鷹と蝶   作:ナカイユウ

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君に託すよ

 『女子リボン、59番。東谷高校、橋崎萌音』

 

 華やかな衣装(レオタード)に身を包む同学年の選手(ひと)が、自分の名前を告げるアナウンスが流れる中で拍手と味方の応援が響き渡る()()の向こうへと軽やかな足取りで出て行き、“ポーン”という開始音を合図に90秒の演目が始まる。

 

 「……ふぅ」

 

 フロアマットのある囲いの外から聴こえてくる演目の曲をゆっくりと呼吸をしてこの意識からフェードアウトさせて、じわりじわりと自分だけの“世界”へ入っていく。ここで大事なことは、一気に集中力を高めようとするのではなく、前の人の演目が終わる90秒後に合わせて焦らず落ち着いて入り込むこと。

 

 “クラブで貯金はある程度稼げた。だからこの演目(リボン)はいつも通りリラックスしていけば問題ない…”

 

 90秒の中で音楽に合わせて技の難度を審査するDスコア、演技構成と調和を審査するAスコア、そして表現力を審査するEスコアの合計で出来栄えを測られる新体操という競技は、体内時計のズレによる時間超過や手具を床に落とすといったミスを1秒1回でもすれば大きく結果が変わってしまうシビアな競技(スポーツ)だ。

 

 “心拍数は……うん。ずっと安定してる”

 

 このスポーツで勝つことにおいて重要なのは、どれだけ自分の身体と手具を一体化できるかということ。例えばいま右手に持っているリボンを単なる道具として意識するか、それとも三本目の手足として意識するか、これだけで演技構成の広さやスコアは大きく変わってくる。

 

 そして何より大切なのは、演目の始まりから終わりにかけて何が起きても常に平常心を保つことができる、メンタリティー。

 

 “飛鷹くんはまだ負けないで残っているかな…”

 

 ふと、違う試合会場で今頃はコートに立っているはずの飛鷹くんの顔が意識の奥底から浮かんできた。こんなときに余計な事をだなんて焦らない。むしろこの状況で一緒に住んでいる親戚(はとこ)のことを考えられるほど、私の心は余裕で居られている。

 

 

 

 「インターハイ。絶対行くから」

 

 部活終わりに留守番しながら一緒に作った生姜焼きもどきを食べていたとき、自信に満ちた真剣な眼つきで言われた決意。1年生でいきなり行けてしまった自分が言っても説得力はあまりないかもしれないけれど、インターハイは“絶対行く”と口にして行けてしまうほど甘い目標(もの)ではない。私がインターハイに行けたのだって、周りより長い時間をかけて新体操と向き合ってきたからというだけで、別に父親が体操界のスターだったからといってこの身体には超人じみためちゃくちゃな才能もパワーもない。

 

 「じゃあ行ってください。インターハイ」

 

 だけど絶対に勝ちたいという思いは、時として1秒前までの限界を超えるための起爆剤になる。もし私が飛鷹くんにとっての()()だとしたら、できることは全国の舞台に立った経験者として大きくなった背中を押してあげることだ。

 

 

 

 「大喜……がんばれって、言ってくれない?」

 

 

 

 そう。去年の私が親友から背中を押されたことで県予選を1位で突破できたときみたいに。

 

 

 

 「がんばれ」

 

 

 

 いや……ちょっと違うか。

 

 

 

 “…って、余計なこと考えすぎだぞ私”

 

 思っていた以上に耽けってしまったことに気が付き、自分に向けてピシャリと喝を入れる。幾らなんでもこれは余裕を持ちすぎだ。もしこれで飛鷹くんがインターハイに行って私がこの後の演目で油断してミスを連発して行けませんでしたっていう話になったら、恥ずかしすぎて合わせる顔がない

 

 「……」

 

 

 

 それにこんな場所で蝶野雛が燻ったら、お人好し過ぎるあの大喜(バカ)はきっと()()()()()()()()()()をまた私へ向けてしまう。

 

 

 

 「……ふっ」

 

 観客席から聞こえる拍手をよそに、息を吐いて意識を切り替える。平然を保ったまま一定のリズムを刻む鼓動から、赤色の血が末端の組織にまで伝っていく感覚が高まり出して、アリーナに響く拍手の音が次第に遠くなっていく。

 

 「……」

 

 ここは多かれ少なかれ自らを犠牲にしてインターハイを本気で目指す人たちが立つ舞台。敬意を込めて、温存はせず1()0()()()()()()()()をぶつけて終わりまで舞う。

 

 

 

 …入った…

 

 

 

 『女子リボン、60番。栄明高校、蝶野雛』

 

 拍手が鳴り終わり少しの静寂が訪れて、名前のコール。自分の名前を呼ぶ声を合図に、背筋と歩幅を整えて囲いの外へと出て、フロアマットに足を踏み入れる。まだ音楽は流れていないが、見映えが崩れないように体幹に意識を向け演目の開始位置へ真っ直ぐの足取りで向かう。名前が呼ばれたその瞬間から、新体操の演目はもう始まっている。

 

 「「雛ガンバーっ!」」

 

 上のほうから、私の背中を押す声援が聞こえる。それに混ざり込んで、拍手と共に他校の人たちからの注目の視線が見えないプレッシャーとなって襲い掛かってくる。もちろん私のことをよく知らない人たちから“蝶野弘彦の娘”と色眼鏡で見られがちなのは知っているしとっくに受け入れているから、こんな些細なプレッシャーは痛くも痒くもない。

 

 「……」

 

 開始位置について、最初のポージングを取る。スッと拍手が消えていき、アリーナは再び静寂に包まれる。視線と意識が一気にこちらへ向けられ、アリーナ全体が期待と緊張で満たされ、重くなる。ここにいる全ての人が、どんな演技を魅せてくれるのか、ミスなく最後まで舞い切れるのか、自分のスコアを超えてしまうのか、様々な感情を抱きながら私を見ている。

 

 “…私は蝶野雛さまぞ…”

 

 拍手が鳴り止んで演目の始まりを告げるサインが響く合間の短い沈黙の中で、私は自分へ言い聞かせる。本当の私は羨望されるような超人なんかじゃなくて、新体操と歌と甘いものが好きなだけのただの女の子。

 

 でもここからの90秒間は、誰が何を言おうと“ただの女の子”の私がこの世界の()()()だ。

 

 

 

 さあみんな……蝶野雛(わたし)を魅ろ。

 

 

 

 ポーン_

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「21―16。21―15。ゲーム。栄明高校、遊佐くん」

 

 準々決勝だからと意気込んでいたものの、下富高校の相手との試合はさすがに楽勝とまでは行かなかったが普通にストレートで勝つことができた。これを勝てばインターハイにリーチと無駄に気合いを入れてしまったのも、その反動で軽い拍子抜けを食らったのも何もかも全て羽鳥(あいつ)が茶々を入れまくってきやがったせいだ。

 

 「「ありがとうございました」」

 

 とはいえ勝ちは勝ちだからと挨拶と握手を交わし、勝者サインに自分の名前を書いて試合に勝った余韻には浸らず荷物をまとめ2階席へ戻る支度を始める。

 

 「晴人っ!ナイスファイト!」

 「この調子なら準決も勝てるぞ!」

 

 ラケットをバッグに片して背負うと、上から試合を見守っていた同期や先輩たちがコートにいる俺へ向けてエールを掛ける。まあ、インターハイに出ることが目標の俺にとってこの準々決勝は勝って当然の試合だから、そこまで達成感はない。

 

 「(準決で勝つのはそう甘くないっての…)」

 

 こんなところで喜んでいるような心意気じゃ、次の試合は確実に負ける。

 

 パァァンッ_

 

 上で応援していた同期と先輩に軽く会釈をしてアリーナの外へ出ようと足を動かしたとき、ふたつ隣のコートから強烈な打撃音と歓声が聞こえて思わず視線を向ける。言うまでもなく、柊仁と羽鳥の試合。2階で試合を見守る応援の盛り上がり具合からして、かなりいい試合になっているのは明白だ。

 

 タッ_

 

 柊仁から1点を奪ってサーブを構える羽鳥を見送り、俺はラケットバッグを背負ったまま駆け足でアリーナを出て、仲間が応援をしている2階スタンドの最下段ではなく中段の通路に向かった。

 

 「…はぁ…」

 

 誰にも見つからないように少し離れた場所まで走り切ったところで、一旦呼吸を整える。まともにひと試合したあとにほぼ休まずラケットバッグを背負った状態で2階へ駆け上がれば、さすがに疲れる。

 

 「……」

 

 そうして1秒でも早く柊仁と羽鳥の試合を眼に焼き付けたいと思いながら遠回りをした理由はひとつ、1人になって試合の行く末を見届けたかったからだ。

 

 「「一本ー!」」

 「「ストップー!」」

 

 第6コートが直線上に見える位置まで進むと、下のほうから栄明と佐知川の応援がひしめき合うように聞こえ、今度は柊仁のサーブでラリーが始まっていく。目の前の試合に集中していることもあってか、すぐ後ろで俺が試合を見ていることには誰も気づかない。

 

 「柊仁のやつ…まだ準々決勝なのに…」

 

 いつもの冷静さを保ったまま、あらゆる場所へショットを放ち徹底的に相手を潰しにかかる柊仁のプレーを見て、つい独り言が漏れる。元から本気を出したときの柊仁がどれほど強いかはこの眼で何度も見てきたから知ってはいるが、全国はおろか県大会の準々決勝でここまで()()()()()()()()()()()()()を見たのは、初めてだった。

 

 「なんで羽鳥(おまえ)はここまで柊仁を追い込めるんだよ…」

 

 それを引き出したのは、柊仁の放つ変幻自在なショットをもろともせずに拾い上げ、逆に試合を動かす勢いで負けじと攻め続けて同点差で食らいつく俺の同期(ライバル)

 

 「(…スマッシュだけは分かりやすいんだよなこいつ)」

 

 そのライバルが、真っ直ぐバウンダリーラインへと上がったロブを見るや素早く後方へフットワークで下がり、立ち止まることなく勢いを利用したまま宙へ跳び、柊仁の打った羽根を十八番のジャンプスマッシュで返そうとする。この3ヶ月で唯一俺が圧倒していたフェイントの精度が上がったことで隙が減っても、ジャンプスマッシュを打つときだけは一切誤魔化さないのが、羽鳥(こいつ)の弱点。だからそこさえ読めてしまえば、柊仁ならさほど苦労せずとも勝てるだろうと俺は思っていた。

 

 パァァンッ_

 

 「(…は?)」

 

 どこからどう見ても、ラケットの角度と打ち方からして羽鳥が返したのは一直線のスマッシュ。けれど一直線を狙って打ったはずのラケットから放たれたのは、対角線のサイドライン際へ超高速で飛んでいく羽根だった。柊仁はそれにしっかりと反応して当ててみせるも、レシーブで返した羽根は相手の右コートのサイドラインから1センチに満たない外側へ落ちた。

 

 「サービスオーバー。11―10」

 

 攻撃的でありながら、正確に軌道を読める冷静さも兼ね備える羽鳥はミスジャッジをすることなく羽根を見送り、リードする。練習では一度も見たことのないスマッシュ。この一撃で、俺は柊仁が予選の準々決勝ごときでここまで熱くなっている理由を察した。

 

 「遊佐くんと試合してる人って誰?」

 「栄明の1年生らしいよ。確か羽鳥って名前の」

 「羽鳥……こんなに強いのに聞いたことも見たこともないんだけど」

 「まさか高校入ってからバド始めたとか?」

 「いや絶対あれは経験者でしょ。多分、中学まで他県でやってたパターン」

 「あ~さすがにそうだよな」

 「にしても同じ栄明の針生と並んで優勝候補って言われてる遊佐相手に1年がここまでやるとかバケモン過ぎるだろ」

 「これは来年が色々と恐いわ…」

 

 少し離れたところから、他校の連中のやり取りが耳に入る。針生先輩と共にインターハイ出場は間違いなしと言われる佐知川のエースに対し、突然現れた栄明のルーキーが互角以上に張り合う試合に、当事者2校の垣根を超えてこの2階にいるほとんどの連中が注目している。

 

 「「一本ーっ!」」

 

 それはそうだ。あの柊仁を相手に1点差とはいえ試合をリードする下級生なんて、俺の記憶の中では絶対にあり得ないことだった。いま羽鳥が俺たちへ見せつけているのは、そういうことだ。誰よりも柊仁と対峙し続けてきた俺ですら一度も引き出すことが出来ないままでいる、全てを出して試合に臨む兄貴のプレーと、俺と試合していたときは一度も見たことのなかった嬉しそうな表情。

 

 「…そんなに俺が弱いって言いたいのかよ。柊仁」

 

 

 

 俺だって、本気を出した柊仁と戦って、そして勝ちたい……じゃないと、1()()()()()()()がない……

 

 

 

 「燃えるよね……挑戦者(チャレンジャー)が自分より格上の強者を脅かさんとする光景は」

 

 中段の通路で試合を見届けている右隣から、誰かが俺に話しかけてきた。

 

 「…誰すか?」

 「君の通っている学校のOBだよ。ところで君はみんなと一緒に応援しないのかい?」

 「試合は静かに観戦するのが主義なんですよ」

 「奇遇だ。実は俺もそうなんだよね」

 

 会ったことも話したことも名前さえも知らないマジな初対面の俺は内心で少しだけ警戒しながら聞くと、両手を柵の上に置いて試合を見ていた兵藤さんぐらい背丈のある黒い帽子(キャップ)を掛けた男の人はOBだと名乗って俺に優しく笑いかけた。

 

 「……ひょっとして()の千木良さんすか?」

 

 一般人離れした()()()()()()()()と同じ学年にいる女バドの美人によく似たやたらに整った顔立ちを見て、試しに俺は誰なのかを当てに行く。

 

 「よく分かったね」

 「まあ、よく見たら顔が似てるんで」

 

 そんな予感はしたが、ビンゴだった。

 

 「そうだ。君、名前は?」

 「遊佐晴人っす」

 「遊佐……もしかしていま試合してる人の弟?」

 「あんまり()って呼ばれるのは好きじゃないんで、晴人でお願いします」

 「あぁごめん。分かったよ」

 

 あの兵藤さんが高校時代に公式戦で唯一負けた相手で、栄明高校男子バドミントン部の最高成績であるインターハイ準優勝を置き土産に引退した元エースとして語り継がれている、千木良黎さん。直接会ったことは一度もないが、兵藤さんがストレート負けで敗退した3年前のインハイ予選ではエースだった五百崎さんにも決勝で勝って優勝したことで“佐知川キラー”の異名で恐れられていたことは、ついこの前まで佐知川にいた俺も知っている話だ。

 

 「ていうか偉そうに栄明のOBって言っちゃったけどあんた誰?って話だよね?」

 「知ってますよ。3年前のインターハイで2位になった“佐知川キラー”っすよね?」

 「ハハッ、久々に言われたよその呼び名」

 「中学が佐知川だったんで、前から噂では聞いてました」

 「へぇ~中学は佐知川だったんだ?」

 「はい、一応」

 

 そんな後輩からするとこの人はいい意味で言えば佐知川に一矢を報いた英雄で、悪い意味で言うなら佐知川を更に強くしてしまったある意味で戦犯みたいな人だ。

 

 「…ちょっと無粋なこと聞くけど、佐知川でバドを続けないで栄明に行ったのには何か理由があるのかい?」

 

 佐知川で一時期流行っていた噂話の話題がひと段落すると、千木良さんは試合が行われているコートへ視線を下ろして核心に迫る。

 

 「……」

 「もちろん言いたくなかったら遠慮しないで大丈夫だよ。というか邪魔だよね俺?」

 「邪魔とは一言も言ってないっすよ」

 

 どう答えるか悩んで沈黙を返した俺に、千木良さんはおどけて場を和ます。別に言いたくないわけではないが、本気になった柊仁と対等に戦い続ける羽鳥を見ていたら、自分の決意が過信じみたものに思えてきてしまい、咄嗟で言葉が出て来なかった。

 

 「…インターハイで優勝するため。それだけです」

 

 何秒か悩んで、言える範囲でその理由を打ち明ける。

 

 「そっか…」

 

 俺からの最低限の返答を聞くと、千木良さんはこれ以上を掘り下げずに納得した様子で相槌を返す。

 

 「ならば()()()は君に託すよ。少年」

 

 そのまま左へ向けていた視線を再び接戦で帯びた熱へと下ろして、掴みどころがない飄々とした口ぶりでクールに笑いながら、俺へ言い放った。紛れもなく、“このバド部の初優勝はお前に託した”という意味合いだった。

 

 「…千木良さんはどっちの味方なんですか?」

 「ん?何のこと?」

 「いまそこで柊仁と戦ってる羽鳥が世話になってたことはウチじゃみんな知ってますよ」

 「アハハッ、別に世話ってほどのことはしてないんだけどなぁ…」

 

 堪らず俺は、例の自主練のことをぶつけながら問いかける。羽鳥にオールラウンダーの適正があることを見抜いて新しい戦い方を教えたのは、間違いなくこの先輩(ひと)だ。

 

 「…綺麗ごとに聞こえるかもしれないけど、敢えて言うなら俺は()()()()()()だよ」

 

 俺からの問いに、千木良さんは柊仁と熱戦を繰り広げる羽鳥へ視線を送ったまま“綺麗ごと”だと前置きして答えた。

 

 みんなの味方……それを聞いて俺は思わず“考えが甘い”と思った。そういう考えだから、最後の大会でリベンジを許してしまったんだと思った。

 

 「綺麗ごとでもいいっすよ……味方だろうが何だろうが、()()()()は変わらないんで」

 

 

 

 だけどそれを直接口にしてこの人に返せるほど、俺はまだ強くなれていない。

 

 

 

 「それじゃあ俺はこの後用事があるから帰るよ。準決勝も頑張って」

 

 後ろでこっそりと準々決勝の試合を見続ける俺に用事があると告げて、千木良さんは颯爽とした足取りで出口のほうへ歩き去っていく。

 

 「うす……ってなんで俺が」

 「あれ晴人戻ってんじゃん!こんなとこにいないで降りて来いよっ!」

 

 ていうか何で俺が準決勝に出ることを知ってんだと去っていく背中に問いかけようとしたところで、下で羽鳥を応援していた西田先輩に気付かれた。

 

 「(…それどころじゃないか…)」

 

 一瞬どうするか考えて、このまま試合を見届けることにした俺は千木良さんを呼び止めず客席へ下りた。

 

 「サービスオーバー。13―12」

 

 そしてセカンドゲームは、柊仁がリードを奪い返して終盤へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 パァンッ_

 

 左前に鋭く落ちて行く羽根を拾って、ラリーを続けて行く。寸分の油断も許されない中で、羽根と相手の動きを見ながら次に返ってくるショットを読んで、仕掛ける。

 

 「サービスオーバー。18―18(オール)

 

 ネット際狙いのクロスのドロップをヘアピンで返したら、ネットインで軌道が逸れるという半ばラッキーな形で得点になって追いつく。ファーストゲームで同じようなことをやられて1ゲーム目を取られているから、ある意味でイーブンだ。

 

 “あんまり気持ちよくないけど、これでまた追いついた”

 

 幸運という不可抗力で取った1点に罪悪感を抱く暇が生まれる前に、遊佐さんへ会釈で謝って右コートについてサーブを構えて、放つ。

 

 キュッ、パァンッ_

 

 そして再び始まっていく攻防戦。この日のために練習してきた新しいスマッシュが見事に遊佐さんを欺いてからずっと極限まで集中した状態が続いているが、気力も体力もどちらもまだまだやれる。

 

 パァァンッ_

 

 1点差を前後し続ける展開が続く中で再び追いついた勢いに乗り、ちょうどセンターラインの真上に飛んできた羽根を左と思わせた右コート狙いのジャンプスマッシュで放つ。

 

 パンッ_

 

 それに遊佐さんは惑わされることなく反応して、絶妙な力加減でネット際に返してきた。セカンドゲームに入ってから、徐々に攻略され始めている俺のスマッシュ。さすがは全国でも随一の強豪でエースを張るほどの実力者なだけあって、安心できる瞬間が全くない。

 

 「サービスオーバー。19―18」

 

 クロスへ返したロブを右狙いのスマッシュで返され、反応して打ち返すも羽根は惜しくもサイドラインの僅かに外側へ落ち、1点差。一見するとそこまで動きはダイナミックじゃないのに、まともに打たせてしまえば軌道がわかっていてもまともに返せないほどの速さと強さで矢のように羽根が返ってくる。

 

 “…やっぱ凄いわこの人は”

 

 この人は間違いなく俺なんかよりも全然強くて、普通に考えて栄明の中で3番手の俺が敵う相手じゃない。技術、センス、フィジカル、スピード、あと諸々……どれを取っても、いまの俺が勝てるような相手なんかじゃない。ほんの少し前の俺だったら無理だと諦めてしまうくらいの差があると、対峙してみて本当に痛感する。

 

 “けど……不思議と負ける気が全くしねえ…”

 

 パンッ_

 

 試合をしている今でも信じられないことがある。どうして俺は、自分と比べてこんなにも実力差がある人と互角に戦えているのだろうと。

 

 「「ファイトー!」」

 

 確かにこの3ヶ月で、俺は長野(じもと)に残ったままでは手に入れることが出来なかった経験を得ることができて、それらのおかげでプレイヤーとしてそれなりには強くなれた。でもたったそれだけの理由で、()()()()()()()と同じくらいの差がある相手と戦えているなんて、自分でも信じられない。

 

 パァァンッ_

 

 だけどそんなちっぽけな疑問なんて、今はもうどうでもいい。

 

 「サービスオーバー。19―19(オール)

 

 俺はただ、自分の全てを出して戦ってくれている相手と本気で1点を奪い合っている瞬間(いま)が楽しくて仕方がない。この瞬間を1秒でも長く味わっていたい。

 

 「「一本ーっ!」」

 「「ストップー!」」

 

 少しでも気を抜けば理性が吹き飛んでしまいそうになるほど心地の良い時間は、そう簡単には終わらせない。

 

 “…マッチポイントは俺が取る……そしてこのゲームを決める…”

 

 俺が()()()()()()()()と出会った5年前の夏を、嘘にしないために。

 

 

 

 

 

 

 「飛鷹くん!雛にもバドミントン教えてよっ!」

 

 

 

 

 

 

 パァァンッ_

 

 左コート後方へ羽根が鋭く高く飛んでくる。それを今度はフェイントなしのクロスのジャンプスマッシュで返すも、冷静に軌道を読んだ遊佐さんは余裕さえも見せつけるかのようにこちら側の右コートの際へ鋭いロブを打ち上げる。

 

 “…これは入る”

 

 アウトになる数ミリ手前を正確に狙いすましたロブを見極めて、連続でジャンプスマッシュの体勢に入る。

 

 “どこを狙おうが打ち返しては来るだろうなこの人だったら…”

 

 跳ぶ間際に、遊佐さんの身体の動きを目に留めて、スローになった視界のなかで狙う場所を考える。俺の放つフェイントを正確に読んでくる遊佐さんだから、1,2回じゃ決めさせてはくれないはずだ。

 

 “ならばこっちは、決まるまで攻め続けるだけ…”

 

 視線を頭上に戻すと、伸ばした左手の先で羽根が少しずつスピードを落とし始めているのが視えた。その動きにタイミングを合わせて、脚の力で宙に跳び、体幹を利用して全身をしならせる感覚で右腕へ力を伝達させて、ラケットを握る掌で見極め、放つ。

 

 パァァンッ_

 

 放ったのは、左コートへのフェイント(ストレート)。それを遊佐さんは右へ惑わされることなく反応して拾い、クロスネットで返す。もちろんフットワークをしつつ面の角度と手首の動きを見極めていたから、手に取るように返球の軌道は読めた。

 

 “意地でもスマッシュは打たせねえ…”

 

 バックハンドに切り替えた右手を伸ばして、浮かせないように白帯の上を沿ってサイドラインギリギリに落とすイメージで俺もクロスネットを返す。我ながらにイメージ通りの軌道で羽根は白帯から1センチに満たない高さを頂点に低めの放物線を描き、サイドラインの際へ向かって落ちて行く。

 

 “…ヘアピンで来るか”

 

 当然打った羽根の軌道が良かっただけで点が入るような相手ではない遊佐さんは、クロスネットで打ち込まれた羽根を冷静に追いかけて、床に落ちるギリギリまで寄せ付ける。

 

 “…まさか…”

 

 そのとき、俺は遊佐さんが必要以上なほど打ち返すタイミングを溜め込んだ()()を察した。

 

 パンッ_

 

 上から見れば床から直接打っているようにも見えるほど低い位置からほぼ真上に上がった羽根は、ちょうど白帯の真上で向きを変えてコルクから着地して、そのまま反動でこちら側の陣地(コート)へ入り込んでくる。

 

 「…っ!」

 

 白帯に着地した位置で軌道がいびつに逸れた羽根へラケットを握る右手を伸ばしてヘアピンで返すも、あまりにもネットに近い位置で落ちてきた羽根は白帯に跳ね返されて力なく床へと落ちる。

 

 “……やられた”

 

 遊佐さんの狙っていた一手は、打つ前から読めていた。ただ読めたところで、不可抗力によるラッキーではない()()()()()()()()()()()なんて、打ち返せる技量はなかった。自分が得てきた経験値の全てを引き出しても、上回るモノで返されたらどうすることもできない。

 

 

 

 「わざわざ俺が教えなくとも、上には上がいる羽鳥君ならそう遠くないうちに分かるはずだよ」

 

 

 

 「サービスオーバー。20マッチポイントー19」

 

 マッチポイントを決めたどんなに強力なスマッシュよりも厄介なヘアピンを前に、()()()()()()()()と似た感覚が全身を伝った。




新体操に関する知識は1ミリもないに等しいので、自分なりに調べた上で書いたとはいえ雛が演目に挑む冒頭の場面についてはもしかしたらツッコミどころがあるかもしれません。

もし“これは違うだろ”っていう意見がある有識者の方がいらっしゃいましたら、どんどん感想欄に書いてください。

一方で原作のほうは、雛派の読者にとってはまた覚悟をしないといけないような展開になってきました……いやほんと、異性同士の友情というものは複雑で難しいですね。
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