鷹と蝶   作:ナカイユウ

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私には、ご褒美のときにだけ買いに行くケーキ屋さんがある_


つかぬこと

 「雛。バド部のところにいるあのコーチっぽい人って誰か聞いてる?」

 

 中2の夏。大喜や匡くんのいるバド部では当時のコーチが靭帯の手術のため暫く休養に入り、監督不在の間を埋めるべく代理のコーチが来たことがあった。

 

 「詳しいことは大喜も匡くんもわからないみたいだけど、バド部のOBらしいよ。しかもインターハイも出たことあるみたいだって」

 「えっ普通に凄い人じゃん!」

 「なにせインターハイ出場だからねぇ~」

 「そういう雛もちゃっかり全中決めてるけどね…」

 

 その人は栄明のOBで、インターハイで3位になったことがあるという代理のコーチ。バドミントンにおいて全国レベルの実績を持つ人が指導をしてくれるとあって、バド部のコートは歓迎ムードに包まれていた。

 

 「何してんだお前ら!!こんなのも取れないのか!」

 

 「俺が座っていいと言うまで座るな!やる気ないやつは外走ってこい!」

 

 そしていざ練習が始まると、最初の歓迎ムードは一瞬で崩れ去った。代理で来たOBのコーチの指導方法はいわゆるスパルタ重視の前時代的なところもあって、バド部の部員たちからは早々に不満の声が上がっていた。

 

 「ああいう人がコーチになったら絶対嫌だな私」

 「あんなにずっと怒鳴られたら体育館の空気も悪くなるし最悪だよもう」

 

 もちろん同じ体育館で隣り合って練習することの多かった新体操部にもバド部の張り詰めた空気はコーチの怒号と共に届いてきて、中には耳栓をして音を遮断しながら練習する人もいたりと悪影響を及ぼしていた。

 

 パァンッ_

 

 「遅い遅いっ!腕下がってきてるぞ!」

 「はいっ!」

 「シャトル落とすなしっかり狙え!」

 

 なんとか私は聞こえてくる怒声(こえ)を遮断して練習に臨めていたけれど、当然気分は良くなかった。気分が良くないのは“ダット”と呼ばれていたコーチの作り出す悪い意味で張り詰めたバド部の空気もだけど、何よりも嫌だったのは私の親友がそのコーチからいいようにこき使われていたことだった。

 

 「それじゃ猪股もう一回な」

 「え?」

 「なんだやらないのか?出来なければいいけどお前はそこまでのやつだったんだな」      

 「…やります!」

 

 文字通り猪のごとく猪突猛進な大喜は、その真っ直ぐで負けず嫌いな性格から明らかにキャパオーバーな練習メニューに文句も言わずついていき、コーチから気に入られてしまった。当の本人は音を上げず必死に食らいついていたけれど、互いのコートを隔てるネットの向こうから練習を眺めていた私から見てもあのときの大喜は一目で調子を落としているのが分かった。

 

 「……」

 

 競技に対する甘さを許さない厳しい姿勢はあっても、自分のことばっかりで選手のことを全く大切にしないでただ価値観だけを押し付ける。そんな人に悪い意味で気に入られてしまった親友が調子を落としていく身体を気合いで誤魔化し続ける練習風景を見て、私は居ても立っても居られなくなった。

 

 「市民体いく?」

 「バドする気だな」

 「じゃあ他に何すんの?」

 「…ゲームとか」

 

 かと言ってバド部からすれば部外者でしかない私が大喜のために出来ることと言ったら、ひとつしかなかった。

 

 「それなら()()()があるよ」

 

 私にはご褒美のときにだけ買いに行くケーキ屋さんがある。例えば私が誕生日を迎えた日とか、新体操の大会でいい結果を残せた日とか。大会で思うような結果が残せなかった日も、全てが終わった後に食べることで心がリセットされて、次こそはと気持ちを切り替えていける魔法みたいなケーキ。

 

 「そこに3人で行こうよ!」

 「そんなに美味しいの?」

 「ハードルめっちゃ上がってるけど」

 「任せんしゃい!」

 

 

 

 そのケーキ屋さんに自分へのご褒美以外の目的でケーキを買いに行ったのは、今のところこのときだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ただいま」

 「あ、おかえり」

 

 千木良から貰った誕プレを片手になるはやで蝶野家に戻ると、一足早く帰っていた雛姉が制服姿のままチャリの鍵を持って玄関のところに来ていた。見るからに今からケーキ屋にいくのが楽しみだというのが、甘いものを前にしたときの行動力の早さから伝わる。

 

 「めっちゃ楽しみにしてんじゃん雛姉」

 「そんなことないって~」

 「いや顔に出とるんよ」

 

 “さっさと出かけるよ”と言いたげな表情で否定しながら微笑む、実は幼稚園のときの将来の夢がパティシエだった俺と負けず劣らずの甘党でもある雛姉。そんなに俺とケーキを買いに行くことが楽しみだったのか……こんなこと言うなら俺も負けないくらい楽しみにしてるけど。

 

 「何持ってるの?」

 「千木良から貰った誕プレのクッキー」

 「へぇ~…って結構ちゃんとしたプレゼントだ」

 「俺だけじゃなく蝶野家の分も入ってるからみんなでどうぞだって」

 「えっ?ほんとにいいの??」

 「おう。ちなみに12枚入り」

 「これは学校で会ったときにお礼言わないとだね」

 「俺が代表して言っとくわ」

 

 とりあえず一旦自分の部屋に戻って千木良から貰ったクッキーと坂元から貰ったプロテインを勉強机の上に置き、自分の部屋からチャリの鍵を取って玄関に戻り雛姉と同じく制服のまま家の外に出て、蝶野家(こっち)に来てからまだ1回しか乗っていない実家から送ってもらった銀チャリのロックを外す。

 

 「空気は大丈夫そう?」

 「こんだけ入ってたら九州まで余裕だわ」

 「九州まで行ったら太ももがムキムキになりそうね」

 「フルゲーム全力でもノーダメな最強の脚が完成ってわけよ」

 「さすがに体育会系すぎない?」

 

 タイヤの空気はしっかりと入っていて全く問題なし。そりゃこの3ヶ月で1回しか乗っていないのだから、刃物で切られたりなんて悪戯でもされない限りあり得ないって話だ。

 

 「近道かちょっとだけ遠回りの道だったらどっちがいい?」

 「()()()で」

 「おっけー」

 

 最後に戸締りをして、直感で俺が選んだ遠回りの道なりで美味しいと噂のケーキ屋へ向かって2人でチャリを漕ぐ。考えてみれば俺がこの家でお世話になるまで住んでいる場所が200キロも離れていた雛姉とは1,2年に一度会えるかどうかだったから当たり前だけど、雛姉と2人でチャリに乗ってどこかへ行くのは生まれて初めてだ。

 

 「なんかごめんなテスト期間だってのに」

 「ううん全然。むしろこういう時だからこそ息抜きは必要って話よ。勉強も部活も大事なのは量より質だからね」

 「参考になります先輩」

 「でも何で勉強は新体操みたいに上手く行かないんだろう?」

 「勉強のやり方があんまり良くないとかじゃね知らんけど」

 「結局そうなっちゃうよねぇ」

 「ゲームだと思ってやってみんのは?例えば数学だったら数式の解き方をマスターしながらレベルを上げて問題っていう敵を倒して攻略していくゲームって考えるとか」

 「君って天才?(さすが数学教師の息子…)」

 

 ついさっき歩いてきた住宅街の道を、雛姉と勉強の話をしながらチャリで一緒に走る。土地勘が頭の中で形成されるくらい見慣れた道のりも、何だかまるで初めてこの道を歩いたときのように新鮮な景色となってこの眼に映る。

 

 「もうすぐだよ」

 

 途中の交差点で学校とは別方向へ逸れて2車線の通りに沿ってしばしチャリを進めていくと、この先に橋がありそうな緩やかな坂が見えて、僅かに前を走る雛姉が目線を送りながら俺にもうすぐだと告げる。

 

 「そういやこんな感じの川あったな近くに」

 

 チャリを走らせること体感で5,6分。大きな川を挟んで対岸に広がる隣町まで繋がる橋の目の前に着いた。景色は全然違うけれど、俺の地元にもこんな感じに隣町を隔てる大きな川が流れていることを思い出す。ちゃんと景色を見ていなかったからハッキリとはこの眼で見てないが、確か千木良と自主練した体育館があったのはこの川の向こうに広がる街のほうだった。

 

 「あ、ここ左ね」

 

 ただ今日は川の向こうの隣町へは行かず、俺は雛姉についていくように左に向かって車道から河川敷のサイクリングロードへと降りていく。車が走ることのない道へと入り前から誰も人が来ないことを確認して、後ろについていた俺はペダルを漕ぐ足に少しだけ力を入れて、前を走っていた雛姉の隣に追いつく。

 

 「遠回りで良かったでしょ?」

 

 隣に追いついた俺に一瞬だけ視線を向けて、“遠回りにして良かった”という心の内を汲み取るように雛姉が小さく笑う。

 

 「あぁ。ぶっちゃけ大正解」

 「それは良かった」

 

 両方に広がる街の音を水辺と緑がシャットアウトして、程よく晴れた空からほんの僅かに涼しくなった心地の良い風が優しく背中を押す。よく晴れた日の朝にこういう道を走ったら、本当に気持ちよさそうだ。

 

 「そういやこれから行く店のおすすめって何?」

 「全部がおすすめ」

 「なにそれ最高かよ」

 「強いて言えばショートケーキとかチーズケーキとかモンブランとか」

 「ド定番が美味い時点で絶対当たりだわ」

 「あとフルーツ系もおすすめ」

 「うわフルーツも捨てがてぇ…」

 「ぷはっ、ほんとにスイーツ男子だよね飛鷹くんって」

 

 雑音が減った分だけ外にいるとは思えないくらいはっきりと聞こえてくる声と、自信満々におすすめのケーキを教えるキラキラした横顔。制服を着ているときの雛姉とはどちらかというと赤の他人の設定(てい)で接している時間のほうが多いからか、この恰好で親戚(はとこ)同士になってチャリを漕ぎながらケーキの話で盛り上がっているこの瞬間は、初めて見る景色の中を走っているからかいつも通りのはずなのに何だか余計に不思議な気分だ。

 

 「…こういう川沿いの道を走るとさ、それだけで心が洗われるんだよね。まずストレス発散になるし」

 

 ケーキの話がひと段落したところで、徐に雛姉が呟く。

 

 「雛姉ってストレスあんの?」

 「あるよ」

 

 たとえ身内であろうと自分の努力を絶対に見せない人だから“私は特にないけど?”と笑って言い返してくると思って聞いてみたら、素直に雛姉は答えた。前を向いたまま一呼吸の間もなく即答で返した横顔が、俺には()()()()()()()に見えたような気がした。

 

 「指数関数が難しすぎるストレスっ!」

 

 なんて俺の言葉にするまでもない下らない思い込みを蹴散らす声量で、雛姉は数学のストレスを大声でぶちまける。

 

 「はぁ……スッキリした」

 「それはよかった」

 

 テスト勉強で溜まっていたものを吐き出せたのか、スッキリした表情で微笑む雛姉。確かに勉強の話題になると露骨にテンションが下がる雛姉のことだから、河原に行って叫びたくなるのも無理はない。

 

 「飛鷹くんは何か溜まってるものはある?」

 「俺?まあ叫ぶほどじゃないけど早くテスト終わってバドの練習したいとかそんぐらい」

 「意外と冷静だな」

 「別に勉強は嫌いじゃないからな俺の場合」

 

 というかこれ、行きで俺が近道を選んだとしても帰りに“ちょっと遠回りしない?”と言っていま走っているこの道を通るつもりだったんだろうなと、同時に俺は思った。

 

 「あぁでも、ストレスとかじゃないけどせっかくだから俺もひとつ叫んどくか」

 「ここなら大声出しても怒られないからね」

 「周りに人いないよな?」

 「うん。今なら大丈夫」

 

 もちろんこういう雛姉のいい意味でB型っぽい自分本位なところに、俺は何度か助けられていたりする。さすがにB型っぽいは偏見だと自分でも思ってはいるとして。

 

 「絶対行くから待ってろインターハイっ!!」

 

 そんな我先にと突っ走る1コ上のはとこの影響を受けてきた俺も、先輩にならって心に秘めた気持ちを思いっきり腹に力を込めて解き放った。

 

 「あははっ、もうほんとに声大きいよね飛鷹くんって」

 「先輩たちからもすげえ言われる」

 「だいたい体育館にいてよく聞こえてくるのが大喜と西田先輩と飛鷹くんの声なんだよね」

 「それもこないだ守屋先輩に言われた」

 

 本気で思いを込めた叫びを真横で聞いて、雛姉はまた嬉しそうに笑う。特にこれっていうストレスはないけれど、いざ人目を気にせず大声を出したら不思議と心の中がスッキリした。これもまた、雛姉からのささやかな誕生日プレゼントなのだろうか……ていうのはさすがに買い被り過ぎだろうけど。

 

 「じゃあ今日は誕生日と県予選お疲れ様と、次の1年に向けて頑張れって意味のケーキだね」

 「いいね。()()()()だけに」

 「え?」

 「ん?」

 

 こんな感じで蝶野家にいるときと何ら変わらない話題(はなし)をしながら、俺と雛姉はケーキ屋へと自転車を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さっきからボーっとしてるけど大丈夫か千木良さん?」

 

 少しばかりボーっとしていた私を、長机を挟んで正面の位置に座るさかこーが気に掛ける。化学の教科書とノートを開いて期末テストの範囲を復習していたはずが、いつの間にか全然違うことを考えていた。

 

  「あぁうん、全然大丈夫」

 

 と、口で言ってもう一度止まっていたペンを動かしてみるも、今日はいまひとつ勉強のスイッチが入らない。

 

  「ちょっと休憩してきたら?そうすれば集中力上がるかも」

 

 なんてうわの空な様子を察したのか、私の隣に座るほのちゃんが優しく提案してきた。

 

 「ではお言葉に甘えて」

 「行ってらー」

 

 勉強し過ぎて脳が疲れてるわけじゃないけれど、これは一旦気分をリセットしないと駄目だなと感じた私はほのちゃんの言葉に甘えて、じゃんけんで決まったほのちゃんとさかこーのグループから離れて財布を片手に図書室を出る。

 

 「(今日の私は駄目だな……全然切り替えられないや…)」

 

 期末テストの勉強に身が入らないのは、どうしてもひだっちに渡した誕プレのことばかりを考えてしまうからだ。

 

 

 

 「ひだっちの誕プレをちょっとだけ豪華にするから…」

 

 と自分から言った手前、財布と相談して何とか買える範囲で奮発したひだっちへのちょっとだけ豪華な誕プレ。もちろん何となくプレゼントっぽい無難なものを渡すんじゃなくて、ちゃんとしたものをちゃんとした形で渡そうと最初から考えていた。そして下手に何が欲しいかを聞かずに考え抜いたのが、千木良家では美味しいと評判の近所にあるケーキ屋さんで売っているクッキー。

 

 「おはよっ!」

 「うわびっくりした千木良か」

 

 本当は4限目の授業が終わるまで上手く隠して昼休みにひだっちを誘って渡そうと思ったけれど、ちょうど門をくぐろうとしたところで少し遠くからひだっちが歩いてくるのが見えて、まだホームルームまで時間に余裕があるしせっかくだからもう渡してしまおうと思って、門で待ち伏せてひだっちを体育館に連れていって誕プレを渡した。わざわざ体育館に行って渡したのは、ひだっちと親友になった場所で何となく縁起も良さそうと思ったから……というのはさすがに小恥ずかしくて言えなかった。

 

 「何にしようか色々考えたけど、やっぱ誕生日に貰って嬉しいものといえば甘いやつってことで」

 

 もちろんどんなものをプレゼントしてくるか当てられたくなかったから本人には聞かず、筋トレの用具とか体幹を鍛えられるストレッチボードとかも考えたけど、最終的に“甘くて美味しいものが誕生日っぽい”という結論に達して行き着いた誕プレ。これでもちゃんと親友としての気持ちは込めていたから、いざ渡したときは喜んでくれるか正直心配で軽く緊張した。

 

 「甘いもの好きだからすげえ嬉しい」

 

 だけど私の誕プレを貰ったひだっちは、本当に心の底から嬉しそうな表情を浮かべて喜んでくれた。バドには向いていないという、故意にネットインを狙ってでも勝ちに行くような真似はしないフェアプレーを貫く優しさを示すように、心が込められていたらプロテインでも嫌な顔ひとつしないで喜んでくれるのが、初めて出来た私の親友だ。まあ、私でもプロテインは普通に嬉しいけれど。

 

 「ありがとう千木良。帰ったら美味しく頂くわ」

 

 それでもやっぱり、心を込めたものが裏表のない感謝になって返って来ると、渡したこっちの心もプレゼントを貰ったように舞い上がるものだ。

 

 

 

 言うまでもなく、この気持ちは親友としての()()だ。

 

 

 

 「結じゃん。おつかれ」

 「うわっ!?ってイチくんか」

 「ごめん。驚かせた」

 

 半分くらいボーっとしながら自販機コーナーの前に立って飲み物を選ぼうとしたところに、あかりんとゆーづのグループで勉強していたイチくんが声を掛けてきたからつい大きなリアクションをしてしまった。

 

 「イチくんって背高いし声も低めだからいきなり話しかけられるとびっくりするんだよねぇ。威圧感があるみたいな」

 「俺そんなに威圧感すごい?」

 「多分思っているより」

 

 同じ1年B組にいる“イチくん”こと、陸上部の(いち)(かわ)(とう)()くん。実は私とイチくんは幼稚園から小中高に至るまで全部同じで、下の名前とあだ名で呼び合う程度には仲が良かったりする。と言っても幼馴染というわけではなく実際に面と向かって話すようになったのはクラスが一緒になった中2あたりからで、仲は良いけど席替えとかで同じ班になったとき以外は頻繁に話すほどじゃないって感じの距離感。一言で言うと、イチくんは“ただの友達”だ。

 

 「今更だけどイチくんって教室だと私のこと名字で呼ぶよね?」

 「なんか恥いんだよな。中学んときの面子がいないとこで女子のこと下の名前で呼ぶの」

 「ははっ、思春期拗らせてんじゃん」

 「結のコミュ力がバグってるだけだよ」

 

 ちなみに幼稚園のときに運動会のリレーでつまづいた私を追い抜いて1位になっただりあ組の人こそイチくんで、今となってはお互いにとっていい思い出になっている。

 

 「…あのさ。急に()()()()()聞くけどいい?」

 「うんいいよ」

 

 そんな幼稚園からの顔なじみと中学のときの空気感になりながらカフェオレにすると決めて財布から100円玉ふたつを取り出して挿入口に入れようとしたところで、隣で先に小銭を入れて飲み物を選んだイチくんが私へ呟くように聞いてきた。

 

 「結って羽鳥のこと好きなの?」

 

 チャリンッ_

 

 「やば、落とした」

 

 挿入口に上手く入らなかったのか、100円玉を床に落としてしまった。というのは嘘で、突然のイチくんからの一言で謎に動揺して手が滑ってしまった。

 

 「好きかー……まあ友達としてって意味ならひだっちのことは好きだよ普通に」

 

 どうにかして動揺を悟られぬよう、私は平然を保って落とした100円玉を入れてカフェオレの番号を押す。たったいま口にしたひだっちへの気持ちは、強がりでも何でもなく本当のこと。

 

 「でもどうして?」

 「いや何か、中学のときの結ってクラスのみんなと平等に仲が良いって感じだったじゃん。誰からも好かれるみんなの友達みたいな」

 「まぁ、そうだったね」

 「けど羽鳥に話しかけてるときの結は、友達から一歩踏み込んで接してる感じがする」

 「そうかなぁ?」

 

 そうやって自分の中で無理やり答えを作って納得しようとしている……と言わんばかりに、左に立つイチくんは飄々とした口ぶりでひだっちとの関係に踏み込みながら紅茶を選ぶ。軽めな口調に反して声が低くて背丈も181ある慧と同じくらいあって短距離走者らしくがっしりとしているから、横に並ぶと私より誕生日が遅いのに同学年とは思えないくらい出で立ちが大人びて見える。

 

 「今までの友達と羽鳥は、結にとってどう違うの?」

 「どうって言われても難しいな…」

 

 イチくんの言う通り、確かにひだっちは私にとって今までの友達とは少し違った存在だ。健吾先輩とはまた違った角度で、私のことを本当の意味でちゃんと千木良結(わたし)として見てくれる初めてのクラスメイト。

 

 「…簡単に言うなら、()()()()()くらい違うかな?」

 

 その違いを言葉にするとしたら、思いつくのはこれくらいのことだ。

 

 「なんで羽鳥と親友になろうって思ったの?」

 「意外にグイグイくるねイチくん」

 「あぁごめん。全然変な意味じゃなくてシンプルに気になっただけっていうか」

 

 更にひだっちとのことを掘り下げようとする中学からのクラスメイトに悪意でも何でもなく純粋に思ったことを言ったら、急に我に返ったようにイチくんはごめんのジェスチャーで私に謝った。

 

 「わかってるよ。イチくんが意地悪で聞いてるわけじゃないってことは」

 

 もちろんあの運動会(リレー)のあとに私が悔しすぎて泣きじゃくっていたことを知って帰り際にわざわざ謝りに来たイチくんのことはクラスメイトとして知っているから、うざったいとかいうネガティブな感情は1ミリもない。

 

 「そうだなぁ……最初は1人だけ県外の学校から来たっていうのと、いかにもバドやってそうな名前でバドもやってたから友達になったら楽しそうって思ったのがきっかけかな」

 「確かにバドやってそうな名前してるよな羽鳥って」

 「イチくんもそう思う?」

 「言われてみれば」

 「バド以外だったら何だろ?棒高跳びとか」

 「あ~、それもちょっとぽいかもな」

 

 買ったカフェオレとお釣りを取り出して、2人で図書室のほうへゆっくりと戻りながら少しの脱線を挟みつつ私はイチくんへひだっちと親友になった理由を打ち明ける。

 

 「だけど友達としてバドのこととか趣味のこととか色んなことを話したりしていくうちに、ひだっちはいい意味で違う角度から私のことを見てくれるっていうか……何というかこう、今まで出会ったことがない()()()()()()()()()だったみたいなさ」

 「新しいタイプ?」

 「そっ。新しいタイプの友達で略して“親友”」

 「“新”の漢字間違ってね?」

 「読みは無問題でしょ」

 「いやいや大分無理あるってそれ」

 

 ただ理由を赤裸々に全部言ってしまうと他のみんなが大切じゃないみたいな言い方になってしまうから、今のところは“新しいタイプの友達”と説明するのが精一杯だ。少なくとも嘘はついていない。

 

 「まあでも、羽鳥がすげえ良い奴なのは俺もわかるよ。体育祭であそこまでクラスのために頑張れる奴が悪い奴なわけないもんな。実際リレーは感謝しかないし」

 「あれね~。もう陸上部顔負けってくらいのロングスパートだったからね~」

 「マジで助っ人要員で呼び込もうと思ったくらいだったぜあれは」

 「陸上部じゃないけどめっちゃわかるそれ」

 

 本当の理由の半分も明かしていないことなんて知らないイチくんは、体育祭のリレーを振り返りながらひだっちのことを良い奴だと言ってクールに微笑む。

 

 「ありがとう。教えてくれて」

 「あははっ、別に礼を言われるほどのことじゃないよ」

 

 思えば、私がひだっちと親友になろうと心に決める()()()()()()()になったのが、体育祭の組対抗リレーだった。

 

 「…羽鳥も気付いてくれるといいな」

 

 

 

 「いいよ。千木良がそれでいいなら今日から親友としてよろしく」

 

 

 

 そうして実際に親友になったはいいものの、なったところで実際は友達のときと大して変わらない日々が続いていて、ひだっちはまだ私のことを下の名前で呼んでくれない。

 

 

 

 「とりあえず最初は千木良さんで」

 「え~せっかく一緒のクラスになるんだからさん付けしないでもうちょいラフに行こうよ」

 「じゃあ千木良」

 

 

 

 せっかく親友になったんだから……そろそろ“結”って呼んでくれてもいいのにな……

 

 

 

 「また何か考え事してた?」

 

 前触れなく、イチくんの呼ぶ声がすぐ隣から意識に届いた。ひだっちとか女バドのみんなとは違って、考え事をしていると周りの声が聞こえなくなるくらい集中してしまう私の癖を知っている、クラスメイト歴3年目だからできる慣れたリアクション。

 

 「ごめんイチくんが何か言葉を言ってることはわかったけど全然違うこと考えてた。で、何て?」

 「いや、()()()()を持ったよなってさ」

 

 聞き返した私に、イチくんは前を向いたまま小さく笑って聞き逃した言葉を告げる。それにしても私、また可笑しなこと考えてたな。

 

 「うん。ひだっちがいるから学校もバドも今まで以上に楽しめてるから、ホントにいい親友(ともだち)を持ったって思う」

 

 

 

 やっぱり……ひだっちと親友になってからの私って、ちょっと()だ。

 

 

 

 「しっかし、今年も花火大会の季節が近づいて来ましたねぇ」

 「毎年恒例のやつね」

 

 変なことを考え出した頭の中をリセットしようと、ちょうど視線の先にあった図書室前の掲示板に貼ってある花火大会のポスターに目をやって話を変える。

 

 「イチくんは行く?」

 「陸部の先輩から行こうぜって誘われてる」

 「最高じゃん」

 「結は?」

 「ん~、ぶっちゃけ考え中」

 「もしかして花火大会のこと考えたさっき?」

 「うん、そう(全然違うけど…)」

 

 来月末にある、毎年恒例の花火大会。去年まではお兄と慧の3人で行っていたけど、今年はお兄が大きな仕事を貰った関係で行けないのがほぼ確定で、スカウトを受けている高校の練習に参加する予定の慧はそもそもお兄と私が行くから一緒に行くって感じで花火とかお祭り自体はそこまで好きなわけでもないから、ちょうどここ数日誰と行こうか頭の隅で考えていたところだった。

 

 「(とりあえず勉強会終わったらあかりんたちに予定を…)」

 「そうだ。俺からひとつ提案」

 「え、なになに?」

 

 こんな具合にとりあえず今年の花火大会は女バドの1年ズと一緒に行こうと考え始めた私に、イチくんがさり気なくひとつの提案をしてきた。

 

 「誰と行くか決まってないなら羽鳥誘ってみるのはどうよ?」




あーあ。花粉が全部花火だったらな。
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