鷹と蝶   作:ナカイユウ

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執念

 「2人は羽鳥君が予選を勝ち抜いてインターハイに行ってほしいって思う?」

 

 最後の自主練が終わってひだっちとさよならした後、行きつけの沖縄料理の店の席で注文したメニューが来るのを待つ私と慧に、お兄はこんなことを聞いてきた。

 

 「それはもちろん。だってインターハイに出るためにひだっちは今日まで頑張ってきてるし」

 「おれも同じく」

 

 迷うことなく、私と慧は行って欲しいと答えた。1年生がいきなりインターハイに出るのはお兄ですら達成できなかった偉業だからとんでもなく難しいことはわかっているけど、それでも親友が目標に向かって頑張っているのを応援するのは当たり前だし、努力が報われてほしいと思うのも自然なことだって私は思っているから、そう答えた。

 

 「こんなこと言ったら誤解を生むかもしれないけど……俺は羽鳥君にインターハイは()()()()と思ってる」

 

 そんな私に、お兄は真剣な表情を浮かべて“まだ早い”と答えた。

 

 「…それって、負けて欲しいって意味?」

 「ストレートに言うならそうなるな」

 「一応聞くけど悪い意味じゃないんだよね?」

 「そう捉えてくれると助かる」

 

 この3人の中でインターハイまで行くことの難しさを一番よく知っているお兄のことだから、あくまでひだっちのことを応援している上での意図だってことはわかっていた。

 

 「羽鳥君はもう実力的にはトーナメントのくじ運次第だと予選の準決勝まで進めるところに来ていると思う……だから俺の理想を言うなら、準決勝までに自分より実力も経験も上の相手とぶつかって、出来ることなら負けて欲しい」

 

 1年生のひだっちはまだバドミントンプレイヤーとして発展途上で、経験が足りていない選手にとって大きな糧になるのは勝利で得られる喜びよりも、試合に負けることで得られる悔しさだ。

 

 「そして勝ち続けるために必要不可欠な答えを、インターハイへ行く前に彼には知ってもらいたい……ってところかな」

 

 だからこそ勝つためには何が必要なのかを大舞台に立つ前に知って欲しいと、お兄は私と慧を通じてひだっちへの期待も込めて伝えた。もちろん最後までひだっちに()()を教えなかったのも、そういうことだった。

 

 「遠回しな言い方してるけど、お兄もひだっちのことを応援してるってわかって安心した」

 「当たり前だよ。羽鳥君はここからまだ何段階も化けるポテンシャルを秘めたバドミントンプレイヤーだからね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うわ…」

 

 ひだっちが打ったクロスネットを床に触れるギリギリまで引っ張り、遊佐さんがヘアピンを返す。これが何を意味しているのか本能的に理解(わか)った瞬間、本当に全部の感情が抜け切った声が口から出た。

 

 トンッ_

 

 という音が試合を見守り応援する私たちへ聞こえてくるほど、遊佐さんの返したヘアピンから放たれた羽根は綺麗に白帯の上へと着地して、そのまま倒れ込んでいくようにひだっちのいるコートへと落ちて行く。ラケットでネットの先へ飛ばすにはあまりに無茶でアンバランスな軌道で床へ向かう羽根をどうにか拾って返そうとするも、白帯に嫌われて無情にも自陣へ落ちる。

 

 「サービスオーバー。20マッチポイントー19」

 

 これでとうとう、あと1点取られたら敗退が決まってしまう局面にひだっちは立たされた。王手を手繰り寄せたのは、狙って打たれたネットイン。

 

 「今の、狙ってたよな…」

 「あぁ。ここに来てエグいやつ返してきたな遊佐くん」

 「てかあんなのアリなんすか?」

 「飛鷹っ!まだ流れはお前が持ってるから気にせず行けっ!」

 

 白熱し続けたセカンドゲームの佳境で遊佐さんが放った相手に対する一切の容赦を捨てたなりふり構わない異次元じみたプレーに、男バドの同期や先輩たちはただ衝撃で困惑して、男バドの部長の西田先輩が不穏になりかけている空気を吹き飛ばすようにひだっちへ檄を飛ばす。

 

 「チッ。相変わらず最悪なタイミングで最悪なことしやがるな柊仁のやつ…」

 

 そして色んな感情が交じる中に紛れて、準々決勝を終えちょうど私の左斜め後ろの位置に立って静かにひだっちの試合を見守っていたハルが舌打ち混じりに呟きながら、パスされた羽根を受け取るお兄さんを睨みつける。

 

 「……」

 

 ハルの言う通り、やられた側からすれば遊佐さんの打ったショットは本当に最悪で、相手によってはアンフェアに捉えられかねないギリギリを攻めたプレーだ。けれどもネットインは反則ではなくてあくまで試合では起こりうる自然なことで、それを狙いすましてしっかりと決めた遊佐さんの実力が全てだから、()()()の私たちは何も言えない。

 

 

 「やっぱり。遊佐柊仁(かれ)のほうが一枚上手だね」

 

 

 もしもいまこの体育館のどこかでお兄がこの試合を見ているとしたら、きっとこう思っているのだろうか。

 

 “…ねえお兄…自分よりも強い人には一回じゃ勝てないのかな?”

 

 お兄はあくまでひだっちに強くなって欲しいから“負けて欲しい”と言ったのは、私だって理解してる。冷静に試合を振り返るとゲーム自体を動かしているのは攻めの動きが多いひだっちのように見えて、開始からここまでずっと1点差以上のリードを許さず流れを抑え続けてきた遊佐さんのほうだ。

 

 “…でも…”

 

 ゾーンに入ったギリギリの状態で出し惜しむことなく全てをぶつけて羽根を打つひだっちと、ゾーンに入りつつも相手へ常に目配せながら冷静に勝機を伺い的確なショットを打ち続ける遊佐さんのどちらが選手(プレイヤー)として上かなんて、考えるまでもなく明白なこと。だからこれは、お兄にとっては本当に()()()()()()なんだと思う。

 

 「でも……私はひだっちに目標を掴んで欲しい」

 

 そんな正論と事実だけじゃ割り切れない想いが、周りに聞こえない程度の大きさで堪えきれずに心の内側から外へと出た。お兄の言っている通り。遊佐さんと比べるとまだ勝つために非情になり切れないひだっちは、インターハイで戦っていくには経験も強さも足りないのかもしれない。

 

 「まだまだここからだよひだっち!」

 

 

 

 それでも努力が報われることを心の底から信じて試合が終わる瞬間まで応援するのが……親友の努めだ。

 

 

 

 「「一本ーっ!」」

 

 少し遠くから聞こえてきた、佐知川の応援。それに合わせて、私は大きく深く息を吸い込んだ。

 

 「ストップーっ!」

 

 

 

 

 

 

 「「一本―っ!」」

 「「ストップーっ!」」

 

 両校の応援が入り交じってアリーナに響き渡ったのを合図にして、遊佐さんのラケットからショートサーブが放たれる。

 

 パァンッ_

 

 俺はそれをストレート狙いのロブで返して、次のショットへ備える。羽根の軌道と遊佐さんの動向に集中する意識の外側から、自分を応援する声が聞こえてくる。つい数十秒前まで感じていた()()()()からは、もう醒めてしまった。

 

 “こんなに強い人と1点差で戦ってたんだな俺は…”

 

 “ゾーン”が解けて、逃れようのない現実が相手との差となって羽根と共に押し寄せる。ありとあらゆるショットを駆使して容赦なく終わらせにかかる遊佐さんの羽根に必死に食らいつくも、勝利のためならどう思われようとも厭わない一撃を一番近いところで見せつけられた今は、食らいついていくだけで精一杯だ。

 

 “…お兄さんが言ってた答えはこういうことだったのか…”

 

 ようやく俺は、宿題の答えに気付いた。どうしてお兄さんはインハイ予選で勝った相手に本戦で負けてしまったのか。その答えはずっと“自分の欲”だと俺は思い込んでいた……というより、それぐらいしか思いつかないと決めつけていた。

 

 

 

 「いま羽鳥君の言った答えがもし()()だったとしたら、俺はどうするべきだった?」

 

 最後の自主練で答えを聞いて、“どうするべきだったか”逆に聞かれたとき、あの試合映像を見て辿り着いた答えが違うものだと察した。映像だけじゃ伝わらない部分もあるが、最後の大会でのお兄さんのプレーは確かに試合を楽しんではいたけれど、本当にミスというミスがなく、最後の最後までどちらが勝ってもおかしくない展開で試合を続けていた。練習のときの俺みたいに欲に負けて隙を作る瞬間もなかった。

 

 だったらなぜ、一度勝った相手に負けたのか?

 

 「羽鳥君には、俺があの試合で犯した唯一の失敗を君自身のこれからに活かして欲しいんだよね」

 

 

 

 お兄さんがそう遠くないうちにわかると言っていた、“唯一の失敗”という宿題の答え。その答えはお兄さんではなく、()()()()()()に隠されていた。

 

 

 

 “ったく、なんでこんなタイミングで理解(わか)っちまうんだよ俺って奴は…”

 

 針生先輩と並び県内でトップクラスの実力を持つエースが情け容赦なく飛ばしてくる羽根に食らいつきながら、土壇場で本当の正解に辿り着いてしまった自分の持ってなさを愚痴りつつ試合に意識を向けるも、応援の声すら聞こえないほど集中しながら羽根を追い続けたダメージがこの局面で一気に押し寄せ、思うような試合展開に持ち込めない。

 

 パァンッ_

 

 羽根を追い、相手のコートへ返すだけの体力はまだ残っている。だがここまで自分の限界を超えるペースで飛ばしてきた反動のせいで脳の回転速度が半分程度に落ちているのが、刹那に満たない差で遅れ出した手足の反応を通じて感覚として伝う。秒数的には0.01秒と言っても、“最速のスポーツ”と言われるバドミントンにおいてこの遅れは致命傷に等しい。

 

 “戻ってくれ体力…!”

 

 と言い聞かせても、頭に浮かばせるイメージから僅差の範囲で遅れて動かすのが精一杯な身体。お兄さんからスマッシュと並ぶ武器だと言われたスタミナも限界が近く、スタミナが死ねば一番の武器であるスマッシュも使い物にならなくなる。初めて“ゾーン”を経験した去年の北信越は相手が調子を乱したことに助けられて試合終了まで持ったが、今回はそんな甘い相手ではなかった。

 

 “ははっ、さすがはエース。まだ余ってるって顔してんな”

 

 一方で遊佐さんは、さすがにある程度は体力を消耗しているのが表情から汲み取れるものの、俺と比べると明らかにまだ余裕がある。ここまでの試合展開を考えると、勝ちに行くため先に仕掛けた俺の選択は決して間違ってはいなかった。実際にあの場面から流れを引き寄せて、格上の相手に持ち合わせる全てをぶつけることができていて、いまの自分ができるベストゲームがこうして続いている。

 

 ただ単純に、俺より遊佐さんのほうが強かった。もちろんそれは技術面においては至極当然のことだけれど、それ以上に俺が遊佐さんに対して負けていたのは、勝つためなら相手にどう思われようとなりふり構わず自分だけに徹することができる、()()()()()()だった。

 

 

 

 「俺にとってバドは青春だったけれど、将来の夢じゃなかったからね」

 

 

 

 最後の大会でお兄さんが負けたのは……ほんの少しの差で相手と比べて()()が足りなかったからだ。

 

 

 

 だとしたら俺はここで負けるのか?いやまあ、始まる前からインターハイ出場は間違いないとまで言われている選手(ひと)を相手にここまでいい試合をやれているし、今までの自分のことを考えると十分に爪痕は残せているし、この後に戦うことになる晴人との試合にも多少の影響は与えられたはずだから、本当にいまやれることは全てやれたと言えるだろう。

 

 

 

 「ファイトだよ飛鷹くん」

 「おう。雛姉もガンバ」

 

 

 

 だけど俺は、心から応援したい人のために“一緒にインターハイへ行く”という約束をした。だからそれを果たすまでは、絶対に諦めるわけにはいかない。

 

 

 

 パァンッ_

 

 ヘアピンの攻防を5ターン繰り広げたあと、遊佐さんが左コート側へロブを打ち上げる。久々に攻めへと転じる絶好の機会が訪れるも、身体が意思よりほんの僅かに遅れて反応するのがもどかしい。ここにきて一番長いラリーが続いてバドをこれまでやってきて初めて実感する、気合いだけではどうにもならない自分の限界点。

 

 キュッ_

 

 それでも試合は終わらない。例えこの手足が鉛のように重くなってまともに動かせなくなろうとも、ゲームポイントを決める羽根が床に落ちるまで試合は終わらない。1点差のままここまでこられた最高に楽しいこのゲームを、自分の負けで終わらせたくない。

 

 「っらぁっ!!」

 

 この身体に残るありったけの力を込めて、相手の左コートへクロスのジャンプスマッシュを放つ。僅かな反応の遅れのせいでやや強引になりフェイントを仕掛ける暇もなく捻りのない一撃になったが、威力だけはまだ死んでいない。

 

 “さすがに拾うよなぁ…!”

 

 そんな力任せなスマッシュを、いとも容易く遊佐さんは拾ってネット前へと返す。低く飛んできた羽根を同じようにネット前狙いで返そうと迷わず前方へ足を動かし右手を伸ばすも、この勢いだと打ったところで甘い球になるだけだと直感して真っ直ぐにロブを上げる。

 

 “よしっ、悪くねえ”

 

 咄嗟の判断で打った割にはいい角度でバウンダリーへ飛んで行った羽根とそれを追う遊佐さんへ意識を向けて、足を止めずにセンターへ移る。ネットの奥から見えるスマッシュの動作。タイミングも完璧。間違いなくこの人は、このセカンドゲームで試合を終わりにするつもりだ。

 

 “…させるかよ…”

 

 うねるように羽根を捉えたラケットの角度を凝視して、幾分か判断力が落ちている頭を動かせるだけ動かして、読む。放たれるのは、右コートへのスマッシュ。

 

 パァァンッ_

 

 そう判断して無意識に身体を右のほうへ動かそうとしたのと同時に、右へ向いた遊佐さんのラケットから放たれた羽根は快音と共に左コートへ目で追えないほどの凄まじいスピードで飛んできた。

 

 「っ…!」

 

 正反対の軌道を描く超高速の羽根に、俺は全身を使って飛び込む勢いで右足と右手を力のある限り伸ばした。間に合わないなんて、1ミリたりとも思わなかった。

 

 「……」

 

 飛んでくる羽根を目で追いかけ、左コートの奥へ打ち返すイメージを浮かべバックハンドに持ち替えた右手に力を込める……その真上を、白い羽根が通り過ぎる。

 

 ほんの一瞬、()()()()()()()()()()ような気がした。

 

 コッ_

 

 そう思ったときには白い羽根の姿は視界から消えていて、床に左膝をついて下を向いた視線の少し遠くで、コルクが地上に当たって跳ね返る音が小さく聞こえた。

 

 「21―18。21―19。ゲーム。佐知川高校、遊佐くん」

 

 審判の声と、背後で沸き上がる歓喜と労いが半々ずつの声と拍手。

 

 「はぁ……はぁ…」

 

 “ファイト”が聞こえなくなった応援席。乱れる呼吸と視界いっぱいに広がる床にしたり落ちる汗。文字通りに全てを出し切った準々決勝が、終わった。

 

 「…はぁ…」

 

 荒れた息を整えて、ゆっくりと立ち上がる。アリーナを照らし続ける照明(ひかり)が、いつもより少しだけ眩しくこの眼に映る。こんなにも自分の身体が“疲れた”と愚痴を溢しているのは、夏休みの練習中にちょっと無理をして軽い熱中症に侵された中2の夏ぶりだ。そんなふうに熱を出したり体調を崩さない限りはガス欠しない程度に頑丈なはずの身体が、人目を気にせず今すぐ大の字になって寝転がりたいくらい根を上げている。

 

 「(終わってみりゃ完敗か…)」

 

 間違いなく、何の文句もなく今までで一番最高の試合を俺はした。そんな最高の試合の終わりは、モノにすれば絶対に負けないと自負していたスマッシュと()()()()()()を逆に決められて決着した。スコアなんて関係なく、内容は見事なまでにお株を奪われての完敗だ。

 

 「ありがとうございました」

 

 第6コートに立つ2人へ送られる拍手が鳴り続ける中で、俺は負けを受け入れてラケットを左手に持ち替え手ぶらになった右手で遊佐さんと握手を交わす。

 

 「“はとり”くんだっけ?名前?」

 

 すると握手をした手を放してコートの外へ出ようとしたところで、遊佐さんが俺に話しかけた。

 

 「えっ」

 「“はとり”って、羽と鳥で羽鳥って書くの?」

 「はい。そうっすけど」

 

 何を聞かれるかと思っていると、遊佐さんはいきなり俺の名前の漢字を聞いてきた。ネット越しで俺を見てボソッとしたトーンで話すスカしたように見える表情とは裏腹に、弟と似た切れ長の眼は心なしか笑っているように見えた。

 

 「楽しい試合だった」

 

 俺から名前を聞いた遊佐さんは、表情を崩さないままそう言うと勝者サインを書き、自分のラケットバッグへと歩いていく。無感情にも見えるスカした顔はそのままだったが、“楽しい試合だった”と言ったときの声は明らかに喜んでいた。

 

 「次戦うときはもっと楽しい試合をしましょう!」

 

 自分のラケットを片付ける少しばかり嬉しそうな背中に、俺は声を掛ける。

 

 「うん。頑張って」

 

 俺の声にラケットバッグを背負い込み立ち上がりざま振り返った遊佐さんは、静かな口ぶりで“頑張って”とだけ告げて、第6コートを後にする。

 

 

 

 俺、ちゃんと戦えてたんだな……

 

 

 

 「(…次に戦うときは勝てるようにならないとな)」

 

 コートから去っていく背中を見て、遊佐さんから本気を引き出せたことへの達成感、雛姉と約束していたインターハイを逃した悔しさ、そして()()()()()と比べて着実に成長した実感が余韻となって交互に押し寄せた。

 

 

 

 

 

 

 タッ_

 

 遊佐さんとの準々決勝を見届けた私は、すぐさま1階へと駆け出した。佐知川のエースを本当にあと一歩のところまで追い詰める気迫のプレーを見届けたら、居ても立ってもいられなくなった。

 

 「(さっきから何やってんだろう、私)」

 

 1階のコンコースを目指し階段を駆け下りる途中で、急に我へと戻って気持ちが冷静になる。試合を終えたひだっちに“おつかれ”と軽く声を掛けにいくつもりのだけなのに、どうして私はこんなにも必死に走っているんだろうと。

 

 「はっ…」

 

 でもそんなことなんて考えたって仕方ない。インターハイの決勝で幼馴染のライバルと戦ったお兄と同じく()()()()()()で負けた親友を、真っ先に労う。何にも不自然なことじゃない。

 

 「(でも、どんな感じで声を掛けたらいいのかな?)」

 

 自分を納得させた直後に、入れ替わりでやってきた小さな不安。練習のときはいつも楽しそうな表情で打ち込んで男バドの士気を盛り上げているけれど、自主練でほぼ1年ぶりに慧と試合して負けたときは本気で悔しがったりと、実はかなりの負けず嫌いだったりもする。親友と呼べる仲になったとはいえ、本番の試合で負けた後のひだっちのことは、私はまだ知らない。

 

 万が一落ち込んでいたりしたらどうしよう?明るく声かけたらウザったいかな?でもしんみりした感じで話されるのもなぁ…

 

 「あれ千木良じゃん」

 「わっ!ひだっちいたっ!」

 「どういうリアクション?」

 

 という感じにしょうもない考え事をしながらコンコースを駆け足で進みながらひだっちを探していたら、いきなり真横からご本人に呼ばれて素っ頓狂なリアクションをしてしまった。振り向いたら、ちょうど出入り口の扉の前にラケットバッグを背負ったひだっちがいた。

 

 「てか何で走ってたん?」

 「いやぁ~気迫が籠ったひだっちのプレーを見てたらつい走りたくなっちゃってさ」

 「たはっ、さすがにその心理は意味がわからんわ」

 

 走っていたことを聞かれて咄嗟に自分でもよくわからない理由を答えたら、ひだっちは堪えきれず吹き出した。激闘と言えるほどの準々決勝を終えて、汗がまだ滲んでいる顔と眼つきから垣間見える感情は、試合に負けた悔しさはあれど晴れやかに笑っていた。

 

 「準々決勝、超ナイスファイトだったよ」

 

 “やり切った”と頭の斜め上にフキダシのない台詞が見えてきそうなほどスッキリした表情のひだっちへ、私は気持ちの思うがままに労いの言葉を掛ける。

 

 「一緒にやった自主練がめっちゃ活きた。改めて本当にありがとな」

 「ううん、お兄とか慧に比べたら私は全然」

 「そんなことねえよ。ぶっちゃけ千木良がくれた試合映像が一番これからの為になったし」

 「そっか……良かった」

 

 告げられた労いに、ひだっちは私の目を真っ直ぐ見つめて爽やかに笑んで感謝を返す。私はただ千木良家の練習に誘っただけで後はこれといって何も手助けなんて出来ていないけど、こんなふうに面と向かって感謝されると嬉しくなってしまうものだ。

 

 「燃焼はできた?」

 「いいや。燃え尽きるどころか逆に燃えてる」

 

 会話の流れで燃焼できたかと聞くと、文字通りに全てを出し切って晴れやかな表情(いろ)をしていた少し大きめな瞳に、ゆっくりと()が灯った。ように見えた。

 

 「遊佐さんにいまの俺の全てをぶつけることができた。本当にいまの俺が持っているものを全部出し尽くせた……それでも1ゲームはおろかデュースにも持ち込めなかった…」

 

 本気を出した遊佐さん相手に2点差まで迫ったどころか、一時は試合をリードまでしてみせた。

 

 「今までで一番いい試合ができたのに、終わってみれば完敗だった…」

 

 誰がどう見ても大健闘な試合をしてみせたにも関わらず、ひだっちは“完敗だった”と振り返る。それは最後の一歩が及ばなかった自分を悲観しているわけではなくて、いま立っている現在地を冷静に受け止めて、目指すべき目標を見つけたからこそ出てくる言葉。

 

 「…これだから最高に楽しいんよなぁ。バドミントンは」

 

 

 

 「最後の試合(ゲーム)も、自分らしく思いっきり楽しんでいくよ」

 

 

 

 私もひだっちやお兄みたいに、()()()()()()を捨てないまま強くなりたいな……

 

 

 

 「ねぇひだっち」

 

 遊佐さんとの試合を振り返った最後に至福を噛みしめるように小さく笑う表情がバドをしていたときのお兄と重なって見えて、気が付いたらひだっちの名前を呼んでいた。

 

 「来年は一緒にインターハイ行こうよ。誰にも負けないくらい私も強くなるから」

 

 そのまま衝動的に湧いてきた素の気持ちを、私はひだっちへ伝えた。2回戦で負けてしまった私とインターハイまであと少しのところまで進んでいるひだっちの現在地はまだ互いに手を伸ばしても届かないくらい遠いけど、バドに対する気持ちだけなら私だって負けない。

 

 「…おう。一緒に行こうな」

 

 一呼吸分の沈黙を挟んで、ひだっちは静かに強く私からの約束に答えてくれた。きっとひだっちのことだから単純に“親友からのエール”ぐらいの感じで受け止めているのだろうけれど、これでいい。だって私の親友はバドに全てを捧げているようなバドバカで、そういう人が親友でいてくれるから私もここまで頑張れている。

 

 「いまのひだっちの顔めっちゃ写真に収めたいんだけど」

 「撮りゃいいじゃん」

 「スマホいまラケバの中」

 「それはドンマイ」

 

 

 

 羽鳥飛鷹の親友として……もっと()()()()()に私はなりたい。

 

 

 

 「じゃあボチボチ戻りますか」

 「だな。てか次の準決勝針生先輩と大喜先輩なんだけどぶっちゃけどっち応援する?」

 「ん〜、大喜先輩には申し訳ないけど私はハリー先輩。今年が最後だしジュニアチームのときから付き合いあるし」

 「そういやそうだった」

 「あとハルのことも忘れないであげてね」

 「わあってる」

 

 ひだっちが戻って来るのを上で待つみんなが心配し始める前に、私たちは2階へ戻った。




柊仁との準々決勝は、『21ー18』『21ー19』のストレート負けで決着です。

試合展開はいくつか考えていましたが、そりゃ柊仁はアオのハコで言うところの“ラスボス”ですから、ミラクルだけで勝てるような易しい相手じゃないですよね……という感じでこうなりました。

そんなことより、ここからどうやってインハイ予選を纏めよう?
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