鷹と蝶   作:ナカイユウ

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一番強い人

 「一本ーっ!」

 「ファイトー!」

 

 コートに立つ仲間を鼓舞する声と、シューズが床を鳴らす音と、ガットに羽根が当たるときに放たれるパンッという甲高い打撃音。それらが1つの木霊となって、外の空気を遮断した熱気に乗ってアリーナ全体へと響き渡る。

 

 「すげえ…」

 

 

 

 初めて大会のコートに立ったときの感動とワクワクは、いまも()()()という感情に変換されてこの身体を突き動かし続けている_

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…よしっ」

 

 インハイ予選を控え、曜子さんの朝食で英気を養った朝。もうすっかり俺の部屋と化してきたこの部屋を出る前に、ラケットバッグから今日の戦いを共にする相棒のガットの張り具合を手で触り確かめる。言うまでもなく今日も全くもって問題なし。

 

 「今日は頼むぜ相棒」

 「気合入ってるね飛鷹くん」

 「!?…って雛姉いたんかい」

 

 バッグへしまう前にガットを張り替え最高のコンディションになっているラケットについペットを相手にする感覚で話していたら、いつの間にかこの部屋に入っていた雛姉が後ろから声を掛けてきた。

 

 「そんなに今日が楽しみ?」

 

 声を掛けられしゃがんだ姿勢のまま振り返った俺に、ウインドブレーカーに着替え大会へ行く準備を済ませた雛姉が両手を後ろで隠しながら少し悪戯そうに笑いながら聞いてくる。

 

 「楽しみも楽しみよ。なんせ全中ぶりの公式戦だぜ?」

 「公式戦っていうか県予選ね(サッカーみたいな言い方だな…)」

 

 もちろん答えは即答でYESだ。俺にとってはあの全中ぶりとなる公式戦、もとい10か月ぶりの大会なわけだからもう楽しみでしかない。

 

 「でもすごいね飛鷹くん。大会当日って私でも普通に緊張するのに」

 「緊張は俺もしてるよ。ワクワクって感じで」

 「それほとんど楽しみが勝ってるじゃん」

 「俺にとって楽しみは緊張の裏返しみたいなもんだからな」

 

 と言っても全く緊張していないわけではなくて、久々に大会に出るという意味でのワクワク感という名前の緊張が目覚めた瞬間からずっと続いている。その証拠が、朝一番にラケットに向かって話しかけるというバドを始めたときからある自分(おれ)の癖、もといルーティンだ。ちなみに俺とは真逆で現実主義な恵介にこの話をしたときは軽くドン引きされた。

 

 「きっと君は大物になれるよ」

 「大物かぁ、なれるんならなってみてえな」

 

 楽しみ過ぎて若干いつもよりテンションが上がっている俺を見て、雛姉は大物になれると言って小さく笑う。自分のことを大物だと思ったことは一度もないけれど、そういう人になってみたいという気持ちはぶっちゃけあるにはあったりする。

 

 「例えば周りから()()()()()って言われるような選手。みたいな」

 

 負けたら“俺はこんなもん”と自分の限界を勝手に決めつけていた中3のときとは違って、いまの俺は相手が上だの下だの関係なく本気で最後までゲームを楽しみ、そしてインターハイへ進んでみせると心に決めている。

 

 その心変わりの成果が、日が暮れる頃には()()という形になって返ってくる。

 

 「はいこれ。私からの()()()

 

 大物になりたいという意味で軽くビッグマウスになって嘯く俺に、しゃがみ込んで同じ高さの視線になった雛姉が戦利品だと言って死角で隠し持っていたビニール袋を手渡す。さっきから両手を隠していたのは、こういうことだったのか。

 

 「うわ、インゼリーとかチロルとか色々入ってる」

 「お金と時間の都合で市販のお菓子の詰め合わせになっちゃったけど」

 「いやいや、こういう小腹が空いたときに無性に食いたくなる系のやつが一番効くんよバドには」

 「あはっ、良かった気に入ってくれて」

 

 渡した後に、目の前でしゃがみ込む雛姉が自虐気味に“お金と時間の都合”と軽く謝った戦利品の中身は、お菓子の詰め合わせ。正論じみたことを言ってしまえば、コンビニとかにいけばいつでも買えるものの詰め合わせだ。

 

 「ありがとな雛姉。市販だとか関係なしに雛姉から貰えたってだけで何だかパワー貰った気分だわ」

 

 そんなありきたりな戦利品(プレゼント)でも、俺にとっては御守りのように心強くて嬉しいものだ。

 

 「しっかりチャージして力に変えてくる」

 「うん。それがおすすめだよ」

 

 ありがたく戦利品の詰め合わせを受け取った俺を見た雛姉が、またひとつ嬉しそうに微笑んで立ち上がる。雛姉がこうやって目の前で笑うだけで、ただそれだけでこっちまで明るい気持ちになって訳もなく一日が最高になる予感で心が一杯になるのは、本当にどうしてなんだろうか。

 

 「飛鷹くん」

 

 詰め合わせが入るビニール袋をラケットと一緒にラケットバッグに入れ終えて支度を終わらせ続いて立ち上がると、雛姉が部屋を出る前に俺の名前を呼ぶ。

 

 「一本っ」

 

 声に反応して振り返ると、ドアの前に立っていた雛姉は右手の人差し指を立てて俺に向かって“一本っ”というバドミントンではお馴染みの応援(エール)を送った。

 

 「…よく知ってんなそれ」

 「中学のとき大喜から教わった」

 「あー…そういうパターンか」

 

 後々になって考えてみればバド部の大喜先輩や匡先輩とずっと仲が良いからあり得ないことじゃないということに気付いたけれど、まさか雛姉の口からその言葉が出てくるのは想定していなかったから俺は思いっきり面を食らう恰好になった。

 

 「あれ?さてはちょっと緊張してる?」

 「だから言ってんじゃんさっきから」

 

 それと、人差し指で1の数字を作り俺へ微笑みながら“一本っ”とエールを送った雛姉を見た瞬間、インハイ予選のプレッシャーとは全然違う得体の知れない()()()()()がこの身体を襲ってきて、胸のあたりに電流を食らったかのような痛みのようなものがドンと走ってすぐに消えた。

 

 「2人ともそろそろ家出たほうがいいんじゃない?」

 「分かってるよお母さん」「これで出ます」

 

 

 

 

 

 

 というちょっとした何やかんやが直前にありながらもついに迎えた、高校バドミントンインターハイ県予選大会。通称、“インハイ予選”。

 

 「バスに忘れ物しないように気を付けろよー」

 

 今回俺が出場することになっているシングルスにおいて、8月に行われる本戦…すなわちインターハイに出場できるのは、この予選で決勝まで勝ち残った僅か2名。

 

 「(…ここか)」

 

 もちろんシングルスは、ダブルスや団体戦とは違い自分以外の全ての人が()()()()2()()()()()()()()()()を手にするために敵となって、ユニフォームの背中に書かれた学校の名を背負い戦うことになる。

 

 「(やべぇ、エグいくらいテンション上がってきた…)」

 

 

 

 初めてインターハイ出場へ繋がるコートに立つ1年も、去年のリベンジに燃えている2年も、泣いても笑ってもラストチャンスになる3年も……関係ない。

 

 

 

 「県予選…勝利掴むは…ただ一人」

 「さっきから何言ってんの羽鳥(こいつ)?」

 「飛鷹のやつ、テンション上がるとこうなるんだよ」

 「なんで五七五?」

 

 忘れ物に気を付けながらバスを降りれば、夏の光に照らされた梅雨の合間の青い空が、大会前の独特な緊張と朝ゆえのほんの僅かな気怠さが入れ交じる試合会場を祝福するように広がっている。全中以来に味わう、今まで積み重ねてきた楽しみを思う存分に解放できるという血沸き肉躍る高揚感。

 

 「晴人も俺みたいに感じたことを五七五で口にしてみたらどうよ?マジでスイッチ入っから」

 「やらねえよ。てか五七五でやる意味はあんのかよ?」

 

 そして俺は、ステップからアスファルトの地面に降りたのと同時にその空気に酔いしれて晴人に引かれる始末。ただ言っておくが、あくまでこれは試合に備えメンタルのコンディションを最高潮に持っていくために敢えてハイテンションを解放しているのであって、決して我を忘れているわけではない。

 

 「…言っとくけどな羽鳥、俺らは」

 「もっと肩の力抜いてパァっと行こうぜ晴人。俺ら1年は所詮ルーキーなんだから」

 

 久しぶりの大会を前に楽しみという感情へ身を任せる俺に対してやや肩の力が入り気味な様子の晴人に、“パァっと行こう”と俺は発破をかける。仲間意識とかではないけれど、俺としてはこの予選で晴人(こいつ)と戦いたいという思いがあるから晴人にはベスト4まで上がってきて欲しいと思っている。当然、俺もそこまで行かないと意味はないが。

 

 「別にそこまでの緊張はしてねえっつの」

 

 発破をかけた俺を睨みながら一瞥し、晴人は強がって見せる。こんなふうに強く言い返せているうちは、こいつのことだからきっと大丈夫だ。

 

 「大喜っ!バスに忘れ物してたぞ」

 

 会場となる体育館のほうへ足を進めていると、後ろのほうから西田先輩が忘れ物を片手に駆け足で俺と晴人を追い抜いて数歩先を歩く大喜先輩へそれを渡す。

 

 「えっ、ありがとうございま…」

 

 受け取った忘れ物をラケットバッグの中に入れようと大喜先輩がバッグを開けると、その勢いでラケバの中身を盛大にぶちまける。

 

 「おい大丈夫かよ」

 「アガりすぎじゃねえの大喜?」

 「あはは…」

 

 西田先輩を始め周りから総ツッコミを食らってもはや苦笑いでやり過ごすしかない大喜先輩。同じ体育館にいるときは針生先輩の次に強いとまで言われている人でも、大会当日は緊張するということだろうか。

 

 「大喜先輩も緊張すんだな」

 「緊張感がない羽鳥(おまえ)もある意味大概だろ」

 「そんな余裕そうに見える?」

 「ま、全中出てる飛鷹にとっちゃインハイ予選は通過点みたいなもんだからな」

 「それはナメ過ぎだわ」

 

 その様子を後ろから見てありのままを呟いて、俺もまた晴人からツッコミを食らい坂元から冗談半分の皮肉を食らう。言っておくけれど、これでも俺は緊張している。今すぐにでも試合をしたくて心がウズウズしてハイテンションなままなのは、裏を返せばそれだけ俺も晴人や大喜先輩と同様に緊張しているということ。

 

 「緊張はしてるよ。じゃなきゃこんなにテンション上がんないし」

 「と見せかける作戦だろどーせ」

 「マジで信用がねえな俺…」

 

 だって緊張がなければ、試合なんて楽しめないっしょ。

 

 「オイ、来たぞ」

 

 晴人と坂元の3人で話していたところに、誰かが静かに呟く声が聞こえた。

 

 「()()()だ」

 

 聞き覚えのある学校の名前を聞いて振り返ると、縦文字のローマ字で“Sazikawa”と書かれた学校名が入ったウインドブレーカーの集団が駐車場のほうから颯爽とした足取りで歩いてくるのが目に留まり、視線を向ける俺たち栄明のことなどいないものであるかのように追い抜いていく。

 

 「(佐知川高校……やっぱ格が違う…)」

 

 周囲の視線や会場の空気など物ともしない他の学校とは明らかに一線を画す風格が、緊張感となってその場の空気を支配してほんの僅かに酸素を薄くする。そこらの強豪すら一目置くほどの強豪というものは、細かい理屈がどうこうなんて関係なく対峙したときのオーラからして全くの別物だ。

 

 「(あ、この人…)」

 

 県内じゃそれなり以上の強豪で知られる栄明のさらに上、所属している部員全員が最低でも県大会クラスと言われるほどの集団の一番後ろを歩く1人に、思わず視線と意識が向かった。誰かと似た少し癖がある横に流れた目に掛かるくらいの前髪と、誰かと似た鋭い眼つきとスカした表情。

 

 間違いない。この人が俺にとってベスト4を賭けて試合をすることになる遊佐柊仁……この大会で()()()()()だ。

 

 「相変わらずスカしてんな。遊佐くんは」

 

 佐知川のバド部一同が通り過ぎたあと、それを目で追っていた西田先輩が佐知川に聞こえないくらいの声量で晴人へ“遊佐兄”のことを話す。

 

 「いや、あれはかなりテンションあがってますよ」

 

 それにすかさず、弟の晴人が解説を始めるかのごとく答える。すれ違うあの一瞬でテンションが上がっていることを見抜くのはさすが弟といったところか。もちろん俺は、全くわからなかった。

 

 「そうかぁ?」

 「右目の二重が深くなってたでしょ」

 「分かるかぁ!」

 「朝なんて鼻歌歌ってましたし」

 「鼻歌ぁ!?」

 

 右目の二重が深くなっていたとか、鼻歌を歌っていたとか、身内じゃないとわからないことのオンパレードで西田先輩に漫才のようなテンションで相槌を打たれながら兄のことを淡々と話す晴人。一人っ子な俺からすれば、例え本人は兄が嫌いだと言い張ろうがこういう話を聞いているだけで微笑ましい。試合で戦うことになる相手にこういうことを思うのはアスリート的にはあんまり良くはないだろうけど。

 

 「随分余裕なんだな」

 

 そんなあからさまにやる気な弟とは対照的な遊佐兄の様子に匡先輩が何気なく呟くと、少しずつ小さくなっていく兄の背中へ視線を投げる晴人の表情が少しだけ鋭さを増した。

 

 「…柊仁に緊張とかはないんですよ。ただ、楽しみなだけ」

 

 匡先輩に向けてというより、ここにいる俺たち全員に向けて伝えるように晴人は静かに言い捨てた。緊張もしないでただ楽しむことができたなら、それはそれで最高なことだ。

 

 「(俺はそうは思わないけどな…)」

 

 だけど俺の知っている()()()はそういうやつじゃない。試合が楽しみだと思えるのは、バドが好きという気持ちに上乗せされた、自分の背中を押してくれる人たちの期待を背負って戦う緊張感と責任があるから。背負うべきものを排除して“楽”にだけ目を向けた奴は、試合なんて楽しめないまま終わる。

 

 体育館(ハコ)の中で一番強くなってしまったせいで“自分(おれ)は何でもできる天才だ”と勘違いをしていた、1()()()()()みたいに。

 

 「…じゃあ俺と晴人のお兄さん。どっちがバドを楽しめるか勝負と行きますか」

 

 

 

 だったら俺が、一番強い人よりバドミントンを楽しんで“自分(おれ)が正しい”ということを見せつけてやろうじゃねえか。

 

 

 

 「おっ、飛鷹(こっち)飛鷹(こっち)で燃えてるねえ」

 「柊仁とベスト8で当たることが楽しみ過ぎてハイになってるだけですよ羽鳥(こいつ)は」

 「ていうか飛鷹、いますげえ顔してるぞ…」

 

 晴人の一言で心のギアを上げて、俺は会場の体育館へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 パァァンッ_

 

 相手がバウンダリーライン際を狙おうとして僅かに甘い角度で上げてしまった隙を逃さず、栄明のユニフォームを纏う女バドの1年生エースは長身を生かした豪快さとスマートさを併せ持つ一撃を的確に放つ。

 

 「(入った…!)」

 

 この2ヶ月の間で明らかにスピードが上がってきている男子顔負けな威力のスマッシュに相手は打ち返そうと全身を使って飛び込むように羽根を追うも、僅かに及ばずラケットは空を切って羽根は右コートのサイドライン際ギリギリに落ちる。

 

 「21―12。ゲーム」

 

 これにて初戦は決着。結果はストレート勝ちで結ちゃんは危なげなく初戦を突破した。

 

 「結ナイスファイトー!」

 「ひとまず1回戦突破だね」

 

 女バドで応援団と化した私たちが結ちゃんの初戦突破を喜ぶ中、コートに立っている本人は最後のスマッシュが決まったときに申し訳程度に左手で小さくガッツポーズをするだけに留めて、1回戦を戦った相手に会釈をしながら握手を交わして、淡々と勝者サインを書いてコート外に置いてある自分のラケットバッグのほうへと歩く。

 

 「それにしても試合してるときの結って別人かってぐらい冷静沈着だよね」

 「あー見えてかなり真面目だからなぁ。A型だし」

 「血液型はあんまり関係ない気がするけど…」

 

 普段の明るい女バドのムードメーカーからは想像がつかないほど、試合をするときの結ちゃんの立ち振る舞いはクールで落ち着いている。地区予選のときもそうだったけど、みんなの前で余裕ぶったりおどけたりする裏では試合の進行を読みながら身体が冷えないよう入念にアップをしたり、試合で勝ってもコートの外に出るまでは極力喜びの感情を出さずに相手を最後まで気遣い敬う礼儀正しさがあったり、とにかく大会で本気になっているときの結ちゃんを見ていると、ちゃんと根っからのアスリートなんだって実感する。

 

 

 

 「試合で負けたときの悔しいって気持ちが痛いくらいわかるから、良くないのはわかってるけど勝てなかった相手(ひと)の分もつい背負いたくなっちゃうんだよね……だってみんな、最後は勝って終わりたいじゃん」

 

 

 

 「結お疲れっ!ナイスファイト!」

 

 ラケットバッグを背負ってアリーナの出口へ歩み出した結ちゃんへ真彩ちゃんが元気よく声を送ると、コートに入ってからずっとクールさを貫いていたその表情がようやく綻び、ニッと白い歯を見せた満面の笑みとピースサインを頭上にいる私たちへ返して、いつものムードメーカーに戻った結ちゃんはそのまま真下の死角へ足を進めて行く。

 

 「さっ、私たちも戻りますか」

 

 初戦突破した結ちゃんを見送った私たち女バドの応援組も、すぐに栄明の応援席へ戻る。お兄ちゃんがいた佐知川に次ぐ強豪と呼ばれている男バドとは違い、弱小というほどじゃないものの決して強豪とも言えない栄明の女バドはダブルスで3年生の先輩の1組、そしてこのシングルスでは結ちゃんと3年生の(みや)()先輩の2人だけがこの大会に駒を進めている。

 

 「宮田先輩の試合ってあと何分くらいだろ?」

 「男子の試合がどれくらいのペースで進むかだよねー」

 

 もちろんこの大会に出る権利の無い結ちゃん以外の1年生3人の役割は、味方を鼓舞する掛け声を精一杯にかけること。県予選まで進めなかった自分の至らなさと弱さを悔いるよりも、いま出来ることを全力でやることが自分自身を強くするって、私は思っている……と口にできるほどの腕も体力もまだまだ持ててはいないけれど。

 

 「あれ?」

 

 ラケットバッグを置いている私たちの応援席がすぐ近くにまで来たところで、結月ちゃんが何かに気が付いて思わず声を上げる。

 

 「鹿野先輩じゃん」

 

 結月ちゃんの向けた視線の先を追うと、女バスのスーパーエースもしくは栄明のマドンナこと鹿野先輩が、ご友人と思われる女の人と一緒に試合が行われているこの体育館のコートを見渡すように歩いていた。というか、鹿野先輩の隣にいる人もめちゃくちゃに美人だから、心なしか2人の周りだけ清涼感が尋常じゃない気がする。

 

 「でもなんでバド部の大会に?」

 「なんでも隣の人が針生先輩の彼女さんで、その彼女さんの親友だから一緒に応援に来たみたいだよ」

 

 ちょうど真後ろにいた男バドの(よこ)()先輩が、結月ちゃんの質問に答える形で誰なのかを明かす。どうやら隣の人は、針生先輩の彼女さんらしい。

 

 「しかも彼女さんはモデルで、そんな彼女さんと栄明のマドンナ鹿野先輩……2人に応援されるなんてズルすぎる!」

 「後半思いっきり私情入ってね?」

 「一方俺は…」

 「ドンマイ」

 

 わたしたちの後ろにいる男バドの先輩たちの私情はともかく……いや、私もちょっとだけ羨ましいかもと話を聞いていて思ってしまった。

 

 「(そういえば結ちゃん。針生先輩と前から知り合いだって言ってたのに彼女さんがいるなんて私たちに一言も言ってなかったな…)」

 「ねぇ。もし例のおんぶの人が針生先輩だったらどうする?」

 「ええっ!?」

 

 なんて油断していたら、穂花ちゃんがいきなりあの話題(こと)を私と結月ちゃんに振ってきた。

 

 「まさかぁ」

 「わかんないよぉ?千夏先輩と仲良い男の人って限られるし。あと“ちー”って呼んでたし」

 「密かに想いを寄せる三角関係ってかあ?」

 

 

 

 密かに想いを寄せる……三角関係……

 

 

 

 「足大丈夫か?ちー?」

 

 バド部の練習帰り。足を怪我した鹿野先輩が松葉杖を使いながら1人で帰る姿をたまたま目にした針生先輩は、心配のあまり鹿野先輩へ声を掛けた。

 

 「俺の背中に乗れよ」

 

 そう言って、鹿野先輩をおんぶしようと何の躊躇いもなく目の前にしゃがみ込む針生先輩。

 

 「でも…花恋に悪いし」

 

 そのあまりの献身さに、幾ら親友と言えど彼女さんのことを思って断ろうとする鹿野先輩。

 

 「あいつは困っている人がいたら、手を貸してやれっていうやつだよ」

 

 だけれど針生先輩はわかっていた。彼女さんは困っている人がいれば手を貸してやれというような人で、そんな人だからこそ鹿野先輩と彼女さんは親友になれたということ。

 

 「…ズルいよ…こんなの」

 

 本当はいけないことだってわかってる。だけど花恋のことをよく知っている針生くんのことだから、こうして足を怪我した私の代わりになろうとしている。

 

 「行こう」

 

 そんな針生くんのためなら、私はどこへだって行ける。

 

 「このまま……2人でどこかへ…」

 

 

 

 京都にある金閣寺だろうと、ニューヨークの自由の女神も、エジプトのピラミッドだって……

 

 

 

 「鹿野先輩は旅に出たりしないと思う」

 「「旅??」」

 

 いやいや。親友の彼氏となんて鹿野先輩とあろうお方が旅なんてするわけない。ていうか私、なんか普通に変なこと考えてたな。

 

 『男子シングルスの試合をコールします。栄明高校、猪股くん。椎名高校_』

 

 なんて大会中に変なことを考えていた私の頭を冷やすかのように、体育館のアリーナ全体に猪股先輩が出る試合のコールが流れる。

 

 

 

 いつもより早く部活が終わって家に帰った後、近所をランニングしていたときにたまたま遠くから見た千夏先輩を背負って歩いていた()()()()()は、距離が離れていたから結局誰なのかわからないままだ。

 

 

 

 「いえーい勝ってきた」

 「順調な勝利だったね結」

 「でも2回戦で当たる相手(ひと)が手強いんだよねぇ」

 「去年の予選でベスト4になった人だっけ?」

 「そう。もうほんっとくじ運悪いわ~私」

 

 1回戦を終えた結ちゃんも戻ってきて、私は猪股先輩を応援するためみんなと一緒に応援席へ戻った。




原作では試合の描写や結果が今のところ一切描かれていないので、女バドのチームとしての立ち位置は完全に私の解釈になっています。

それはそうと、バドミントンが15点先制ルールになるってマジですか?
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