鷹と蝶   作:ナカイユウ

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スポーツには、“ゾーン”という領域が存在するらしい_


遠いね

 「セカンドゲーム。ラブオール、プレイ」

 

 果たして()()がそうなのかは未だに確信は持てないけれど、これまでバドをやってきてたった一度だけ不思議な体験をしたことがあった。

 

 パァンッ_

 

 それは中3のとき、北信越大会で全中に出場できる最後の一枠を争う3位決定戦に臨んでいたときのことだった。ファーストゲームを『21―16』で落とした俺は、セカンドゲームでも流れに乗れず気が付けば『18―10』と窮地に陥っていた。

 

 “ここで8点差……もういっそあと何点取れるかって感じでやるか…”

 

 と心の中で思っていたのかは自分でも正確には忘れてしまった。ただ8点差をつけられた俺は半ば投げやりな気持ちになっていて、どうせこのまま終わるくらいなら最後にちょっと暴れて爪痕を残してやろうみたいに気楽な気持ちになっていた。

 

 パァァンッ_

 

 直後、後先考えずにやけくそで打ったスマッシュが見事に決まって自分の得点になった。

 

 “あれ?意外と行けんじゃん”

 

 考えなしに放ったスマッシュが決まったのを境目に8点のビハインドがあった相手を一気に追い詰めて、気が付くと『21―19』で2ゲーム目を制していた。何が起きたか自分でもわからないくらい、面白いように羽根の軌道が視えて、ショットが次々と決まっていった。

 

 「21―16、21―19、21―15。ゲーム。長野県、南中学校。羽鳥くん」

 

 その勢いのままに、俺はファイナルゲームを制して全中への切符を手にした。

 

 

 

 いま思うとあのときに味わった()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、俺にとっての“ゾーン”だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「17―19」

 

 相手から打ち込んだスマッシュをクロスのロブで返されるも、驚異的な反応速度で羽根を追って連続のスマッシュを決めたひだっちが17点目を取る。

 

 「ナイスショット!」

 「すげぇな遊佐くん相手にこれで5点連続だぞ…!」

 

 『19―12』の状況から5連続得点で2点差まで迫った驚異的な追い上げに、栄明と佐知川が並ぶ形で応援する観客席はどこか異様な空気に包まれ始めている。それもそのはず、ひだっちがいま対峙している相手はインターハイの優勝候補とも言われている人だからだ。

 

 「羽鳥くんってこんなに強かったんだ…」

 

 私と一緒に男バドに混じって応援していたゆーづが、第6コートを見つめたまま呟く。

 

 「そうでしょ。めっちゃ強いんだよひだっちって」

 「なんで結が自慢げになってんの?」

 

 自主練も含めて、プレーは何度も見てきているから強いことはもちろん知っていた。この1,2ヶ月で、少し力任せで粗はあれど同じ男バドのハリー先輩や大喜先輩と比べても互角以上の威力があるスマッシュを中心にした力強さを武器にしつつ、お兄から教わった新しい戦い方も織り交ぜてモノにしていったことで、ひだっちはさらに強くなった。

 

 「でも……今日のひだっちは私も初めて見るかも」

 

 だけどいまコートに立っているひだっちは、私が知っているはずのクラスメイトとは違う雰囲気を漂わせている。

 

 「(あっ、また返した)」

 

 試合自体を楽しんでいるかのようなプレースタイルは変わらないものの、ショットのひとつひとつが練習のときの比じゃないくらい正確かつミスもなくて、それだけじゃなくて次に打たれる羽根の軌道が最初から見えているんじゃないかと思えてしまうほど、恐いくらいに読みも正確だ。

 

 「これって“ゾーン”に入ってるってやつかな?」

 

 ひだっちと遊佐さんのラリーを見守るまーやが再び呟く。2人の試合を見つめる表情は、頑張れと驚愕の感情が合わさったかのように呆気に取られ目を見開いている。

 

 「ゾーンねぇ…」

 

 極限の集中状態に入ったアスリートが自分の限界を超える類まれなパフォーマンスを見せることを、“ゾーンに入る”とお兄から教わったことがある。確かにここ一番のときに覚醒して自分の実力をフルで出せるタイプの選手(ひと)なら十分にあり得る話だけど、慧との試合やこれまでの練習を見た限りだとひだっちは決していきなり覚醒するタイプじゃない……これが昨日までの私の認識だった。

 

 

 

 ひだっちがこんなにも()()()だったなんて、知らなかったな……

 

 

 

 「(あ、また打つ…)」

 

 ネット際の攻防から、ヘアピンでクロスに持ち込むフェイントを駆使したストレートのドロップを遊佐さんが打ち込むも、返球と同時のタイミングでひだっちは羽根より早く真後ろへと素早くステップを刻み、ジャンプスマッシュの体勢をとる。

 

 パァァンッ_

 

 一直線に打ち込む姿勢と構えから放たれたのは、試合の流れを変えるきっかけになった13点目と同じ、自主練でお兄を相手に何度も練習しながらも、この試合まで一度も成功していなかった新しいジャンプスマッシュ。

 

 「18―19」

 

 「いいぞ飛鷹ぁ!」

 「このまま追いつけーっ!」

 

 そのスマッシュが再び相手を欺き、ついには1点差となり栄明(わたしたち)の応援にまたひとつ熱が入っていく。その盛り上がりは、あかりんとほのちゃんが応援に行ったハルの試合が完全に霞んでしまうほどだ。

 

 「(まあ、ハルは余裕そうだから大丈夫か)」

 

 ほんの一瞬だけ少し早めに進んでいるもうひとつの試合に意識を向けて、大丈夫だと確信して意識をひだっちの試合へと戻す。

 

 「「一本ーッ!」」

 

 一本の掛け声をきっかけに、7点差の凡戦からあわやこのまま追いついて逆転するんじゃないかと予感させる熱戦になったファーストゲームが再開する。もちろん流れに乗っているひだっちは、下馬評だと明らかに格上な遊佐さんを相手に互角どころか試合を動かす勢いで翻弄する。

 

 「うわ惜っしい!」

 「遊佐くんも明らかにギア上げて来たな」

 

 ただ県内で1番の強豪のエースでもある遊佐さんは本領を発揮できただけで勝てるような易しい相手なんかではなく、普通だったら確実に決まっているはずのショットをひだっちと同じくらいかそれ以上の読みで返しづらい場所へ的確に返していく。

 

 「(序盤のときより、明らかに遊佐さんの動きが良くなってる…)」

 

 ここへ来て温存をやめたのか、圧倒的だけどどこか肩の力が抜けていて淡々としていた遊佐さんのプレーに()が入り始めた。ここまでの試合展開を見ている人なら必ずわかる、佐知川でエースを託されている選手(ひと)の本気。

 

 「けど飛鷹も全く負けてねえぞ」

 

 だけれど私の親友はそんなことなど気にも留めず、まるで自分へと向けられている背中を押す声さえも意識から排除して白い線に囲まれた世界の中だけを見続けるように、四方八方から返ってくる羽根を楽しそうな眼差しで追いかけ、一瞬の予断も許されない強敵との手に汗握る試合を展開し続ける。

 

 「(こんな試合……私にはできない…)」

 

 事実上の決勝戦と言っても過言じゃないハイレベルなラリーと戦術の応酬を前に、私は応援することをすっかり忘れて試合に見入る。いつかはこういう試合ができるようになりたいと思っていても、いざ直面するとまだまだ自分は()()()()()にいるんだっていう現実を突き付けられる。

 

 「同じ学年に羽鳥くんや遊佐くんみたいな人がいると、こっちも頑張ろうって思うよねぇ結」

 

 そんな私に引き換え、ひだっちは本当に凄いなって思う。自分は全然駄目だと言いながら、全然駄目だからこそ伸びしろがあると口だけじゃなく本気で行動で示して、本番でこうして自分の努力以上の成果を出している。私も行動までは起こせるけれど、努力に見合った成果を出せるほど強いわけじゃない。その動かぬ証拠が2回戦敗退という今日の試合結果だ。

 

 「結?聞いてる??」

 

 

 

 「自分じゃ到底敵わないような人が目の前に立ちはだかろうが、とにかく気持ちだけは負けずにコートにいる誰よりもバドを楽しんでやろうって……それだけは心に決めてる」

 

 

 

 一体どれだけ走れば、君に手が届くのだろう……

 

 

 

 「…遠いね」

 「え?何か言った?」

 

 無意識に出てきた独り言と、不思議がるゆーづの声。数十秒ぶりに意識が現実に引き戻された。

 

 「あ、ごめん。ひだっちの試合めっちゃ集中して見てた」

 「そんなことだろうと思った」

 「ほんとごめん」

 

 周りの歓声も何も聞こえなくなるくらい集中して試合を観ていた私を見て、ゆーづはやれやれとした表情で呆れ半分に笑う。多分、ゆーづがさっき言ってた“ゾーン”に私も軽く入っていたと思う。じゃあそれを試合で出せよっていま言われたら何も言い返せないけど。

 

 「いいんじゃない?自分より強い人のプレーは、男女関係なく参考になるし」

 

 観戦に熱中しすぎてシカトしてしまったことを軽い感じを装って謝ると、本当は割とマジで反省していることを察せられたのかゆーづは飄々と笑って私を気遣った。

 

 「あはっ、まーやのそういうとこ超好き」

 「よせやい」

 

 ちょっとだけネガティブになりかけていたけれど、確かにゆーづの言う通りだ。ひだっちがこうして練習の成果を発揮しているのをこの目で見れるのは親友として嬉しいし、まだまだ自分(わたし)だって強くなれる。

 

 「サービスオーバー。20マッチポイントー18」

 

 30秒以上は続いていたラリーの中で、遊佐さんの放ったクロスネットがネットを掠めるように相手のコートへと落ちて、マッチポイントになる。流れはほぼひだっちに分があるものの、あと一点でも遊佐さんが取ればファーストゲームが終わる。もちろん試合は最後の一点まで何が起こるかはわからないけれど、当然私はひだっちにこのゲームは取って欲しい。

 

 「ストップーっ!」

 

 インターハイへ向けての大一番で覚醒した親友へ、私は精一杯の大きな声で声援を送った。

 

 

 

 

 

 

 「…ふっ」

 

 ネットに引っ掛かるギリギリの高度を狙ったクロスが思い通りに決まり、思わず安堵の溜息が零れた。出来ることならこのゲームは6,7点差くらいで手堅く凌いでおきたかったが、相手が一気に2段くらいギアを上げてきたおかげで想像以上に手こずってしまっている。

 

 「(思った以上に追い込まれたな…)」

 

 この試合で戦うことになった相手のことは五百崎さんから“全中に出た実力者”だと聞いていたこともあって、1年生だからと甘く考えていたわけではなかった。そして実際にこの人が試合をしているところを観察して、どれくらいのレベルにいる選手(プレイヤー)なのかも自分なりに把握していた。

 

 

 

 「確かに強いしセンスもありそうだけど、遊佐(おまえ)と比べたら一歩以上劣るって感じだな」

 

 望月に叩き起こされて観に行った2回戦。五百崎さんが言っていた通りなのかは定かではないが、準々決勝で戦うことになる相手は間違いなくこの1年生だというのはファーストゲームを見て直感した。

 

 「いや。そうでもないよ」

 「…珍しいな。お前が警戒するなんて」

 

 一見の印象だけで言うなら、スマッシュは鋭くフットワークの反応も速く安定感がある反面、スロースタートで絶対に打ち返せないような予想外の一発がない器用貧乏なオールラウンダー。

 

 パァァンッ_

 

 「サービスオーバー。10―7」

 

 だが相手に流れが移りそうになったところで、本来の実力を引き出した一撃を浴びせてじわじわと戦意を削いですぐさま試合の主導権を奪って動かしていく。

 

 「なるほど。こりゃウチのエースも警戒するわけだ」

 「県の大会で()()()()()()()ができる時点で、弱い選手じゃないからね」

 

 そんなふうに自分の実力を幾分かセーブしながらも、手は一切抜かず相手に優位に立つ隙を与えず淡々と、そして確実に得点を重ねて引き離していくクレバーさ。

 

 「ま、普通に勝つのは俺だけど」

 

 俺の経験上、県や全国規模の大きな大会でベスト4以上まで進める選手とそうでない選手の違いは、自分がいるブロックを勝ち抜くまで精神的な余裕を持てるかだと思っている。もちろん持論だから例外はあるだろうが、余裕のない人は何としても勝ちたいと思い過ぎてしまうあまり力んで動きが感情的になり、自らの手で機会を潰していく。そうやって試合に負けていった人と何度も対峙してきたから、これだけは自信を持って言える。

 

 ついでに言うなら晴人も感情的になるところを克服すれば、もっと強くなれるポテンシャルはあるはずなのに。

 

 「(なかなか来てくれないな…)」

 

 迎えた準々決勝。予想していた通りに栄明の1年生くんはここまで危なげなく勝ち上がってきた。恐らくは多少なりともベスト8で俺と当たることを意識はしているだろうと思いギアを上げてくることを期待したが、試合は序盤からこっちのペースで淡々と展開していき、時折ファインプレーを魅せてくるものの迫って来るような気配はなく、気が付けばゲームは『17―10』まで進んでいた。

 

 「(…試しに揺さぶるか)」

 

 想定していた以上に慎重な姿勢で試合を続ける相手に、俺は敢えて狙いより僅かに甘く上げたヘアピンを打たせてみた。その気になれば返球することはできたが、敢えて見送り11点目を与えた。無論これは、ここから先の試合展開を考えた上での策だった。

 

 「(ちょっと動きが上がって来たけど、こんなもんか…)」

 

 初めて見せたミスらしいミスで火が付いたのか、11点目を皮切りに1年生くんの動きが良くなってきた。それでもまだ俺からすれば脅威とまではいかず、ファーストゲームは6点差と7点差を前後しながら『19―12』となった。

 

 「(もしかして俺が勝手に期待していただけなのかな…)」

 

 この点差をキープ出来るほど甘い相手ではないと思いつつ、同時に五百崎さんや晴人の話を聞いていたせいで期待値が上がっていただけかもしれないと俺は思い始めた。周りから“お前は5年に1人の逸材だ”と言われたことがあるけれど、所詮は俺も人間だから読み間違いの1つや2つは普通にすることがある。

 

 パァァンッ_

 

 と、ほんの一瞬とはいえ不覚にも相手を見くびってしまった隙をついて、()()()()()()()がさく裂した。

 

 

 

 パンッ_

 

 ネットの向こうから羽根が緩い軌道で飛んできて、俺はそれを受け取って間髪入れずに右コートへと歩を進めサーブの構えを取る。

 

 “…やっぱり、安易に隙は見せるものじゃないな”

 

 一目で入り込んでいることが分かる相手の表情と笑っているように見える不気味な瞳と対峙して、つい相手を甘く見てしまったことを少しだけ悔いる。13点目を取ったスマッシュをきっかけに、こっちが対処しきれないほどの勢いでギアを上げてきた栄明の大物ルーキー。ヘアピンでマッチポイントに追い込んだはいいものの、依然として試合は完全に相手から動かされている状況だ。

 

 “…まるで()()()()()()()()()みたいだ…”

 

 ネット越しに表情を見て、練習試合のときに戦った猪股くんの姿が脳裏をよぎった。最初は一度負けたイメージに引っ張られていたのか硬くなっていた身体を熱量と勢いでどうにか動かしていたのが、1ゲーム目の終盤あたりから尻上がりにフットワークのスピードや戦術眼の精度が上がっていき、フルセットに追い込まれた挙句に俺が逆転負けしたあの試合。より高みを目指せるという意味でライバルが増えたことは心の底から嬉しかったけれど、一度勝ったことのある相手に負けるというのは想像以上に悔しい感情(もの)があった。

 

 “いや、()()()()か”

 

 ただ1年生くんが猪股くんと同じだという考えは、1秒にも満たないうちに頭の中から消え去った。確実に勝つために本気を引き出させたことで理解した。根本的にこの人は元から持つポテンシャルが()()だということを。

 

 パァンッ_

 

 ラケットを構えて約5秒。俺はショートの構えからフェイントでバウンダリーライン手前を狙うロングサーブを放ち、センターへ下がる。さて、返してくるのはスマッシュか、あるいはクリアかドロップか。

 

 “…ドロップか”

 

 素早い反応とフットワークで羽根を追いかける彼を見てスマッシュを仕掛けてくるかもしれないと身構えるも、返って来たのはネット際狙いの真っ直ぐなドロップ。期待していたわけではないが、少しばかり拍子抜けを食らった気分だ。

 

 “ひとまずここもラリーに持ち込むか”

 

 かと言って油断はせず、ネット際の攻防かロブを打たせるためにヘアピンを返すつもりで右足を動かした。

 

 ズッ_

 

 次の瞬間、左足が誰かに引っ張られたかのように進む方向と正反対に持っていかれた。原因は考えるまでもなく分かった。まさかこんなところで自分の汗に足元を掬われるとは。

 

 “ネット際は、無理か”

 

 即座に乱れた体幹を立て直すも、緩やかに戻ってきた羽根は徐々に失速して自陣に向けて急降下を始めようとしていた。タイミング的に、ネット際狙いで返すにしても甘く入った軌道でしか返せないのは感覚で分かる。ここでどう打ち返すかを一瞬でも悩んでしまうと、相手に絶好の隙を与えてしまう。

 

 “だったら…”

 

 パァンッ_

 

 ()()()()()で、俺はクロスのロブを打ち返す。ここまで羽根を打ち合う中で、ヘアピンの状態から遠くへ羽根を飛ばすと次にスマッシュを仕掛けてくる傾向があると読んだ。

 

 “…やっぱり”

 

 読みは見事に的中し、頭に浮かんだイメージのまま1年生くんはロブを追いかけ、“これはチャンス”だとジャンプスマッシュの体勢に入る。幾分かセーブして臨んでいた2回戦の試合でも露になっていた、スマッシュを仕掛けるタイミングが分かりやすいという弱点。

 

 「……」

 

 それでも気が休まらないのは、打つ瞬間まで全く読めない軌道だ。ギアを一気に上げたタイミングで突如仕掛けてきた一撃。その全容はラケットの面にコルクが当たるごく僅かな瞬間に照準を合わせて狙う角度を逆にして打つという、言ってしまえばフェイントを駆使したスマッシュで日本選手権といった全国規模の大会においては上位勢の何人かは使っている技術だ。

 

 その領域に、スマッシュだけを見れば高1で既に足を踏み込んでいるという恐ろしさ。

 

 “どっちで仕掛ける…?”

 

 ラケットの角度を変えるタイミングが普通だと考えられないほどギリギリかつ動作も素早く、例えると受け止める側からすればクロスで返してくる角度のままストレートが飛んでくる形になるから、コルクが当たる音が聞こえるまで羽根の軌道が全く読めない。おまけに全てのスマッシュで仕掛けてくるような下手はせず、スマッシュに頼らない冷静さも兼ね備えているのが余計にタチが悪い。

 

 もちろん1年生くんもこのスマッシュが打てることは、こうして対峙するまで全く気付けなかった。

 

 「……」

 

 相手の指先ひとつの手癖も見逃さないつもりで、集中力を極限にまで高める。簡単な相手ではないことは予想していたが、準決勝を前にとんだ伏兵と当たってしまった。駆け引きの巧さやトータルでの実力ではまだ及ばないものの、純粋なバドのセンスで言えば兵藤さんにすら匹敵する可能性を秘めた未完成の大器。

 

 

 

 ()()()()()()()()()と試合するのは、自分の強さを実感できるから楽しいな……

 

 

 

 パァァンッ_

 

 アタックを仕掛けるバレー選手を彷彿とさせる脚力で跳ぶ独特なフォームから、どこに飛んでくるのか分からない一撃が甲高く苛烈な快音を乗せて襲い掛かるように放たれる。

 

 “…真っ直ぐ”

 

 一か八か、俺は次に自分が仕掛ける一手は考えずに飛んできたスマッシュをただ打ち返すことだけ考えてその一挙手一投足を凝視した。クロスの角度から放たれた羽根は、一直線の軌道を描いて鋭く向かってきた。

 

 パァンッ_

 

 決して大柄なわけではない身体からは想像のつかない高度から襲い掛かってきた羽根を、フォアハンドで何とか打ち返す。普通のスマッシュでさえ思うように返せないほどの威力なのに、フェイント込みでも変わらないのか。

 

 “まずい逸れた…”

 

 スマッシュ自体は打ち返せたものの、駆け引きを犠牲にして相手の動きに集中したせいで刹那の差で反応が遅れてしまったからか、右手に力が十分に伝わる前に返したスマッシュレシーブはじわじわと上昇しながらネットの白帯を目掛けて飛んでいく。このまま進むと白帯に当たって跳ね返されるか掠めて軌道が変わるかという微妙な高度と角度。

 

 ポスッ_

 

 中途半端な反発力で跳ね返った羽根の部分が白帯に当たり、そのままほぼ真上のほうへと一瞬だけ上がり、軌道を大きく乱して反対側へ落ちていく。それを1年生くんは拾おうとラケットを伸ばして打ち返すも、羽根はネットに引っかかった。

 

 「21―18。ファーストゲーム。佐知川高校、遊佐くん」

 

 実質的なネットインという、試合の後味としてはあまり良くない形になってしまったもののファーストゲームは何とか先制した。相手からすれば溜まったものではないだろうが、バドにおいてはこういうちょっとした運を手繰り寄せることが出来るかどうかも重要になってくる。ラッキーに罪悪感を覚える優しさとアンラッキーに苛立ちを覚える焦りは、()()()()()()()でしかない。

 

 「(すいません)」

 

 とはいえ不可抗力でゲームを取ってしまったから、敬意を込めて会釈で詫びる。

 

 「(全く気にしていないみたいだな…)」

 

 会釈を返した1年生くんは無情にもネットに引っかかり力なく落ちた羽根を一瞥して、ヘアピンのイメージトレーニングを軽く1回だけ行い、コートの外に置いたラケットバッグへ足早に向かい汗を拭ってスクイズボトルを口へ運ぶ。表情からはアンラッキーで1ゲームを取られたことへの動揺は全く見られず、集中力を保ち続けている。この調子のまま行かれると、セカンドゲームも中々に苦しい戦いを強いられるだろう。

 

 

 

 出来ることなら、()()()()()()とは決勝で戦いたかったよ。

 

 

 

 「セカンドゲーム。ラブオール、プレイ」




試合の描写に重きを置くとアオハコ感が薄くなってしまうのが、原作の難しいところですね。
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