「ただいまです」
インハイ予選前最後の自主練習を終えて、今日はさすがに雨降りだからと早々に千木良3兄弟と解散してそのまま蝶野家へと俺は帰っていた。
「おかえり飛鷹くん。服とか濡れなかった?」
「はい。傘差してたので大丈夫です」
「雛もいるから連絡くれたら体育館のところまで迎えに行けたのに」
「さすがにそこまでの大雨じゃないので逆に悪いっすよ」
玄関にある傘立てに自前の傘を置いて既に夕食の匂いがするリビングへ顔を出すと、ちょうど雛姉と一緒にテーブルに食器を置いている曜子さんから雨の中を1人で帰ってきたことをまるで母親のように心配された。
「一応私は飛鷹くんに聞いといたよ」
「あらそう」
「そしたら大丈夫だって」
もちろん雨は蝶野家に着くまでずっと降っていたものの普通に傘でしのげる程度に落ち着いていたから、雛姉から来た“迎えはいる?”っていうメッセには“大丈夫”と返した。
「もしかして飛鷹くんって送り迎えされるの恥ずかしかったりする?」
「いえ全く」
「どうしてもってときは遠慮なく言ってね」
「はい、了解す」
まあ、こんなことを言うと曜子さんに対して失礼だから絶対に言わないけれど、ちょっとだけ
「飛鷹くん」
とりあえずは上だけ着替えるために一旦2階の部屋へ行こうとしたところで、雛姉から肩を叩かれ小さく名前を呼ばれた。
「本当はちょっと恥ずかしかったんでしょ?」
曜子さんがキッチンの奥へと背を向けた一瞬を突いて、雛姉は俺にだけ聞こえる声量で呟きながら気遣いつつも悪戯に微笑む。もう何度目かになるけど、雛姉がたまに見せるエスパーじみた洞察力には親戚の間柄を踏まえても関心を通り越して怖いものがある。
「…絶対誰にも言うなよ」
「素直でよろしい」
嘘をついたらついたところでというのは目に見えているから、素直に認めて自分の部屋へと戻って雨のしぶきでまだ僅かに湿っているウインドブレーカーの上の部分だけを勉強机のイスに掛けて、曜子さんの作る夕食が用意されたリビングへと戻る。
「うわっ、なんか今日は一段と豪華っすね」
「2人とも県予選が近いし、ここらで一回くらいは景気づけしておかないとね」
「これはマジでテンション上がるわ」
「男の子ってほんと肉が好きよね」
「肉は裏切らないしな」
「そこは筋肉じゃなくて?」
毎日食べても全く飽きる気配のない食卓に並ぶのは、ハンバーグをメインにしたいつもより少し豪華な手料理。
「ふふっ、ここまで喜んでもらえるとこっちも作り甲斐があるわね」
「ほんっとにいつもありがとうございます」
俺が真っ直ぐ帰って来るからそれを見越して……というクソ生意気な冗談はさておき、部活終わりで家に帰っていつもと比べて派手目な夕食がテーブルに並んでいるとそれだけでテンションが上がるのは、物心がついたときから変わらない。
「(あぁ、そっか…弘彦さんは今日も仕事で遅いんだ…)」
というふうに雛姉を差し置いてご馳走を前に誰よりもテンションが上がっている中で、いつものように3人分の手料理しか置かれていない食卓に気が付いてはしゃぎ出していた心が落ち着きを取り戻す。
「…そろそろお父さんも収録終わったころかな」
俺が3人分の手料理が乗るテーブルへ視線を投げたタイミングで、雛姉が静かに笑いながらもどこか寂しそうな口ぶりで呟く。
「お父さんは終わったら連絡するって言ってたけど、まだ来てないわね」
「そっか」
俺の代わりに思わず本音を溢した雛姉にまだ弘彦さんからメッセが来ていないことを優しく伝えて、曜子さんは自分の食器が置かれたイスに座る。
「さて、冷めないうちに食べよう」
世界大会にも出場した元日本代表という経歴を持つ弘彦さんの仕事は本職の准教授と体操部監督だけには留まらず、講演会やメディアの仕事も舞い込むことがある。ちなみに今日は曜子さん曰く月末に放送される予定のスポーツバラエティ番組の中で教え子が企画に出る関係でゲスト枠として弘彦さんも出るらしく、その収録に行っているため例のごとく夜遅くまで不在だ。
「「いただきます」」
少ししんみりし始めた空気をリセットして、もはや当たり前になりつつある曜子さんと雛姉と俺の3人だけの食卓を囲んだまま、見た目からして間違いなく美味いのがわかるハンバーグを口に運ぶ。
「…曜子さん。これマジで店出せますよ」
「あははっ、も~大袈裟だよ飛鷹くん」
「いやホントにそれぐらい美味いっす」
噛んだ瞬間、見た目の時点でかなり上がっていたハードルを上回る美味しさが味覚を伝う。そんなにグルメなワケじゃないから自信を持ってわかるのは火加減が絶妙なのと使っているソースが手作りだってことぐらいけど、何というか肉汁が物を言うようなやつとはまた違う上品じみたジューシーさがある。とりあえず自信を持って言えるのは、ハンバーグに限らず曜子さんの手料理はめちゃくちゃ美味い。
「飛鷹くんの分だけ少しだけ大きくしてるから」
「…うわホントだ」
そして毎度のことながら、曜子さんは俺にだけ量を少し多めに作ってくれる。
「体重管理がものを言う体操競技と違って、バドミントンみたいなハードなスポーツをこなすには朝昼晩としっかり食べてスタミナに代えてもらわないとだからね」
「いつもありがとうございます」
一緒に食卓を囲む2人と比べて少し大きめにこねられたハンバーグに感謝すると、斜めに向かい合う位置に座る曜子さんは得意げな表情で理由を明かす。もちろん前からわかっていることだけど曜子さんはただサービスで俺にだけご飯を多めに作っているわけではなく、俺と雛姉それぞれの栄養バランスをしっかり考えた上で毎日これだけ美味しい手料理を作ってくれる。とにかく蝶野家に住まわせてもらっている身分からすれば、頭が上がらない思いだ。
「ところでOBの先輩との練習は上手く行ってる?」
感謝をしながら美味い手料理を口へ運ぶ俺へ、曜子さんが今日で予選前最後の自主練習を終えてきた俺に調子を問う。
「はい。今日までに俺の中で吸収できるものは全て吸収したんで、後は怪我なく乗り切るだけって感じです」
「あはっ、それは良かったわね」
3兄弟との自主練習を終えた感想をそのまま素直に伝えると、俺の顔を見た曜子さんは嬉しそうな表情で相槌を打つ。
「飛鷹くん。このところは見るからに調子良さそうだもんね」
「まだ大喜先輩と針生先輩からは1セットも取れてないけどな」
「大喜はともかく、針生先輩は強いからなぁ」
「言うほど試合見てないっしょ雛姉」
「バド部のコートを通るたびにちょいちょい目に入るから何となくだけど分かるのよ」
「…それ意識するとちょっと恥いわ」
「唐突に思春期か」
とにかく今日の自主練までに、俺の中でやれることは全てやった。プレースタイルの改善という形から入った
「とにかく、こっからが
もちろん勝たないといけないのはこの2人だけじゃなくて、トーナメントで当たる全ての試合相手が俺にとってライバル……バドをやってきて、最後の1週間から本番が終わるまでほど楽しいことはない。
「…いいね。青春してて」
隣り合わせのイスで学校の話題で盛り上がり出した俺と雛姉を傍観者に徹して微笑ましい様子で見ていた曜子さんが、まるで昔を懐かしんでいるかのような表情とトーンで俺たちへ呟く。
「急にどうしたのお母さん?」
「いや、学校の話を楽しそうにしてる雛と飛鷹くんを見てたら青春だな~って思ってさ」
「も~、どういう意味それ?」
「高校を卒業して大人になると少しずつ分かってくるよ」
俺たちを見て感傷的になった曜子さんを、雛姉は大袈裟だと言わんばかりに揶揄って、それを曜子さんは優しく受け止める。学校で会うクラスメイトや部活のチームメイトといるときの“新体操部の蝶野雛”しか見たことのない人はきっと知らない、身内にだけ見せる雛姉の素顔。
「大人かぁ……自分が大人になるのって、いざ考えると全然想像つかないんだよね」
こんなことを言うとまたあの日みたいに揶揄われるのは目に見えているから決して口にはしないし決して変な意味ではないけれど、やっぱり雛姉は素顔のときが一番可愛い。
「飛鷹くんはどう思う?」
親友だという大喜先輩にも、雛姉は
「…聞いてる飛鷹くん?」
「ん?」
そんな1つ上のはとこの表情を前にこっちもこっちで勝手に感傷的になっていると、少し怪訝な横目と声が意識に飛び込んできて我に戻る。
「さては聞いてなかったな?」
「いや、俺も全然想像つかないなって考えてた」
「ホントに?」
「おう。ホント」
とりあえず会話の内容は何となく耳には入っていたから、どうにか俺は話題についていく。
「まーとにかく俺は、いまは自分のやるべきことをやるだけで精一杯かな」
「でもやるべきことをやってその分ちゃんと成長してるのが飛鷹くんの良いところだよね」
「マジ?俺そんな成長してる?」
「うん。ほんのちょっとだけ」
「いやほんのちょっとかい」
ていうか俺、なんかまた変なこと考えてたな。
「…私もいまの雛や飛鷹くんと同じ高校生だった頃は、自分が大人になったらどうなっていくかなんて全く想像出来なかったわ…」
自分で作った手料理を食べながらテーブル越しに雛姉と俺のことを微笑ましく見守る曜子さんが、再び口を開いて遠くを見て呟くように俺と雛姉へ告げる。
「でもさ、スポーツに打ち込むにしても勉強に打ち込むにしても、一番大事なのはこのまま続けたら自分はどんな大人になっていくかだとかそのために努力し続けた先にある結果よりも、同じクラスの友達とか同じ部活で仲良くなった先輩や後輩と一緒に好きなことに切磋琢磨して取り組んだり、たまに息抜きで休み時間とか放課後に下らない話で盛り上がったり、そういう
一呼吸を置いて、曜子さんは大人としてのアドバイスみたいなものをまだ子どもな俺と雛姉へ送る。自分が大人になったときのことなんてよくよく考えてみたらまともに想像すらしたことなんて一度もない。そんな俺にはまだ、曜子さんの言う“何気ない一瞬が財産になる”ということがどういうものかなんてわからない。
「だから2人には、青春っていう“今”を精一杯に頑張って楽しんで欲しいのよね」
最後にこう締めくくって、曜子さんは俺と雛姉に小さく微笑みかける。向けられた言葉が意味するものがわかってくるのはまだ先なのだろうけど、青春を経験した曜子さんの言葉には確かな説得力を俺は感じた。
「さっきから先生みたいなこと言うじゃん」
「ほら、2人とも来週には大会が始まっているわけじゃない。だから大人になった私なりに為になりそうなアドバイスのひとつでもってさ」
「あ~そういうことね。急に語り出すからビックリした」
いきなり始まった曜子さんのアドバイスに笑い半分で雛姉はツッコむ。
「ちなみに今のはあくまで大人の意見だから半信半疑ぐらいで受け取ってね飛鷹くん」
「あぁ俺?うす」
「ぷはっ、完全に油断してたでしょ飛鷹くん」
この親子というよりも年が離れた姉妹みたいな距離感といい、たまに揶揄うような態度で接してくるところといい、突然深いことを言ってくるところといい、雛姉は外見も内面もお母さんに似たんだろうなっていうのが伝わってくる。
まあ、弘彦さんが忙しすぎて家にいてもなかなか顔を合わせてまともに話す機会がないから余計にそう感じているだけかもしれないけれど。
「でもありがとう。いつも背中を押してくれて」
「俺からもありがとうございます」
口元は緩めたまま、真剣な眼つきで曜子さんへ感謝を伝える雛姉に続いて俺も同じ思いを伝える。本当はこんな俺を蝶野家に迎え入れてくれたこの人へもっと伝えるべき言葉はたくさんあるが、それを伝えるのはちゃんとバドで結果を出した後だ。
「いいのよ。私は雛と飛鷹くんが自分のペースで高校生活を楽しんでくれたら、それだけで十分だから」
「飛鷹。お前には親と離れて暮らすということがどういうことか、協力してくれる蝶野家のみなさんがどんな気持ちで飛鷹のことを受け入れたか、そういうものを言われなくても考えられる賢さと人を思いやる優しさがある……それでもバドミントンというスポーツのために
ピロン♪~_
羽鳥家を出る前日に父ちゃんから言われた言葉を徐に思い出したところで、リビングの机に置かれたスマホが着信を知らせる。
「お母さん、スマホ鳴ったよ」
「もしかしたらお父さんかも」
雛姉が視線をリビングのほうへ流しながらそう告げると、曜子さんは箸を置いてリビングに向かい自分のスマホを手に取って画面を立ち上げた。
「お父さん、収録終わってこれから帰るって」
「おっけー」
「ちなみに差し入れで千疋屋のゼリー頂いてきたってさ」
「千疋屋のゼリー……神か」
「千疋屋のゼリー……名前からして絶対美味いやつやん」
「多分、飛鷹くんは絶対ハマるよ」
『1番線、ドアが閉まります。ご注意ください_』
♪~_
雨降りでいつもより湿気を伴う空気と都内に近づくたびに徐々に増え出した夜8時台のラッシュを乗せて、都心へ向かって電車が走り出す。休日返上で働いているであろうスーツを着た人、少しだけお洒落をした同い年か少し下くらいの人、色んな服装を身に纏った色んな年齢の人たちの群れに混じって、ウインドブレーカー姿のまだ無名な
『次は_』
利き手で手すりを掴みながら、電車の中に入ってすぐに周りの邪魔になるからと荷物棚に上げた自前のラケットバッグを何気なく見上げてふと思う。あいつからすれば、俺はまだ俳優ではなくバドミントンプレイヤーにしか見えていないんだろうな……ということ。
ガタンガタンッ_
「イオちゃん……なんで?」
「ちょうど練習終わりでさ。通ってる大学の最寄りがここなんだよ」
住処の最寄り駅の地下ホームでいつもより少し遅い時間に電車を待っていたときに突然横から話しかけてきた、同じような恰好で同じようなラケットバッグを背負った俺の1コ下の幼馴染にして、最後の試合で戦ったかつてのライバル。
「そしたらなーんか芸能人みたいにやたら顔とスタイルがいいお兄さんがいるなぁって思ってチラッと顔を見たら、まさかまさかの黎ちゃんだったってわけ。いや~こんなとこで会うなんてビックリだけど黎ちゃんこそ何でここにいんの?」
「いま住んでるとこの最寄り駅がここなんだよ」
「うわっ、都内在住とか羨まっ」
「と言っても1Kだけどね」
そんな“イオちゃん”と、運命の悪戯かほぼ3年ぶりに顔を合わせた。けれども久しぶりにイオちゃんの顔を見たときに浮かんだ感情は“会えて嬉しい”ではなく、“何でこのタイミングで”というやや複雑な気持ちだった。
「ていうか黎ちゃんはなんでそんな格好してんの?」
「これから下2人と自主練習」
「へぇ~、バドは高3でやめたんじゃなくて?」
「練習に付き合ってるってだけの趣味さ」
別に街でイオちゃんとバッタリ会うことが嫌だとか、そういうわけじゃない。ただ小学生のときから友達と遊んだりして過ごす時間を犠牲にしてまでバドミントンというスポーツと向き合い続けてきたイオちゃんがどういう人間なのかを幼馴染として知っているから、本音を言うとできるならこのタイミングではあんまり会いたくはなかった。
「そもそも趣味でもまだバドを続けてるなら俺に教えてくれたらいいのに。どうして黙ってたの?」
「俺の中ではイオちゃんとのゲームは本気で戦えたあのときのインターハイで最後にしたいんだよ」
「ぷはっ、黎ちゃんらしいね」
これから自主練習に行くという俺に、イオちゃんは含みのある笑みで核心を突いた。表情は目を細めて笑っていながらも、
「それにイオちゃん、小さいときから
「俺ってさ、2つの選択肢の片方を選んだ後にやっぱ止めときゃよかったって引き返すような
「…あぁ。半端なことは世の中で一番嫌いだよ」
向けられた核心に対して図星を返すと、イオちゃんはその通りだと小さく笑った。
「ガッカリした?」
「全然。言っとくけど俺、引退しても趣味でバド続けてる人を否定するほど小っちゃくないから」
「そっか」
そう俺に向けて言ったイオちゃんの言葉に、
「ところで俳優の仕事は順調?」
「ぼちぼちってところかな。詳しくは言えないけど一応ドラマの仕事が一本決まってる」
「あははっ、何だよ超が付くぐらい順調じゃん」
「大事なのはここからだよ。俺にとってはバドをやめた高3以来に訪れた人生の岐路が来たようなものだしね」
「黎ちゃんはバドしか取り柄がない俺と違って何でも出来る天才だからどうにかなるでしょ」
「俺からすれば何でも出来る天才なのはイオちゃんのほうだよ」
もちろん佐知川に進学してから俺と最後の試合をするまでの5年で身も心も大人になって界隈で流れる風の噂ではトラブルメイカーな部分はすっかり影を潜めたというが、イオちゃんの
「でもさ、もしこれで黎ちゃんが有名になっていくとしたら趣味に使える時間も減ってくことになると思うけど、
ホームで次の電車を待つ俺へと向ける笑みが、一段と意味深さを増した。やっぱりイオちゃんは大人になっても良いところも悪いところも全てが何も変わっていないと、この瞬間に気付いた。
「当然だよ。俺もイオちゃんと同じで半端な生き方はしたくないから」
だけどイオちゃんがそういう奴だからこそ俺もバドに本気になれたって、今にしてみれば思う。
「…その割にはさ、俺の眼にはいまの黎ちゃんが俳優なのかバドミントンプレイヤーなのか、ハッキリと視えないんだよね…」
『まもなく、2番線に_』
そんな幼馴染から返ってきたのは、複雑な感情が乗った笑みと本心だった。
「…そりゃこんな格好して結と慧のところにこれから行くってなったら、
接近放送が補った沈黙を挟んで、その言葉に俺はいまぶつけられる心の内を3年ぶりに会ったイオちゃんへと改めて伝えた。
「でも、
「……やっと俺の知ってる“佐知川キラー”の黎ちゃんが出てきた」
久しぶりの
『まもなく_』
乗り換えの駅が近づいていることを告げる車内放送が聞こえて、荷物棚に上げたラケットバッグに気を向けながらターミナル駅に近づくにつれて徐々に賑やかになる都心の景色に目を向ける。
「(流果さんの広告だ…)」
ちょうど視界の向こうに映ったビルの屋上付近を飾る、清涼飲料水を片手に電車に揺られる乗客へと微笑む流果さんの広告。もしかしたらほんの少し先の未来では、そこにいるのが俺になっているのかもしれないという未だ夢みたいな現実。こうして満員電車に揺られていると全く実感が湧いてこないが、この道を選んだということはそういうことだ。
『山手線_』
今日、羽鳥君が帰ったあとに結と慧の3人で行きつけの沖縄料理の店で夕飯を食べたときに、これからのことについて2人に話した。ほんの少しだけ寂しそうな顔はされたものの、結も慧も快く受け入れてくれた。
「これからは私に任せてよ。お兄ほどじゃないかもだけど、練習メニューとかアドバイスはできるから」
幼馴染からの挑発で久しぶりに心の底から闘争心が湧き出てきたというわけではないとは思うけど、自分に任せてと自信に満ちた表情で言い切った結の強がりではない明るい表情を見たら、つい数時間前まで俺の中で微かに残っていたはずの
「強くなったな。結」
それと同時に、高校を卒業して芸能界という社会に触れて、合法でお酒も飲めるようになって少しは大人になれたと自分なりに思っていたけれど、俺は案外まだ子供のままなのかもしれない……いつの間にかすっかり頼もしくなった結を見て、俺は思った。
♪~_
ドアチャイムが鳴り、降りていく乗客の群れの流れに気を遣いながら棚へ上げていたラケットバッグを下ろして、俺は電車を降りて住処の最寄り駅まで向かう地下鉄のホームへと足を進めた。
というわけで飛鷹が千木良兄からの“宿題”を経て何を得たのかは、もうちょっとだけ先に進んだところで回収する予定です。
さて、ここからマジでどうしよう。