鷹と蝶   作:ナカイユウ

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続けてたんだ

 「(これ着く前に絶対降るな…)」

 

 自前のラケットバッグを背負い、天気予報を見て持ってきた傘も片手にいつ降り出してもおかしくない予報通りのどんよりとした空を意識の片隅に置きながら、気持ち早歩きで最寄り駅へと向かう。結には一応“18時くらいには着く”とメッセをしたばかりだが、街を覆う空がこんな様子だとつい余計な心配事が頭の中で雨雲の如く浮かんでくる。例を挙げるとするなら、雨で電車が遅延するとか。

 

 ドンッ_

 

 「あ、スイマセン」

 

 考え事をして歩いていたら、反対側から歩いてきた人と肩が軽くぶつかった。俺は振り向いて一言詫びると、サラリーマンと思われるスーツを着たその人は振り向きざまに小さく頭を下げてそのまま反対の方向へ早足気味に立ち去っていく。一瞬だけ見えた顔つきからして、俺と同じように社会に出てそんなに月日が経ってなさそうな若い人だった。

 

 「(いまの人、絶対俺のこと“バドサーの大学生”だって思ってるだろうな)」

 

 そんな日常のほんの些細な1コマなんて全く気にも留めないで、曇天模様の街を歩く人の群れは前に進んでいく。もちろん駅に向かう途中ですれ違う人の中で、ラケットバッグを背負うウインドブレーカー姿の男の()()に気が付いて視線を向ける人なんて誰もいない。まあ俺としてはカメラの外にいるときはそのほうがありがたいけれど。

 

 「……」

 

 

 

 

 

 

 「祖父江(そぶえ)監督からドラマの件で返答があってね……是非とも今回のドラマで千木良黎を起用したいと_」

 

 日曜にクランクアップしたMVの撮影現場で既にメインヒロインを演じることが決まっている流果さんから“バーターで出てみないか”と仕事を持ち掛けられ、“はい”と答えてから3日後にはプライム帯のドラマへの出演が決まった。しかも演じることになる役柄は監督とプロデューサーからの伝言曰く、主要キャストの1人という俺にとっては今までで一番大きな役だという。

 

 「このたび千木良さんにご出演して頂くことになるCMのコンセプトですが_」

 

 更に10月からのドラマへの出演が決まった裏で、大手音響メーカーが売り出す新作のワイヤレスイヤホンのCMキャラクターへの起用も決まった。これまでの表立った仕事と言えばモデルの仕事と映画とドラマに端役としてたまに出演させてもらえる程度だった俺からすれば自分の存在が認められたという嬉しさがある反面、この1週間で置かれている状況があまりに変化し過ぎたことに心が追いついていなくて、()()()()を食らったような気分だった。

 

 「今日を機に()()()()()()……これからはそう心得ながら知見と見地を増やしていきなさい」

 

 そして明日から撮影が始まるCMの打ち合わせを前に、俺は事務所の社長室に呼ばれて恩師から激励を貰った。恩師の言う“人生が変わる”というのが何を意味するものなのか、ついこの間に撮影を終えたMVのことが頭をよぎった俺は一瞬で理解した。

 

 「はい。期待に応えられるよう、頑張らせていただきます」

 

 

 

 

 

 

 

 「(…全然実感が湧かないな…)」

 

 と言っても、いきなり人生が変わると言われたところですぐに実感が湧いてくるのかと言われたら全然そんなことはなく、CMの打ち合わせを済ましてきた今日もラケットバッグを背負って高3まで住んでいた実家から程近い体育館へと向かう変わらない一日。そもそもこんな格好で街を歩いていると、本当にこの人は芸能人なんだろうかって自分でもつい疑いたくなってくる。

 

 「(人生が変わる…か…)」

 

 恩師から言われた言葉が本当だとするなら、俺はもうこんなふうに平然と何食わぬ顔で街を歩けなくなるということ……いやいや本当か?って、いざ大きな仕事が決まった後もまだどこか疑心暗鬼なのが本音だ。

 

 

 「エグいくらいモテてたもんね。高校にいたときのお兄」

 

 

 そういえばいつかの結から揶揄い半分でそう言われたことがあるが、ああいうのはあくまで学校という限られた()()()()だけでの話で、繁華街のビジョンに自分の姿が映るのとは訳が違う。自分で言うのはいけ好かないとはいえ強いて言えばバドをやっていたときにスポーツ系の雑誌に取り上げられたことがあって、そのときに“イケメン高校生アスリート”と軽く話題にされたことはあったけど、俺にとっては顔でとやかく言われることは心底どうでも良かったから気にも留めなかった。

 

 だったら何でバドやめて芸能界に足を踏み入れたんだって話になるだろうけれど、あくまでも俺は“顔がいいから”なんて安直な理由でこの世界に入ったわけじゃない。

 

 「(…ちょっと急ぐか)」

 

 1人暮らしを始めてから住処にしているアパートの最寄り駅が目の前に見えて、考え事のせいで無意識に落ちていたペースを再び上げて段差に気を付けながら地下鉄駅の階段を下りる。改札へ繋がる通路に近づくにつれて、地下ホームから流れる金属粉やオイルが入れ交じったような独特な匂いが不快にならない絶妙なバランスで鼻へと伝う。

 

 『まもなく、1番線に_』

 

 ピッ_

 

 改札口の上に吊るされた時刻表に軽く目を通しまだ発車時刻まで3分あることを確認して、早歩きで動かしていた両脚のペースを緩めて改札を抜けて、反対側の電車が入線するホームへと下りる。こういう普段なら見向きもしない些細な日常も、そう遠くないうちに当たり前では無くなっていくかもしれない。

 

 『_黄色いブロックの内側で、お待ちください』

 

 もちろんその覚悟はとっくに持っていて、バドをやめてから何やかんやを経てこの世界に進んだのも全ては自分(おれ)の選んだ選択。だから後悔もなければ寂しさもなくて、むしろ心は初めてのインターハイを前にした高2の夏みたいに実感のない期待感が大半を占めている。

 

 何せ俺が今いる場所は、形は違えど物心がついたときから()()()()()()だからだ。

 

 「(そういえば今日だったな。羽鳥君から答え聞くの…)」

 

 ただ2人ならきっと大丈夫だと信じているけれど、結と慧には寂しい思いをさせてしまうかもしれないなという()()()が、僅かばかりある。

 

 「(…下手すると今日が最後か…)」

 

 特に結は元気印な振る舞いの裏でたまにキャパオーバーになるくらい自分を追い込んでしまうところがあるから、長男坊からすればド天然な末っ子の慧よりもある意味で心配だった。

 

 

 

 「栄明に来たことを、俺は後悔したくないんで」

 

 

 

 だから結に同じ競技で同じ目標に向かって本気で頑張っている()()ができたと知ったときは、本当に兄として心の底から嬉しかった。

 

 

 

 「続けてたんだ、バドミントン」

 

 2番ホームの電車を待っていると、1番ホームに到着した電車で少し騒がしくなった駅のホームの雑踏に混じって左側から誰かが俺に話しかけてきた。

 

 「よっ。久しぶりだな黎ちゃん」

 

 久しぶりながらも明らかに聞き覚えのある声に話しかけられて左のほうへ振り向くと、約3年の月日を経て少しだけ雰囲気が垢抜けた1コ下の幼馴染が俺と似たような出で立ちで軽く手を振りながら小さく笑っていた。

 

 「…()()()()()…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「せーのっ、はいオッケー」

 

 17時。土曜の部活を終えた俺は、例の体育館で今日もまた千木良と弟くんの計3人でネットを張って自主練習の準備を進めていた。

 

 「結局お兄さんは来れなさそう?」

 「まだメッセ返ってきてないからわかんない。ちょっと見てくる」

 「悪いな」

 

 そして今日はインハイ予選前最後の自主練習なのだけれど、お兄さんは打ち合わせが今日の午後に入ってしまった都合で参加できるかは不透明だ。ちなみに体育館の予約自体は事前にお兄さんが申請して料金も万一のために前払いで払っているらしく、名義人が不在でも俺たちは実質顔パスで入ることができた。

 

 「お兄からメッセ来てたけど体育館(こっち)に着くの18時くらいになるって」

 「あざっす」

 

 ラケットバッグの横に置いたスマホを確認した千木良が、俺のほうに視線を向けて返信が来ていたことを伝える。どうやらお兄さんがこの体育館にくるのはだいたい18時あたりになるらしい。

 

 「良かったですね羽鳥さん」

 「おう。予選前の最後の練習になるから、少ない時間でも吸収できるものはもっと吸収したいし」

 

 一昨日に千木良からお兄さんのことを聞いたときは仕方ないと思いつつ内心では残念がったけれど、ひとまずはこれでお兄さんにどうしても聞きたかったことが聞けそうだ。

 

 「ただこのあと雨降るっぽいのが心配だね。どしゃ降りになったら遅延もあり得るし」

 「うわそうじゃん…」

 

 唯一の心配は、予報によれば今日は夕方から強い雨が降るらしいってことだ。とりあえず俺たちに出来ることは、雨による遅延が起きないで予定通り18時にお兄さんがここへ来ることを信じて練習を始めることぐらいか。

 

 「さて、と……仕切る人がいないわけだけど何からやりましょう?」

 

 スマホを元の位置に置いて、千木良は俺と弟くんにやれやれとしたジェスチャーをして意見を仰ぐ。よくよく考えてみれば今までの自主練を仕切っていたのは趣味で時間を作って付き合ってくれているお兄さんだったから、そりゃあこうなる。

 

 「とりあえず身体温めないと怪我するからウォームアップとシャトル置きで」

 「まあ普通に考えてそーだよね。じゃあ先ずはストレッチと軽めのランニングをしてぼちぼちとシャトル置きをやりますか。ひだっちもそれでいい?」

 「異議なし」

 

 というわけで自主練を仕切る年長者が不在の中、姉弟の一声で先ずはウォームアップにいつもより緩めなテンションで入っていく。入っているチームが強豪だろうと弱小だろうと、チームを仕切る監督やリーダーがいないと緊張感が半減するのは同じみたいだ。知らんけど。

 

 「いーちにーさんしー」

 「「ごーろーくしーちはーち」」

 

 ただ場の空気を引き締めるリーダーがいようがいまいが、俺と千木良にとってはインハイ予選まであともう1週間だから、とにかくやるべきことはちゃんとやるのは変わらない。

 

 「にーにーさーんしー_」

 

 

 

 

 

 

 「飛鷹」

 「ん?」

 「これ、県大会のトーナメント表。監督から貰ってきた」

 「おぉサンクス」

 

 インハイ予選まで早くも残り1週間を切り、バド部のところにもついに予選のトーナメント表が配られた。俺的には自分の名前が記されたトーナメント表が届くと、一気に本番へと近づいたことを実感する。

 

 「坂元、俺のくじ運はどんな感じ?」

 「って言われても佐知川には気を付けろとしか俺からは言えないわ」

 「出たよ強豪。つっても埼玉(こっち)の試合に出るの初めてだから誰が強いとかわかんねえ」

 「あーそっか、飛鷹(おまえ)って中3まで長野だったもんな」

 「とりあえず1人だけ()()()ってのは知ってる」

 

 坂元が持ってきたトーナメント表を見てみたはいいものの、つい数か月前まで長野にいた俺にとって埼玉の県予選のトーナメント表はほぼ未知数みたいなもので、ぶっちゃけ佐知川の2年生エースが強いってこと以外はマジで何もわからない。

 

 「……うわ」

 「どうした飛鷹?」

 

 なんて状態で目を通して自分のブロックを確認していたら、佐知川高校の()()()()の名前に辿り着いた。

 

 「俺……晴人のお兄さんと同じブロックだ」

 

 佐知川高校、遊佐柊仁。晴人の兄にして大喜先輩の世代では最強と呼ばれている、県予選はおろかインターハイすら優勝もあり得ると噂の佐知川の2年生エース。ちなみに俺はこのバド部以外だとこの人しか今のところ知らない。

 

 「…この人に勝たないとインターハイは無理ってことか。まずベスト8まで進めたらだけど」

 「大喜先輩や針生先輩ともいい勝負できてる飛鷹なら行けるだろ」

 「でもまだ勝ててないんだよなぁ」

 「出たよ負けず嫌い」

 

 そんな相手と俺はベスト8で戦うことになる。先ずはこの佐知川のエースに勝たなければ、その瞬間に今年のインターハイへの道は潰えることになる。

 

 「でもってこの人に勝ったら……」

 

 そして佐知川のエースに勝った場合、次にインターハイの切符を賭けて戦うことになるのは……

 

 「羽鳥」

 

 自分が割り当てられているブロックを目で追っていたところで、後ろから晴人が声を掛けてきた。その手元にはトーナメント表が握られていた。

 

 「準決勝。お前と戦うことになるかもしれないな」

 

 トーナメント表を持ったまま振り向いた俺に、晴人は呟くようなトーンでそう言った。向けてきた眼と表情には、どこか葛藤にも似た複雑な感情が渦巻いているように俺には見えた。言うまでもなく、もし俺が“佐知川の遊佐”に勝った場合はブロックの関係で俺と晴人が準決勝で相対することを向こうもまた理解していた。

 

 「…晴人は準決勝で戦うとしたら、()()()と戦いたい?」

 

 自分より先を歩く奴を全員ぶっ倒して一番になる……総当たり戦で初めて試合をした後に、晴人は俺に()()()()()()()()を教えてくれた。晴人にとってのぶっ倒したい奴の中にはもちろん“佐知川の遊佐”も含まれていて、その中でも特に倒したいと思っているのがお兄さんだとしたら、兄と同じ学校ではなくライバル校に進学してまで負かしてやろうと心に決めている晴人にとっては、自分より先に他所から来た奴にリベンジをされてしまうのは面白くないこと。

 

 「そんなのどっちだろうと一緒に決まってんだろ。同じコートに立った以上、お前も柊仁も()だ」

 

 日頃に交わす言葉は多くなくとも、何度も同じコートでゲームをしてきた中で晴人がどういう奴なのか大体はわかってきたつもりで敢えて軽く揺さぶると、晴人は即答で言い返してきた。やっぱり晴人は、俺と同じく根っからの負けず嫌いだ。

 

 「…ぷはっ」

 「は?何がおかしいんだよ?」

 「いや、やっぱ晴人はそうくるよなあって思ってさ」

 

 そのあまりに期待通りすぎる返答につい笑ってしまったのと共に、俺もまた内に秘めている闘志みたいなやつが刺激された。優勝候補が相手だろうが容赦なく試合を楽しんでやろうと、改めて心に決めた。

 

 「じゃあ晴人がその気でいるなら、先に俺がお兄さん倒すわ」

 

 

 

 

 

 

 

 「…降ってきた」

 

 ウォームアップのストレッチとランニングが終わり、弟くんが持参してきたシャトルを使ってシャトル置きの準備に入ろうとしたところで、天井のほうからポツポツと何かが落ちていく微かな音が聞こえ始め、程なくしてそれが雷を伴ってザァァーっという音に変わりだす。

 

 「しかも結構強いし」

 「ていうかこれ帰るとき絶対ラケバ濡れるじゃん」

 「雨が弱くなることを祈るしかないね」

 

 最寄りのバス停に降りた時点でかなり雲行きが怪しかったから予想はしていたけど、お兄さんのことやラケットバックのこともあってあんまり降って欲しくないというささやかな願いも虚しく、体育館の外は一瞬でどしゃ降りに近い大雨になった。

 

 「私もう一回お兄にメッセしてくるから2人とも先に準備して何なら適当に始めちゃってて」

 「おう了解」「うんわかった」

 

 思っていた以上に強く打ち付ける雨とキャットウォークの窓越しに見える薄暗くなった空を見て電車で向かうというお兄さんのことが心配になったのか、代わりに練習を仕切る千木良が俺と弟に指示を出して自分のラケットバッグのほうへと駆け足で向かっていく。

 

 「どうする?とりま順番はじゃんけんで決めとく?」

 「いえ、羽鳥さんからでいいですよ」

 「あー、ではお言葉に甘えて」

 

 こうして取り残された2人で目印となる6本の羽根をサイドライン上に置きながらシャトル置きの順番を決めていく。何気に弟くんと完全な1対1で話すのは初めてだからか、心なしか空気が若干気まずい気がしなくもない。

 

 「…そういや()()()()はどうしてバドをやろうって思ったん?」

 

 これはちょっと良くないなと一応先輩なりに感じて、僅かに遅れてシャトルを置き終えた弟くん改め“ジュニア”にバドを始めた理由を聞いてみる。ちなみに咄嗟に呼び方を変えたのは、前から弟くん呼びは何かあんまりしっくりこないなと心の片隅でずっと思っていたからという、死ぬほどどうでもいい身勝手な理由だ。

 

 「兄ちゃんと姉ちゃんがやってたから、自分もやってみようって思ったからです」

 「へぇ~、影響された的な?」

 「そうですね。影響されたところはあるかもしれないです」

 「(さっきからさり気なく俺がジュニア呼びしてることは何もリアクションしないのな…)」

 

 という心の内を知る由もない当の本人は、俺のジュニア呼びに反応すらしないで淡々としたトーンでその理由を答える。何というか、ちょっと話しただけでも“独特な感性持ってんなこいつ”ってわかるところが兄譲りの顔と体格も相まって、いかにも変人で天才って印象がすごい。

 

 「バドは楽しい?」

 「楽しいというか、自分には“これしかない”っていう感じです」

 「ははっ、マジで最高じゃん」

 「羽鳥さんもそうなんですか?」

 「おう。今までバド以外にもいくつかスポーツやったことあるけど、バドより楽しいスポーツはないって感じよ」

 「なるほど。いいですねそれ」

 

 共感できる話題になって壁が解けたからか、ポーカーフェイスは変わらないもののジュニアの口ぶりと表情が少し穏やかになる。少なくともこうやって話していると少し変わったところがありそうなだけの純粋な目をした末っ子で、コートで対峙していたときの不気味なまでの恐さにも似たオーラはほとんど感じない。

 

 「…バドを始めたばかりのとき、兄ちゃんはおれに“バドミントンで大事なのは勝つことだけに拘るエゴよりも、試合の勝ち負けなんかどうでも良いってくらいにバドそのものを楽しめるか。最後までコートに立って戦えるのはきっとそういう人だ”って言ったんです」

 

 誰かに勝ちたいだとか、コイツにだけは負けてたまるかとか、そんなことには目もくれずに本当の意味でただこの競技を楽しんでいるかのような純粋な眼とポーカーフェイスで俺と向こうでスマホと睨めっこしている千木良を交互に見て、一呼吸の間を空けてジュニアは自分の中で大切にしている()()を打ち明ける。もちろんお兄さんの言う“勝ち負けなんかどうでも良い”の意味は、かつての俺が考えていたものとはきっと全然違う。

 

 「だから、羽鳥さんの楽しいって気持ちはすごくわかります……おれもそうやってバドをやってきてるから…」

 

 勝ち負けなんて関係なしにバドを楽しむ。そんなお兄さんからの助言を隅から隅まで信じた結果が、初出場の全中でのベスト4。それもこの前の練習でお兄さんから聞いた話によれば、バドを始めたのは中1からという冗談抜きで神童レベルの逸材。はっきり言って1年前の俺が全く太刀打ちできなかったのも必然だった。

 

 「…そっか」

 

 

 

 あのときは1セットが終わる前に諦めてしまったけれど、あの全中から季節が一周した今なら、俺は最後までこいつと向き合える……

 

 

 

 「とりあえずお兄は18時にはなんとか着けそうだって!……ってまだ始めてないじゃん」

 「悪い。ジュニアと軽く語ってた」

 「ジュニア?」

 「いい機会だからそう呼ぶことにした」

 「ひだっちってたまに変なボケかますよね?」

 「ボケじゃねえわ」

 

 スマホと睨めっこしながらメッセのやり取りをしていた千木良が戻ってきて、練習そっちのけで話し始めた俺とジュニアをやれやれと軽く叱りながらお兄さんが予定通りに来れそうだと伝えてきた。

 

 「千木良。俺からもひとつ練習メニューの提案があるんだけどいい?」

 「いいよ、どんどん言っちゃって」

 「シャトル置きが終わったら、ジュニアと()()()()したい」

 

 戻ってきた千木良に、俺は早速ジュニアとのリベンジマッチを頼み込んだ。




経験者なら絶対わかる、シャトル置きの過酷さ。
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