鷹と蝶   作:ナカイユウ

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 「……」

 表彰式前の隙間時間。第二種目を終えた私は、なるべく冷静になるよう自分自身に言い聞かせながらコンコースのベンチに座って最後の全中を振り返っていた。

 「……はぁ」

 感情的にならないように努めるも、ものの数秒で溜息が出た。自分の中では会心の出来だった第一種目(クラブ)で思ったほどスコアを伸ばせず、暫定2位からの逆転を狙って得意の第二種目(リボン)で挽回を図ろうとするも気負いが演技に出て手具を落としたりと逆に精彩を欠き、終わってみれば4位。

 「(…さすがに悔しいな。これは)」

 いつも通り冷静に演技をしていれば、可能性は低くとも優勝だって狙えた。もちろん本気で優勝を目指していた。その気持ちが一番肝心なところで私に牙を向けた。

 「(そういえばあそこのジャンプ、左足のつま先が伸び切ってなかった……ああいう雑な部分を治さないと勝てないのに…)」

 それでも結果は結果と、気持ちを切り替えてどこがいけなかったのかを自分で振り返って、今にも沈みそうな心を保った。出来なかったことを悔いて泣くくらいなら、どうして失敗したのかを客観的に考えて、どうすれば良かったのか打開策を探して次に繋げる。落ち込んでいるのは時間の無駄。泣いていいのは、そうしないと心を切り替えられなくなった時だけ。少なくとも今は、その時間じゃない。

 「なに黄昏てるん雛ちゃん?」
 「……凛桜ちゃん。大きくなったね」
 「6年ぶりやからな」

 脳内で反省会をしていたところに、私の名前を呼ぶ声がした。目を開けると、第二種目をノーミスで演りきり逆転で3位になった凛桜ちゃんがいた。出場するのは知っていたし開会式のときから遠目で見ていたけれど、衣装に合わせたメイクも相まっていざ話しかけられたら顔つきも声も6年の月日を感じるくらい大人に近づいていたから素で驚いた。

 「3位おめでとう。すごいじゃん初めての全中で3位って」
 「大したことないよ。3番やし」
 「それを言うなら私は凛桜ちゃんより下の4番だよ」
 「野球やったら()()()()やん」
 「ははっ、確かに」

 どうにか4位に終わった結果を受け止めようと、平気なフリをして私は6年ぶりに会った生まれて初めての友達との会話を紡いだ。隣に座って満足げに微笑む凛桜ちゃんの横で容赦なく身体中を巡る悔しさに耐えながら笑っていたことは、今でもたまに夢に出てくるくらいには鮮明に覚えている。

 「せや、ライン交換しよう。ウチ雛ちゃんの持っとらんし」
 「あー、確かにいい機会だね」

 このとき私は言葉にも態度にも出さなかったけど……ちょうど私と1点差で3位になった凛桜ちゃんの嬉しそうな横顔を見て、“手具(リボン)を落とさなければメダルを獲ったのは私なのに…”と思ってしまった。

 「…あんなもんちゃうやん。雛ちゃんの実力は」

 心の甘さを見抜かれたのか、連絡先を交換しようとしていた私に凛桜ちゃんは呟くように告げた。向けられた視線と表情は微笑んでいながらも、私の4位という結果に全く納得いってないことを伝えていた。

 「仕方ないよ。ミスをしたことも含めて実力だから」
 「ほんまに思っとる?」

 納得しようがしまいが、スポーツの世界は結果が全て。努力は確かに重要な過程であるのは間違いないこと。それでも本番でミスをすることだってある。“不運”の二文字で片付ければ気持ちはラクになるだろうけど、結局は()()()()()()()()()()()なのは変わらない。だからここが現在地と受け止めて、前に進むしかない。

 「“あんなもん”って言われても、これが私の実力。もちろん4位って結果には満足してないし悔しさもあるけど、いまの実力を受け止めて次に生かすだけだよ」
 「これが実力なんて嘘……だって雛ちゃん、()()()()()()()やん」



 分かっていたのに、私は凛桜ちゃんに追い抜かされたことをタラレバのせいにしようとした。そんな自分の甘さと醜さだけは、許せなかった。



 「うん……()()()()()()()()()()()って後悔してる自分には、ちょっとだけ…」





どんな気持ち?

 

 

 「さっきの準決勝すごかったよなー」

 「佐知川の遊佐くんほんと惜しかった」

 「俺らと同じ2年なのにベスト4だぜ?尊敬するわほんとに」

 「ただ相手のスマッシュもえげつなかったな」

 「()()()()()()()と同じ名字の?」

 「そう。あと名字だけじゃなくて従弟らしいよ」

 「マジか遺伝子半端なっ」

 

 いよいよ決勝を残すのみとなったシングルス戦のトーナメント表を見つめる視界の後ろで、終わったばかりの試合を振り返る声が聞こえて通り過ぎる。

 

 「(今年の千高は強えなぁ…)」

 

 我ら栄明はシングルスの大喜先輩が2回戦、ダブルスの針生西田ペアが準々決勝で惜しくも敗れた一方で、恵介のいる千曲はシングルスで3年生の五百崎さんが佐知川の遊佐さんとのフルゲームを制し、千高バド部どころか長野県勢で初めての決勝進出を決めた。ぶっちゃけ地元が長野(そっち)の俺からすれば千高の活躍は素直に嬉しいが、推薦を蹴って地元を飛び出し県外の強豪に入った手前で喜んでいいのか気分は少し複雑なところだ。

 

 「……」

 

 

 

 遊佐さんと五百崎さんの準決勝は、インターハイを目指すうえで参考になるからと俺も客席から見届けた。攻守共に隙を作らない圧倒的な安定感で試合を動かす遊佐さんの凄さはともかく、印象に残ったのはその隙を伺うのではなく無理やりこじ開けるかのように徹底的に相手を攻め込んで点を奪う五百崎さんの超が付くほど攻撃的なプレーだった。

 

 「ゲーム。マッチワンバイ。長野県・千曲高校、五百崎隼也」

 

 試合を決めたのも、五百崎さんから放たれた連続のスマッシュ。当然インターハイの準決勝に残れている時点で守備面も優れていたのは言うまでもなかったが、客席から見ていてもわかりやすいくらいに五百崎さんのスタイルは遊佐さんや黎さんとは対照的な攻撃型のハードヒッターだった。『21―16』で遊佐さんに軍配が上がった1ゲーム目みたいに流れを掴まされると相手より守備面で劣るため歯車が嚙み合うまで時間が掛かるものの、2ゲームとファイナルゲームのように一度でも流れに乗るとスマッシュの正確性を武器にした誰も手が付けられないほど類まれな勝負強さを発揮する極端な二面性。例えるとするなら勝つための理論なんか一切考えていない、己の直感と天性だけでプレーをしている野生児と言ったところか。

 

 「嘘だろ?遊佐くんが負けた?」

 「相手も優勝候補でしかも3年生だしな」

 「佐知川の遊佐もここまでかー」

 

 恵介がいるところだからという理由で表には出さなかったけれど、内心では長野(じもと)出身として千高側に肩入れしながら俺は栄明の応援席から2人の試合を見届けた。もちろん千高の五百崎さんがフルセットの末に遊佐さんを下して決勝に上がったことは素直に嬉しかった。何せ長野県の高校がバドミントンにおいてインハイの決勝に進むのは史上初で、歴史的快挙を目の前で観ることができた。

 

 「……」

 

 だけど2人の健闘を称える拍手が鳴り終わると、それが悔しさに似た何とも言えないモヤモヤした感情へと変わった。県予選で戦った遊佐さんが負けたからとかではなく、相手のプレーを視て俺は思った。

 

 「(この戦い方で遊佐さんと試合してたら、どうなってたんだろう…)」

 

 五百崎さんのプレースタイルを視て気付いたのは、そのスタイルが先輩からのアドバイスで捨てた()()()()()()()()と同じだったこと。まるで俺が千木良さんに会うまで“これが正解”と信じ続けていたスタイルをそのまま技術的にレベルアップさせたような戦い方で、その人は俺が1ゲームもデュースも奪えなかった相手から勝利をもぎ取った。

 

 長野のバド界隈では知らない人はほぼいないほど名が知られていた千高の五百崎さんがとんでもなく強い人だということは中学のときから知っていて、もしかしたら遊佐さんでも勝つのは難しいんじゃないかとは思っていた。

 

 「(……なんか俺が間違ってるみたいだな。これ)」

 

 

 

 ただ目の前で見せつけられた勝ち方を見て……攻撃型からオールラウンダーへ戦い方を替えた俺の判断が間違っていると否定されたような気分になった。

 

 

 

 

 

 

 「飛鷹」

 

 考え事をしながらトーナメント表に視線を向けていたところに、俺の名前を呼ぶ声。県予選前に久しぶりに電話したっきり再び聞かなくなって軽く懐かしさすら感じるボソッとした低めの声がして、振り返る。

 

 「恵介(おまえ)ってこんな声低かったっけ?」

 「久々に会う一声がこれかよ」

 

 頭の中に残るイメージより低かった声に思わず反応した俺に、千高のユニフォームを着た恵介が呆れ混じりにツッコむ。ほぼ半年ぶりに顔を合わせるだけあって、いくら親友と言えど二言目に何を話すか若干迷う。

 

 「千高(おたく)のエースマジで強えな」

 「長野県勢初めての決勝だからな。まさかこんな瞬間を見られるとは思わなかった」

 「長野帰ったらお祭り騒ぎだろこれ」

 「だろうな。嬉しいような迷惑なようなだけど」

 「いやめっちゃテンション上がんね?」

 「その分俺ら下の代が変に期待されんのは勘弁だよ全く。五百崎さんが別格すぎるだけなのに」

 「あぁ、そういう意味ではな」

 

 ひとまず気まずくなる前に決勝に進んだエースの話題を振って、久しぶりの面と向かった恵介との会話は軽く弾んで少しずつ()()()()()()()()に戻ってきて、気まずさが消えていく。着ているユニフォームも背中に書かれた学校の名前も変わろうと、この親友だからといって互いに干渉し過ぎない淡々とした絶妙な距離感は変わらない。

 

 「けどインハイ(ここ)にはまた戻るっしょ。来年か再来年かは知らんけど」

 「もちろん応援じゃなく選手としてな」

 「たはっ、当たり前よ」

 

 もう一度インターハイに戻って来るだろと俺たちの名前が書かれていないトーナメント表に目を向けながら言う俺に、恵介は選手として戻ると付け加える。長野にサヨナラした最後の朝に話したときと比べて心なしか自信に満ちた口ぶりと同じところを見つめる眼から、自分の名前がここにない悔しさがこっちへ伝わる。

 

 「…なあ恵介」

 「なに?」

 「俺が全中出たとき、自分の名前がトーナメント表に書かれてないのを見て悔しいって思った?」

 

 そんな中学のときは見たことのなかった親友の表情を見て、俺は聞いてみる。

 

 「全然」

 「マジかおい」

 「あのときは純粋に飛鷹のこと応援してたからな」

 「お、おう。あざす」

 「聞いといて満更でもないリアクションで照れんな」

 

 問いかけに恵介は、俺のことを純粋に応援していたと正直なのがすぐわかるくらい素直に返した。

 

 「てか何でいまそれ聞く?」

 「いや、いま恵介めっちゃ悔しそうな顔してトーナメント表見てたからさ」

 

 自分の名前が書かれたトーナメント表をワクワクした気持ちで見ていた俺と、それを横目に冷静ながら誰よりも俺のことを応援していた恵介。同じユニフォームを着て全く違う視点で同じ紙を見ていた俺たちは、あれからちょうど1年が経ったいま、違うユニフォームを着て()()()()で同じ紙を見ている。

 

 「そりゃまあ、飛鷹(おまえ)との約束があるからな……“同じコートで戦う”っていう」

 

 

 

 俺が長野から飛び立ったあの日を境に、俺と恵介は()()()()になった。

 

 

 

 「…恵介って見かけによらず熱いとこあるよな」

 「()()()はどういう意味?」

 「クールって意味だよクール」

 「半分馬鹿にしてるだろ?」

 「してないっつの」

 

 地元を離れる前に交わした最後の約束を引き合いに、トーナメント表に視線を向けたまま恵介が呟いた。いつもどこか冷めていて静かなくせに熱くなるときは俺以上に熱い恵介(こいつ)らしさが溢れる親友の横顔が、図星を突かれてムッとする。

 

 「…次はここに()()()()()()を載せるぞ」

 

 そのポーカーフェイスに覆い隠されている静かな闘志(ねつ)に触発されて、俺も負けじと同じ方角を見て決意をぶつける。

 

 「うん。言われなくても」

 「んでもって一緒のコートに立つまで勝ち続ける」

 「初戦でも簡単じゃないけどね」

 「俺たちなら行けるっしょ。親友だし」

 「それでインハイ出られるならとっくに約束叶えてるだろ」

 「まあな。ぶっちゃけインハイ出るにはこっちはこっちで超えなきゃいけない壁が多すぎるし……でも、だからバドは楽しいんよな」

 

 それは約束のようで、別の角度から見れば喧嘩とも言える。こういう会話(はなし)を恵介と互いにするようになるなんて、中学のときは夢にも思っていなかった。

 

 「なんか飛鷹(おまえ)変わったな?」

 「そうか?至って平常運転だぜ?」

 

 “変わったな”と、目の前の大きな紙をずっと見ていた親友の視線がこっちへ向く。

 

 「少なくとも自分が思っている以上にお前は変わってるよ。自分より上に誰かがいてもそれを楽しんでやろうなんて、そんな飾ってない()()()()()()を口にするようになってさ…」

 

 久しぶりに会った恵介がちゃんと変わっていたように、俺も自分のペースで変わることができた。挫折を知って、未熟さを知って、本当の悔しさを知って、現在地を知って……やっと外側(ガワ)じゃなくバドの本質を楽しめるようになれた。俺と恵介で強くなりたい理由はきっと違うだろうけど、目指すゴールは同じでも理由が人それぞれだからこそ勝負は楽しいものだって俺は思う。

 

 「…だとしたらこれ以上に嬉しいことはねえわ」

 

 

 

 「蝶野家(うち)に来たばかりのときは高校最後の試合までしか考えてなかったのに、いつの間にか目標が変わって先も考えられるようになった……それって君が強くなってる証拠なんじゃない?」

 

 

 

 もちろんこの先のどこかで、道に迷うこともあるかもしれないけれど。

 

 

 

 「俺はそろそろ戻るよ。こんなとこで油売ってると変に心配されるし」

 「おう。わかった」

 

 ここから水入らずの話に熱が入ろうかというタイミングで、恵介は千高の応援席に戻ると告げる。時間が許すならもっと話したいのが本音だが、俺は親友の言葉に応じる。

 

 「それじゃあまたな」

 「おう!もし長野に帰る機会が来たらメッセするわ!そんでまた走ろうぜ!」

 

 別れ際に大声で地元に帰ったときの約束を伝える俺へ、背を向けたまま右手を挙げて手を振り、無言の“挨拶”を返して颯爽とアリーナのほうへ戻っていく恵介。俺が親友に対して言ってはいけない言葉を口にしたせいで気まずくなっていた時期とは比べものにならないくらい時間が空いたわりに、久しぶりの再会はものの数分であっさりと終わった。

 

 「…ま、正月とかに多分そっち行くけど」

 

 けどまあ、俺たちは場所がどこだろうと下手に感傷に浸らず解散するときはパッとサヨナラするのは最後に走った日の別れ際も一緒だったから、名残惜しさは全くない。てかどうせ正月は実家に帰る予定だし。

 

 

 

 それはそうと……

 

 

 

 「(雛姉……勝てたかな…)」

 

 今ごろインターハイの舞台で蝶のように華麗に舞い切ったはずの雛姉のことを思い浮かべながら俺も自分の客席へと戻り、吉報を願いつつ惜しくも千高が準優勝に終わった決勝戦を先輩たちと見届けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ナイスファイト」

 

 第二種目のリボンも終わり、後は表彰式を控えるだけの待ち時間。ウインドブレーカーを羽織りコンコースのベンチに座って目を閉じていると、知っている声が呟いてきたから私は目を開ける。

 

 「凛桜ちゃんから言われると嫌味に聞こえるのだが」

 「ごめん。そんなつもりやなかってんけど」

 

 冗談半分、もう半分は本音の心境で返すと、衣装の上にウインドブレーカーを羽織る凛桜ちゃんが分かりやすく“まずいこと言った”みたいな表情で謝りながら、ベンチに座る私をその場で見下ろす。

 

 「座る?」

 「ええの?」

 「うん。立たせたままなのは悪いし」

 「ほんまに優しいなぁ雛ちゃんは」

 

 ライバルではあるけれど一応後輩でもある人が目の前でずっと立っているのも悪いからと、私は少しだけ右にスペースを空けて立ったままの凛桜ちゃんを座らせる。

 

 「親御さんは来とう?」

 「もう帰ったよ」

 「マジかぁ、(りん)()(ろう)が弘彦さんの世話になっとるから演技終わったら挨拶しよう思てたのに」

 「お父さんは合宿の合間で応援に来てるし、お母さんとお姉ちゃんも用事があって早めに帰らないとだから」

 「用事あるならしゃあないか…」

 「蝶野家はみんな忙しいから中々揃わないのよね~」

 

 お父さんの教え子の1人で日本代表選手でもあるお兄さんのことで蝶野家に挨拶をしたかったと、寂しそうな口ぶりで凛桜ちゃんは溜息交じりに呟く。もう互いの演目は終わって賞状とメダルを受け取るだけだから、私たちは会えなかった時間を埋めるように表彰式までの少しの暇を隣り合って過ごす。

 

 「あれ?ウチって雛ちゃんとライン交換しとったっけ?」

 「してるよ。2年前に」

 「……あぁ、ほんまや思い出した」

 「4月に“入学おめでとう”ってメッセもしてる」

 「…それもいま思い出した」

 「ぷっ、久々に見た凛桜ちゃんの天然ボケ」

 

 アイシャドウも相まって余計に大人びた顔立ちと、正反対の天然。フロアマットの上で演技しているときは嫉妬すらも湧かないくらい綺麗で美しいのに、口を開けばこの調子。2年前の全中のときも演目が終わったあとの隙間時間に、こうやってコンコースのベンチに座って連絡先を交換したことはずっと覚えている。

 

 「…優勝おめでとう。凛桜ちゃん」

 

 互いに次の言葉をなくして沈黙が流れかけた頃合いを見て、私は優勝した凛桜ちゃんに祝いの言葉をかける。

 

 「なあ。いま雛ちゃんはどんな気持ち?」

 

 称える言葉に凛桜ちゃんは視線だけをこっちへ向いて、小さく笑みを作りながら問いかける。口元こそ微笑んでいるけれど、いま向けられている視線は友達ではなくてライバルの感情だ。

 

 「そうねー…」

 

 

 

 

 

 

 1. 天辻凛桜(兵庫・日浦)   総合:55.150

 2. 蝶野雛(埼玉・栄明)    総合:54.350

 3. 菅田日葵(愛知・丘本学園) 総合:52.900

 

 2度目のインターハイも、私は1位になれなかった。暫定2位から挽回すると意気込んでいた第二種目で手具を落として4位に終わった一昨年の全中とも、最後までミスなく演り切ったものの僅かな力みと実力不足で3位になった去年のインターハイとも違って、今年は間違いなく優勝できる手応えがあった。

 

 

 「雛。お疲れ様」

 「いい演技だったよ」

 「お母さんもお姉ちゃんも応援に来てくれてありがとね」

 「お父さんもせめてお疲れの一言だけでも言った後に合宿行けばいいのに。忙しくてもそれぐらいの余裕はあったでしょ」

 「一言じゃ収まんないから帰ったんじゃない?」

 「あー、言われてみれば確かに」

 「一度スイッチ入ると止まらないからなぁお父さん」

 

 

 結果は2位。0.8点足りず、またしても全国では勝てなかった。もちろん決まった結果はどんなに悔もうが覆せないし、演技の内容は去年のインターハイと比べても格段に良かったと自分でも言えるくらいの出来栄えだから、正真正銘これが今の自分のベストだ。言ってしまえば、ベストを尽くした私より0.8点分だけ優れた演技をした選手(ひと)がたまたま1人だけいたというだけの話。

 

 

 「お母さんたちもそろそろ帰るね」

 「うん。飛鷹くんのこともあるからね」

 「宿舎戻ったあと打ち上げみたいなことするって聞いてるけどくれぐれもはしゃぎ過ぎないようにね」

 「分かってるってお母さん」

 

 

 恋愛なんかと比べたら、新体操なんて簡単(シンプル)なものだ。ひたすらに己と向き合って、努力を重ねて、それがちゃんと結果となって反映されて自分に返って来る。順位が重要なのは言うまでもないことだけれど、何より大切なのは自分の全てを90秒の間に出し切れたか。

 

 

 「じゃあ、また明日」

 

 

 だから2位で終わったからと言って、今日まで続けてきた努力が報われなかったなんて私は思っていない。この結果は、紛うことなく()()()()だから。

 

 

 

 1. 天辻凛桜(兵庫・日浦) リボン:28.100

 2. 蝶野雛(埼玉・栄明)  リボン:28.050

 

 

 

 それでも……

 

 

 

 

 

 

 「……悔しい」

 

 自分でもびっくりするくらい、冷めた声が口から出た。本当はこういう負の感情は1人きりになってから静かに吐き出しているけれど、さすがに今日ばかりは我慢できなかった。

 

 「去年よりいい演技が出来て順位も上がったのに……全然嬉しくない」

 

 1年前の自分と比べて、全てが良くなった。それでも勝てなかった……ってだけならここまで悔しさは沸き上がらない。どうしてこんなに悔しいのか、()()()()は分かっている。

 

 ただ自分で分かっていても、吐き出さずにはいられない。

 

 「……ほんとに悔しい」

 

 

 

 

 

 

 全部出し切った上で()()()()()()()ことがこんなにも悔しいだなんて、初めて知った……

 

 

 

 

 

 

 「顔怖いで雛ちゃん」

 

 隣から聞こえてきた声で、普段は家族の前でも極力出さないようにしている感情に落ちていた意識が現実へと戻る。

 

 「ごめん。つい」

 「でも、全中んときよりええ顔しとる」

 

 演技をしているときの笑顔を捨ててありのままの気持ちを曝け出した私を見て、凛桜ちゃんは嬉しそうに微笑む。第一種目(ボール)で負けて、絶対って言えるくらいの自信があった第二種目(リボン)でも負けた。しかも2年前とは違って減点に繋がるミスも何一つない完璧な演技が出来た上で、両方で上を行かれた。

 

 「凛桜ちゃんはいまどんな気持ち?」

 「めっちゃ楽しい」

 「勝てたからね」

 「勝てたからやない。雛ちゃんとまた新体操ができたことが嬉しいんよ」

 

 またしても先を越されズタズタにされたプライドなどお構いなく、凛桜ちゃんは私と久しぶりに同じ大会に出られたことを純粋な表情で喜ぶ。横で微笑む天使みたいに綺麗な横顔が、ひどく眩しく視界を埋め尽くす。内側から燃え盛る悔しさを隠して純粋な気持ちで相手を称える余裕がない自分の未熟さがこの胸に突き刺さって、腹立たしい。

 

 「それは私も嬉しいよ。凛桜ちゃんがいるからここまで新体操に本気になれるし…」

 

 

 

 ただ同時に、まだこんなにも貪欲に怒れる自分がいることが……間違いなく自分自身の身と心がちゃんと前に進めていることを私に教えてくれる。

 

 

 

 「…これでウチら、2人揃って3月の()()に出れるね?」

 

 右に座る凛桜ちゃんが、視線を誰もいない前へと戻してそっと呟く。

 

 「それって…」

 「雛ちゃんなら分かるやろ。ウチの言いたいこと」

 

 本気かどうか確かめる意味も込めて聞こうとした声を遮り、凛桜ちゃんは私に“もちろん分かるよね?”と言わんばかりの悪意のない純粋な表情で微笑む。

 

 「確か上位3人やんな?選抜で」

 「うん。インターハイで上位になれた人は予選免除で選抜への出場権が貰えて、その選抜で3位以内になれたらそのまま日本選手権に出られる」

 「なら余裕やなウチら」

 「随分と簡単に言うなお主」

 「今日みたいにウチと雛ちゃんでワンツーフィニッシュしたらええだけの(こと)やん」

 「次もまた凛桜ちゃんに負けるのは嫌だな」

 「も~いじけんといて雛ちゃん」

 「いじけてないわ」

 

 インターハイ以上の狭き門である日本選手権を、凛桜ちゃんは“私たちなら余裕だ”と自信満々に答える。その表情と瞳には無知ゆえの願望じみた理想なんかなくて、至って真剣に日本選手権へ出場するためのビジョンを見据えているのが口ぶりからも伝わってくる。

 

 「…せやけどごめん。ウチも雛ちゃんに負けるんは嫌やから1位だけは譲れん」

 

 微笑みはそのままに、私を見つめる眼つきだけが鋭くなる。ただインターハイを目標にしていた1年前の私とは違い、最初からその先を見据えていた凛桜ちゃん。そこに彼女が1年生でインターハイを制した理由が詰まっている。

 

 「知ってるよ。日本選手権は“3位以内に入ればいい”って気持ちで選抜に挑む選手(ひと)が行けるような場所じゃないからね…」

 

 

 

 

 

 

 「“3位以内に入れれば大丈夫”って心のどこかで思ってただろ。雛」

 

 

 

 

 

 

 ピピピッ_

 

 「?何の音?」

 「アラーム。表彰式が始まりそうな時間を逆算してセットしてた」

 「偉いなぁ雛ちゃん」

 「限られた時間の中でメンタルをコントロールするのもアスリートには大事なことだしね」

 「はぇ~勉強になるわぁ」

 

 羽織っているウインドブレーカーのポケットに入れていたスマホのアラームが鳴り出して、それを止めて私はベンチから立ち上がる。

 

 「もうすぐ表彰式だからこれで戻るよ」

 「あと2分話さん?」

 「遅刻すると怒られるから無理」

 「いっそ時間止まればええのに」

 「それだと会話できないじゃん止まってるから」

 「おぉ、せやな」

 

 本当は凛桜ちゃんの言う通り1分でも2分でも長く話したいところだけど、表彰式に遅刻すると色々と面倒だからと続けて立ち上がった凛桜ちゃんを横目に見て、大した中身がない話を繋げながら互いに自分たちの場所へ戻る。どんなに周りから注目されようと、こうやって2人だけで話しているときの私たちはただ同じ競技に魅せられた友達同士だ。

 

 「次は選抜で会おうな雛ちゃん。ほんで仲良くワンツーフィニッシュで日本選手権出場や」

 「インターハイも忘れずにね」

 「もちろん。また同じ場所で会えること楽しみにしとる」

 

 

 

 こうして本番が終わった私と凛桜ちゃんは、ライバルから()()に戻って別れた。

 

 

 

 「…はぁ…飛鷹くんからメッセ来たらなんて伝えよう」




ということで、雛の2度目のインターハイは2位という結果に終わりました。

インターハイについては大喜と針生西田ペアの試合を書くかどうかでかなり悩みましたが、書いたら書いたで話が無駄に長くなってしまう上に拙作のタイトルが“鷹と蝶”ですので思い切って雛と飛鷹に全振りすることにしました……男バドの活躍が見たかった人がいらっしゃいましたら、本当にごめんなさい。
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