鷹と蝶   作:ナカイユウ

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スロースターター

 「初めての全中だっていうのに余裕そうだな?」

 

 全国中学校バドミントン大会・男子シングルス1日目。試合が行われる体育館のロビーの一角に貼られたトーナメント表をじっと見ていたところに、応援として来た恵介が背後から話しかけてきた。

 

 「そう見える?」

 「見えるも何も顔に出てるよ」

 「ははっ、余裕っていうか楽しみでしょうがないんだよね。なんせこの俺が全国大会だぜ?ヤバいどころの話じゃねえって」

 

 3位決定戦でのファイナルゲームを制して掴んだ全国の切符。あくまで俺は全国に行きたいというよりも、バドを少しでも長く楽しむために1つでも多く勝っていきたいと思いながらここまでの試合をずっと楽しんできた。だけれどやっぱり、いざその舞台に来てみるとマジですげえことを自分はやってのけたんだなと実感する。

 

 「緊張し過ぎて身体が動かないよりはマシだけど、有頂天になり過ぎるのも禁物だと思うぜ」

 「分かってるってそんぐらい。こー見えて俺、試合んときはちゃんと切り替えられるタイプだし」

 

 最初で最後の全中を前にテンションが最高潮に達していた俺を、恵介は軽く窘める。当然俺もこのテンションのままコートに立つほど浮かれている気はないから、試合までに切り替えるところは切り替えて、全てを出し切って完全燃焼するつもりだ。

 

 「…飛鷹が最初にあたる埼玉の千木良(ちぎら)って人。まだ中学2年だけどかなり強いらしいよ」

 「マジで?」

 「お前のことだからどうせ聞いてないだろうと思って昨日誉田(ほんだ)先生に念のため聞いてきたけど…県大会1位、関東大会も2位で通過してるからマジで油断しないほうがいいぞ」

 「えっ中2で全中とか普通にエグくね!?」

 「普通にエグいよ」

 「中2んときの俺なんか県大会5位だぜ!?」

 「自虐で言ってるつもりだろうけどお前が言うと自慢にしか聞こえないわ」

 

 そんな俺が最初に戦うのは、埼玉代表の中学2年生。学年こそ下だけど恵介曰く、ギリギリで全中に上がれた俺よりも良い成績で全中まで上がってきたという。戦う前からはっきりと分かるのは、初っ端から只者じゃないやつと俺は当たってしまったということ。

 

 「…つってもさ、ストレートとは行かなくとも千木良って人にもし勝てたら超カッコ良くね俺?」

 「逆にボロ負けしたら中3の選手が中2の選手に負けたってことになるけどな?」

 

 だけど、不思議とプレッシャーは全く感じない。それはここにいるギリギリで入れた俺がきっとこのトーナメント表の中だと最弱の部類だろうっていう開き直りとかではなく、ただ純粋にこの舞台で試合をするのが楽しみだということ。簡単じゃないことは言われなくても分かるけれど、俺はただ自分のバドを貫いて誰よりもこの場を楽しむまで。

 

 「そうなったらなったで俺はその程度の選手(プレイヤー)ってことでしょ……水泳とバドやって気付いちまったんだよね。俺って実はそこまで大会で優勝することにこだわってなんかなくて、ただ誰よりも試合(ゲーム)を楽しみたいからバドやってるってさ……当然それで勝てたら超ラッキーだけど」

 

 そうやって俺は、運も味方にしての3番手ながらも全国の舞台にまでこれた。とにかく初戦は、何か強烈な爪痕を残すくらいには暴れてやりたいと思う。もちろんその先に()()があるなら迷わずに飛び込んでいく。でも一番は、この大舞台を心行くまで楽しみまくる。

 

 「……お前って、()()()()()()()()()()はホントに無敵だよな?」

 

 トーナメント表を見終えて南中が陣取る客席へ一旦戻ろうとする俺に、恵介はこう言ってきた。

 

 「ん?どういう意味それ?」

 「いや…1回戦、マジで頑張れよって意味」

 「おうよ」

 

 このとき、俺は恵介の言った意味をあまり深く考えようとせず、素直な応援として半分聞き入れて半分受け流した。

 

 「まあどーにかなるっしょ。いつも通り楽しんでいけば」

 

 

 

 いま振り返ると、それはいつの間にか周りで止められる相手がいなくなった俺に対する恵介なりの()()だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「18―15」

 

 『10―9』までは1点差をキープした接戦を演じてこれていたが、アンラッキーで2点差をつけられてしまったのをターニングポイントにペースを握られ、どうにかこれ以上は点差を広げられないようにと食らいつこうとするも、追いつこうと点を取れば引き離されての繰り返しで差が縮まらない展開が続き、気が付けばあと3点取られたら負けという局面。これがちゃんとした2ゲーム先取の試合形式だったらまだ挽回の余地は幾らでもあるが、これは1ゲームマッチでこのまま猪股先輩が先に21点を取ったら俺は負け。いい加減アンラッキーからずっと続く悪い流れを断ち切らなければというのは、分かっている。

 

 “これが1ゲームじゃなかったら、気持ち的にもまだ余裕が持てるんだけど…”

 

 別に調子が悪いわけじゃないし、何なら点差的にはまだ逆転も十分に可能なところにいる。むしろ南中のバド部を引退してからは仲間内としか練習していなかったことを考えると、俺はよくやっているほうだ。

 

 “…大丈夫だ。俺はちゃんと戦えてる…”

 

 猪股先輩の放ったサーブから、再びラリーが始まる。スタミナはまだまだ余裕で、足も腕もちゃんと動いている。だけどゲームが進むにつれて、狙い定めたショットやスマッシュが読まれて打ち返される頻度が上がっている。だけどこういう自分の思い通りにいかない試合ほど燃えるのが俺で、そういう不利な状況すらも楽しんだから俺は全中にまで行けた。

 

 そうだ。あの8点差をひっくり返したときだって…

 

 

 

 「飛鷹!何が何でもここで一本取るぞ!」

 

 

 

 “…しまった!”

 

 長く続いたラリーの中で、左側のサイドライン際ギリギリのシャトルをサイドドライブで返してネット際を狙うつもりが思いのほか軌道が上がって逆にチャンス(ボール)になってしまった。

 

 パァンッ_

 

 すぐにミスに気付いて放たれる至近距離のスマッシュに食らいつこうとするも、チャンスを与えてしまった時点で既に遅し。快音と共に放たれたシャトルは手を伸ばして返そうとしたガットの手前に落ちる。いつもの俺ならまず考えられないようなミス。探るまでもなくミスをしたのは俺の集中力が切れ始めているということ。

 

 「19―15」

 

 これでスコアは4点差。序盤ならともかく、あと2点で勝敗がついてしまうという状況。この人を相手にここから逆転してゲームを取るのは、はっきり言ってかなり厳しい。こんな状況に自分を追い込んでいるのは、紛れもなく自分自身だ。

 

 “恵介なんているわけねえだろここに…”

 

 思えば、俺が試合で悪い流れに飲まれて諦めそうになったとき、必ず弱りかけた心に発破をかけてくれる()が聞こえてきた。その声に背中を押されたから、俺は負けそうな試合を何度も覆して勝ち星を重ねていって、バド部の中で一番強いエースになった。だけど栄明には、俺の心を鼓舞してくれた声なんてない。それでも全中でのボロ負けを経て本気で燃え尽きたいという思いを抱いた俺なら、離れ離れになろうとも大丈夫だと思った。むしろ新天地での日々を心から楽しみにしていた。

 

 “…ちっとも成長してねえな……俺って…”

 

 けれど猪股先輩と1ゲームをしているいまの俺は、背中を押してくれる戦友(しんゆう)がいることに慣れ過ぎたあの体育館にいたときの自分からちっとも成長していないことを酷く痛感しながら、落ちたシャトルを拾っている。試合中にも関わらず俺は無意識に恵介の声を求めて、自分の()()がこもった一球を上げてしまった。

 

 栄明(ここ)に恵介なんていない。こんな当たり前のことなんかとっくに割り切っているはずなのに、俺は何をやってんだ……

 

 

 

 

 

 

 「飛鷹くんなら絶対大丈夫だよ……だってこの蝶野雛さまがついてるんだから」

 

 

 

 

 

 

 「……ふっ」

 

 コートに立っている以上、どんなに流れが悪くても試合(ゲーム)を止めるわけにはいかない。一息を吐いて切れかけた集中力を一気に研ぎ澄ませ、拾ったシャトルを猪股先輩へと返して、視線を前に向けてサーブを待ち構える。

 

 “そうだ……俺は…”

 

 ふいに頭の中で、小6のときの雛姉が俺に笑顔で話しかけてきた。恵介にさえも恐くて聞けずじまいだった心の内を明かしたときに言われた、救いの言葉。

 

 “俺はバドを本気で楽しむために、栄明に来たんだ”

 

 ()()を思い出した瞬間、自分(おれ)の中で何かが弾けて吹っ切れたような感触を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 “ようやく本気を出してきたか…”

 

 『19―15』から始まった終盤の攻防を見守りながら、心の中で呟く。何がきっかけなのかは分からないが、残り2点で負けるという局面になって飛鷹の眼つきに自信が漲り、プレーの一つ一つに監督から見せてもらった試合映像のような冷静さと力強さが一気に乗り始めた。

 

 「ここにきて飛鷹の動きが急に良くなってきた気がするけど気のせいか?」

 「さすがに追い詰められてやっとギアを上げたんだろ。上げるんならもっと早く上げろって話だが」

 「さっきから新入生に厳しいなぁ針生は」

 

 俺から言わせりゃ遅すぎるって話だが、間違いなく飛鷹はいま()()()に入っている。少なくともひとつ言えるのは、これで普通に大喜が逃げ切って終わるはずだった1ゲームの行方が分からなくなったということ。

 

 “…こっからだぞ。大喜…”

 

 たかが試合形式の練習を見ているだけなのに、何で俺まで熱くなっているのか。一気にギアを上げ絶対に点を取るという気迫が乗り出した飛鷹の球を先輩として受け止め続ける大喜に目を向け、無言で声を掛ける。初めてノックを上げたときとは比べ物にならないほど頼もしくなった背中からは、少しばかりだが威厳すら覚える。全く、ほんのちょっと前まで“栄明のじゃがいも”呼ばわりされてたような奴のくせに、いつの間にか()()()()に手が届きそうなところまで来やがって。

 

 パンッ_

 

 もちろん大喜が悩みを乗り越えてここまで強くなってくれたことは、先輩として本当に誇りに思っている。ただし、全国への2()()を競うとなったら容赦はしないが。

 

 “…最初と同じ…”

 

 ネット際へ落ちていくシャトルを大喜がロブで打ち上げる。それを読んでいたかのように、ヘアピンを打つ体勢から反射的に飛鷹が後ろへと下がり、スマッシュへ繋げるリアクションステップを取る。最初の1点を取られたときと全く同じ状況で、大喜は四方八方のどこから球が飛んできてもいいようにコートの真ん中で待ち構える。『1―1』を決めたときは左に打つと思わせてコルクを当てるのと同時のタイミングで面を逆方向に傾けて右へと打ち込み、当てられたものの完全に大喜の意表を突いてみせた。あのスマッシュを偶発ではなく意図的かつ正確に繰り出せる時点で、純粋な実力においては全く油断の出来ないところに飛鷹もいる。

 

 パァァンッ_

 

 両足を高く宙に浮かせて右手を振り切る飛鷹から、左側を狙うスマッシュが銃声のように豪快な打撃音と共に鋭く放たれる。選んだコースは1点目とは逆の、何の捻りもない駆け引き無しの一撃。大喜は放たれたコースを読みバックハンドで拾い打ち返すが、返した球はサイドラインの外へと大きく逸れた軌道を描いて飛んでいき、ラインの外へ落ちる。

 

 「サービスオーバー、16―19」

 

 完全に球の軌道は読めていて、しっかりと反応も出来ていた。それでも拾いきれなかった一撃に、いつの間にか増え始めたギャラリーからただの練習ではまず起こらないようなざわめきが起こる。それぐらい飛鷹が放ったジャンプスマッシュの威力は凄まじかった。

 

 「これ……もしかしたらもしかするんじゃね?」

 「どっちのこと言ってんだよ?」

 「そりゃ飛鷹だよ。あんなの打ってこられたら相手側は堪ったもんじゃないって」

 「敢えて言っとくけど西田(おまえ)は立場的にも大喜以上に負けられないからな?」

 「ぐっ…分かってるけど部長としての重圧がっ…!」

 

 先輩であることに加えて部長としての面目も掛かる西田が頭を抱えて狼狽えるのを横目にコートへと視線を向けると、飛鷹がちょうどサーブを打つところだった。しかも仕掛けたのはただのサーブではなく、スピンを掛けたショートサーブ。

 

 “なるほど。トリックショットもいけるのか”

 

 スピンの掛かったサーブの軌道に一瞬ペースを乱されながらも立て直し、大喜がドライブを仕掛けると乱された一瞬の隙を逃さなかった飛鷹がクロスネットで返す。ネットの際を沿いながら放物線を描いて落ちていく隙を突いた一球にどうにか反応してロブで打ち返しラリーに持ち込む。いくら素質で上回る相手に火がついても容易く圧倒されてしまうほど弱い奴ではない大喜も負けじとギアを上げ始め、ゾーンに入った2人に比例するようにラリーの激しさが増していく。

 

 パァンッ_

 

 互いにコートをフルに使った緩急を伴う隙の無いラリーが暫し続いた後、ネット前に上がったチャンスボールを逃さなかった飛鷹がスマッシュと同等の威力のプッシュを放ち、大喜に空を切らせてシャトルを床に落とし込む。

 

 「シャッ!」

 

 2連続で会心のショットが決まり、飛鷹が左の拳を握り締めて短く雄叫びを上げる。大喜はもとより、ついさっきまで相手のペースに翻弄されていた飛鷹もハイペースな展開に呼吸こそ整えているが見る限りスタミナ自体は全く切れていない。

 

 「17―19」

 

 これでスコアは『17―19』となり、流れが飛鷹のほうへと一気に傾き始めた。2人のゲームを分析する中で“このまま逆転負けなんてしたらただじゃ済まさねえぞ”という感情と、“これだけ戦えるなら最初から本気出せよ”という感情が心境となって身体を巡る。メンタルが足枷になっているとはいえ全国まで進めた実力は本物で、追い込まれ覚醒したことで飛鷹は完全に試合の流れを自分のほうへと引き寄せている。

 

 “ネックはスロースターターなところと、相手次第じゃスイッチが入る前に折れる脆いメンタルか…”

 

 良い意味でも悪い意味でも後半型(スロースターター)で流されやすいからこそ、この手のタイプはひとたび自分の中にあるスイッチが入り流れに乗ってしまえば相手側としては非常に厄介だ。

 

 パンッ_

 

 恐らく今の飛鷹に足りないものは、今日まで避けてきた分の()()と試合の流れに左右されることなく自分を貫ける()()()

 

 “…けど、それを克服すれば飛鷹(こいつ)は…”

 

 

 

 ……稀に出てくるんだよな。兵藤(ひょうどう)さんが高1のときにインハイ予選で戦ってストレートで負かされたっていう()()()みたいな、日々の努力だけじゃ手に入らない何かを最初から持つ外れ値の才能が……

 

 

 

 「……?」

 

 終盤になって一番の盛り上がりを見せる1ゲームを分析しながら見守る意識の中でふと気配を感じて、思わず俺は振り返る。

 

 “…あの子は……新体操部の…”

 

 振り返った視線の先にいたのは、コート外の通路から1ゲームを戦う大喜と飛鷹へ立ち止まって視線を送り見守る新体操部の蝶野さんだった。この子と直接話したことはほとんどないが、大喜や匡とよく一緒につるんでいる姿を何度も見ているから顔と名前だけはちゃんと知っている。そういや文化祭の後ぐらいに劇での一件で大喜と蝶野さんが実は付き合っているんじゃないかという根も葉もない噂が学校中に広まったものの、結局はただのガセだったなんてこともあったな。ちなみに俺は最初からガセだと思っていたけど。

 

 そりゃそうだ。だって大喜は()()のこと…

 

 パァァンッ_

 

 大喜をここまで強くした俺の親友を思い浮かべかけた頭を殴られたかの如く、目の前のコートから飛鷹の放ったジャンプスマッシュに引けを取らない鋭く響く打撃音が耳に届いて、反射的に意識がコートへと引き戻される。

 

 「サービスオーバー、20マッチポイントー17」

 

 コースを読めていても返せないスマッシュ。それは決してポテンシャルやセンスで勝る天才にしか手に入れられない特権ではなく、昨日の自分を乗り越える努力をしてきた奴なら誰もが手に入れることの出来る最強の武器。サイドラインの外に返ったシャトルをラケットで拾う大喜の背中に、これまでの努力で培った強かさを俺は見る。これで大喜があと1点でも取れば、ゲームは終わる。

 

 “…あと1点取られたら負けるってのに、今日イチで楽しそうな顔してんじゃねえの…”

 

 一方でせっかく掴んでいた流れを断たれ、ついに1点も取り溢せない状況にまで追い込まれたというのに、ネットの向こうでサーブを待ち構える飛鷹の眼はそんな最大のピンチすらも楽しんでいるかのように、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 パンッ_

 

 猪股先輩からサーブを、バウンダリーラインの真上にめがけて一気に上げる。やっと流れを掴みかけていたところで打たれた会心の一撃で、逆転に向けた勝機から最悪な状況へと一気に追い込まれた。

 

 スパンッ_

 

 コートの端から端を狙うクリアから、1点を巡る攻防が始まる。その中で容赦なく襲い掛かる、ほんの一瞬の気の緩みさえも許されない相手からのプレッシャー。ただでさえこっちは1点も落とせないという圧倒的に不利な心境に置かれているというのに、それでもこの心は自分でも恐いくらいにこの瞬間を楽しんでいる。

 

 キュッ_パンッ_

 

 19点目を取られたとき。どうして5年前の雛姉が頭に思い浮かんだのか、自分でもわからない。だけど頭に浮かんだ5年前の雛姉から励まされたことで、ハッとさせられた。俺としたことが1ゲームの中で全中(かつて)の自分を意識し過ぎたあまり、一番大事にしないといけない気持ちを忘れかけていた。

 

 “…何で1ゲームしかないんだよ……普通の2ゲーム先取ならこっから面白くなっていくのに…”

 

 本当の俺は、きっと周りや自分が思っている以上に弱い奴だ。水泳をやめてバドを始めた小4のときから相変わらず手前の感情に流されやすくて、勝ち星を重ねればすぐに調子に乗って、逆にペースを崩され少しでも嫌な予感が頭をよぎると調子が落ちて、追い込まれたら追い込まれたですぐ諦めようとして、肝心な時に心を奮い立たせる一言がないと上手く心を切り替えられない気分屋のスロースターター。こんなザマでよくもまあたった1人で地元を飛び出してきたなって、心の底から自分に対して思う。

 

 “…ホント嫌になるな。楽しむって言い張るくせにすぐ諦めようとする自分も、全開になるまでいつも時間がかかる自分も…”

 

 それでも俺は、小4のときにバドミントンに出会ったときも、過信という根拠のない自信だけで突っ走った先の大会で不完全燃焼に終わったときも、このスポーツを楽しんでいた。楽しみ方を間違えていた時期もあったけれど、()()()()()()ということにおいては誰が何を言おうといつだって本気だった。どんなに強い相手とぶつかって、また不甲斐ないくらいに負ける日が来ても、この気持ちだけは忘れたくない。失いたくない。

 

 “…けど……どんなに自分のことが嫌いでも、バドやってるときはすっげえ楽しい…”

 

 だから、宣戦布告を交わした恵介とまた同じコートで戦うその日のために、絶対にインターハイのコートに立って誰よりもバドを楽しんで燃え尽きたいから……俺はこの体育館(ハコ)に来た。

 

 

 

 ……そしていまの俺には、同じ目標に向かって本気で頑張っている人が、同じ屋根の下にいる……

 

 

 

 “……来た”

 

 仕掛けたクロスヘアピンからの返球(ロブ)が、僅かに甘い角度で上がる。マッチポイントからここまで攻守ともに隙を見せなかった猪股先輩からの、ほんの一瞬の綻びから放たれたチャンスボール。

 

 「……っ」

 

 次のショットをどうするかなんて迷いは、一切浮かばなかった。甘く上がったシャトルをめがけてリアクションステップを取り、左手でシャトルに照準を合わせて軸となる右足にグッと力を入れる。

 

 ズルッ_

 

 「!?」

 

 次の一点を確実に決める一撃をぶち込もうとスマッシュの体勢を取った瞬間、右足が何かに持っていかれるように滑って身体全体が後ろへと引っ張られていく感覚が襲う。

 

 パァンッ_

 

 浮かしていた左足を床につけて転びかけの体勢で踏み止まりつつ、咄嗟のクリアでどうにか終わりかけたゲームを繋げる。しかし転びそうになりながら打った俺のクリアは、ちょうどコートの真ん中あたりで構える猪股先輩の頭上で失速し始めて、ここで試合を決めてくださいと言わんばかりのチャンスボールになってしまった。知らないうちに床へと落ちていた自分の汗か羽根の一片を踏んで足をすわれたのか、よりによってこんなときにアンラッキーが起こるなんてあまりにツイてない。

 

 “…またスマッシュ…!”

 

 ネットの向こうで、猪股先輩が右手を大きく振り上げて甘く上がったシャトルを打とうとしている。力の入れ具合のごく僅かな違いから、これはフェイントではなく一気にスマッシュで決着をつけにきていることを察して足を動かすも、右足をすくわれ初動がワンテンポ遅れたせいでコートの左側ががら空きになっている。

 

 パァァンッ_

 

 がら空きになった左サービスコートに、猪股先輩の放ったスマッシュが情け容赦のない威力で叩き込まれる。タイミング的に、運よく拾えたとしてもコースを狙って返球する余地は残されていない。それでもこのシャトルが床に落ちる瞬間までは、バドミントンは終わらない。

 

 「…っ!」

 

 目では追い切れないほどのスピードで床へ落ちていくシャトルの軌道を読みながら、右足を最大限に伸ばしバックハンドに切り替えた右手で飛び込むような姿勢でスマッシュを受け止める。ガットにコルクが当たる瞬間、少しでも力を抜くとラケットごと飛ばされそうなくらいの衝撃がどっと手元に伝う。

 

 パンッ_

 

 その一瞬の衝撃を受け止めて、終わらせない意思を右手に乗せてバックハンドレシーブをネット際狙いのクロスで返す。コースを狙える余裕なんてないと思ったけれど、元来の運動神経にプラスして水泳とバドで鍛えられてきたこの身体は、自分が思っている以上にまだ力加減をコントロールできるみたいだ。そりゃだって、まだゲームは1セットすらも終わってないわけだから、呼吸のペースはさすがに上がっているけどスタミナはまだまだ有り余っている。

 

 “ネットは超えた……後は…”

 

 打ち返したシャトルを目で追いながら、体勢を立て直しコートの真ん中にステップして次に備える。恐らくこの高さだとネットは超えるとして、ヘアピン以外にドライブやプッシュで攻め込める余地が猪股先輩にはある。

 

 “……入れ”

 

 ネットの上を通過したシャトルに、コート前方へステップを取った猪股先輩はバックハンドの構えでプッシュ……することなく、打つ寸前に返球を見送る。どうかこれがミスジャッジに終わって18点目になってくれと、俺は願った。

 

 コッ_

 

 コルクが床に当たる音が、体育館の雑音に混じって微かに俺の耳へと届く。猪股先輩が見送ったシャトルは、シングルスのサイドラインからたった数ミリのところに落ちた。

 

 「ゲーム。大喜」




アオのハコの舞台って、ぶっちゃけ埼玉東京千葉のどれが正解なんだろうか……分かる人がいたら教えていただけると大変嬉しいです。

ちなみに私は埼玉って認識です。
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