「県1枠をよくもぎ取ったっ!!」
「これで夏まで引退は延期だな」
インハイ予選も終わり、今年の栄明高校男子バドミントン部はシングルスの大喜先輩、そしてダブルスで遊佐さんのいる佐知川のペアを破って優勝した針生先輩と西田先輩の3人がインターハイへの切符をそれぞれ掴んだ。
「夏まで!集中力切らさず駆け抜けるぞー!」
この勢いに乗って、我らバド部は8月のインターハイ本戦へ向けて一気に駆け抜けたいところだったが……その前に“部活ガチ勢”の人にとっては
「でもその前にテストあんだよなー」
そう。期末テストである_
6月27日_
「飛鷹……なぜ世の中には天才と馬鹿が存在するんだろうな?」
「それは聞かれても俺にはわからん」
放課後。テスト期間で部活がオフだからと1Bの野郎3人での勉強会をするために図書室へと向かう途中で、坂元が黄昏るように窓の外に広がる空を見上げて哲学じみたことを呟く。要約すると、“テストなんか嫌いだ”という意味だ。多分。
「さっさと夏休みになって花火大会とか行きてえな」
「花火大会?」
「毎年7月の終わりに近くの河川敷でやってるんだよ。ほらこれ」
「へぇ~結構ガチそうな感じやん」
図書室前の掲示板に貼ってあった花火大会のポスターに、坂元が目配せをする。もちろん地元民じゃないからよくわからないけど、夜空に光る鮮やかな一輪の花火の感じからして結構ちゃんとしたお祭りみたいで普通に楽しそうだ。
「まぁ花火大会はいいけどマジで赤点は避けとけよ。補習なんざ食らったら夏休みの練習時間減るらしいし」
「前から思ってるけど
「真面目っていうか勉強は勉強で楽しいからな。単語とか数式とか、まだ知らなかったことが頭の中に入って知識になって増えてく感じがゲームっぽくてさ」
「そういや何気に中間で学年14位取ってたわこいつ」
「コツコツやってきた積み重ねってだけよ」
「あ~ここに千木良さんもいたら完璧なんだけどな~」
「なんか知らんけど用事があるっつって授業終わったらすぐ帰っちまったからな。てか何で?」
「千木良さんもめっちゃ頭いいじゃん。何なら飛鷹よりも」
「学年3位からノート借りてそっくり丸写しする未来しか見えんのだが」
それはそうと、花火大会やらインターハイやら楽しみなイベントが多い夏休みを満喫するには、来週の期末テストを赤点なしで乗り切らなければならない現実からは逃れられない。
「んなことより市川が中々来ないな」
「とりあえず先に入ってようぜ」
まあ油断は禁物として、普段の雰囲気とは裏腹に中間テストで学年3位を叩き出した千木良ほどじゃないにしろ俺は手応え的に安全圏だからそこまで心配はしていない。
「あ、針生先輩と西田先輩お疲れ様です」
テスト期間なのもあっていつもより少しばかり物音が多い図書室へと入り、長机がある奥のほうへと足を進める途中で、テスト勉強をしている針生先輩と西田先輩と出くわす。
「そっちはテスト大丈夫か?」
「俺は大丈夫すけど、
「ぶっちゃけ数学がマジでヤバいっす」
「補習になったら練習時間なくなるからマジで頑張れよ」
「了解です」
「針生その台詞俺にも刺さるからもう言うな…」
ノートを開いてペンを片手に範囲の復習をしている針生先輩と、今にも死にそうな表情で教科書とノートを交互に睨めっこする西田先輩。こう言っちゃ失礼だけど、何だかイメージ通りすぎて感心すら湧いてくる。もちろん失礼すぎるから言葉にはしないで心に留めておくけれど。
「…元治大学行くんですか?」
なんて人知れず考えながらふと円形の机に視線を移すと、元治大学の文字が書かれた問題集が針生先輩の手元に置かれていた。確かこの大学は麦姉が通っていて、偏差値もかなり高い名門校だ。
「あぁ。と言っても受験勉強してる人と比べたら全然時間足りてないから、色々と詰めてかないと危ないんだよ」
「いやでも、元治目指してるってことは針生先輩ってめっちゃ頭良いっすよね?」
「めっちゃどころか定期テストはいつもトップの文武両道の化身よ
「そこまで余裕はねえって言ってんだろさっきから」
「さっき?」
第一印象のイメージ通りに“文武両道の化身”だと項垂れるように机に突っ伏しながら持ち上げる西田先輩を、やや呆れ気味なトーンで針生先輩がツッコむ。最後のほうで“さっき”という言葉が聞こえたのが若干気になるのはともかく、3年生の先輩が受験に向けた勉強をしているところを見ると、本当に引退と卒業が刻々と近づいているんだなとふいに感傷的になる。
「悪い遅れた」
「陸部のくせに遅くね?」
「しゃーないだろ廊下は走れないんだから」
「真面目か」
後ろのほうから、机の中に忘れてきた英語の教科書を取りに1Bに戻っていた市川が遅れて図書室について俺と坂元へ声を掛ける。
「全員揃ったんで俺らも勉強会してきます」
「おう。赤点取んないよう頑張れよ」
それを合図に俺たちは勉強会の面子が揃ったからと、ちょうど3人分ほど空いている長机を探しに行く。
「お、ちょうど空いてる」
入り口から歩いて一番前にある長机がちょうど空いていたから、迷わず俺たちはそこを陣取る。
「(…大喜先輩と匡先輩もここで勉強してるんだな)」
教科書とノートを机の上に置いて席に座ろうとしたとき、一番奥の長机で大喜先輩と匡先輩が俺たちと同じようにテスト勉強をしているのが視界に入った。
「……」
そしてこの2人がいるということはと目を凝らしたら……見覚えのあり過ぎる赤いお団子ヘアが見えた。
「なにボーっとしてんだ飛鷹?」
「いや、なんか俺も忘れ物したんじゃねえかって心配になってさ」
「おいおいお前もかよ」
「大丈夫全部あったわ」
雛姉の後ろ姿に気を取られていたところに、坂元の声が聞こえてきて我に戻る。バド部として事情を知っている坂元はともかく、俺と雛姉が親戚だということを知らない市川からしてみればこんなところを見られたら間違いなく不審がられるだろう。いや、坂元でも普通に不審がるなこれ。
「そんじゃぼちぼちと始めますか」
「まずどれからやる?」
「とりま英語だろ。いきなり数学は脳が5分で死ぬ」
「
「数学は中学で卒業しとんじゃこちとら」
「いや卒業すな」
ひとまずはボロが出る前に助けられる形で、俺は坂元と市川の3人で期末テストに向けた勉強会を始めた。
「脳の限界きたから休憩がてら飲み物買ってくる…」
「「いってらっしゃい」」
数学Ⅱの復習を始めて幾十分。摩訶不思議な数式の暴力を前に脳みそがショートしそうになって、私はお財布を片手に図書室を一旦出て自販機コーナーへと足を進める。もちろん新体操で大活躍できるような選手になるためには心技体を鍛えることは大前提として、脳も鍛えなければならない。何故なら私がスポーツ推薦で進学しようと考えている大学は“評定”というものがあって、どんなに部活で良い成績を残せたとしてもテストの成績が悪ければ一気に不利になってしまう。ましてや赤点は論外。それでも好きなものとは違って苦手なものに取り組むとスタミナが激しく消耗するから、こうやって頭を休ませないとやってられない。
「花火大会さぁ浴衣着て行こうねー」
「うん、いいね」
途中ですれ違いざまに、花火大会の話題が聞こえてきた。
「(早く夏休みにならないかなぁ……いやいや先ずは期末をどうにかせねば)」
こんなときにこんなにも楽しみな
「(…あ)」
雑念をどうにか彼方へ取っ払って自販機コーナーへ着くと、すぐ近くのスペースに1人で座る見覚えのある後ろ姿が視界に入った。テーブルの上にはノートが置かれていて、視線は下のほうを向いている。
「(バド部1年の子…)」
飛鷹くんのせいで覚えたくなかったのに名前を覚えてしまった、初対面でいきなり私にセクハラまがいなことを言い放った無礼者の1年生。言うまでもなく、私の中での好感度は体育祭の一件ですっかり地に落ちていた。
「勝ちたいんですよ。俺の一歩先を歩く
ただ大会前にちょっとだけ話したときに自分より強い人がいてもめげずに立ち向かおうとする不器用だけれど負けん気の強い一面を見てからは、少しだけこの子のことを見直していた。多分これも、飛鷹くんから“誤解されやすいけど普通にいい奴”って聞いていたせいもあるだろうけど。
「(ちゃんと勉強しているんだ…)」
それにしても、会った印象だと絶対に“2日前まで遊んで一夜漬けでテストに挑む”タイプにしか思えなかったのに、この子もテスト期間になったらちゃんと勉強するんだな。いくら初対面が最悪だったからといって、私もちょっと偏見を持ちすぎたかもしれない。君にも案外褒めるところが…
「ないのかいっ!」
「…びっくりした」
と感心しかけたところで視界に映ったのは、机の上に置かれたスマホとバドミントンの試合映像。こちとら脳みそがクタクタになるほど勉強しているというのに、テスト勉強そっちのけで部活一筋ですか。あれ?君にもちょっと良いとこあるじゃん……ってまた思ってしまった私が馬鹿でしたよ全く。
「テスト前に余裕だねぇ。勉強しなくていいの?」
まあこんなことでカリカリするのは蝶野雛じゃないと、私は不満を皮肉に変えて後輩くんへ返しながら自販機の飲み物を選ぶ。
「いいんすよ。こっちのほうが優先順位高いので」
「そっ」
300mlのお茶を選ぶ後ろで、後輩くんは悪びれる様子もなくスカした口ぶりでバドのほうが大事だと返す。そんなことを言ったら私だって勉強よりも部活を優先したいし、できるならそうしたい。けど大学に行くにしろ実業団へ進むにしろ今やっていることで更なる高みを目指すためには勉強も不可欠だから、好きではないけど新体操のために私はやっている。って言ってもテスト期間の過ごし方は人それぞれだからこの子への文句はないし、せいぜい補習にならないように気を付けてとしか思わないけど。
「ま、バド優先もほどほどにね」
ていうか、なんで私がこの子の心配をしているし。
「…この前の大会。先輩が言っていた“努力は裏切らない”って言葉を信じて、学べるもんは全部学んで俺なりに吸収して臨んだんですよ」
こっちはこっちでさっさと戻ろうと自販機の取り出し口からお茶を取って図書室へ戻ろうとした私に、後輩くんが話しかける。顔を見なくとも、悔しさが滲む声色からして“あぁ、上手くいかなかったんだな”というのはアスリートの勘で分かった。
「でも正直悔いしか残らなくて……1つ上にどうしても勝ちたいって思ってる奴がいて、そいつに勝つために
「…
何となく不完全燃焼に終わった大会の愚痴を先輩として聞くだけ聞いてあげようかくらいで済ますつもりが、明らかに飛鷹くんのことを言い始めたものだからつい反応してしまった。
「よくわかりますね?」
「同じ家に住んでる親戚だし、県予選の話は聞いてるからね。ちなみにあの子もあの子でかなり悔しがってたよ」
「俺には全然そんなふうには見えなかったんですけどね。てか座るんすね?」
「お邪魔?」
「いえ別に」
私からすれば大喜がインターハイへ行けたのと飛鷹くんがちゃんと後悔のない試合ができただけでも嬉しいから、別にこの子の為とかじゃない。ただ思うような試合が出来なかったときの悔しさや気持ちは知っているから、先輩として声を聞こうと私は思った。
「まぁ試合結果はシンプルに俺の努力が足りなかったってだけなんでもうとっくに受け入れてますけど、まだどうしても俺ん中で踏ん切りがつかないことがあって……俺が試合に負けたあと、1つ上のそいつ俺になんて言ったと思います?」
後ろに座った私を横目で見ながら、後輩くんが問いかける。1年生が県大会でベスト4まで進むなんて普通に凄いことなのに、向けてくる鋭い感情には達成感は全くなくて、悔しさで埋め尽くされている。
「“驚いた。上手くなってて”、ですよ。自分は優勝してインターハイにも行くのに…」
「…それはムカつくね」
あぁ、そりゃあ相手からそういう仕打ちをされたらベスト4だろうと関係なく腹が立つなって思った。というか、聞いてるこっちも想像しただけで腹が立ってきた。
「“驚いた”って何?予想外ってこと??そんな“眼中にありません”みたいなこと言われたら顔掴んで顔面近づけて視界を私いっぱいにしてやるわ!」
「先輩もムカつくんですね?」
「当然でしょ。試合はお互い尊重し合いつつ本気で勝負するから意味があるわけで……顔掴んで云々は冗談だけど」
“眼中にない”なんて態度で勝負されたら、きっと誰だってふざけんなって気持ちになる。少なくとも私は周りの人たちより早い時期からスポーツの世界に身を置いているから、それが下だろうと上だろうと相手から
「今年も1位は栄明の蝶野さんでしょ」
「…でも実際、バドに限らずどのスポーツにおいても“一年”は大きいからねぇ」
「やっぱそうなんですか?」
悩める後輩くんへ掛けるべき言葉を考えて、私は同い年の人より長く新体操をやってきたからこそ言える先輩としてのアドバイスを送る。
「私が1年のときから活躍できているのも、他の人より始めるのが早くて小さいときからやってるっていうのも大きいし、君が一年で成長するように相手にも練習した一年があって、筋肉なんかは15歳から18歳が一番つくっていう説もある。あと単純に身体的な差とか」
「じゃあ諦めろって話ですか?」
「話は最後まで聞けぇい!」
「はい…」
「短気は損気って知ってる?」
「知ってます」
人にはそれぞれ成長した一年があることを伝える言葉を遮り、後輩くんは理不尽に憤る気持ちを私へぶつける。きっとこの子の中にある一年というものは、どんなに頑張っても埋めることのできない差という
「私がしたいのは一年っていう大きい差を認識した上で、それでも“やってやろう”って思ってる人が
私が言いたいのはそういうことじゃなくて、その先の話だ。自分で言うのはあんまり好かないけれど、中学に上がって全国大会に出場できるほど実力がついてきた辺りから、私に対して陰で“どうせ自分は勝てない”と呟く人の声を会場に行くたび耳にするようになった。もちろんそんな気持ちで挑まれてその人よりいいスコアを出せたところで、私は全く嬉しくない。
「炭酸飲める?」
「はい」
だからなのか、この子が自分より先を歩いている人がいても“どうせ勝てない”とは思わないで、“どうすれば勝てるのか”をもがきながらも不器用に探していることに気付いて、好き嫌いは別として私はこの子を応援してあげてもいいと思い始めた。
「…羽鳥の試合が、“やってやろう”って思ってる奴の試合でした」
自販機で奢りのサイダーを選ぶ後ろで、後輩くんが静かに呟く。
「俺の理想はああいう試合をして勝つことです」
「それが君の目標?」
「目標って言えるかはわかんないんすけど……先輩の話を聞いてそう思いました」
分からないと言いながらも、返って来る声色から苛立ちが抜け始めた。私の言うことなんてあくまで1人の意見でしかないのに、それが全てみたいに疑わずに受け止めてしまう真っ直ぐなところが、ぶっきらぼうの裏にある真面目かつ不器用な性格を私へ表す。
「分からなかったら、
目標なのか分からないという後輩くんへ、最後のアドバイスと一緒にサイダーを手渡す。
「とにかくたかが試合に負けたくらいで腐らさんな。負けたって七転八起…ふとう…ふ……あれぇこの前飛鷹くんが言ってたんだけど…」
「不撓不屈?」
「それだぁ!“強い意志を持って、どんな困難にも挫けないさま”っ」
部活も違うし飛鷹くんという接点はあれど会って話す頻度は少ない後輩に先輩ができることは、せいぜいこのぐらいだ。
「“不撓不屈”でがんばれ1年生。君の未来は長いよ」
勉強不足が露呈してちょっとカッコ悪くなってしまったけど、最後に覚えたての四字熟語でエールを送って私は蝶野雛さまらしく自販機コーナーを後にする。
「(…思ったより寄り道しちゃったな)」
廊下に出て図書室に戻る途中で、脳みそが復活したのかふと冷静になる。軽く挨拶程度にやり取りして自販機で飲み物を買ったらさっさと戻るつもりが、悩める後輩くんの気持ちを聞いて、そこまで仲が良いわけでもないのにサイダーまで奢ってしまった。別にこれはあの子の悔しいっていう気持ちを聞いて同情したとかじゃなくて、あくまで先輩として後輩へやるべきことをやっただけ。
「(…確かに飛鷹くんが言ってた通り。“いい奴”なのかも)」
だけどバドに対する真面目な部分を見て、飛鷹くんの言っていたようにあの子が“いい奴”なんだなっていうのは何となく感じ取れた。良くも悪くも言葉や態度に嘘がなくて、失礼なところはあるけれど真面目で不器用。
ある意味で、どこか大喜や飛鷹くんにも通ずる
「(…飛鷹くんもここで勉強してたんだ)」
再び図書室に入って大喜と匡くんがいる席へ戻る途中、ちょうど私たちのいる場所から見て一番奥にある長机でクラスメイトの子たちと一緒にテスト勉強をしている飛鷹くんが視界に入った。テスト期間でも勉強そっちのけでバドの試合を見ているどっかの誰かとは違って、教科書とノートを開いて真剣にペンを書き進める明るく真面目なムードメーカー。全く、あの後輩くんも勝ちたいんだったら少しは
「(そういえば明日って、誕生日だっけ?)」
大真面目に図書室で勉強する飛鷹くんを見て感心しつつ自分の席へ戻ろうとしたとき、明日が飛鷹くんの誕生日だってことを私は思い出した。
「ただいま」
「遅かったね」
「サボってたろ」
「勉強教えてきた」
「雛が!?」
「じゃおつかれー」
「また学校でな」
図書室が閉まって勉強会もお開きになり、校門のところで2人と解散して蝶野家へと歩く。下校時刻は夕方5時過ぎとテスト前最後の1週間で部活がなくいつもより早い時間だからか、なんだか少しだけ調子が狂う感じが否めないのは俺がそれだけバドを欲しているからなのか。
「(…結局、千木良の言ってた
さよならをして蝶野家へ歩き出したところで、昼休みに勉強会の話をしたときに千木良から“今日は用事がある”と言われたことを思い出す。何なのかを聞こうとしたけれど、“ん~、野暮用みたいな感じ”の一点張りで後は教えて貰えず、帰りのホームルームが終わったらすぐさま教室を出て行ってしまった。このときはあんまり気に留めていなかったけれど、いまになって急に気になりだした。
「ひだっちの誕プレをちょっとだけ豪華にするから学校の前まで一緒に帰ろうよ」
「ぷはっ」
何なんだろうと思い始めて約5秒。千木良のわかりやすい企みを察して思わず吹き出してしまった。それと同時に、意図せずサプライズを先に知ってしまった気に病むほどじゃない若干の罪悪感が襲う。その用事とやらが明日と関係あるのかないのかは知らないが。
ピロン♪_
なんてことを思いながら青信号の横断歩道を渡り終えて数歩ほど歩いたところで、ポケットに入れたスマホが誰かからの着信を告げた。
『なに笑ってるの?_』
一旦足を止めて取り出したスマホのホーム画面には、雛姉からのメッセの通知。それを見て気配じみたものを感じた俺は真後ろへ振り返ると、スマホを片手にしたり顔をして微笑む雛姉がいた。
「テスト勉強が順調すぎて」
「それはなによりなことで」
「(ツッコまないのかい)」
地味に恥ずかしいから思い出し笑いをしていたとも言えず、とりあえず“テスト勉強が順調すぎて笑っていた”ことにする。なんか却って恥ずかしい感じになってしまった気がしなくもないけど、もう気にしない。
「雛姉は順調?」
「まーあと1週間あるし……どうにか詰め込んでどうにかするしかないわね…」
「お疲れ様です先輩」
「いいなぁ君は勉強も出来てさ」
「雛姉だってやろうと思えば勉強もやれるっしょ」
「それで克服出来たら苦労はせんのよ…」
追いついた雛姉が、わかりやすく万事休すの表情で期末の苦悩を俺にぶちまける。校門を出て蝶野家のほうへと歩いていく途中にある最初の交差点。どっちかがここだと言い始めたわけではないけれど、気が付くと暗黙の了解でこの交差点が俺と雛姉が“同じ学校の先輩と後輩”から“ただの親戚同士”になる境界線になった。
「話変わるけど、明日って飛鷹くん誕生日だよね?」
俺たちが
「おう。確かに」
というか、もう明日で誕生日か。環境が変わったことに加えてここ1,2週間は大会からの間髪入れずにテスト期間と忙しなかったからか、自分でも軽く忘れかけていた。
「飛鷹くんの都合が良ければでいいんだけど、明日学校終わったら一緒にケーキ買いにいかない?誕生日と県予選で頑張ったご褒美ってことで」
そんなふうにテスト期間で部活も休みのせいで気分が落ち着いていた俺を、雛姉はケーキ屋に誘った。
原作では期末テストはサラッと流して花火大会に行きますが、こちらは飛鷹の誕生日が近いということでそれに纏わるオリジナルエピソードを花火大会の前にひとつ挟みます。
ちなみにストーリーの都合上、本作ではテスト期間のうち最後の1週間は部活が休みということになってます。