鷹と蝶   作:ナカイユウ

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ショートケーキ

 「ここだよ飛鷹くん」

 

 蝶野家からチャリを漕いでおおよそ15分。雛姉のおすすめだというケーキ屋に着いた。街の中心部の外れあたりの片道一車線の道沿いに構える、少し古めでこじんまりとした二階建ての建物をモダンとレトロが共存した小洒落た外観で彩ったいわゆる町のケーキ屋さん。

 

 「うわ雰囲気めっちゃいいじゃんここ」

 「でしょ。ケーキも好きだけど店の雰囲気も可愛くて好きなんだよねぇ」

 「俺の地元にも古民家をリフォームしたケーキ屋があんだけど、なんかそこと雰囲気似てる」

 「何それ行ってみたい…」

 「長野に来る機会があったら是非」

 

 中1のときに地元の小さな街中にできたケーキ屋の味を経験している身からして、こういうパターンのケーキ屋は間違いなく美味い。

 

 チリンッ_

 

 鈴がついた玄関扉を模した扉を開けて中へ足を踏み入れると、スイーツ特有の香ばしさを纏った甘い匂いが主張し過ぎない絶妙な心地良さとなって五感を巡る。恐らくは民家だった建物をそのまま使っているからか店内は決して広いわけではないけれど、こじんまりとした空間を取り囲むショーケースとオブジェが乗った菓子折りの棚と店内を暖かな色合いで照らす照明が、甘美な匂いと相まって外の世界から一瞬で至福の世界にお客様を招き入れる。

 

 「雛姉……やっぱ誕生日はええなぁ」

 「でた飛鷹くんの関西弁(生まれも育ちも確か長野だけど…)」

 

 要約すると、こういう感じの無駄な着飾りのない佇まいのお店が一番美味しいということだ。あくまで俺個人の見解だから、異論は認める。

 

 「さーてどれにしよっかなー…って見始めると止まらないのよね~」

 「わかりみ過ぎる」

 

 このお店は間違いなく()()()だと確信した五感を頼りに、ショーケースに並ぶ見るからに美味そうなケーキを雛姉と仲良く眺めてどれにしようかと迷う。ざっと見ただけでもショートケーキ、ショコラ、モンブラン、苺のロールケーキ、ブルーベリータルト、レアチーズケーキ……以下略。駄目だどれも俺の味覚センサーが“等しく美味い”と言っているから全然決められない。

 

 「よし決めたっ。前ここに来たとき桃のケーキ買ったから私はショートケーキ」

 

 バドをしているときと同じくらいの集中力を使ってショーケースの中で客を待つケーキ達と睨めっこをする傍らで、仲良く悩んでいた雛姉が自分の分を決める。選んだのはド定番もド定番のショートケーキ。

 

 「飛鷹くんは何にする?」

 

 まだまだどれにするか決まる気配のない俺を横目に、雛姉がクスリと微笑みながら聞く。いつの間にやら背丈は追い越したけれど、こうやってお姉さんになった雛姉からリードされるのは初めましてのときから変わらない。

 

 「んー…」

 

 そういえば全然シチュエーションは違うけど、雛姉から手を差し伸べられたあの日の夜に行った地元の祭りでも、何だか屋台で似たようなことがあった気がする。

 

 

 

 

 

 

 「雛りんご飴食べたいけど飛鷹くんは何にする?」

 「…俺も雛姉と同じやつがいい」

 

 

 

 

 

 

 「俺もショートケーキ」

 「ほんとにいいの?ショートケーキも美味しいけど他にも色々あるよ?」

 「雛姉と同じやつがいい」

 

 悩みに悩んだ末に、俺は雛姉と同じショートケーキにすることにした。

 

 「ふーん。そっか」

 

 そんな馬鹿みたいに悩んだ挙句にめっちゃ妥協したみたいなチョイスを選んだ俺を見て、雛姉は何だか嬉しそうな表情を浮かべて店員さんに二つのショートケーキを注文する。あんな些細なことを雛姉は覚えているかわからないが、俺が同じケーキを注文した理由は5年前の祭りのときと全く一緒だ。

 

 「でも本当に良かったの私と同じやつで?」

 「やっぱり一発目はショートケーキを食べてお店の味を知るところから始まりってもんでしょ」

 「さては君まためでたいことがあったらここに通うつもりだな?」

 「おう」

 

 別にこれは狙ったわけではなくて本能に従っただけだから、わざわざ確認はしないけれど。

 

 「飛鷹くんって誕生日のケーキはろうそくつける派?」

 「つける派」

 

 店員さんが二つのショートケーキをケーキ箱へ入れる間に、雛姉がろうそくをつけるか聞いてきた。人の誕生日のときによく見る、自分の年齢と同じ数や同じ数字のろうそくをケーキの上に立てて火を灯し、ハッピーバースデーの曲と一緒に息を吹きかけて消すってやつだ。

 

 「すみません、1と6のろうそくも付けてください」

 「もしかしてどなたか誕生日ですか?」

 「はい俺です」

 「そうなんですかっ、おめでとうございます」

 「あざます」

 

 もちろん物心がついたときからつける派の俺は店員さんに祝われながらろうそくを付けてもらい、雛姉がケーキ代を支払う。今日はありがたいことに誕生日ということで先輩からの奢り(※厳密には親御さんマネー)だ。

 

 チリンッ_

 

 「さすがにちょっと暑くなってきたよね」

 「だな。梅雨が明けたらいよいよだ」

 

 お揃いのショートケーキが入ったケーキ箱をお供に外へ出ると、夏らしさを感じる熱さを伴った生暖かい空気が頬と衣服に隠れた身体を優しく撫ぜる。午後の4時台とは思えないほど青く明るい空と雲の隙間から街を照らす光が、梅雨の終わりと夏本番への足音を予感させる。

 

 「帰りはどうする?」

 「その前に食べてこうよ。いま買ったケーキ」

 

 外の空気に不意の夏を感じつつ店先に止めた自転車にまたがって帰る道を聞くと、ケーキ箱を籠に入れた雛姉が頭上の空のような明るい口ぶりで振り向く。バドのためだけに地元を離れるよりも前から見覚えがある表情が、次の()()()()()が何かを俺に教えている。

 

 「…また遠回り?」

 「そう」

 「連れて行きたいって場所?」

 「そう」

 「いいんすか俺がそんなとこ付いてっちゃって?」

 「もちろん。今日は君の誕生日だもん」

 「あざます先輩っ」

 

 こうして俺は1ゲームマッチの日に続いて、雛姉が“どうしても連れて行きたい”という場所へ遠回りすることにした。

 

 

 

 

 

 

 「ここ来るの久しぶりだなぁ~」

 

 再びチャリを漕いでほんの数分。雛姉が次に向かった場所はケーキ屋から程近い住宅街の一角にある、中心の位置でそびえ立つ一本のもみじの木がシンボルマークの公園だった。

 

 「(また公園…)」

 「あ、“また公園”って顔してる」

 「雛姉マジでエスパー向いてんじゃね?」

 

 筒抜けにされた心の声の言う通り、またしても公園。当然ながら悪い意味ではないし、公園は公園でも1ゲームマッチのときとは違う場所だ。

 

 「外でケーキ食べるのとか人生初だわ」

 「家に帰って食べるケーキもいいけど、外で食べるケーキも中々にオツなものよ」

 

 公園のど真ん中に立つ一本の木を囲む木製の円形のベンチに座る俺に、手を洗い終えて目の前にある水飲み場から戻ってきた雛姉が外で食べるケーキも良いものだと上機嫌な様子で告げる。まごうことなく人生初の、外で食べる誕生日のケーキ。

 

 「どっちが開ける?」

 「もちろんそこは飛鷹くんで」

 「マジでいいの?」

 「誕生日プレゼントの箱を開けるのは本日の主役じゃないとね」

 

 開けていいよという雛姉の言葉に従って、早速()()()()()である俺はケーキ箱を膝の上に置き手を掛け、それを開ける。

 

 「あっ匂いめっちゃ良い…」

 「ははっ、飛鷹くん顔が乙女みたいになってる」

 「スイーツを前にしたら9割5分の野郎(おとこ)は乙女になるんだよ」

 「どういう理屈それ?」

 

 箱を開けると、生クリームと生地の香りを纏わせる甘く心地の良い匂いがほんの微かに空気に混ざって通り過ぎていった。無論バドミントンが俺にとっての一番なのは揺るがないけど、スイーツもスイーツで肉薄するぐらいは捨てがたいのもまた揺るがない事実だ。

 

 「あ、ちょっとケーキ取る前に一回ベンチに置いて」

 「おう」

 

 箱を開けたところで何かを思いついたであろう一言に従ってケーキ箱を一旦ベンチの上に置くと、雛姉はベンチから下りてその場でしゃがみ込んで箱の中のショートケーキに向かってスマホを構える。

 

 カシャッ_

 

 「うん。今日も可愛い」

 

 お揃いのケーキを被写体にして、まるで通りすがりの犬や猫に話しかける感覚で可愛いと呼びかける雛姉。これもきっと影響を受けたからだろうけど、ぶっちゃけ俺もケーキを見て可愛いと思う気持ちは普通にわかる。

 

 「箱ん中に入ってるケーキってすげえ可愛いよな」

 「でしょでしょ。あら可愛いっ」

 

 スマホのシャッターを押しながら、学校にいるときにはまず見せない表情でスイーツを前に目を輝かせる横顔。どれだけ新体操で周りから羨望されようとも、その期待にしっかり応えた結果を出すたびに弘彦(おとう)さんのような偉大な人へと近づいていこうとも、こういう一面を見ると雛姉はあくまで親戚(はとこ)であって“普通の女の子”なんだと実感できる。

 

 俺にはそれが、すごく嬉しく感じる。

 

 「ラスト一枚っ!」

 

 

 

 ていうかケーキも可愛いけど、ケーキに可愛いって言ってる雛姉はもっと……

 

 

 

 「…可愛いな」

 

 ショートケーキの写真を撮る雛姉を見ていたら、言うつもりのなかった独り言が口から溢れた。言い終えた瞬間、箱の中に一直線だったパッチリとした綺麗な瞳がこっちを見た。

 

 「飛鷹くんもケーキの写真撮る?」

 

 脳裏に何だか嫌な予感じみたものが流れる中で、視線をこっちへ向けた雛姉がベンチに座る俺を見上げて微笑む。顔を見る限り、俺が口走った“可愛い”の意味は理解していないみたいだ。危ない危ない。もしこれで俺がケーキにじゃなくて雛姉に可愛いなんて言っているのが読まれていたら、また小5のときみたいに盛大に揶揄われるところだった。

 

 「あぁ俺?なんで?」

 「だってショートケーキ見て可愛いなって呟いたじゃん」

 「…じゃあ言葉に甘えて」

 「せっかくだからろうそく刺したものも撮る?」

 「おっいいねあざす」

 

 

 

 本当はショートケーキのことを言ったわけじゃないんだけどな……

 

 

 

 「では改めまして、飛鷹くん16歳の誕生日おめでとうございます」

 「はい。ありがとうございます」

 

 写真撮影も終わり、1と6のろうそくを立てたふたつのショートケーキをベンチの上に置いた雛姉から畏まった様子で朝に続いて誕生日を祝われ、つい釣られてこっちも畏まる。相手が親戚だからなのかはわからないけれど、何だか雛姉に誕生日を祝われると謎に照れくさい気分だ。例えるなら恵介がいつか言っていた“親から誕生日祝われるのって嬉しいけどちょっとだけ恥ずかしいんだよな”って言葉の意味が、今になってちょっとだけわかったような。

 

 「それにしても今日から飛鷹くんが私と同い年になるのか~」

 「そっか。雛姉早生まれだしな」

 「()なのにひな祭りの1日前っていうね」

 「あ~確かに」

 

 それはそうと早く雛様の舌を唸らせたケーキを食べたいと逸る気持ちを知り尽くすように、雛姉がまあ焦らさんなと言いたげな表情で微笑みながら誕生日トークを繋げて、密かに家から持ってきていたチャッカマンをリュックから取り出してろうそくに火をつける。というか言われて気付いたけど、今日で雛姉の年齢に追いついたんだな俺。

 

 「それでは飛鷹くんもご唱和くださいっ」

 「えっ」

 「ハッピーバースデートゥーユ~♪」

 

 なんてことを不意に思い出した俺の顔を見つめたまま、ショートケーキを挟んで隣に座る蝶野家の歌姫が歌い出す。目の前にろうそくの火を灯したケーキと、誕生日を祝うバースデーソング。ショートケーキと同じくらいド定番のサプライズも、ミュージカルさながらの歌唱力が合わさると豪華なバースデープレゼントに様変わりする。

 

 「ハッピーバースデートゥーユ~♪」

 

 雛姉をそのまま表したかのような、明るさの中に確たる芯が籠った真っ直ぐで透明感のある綺麗な歌声が、耳から全身に伝って鳥肌になる。当然ながらリズムを刻む手拍子もなく聞こえてくるのは雛姉の声だけ。なのに手拍子がない物足りなさを一切感じさせない、抜群の歌唱力……というかご唱和しようと思ったけど目の前から聴こえてくる歌声あまりにも上手すぎて入れない。

 

 「ハッピーバースデーディア飛鷹くん~最後は一緒に~♪」

 

 手拍子もせずただただ聴き入るはとこを見つめる雛姉が、メロディーに乗せてまるで少し癖が強いタイプの音楽の先生みたいに俺へご唱和するように伝える。

 

 「「…ハッピーバースデートゥーユ~♪」」

 

 最後はほんの少しの間を空けて、一緒にタイミングを合わせてラストフレーズを歌い切る。上手くは言い表せないけど、これぞ誕生日って感じだ。

 

 「あ、火が消えてる」

 「そういや雛姉が気持ちよく歌ってるときに一瞬風が吹いてた気がするわ」

 「絶対それじゃん…」

 

 そしていざ火を消そうと下を向くと、16の数字の上で灯っていたふたつの小さな火は仲良く消えていた。これぞまさに、外ならではというやつだ。

 

 「どうするつけ直す?」

 「いやいいよ。雛姉の歌も堪能できたし」

 「一緒に歌ってくれても良かったのに~」

 「上手すぎて普通に聴き入ってたわ」

 

 とはいえそれ以上の価値があるものを味わえて大満足と、ろうそくを取りシートを半分ほど剥がして地面に落ちないよう気を付けながら両手でそっと持ち上げて、人生初の外で食べるショートケーキを口へと運ぶ。

 

 「至福だぁ~」

 

 隣で僅かに早く口に運んだ雛姉が、目を細め溶けた表情でおすすめの店のショートケーキを味わい尽くしている。ぶっちゃけスイーツを心から幸せそうに食べているはとこの顔を見るだけで、ケーキの美味しさは軽く見積もっても5割増しぐらい跳ね上がる。

 

 「あぁ~超絶にうめぇわこりゃ」

 「雛様がおすすめしただけあるでしょ?」

 「生クリームの甘さ加減と苺の酸味がマジで絶妙なんよ」

 「一口でそこに気付くとはやるなお主」

 

 それに釣られて、俺も頬を緩めて至福の味を存分に味わい尽くす。甘さが控えめではなく甘すぎるわけでもなくその中間から少しだけ甘さに寄った生クリームと、程よく酸味が効いていてクリームと一緒に生地に挟まれた柔らかめな食感の苺が自然な感じで溶け込みアクセントとなって、上品かつ満足感のある至福な味わいを届けてくれる逸品だ……と、俺の舌は言っている。

 

 「…そういや何でこの公園なん?」

 

 そんな雛様も認めるおすすめの店のショートケーキに舌鼓を打ちつつ、俺はふと思い出してこの公園に連れてきた理由を聞く。

 

 「う~ん、一言で言うなら私の()()()()()()だから。みたいな感じかな?」

 「へぇ~いいじゃん」

 

 理由を聞く俺に、雛姉は考え込むかのように空のほうを一回見つめて、思い出の場所だと答えた。

 

 「中2の夏なんだけどさ。ここのケーキを大喜と匡くんの3人で自転車漕いで買いに行ったとき、帰りにこの公園に寄ってこんなふうにベンチに座って3人で食べたんだよね」

 「…ひょっとしてだけど河川敷通ってきたのもそう?」

 「うん。3人で部活の息抜き」

 「それはエモいな」

 「エモいってよく聞くけどどういう意味なの?」

 「心が揺さぶられるような気持ち?的な」

 「ふ~ん」

 

 中2の夏に親友と呼べるほど仲の良いあの2人の先輩と一緒に、部活が休みの日に自転車で川沿いを走ってケーキを買いに行ってちょうどこの公園のベンチで食べたときのことを思い出しているのか、雛姉の視線が隣に座る俺から自分の記憶へと入っていくのが伝わる。

 

 「3人揃って部活が休みの日に自転車でちょっと遠くのケーキ屋さんに行って3人で食べたいケーキを買って、公園に寄ってこうやって座って3人でケーキを食べて、最後はしりとりしながら来た道を戻って解散……振り返ったら別に大した思い出なんかじゃないんだけど、そんな普通より()()()()()()()()()()()()()でも私の中じゃ人生のベスト10に入るくらい良い思い出なのよね…」

 

 例えば遊園地に行って時間も忘れて一日中はしゃぎ回ったりするような、県外の海とか山に旅行へ行ったりとか、そういう写真に収めたいような大層な思い出ではない。ただ部活がない日に息抜きに気の合う3人で自転車を漕いでケーキを買いに行って、帰りに公園でケーキを食べてきたという友達同士の日常にあった“ほんのちょっとだけ良い一日”を、雛姉は静かながらも嬉しそうに振り返っていく。

 

 「俺もそういうのすげえわかる……どっか遠いところ行って普段は見ない景色を見るのも記憶に残るけど、案外いつも学校とか部活とかでよく話す連中と一緒にバカみたいな話して駄弁って終わる何にもない日もちゃんと思い出になって残るんだよな」

 「たった1人で地元を離れて埼玉(こっち)にきた飛鷹くんだったら尚更だね」

 「マジでそれ」

 

 またしても隣に釣られて、同じく中学のときを振り返って物思いに耽る。恵介も含めて、地元(むこう)の友達との思い出なんて9割以上はありきたりな日常の1コマばかり。そして中学を卒業して恵介たちと離れて思うのは、そういうこれといって何にもない一日とたまに起こるデカい出来事の繰り返しが積み重なって、いまの俺を作ってきたということだ。

 

 「けど……お世辞とか抜きで俺ん中でバドを始めたときと同じかそれ以上に真っ先に思い浮かぶ思い出は、夏休みに雛姉や麦姉と遊んだときなんだよな」

 

 もちろん()()()()1()()()()には、雛姉もいる。

 

 「あははっ、それは嬉しいなぁ」

 

 バドミントンと出会った日と並んで大きな出来事になって刻まれている思い出を心が思うがままに言葉にした俺を見て、雛姉は目を細めて優しく笑いながら半分ほどの長さになったショートケーキの上に乗った苺を口へ運ぶ。

 

 「ってやべえもう最後の一口だ」

 「食べるの早いね飛鷹くん」

 「ケーキって最後の一口になると急に名残惜しくならね?」

 「めちゃくちゃ分かる」

 

 お互いの思い出の話に夢中になっていたら、手元に持っていたショートケーキは最後の一口になっていた。試合をやっているときもだけど、やっぱり至福の時間は時の流れが異常なまでに早い。もっと言うならワンチャン誰かが時空を歪ませたんか?ってくらいだ。

 

 「大変おいしゅうございました」

 「良かった良かった」

 

 かと言ってこんな真夏に迫る空の下に晒し続けるのも可哀想と、名残惜しさを振り切り最後の一口を食べた。これからケーキを買うときは、絶対にこの店にしようと俺は心に決めた。

 

 「外で食べるケーキも悪くないでしょ?」

 

 最後の一口を味わい終えた俺に視線を向けて、雛姉が呟く。

 

 「あぁ。最高の思い出ができたわ」

 

 俺はそれに心の中で思った気持ちをそのまま言葉にする。16歳の誕生日に、バドを続ける理由をくれた人と同じケーキを買って、帰り道の途中にある公園で同じケーキを食べる。

 

 雛姉のおかげで、またひとつ()()()()()()が出来た。

 

 「…私が夏休みにお母さんやお姉ちゃんと一緒に羽鳥家へ泊まりに行ったとき、飛鷹くんが山とか近所のお祭りとか色んな場所に連れて行ってくれたことがあったじゃん」

 

 ありのままの気持ちを感謝にして伝えた俺へ、視線を前に移した雛姉が付属のフォークを片手にケーキを口へ運んでまた耽りながら話しかける。

 

 「おう。つっても雲山ってマジで娯楽って言える娯楽が何にもねえから都会と比べたらつまんないけどな」

 「そんなことないよ。ああいう近所に山があるみたいな自然ってこっちにいると中々体験できないから、私はすっごく楽しかったよ」

 

 小5までの出来事を自虐混じりに振り返ると、遠くを見ていた視線が近くなって“すごく楽しかった”と嘘のない笑みで返ってきた。

 

 「そっか……何かそう言ってもらえるとすっげえ嬉しいわ」

 

 羽鳥家から蝶野家へ帰るときの雛姉がずっと笑顔だったことは未だにハッキリ覚えているからそんなことなんて知っているはずなのに、言葉にされるとこんなにも嬉しいのか。

 

 「だからそのお返しって言ったら大袈裟だけど、私も飛鷹くんに()()()()()()を見せたくてここに連れて来たんだよ」

 

 

 

 

 

 

 「雛たちが来てからずっと空元気だった飛鷹くんが、雛にラケットの持ち方とか羽根の打ち方を教えてるときだけは本当に楽しそうで元気な顔してた……だから飛鷹くんは絶対にバドミントンのことを嫌いになんてならないし、喧嘩しちゃった親友とも仲直りできるって雛さまが保証する!」

 

 

 

 

 

 

 「…お返しって、俺は全然」

 「ねえ雨降ってきてない?」

 

 小5の夏に受け取った()()()()()()がフラッシュバックした俺の言葉を遮って、雛姉が空を見上げて呟いた。

 

 「うわマジやん」

 

 ケーキを食べ終えて手隙になった左手を前へとかざしたら、空からポツンと水滴が落ちてきた。




アオのハコと言ったら外で食べるケーキでしょ。

ということでひだひなの誕生日デート?はもうちょい続きます。
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