鷹と蝶   作:ナカイユウ

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飛鷹くん

 「誰かを守りたいと思うほど、強くなれるのかな?」

 

 代理でやってきたコーチの課すキャパオーバーな練習メニューのせいで調子を落としていた大喜を匡くんと一緒に自転車を漕いで息抜きへと連れて行った日の帰り道。3人で川沿いのサイクリングロードを少し歪な一列になって漕ぎながら“もし好きな人ができたら”という話をしていたとき、私がおすすめしていたケーキ屋さんのケーキを食べてすっかりリフレッシュした大喜が誰に向けて言うでもなく呟いた。

 

 「大喜ならなれるよ」

 

 親友の呟きに、私はそう返した。何の迷いも疑いもなかった。連日に渡る無茶な練習で、ラケットを振る右腕には蓄積した疲労を和らげる痛々しいテーピング。そんな状態になったらさすがの私でもコーチからボロクソに言われようが“NO”と言うだろうけど、匡くんによると大喜は“出来ないと思われるのが負けるみたいで悔しい”と、頑なに“NO”を言わずペースも全く緩めることなく息を切らしながら練習をこなし続けていた。初めて会ったときから大喜は、良くも悪くもどこまでも真っ直ぐなバドバカだった。

 

 「でもこれからはしんどくなったらちゃんと”NO”って言えよ?身体壊したら元も子もないんだから」

 「おう。さすがにこれからは気を付ける」

 「本当に大丈夫かなぁ?」

 「腕痛めてもちょっと目を離せば筋トレやってるような奴だからな」

 「信用なさすぎだろ俺…」

 

 もちろん身体を壊すほど自分を追い込む練習なんて何一つとしてメリットなんてないことは大喜自身もきっと分かってはいた。だけれどそれを分かった上でなおも限界を超えていくことをやめようとしない負けん気。

 

 「それじゃあ、私こっちだから」

 「気を付けろよ」

 「うん。じゃーねー」

 

 その姿が私には、体操に全てを捧げて世界に挑んでいた現役時代のお父さんと少しだけ被って見えた……という気持ちはまだ、人知れず心の中に留めている。

 

 「雛!」

 

 別れ際、一足早く2人にさよならする私を大喜は呼び止めた。

 

 

 

 「友達が大切にされてないって怒ってくれたの嬉しかった。ありがとうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よしっ今日の分終わった~」

 

 夜の11時。数学の次に苦手な英語の勉強を終わらせて、部屋の明かりを暗くして自分のベッドの上で仰向けになりながら眼を閉じて睡魔を待つ。テスト期間に入ってから普段と少しだけ違う頭の使い方をしているせいか、ここ1週間はいつもよりほんの少しだけ寝つきが良い。

 

 「(でも授業中に眠くなるのは変わらないのよねぇ…)」

 

 だからといって授業中に時たま眠気が襲ってくるのはいつもと全く変わらないのは困ったものだが。

 

 「……」

 

 そう思いながら体感で10分経っても全く眠くなる気配がやって来ず、一度暗くした部屋の明かりをつけて枕元で充電しているスマホのロックを外し、ほぼ流れ作業のままアルバムの中にある一番新しい写真をタップする。突然の雨があっという間に通り過ぎた後の空に架かった、綺麗な虹。

 

 「…私より小さかったはずの君ももう16歳か」

 

 虹の写真を見て、呼吸ついでに出てきた独り言。思えば今日は、ずっと頭の中に飛鷹くんがいた。

 

 

 

 

 

 「おっけ。一応学校出たらメッセするわ」

 

 アラームで目が覚めて自分の部屋を出たらちょうど飛鷹くんも同じタイミングで出てきて思わず笑い合って、すぐさま日課のランニングに出掛けて行く少し大きな背中を2階から見送った朝。自分の誕生日でも特別に浮かれないでルーティンへ出かけるはとこに、いい意味で変わらないらしさを感じた。

 

 「ただいま」

 「あ、おかえり」

 

 学校の授業が終わって大喜たちにさよならして家に戻って、少し遅れて帰ってきた飛鷹くんを迎えたいつもと違う放課後。千木良さんから貰った誕プレのクッキーが入った紙袋を片手に持っていた飛鷹くんは、誕生日の実感が増えたのか学校に行く前よりテンションが上がっていた。

 

 「飛鷹くんは何にする?」

 「んー…」

 

 飛鷹くんと初めて自転車を漕いで向かった思い出の道と私が一番好きなケーキ屋さん。ショーケースに並べられたケーキを無我夢中になって見つめながらケーキを選んでいるときの横顔が、まるで小学生のときの飛鷹くんに戻ったみたいで可愛らしかった。

 

 「雛姉と同じやつがいい」

 

 という理由で、悩みに悩んで私と同じショートケーキを選んだ飛鷹くん。あまりに些細なことだから当の本人は覚えているかなんて分からないけど、5年前に飛鷹くんの地元でやっていたお祭りに行ったときに同じような言葉を言われたことを不意に思い出して、何だか微笑ましくなった。

 

 「可愛いな」

 

 一推しのケーキ屋さんでお揃いのケーキを買って、これまた思い入れのある公園に立ち寄って程よく晴れた空の下で開けたふたつのショートケーキ。箱の中でちょこんとしている姿が可愛くてついスマホを向けて写真を撮る私の横で、“俺も撮りたい”と言いたげにそう呟いた飛鷹くん。その割にいざ()()()を譲ったら意外にも反応は素っ気なくて、言わなかったけどこういう変なところで恥ずかしがるのが4ヶ月弱しか生まれた日が離れてないのに年頃の子だな~、とお姉さんみたいな気持ちになった。

 

 「外で食べるケーキも悪くないでしょ?」

 「あぁ。最高の思い出ができたわ」

 

 大喜と匡くんの3人でここのケーキを食べたときみたいに隣同士になってお揃いのケーキを味わいながら、それぞれの思い出の話をした。最後の一口を食べ終えた飛鷹くんは、小さい時から変わることのない笑顔で私の目を見てそう言ってくれた。テストが来週に迫っているっていうタイミングで連れ出す形になってしまったけど、その笑顔を見て今日は本当に飛鷹くんをここに連れてきて良かったなって思えた。パラパラと雨が降り出したのは、この直後だった。

 

 「それにこういう予期せぬハプニングも、ひとつの思い出ってもんでしょ」

 

 天気予報にはなかった通り雨。幸いにも2人して折りたたみ傘を持っていたから雨は凌げたけれど、おかげで自転車は雨で濡れてしまった。空の気まぐれとはいえ悪いことをしちゃったなと気丈に振る舞いながらも心の中で反省していた横で、“これもまたひとつの思い出”と笑っていた飛鷹くん。いつもはこの2人だと私が自然と引っ張る立場になるのに、このときは飛鷹くんが逆に私を引っ張っていた。そんな初めての光景に、同い年になったはとこがちゃんと5歳分だけ大人に近づいたことをふと実感した。

 

 「何で空見てるの?」

 「いやほら、こういう雨上がりのときって虹とか出るやん。だからどっかに架かってねえかなって」

 

 かと思ったら、何の前触れもなくいきなり雨の上がった空を見上げて虹を探し出した飛鷹くん。大人っぽくなったと思ったら急に子供っぽく振る舞うマイペースさを貫いたまま今日から同じ16歳になった元気印と、それを祝福するかのように空に架かった虹色のアーチ。少なくとも前にこの公園でケーキを食べたときは、雨も降らなかったし虹なんてどこにもなかった。

 

 「今日の誕生日、俺死ぬまで忘れない自信あるわ」

 

 雨に濡れた自転車を押しながら中2の夏と同じように来た道を戻った帰り道。夕方に差し掛かった空を見上げた飛鷹くんがそう言ったとき、純粋に嬉しい気持ちになったのと同時に()()()みたいなものが押し寄せた。小5のときと何ら変わらない笑みを浮かべる横顔を見て、安堵の正体が何なのか私はすぐ気付いた。

 

 「雛姉のおかげで今までで一番最高な誕生日になった。ホントにありがとう」

 

 やっぱり飛鷹くんと大喜は全然違う人なんだと、()()()した。

 

 

 

 パァンッ_

 

 

 

 約5年の月日が流れて、久しぶりに会った君は隣に立ったら視線を上げないと目が合わないくらい大きくなった。同じ体育館のコートに立って同学年のライバルや自分より強い先輩にラケットを構え立ち向かう君のがっしりとした背中が親友の立ち姿にそっくりで、よく見ると背丈以外はそこまで似ているわけじゃないのに、私にはその姿が大喜と重なって見えた。

 

 

 

 「ひとっ走りしてくるわ」

 

 

 

 県予選が3週間前に迫ったある日、私からのちょっとしたアドバイスを真に受けた君は“変わりたいから”と少し長めになっていた髪を短くした。君自身が意識したのかそれともただの偶然か、奇しくも後ろ姿が更に大喜とそっくりになった。“君には君の良さがある”ってことを伝えた結果ますます似てきた君を見て、()()()()()()()()()()が揺り起こされそうになった。背丈が同じなのとバドバカで真っ直ぐな性格ぐらいしか共通点がないのは分かっているのに、私は君のことを何度か大喜と重ねてしまいそうになった。

 

 

 

 「じゃあ俺ショートケーキとこのチョコの!」

 

 「雛姉と同じやつがいい」

 

 

 

 だけど今日、あの2人と一緒に自転車を漕いだ道を通ってケーキを買って、あの2人と一緒に立ち寄った公園で誕生日を祝って一緒にケーキを食べて改めて気付くことができた。自分の食べたいケーキを欲張って選ぶ大喜と、悩みに悩んで同じやつがいいと相手のチョイスを信じる飛鷹くん。ケーキが可愛いという感覚が分からない大喜と、ケーキが可愛いという感覚が分かる飛鷹くん。

 

 

 

 「友達が大切にされてないって怒ってくれたの嬉しかった。ありがとうな」

 

 「今日の誕生日、俺死ぬまで忘れない自信あるわ」

 

 

 

 そして親友だからこその何の気なしで無自覚にサラッと心を軽くしてくれる優しさと、親戚だからこその相手が何を言えば喜んでくれるかをちゃんと知っている優しさ。シルエットもバドバカ具合もそっくりだけど、やっぱりこの2人は全然違う……そのことに気が付いて、思わず心の底で安堵した。

 

 

 

 “……バカだな私”

 

 

 

 もう()()()()()なんて吹っ切ったと言う癖に、こうやってまた比べてしまう私は本当にバカだって思う。もうとっくに終わりにしたはずなのに、当たり前のように私の隣にいてくれる飛鷹くん(きみ)という存在が、ときたま思い出の蓋をこじ開けようとしてくる。まだ私と大喜の全てを知らない君に、そんな意思なんてないはずなのに。

 

 

 

 「大喜のことが好き」

 

 

 

 もしもタイムマシンがあって、まだ大喜と“ただの親友”でいられた時間(とき)からやり直せるとしたら、私は素直に親友として大喜(あいつ)のことを応援できるのだろうか……それとも目先の感情に揺られて、また同じことを繰り返してしまうのか……

 

 

 

 

 

 

 「…はぁ」

 

 スマホを置いて、軽く息を吐き出しながら明かりを暗くして再びベッドの上で横になった私の意識は、前へと進むために奥底へ閉ざした記憶を無自覚に開けようとしてくる飛鷹くんと戦いながら、じわじわと夢の中へ落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『クッキー美味しかった_』

 『蝶野家のみんなも絶賛してたわ_』

 

 寝る前のルーティンで勉強机に座って部屋の棚に置いている小説を読んでいたけど今日はいまいち身が入らず、スマホでバドミントンの試合映像を暫く観ていたらそれも飽きてきて、今日撮った写真だとかやり取りが終わったひだっちのトークルームを何となく振り返って気を紛らわす就寝前の自由時間。

 

 「あーめっちゃ時間無駄にした最悪…」

 

 何も手につかないままうだうだとしていたら、もう明日まで30分を切ってしまった。無意味にボーっとしたまま時間を潰したことへの些細な後悔が、溜息交じりの独り言と一緒にこの部屋へと吐き出される。結局のところ、今日は何をするにもあんまり集中できなかった。

 

 

 

 「結って羽鳥のこと好きなの?」

 

 

 

 「…ほんとにただ親友ってだけなのにな」

 

 放課後にイチくんから悪気なく言われた問いかけを不意に思い出して、誰に向けるでもなく呟く。何となく大喜先輩のことが気になっていそうなあかりんと同じように、すっかり周りからは私とひだっちがいい感じなんじゃないかって思われたりしている。学校で会えば必ず何かしら話をして盛り上がったりお昼を一緒に食べることもあったり、そんなふうに仲の良いクラスメイトの距離感でただ普通に接しているだけでもそれが異性同士ってだけで()()()()()()で見られてしまう現実。ぶっちゃけ嫌とかじゃないけど、私からすれば学校の中で一番仲が良い友達とただつるんでいるだけなのになって思うところはある。

 

 「(でも……“広い括り”で言ったら好きってことになるのかな…)」

 

 ただいざ好きかどうかを聞かれたら、きっと私はひだっちのことが“好き”だ。もちろん恋愛としてではなく友情として、好きなんだと思う。だってひだっちと話しているときは言うほどはないけど嫌なこととかを忘れられるし、ひたむきにバドを楽しんでいる姿を見て、こっちももっと楽しい試合ができるようにバドで強くなりたいって思える。

 

 いまの私が頑張れる原動力となっているのは、間違いなくひだっちという初めて出来た親友の存在。

 

 

 

 「花火大会。私他の人と一緒に行くかも」

 

 

 

 ひだっちがバドを頑張れている原動力は私ではなくて雛先輩。それはわかってる。私は親友として、原動力になっている頼れる親戚の雛先輩と一緒にひだっちのことを応援したい……なのにそれだと()()()()()()()()()もあって、心がモヤモヤする。

 

 

 

 『夜遅くごめん。いま大丈夫?_』

 

 「…送ってしまった」

 

 何を思ったのか、気が付くと私はお兄のトークルームを開いてメッセを送っていた。ポッという効果音がスマホから小さく鳴って数秒後、本気で時間を戻したいっていう馬鹿みたいな後悔が独り言と一緒に身体を駆け巡り、堪らず勉強机に突っ伏して溜息を吐き出す。

 

 「もうホント駄目だ今日…」

 

 ただでさえお兄は撮影(ドラマ)の仕事でこれから忙しくなるっていうのに、余計な心配をかけそうなメッセージを送ってしまった。しかも理由はバドが上手くいかないとか、クラスの友達と喧嘩して気まずい感じになったとかでもなく、自分でもよくわかっていないモヤっとした気持ちをこの身体から出したいっていう、単なる我儘。何だか今日はもう、選択肢という選択肢を全部間違え続けている気分だ。

 

 「……はぁぁ」

 

 そもそも私がいま感じているこの気持ちなんて、ありもしないことを勝手に決めつけているだけの思い込み。というかひだっちと雛先輩が2人でケーキを買いに行ったりするぐらい仲が良いことを思い浮かべてこんな気持ちになってること自体がおかしいって話だ。だって2人は親戚同士なわけだから、ああいう距離感なのは至って自然なこと。

 

 

 

 わかっているのに、冷静になりたい意思に反して心が焦ってしまうのはなぜ?

 

 

 

 ♪~_

 

 「(通話で来た…!)」

 

 送ったメッセに既読がついた次の瞬間、お兄から通話がきた。何というか、またひとつ事を大きくしてしまった感が否めなくて申し訳なくなってくる。

 

 『結。どうした?』

 「ごめんお兄。夜遅いのに」

 『夜遅いのは結も同じだろ?』

 「それはそうだけど…ていうかいま出て大丈夫?」

 『大丈夫だから出てる』

 「うん。ありがとう」

 『ははっ、いいよ本当に大丈夫だから』

 

 できる限り気丈に振る舞う耳元から県予選ぶりに聞こえてきたお兄の声は、全く変わらず飄々としていた。夜遅くにメッセを送ったことを謝る私へ全く気にしない感じでクールに笑う口ぶりだけで、モヤっとした感覚は半分くらいまで減った。

 

 『それで、何かあった?』

 

 心が安堵してすぐ、お兄がメッセの中身を聞いてきた。口ぶりは軽いままだけど、微妙な声色の違いで優しい眼差しとその奥の真剣さがスピーカーを伝って届く。めちゃくちゃ今更だけど、なんて話せばいいのか全く考えていなかった。

 

 「いやぁ何かあったとかじゃないし、なんて言ったらいいか自分でもよくわかんないんだけどさ……ホントに率直だけど…お兄って()()()()とかいる?」

 

 どうやって説明しようか考えながら話し始めたら、全然違うところに着地してしまった。

 

 『なるほど……急だね』

 「ごめん多分間違った」

 

 案の定、いきなり聞かれたお兄から困惑交じりでそう言われた。とりあえず私には、いきなりひだっちとの関係を聞いてきたイチくんのことをどうこう言える権利も立場もない。

 

 『でもせっかくだから答えるけど……好きな人はいたよ』

 「えっ嘘っ!?」

 『結構声のボリュームすごそうだけど大丈夫か?』

 「あやばっ…」

 

 さすがに言葉を間違えたから話題(はなし)を戻そうと次の言葉を考えていたら、少しの間の後お兄の口から予想の斜め上を行くカミングアウトが出てきて、隣の部屋で慧が寝ていることを忘れてつい大声でリアクションしてしまった。つかさず壁のほうに意識を向けるも、物音らしき音は一切聞こえずシーンとしているから多分セーフ。

 

 「…いたんだ。お兄に好きな人って」

 『実はね。今まで誰にも言ってなかったけど』

 「いつ?」

 『高校のとき』

 「そうなんだ……お兄ってモテてた割に恋愛とか全然興味ない感じだったからめっちゃ意外…」

 

 お兄が言うには、好きな人がいたのは高校に通っていたときらしい。そんな高校時代のお兄と言えば全国的に有名なスポーツ系の雑誌で“イケメン高校生アスリート”として取り上げられたり、校内だけに留まらず他校の女子から練習終わりに告られたりプレゼントをもらったり、極めつけが高1のときに文化祭の出し物でシンデレラの王子役をやる予定が“千木良くんがステージに上がるとカッコ良過ぎて女子が気絶する”という理由で裏方に回されたという噂が学校の外にまで独り歩き(※実際はバドの練習に集中したいから断っただけ)したりと、それはもう高校に通っていたときのお兄は“栄明の王子様”と呼ばれていて校内外問わずモテまくっていた。

 

 『実際あのときの俺はバドが最優先だったからあまり恋愛自体に興味がなかったのは本当だよ。告ってきた名前も知らない後輩とか他校の人に“ごめんなさい”するたびにちょっと心には来てたけど』

 「ぷはっ、なんかお兄っぽいねそういうとこ」

 

 ただ私のお兄は本当にバドが大好きで、周りからチヤホヤされても努力を怠らずに恋愛事なんて二の次で部活に打ち込んでいた。もちろんそういう色恋ごときに靡かない誠実な人柄のおかげで、お兄は却ってモテてしまったのだけど。

 

 「…じゃあどうして恋愛に興味がないお兄はその人のことを好きになったの?」

 

 そんな人が好きになったのは果たしてどんな人なのか、流れで私はお兄へ聞いた。

 

 『そうだな……一番は俺のことをちゃんと内面で見てくれたってことかな?』

 「…内面」

 

 私から聞かれた問いに、お兄は少し考えてこう答えた。

 

 『例えば顔だとか、勉強もスポーツも出来るとか、バドが強いとか、そういう()()()()()()()()()をちゃんと見て友達になってくれた人がいてさ……最初は本当にただの友達って感じだったけど、昨日まで勝てなかった先輩に勝ったり、試合でいい結果を出せたときに自分がここまでバドを頑張れている理由って何だろうなって振り返ったら、その人の存在だってことに気付いて……そこから“俺はこの人が好きなんだ”って気持ちを自覚して、一気に好きになった感じかな…』

 

 

 

 「ひだっちはいい意味で違う角度から私のことを見てくれるっていうか……何というかこう、今まで出会ったことがない()()()()()()()()()だったみたいなさ」

 

 

 

 『…ま、俺がその人に好きだって気持ちを伝えたときには付き合ってるお相手さんがいたから友達で終わったけどね』

 「心中察します」

 『ははっ、もう高2のときのことだから余裕で吹っ切れてるよ』

 

 その友達(ひと)のことを好きになった理由と切ない結末を、すっかり吹っ切れた様子でお兄は私に打ち明けた。何気に初めて聞いたお兄の恋バナ。自分の外側ではなくて内側を見てくれる人だと教えられた瞬間、自分で口にした言葉がブーメランになって跳ね返ってくるような感覚がした。

 

 「でも初めてだなぁ。お兄の口からちゃんとした恋バナ聞くの」

 『今まで誰にも話してなかったからな』

 「逆に何で今まで結とか慧に言ってくれなかったの?」

 『何ていうか、2人の前でカッコ悪いとこは見せたくなかったんだよ』

 「ぷはっ、何それ」

 『今だから言えるけどフラれてから1ヶ月はその人と気まずい感じでお互い普通に引きずってた』

 「あー、確かに気まずいねそれは」

 

 今まで私たちに言わなかった理由を聞く私に、お兄は珍しく少しだけ恥ずかしがった口ぶりで答えてくれた。私や家族の前では一度たりとも弱っているところを見せたことのなかったお兄が打ち明ける、実は好きな人にフラれてそのことを心の中で1ヶ月ほど引きずっていた時期があったという自分の弱み。私の記憶が正しかったら、高2のときのお兄はずっといつも通りだった。

 

 『大事な弟妹が目の前にいたら1分1秒でも長く笑顔でいて欲しい。だから心配させまいと時には自分に嘘を吐いてでもカッコつけて強がって前を向いて笑うけど、むしろ結の笑顔と慧のマイペースさに助けられて、自分の部屋に戻って一人になれば引っ張るつもりが逆に勇気づけられた己の弱さを何度も痛感してやっと本当の意味で立ち上がれる……世のお兄ちゃんなんて案外()()()()()さ』

 

 返ってきたどこからしくない答えを聞いて半分冗談だと思って笑う私に、真面目さが加わった声色でお兄が電話越しに呟く。

 

 「そっか…」

 『ショックだったか?』

 「ううん。ただ私の中でお兄はずっとちょっとやそっとじゃへこたれない完璧超人ってイメージだったから、ちょっとだけビックリしてるだけ」

 『俺も結と同じ人間だから幾らでも悩むし立ち止まりもするさ』

 

 そんなことないでしょ……と、しんとなった空気を和ませる言葉は自分がお兄のことを家族として理解していないみたいに思えて、言えなかった。今まで生きてきて初めて耳にする、お兄の弱音。

 

 「ねえお兄、もしかして仕事のことで悩んでる?」

 『何で?』

 「いやだって、お兄が弱音吐いてるとこ聞くのも初めてだし」

 『あぁドラマのほうは気にしなくても全然大丈夫。これはホントだから』

 「そっか」

 

 もしやと思って聞いてみたけど、とりあえずドラマの仕事が行き詰っているとかじゃなさそうでひと安心。

 

 『…結。みんなとは楽しくやれてるか?』

 

 安堵の溜息と一緒に出てきた相槌を聞いたお兄が、優しい声色で問う。

 

 「うん。それはもうお兄が“また高校生に戻りたい”って羨むくらい」

 『ははっ、いいね』

 

 その声を聞いて確信した。お兄は最初に私が考えなしに口走った話題からどんなことで悩んでいるのを汲み取って、遠回しに私へ()()()()()を送っているということ。

 

 『あと他に聞きたいことはある?バドのことなら幾らでも相談に乗れるけど』

 「もう大丈夫。お兄はお兄で悩むこともあるんだって知ったらなんかスッキリした」

 『それは良かった』

 

 悩み事の大まかな中身がわかった上で他に相談があるか聞いてくるお兄に、私は話を聞いてスッキリした気持ちのまま答える。自分も同じ人間だって謙遜しているけど、やっぱりお兄は人生2周目かってくらい心の芯が強いって改めて妹として思う。

 

 「今日はホントにありがとねお兄」

 『礼は要らんよ家族だし。じゃあ夜も遅いから今日はおやすみ』

 「うん。おやすみ」

 

 そんなお兄でも部屋で1人になるといまの私みたいに悩むこともあるんだと知ったことが、上手く表せないけど嬉しかった。

 

 

 

 大事なのは自分の中で答えを出すことじゃなくて、バドのように粘り強く、自分の中で“これだ”と確信できる答えが出るまでひたすら悩んで探すこと……

 

 

 

 『いっぱい悩んで強くなれ_』

 

 通話が切れてから10数秒後、お兄からメッセが送られてきた。何を指しているのかはこの文章に書かれていないけれど、私へ()()()()()()は手に取るようにわかった。

 

 『うん!誰よりも悩んで誰よりも強くなる!_』

 

 お兄にメッセを返して、私はそのままベッドの上で横になって部屋の明かりを暗くして眠りに就いた。




最初はどっちかというと雛メインの回にする予定でしたが、書き終えたらどっちかというと結がメインになってました。

てことで次回より、新展開に突入です。
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