鷹と蝶   作:ナカイユウ

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1ゲームマッチ

 「毎年のことだから既に頭には入っているはずだが、来月にインターハイ予選に出場するメンバーを決める部内戦を行う」

 

 午後1時。バド部の部室を紹介されがてら先輩たちに混ざって昼を食べ終え、集合をかけた監督の前に集まり話に耳を傾けながら午後の練習が始まる。ちなみに守屋先輩以外には、自分が新体操部の蝶野雛の親戚で同居させてもらっているということはまだ伝えていない。

 

 「(結局言えなかったな…)」

 

 というよりも、シンプルに躊躇ってしまって言いそびれただけだ。なんて言えないけど。

 

 「それを踏まえて、今から総当たりでシングルスの1ゲームマッチを行う。目的としては挽回が難しい1ゲームでの試合を通じてお互いがフィードバックを行うことで個々の課題を明確にし、部内全体の強化に繋げるためだ。部内戦に向けた予行練習だとは思わず、本番のつもりでプレーするように」

 「「はい」」

 

 午後の練習は基礎的な部分を重点的に行った午前とは打って変わった、試合形式での練習。もちろん今日の練習については監督から事前に連絡で聞かされているから知っているけれど、分かっていても試合形式の練習は楽しみで心拍数が僅かに上がる。

 

 「監督。もちろん飛鷹も1ゲームマッチに参加するんですよね?」

 「そうだ。審判も含めてな」

 

 手を挙げて質問する針生先輩に、監督が小さく頷くように答える。当然ながら今日から全く同じ練習メニューを組まされている俺も、この1ゲームマッチに参加することになっている。午後のことを考えると集中力が散漫になってしまう気がしたから極力考えないようにしていたけれど、俺はこれを今日一番の楽しみにしていた。

 

 “…ちゃんと楽しめよ、俺…”

 

 本能のままに高鳴る心を、理性で一旦落ち着かせる。全中が終わってからは一度も試合をしていないとはいえ、スカウトという形で栄明の門をくぐった以上は相手が強豪校の先輩であろうと怯まずに1ゲームを打ち合うつもりだ。

 

 「5分後には1ゲームマッチを始める。各自でウォームアップを行うなどして、この後に備えるように。以上」

 「「はい」」

 

 監督の“以上”という最後の一言を合図に、俺は先輩たちと共に5分後に向けた準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 「匡。大丈夫か?」

 

 次の出番を待つまでの待機時間。俺より先に新入生との1ゲームマッチを終えた匡が、アリーナに戻ってきた。

 

 「()()()()()のことで落ち込むほど俺は弱くないよ」

 

 念のために声を掛けてみたら、如何にも平気そうなポーカーフェイスを見せつけ匡は俺に呟く。普段と変わらない表情と声色からして、別に落ち込んでいるわけじゃないと察して人知れず安堵する。もちろん(こいつ)は試合で負けても落ち込むどころか、むしろ自分の課題が見つかったと前向きに捉えるポジティブなタイプなのは知っているから、半分は冗談のつもりだ。

 

 「そもそも羽鳥くんは監督からスカウトされて栄明に来ている時点で、1年前の俺たちとは明らかにレベルが違う。はっきり言ってそこそこバドができるくらいの奴が敵う相手じゃない」

 

 ただ相手が強かったと、隣に立つ匡はあくまで平然とした様子で冷静に試合(ゲーム)を振り返る。それでも今日の1ゲームマッチにはさすがに思うところがあったのか、眼鏡の奥の視線は隣の俺を見ることなく、サービスジャッジをする新入生を真っ直ぐに見つめている。

 

 「ただ……今回ばかりはちょっと悔しさが勝つかな」

 

 直後に呟かれた、小さな本音。コートの外から新入生を見ているその眼は、静かに悔しさを滲ませている。目に見えて分かるくらい匡が感情的になるのはあまりないから、それなりにショックだったと俺は察する。

 

 「…いきなり後輩に負けるのは、誰だって悔しいよ」

 

 まるで針生先輩のように球の軌道を読んで足を動かし、相手の隙を鋭く突くスマッシュやショットで点を取るプレースタイルで今のところ対戦相手に1度もリードすら許さずに勝利を重ねる、千夏先輩のおじいさんが住む長野から親戚を頼ってたった1人で県外の栄明に来た期待の新入生。

 

 「けど途中で主導権はちゃんと奪えてたじゃん。あそこで流れを掴めていたら結果は分からなかった」

 「タラレバを言っても、結果的に負けは負けだけどな」

 

 その中でも匡は『21―16』と、ここまでの対戦相手の誰よりも点を取って食らいついてみせた。

 

 「それより大喜こそ随分と余裕ぶってるけど大丈夫なのか?」

 「何が?」

 「まだ針生先輩に一度も勝ててないうちにお前を負かしてくるかもしれない後輩が現れて、ただでさえラクじゃないインターハイへの道のりがまた険しくなってさ」

 「その後輩とこれから1ゲームやる人にそれ言うか…」

 

 だけどいくら相手が自分より強かろうと試合で負けると悔しくなる気持ちは共通だから、お世辞抜きで労いたくなる気持ちを静めてライバルが増えたと横目で揶揄う匡のペースに乗る。

 

 「…まあでも、羽鳥くんみたいに下の代に上の代を脅かすような存在(ひと)が一人くらいはいてくれたほうが、先輩(こっち)の気は引き締まる。大喜もそう思わないか?」

 

 視線を前に向けたまま、匡が隣でゲームを見物する俺に問いかける。

 

 「それは俺も思う……でも、学年差ってそんなに重要なことなのかな?とも俺は思ってる」

 

 横から向けられた問いかけに、俺は同じ場所に視線を向けたまま答える。

 

 「先輩後輩とか関係なく、負けられない相手がいつも近くにいる……バドをやっててこんなに楽しいことはないよ」

 

 ただでさえいまの俺には、インターハイに出場するために必ず超えなければいけない相手が2人いるのに、後ろから脅かしてくるような相手が1人増えた。そのせいでインターハイに行ける難易度がまた上がったと傍から見れば思うかもしれないけど、そんなのは誰にも決められない。相手が誰だって()()はずっと変わらないから、俺は学年がどうとか関係なしにバドミントンと本気で向き合って、心から楽しみたいって思う。

 

 「次、大喜と羽鳥」

 

 コート外で繰り広げられるやり取りを、監督の声が遮る。何気なく見ていたゲームは気が付くと終わっていた。

 

 「そうは言ってもそろそろ勝っておかないといよいよ俺たち先輩の立場が危ないから、ギリでもいいからセット取れよ」

 「戦う前からギリギリになるって決めつけんな」

 

 1ゲームに向け準備を始める俺に、匡が発破をかけるようなことを言う。もちろん普通に勝って先輩としての威厳だとか意地を見せるのが理想だけれど、ここまでのプレーと内容を見るからに油断したらギリギリどころか突き放されそうなほど、飛鷹は強い。

 

 「もちろん勝つよ。負けるわけにはいかないから」

 

 だからこそ普段戦い慣れている右利きの相手とは勝手が違う匡とのゲームで現れた()()を垣間見て、インターハイを狙えるほどの強さを既に持っている飛鷹には自分で身の程を作って諦めるような道に進んでほしくないから、必ず勝たなければと思った。

 

 

 

 

 

 

 「次、大喜と羽鳥」

 

 審判を終えて自分の番が回り、これから1ゲームマッチをするコートへと向かう。次の相手は一年生大会で優勝した次のエース候補の、猪股大喜(いのまたたいき)先輩。俺の中で、ノックを見て針生先輩と共に勝てないかもしれないと直感したもう一人の先輩だ。当然ながらノックで想像していた通り、猪股先輩もここまでは負けなしで1ゲームマッチを勝ち続けている。きっと針生先輩が引退したら、間違いなくエースはこの人になるんだろう……というのが分かってしまうほど、猪股先輩の実力は確かだ。

 

 「さすがに大喜は勝つよな?

 「っていっても今のところ全勝だからなぁ飛鷹も

 「1回戦敗退なんでって自分で言ってたけどそもそも全国行ってんだよな。そりゃ強えぇよ

 「冗談抜きで佐知川でもエースになれるくらいじゃね?遊佐くんがいなかったらだけど

 「その佐知川に勝った大喜だから何だかんだ勝てるでしょ。遊佐くんじゃないけど

 

 コート外に置いていた自分のラケットを握り、戻る最中で微かに耳に届いた先輩たちの声を聞こえなかったふりでスルーして軽く肩を慣らしながらコートへと足を進める。1ゲームマッチが始まってからというもの、それまでお客様みたいに歓迎ムードだった先輩たちからの視線が一気に注目へと変わった。県内では佐知川に次ぐと言われている栄明高校のバド部の中で、ここまで俺は全勝しているから無理はない…なんて言い切ってしまうほど自惚れているつもりはないけれど、きっといまの俺はそれぐらいのことをしている。

 

 “…さっきの笠原(かさはら)先輩との1ゲーム。スマッシュ決められたとこから3連続失点したからああいうとこを直してかないとマジで負ける…”

 

 もちろん余裕で白星を重ねたわけじゃなく、相手に流れを持っていかれそうになった瞬間もあった。特に午前の練習で猪股先輩と一緒にノックをしていた笠原先輩と戦ったときは、『15ー9』のところで意表を突くスマッシュを打たれてそこから3連続で点を取られてしまった。笠原先輩は戦い慣れていない左利きの上に実力も恵介と同じかそれ以上なくらい手強い相手だったから仕方ない部分もあるとはいえ、ふとしたことで相手に流れを与えてしまう自分の弱いところが出てくるようじゃ、冗談抜きで次は黒星になる。

 

 「「よろしくお願いします」」

 

 コートに立ち、ネット越しに猪股先輩と対峙して握手を交わして、1ゲームを始める前にクリアを打ち合う。

 

 “…上手いなやっぱ…”

 

 クリアを打つ所作を見ただけでも分かる。猪股先輩のプレーの上手さ。無駄な力みのない右腕から放たれ、一番後ろのラインギリギリまで軽々と飛ぶシャトルと、全くブレない体幹。本当にバドが上手い人は、ゲームが始まる前のウォーミングアップの段階で違いが見えてくる。少なくとも猪股先輩は、今日のプレーを見た限り間違いなくインターハイに行けるくらいの実力を持っている。目標にしている場所に行くためにはまずこの先輩(ひと)に勝たなければいけないけれど、それはきっと容易なことじゃない。

 

 “…とにかく楽しむぞ。俺”

 

 ウォーミングアップのクリアを終わらせるのと同時に、心を切り替える。サーブの主導権は猪股先輩。勝つか負けるかはまず考えず、1点でも多く取ってこのゲームを楽しむ。例え相手に主導権を握られても、どうやって握り返していくかを考える。

 

 

 

 ()()()()()()()だったかつての俺は……思い出の体育館(ばしょ)に置いてきたつもりだ。

 

 

 

 「ラブオール、プレイ」

 

 主審を務める笠原先輩のコールから僅かな間を空けて、猪股先輩からサーブが放たれる。ひとまずどう攻めてくるかを確かめるために、針生先輩もやっていたライン際を狙った低めのロブを左後方へと上げる。

 

 “…ドライブ…”

 

 ロブを打った瞬間、ライン際を狙う軌道に沿うように、猪股先輩は軽やかなフットワークで足を動かしながらラケットを持つ右手側から身体を落として、ネット際を狙うドライブを放つ。あわよくば決まれば程度だったからそこまで期待はしていなかったけれど、まるで最初から読んでいたかのようにすんなりと拾われた。ここまで相手をしてくれた先輩と比べて、明らかに初動の反応が早い。

 

 “ここは一旦ラリーに持ち込むか”

 

 ひとまず序盤は無駄に攻めるようなことはせず、ラリーに持ち込む前提でネットの上数センチを通過したドライブを、相手に決定打を与えないためにショートサービスラインに落とすイメージでドライブを返す。ラケットから放たれたシャトルはネットの上を頂点に、相手のコートに入ると同時に惰性ですっと下に落ちていく。猪股先輩はまたしてもそれを読んでいたかのように、コートの中央へとステップしてセンターラインに左足を置き、反復横跳びの要領で足を斜め右前へと動かし、同時に球の軌道に合わせて身体を落として、低い位置からドライブを返す。右足をセンターラインに置いた俺は、左側のちょうど真ん中あたりのラインを狙ってくると読んだ。さっきのゲームを見た限り、猪股先輩はあまりトリッキーなプレーはしてこない上に、どちらかというと後半になるにつれて調子が上がっていくタイプだから序盤はあまり思い切ったショットは打ってこないはずだ。

 

 “…角度が変わった…”

 

 シャトルを拾う寸前、打ち返すラケットの面の角度が僅かに左へと傾き、放たれた球はサービスラインを発着点にネットの真上を軸にした放物線を描きながら、サイドラインめがけて斜め左へと落ちて行く。

 

 パンッ_

 

 左へ落ちていくシャトルへ向けて、半ば飛び込むように右足を動かして右後方へとロブを上げる。面の角度が変わる瞬間は視えていた。だがほんの一瞬とはいえ反応が出遅れてしまった俺のやや力んだロブは、狙っていた軌道よりも高い放物線を描いて、サイドラインの数センチ外側へと落ちた。

 

 「1―0」

 

 主審の笠原先輩が得点をコールする。1ゲームマッチで初めて点を越された。まさか猪股先輩がこんな最序盤で駆け引きを仕掛けてくるとは思わなかった。言うまでもなく失点した原因は、浅はかな思い込みによる油断。

 

 “…この人……()()だ…”

 

 そして分かったことは、猪股先輩は練習だからとか関係なしに、本気で俺に勝とうとしているということ。序盤は様子見でいようと思っていたけれど、そんなナメたような真似はするなということだろうか。とにかく流れを掴むなら早いうちに掴まないと、この人のペースに飲まれる…

 

 “……だったら……”

 

 シャトルでラケットを拾い、猪股先輩が再び構えの姿勢を取り、俺が待ち構えて数秒の沈黙を経てサービスが上がる。その軌道に合わせて右足を前へと動かし、サービスを優しく拾いネットの真上を通過した瞬間に真下に落ちるコースで左側にヘアピンを落とし込む。

 

 “よしっ…!”

 

 我ながら狙い通りに飛ばせた自分に心の中で軽くガッツポーズをしつつ、次の一手に備えて態勢を整える。角度的にもタイミング的にも、さすがにこれは真っ直ぐか右方向のヘアピンかロブしか打ち返せない。

 

 パンッ_

 

 予想していた通り、前屈みの姿勢にならないと打てない球を拾った猪股先輩は、センターライン上のサービスラインを狙ったロブを打ち上げる。それを追って、俺は足を動かす。リアクションステップからしてもうバレバレだろうけど、そんなことなど関係ない。

 

 “…猪股先輩がその気なら、こっちだってやってやる…”

 

 高く打ち上げられたロブに合わせて、左手で照準を合わせ、右手でラケットを振り下ろすのに合わせて両足を床から離して宙へと浮かせる。センターラインへと戻った猪股先輩は、どちらに飛んでも対処できるようにシャトルと俺のラケットを見据える。

 

 “……(ひだり)

 

 自陣の右側にいる猪股先輩へ、俺は左サービスコートを狙って面を向ける。それを見た猪股先輩が、左足を床につける。身体の重心を左側へと動かし始めたサイン。

 

 パァンッ_

 

 身体の重心が左側へと動いたサインを目視で見極め、コルクがガットに当たる瞬間に合わせ面の角度を逆方向に変えつつ一気に力を込めて、右サービスコートのサイドライン狙いでスマッシュを放つ。

 

 “入った”

 

 打った瞬間に、これは入ったと確信した。それぐらい気持ちよくスイートスポットにコルクが当たり、軌道も完璧だった。

 

 “いや……拾われる…”

 

 そんな俺が中学での3年間を経てモノにしたスマッシュを、猪股先輩はセンターライン上の左足を軸に開脚するほどの勢いで右足を伸ばし、強引に打ち返した。

 

 「サービスオーバー、1―1」

 

 結果として猪股先輩が打ち返した球はそのままサイドラインの僅か外へと逸れて俺の得点になったものの、まさかアウトとはいえ初見で打ち返されてしまうとは思わなかった。自分の実力を過信しているつもりはないけれど、正直このスマッシュには初見じゃ相手は反応するのが精一杯で良くてガットに当てれるかくらいの自信を俺は持っている。それを初見で反応されるどころか、打ち返された。ノックのときからこの人が強いことは分かっていたけれど、こうやってまともに戦ってみると想像していた以上だ。

 

 

 

 自分がしてきたことが通用しないこの感じ……()()()()と似てるな……

 

 

 

 “……大丈夫。あのときとは違って流れはこっちにきてる……”

 

 負けるイメージを考えようとした自分を一呼吸で落ち着かせ、シャトルを拾ってサーブの構えで猪股先輩と対峙して、試合の続きを俺は始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 「惜しいっ!際どいけど今の入ってたらデカかったぞ大喜のやつ」

 

 コート外で俺と一緒に大喜と飛鷹の1ゲームを見守る西田が、シングルスのサイドラインから僅か数ミリのところに落ちた大喜のスマッシュに思わず声を上げる。これでスコアは『8―8(エイトオール)』となり、またしても点差がリセットされた。

 

 「しっかし大接戦だな。大喜と飛鷹のとこ」

 

 大喜が点を取れば直後に必ず飛鷹が点を取るという1点差の試合展開が、ラブオールからずっと続く。これは単純に、お互いの実力がそれだけ拮抗していることを意味している。

 

 「9―8」

 

 ネット際ヘアピンでの勝負を決め、ここで飛鷹が初めて大喜からリードを奪う。

 

 “佐知川相手に勝った次期エース様が新入生ごときにリードされていいのか?”

 

 と、()()()()()前までの大喜だったらつい助言を飛ばしていたが、遊佐(ゆさ)君が不在だったとはいえこの前の一年生大会でここ数年ずっと1位の座を守っていた佐知川の牙城を崩したいまの大喜(こいつ)なら、わざわざ俺が発破を掛けずとも切り替えられる。

 

 “…ここで取り返さないと持ってかれるぞ。大喜…”

 

 『9―8』から一気に流れを持っていきたい飛鷹と、奪われかけた主導権を取り戻したい大喜によるラリーの応酬が始まる。さすがは監督が決まりかけていた地元の強豪校を蹴らせてでもスカウトしたほど期待を寄せているだけあって、飛鷹のプレーは佐知川でも十二分に通用するんじゃないかと思わせるほどに上手く、潜在能力(ポテンシャル)に関しては今の大喜をも上回っている。まあここに入部した時点で片や全中出場に対して大喜は県大会止まりの無名だったわけだから、そりゃ素質だけで言えば新入生に軍配が上がってしまうのは否めない。

 

 だが、どれだけ予め持ち合わせている力が相手を上回っていたとしても勝てるとは限らない……それがバドミントンというスポーツだ。

 

 パンッ_

 

 「サービスオーバー、9―9」

 

 20回以上続いたラリーの一瞬を突き、大喜がプッシュを決めてまたしても点差を振り出しに戻す。

 

 「もっと思い切って突っ込んだら間に合ったんじゃねーのか今の?」

 

 プッシュを入れられた飛鷹のプレーを見て、堪らず助言が口からこぼれた。

 

 「オイ針生、相手は新入生だぞ今日ぐらいは穏便に」

 「知るか」

 「これで針生先輩のことが恐いから辞めますって言い出したらどーすんだよ?」

 「だったらその程度の奴ってことだろ」

 「ホントお前な…」

 

 案の定、ひと試合を終えて次のゲームを待つ西田に軽く叱られる。もちろん聞こえるように助言を飛ばしたのは、自分の持つポテンシャルを引き出し切れないでいるからだ。もしそれを普通に引き出せていたらとっくに試合を動かせていてもおかしくないのに、ラブオールから主導権を握って試合を動かしているのはポテンシャルで上回る飛鷹ではなく、大喜のほうだ。持っているもの全部出せば勝てない相手じゃないにも関わらず、“この人は強い”という先入観が邪魔しているのが外野からプレーを見ているだけで俺には分かる。容赦なく言ってしまえば、よくそんなメンタルで全国まで行けたもんだなと、言いたくなってくる。

 

 

 

 ……逆に言うなら、それだけ()()()()()ものは凄まじいってことか……

 

 

 

 「…ったく、バド楽しむんだったらもっと楽しそうな顔しろよ。勝てない相手じゃねえってのに」

 

 さすがに今日顔を合わせたばかりの新入生(ルーキー)に二言目を送るほど俺は優しくはないから、次は隣で見守る西田にだけ聞こえる声量で呟く。あくまでこれは監督から()()()()()に見せてもらった北信越大会の試合映像を見た俺の持論になるが、恐らく飛鷹はここまで良くも悪くも自分のセンスだけでバドミントンを続けて運も味方につけて全国まで行ったいわゆる天才。もちろん真面目な態度で基礎練に打ち込む様子を見た限りだとちゃんと自分なりの努力はしてきたのだろうが、普段の練習を真面目にやるぐらいじゃ俺から言わせれば並だ。故に大喜のような自分の限界を超えるほどの努力をしてこなかったからか、流れに乗っているときは持ち合わせた実力を発揮できる反面、少しでもペースを乱されると途端にメンタルの脆さが露呈して、プレーに粗が出始める。それでもここまで大喜と1点差を競い合えているのは飛鷹の持つポテンシャルの高さのおかげだろうが、そんなものが通用するほどバドは甘くない。

 

 「10―9」

 

 逆に必死にシャトルへ食らいつく根性と強くなりたいという向上心以外で光るものがなかった大喜は、誰よりも早くこの体育館の扉を開けてネットを張り、昨日までの自分を超えるために努力をし続けてきた。そうして自分の限界を超え続けてきた()()を前に、並大抵ほどの努力とセンスだけでバドをやってきたであろう()()()()()はどう向き合うのか。

 

 パンッ_

 

 ネット前の位置にいた大喜の右斜め真後ろを狙って飛鷹がフェイントのドロップを仕掛けるが、打たれる直前でそれを察した大喜は迷わずにバックハンドに切り替えて打ち返し、返ったシャトルの羽がネットの上縁を掠って、相手側のコートに入る。縁に当たったことで僅かにズレが生じた軌道に一瞬惑わされた飛鷹が、半ば強引にヘアピンを返そうとするも縁に当たり自陣へと落ちる。

 

 「11―9」

 

 バドの試合でごく稀に起こる明らかな不可抗力だが、これで1点差を維持したまま進み続けていたゲームがついに動いた。拮抗する流れが変わり出したここからが本当の意味で、お互いの実力が浮き彫りになっていく。

 

 

 

 ……力を出し切れていない飛鷹が単純に追い込まれ始めただけか、それとも大喜が全国レベルの才能と渡り合えるほど強くなったのか……どっちにしろ油断は許されないな……

 

 

 

 たかが部内戦の予行練習に過ぎない1ゲームマッチ。どちらかを応援する気は全くないつもりだったが、気が付くと俺はこれからの栄明高校バドミントン部を動かしていくであろう次期エースと未完の大器に、期待と敵対が半々に合わさったような感情を向けていた。




針生先輩の発音。アニメが始まるまで「はりゅう↑」ではなく「はりゅう↓」だと思っていた人、結構いる説。
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