鷹と蝶   作:ナカイユウ

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憧れ

 「すっげえ熱戦だ」

 

 インハイ予選、準決勝。我が栄明高校の針生先輩と大喜先輩がインターハイ出場を賭けて戦う一戦は、ファーストゲームのラブオールから両者譲らずと言わんばかりの熱戦で進んでいた。

 

 「けど、どっちを応援していいのかマジで悩むよなぁこれ」

 「ホントにそれなー」

 「飛鷹はどっち応援してる?」

 「ぶっちゃけ決められん」

 「そうだよなー」

 

 最前列に立つ俺の隣で先輩2人の試合を見守る坂元が、コートへ視線を向けたまま何とも言えない感情で呟く。まるでついさっき終わったばかりの俺と遊佐さんの試合……と比べるのはさすがに自惚れだからしないけど、戦術に長けている針生先輩の放つ難しい軌道に大喜先輩も食らいつき、1点差で前後する一寸先も読めない試合展開が序盤からずっと進む。

 

 「(にしても、大喜先輩のプレーが明らかに上手くなってるな…)」

 

 バド部の間でも噂になっていた兵藤さんのお兄さんのところで鍛えた成果か、最初に試合をしてもらったときと比べて大喜先輩の試合の進め方が明らかに上手くなった。バド部の中じゃ次期エースと呼ばれるほどの実力を持つ強い先輩(ひと)だったが、元からのフットワークの早さや体幹の良さにプラスして、返球への反応速度が更に上がっているのが観客席から見ているだけでもわかる。

 

 「(インターハイへ行くには遊佐さんに勝てるようにならないといけないけど、大喜先輩(このひと)にも勝たないとチャンスすら巡ってこないってことか…)」

 

 俺が自分なりに前へと進むたびに、周りの人たちもそれぞれのスピードで前に進んで昨日の自分より強くなっている。それを表すような絶対的エースの針生先輩と互角以上に張り合い肉薄する大喜先輩のらしさ全開のプレーを通じてわかるのは、インターハイへ進むことへの難しさと、日々の積み重ねが秘める確かな可能性。

 

 「また大喜のリード!」

 

 才能だとかセンスだけじゃない。誰よりも早く体育館へ来てショットの練習をして、誰よりも走り込んで努力を積み重ねる。普通の人なら面倒くさがるような地道なことを、誰よりも真剣にやってきた。俺だってインターハイに行くためにこの3ヶ月間を本気で駆け抜けてきたけれど、きっと大喜先輩はそれとは比べ物にならないほど今日に賭けてきていることが、相手が尊敬している先輩だろうと容赦なく1点を奪い取る“絶対勝つ”という気迫から伝わってくる。

 

 「(どうしてこの人は、ここまでバドに本気で向き合えるんだろう…)」

 

 ただどうしてもわからないのが、大喜先輩をここまで突き動かしているものは何なのかということ。バドを楽しむ気持ちだけでここまで来た俺から見れば、この人は俺以上のバドバカではあるけれど、同時にそれだけじゃない何か別のきっかけがあるんじゃないかと思えてくる。

 

 

 

 例えば俺なら雛姉のように、晴人だったらお兄さんのように……関係は違えどもしかしたら大喜先輩にも、自分にとって本気で頑張れる()()()()()()()()がいるのかもしれない。

 

 

 

 「21―19。ファーストゲーム。栄明高校、猪股くん」

 

 「マジか」

 「大喜が1ゲームとった…!」

 

 互いに全く譲らない熱戦の末、針生先輩と大喜先輩のファーストゲームは『21―19』で大喜先輩が勝ち取った。言うまでもなく下馬評では遊佐さんと並んで優勝候補と目されていた針生先輩が優勢というのが、ここにいる大半の予想だった。

 

 「おいおいおいっマジかよ!」

 「優勝第一候補の針生が取られた!」

 「あの2年やるじゃん!」

 「確か一年生大会で優勝した子だよな?」

 「これは針生敗北もあるかー?」

 

 まさかの番狂わせに、試合を観ていた栄明以外の学校(チーム)から堰を切るかのようにどよめきが走り、アリーナ全体を埋め尽くしていく。針生先輩のプレー自体が決して悪かったわけではなく、むしろ針生先輩もいつも通りの安定感を発揮していた。そんな優勝候補のエースに、大喜先輩は真っ向から挑み実力で1ゲームを先取した。

 

 「これ、どっちが勝ってもおかしくないってやつじゃね?」

 「あぁ…かもな」

 

 もちろん俺も普段の練習を通じて大喜先輩の強さは身を持って知っていたとはいえ、いざ“まさか”が目の前で起こると空気に飲まれて言葉を失った。

 

 “俺も1ゲームでいいから、遊佐さんから取りたかったな…”

 

 それと同時に、こういう()()()()を起こせる強さを持つ人が、掲げていた目標を叶えていくんだろうなと俺は感じた。

 

 「……」

 

 何気なく視線をコートから後ろのほうへ移すと、いつの間にか群れから少し離れて中段の通路に1人で立って白熱する準決勝を静かに見守る千木良の姿が目に留まる。

 

 「?どこ行くんだ飛鷹?」

 「一旦晴人んとこ応援してくるわ」

 「おう」

 

 隣で試合を観ていた坂元にそう告げて、俺は少し離れた場所で2つのコートを見つめている千木良の元へと歩を進める。

 

 「千木良がみんなから離れて試合観てるのってなんか珍しいな」

 「ここからだとハリー先輩と大喜先輩に加えてハルの試合も応援できるから一石二鳥ってわけですよ」

 「…確かにここからだと両方のコートがちゃんと見えるわ」

 

 隣まで上がった俺に、千木良は名案を思いついたと言いたげにドヤ顔で笑みを浮かべる。最下段だと針生先輩と大喜先輩が試合をしているコートが一番前の位置にあるせいで正反対のコートで試合をしている晴人の姿があまりよく見えないが、確かにこの位置からだと割とよく見える。

 

 パァァンッ_

 

 「サービスオーバー。1―0」

 

 千木良の隣に立ち少し小さくなったコートへ視線と意識を向けると、左コートから右狙いのクロスで針生先輩のスマッシュが飛び出して、左に意識を取られてしまった大喜先輩を欺き目では追えないほどの速さとネットに掛かるほどの急角度で羽根が右コートの前方に落ち、針生先輩の得点になる。

 

 「ナイスショーット!」

 「て言いながらめっちゃハリー先輩応援してるし」

 「大本命だからね」

 

 意地が込められた会心のスマッシュに晴人や大喜先輩のことなどそっちのけでお世話になった先輩の応援をし始めた千木良と共に見守るセカンドゲームは、ファーストゲームとは打って変わり針生先輩がリードを保ったままじわりと大喜先輩を離す展開で進んでいく。3年生の針生先輩にとっては今年がインターハイに出場できるラストチャンス。一回出たことがあるからなんて理由で後輩に道を譲るような易しい人ではない。

 

 「俺はセカンドゲームになってもどっちを応援したいか全然決められないわ」

 「じゃあハルも含めて3人まとめて応援すればよくない?」

 「その晴人に“お前から応援されるとムカつくから来んな”ってついさっき言われてきたわ」

 「あはっ、仲良いね~君たち」

 

 同じ学校のユニフォームを着ていようが、一緒に練習して苦楽を共にしてきた仲間だろうが、試合の場では敵同士。シングルスにおいて勝者になれるのは1人だけだということは、初めてラケットを握って羽根を打った日からずっとわかっている。

 

 「(ほんと、みんな強いよなぁ…)」

 

 それでも俺は、同じチームならどっちも勝ってほしいと思ってしまう。例え甘いとか優しすぎると言われようと、俺はそう思ってしまう。かと言って、いっそのことお世話になってる先輩だとか知ったこっちゃねえって気持ちでこういう準決勝(しあい)を観れるようになれたら、もっと上に行けたりすんのかな……とはならないのが俺だ。

 

 「…俺、バドが()()()()()()の人間かもしれない」

 

 

 

 やっぱり俺は相変わらずバドミントンに向かない性格してんだなと、このとき再認識した。

 

 

 

 「1年生でいきなりベスト8まで勝ち進んで佐知川の遊佐と大熱戦を繰り広げた怪物ルーキーが何を言う?」

 「怪物は言い過ぎじゃね?」

 

 バドが向いていないと呟いた俺に、千木良は“何言ってんだこいつ”と言わんばかりの視線を投げかけて揶揄う。怪物と言われるくらい凄いことをしたかどうかは周りに委ねるとして、確かに傍からすればインハイ予選の準々決勝まで行けておいてバドに向いていないと言われたら、はい?ってリアクションをされるのはわからなくもない。

 

 「あくまで()()の話だよ。ほら、バドって相手のミスを誘ったりする心理戦の要素もあるから、優しい人はあんまり向かないとかさ」

 「確かにひだっちは優しいとこあるけど自分で言うんかい」

 「例えだわ例え」

 

 実際のところ俺は、今日までバドを続けてきた中で向き合い方こそ変わったけれど、心の根っこにある“楽しむ”というモットーだけは何一つ変えていない。もし自分を追い込むだけ追い込んだり、同じ体育館(ハコ)で同じ練習メニューをこなして苦楽を共にしようが自分が勝てればそれでいいと割り切ることで強くなれるなら、俺もとっくにそうしている。

 

 「けどよ…性格が優しいから勝てないとか向き不向きとか、そんなもんで全部決まるんだったら番狂わせも起きないし、そんなスポーツの何が面白いんだって話よ」

 「“楽しんだもん勝ち”ってひだっち言ってたからね」

 

 それをやらずに初心を信じ続けているのは、俺は良くも悪くも“楽しむ”というやり方しか知らずにずっとバドをやり続けてきたからで、もちろん続けているのは“これが正しい”という自信があるからだ。

 

 「…それと俺さ。小っちゃいときからずっと憧れ続けてる人がいるんだよな」

 

 ただ強いて言うなら、正しいという自信をなくしていた時間が全く無かったわけではなくて、自分を完全に見失いかけたこともあった。

 

 「その人ってどんな人?」

 「なんて言えばいいかな……優しいけど凄く強い人、的な?」

 「なんで疑問形?」

 「よく考えたらたまに恐いところあったの思い出した」

 「あははっ、ほんとひだっちって言うことおもしろいわ~」

 

 だけれど親友との些細な諍いがきっかけで心を閉ざそうとしていた俺に手を差し伸べてくれた人の優しさと強さに触れて、“自分(おれ)自分(おれ)でいいんだ”ということを教えられて、立ち直ることができた。

 

 「…雛先輩でしょ?ひだっちの()()()()

 「なんで?」

 「思いっきり顔にそう書いてある」

 「…こうやって考えてることが相手に容易く読まれちまうのは課題だな」

 「ははっ、良かったね次の宿題が見つかって」

 

 自分で言い始めておいてまさか憧れの人が1コ上の親戚(はとこ)だって言うのも小恥ずかしいからギリわからない範囲でボカしたつもりが、あっという間に見抜かれた。本当に俺という奴は、真面目な両親に育てられた故か小さいときから嘘を吐くのが下手なのも変わらないらしい。

 

 「私もずっとお兄の背中を見て“この人のように強くなりたい”って思い続けてきたから、ひだっちが()()()()()()()に憧れるのもよくわかるよ」

 「まだ覚えてたんかそれ」

 「でも雛先輩は誰だって憧れちゃうよねぇ。千夏先輩とはまた違うカリスマ性があるし」

 

 視線は準決勝が行われているコートへ向けたまま、憧れている人の話題(はなし)で軽く盛り上がる。そういえば今ごろ雛姉はどうしているんだろうか?演技中か、それとも全てが終わって自分の結果を待っているところだろうか?

 

 「とにかく……その()()が“ありのままでいい”と教えてくれたから、俺はここまで来れた…」

 

 

 

 隣に立てるようになりたいと思っている人のことを考えたら、準決のコートの上ではなくそれを2階から見下ろしている景色に、“なんで俺はコートにいなくて、こんなところで試合を観ているんだろう”という戸惑いと悔しさが混ざったような複雑な感情を覚えた。

 

 

 

 「って、ハル大丈夫かな?」

 

 徐に呟いた千木良に釣られて、俺は視線を奥のほうへと移す。栄明が誇るエース同士の対決の裏でお兄さんとの兄弟対決に挑んでいる晴人が果敢に挑むも、まるで相手の掌の上で踊らされているかのようにショットを返され、僅かな隙を確実について兄が容赦なく弟から1点を取る。

 

 「13―9……このゲーム取られたら負けるわ晴人」

 「よくここからスコア見えるね?」

 「視力2.0あるから俺」

 「マサイ族か」

 

 2.0の視力で凝視したスコアは『13―9』で、既にファーストゲームはお兄さんに取られている。しかも同時進行の試合が針生先輩と大喜先輩だからか向こうは佐知川の応援が多くアウェーのような状況になっている。

 

 「よし、行くか応援」

 「ハルに断られてなかったっけ?」

 「黙って見守る分にはバレないっしょ」

 

 依然として針生先輩が優勢のまま続く目の前のセカンドゲームも気にしつつ、俺と千木良は反対側へと駆け足で向かった。

 

 

 

 

 

 

 パァンッ_

 

 打つタイミングを僅かに遅らせて、白帯を掠めるほどギリギリのコースで攻める。

 

 “クソッ、これだけ攻めても駄目か”

 

 自分の中でも最善だと言えるほど理想的な軌道で飛んでいく羽根を、柊仁はいとも簡単に拾い上げて低い軌道で左コート奥へと打ち返す。

 

 パァンッ_

 

 負けじと俺もフェイントを駆使しつつ揺さぶろうとするも、まるで将棋でも指しているみたいにこっちの動きを読んで、的確に最善手を打ってくる。

 

 “上手くなってる…”

 

 明らかに、俺が佐知川の高等部の練習に参加したときより柊仁はバドが上手くなっている。

 

 「っ…!」

 

 それはそうだ。練習試合で大喜先輩に負けたときの柊二(おまえ)は、さっきの試合の最後に見せたスマッシュなんてまだ打っていなかった。スマッシュだけじゃない。相手の動きを読む戦術眼も、その眼の反応についていくフットワークの速さも、何もかもが1年前と比べ物にならないくらい上がっている。

 

 悔しいが、柊仁はいつも俺の一歩先を歩いていて、俺はずっとその差を埋められないでいるのは、受け止めなければならない現実だ。

 

 キュッ_

 

 だけどそれ以上に悔しくて腹立たしいのは、大会も含めてお前が俺に対して一度も()()()()()で羽根を打ってこないことだ。まるで俺をライバルではなく、単なる弟としか見ていないかのように。本気を出して潰すまでもない格下だとでも言いたいかのように。

 

 

 

 

 

 

 「なんでそんなこともできないの?」

 

 

 

 

 

 

 パァンッ_

 

 僅かな力みが出た、狙いよりたった数センチほど高く上がったフォアのクロスネット。一番やってはいけないタイミングで出てしまった隙を柊仁は当然のように突いて、ほぼ垂直のプッシュを返す。“しまった”とラケットを伸ばしたときには、もう遅かった。

 

 「21―13。21―16。ゲーム。佐知川高校、遊佐くん」

 

 『2―0』のストレート負けで、柊仁との試合は呆気なく終わった。ストレート負けという結果だけを観れば準々決勝の羽鳥(あいつ)と同じだが、あいつのように柊仁から本気を引き出せないまま俺の準決勝は終わってしまった。

 

 「……」

 

 相手を倒すどころか本気になるまで追い詰める前に負けた自分への怒りが爆発しそうになるのをどうにか理性で抑え込んで、俺は柊仁と握手を交わす。せめてその掌を思い切り握り潰してやろうかと一瞬だけ魔が差しかけたが、何の慰めにもならない負け惜しみにしかならないことに気付いて普通にやり過ごした。

 

 「驚いた」

 「え?」

 

 握っていた掌を離すと、柊仁は俺の目を見て呟いた。

 

 「上手くなってて」

 

 何の悪意もなく、ただ純粋に俺が前より上手くなっていることに驚いている表情を見て、相変わらず柊仁(こいつ)は俺のことを下に見ていて、対等に試合をする気もないんだなということを察した。

 

 「うるせえ!」

 

 思わず胸ぐらを掴みそうになるほど煮えくり返った腸が理性を超えてしまう前に、やり場のない怒りをぶつけて、そのまま振り返らずにラケットを片してコートを去る。相手は身内なんだから、八つ当たりのひとつぐらい許せ。じゃないと本当にどうにかなってしまいそうだ。

 

 “外からぶっ倒してやるって思ってたのに、結局これかよ…”

 

 俺のことなど全く眼中にない柊仁にも腹が立つが、何より一番許せないのがそんな相手(やつ)にすら1ゲームも奪えないで負けた自分自身だ。柊仁をぶっ倒すために外へ出て、“インターハイで優勝する”と言っておいて、結局このザマ。準々決勝で柊仁に敗れた羽鳥があわやと思わせるほどの試合をしていたのが、尚更にこの心に苛立ちを募らせる。

 

 “…せめてもっと、柊仁の体力を削れたら…”

 

 「「ガンバー!!」」

 「「ファイトー!!」」

 

 アリーナを出る間際、()()()()()()()()()が目に留まった。俺たちの試合とは比べ物にならないほど互いが己の全てを出し尽くして1点を奪い合う、刹那の油断さえ許されない手に汗握る熱戦。

 

 

 

 「同じコートに立った以上、羽鳥(おまえ)も柊仁も()だ」

 

 

 

 「…どの口が言ってんだよ」

 

 インターハイの2枠を巡り本気で相手に挑む針生先輩と大喜先輩の試合を目にした俺は、周りに聞こえない程度の自己嫌悪を口から吐き出してアリーナを出た。

 

 

 

 

 

 

 「お疲れ、晴人」

 

 針生VS猪股のセカンドゲームが『21―14』で決着し、針生先輩のサーブでインターハイに進める最後の1枠が決まるファイナルゲームが始まるのとほぼ同じタイミングで、お兄さんとの準決勝を終えた晴人が2階へ戻ってきた。

 

 「ほっといてくれ」

 

 声を掛けた俺に、晴人は一言だけそう返すとラケットバッグを席に置き苛立った足取りで中段の通路へと上がっていく。やり場のない怒りが籠った静かな声が、不完全燃焼で終わった心情を物語る。

 

 「(そりゃ悔しいよな…)」

 

 もちろん本気を出していない相手に負けるというやり場のない気持ちを知っている俺は、敢えて晴人のことはこれ以上気に留めずファイナルゲームに集中する。これが悔いの残る形で試合に敗れてしまった人に対する、()()()()()だ。

 

 「「一本ーっ!!」」

 

 それと相反するように、2人の先輩による準決勝はファイナルゲームに突入したことも相まって最高潮の盛り上がりを見せる。得意としている低めの軌道を駆使して翻弄する針生先輩と、その羽根をひとつひとつ拾い続けて独走を許さず食らいつく大喜先輩。

 

 パァンッ_

 

 はっきり言って、俺は2人の先輩の3ヶ月間しか知らない。それなのにこの試合を観ているだけで、2人の先輩がどれだけバドに賭けてきたのかが痛いほど伝わってくる。ここまで互いに全部を出し切って1点を争う試合(ゲーム)ほど、バドをやっていて冥利に尽きることはない。

 

 “…本当にどっちかしか、インターハイには行けないんだな…”

 

 しかし勝負の世界は残酷で、インターハイへ進めるのはどちらか片方だけ。おまけに準決勝で世話になっている先輩同士が当たってしまうとは、神様も酷いことをしてくれるとつい言いたくなる。

 

 “でもコートにたった以上は関係ないんだよな……きっと…”

 

 だけれど、そんな考えは当事者にとっては図々しいお節介でしかないのだ。トーナメントの巡り合わせは関係ない。ネットを隔て対峙する相手が同じユニフォームを着た仲間であっても、いまは()だ。

 

 パァンッ_

 

 相手コートから飛んできたバウンダリーライン狙いのプッシュを冷静に読み、ギリギリまで引きつけて大喜先輩が右コートのサイドライン際を狙ったバックハンドで打ち返すも、ほんの僅かにラインの外へと落ちて針生先輩がリードを保つ。ここまで大喜先輩も2点差以内で食らいついているものの、ファイナルゲームは少しずつだが針生先輩のほうに流れが傾き始めてきた。

 

 「あれ?」

 「右足どうかしたのかな?」

 「靴紐だろ」

 

 その直後、大喜先輩が徐に右足首のあたりを両手で触り始めた。もしかしてどこかで変な着地をしたのか、それとも自分の汗で滑った拍子に痛めてしまったのか。

 

 「ほら平気そうじゃん」

 「よかった」

 

 なんてことはなく、緩んだ靴紐を直したような仕草をした大喜先輩はすぐさまレシーブを構え、再びゲームに挑んでいく。同じ場所を目指す先輩が放つ羽根を追いかける眼つきは自分が負けることなんて微塵も考えず、極限のゲームを心から楽しんでいる。

 

 「先輩ファイトーっ!」

 「どっち応援してんの?」

 「両方に決まってんじゃん。決めらんねえから」

 「天才か」

 

 ここまで本気になれるように、試合を楽しめるように、もっと強くなって俺もインターハイへ行きたい。そして勝ち抜ける選手(ひと)になりたい。

 

 「先輩ガンバーっ!」

 

 

 

 来年は最後の1秒まで……コートの上に立って仲間から応援される存在(ひと)でありたい。

 

 

 

 「大喜ーっ!」

 「針生ーっ!」

 

 白熱し続けるファイナルゲームも、あっという間に終盤へと差し掛かる。一旦は離されかけるも再び追いついた大喜先輩と、あと一点を取らせず優位を死守する針生先輩。2人の試合に負けず劣らずの盛り上がりに包まれる栄明の応援席に、着実に終わりへと近づいていく予感がスコアの数字がひとつ増えるたびに音を立てるように大きくなって押し寄せる。

 

 「20マッチポイントー19」

 

 スマッシュを跳ね返すクロスネットが見事に決まり、ついに試合はマッチポイントになる。ファイナルゲームで先に王手を取ったのは、大喜先輩だった。この土壇場にきて、セカンドゲームからずっと針生先輩がどうにか守っていた試合の流れが一気に傾いた。

 

 「ラストーっ!」

 「ストップーっ!」

 

 ちょうど半々に割れた声援の先で、また試合は動き出す。もしかしたらこのラリーが最後になってしまうかもしれない。いや、針生先輩が意地を見せてデュースへ入っていくのか。2階から見下ろしていても、明らかに2人とも限界まで消耗しているのが尋常じゃない汗と力任せな動きが多くなったショットとフットワークでわかる。

 

 「行けっ針生ーっ!」

 「攻めろ大喜っ!」

 

 それでも互いに羽根を全力で追い続けるのをやめないのは、“勝ちたい”という気持ちがあるから。1秒でも長く、この瞬間(とき)を“楽しみたい”という気持ちがあるから……というのが本当なのかはコートに立っている2人にしかわからない。

 

 「……負けるのって。こんなに悔しいんだな」

 

 2人にしかわからないその()()を目の前で見て、あそこに立つ前に試合が終わってしまった悔しさがその強さを増して身体を巡った。

 

 パァァンッ_

 

 声援に容易く搔き消されるくらいの心の声が溢れたのと同時に、ネット前から高く上がったロブを針生先輩が捉えて、ファイナルゲームの最終盤とは思えないほど強烈なスマッシュが凄まじい打撃音と共に放たれた。

 

 「……」

 

 3年間の思いを余すことなく全て込めたであろう針生先輩のスマッシュは、鋭い角度とスピードを保ったまま、右コートのシングルスとダブルスのサイドラインのちょうど真ん中に落ちた。

 

 「ゲームマッチ。ワンバイ、猪股」

 

 こうして針生先輩と大喜先輩の準決勝は、ファイナルゲームにもつれ込む激戦の末、『21―19』『21―14』『21―19』で大喜先輩が制して、インターハイへの残る1枠を勝ち取った。本当に互いが限界まで全てを出し切った、最高の試合だった。

 

 

 

 「21―18。21―16。佐知川高校、遊佐くん」

 

 

 

 そして迎えた決勝。目標だったインターハイの切符を掴んだ勢いに乗って優勝を目指す大喜先輩は持ち前の粘り強さを随所で発揮したものの、針生先輩との試合が体力的に響いたのか徹底的に対角を狙い撃つ遊佐さんの戦術に終始翻弄されストレート負けに終わり、男子シングルス決勝は佐知川高校の優勝で幕を閉じた。




大喜VS針生を原作同様にガッツリ書いてしまうと展開的にくどくなってしまうため、悩んだ末に1話で収める形にしました。なるべくダイジェスト感を減らせるよう頑張りましたが、これが限界でした。ごめんなさい。

ちなみに準決勝で千夏先輩が大喜の名前を呼んで声援を送っている場面が原作にあるのですが、これについては別の機会で掘り下げようと思います。ひとまず飛鷹には聞こえていなかったという解釈でご了承ください。
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