターハイに向けて調整を進めている五百崎先輩からアドバイスをもらって、俺はコートを離れて壁際に置いた自前のアクエリを口に運ぶ。

 

 「(自分にセンスがあるなんて、考えたこともなかったな…)」

 

 渇いた喉にアクエリが通って行く感覚と一緒に、五百崎先輩に言われた言葉を頭の中で振り返る。自分に才能(センス)がある……そんなことなんて考えたこともなければ、思ったことだって一度もない。総当たり戦を経て1年の中でただ一人メンバーに選ばれたのも2年の()(しき)先輩が脚の怪我からの病み上がりで本調子じゃなかったからで、実力を考えれば本来だったら1年は俺を含めて出場メンバーには入れず全員応援になるはずだった。もちろん選ばれたからには俺も本気で大会に向けて練習に力を入れてどうにか地区予選を突破して次に進めたものの、初めての県総体は初戦敗退に終わって現実を思い知った。

 

 

 

 「あんな景色を見せつけられたら、()()()()のも悪くないよなって俺は思っちまった」

 

 

 

 もし飛鷹が推薦を蹴らずに俺と()()()()()へ進んでバドをやっていたら、“センスがある”と言われるのは絶対にあいつのほうだ……

 

 

 

 「サボりか南波?」

 

 飲み終えたアクエリを片手に少し耽っていたところに、バド部の同期でクラスメイトの(まき)が話しかける。

 

 「ただの水分補給だよ」

 

 同期からの揶揄いを軽く受け流しながらアクエリを置いて、怪我が完治して復調した屋敷先輩との試合に続けて応じる五百崎先輩のほうへと何気なく俺は視線を向ける。

 

 「…五百崎先輩からさっき言われたんだよ。“お前は1年の中だと一番センスがあるから、もっと自信を持て”って」

 「うん。だろうな」

 「だろうなって他人事みたいに…」

 

 特に何を考えるでもなくネットを介して試合前に屋敷先輩と軽くやり取りをする五百崎先輩のことを見ていたらサラッと出てきた独り言に、牧は他人事のような軽いリアクションを返す。

 

 「そもそもまだ中学生に毛が生えたくらいの奴が“インターハイの優勝候補”とまで言われてる絶対的エースと何とか試合が出来てる時点で十分に化け物だろ」

 

 全中大会で準優勝。この実力を評価されて小学生のときにバドミントンの日本代表に選ばれた経験もあるという従兄も進学した()()()()と呼ばれる強豪校からスカウトが来たにもかかわらず、そのスカウトを蹴って地元でインターハイ優勝を目指すことを選んだ……そういう次元にいるのが今や“優勝候補の一角”として全国からも注目される()()(ざき)(しゅん)()という先輩だ。高1のときに県大会ベスト4でインターハイを逃して以降は県内ではずっと負けなしで、去年のインターハイはスカウトを蹴った強豪校のエースとフルセットを戦い惜敗してのベスト8と、その実力は強豪とはいえインターハイの過去最高成績が一昨年までベスト16だった千高(ちくこう)にいることが勿体ないと思えてくるほど飛び抜けている。

 

 「五百崎先輩の言う通り、南波(おまえ)はもっと()()()()()ってやつを自覚したほうがいいって俺も思うけどね。いつも謙虚なのは良いことだけど、行き過ぎた謙虚さはただの卑屈だぜ?」

 

 そんな相手と差は依然として大きいとはいえどうにか試合が出来ている俺は、もしかすると傍から見れば凄いことをしているように見えるのかもしれない。

 

 「俺もそんなふうに考えたいけど、ちょっと前まで化け物みたいな()()()()と一緒にバドやってたから俺の中でそういう感覚が麻痺してるのかもな…」

 

 だけど俺の隣には、いつも飛鷹(あいつ)がいた。この代えがたい思い出という名前の事実が俺の中にある強さの基準というものを斜め上の方向へと歪ませているのかもしれない。

 

 「うわ出たよ“南中の羽鳥”……そりゃあんな()()と一緒にいたら感覚がバグるのも仕方ないか」

 

 かつて同じチームで切磋琢磨した戦友のことを口にすると、牧は半ば諦めに近い溜息をつきながら渋々と納得してくれた。これもまた普段の飛鷹(あいつ)に慣れ過ぎたせいで忘れかけていたけれど、長野のバドミントン界隈で“南中(なんちゅう)の羽鳥”は“千高(ちくこう)の五百崎”と並んで名が知られている有名人だ。いち親友としては全く信じられない話だが。

 

 パァァンッ_

 

 「…やっぱ速えぇなぁ五百崎先輩のスマッシュは」

 「スマッシュに関しては“全国でも随一”って言われてるような人だからな」

 

 いつの間にかインターバルに入りかけようとしていた空気を一瞬で切り裂く五百崎先輩の放つスマッシュが、鋭い快音となって体育館のコートに響き渡る。まるで強くなるために長野(じもと)を離れて関東の強豪へと1人で()()()()()親友のスマッシュの行き着く先を見ているかのような、劣等感すら湧かないほど綺麗で視界に捉えられないほど鋭く速い“隼”の如き一撃。

 

 

 

 「もしいつかまた()()()()()で戦うときが来たときに惨めな思いをしないために、これからもお互い本気でバドミントンを楽しもう」

 

 

 

 飛鷹と一緒にお決まりになっていたランニングコースを走った最後の日、俺はついカッコつけていつもの自分だったら絶対に言わないことを言ってしまった。あんな無茶な約束をして苦しむのは自分(おれ)のほうだって分かっていたのに、これで最後かもしれないと思った瞬間に初めて心の底から“負けたくない”と考えてしまった。

 

 

 

 「牧。コート空いたからひと勝負しよう」

 「五百崎先輩に感化されたか?」

 「違うっての」

 

 五百崎先輩のスマッシュで気分を切り替え、俺は牧と一緒にラケット片手にちょうど先輩同士のゲームが終わったコートへと足を進める。

 

 「先輩。このコート使っていいですか?」

 「おう、いいぜ」

 

 インターハイで誰よりもバドを楽しむバカな親友ともう一度だけ同じコートに立つと宣戦布告した手前、俺だっていつまでも立ち止まっているわけにはいかない。自分のことを強いと心の底から言える自信はまだないが、少し早くバドを始めた俺をあっという間に追い越してその勢いのままに“天才”として一気に周りのみんなを突き放して強くなっていった親友の羽根を誰よりも打ち返し続けたこの身体が、俺にとっての()()()()()だ。

 

 「…そういや南波って羽鳥と仲良かったんだよな?」

 「まあな。飛鷹(あいつ)とは幼稚園からの付き合いになるし」

 「離れ離れになってもメッセとか電話とかでやり取りしてんの?」

 

 コートに入って羽根を拾う俺に、牧が何気ない感じで問いかける。

 

 「…いや。あいつを見送ってからは一度も」

 

 そういえばあのランニングコースを最後に走った日から、飛鷹とは一度もメッセのひとつすらしていない。

 

 「えっ?寂しくね?」

 「あいつがどう思ってるかは知らないけど、俺は全然」

 

 これという理由もなければ仲が悪くなったとかでもないが、かと言ってお互いに話すようなきっかけもなかったからか、気が付くとあんなに毎日のように会っていた親友とはすっかり疎遠になった。俺の見解としては、それだけ今はお互いがそれぞれのバドに向き合っているから……だと思っている。

 

 「なあ、思い切って今日メッセのひとつでもしてみればどうよ?“元気~?”みたいに軽い感じでいいからさ」

 「…なんか気まずいな」

 「何でだよ幼馴染だろ?」

 「だから()()()()んだよ」

 

 かと言って気楽にメッセのひとつでも送ってやろうかって気分には、互いをよく知る仲だからこそ気まずくて中々乗れない。

 

 「サーブ、牧からでいいよ」

 「マジで?あざ~す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「6月になると7時でもまだ全然明るいな」

 「ね~。まだ夕方かよって感じだね」

 「それよりお腹減った」

 「ほんとにそれ」

 

 夜の7時。お兄さんが申請していた時間が終わり練習を切り上げて、千木良家の3兄弟と一緒に少し疲れた身体で荷物をまとめて体育館の外へと出る。部活と自主練終わりでいい感じに腹は減っているのに、頭上に広がっている空は日が沈んだばかりでまだ少し明るいせいか体内時計と景色が微妙にズレてる感じがしてちょっとだけ変な気分だ。さすがは6月、日が長し。

 

 「今日はなに食べるお兄?」

 「んー、羽鳥君は何がいい?」

 「えっ俺っすか?」

 

 ラケットバッグを背負ってまだ少し明るい空を見上げる俺へ、お兄さんが夕飯の話を振る。ぶっちゃけ今日は早く家に帰って千木良がプレゼントしてくれた試合映像を見たいと一瞬だけ魔が差すも、せっかく試合をした本人が目の前にいるなら直接色々と聞いたほうがいいと切り替える。

 

 「ぶっちゃけ俺は連れて行ってもらえるだけでありがたいんでお任せします」

 

 かと言ってまだ会って2回目程度の後輩に過ぎない分際で図々しくこの3兄弟と一緒に食べる夕飯を決められる度胸はないから、お兄さんに意見を仰ぐ。

 

 「じゃあ今日は中華にしますか。といっても町中華になるけど」

 「あ〜あそこね、私賛成~」

 「おれも」

 「羽鳥君もそれでいい?」

 「はい、ありがとうございます」

 

 というわけで話の流れから、今日は町中華になった。一応今日も帰りに千木良たちと食べて行くかもしれないと蝶野家には伝えているけど、店についたところで雛姉に一言メッセしておくか。

 

 「ホントに今日は色々とありがとうございます」

 「ハハッ、だから礼なんてしなくて大丈夫だよ。自分の見地に繋げてくれれば」

 「もちろんす」

 

 とにかく今日は先週に続く自主練習に加えて千木良からプレゼントされたお兄さんの試合映像と、気負い過ぎたら駄目だとわかっていても“これは結果で返さねば”とつい意気込みそうになってしまう。

 

 「自分で言うのも難だけど、俺の中で()()()()()()()()をチョイスしたから」

 

 千木良が俺に渡してくれたDVDの中にある試合映像が自分の中で一番良かった試合だったと、お兄さんは少しだけ謙遜しながら告げる。その試合は妹曰く、お兄さんにとって最後の試合になった高3のインターハイ決勝。

 

 「それはマジで参考にします」

 「また気負い過ぎてるんじゃないひだっち?」

 「()()()()()()()ってだけよ」

 

 それを聞いてまたひとつ喜びを嚙みしめていると、軽く笑いながら千木良からまた気負い過ぎだと言われてしまった。俺的にはめちゃくちゃ楽しみなだけのつもりでいるけれど、そりゃまあここまで背中を押されて応援されたら気負わないほうが無理な話だ。

 

 「でも…勝ち負けとか関係なく最後の試合が一番良かったって言えるのは、本当に最高ですよね」

 

 惜しくも準優勝に終わったという栄明高校男子バドミントン部に過去最高の戦績を残したお兄さん、もとい千木良先輩の試合。バドをやめると決めて本気で頑張り続けてきた最後が2位で終わったというのに、本当にお兄さんの表情には後悔の二文字が全くない。

 

 「…俺もそういう試合ができたらな…」

 

 

 

 そういう試合で最後を締めくくることができたら、どれだけ楽しいことだろう。

 

 

 

 「これはあくまで理想論だからOBの戯言ぐらいの軽い感じで受け取って欲しいんだけど……羽鳥君ならきっと()()()()()ができると思うよ」

 

 つい心の内を独り言で溢した俺に、先頭を切って敷地の外へと足を進め始めたお兄さんが前を向いたまま理想論というものを語りかける。

 

 「ただし、2年後にいま頭に浮かべた“最高の試合”ができるかどうかはこれからの()()()だけどね?」

 

 そして振り向きざまにクールに微笑んで、先輩らしく現実的な一言を俺へとぶつける。その表情は優しく笑みを浮かべているけれど、同じバド部の後輩へ向けている精悍な眼は真剣に俺のことを凝視していて、本当にこの人が俺のことを心の底から応援してくれていることが言われなくても伝わってくる。それほどまでにお兄さんは、時間が取れない中でも俺や下2人のことを本気で勝たせようとしている。

 

 「はい。もちろんです」

 

 俺の中では、決して気負ってきたわけじゃない。だけど俺がバドミントンというスポーツをここまで楽しめるのは、こうやって自分(おれ)の背中を押してくれる人やバドを通じて向き合ってくれる人がずっと近くにいたからだ。お兄さんの言うような試合をするにはまだまだ強くしていかないといけない部分も多いけれど、少なくとも独りだったら俺はここまで進めていない。

 

 「ここまで来たらやってやりますよ。マジで」

 「アハハッ、これは予選が見物だね」

 「これで初戦敗退したら坊主にするんだっけ?」

 「そのネタはもうええっての!…てか、気負うなって俺に言ったばかりじゃね千木良(おまえ)?」

 「けど多少のプレッシャーはあったほうが良くない?調子に乗り過ぎない程度にさ」

 「まぁそうだけどあれは意気込みっつー意味で」

 「せっかく髪切ったのにこれで坊主にすることになったら勿体ないですね」

 「話聞いてたかな弟くん?」

 

 

 

 だから少しでも長く、俺は歓声に包まれたコートの中に留まってバドミントンを楽しみたい。

 

 

 

 ♪~_

 

 「誰かスマホ鳴ってるよ?」

 「あぁ、俺っす」

 

 1週間前に冗談半分で言った初戦敗退で坊主にするかしないかの話で盛り上がりだしたところで、水を差すかのように俺のスマホが誰かからの着信を告げる。音からしてこれは電話だ。

 

 「(…雛姉かな?)」

 

 もしかして夕飯を蝶野家で食べるか外で食べるかの確認か?と、雛姉からの電話だと思いながらポケットに入れていたスマホの画面を見る。

 

 「(……恵介?)」

 

 だがスマホの画面に映し出されていた名前は蝶野雛ではなく、何ヶ月かぶりに見る“南波恵介”という名前。

 

 「ちょっとスミマセン電話してます」

 「うん。俺たちはここで待ってるから」

 

 本当に久しぶりに見た親友の名前にやや気が動転しながら、俺はお兄さんたちへ断りを入れて一度出た体育館の敷地内に戻って応答のボタンを押そうとする寸でで、親指が止まる。

 

 「やべえ…なんて話そう」

 

 どういう風の吹き回しなのかもわからないほどいきなり掛かってきた、長野(じもと)に残る親友からの電話。緊張とかじゃないけれど、マジでいきなりが過ぎて心の準備が1ミリもできてないせいか第一声が出てこない。

 

 トッ_

 

 8回ほど着信音がループしたところで、ようやくスマホを持つ右手の親指が動いて応答のボタンに触れる。

 

 「…おつかれ」

 

 ボタンを押してスマホを耳元に当てるまでの僅かな間に頭の中でどうにか思いついた言葉を、スピーカー越しに恵介へ伝える。2ヶ月半ぶりの会話の第一声にしては味気ない感じがしなくもないけど、互いをよく知る一番の親友への挨拶と言ったら俺的にはこれしか思いつかなかった。

 

 『おつかれ。悪いな突然』

 

 電波の影響か、ほんの少しの間を空けてスピーカーの向こうから微かな雑音を含んだ同じ言葉が返ってきた。久しぶりに聞く、試合や練習で声出しをしているとき以外はボソッとしたテンションがデフォルトな恵介の低めな声。

 

 「めっちゃ急やん。どした?」

 『いや、何となくそっちのほうも大会が始まるころだから、元気にしてるかなって思ってさ』

 「ひょっとして寂しんぼっすか南波パイセン?」

 『ちげえよ』

 

 冬の終わりまで毎日のように会っていた親友の声が聞こえた瞬間、電話に出る前の謎の気まずさは一瞬にしてどこかへ吹き飛んだ。ぶっちゃけ恵介のほうからこういうことをしてきたのは俺的にはやっぱりちょっと意外だけど、一度会話が始まったらそんなことはどうでもよくなってくる。

 

 「こっちはインターハイに向けて視界良好って感じよ」

 『その前に県大会だけどな』

 「マジそれな。てか恵介のほうはもう予選終わってる感じ?」

 『おう。県総体は5月末でもう終わってるよ』

 「やっぱ早えなぁ長野(そっち)は。夏休みが終わるのもだけど」

 『それは言えてる』

 

 埼玉(こっち)のインハイ予選がそろそろ始まる頃だからと電話してきた恵介へ大会のことを聞くと、淡々としたテンションのまま終わった後だと予想通りの返答が返ってきた。

 

 「予選はどうだった?」

 

 その流れのままに恵介がメンバーに選ばれている前提で一足早く終わった県総体の感想を俺は聞いてみる。

 

 『なんで俺がメンバー入りしてる前提で聞いてくるんだよ?』

 「お前なら千高でもやっていけてるだろ」

 『どんだけ期待してんだよ』

 「で、どうなん?」

 『まあ…ギリギリで最後の一枠が取れたって感じ』

 

 不謹慎ながら冗談半分のつもりで聞いたら、恵介はやや謙遜気味なリアクションで大会のメンバーに入れたことを電話越しに俺へと告げる。

 

 「マジかすげぇな!まあ俺も選ばれてはいるけど」

 『飛鷹は普通に選ばれるくらい元から強いだろ』

 「言うて俺も何とか入れたって感じだわ」

 

 長野県の中では有数の強豪で、俺らの地元ではインターハイ常連校としても知られている“千高”こと千曲高校のバド部で1年目からメンバー入りすることは俺からしても容易なことじゃない。おまけにいまの千高には、俺にとって恵介と共に栄明に進むか最後の最後まで悩ませた種になったインターハイの優勝候補がいる。

 

 「いやでもホントすげえよ恵介」

 『今回はただ運が良かっただけだよ。本当なら観客席で応援だったはずが、病み上がりで本調子じゃなかった先輩のおこぼれを貰っただけの話だし』

 「先輩のおこぼれを貰えるところにいたのは真っ当にお前の実力じゃね?」

 『だったらいいんだけどな』

 

 そんな学校のバド部の中で1年目から出場メンバーに入れたというお世辞抜きに凄いことをやってのけたというのに、耳元から聞こえてくる恵介の声は淡々としていて、今のところメンバーに選ばれたことへの喜びはあまり感じられない。

 

 『…どうせ結果が気になってるだろうから先に言っておくけど、何とか北信はクリアして県総体に進めたけど初戦敗退だった』

 

 何かあったのかと考え出した間もなく、恵介は声のトーンを一切変えずに試合結果をあっさり俺へ打ち明けた。

 

 「そっか…そりゃあ嬉しくはないわな」

 『もう吹っ切れてるしお前から心配されるほど落ち込んでないから安心しろ』

 「なら良かったわ」

 

 1年目の成績は県総体、初戦敗退。そもそも強豪チームで1年目から大きな大会に出る権利を掴み取れる時点で凄いことではあるけれど、“インターハイ出場”という目標のために千高へ進んだ恵介にとっては、満足なんてこれっぽっちも出来ない結果だろう。もちろん俺だって、高望みかもしれないけど選ばれたからにはチャンスを掴めるところまでは行きたい。

 

 『けど、高校入ってすぐにこういう経験ができたのは俺の中でも本当に大きいことだって思ってる』

 「だったら最高じゃん」

 『結果は喜べないけどね』

 「だからこそ次に繋げるのが大事っしょ」

 『まさかメンタルが豆腐な飛鷹からそんな言葉を掛けられるとは』

 「こっちもおかげさまでメンタル含め強い先輩から鍛えられてるもので」

 『ははっ、随分と順調そうだな』

 「さっきも言ったろ。視界良好だって」

 

 初戦敗退に終わった試合を振り返る声色が、少しだけ明るくなる。どうやら恵介は初戦敗退に終わった予選から立ち直って、もう次に進み始めているらしい。と言ってもあいつは幼稚園のときからメンタルだけは鋼みたいに強かったから、俺にとっては驚きでも何でもないけれど。

 

 『このあと学校の課題やるから最後になるけど……俺が県総体に出られたのは小4からずっとお前に()()()()()()()おかげだよ』

 

 そんな久しぶりに声を掛けてきた親友が、2ヶ月半ぶりの会話の最後にこう切り出してきた。

 

 『改めてありがとな。飛鷹』

 

 今日イチで暖かさを感じる声と一緒に耳の中へ伝った、感謝の言葉。ぶっちゃけ俺はただ単に恵介(こいつ)と一緒にバドを楽しんでいたってだけで、貸しを作るようなことなんて何もしていないし、むしろありがとうって言うべきなのは圧倒的に俺のほうだ。

 

 「ありがとうはこっちの台詞だよ。恵介」

 

 

 

 でも…こういう形で勝ち負けも関係なく楽しんでいた5年間が今に繋がっているというなら、純粋に恵介とずっとバドをやってきて良かったって思う。

 

 

 

 『予選頑張れよ。応援してるから』

 「サンキュー。恵介もそっちで楽しんでいけよバドミントン」

 『わかってるよ』

 「次はインターハイの会場で会えるといいな」

 『あぁ、そうだな』

 「じゃあまたな恵介。おつかれ」

 『おつかれ』

 

 最後の言葉を掛けて、耳元からスマホを離して通話を切る。特に狙っていたわけじゃないけれど、2ヶ月半ぶりの会話は“おつかれ”に始まり“おつかれ”で終わった。まあ、だから?って話だが。

 

 「誰と話してたのひだっち?」

 

 スマホをポケットに入れて戻ろうとしたところに、外で兄弟と一緒にいた千木良が声を掛けてくる。そういえば千木良家の3人を待たせていることをすっかり忘れて、恵介との話に夢中になっていた。上手く言葉にはできないけど、それぐらいあいつとの会話は楽しかった。

 

 「地元の親友(ダチ)

 「それはエモいね」

 「前から思ってんだけどエモいの正解って何?」

 「知らんがな」

 「そうだこいつ意味わかんないまま使ってんだった」

 「ねえ、そんなことよりひだっちの友達のこと後で詳しく聞かせてよ」

 「嫌だよ。今日はお兄さんたちとバドの話で盛り上がる予定だしな」

 「バドバカで草」

 

 親友との電話が終わって現実へ戻った俺は、そのまま千木良3兄弟と一緒に夕飯を食べに行った。




214話読みました。これはちょっと、次週が恐いです。
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