鷹と蝶   作:ナカイユウ

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始まる恋があれば、終わる恋もある_




 「大喜くん」

 

 神様に誓って、私にとって大喜先輩は憧れの人であって、好きな人ではない。

 

 「ごめん…遅くなって」

 

 花火が打ち上がる数分前。大喜先輩の前に誰も知らなかった“ひみつのお相手”が金魚袋を手に携えて現れた。その相手(ひと)は学校の中で一番名前が知られていて、学年の枠を超えてみんなが羨望の眼差しを向ける学校のマドンナ。

 

 「ごめんね。大喜くんと話があるんだけど」

 

 

 

 栄明高校女子バスケットボール部キャプテン、鹿野千夏先輩。この人が大喜先輩の“ひみつのお相手”で、大喜先輩の()()だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えっ!?あの2人が!?」

 「花火大会で?」

 「手を繋いで!?」

 「3年生と2年生だろ!?」

 「なんでだよいつからだよ!?」

 「みんなの鹿野さんだろっ!」

 「それはキモイって…」

 

 花火大会が終わった次の日の体育館。インターハイまであと3日に迫ろうかという空気なんかそっちのけで、練習前のコートの話題はもっぱらひとつのことで持ち切りになっている。

 

 「「猪股ぁぁぁッ!!」」

 「説明しろぉ!どんな手を使ったんだ!?」

 

 学校のマドンナを射止めたご本人が登場するのと同時に、男バドのみんなが一斉に詰め寄り質問の嵐になる。無理はない。ただでさえ誰かしら恋人が出来ればクラスや部活中の話題になるくらい恋愛沙汰には敏感?な現役高校生の私たちにとって、女バスの千夏先輩はまさしく高嶺の花で、例えるなら優しさと品性と可愛らしさと何より強さを併せ持った()()()()()()

 

 「俺だって必死に生きてるんだぞ!」

 「そーだそーだ」

 

 そんなみんなの憧れでもある千夏先輩を振り向かせて恋人になった……なんて男子(ひと)が現れようものなら、こうなるのも不思議じゃない。ってぐらい凄い人を、大喜先輩は振り向かせた。

 

 「何も不思議なことはない」

 「西田先輩っ」

 「大喜は努力の達人だ。バドで針生からインターハイを勝ち取ったように、恋愛でも努力した結果なのだろう…」

 

 千夏先輩と付き合っている噂が一瞬で広まって男バドのほぼ全員から集中砲火を食らう大喜先輩を、部長の西田先輩がクールに窘める。

 

 「だがそれが妬みを生まない理由にはならないっ!」

 「西田やれぇ!」

 「先輩っ、ギブッ、ギブッ!」

 

 と見せかけて、後輩たちの妬みを一心に背負った関節技を大喜先輩へお見舞いして、“今日はこのぐらいにしてやろう”とクールに去る西田先輩。

 

 「……」

 

 私はその一部始終を、シャトルを入れた籠を持ちながらつい盗み見ていた。さすがに加減してるのはわかったけれど、西田先輩が関節技を決めてきたときは一瞬だけ止めようかと思った。思っただけだけど。

 

 「部長!いま大喜のやつ千夏先輩(かのじょ)とアイコンタクトしてましたっ!」

 「なぁにぃ!?体育館の中でも惚気るとは懲りないやつめ」

 「先輩も彼女作ればいいじゃないですか」

 「あ゛?」

 

 視線の向こうで、大喜先輩がコートを隔てるネットを介して千夏先輩とアイコンタクトを取って、また先輩たちから羨ましがられる。その様子をただ私は、籠を持ちながら遠巻きで見つめる。西田先輩の言う通り大喜先輩(このひと)は努力の達人で、好きな人の隣に立つためにただ真っ直ぐバドに打ち込んできた。お兄ちゃんも言ってた“猪みたいな真っ直ぐさ”のように、猪突猛進を地で行く誠実さがきっと好きな人にちゃんとした形で伝わって、心を動かした。

 

 

 

 その大喜先輩の背中が、やけに()()感じる。

 

 

 

 ドンッ_

 

 「わあっ!」

 

 なんて感じによそ見をしていたら、目の前にあった柱に気付かず盛大にぶつかって、その反動で落とした籠から溢れた羽根を踏んだ拍子に後ろ向きで私は派手にすっ転んだ。

 

 「うわぁ…」

 

 絵に描いたように転んだ自分と、床に散らばった羽根を見て情けない声が漏れる。こういうドジをするのは小さい時から通常運転だし、転んだだけでどこも痛めてないから今更気にしたところで仕方ないとはいえ、バドミントン部らしからぬこの体幹の無さは自分でもどうかと思う。これはもっともっと努力せねば。

 

 「だ、大丈夫…?」

 

 気持ちを切り替えとにかく落ちた羽根を籠の中に入れようと起き上がったところに、同じ体育館でいつも練習している新体操部の蝶野先輩が少し心配そうに声を掛けてきた。

 

 「はい…これが通常運転なんです」

 「それはそれで心配なのだけど…」

 

 この学校にいる3年生の中で一番有名で一目置かれている人が千夏先輩だとしたら、2年生の中で一番有名で一目置かれているのが新体操部のエースの蝶野先輩。新体操のことは畑違いすぎてよくわからないけど、お父さんが体操の元日本代表で蝶野先輩も1年生のときからインターハイで3位になるほどの実力を持つ、この体育館にいる人たちの中で誰よりも日本一に近い場所にいる、私からすれば雲の上の存在。

 

 「私も手伝うよ」

 「すみませんっ、お手数を…」

 「いいっていいって」

 

 そして私が知っている限りでは、大喜先輩の()()()でもある人……もちろんまともに顔を合わせて話すのは初めてだから、これぐらいしかわからない。

 

 「失恋したんですよ。そいつ」

 

 そんな凄い人に全く臆する様子もなく、同じクラスで男バドの晴人くんが通りすがったついでで割って入るようにいきなり蝶野先輩へ話しかける。しかも盛大に勘違いした噂を流して。

 

 「もう違うよぉ!大喜先輩のことは憧れてるってだけで恋なんかじゃ」

 「ほら、すげえ動揺してる」

 「いきなりこんなこと言われたら嘘でも動揺するってっ!」

 

 まあ、結月ちゃん然り晴人くん然り、“私が大喜先輩のことが好き”という根も葉もない噂が流れてしまったのは、中途半端に誤解されかねない態度を取ってしまった私に原因があるからこれ以上強くは言い返せないのは事実だ。ついでにお兄ちゃんからも“猪股なら、まぁいいぞ”なんて言われちゃってる始末だから、もうどうしようもない。

 

 

 

 「ごめん。言えない」

 

 

 

 好きっていう気持ちが本当に憧れってだけなのかって、言葉ではみんなに言っているけど果たして全部が本当なのか……考えれば考えるほどわからなくなる。

 

 

 

 「大喜先輩と千夏先輩が付き合ってること、結にもメッセで言う?」

 「いやいや、明日の練習まで黙って驚かすに限るでしょ」

 

 

 

 だけれど、大喜先輩と千夏先輩が付き合っていたって知ったとき、この2人だったらと腑に落ちたのと同時に、恋なんてしていないはずなのに失恋したかのような気分になって、心の中で少しだけショックを受けた感覚がした。

 

 

 

 「もしかして……大喜のこと…?」

 「……」

 

 動揺を隠せない私を見て、蝶野先輩が何かに勘づいた様子で呟くぐらいの声量で声を掛ける。昨日のこともあって違うとも言い切れず、こっちは無言で受け止めるだけで精一杯。

 

 「…ちょっと時間ある?」

 「あ、はいっ」

 

 昨日からずっと混乱し続けているこの気持ちに気付いた蝶野先輩に連れられて、籠を置いて体育館の外にある出入り口の階段へ足を進める。どういうわけか晴人くんも一緒についてきたのはともかく、私は蝶野先輩にいまの気持ちを正直に伝えることにした。

 

 「…正直、わからないんです_」

 

 

 

 

 

 

 この学校に進学する前から大喜先輩のことはお兄ちゃん伝手の噂で聞いていて、どんな人なんだろうとずっと気になっていた。もちろん気になっていたというのは本当にあくまで“先輩として”という意味で、バドの才能もなければ努力の仕方も下手くそな私は“バドが上手い人”として大喜先輩に純粋な憧れを抱いていた。この前の県大会で針生先輩とフルゲームの激闘を繰り広げてインターハイの切符を掴んだときも、応援していてかっこいいなと私は思っていた。当然、バドミントン選手として。

 

 「打つ時、ひし固定させた方がいいよ」

 

 でも大喜先輩はただバドが強いだけじゃなくて、普段からすごく気を配っていて1年の私たちとも気軽に話しかけたりアドバイスを送ったりする優しさも兼ね備えた、選手である前に人としても本当に尊敬できる先輩だった。

 

 「好きな人がいるかもとか、自分の気持ちがどうだろうとかは一旦置いといて、まずは普通に後輩として距離を縮めてみるのはどう?」

 

 尊敬する先輩にお近づきになって仲良くなりたいなんて、大それたことは思わなかった。ただ後輩として勇気を振り絞って少しだけ距離を縮めたら、抱いた気持ちが本当に“ただの憧れ”だけなのか、だんだん自分の中でわからなくなってしまった。

 

 「そういや兵藤って大喜先輩のこと好きなの?」

 

 私は大喜先輩に憧れているのであって、好きというわけじゃない。その気持ちが私の全てのはずだった。

 

 

 

 「お相手のことを守りたいなら、少し距離感を考えたほうがいいかもしれません」

 

 

 

 でもそう思う心のどこかで、お相手がいるかいないかハッキリしない状況だったら少しくらい、本当に少しくらいは浮かれていても許されるのかな……なんて思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 「卑しいっ!こんな卑しいのやっぱり駄目ですよね!」

 

 やっぱり、私が感じていた気持ちは恋なんかじゃない。ちょっと憧れの人と親しくなれただけでテンションが上がって調子に乗ってしまったってだけの、単なる()()()

 

 「きっとただの憧れだったんですよ!高校入ってバドが上手い先輩とお話できたことが嬉しくて勝手に舞い上がっていただけで……大喜先輩のお相手が千夏先輩だってわかったときも、なんだかストンとしたんです」

 

 ってことに嘘でも自分が納得していたとしたら、こんなに引きずることはないのかな。いっそのこと、全部なかったことにして心の奥底にある箱にでも閉めて封印するしかないのかな?

 

 「お似合いですもんね、お2人とも強くてかっこよくて、いつだって努力を惜しまなくてみんなに優しい…」

 

 

 

 辛いとか苦しいとか、心が痛んでいるわけじゃない。ただ奥底でしこりみたいなものが引っかかっているみたいな、上手く表現できないけどそんな気持ちが身体中をぐるぐると周っている。

 

 

 

 「…確かにそれは“恋”じゃないのかもね」

 「えっ」

 「彼女いるって知ったら痛いものよ~そりゃ」

 「先輩は知ってるんすかその痛み?」

 「さあ?」

 「さあ?(否定しないんだ…)」

 

 全部を話した私を通じてどこか区切りが付けられない気持ちを知って、蝶野先輩は深く頷きながらこの感情は“恋じゃない”と言い切る。言われてみると確かに蝶野先輩が言う痛みは全く感じない。

 

 「でも、恋じゃなくても引っかかってるってこと?」

 「…はい。多分」

 

 痛みはないけど、これまた蝶野先輩の言う通り大喜先輩に対しての気持ちがずっと心に引っかかっていて、一晩明けても身体の中から離れない。

 

 「…もし少しでも引っかかるなら、自分の感情に他人から名前を付けられないようにした方がいいんじゃないかな?」

 「……」

 

 出入り口の階段に座り込む私へ、蝶野先輩が優しい口調で告げる。

 

 「“恋”という感情だったら大喜とは叶わないけど、正体不明の感情を歪な箱にしまう必要はないよ。色んな気持ちに“こんにちは”って挨拶しとくのは悪いことじゃないんだもの!」

 

 優しく笑みを浮かべた蝶野先輩から告げられたのは、いま感じているこの気持ちを無理やり心の奥にしまい込むのではなく、感情の名前なんて決めつけず自分の中で答えがわかるまで“こんにちは”と挨拶するぐらいの軽い気持ちで、これからも変わらず居続けるということ。

 

 「その正体が分からないなら、分かるまで挨拶する程度の距離感でさ……()()に名前を付けて形にすると、凄く存在感が出てしまうからね」

 

 

 

 感情がわからなかったら、無理に名前を付ける必要なんてない……こんなこと今まで考えたことすらなかったけれど、蝶野先輩からそう言われた瞬間、分厚い雲の隙間から光が射し込んだかのように気持ちがパッと軽くなった。

 

 

 

 「蝶野先輩っ!凄いですっ!納得ですっ!」

 「(この子さては飛鷹くんと一緒で流されやすいタイプだな…)」

 

 蝶野先輩の言葉を聞いて、私は心の底から腑に落ちて納得した。

 

 「私、焦ってしまってましたっ」

 

 大喜先輩に対して感じていた気持ちは憧れであって恋なんかじゃなかった。なんて焦って無理やりこの気持ちに名前を付けるくらいなら、自分から探さないで成り行きでわかる時が来たら答えを出せばいい。

 

 だって恋という感情をまだ知らない私には、大喜先輩へ感じていた()()()()()()なんてわからないから。

 

 「あかりー?」

 「あっ呼ばれてる」

 

 体育館の中から、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。気が付けばもうそろそろ練習の時間だ。

 

「話してくださりありがとうございましたっ」

 

 コートに戻らねばと、蝶野先輩にお辞儀して体育館に駆け足で戻る。初めて蝶野先輩とちゃんと話したけれど、学年はたった1つしか違わないのに私と違って周りの言葉や意見に流されない芯を感じて、ますます凄い人だなと思った。お兄ちゃんもそうだけど、大会でしっかりと成果を出す人はみんな自分の中に答えのようなものを持っていて、きっとそれを見つけるのも上手かったりする。

 

 「(…じゃあ)」

 

 片付け途中の羽根を入れた籠の前まで来たところで、蝶野先輩から言われたばかりの言葉が頭をよぎる。

 

 「(()()が本当に“恋”の可能性もあったのかな…?)」

 

 

 

 この気持ちがなんだったのか、不器用な私はいつになったらわかるときが来るのだろう……わかったとき、私は何を思うんだろう……

 

 

 

 「あかり~、そろそろ集合するからそこの羽根(シャトル)持ってきて~」

 「あ、はいっ!」

 「ゆーづから聞いたんですけど大喜先輩と千夏先輩が付き合ってたってホントなんですかのぞみ先輩っ!?」

 「(声デカっ)うん。ていうか結も花火大会行ってたよね?」

 「同じクラスの友達と別行動で花火観てたので知らないんですよ~」

 

 たったいま大喜先輩のお相手が千夏先輩だったことを知って驚きが隠せない結ちゃんの声が響く女バドのコートへ、私は羽根を入れた籠を持って足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『♪~_』

 

 演目の曲が終わるのに合わせて、(うえ)から舞い落ちるリボンを掌で優しく掴んで最後のポージング。

 

 「(…よしっ)」

 

 県予選からインターハイ本戦に向けた練習の中で、1番上手く最後まで演りきれた手応えを感じて心がガッツポーズをする。それに比例するように、周りから拍手の音。

 

 「なんて素晴らしい演技なの蝶野さん!これなら今週末のインターハイで優勝するのも夢じゃないわね!」

 

 ポージングを解くと決まってコーチからのベタ褒めのお言葉。からの無自覚なプレッシャー掛け。

 

 「ありがとうございます。ここから週末の本戦にかけて更に精度を上げて、県予選みたいにサクッと勝ちに行きます」

 

 もちろん体操で世界選手権やオリンピックに出て日本を沸かせた()()()()()()()()というプレッシャーを10年以上抱えてきた私からすればこれぐらいは余裕なものだから、上手くいった調子のままにご機嫌に言葉を返してフロアマットの外へ出る。

 

 「調子いいね雛」

 「当然でしょ。本番が近づけば近づくほど強くなるのが私だから」

 「“調子に乗れ”とは言ってないけどね」

 「分かってる分かってる~」

 「ならいいんだけどさ」

 

 マットから下りた私に、にいなが声を掛ける。当たり前すぎて中々気が付かないけど、私にとってにいなは新体操部のみんなが一目置いている中でも対等に接してくれる貴重な存在(ともだち)だ。

 

 「大丈夫だよ。油断なんかこれっぽっちもしてないから」

 

 そんなある意味で大喜以上の理解者でもあるにいなへ、大丈夫と落ち着いて伝える。大きな大会が近づくにつれて人の気持ちはピリピリとしてしまうけれど、“こういうときこそ普段と同じように、いやむしろ普段以上に“焦らさんな”と心を落ち着かせて思うがままにリラックスすることが大事なんです”って現役でイケイケだったときのお父さんがドキュメンタリーのインタビューで言っていたように、大切なのは過度に自分を追い込まないで適度にゆとりを持つこと。

 

 「けど、“いい流れ”があるなら乗るに限るでしょ」

 「サーファーの格言?」

 「って()()()()()()が言ってた」

 「ほんとに言ったことあるのそれ?」

 「私が生まれる前にやったドキュメンタリー番組で言ってたの思い出した」

 

 現役時代のお父さんが言っていた言葉を片隅で思い浮かべながら、私はほぼ無意識にラケットとシューズが床を擦る音が聞こえる男バドのコートのほうへ視線を投げる。

 

 パァンッ_

 

 ちょうど投げた視線の先、緑のネットシートの向こうでは初めてのインターハイを控える大喜が飛鷹くんを相手に本番さながらの熱量で試合形式の練習をしていた。

 

 「2人ともよくあんなに動けるよね~」

 「ほんとね~」

 

 同じバド部の中では絶対的エースだった針生先輩に最後の最後でついに勝って目標だったインターハイの切符を掴んだ私の親友。その親友と今や互角に渡り合うほど強くなった私の親戚(はとこ)。クールダウンのついでで何気なく10秒くらい見るつもりが、初めて試合をしたとき以上に白熱したシングルスゲームをする2人に、つい練習中であることを忘れて見入ってしまう。

 

 「(強くなったなぁ…)」

 

 競技が全然違うから詳しいことなんて分からないけど、大喜も飛鷹くんも強くなったなって私は思う。

 

 パァァンッ_

 

 「うわ、いまの猪股くんのスマッシュ絶対決まったと思った」

 「飛鷹くんも普通に強いからね~」

 

 いつの間にか覚えたジャンプスマッシュで攻め込む大喜に、“まだまだですよ先輩”と言いたげにコースを読み超高速で飛んできた羽根をいとも簡単そうに打ち返す飛鷹くん。

 

 「……」

 

 元から1年生の中では頭一つ抜けていたセンスや技術はともかく、精神面でも飛鷹くんは大きく成長したなってこうしてたまに練習を見てきた私は感じる。相手が大喜だからある意味で凄さは伝わりづらいけど、インターハイに出られるくらい強くなった先輩(ひと)と1~2点差で戦えている時点で、本当にこの子は強くなった。

 

 

 

 「今日の雛姉……めちゃくちゃ可愛いな」

 

 

 

 「ちょっとお水買ってくる」

 「うん。行ってらー」

 

 昨日の飛鷹くんの言葉と表情を不意に思い出して、自販機に行くついでで一旦気持ちをリセットさせるためにお財布を片手にアリーナの外へ向かう。

 

 「(…()()だ)」

 

 花火大会から蝶野家へ帰ってきたとき、“10分くらいで戻る”とランニングへ向かった飛鷹くんが走り際に浴衣を着た私に“可愛い”と言った。大した意味なんてなくて、たまに飛鷹くんが見せる大袈裟な表現なんだろうと最初は思った。強いて言えば、ランニングの割にはやたら全速力で神社の方向へ走って行ったのが少し気になったくらい。

 

 「(ま、大喜と試合してるときの感じはいつもと同じだったから勘違いも全然あるか。インターハイの前は気が張りやすいからどうでもいい些細なことが気になっちゃうのはあるあるだし)」

 

 考えすぎと言われたら、きっとそう。あれから神社までのランニングを終えて帰ったあとの飛鷹くんは見た感じ普段とほとんど変わらなかったから、どうせ私が考えすぎてるだけだと思う。もちろん演技には何一つ影響はないどころか調子は変わらず好調だから、大して気には留めているわけじゃない。

 

 チャリンッ_

 

 大会が近くていつもより気が張ってなかったら気付けないくらい、本当に些細なこと。ただ、何だかいつもの飛鷹くんとほんの少しだけ違うなっていうのが、蝶野家に来てから初めて寝坊した飛鷹くんを起こしたときに感じた。

 

 ピッ_ゴトッ_

 

 

 

 「雛姉がいなかったら恵介とも仲直り出来なかったし、水泳と同じようにバドミントンも楽しめなくなって、多分諦めてた……だからありがとう。あのとき俺に“絶対大丈夫”って言ってくれて」

 

 

 

 あんな表情(かお)をする飛鷹くんを見たのは初めてだった。何と言えばいいのか上手い例えが思いつかないけれど、いつになく言葉は真っ直ぐなのに互いの視界だけがほんの僅かに合わないような……何とも言えない()()()()()でつっかえる感じ……

 

 

 

 「あの……蝶野先輩(あなた)のこといいなって思う気持ちが“こんにち_」

 

 

 

 パチンッ_

 

 変なことを考え始めようとした意識を目覚めさせるために、ミネラルウォーターを取り出す前に両頬を赤くならない程度の強さでパチンと叩いて無理やり頭の中をリセットさせる。

 

 「…よし。消えた」

 

 やっぱり今は週末に控えるインターハイに集中して、なるべく気にする必要のない余計なことは考えないようにしよう。せっかくここまでいい流れが続いているんだから。

 

 「お疲れ様です先輩」

 

 気を切り替えてたったいま買ったミネラルウォーターを取り出したところに、私を呼ぶ声がした。

 

 「…もう、いきなり敬語で話しかけられるとびっくりするよ」

 「一応ここも校内なんで」

 「ははっ、今は誰も周りにいないから大丈夫だよ」

 「じゃ敬語やめまーす」

 「真面目かい」

 

 振り返ると、学校の中だからと赤の他人の設定を律義に貫きながら軽い感じで私に話しかける飛鷹くん。タイミングからして大喜との試合がちょうど終わったのだろうか。

 

 「飛鷹くんも自販機?」

 「埼玉の夏はボトル1本じゃ足りんすわ」

 「ほんとね~ずっと暑いし。ていうか奢る?」

 「ううん大丈夫」

 「そっか」

 「さっき大喜先輩デュースに持ち込んで来たわ」

 「君も調子いいじゃん」

 「競り負けたけど」

 「大喜はそう簡単に勝てる相手ではないぞよ」

 

 という読みが当たり、私と入れ替わって飛鷹くんは自販機の前に立ち8月の暑さの愚痴と大喜との試合を振り返りながら清涼飲料水を選ぶ。

 

 ゴトッ_

 

 横顔は5()()()()()から醒めた直後に浮かべた何とも言えない表情が嘘みたいに、普段見る私がよく知っている飛鷹くんそのものだ。

 

 「(…考えすぎ、か)」

 「雛姉」

 「ん?」

 

 いつもより神経質になって考えすぎていたと自分で納得した私へ、清涼飲料水を取り出した飛鷹くんが名前を呼んで振り返った。

 

 「今日の練習終わったあと、時間ある?」




惜しかった。本当に惜しかった。

1点が入って、希望を見た。しかし、あと一歩が遠かった。

超えるべき壁は高かった。女神はまたしても微笑みではなく牙を向けた。

悔しい。本当に悔しい。終わった瞬間、久しぶりに涙が出た。

でも、最高にカッコよかった。めちゃくちゃ感動した。勇気だって貰えた。

そして何より、スポーツってやっぱりいいなって、再認識できた。

感動をありがとう!日本代表!
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