鷹と蝶   作:ナカイユウ

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こんなときでも

 「こんにちわっ!」

 「あら~雛ちゃんいらっしゃい」

 

 麦姉が生まれてから数年に一度くらいのペースで恒例になっていた、実家より少し大きなじいちゃんの家でじいちゃんとばあちゃんも顔を合わせての羽鳥家と蝶野家のお盆の集い。子どもが一人っ子の俺しかいない羽鳥家の穏やかな日常も、このときばかりは主に蝶野家のムードメーカーのキラキラした明るい声で賑やかになる。おかげで我が家から車で5分ほどの距離しか移動していないのに何だか県外の遠いところまで旅をしに行っているような気分になれるから、俺は雛姉たちとじいちゃんの家で過ごすお盆が好きだった。

 

 「弘彦さんは今回も来ないのかい?」

 「そうなんですよ。来週末まで海外遠征です」

 「なんと、それはまた大変ですなぁ」

 

 ちなみに俺の記憶の中では、弘彦さんが長野の実家に来た記憶はまだない。何故なら弘彦さんが羽鳥家に挨拶をしに来たのは麦姉と雛姉がそれぞれ生まれて間もないときで、それも2人が生まれたときはまだ弘彦さんは世界を股にかける現役の体操選手だったから多忙なスケジュールの合間を縫って日帰りで来ていた。もちろん俺は、まだ生まれていなかった。

 

 「ほら、2人とも部屋に荷物置いてきて」

 「は~い」

 

 こうしてこの年も弘彦さんが不在のまま、雛姉たちと過ごすお盆は始まった。

 

 「麦〜、雛~、もう勉強の時間だからゲームは終わりにして宿題の残りやりな~」

 「いま凄くいいところだからちょっとだけ待って!」

 「あと1分ね?守れないなら明日は丸一日宿題やらせるから」

 「わかった!」

 

 自分の家から持ってきたテレビゲームに雛姉と麦姉の3人で熱中しては、つい熱くなりすぎて勉強の時間になって曜子さんから釘を刺された蝶野家の姉妹と一緒に猶予のラスト1分ギリギリまでゲームをして、居間のちゃぶ台で慌ただしく宿題の準備を始める。

 

 「しゃあこれで国語全部終わった~」

 「えっ飛鷹くんも終わったの!?」

 「長野は夏休み終わんの早えから」

 「えぇ~ズルいよ2人とも~」

 「(あんた)が余裕こいて全然やらないからでしょ」

 

 ちなみに宿題は夏休みの前半までに出来る限り終わらせる派の麦姉とシンプルに夏休みが全国で一番短い(※諸説あり)と言われている長野で育った俺の2人は決まってお盆までには宿題がほぼ終わっていて、それを心底羨ましそうに見つめながら嫌々とまだ半分以上は残っている宿題を終わらせていくのが蝶野家と過ごすお盆初日のお決まりの光景だった。

 

 「あ、見てお父さん映ったっ!」

 「ほんとだ」

 「凄いわねえあんなに空中でグルグル回転して」

 「そういやじいちゃんも鉄棒得意だったって言ってなかった?」

 「まだ子供んときな」

 「てかお父さん若っ」

 「アテネのときだからね」

 「いく~つも~の~日々を越えて~♪」

 

 それから母ちゃんとおばあちゃんの2人で作った夕飯を一同で食べながらスポーツバラエティ番組をテレビで流していたらスタジオゲストで出ていた日本代表の体操選手が“尊敬している人”として現役時代の弘彦さんが映って食卓が大盛り上がりしたり、夕飯後にじいちゃんと俺、麦姉と雛姉の面子で父ちゃんと母ちゃんが一旦帰っていくまでババ抜きや神経衰弱を楽しんだりして、最初の一日は本当にあっという間に終わった。

 

 「おやすみ飛鷹くん」

 「うん。おやすみ雛姉」

 

 夜の10時を過ぎて、一足早く向かった麦姉と同じ2階の部屋で寝る雛姉におやすみと言って、自分が泊まる1階の部屋で1人になった瞬間、蝶野家との楽しい時間で幾分か誤魔化されていた沈んだ気持ちが、しんと静かになった音と共に襲い掛かった。

 

 「……っ」

 

 何とか落ち込まずに乗り切った安心感と、どんよりした疲れ。そして蝶野家との時間を素直な気持ちで楽しめないことへの後悔と、言ってはいけないことを言ってしまったあの日からずっと残り続ける罪悪感で、感情が自己嫌悪で支配されていく。例えるとするならばトラウマという種に自らで水をやったことで発芽した茨が心をがんじがらめにして、痛みとなって気分を沈めていくような感覚。

 

 「…どうしよう。ほんとに」

 

 はっきり言ってもう抱え込むのは限界だった。だけどせっかく羽鳥家に泊まりに来てくれた雛姉たちには、ずっと楽しい思いをして最初から最後まで笑顔のままここにいる間はいて欲しいから、打ち明けて気まずい空気にしたくない。そもそもこうなったのは他ならぬ自分(おれ)のせいだから、苦しいけれど蒔いた種は蒔いた本人がどうにかするしかない。

 

 「(お盆が終わって雛姉たちが帰ったら、今度こそ恵介に本気で謝ろう。そして全部話そう……そうすればきっと、親友とバドを続けられる……大丈夫だ)」

 

 そうやって強引に心へ決意を言い聞かせて、俺は部屋の明かりを消して眠りに就こうとした。

 

 スッ_

 

 明かりを消そうと寝転がっていた布団の上から起き上がった瞬間、廊下に繋がる襖がスッと開いた。開かれた襖の先にいたのは、ついさっき“おやすみ”と言って2階の部屋へ上がっていったはずの雛姉だった。

 

 「……どした雛姉?」

 「ごめんっ。寝る前にちょっとだけ飛鷹くんと話したいことがあってさ」

 

 絵に描いたように呆気に取られた俺のことはお構いなしに、髪を下ろしたパジャマ姿の雛姉は何食わぬ顔でそう言いながら俺が泊まる部屋に入って襖を閉めた。雛姉の顔を見て、妙に何か企んでいそうな雰囲気を子供心ながらに俺は感じた。

 

 「あ、ほんとにすぐ寝たいんだったら30秒で出るから安心してね」

 「いや。全然余裕」

 

 とはいえ気分的にあんまりすぐに寝つける感じではなかった俺は、そのまま雛姉の我儘を秒で受け入れた。

 

 「で、どういう話なん?」

 「飛鷹くんっていまバドミントンってスポーツやってるんだよね?」

 

 どんな話をしに来たのか聞くと、間髪入れずに雛姉はバドミントンの話題(はなし)を振ってきた。

 

 「おう」

 「バドミントンって楽しい?」

 

 ひとまず相槌を打った俺に、部屋の隅に置いてあった座布団を持ってきてそれに座り込んだ雛姉は真っ直ぐな眼と表情でこう聞いてきた。聞かれた瞬間、無自覚ながらもいきなり触れて欲しくない核心を突かれて胸の奥を締め付けられるような感覚がしたのは今でも覚えている。

 

 「…めっちゃ楽しい」

 「いまの間は何?」

 「噛みしめてた」

 「そっか」

 

 先に言ってしまうとその問いかけが()()()だったということが後になってわかるのだが、そんなことなど微塵にも思っていなかった俺は雛姉に“めっちゃ楽しい”と何とか平気な顔を作って答えた。

 

 楽しい?と聞かれて即答できなかった自分の気持ちに酷いショックを受けた。

 

 「どういうところが楽しい?」

 「んー、スマッシュが決まる瞬間とか」

 「スマッシュ?ってこんなふうにラケット持って飛んできた羽根をバーンって打つ感じのやつ?」

 「なんだわかってんじゃん」

 「1学期の体育の授業でやったからね」

 

 もちろんバドが嫌いになったことは、今に至るまで一度たりともない。恵介とのことを考えるのが辛くて仕方がないときでさえも、コートの上に立って羽根を追っているときだけは無理やりながらも楽しめていた。

 

 「先生言ってたけどバドミントンの羽根って新幹線くらい速く飛ぶってホントなの?」

 「人による。あと世界レベルになると400キロくらい出るらしいよ」

 「よ!?……んひゃくってどれくらい速いんだろ?」

 「ここに来るまで新幹線乗ってきたじゃん。あれが260キロ*1だから単純に考えるとプラス140キロ」

 「なるほど……ものすっごく速いってことね」

 「スマッシュ打つときの一瞬だけどね」

 

 現実逃避のためにプレーを続けていたら、バドミントンそのものが自分にとっての苦痛になってしまうことなんてわかり切っていた……いや、わかっていなかったから俺は親友のことを心から信用出来ずに選択を間違えた。

 

 「飛鷹くんって物知りだね」

 「一応父ちゃんが先生やってるからな」

 

 雛姉が話し相手になって悩んでいた心が僅かに軽くなる安堵に似た気持ちと、お願いだから水泳のことだけは聞かないで欲しいと願う恐怖みたいな緊張。はっきり言って寝る前に雛姉と話した中身は、こんな感じのことを話してだんだろうなという感じで所々が抜けていて、あんまり覚えていない。

 

 

 

 ただどうか、()()()()にだけはどうか触れないでこの時間が終わって明日になってほしいと思った……どの口が言ってんだと言われたら、言い返す言葉はないけれど。

 

 

 

 「…明日さ、雛とお姉ちゃんの3人でバドミントンやろうよ」

 

 そんなこんなで10分くらい静かに盛り上がったとき、雛姉が急にこんなことを言い出した。直前に何を話していたのかはもう思い出せなくなってしまったが、きっとバドの話をしている最中だったのだろう。

 

 「バドか……自分ちにラケットと羽根あるけどラケットが2本しかないから交代しながらって感じになるけどいい?」

 「全然オッケー」

 「ただバドって外でやるの向かないんだよなぁ。少しでも風吹いたらどこ飛んでくかわからねえし」

 「じゃあ中は?」

 「中?ここでやんの??」

 「違いますよ飛鷹くん。バドミントンは体育館でやるスポーツでしょ?」

 「……マジ?」

 「うん。どうせバドするなら体育館でやらない?」

 

 バドミントンを、それも体育館でやりたいと言い出した雛姉。完全にじいちゃんの家の庭か近所にある公園でやるつもりで考えた俺も、さすがに雛姉へ対して冗談で言ってるんじゃないかと普通に思った。

 

 「…とりあえず体育館でやれるって神には誓えないけど明日父ちゃんと母ちゃん来たら相談しとくわ」

 「ありがと飛鷹くんっ」

 「最悪外でやるパターンになるかもだけど」

 「もし体育館がダメってなったらそうしようよ」

 「()()ってワケじゃないんだ」

 

 だけど雛姉の口ぶりと表情が結構マジで楽しみにしている感じだったから、ひとまず親に地元の市民体育館でバドができるか聞いてみるという具合で俺はその提案に頷いた。

 

 

 

 何というか、雛姉の口から“バドミントンやろうよ”っていう言葉が出てきたことが……無性に嬉しかった。

 

 

 

 「でも、どうしてバドなん?」

 

 嬉しいと思ったとはいえまだウジウジと罪悪感から抜け出せないでいた俺は、その気持ちを押し殺して雛姉へ理由を聞いた。

 

 「そんなの決まってるじゃん。雛がやりたいから」

 

 どうしてと聞いた俺に、雛姉は心底嬉しそうな明るい表情でニッと笑って答えた。

 

 「だから飛鷹くん!雛にもバドミントン教えてよっ!」

 「……うん」

 

 あまりにも真っ直ぐにバドミントンを教えてと笑顔で言ってきたものだから、反動でずっと堰き止めていた本音(もの)が内側からぶわっと出てきそうになった。

 

 「やっぱりここにいた」

 「あ、お母さん」

 「夜更かしするのは勝手だけど飛鷹くんを巻き込まない」

 「でも飛鷹くんがいいって」

 「でもじゃない。他の人のことを考えられない子は大人になれないよ?ほら、麦のところに戻る」

 「…はーい」

 「飛鷹くんも嫌だったら全然この子に言っちゃっていいからね~」

 「あ、はい」

 

 ちょうど泣きかけようかというタイミングでこの部屋からの声に気付いて様子を見に来た曜子さんが黙って夜更かしをしていた雛姉を叱りに来たことで、何とか俺の感情は踏み止まり今度こそ俺は眠りに就いた。

 

 

 

 

 

 

 「着いたよ」

 「「ありがとうございます」」

 「飛鷹。ラケット出すの手伝ってくれ」

 「ん」

 

 そして2日後。雛姉曰く“渾身のプレゼンをして説得した”ことで曜子さんからのOKが出て、最初に言っていた明日は無理だったものの15日の予約に空きがあったことで1時間だけとはいえ体育館の中でバドが出来ることになった俺は雛姉と麦姉、そしてここまで俺たちを乗せて車を走らせてきた父ちゃんの4人で市民体育館へ向かった。

 

 「せーのっ」

 「っし、できたっ」

 「力持ちだね~飛鷹くん」

 「バドで鍛えてるしな」

 

 ロビーで料金を払ってコートに入り、実は高校までバレーをやっていて赴任先の中学では男子バレーボール部の顧問もしているスポーツマンでもある父ちゃんとコートを立てて、ひとまず4人で四角形の輪になってそれっぽい形で準備体操をして先ずは身体を温めた。

 

 とは言ってもこの後にやるのは野球で言うところのキャッチボールみたいなレベルのことだけど、ある意味ではこれが俺にとって初めての()()()()だったと言えるかもしれない。

 

 「いくよ飛鷹くんっ!」

 

 スカッ_

 

 「うん。今のでだいたいコツは掴めたから今度こそっ!」

 

 スカッ_

 

 「あ、あれ?」

 「全然駄目じゃん雛」

 「そーいうお姉ちゃんはできるの?バドミントン?」

 「サーブからのラリーくらいはできる」

 「じゃあ飛鷹くんと10回連続でラリーやって出来なかったらお祭りで何か雛にちょうだいっ」

 「ほんとに10回でいいんだね?」

 

 体育の授業で習ってるから大丈夫と息巻いていきなり1ゲームしようと俺に言い出すも、サーブを連続で空振って麦姉に野次られて逆にやってみろと言わんばかりに普段やらないド素人には絶妙な難題を押し付ける雛姉。

 

 パァンッ_

 

 「よしっ、10回いった」

 「…やっぱり20回にすればよかった」

 「じゃあ雛も10回成功したらお祭りで好きなのひとつ買ってあげる」

 「飛鷹くん。やろっ」

 

 難題に乗っていざやってみたら意外にもセンスがあった麦姉があっさり10回ラリーをクリアしたのを見て悔しがる雛姉が、麦姉の煽りに乗ってリベンジを申し込む。

 

 スカッ_

 

 「はい0回~」

 「サ、サーブが苦手なだけだからっ!」

 

 そうして図に乗せられて三度目の正直とサーブからの10回連続ラリーにトライするも、またしても空振りに終わって苦し紛れの言い訳で悔しさを誤魔化す雛姉。

 

 「ぷはっ、サーブ打てないとバドは始まんないんだって雛姉」

 

 

 

 いつもは麦姉を真似てお姉さんぶる雛姉がバドミントンに悪戦苦闘する健気な様子を見ていたら、俺は恵介のことを忘れて堪えきれず普通に笑っていた。

 

 

 

 「雛姉。サーブんときは左手を落として、ラケットをこう持っていくと」

 

 パンッ_

 

 「こんな感じで打てるってわけ。やってみ?」

 

 なかなかコツを掴めない雛姉に、俺は経験者としてサーブの打ち方を教えた。

 

 パンッ_

 

 俺から羽根を打つときのコツを教わった雛姉が、ネットの向こうへとサーブを打った。雛姉が持ったラケットから聞こえて来たのは空を切る音ではなく、コルクが優しく面に当たる音だった。

 

 「……できたっ」

 

 自分の手で初めて奏でられた羽根の音と対角線上に落ちた軌道(コース)を見つめて、本当に嬉しそうに雛姉は呟き瞳をパッと輝かせるように笑った。

 

 「やったじゃん。しかもちゃんと入ってるよ」

 「ひょっとして雛ってバドミントンの才能もあるのかな?」

 「いや時期尚早過ぎるでしょ」

 

 その太陽みたいにキラキラした雛姉の笑顔を見た俺は、一番言ってはいけない言葉を恵介に言ってしまったあの日以来に、久々に心からバドミントンって楽しいよなと思えた。

 

 「じゃあ次はラリーやってみるか」

 「うん!」

 「すっかり飛鷹くんが先生になってるね」

 

 

 

 

 

 

 このときほど、いま感じている“楽しみ”が続いて欲しいと思ったことはない。

 

 

 

 

 

 

 「あと15分だけど何やろう?」

 

 楽しい時間があっという間に過ぎていくのは物心がついたときから相場で決まっていたみたいで、気が付けばコートを片付ける時間も込みで残り15分になった。

 

 「慣れてきたしせっかくだから試合とかやってみる?」

 「だったらシングルスの5点マッチでトーナメントはどうよ?」

 「賛成っ!」

 「父ちゃんもやる?」

 「いや。ここは3人で楽しんで」

 

 実質ラスト10分をどう使うか話し合った末に、麦姉の一言と俺の提案をきっかけに不参加の父ちゃんを審判にして5点マッチのシングルスでトーナメントをやることになった。どうして楽しい時間はこうも早く終わってしまうんだろうと、本気で俺は思った。

 

 パァンッ_

 

 「飛鷹くん強く打ちすぎだってっ!」

 「雛姉がスマッシュ打ってこいって言うから」

 「相手は初心者なんだから少しは加減したらどうなんだ飛鷹」

 「加減してるっつの」

 「実力差がありすぎて試合になってないよねこれ…」

 

 だが1時間足らずで一通りのショットを打てるコツを掴めるほど甘くないバドでは分が悪く、初心者の雛姉と歴1年ながら同学年では1番バドが上手くなっていた俺ではそもそもゲームにならず、

 

 スカッ_

 

 「うわまた空振りっ」

 「ていうかさっきからまともに打ててないよねウチら?」

 

 急遽麦姉と雛姉で5点マッチをするもやっとラリーが続くようになった初心者の姉妹2人では空振り連発のグダグダな泥仕合。

 

 「よっしゃ、最後はラリー対決にしよう」

 

 やっぱりこのままじゃ試合にならないと、俺の発案で最後の5分はラリー対決に落ち着いた。

 

 パァンッ_

 

 「いいコース返せるようになったじゃん麦姉っ」

 「ようやく感覚が掴めてきたからねっ!」

 

 ちゃんとした形でクリアを打てるようになった麦姉が、俺とのラリーが10回以上続いたところでスマッシュを決めようと見よう見まねの構えを取る。

 

 カンッ_

 

 「うわ~カッコ悪っ」

 「ドンマイドンマイ」

 「あははっ、野球みたいな音したねお姉ちゃん」

 

 意気揚々と羽根を目掛けてラケットを振るも、コルクの部分を盛大にフレームに当てて野球の打撃音みたいな音が4人だけの体育館に笑い声と一緒に響く。

 

 「じゃあ次は雛ね」

 「お姉ちゃん。もし10回サーブが続いたら何か買って」

 「…その代わりサーブは雛からね?」

 「やったっ!」

 

 残り時間を気にして麦姉が雛姉にラケットを渡して選手交代。さっきはサーブで空振り呆気なく終わったご褒美を賭けた雛姉のリベンジマッチ。

 

 「左手を落として、ラケットを持ち上げるように…」

 

 サーブを打つ姿勢のまま、今まで見たことないくらい真剣な眼差しで羽根を見つめて俺から教わったコツを雛姉は復唱する。サーブを打つだけでもここまで真剣になる雛姉を見て、本当は俺もこれぐらい純粋な気持ちでバドを楽しめるはずなのにと、ふと思った。

 

 パンッ_

 

 乾いた音と一緒に、雛姉の持つラケットから羽根が対角目掛けて緩い角度で放たれた。

 

 パァンッ_

 

 

 

 

 

 

 俺は俺が好きになったことを、ただ楽しみたいから続けているというだけ。周りと同じだけの努力で周りを越えてしまった自分が本当はどう思われているかが不安で、水泳のときみたいに俺が楽しんでいるのを快く思わない人が1人また1人と増えていって、今度こそはと見つけられたバドミントンというスポーツも同じように嫌いになってしまうかもしれない。その不安を和らげてくれた親友に最低な言葉をぶつけてしまった俺には、そもそもバドを続ける資格すらないのかもしれない……だけど雛姉や麦姉と諍いから離れてバドをしている瞬間の俺は、本当に心からバドを楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 こんなときでも、バドミントンは楽しいんだな……ラリーを打ちながら、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 「雛姉ラストっ!」

 

 相手が打ちやすい方角へクリアを打って、俺は叫んだ。

 

 パァンッ_

 

 俺が高く飛ばした羽根に必死で追いすがり、雛姉がラケットを振った。それがちょうどベストのタイミングで重なって、偶然にも会心のハイクリアになった。この羽根を打ち返したら、ゴールにしていた10回目に達してしまう。楽しいバドミントンの時間も、これで終わり。お盆が終わったら恵介に全部話して、許してくれるまでずっと謝ろう。()()()()()で、恵介と親友になろう。

 

 

 

 だけどもし、恵介が俺のことを許してくれなかったら……俺は……

 

 

 

 「思いっきり飛ばしてっ!」

 

 最後の最後で逃げ続けてきた現実に襲われて不安に潰されそうになった感情を、雛姉の大声が吹き飛ばした。

 

 パァァンッ_

 

 “不安から逃げるな”と喝を入れるかのような大きな声に、俺は全力のクリアで応えた。どこに飛んでいくかも考えずただ思いっ切りの軌道を描いた羽根を、雛姉は追いかけた。スマッシュで打ち返そうとしていたのは、ややぎこちないステップと空中を捉える左手の構えですぐにわかった。

 

 パァンッ_

 

 3歳から始めた新体操で鍛えてきた体幹だけを頼りに放たれた、渾身のスマッシュ。タイミングと角度は単なるマグレで羽根は一直線に左のサイドラインの外へと落ちて行ったけど、雛姉の気持ちが込められた鋭いスマッシュだった。

 

 「雛姉……めっちゃエグいスマッシュ打つじゃん!」

 「だから言ったでしょ。苦手なのはサーブだけだって」

 「でもアウトだけど」

 

 そのスマッシュに勇気づけられたと言えるかはわからない。でも、こんなふうにバドミントンのことを心から楽しめている自分だけは失いたくないと、俺は思った。

 

 

 

 「飛鷹くん。ちょっとついてきてくれない?」

 

 

 

 そんな俺を、雛姉は体育館から帰ってきたところで()()()()()に連れ出した。

*1
北陸新幹線(高崎駅~敦賀駅間)の最高速度




過去エピのペース配分(ry
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