先ずはスプーンでボウルの中にある卵の黄身を潰し、全体が馴染むように生地を混ぜる。生地の具材にもよるが、もしキャベツが入っている場合は食感を立たせるため混ぜすぎないことを意識して空気を含ませるように下から上へ軽く混ぜ合わせるのがポイント。
「豚肉カットするんだ?」
「
「よくわかんないけどなんかめっちゃ通っぽい」
生地の混ぜ合わせが終わったところで次は豚肉を鉄板に落とし、7割くらい焼けたタイミングでヘラを使って一口サイズにカットして、生地の入ったボウルに入れて軽く混ぜ合わせる。ちなみに先に生地を鉄板に落としてその上に豚肉をカットせずにそのまま乗せるやり方もあるけど、そこはまあ人それぞれ。
「つか冗談抜きで手際いいな飛鷹」
「料理も割と得意だしな。
「偉っ」
「住まわせてもらってるのに何もしないわけにはいかないっしょ」
豚肉が生地と適度に混ざったところで、スプーンを使ってボウルの中で生地を丸型にして鉄板へ落とし、スプーンの裏側を使い優しく撫でるように円の中心から生地を広げる。ここで生地の厚さが2センチぐらいになるように広げると、外はカリっと中はふわふわな食感になる。もちろん好みに寄りけりはあるから正解ではないけれど。
「さ~てそろそろ行きますか」
生地を崩さないよう加減に気を配りながら焼き具合を適宜に確認して、裏側がこんがりとしたきつね色になった頃合いで生地をひっくり返す。コツは外側から自分の方に向けることをイメージしながらヘラで掬い上げ、遠心力を利用して手前にひっくり返す。
ジュー_
「ひっくり返すの上手っ!」
「もうプロだろこれ!」
「おっ、
「飛鷹が渾身の豚玉作ってるんで!」
「待て、お好み焼き作んの普通に上手くね?」
「そうなんすよ!もうプロ並みに手つきが繊細で」
「プレーはあんなに豪快なのに……ほんと
「俺を見んな」←※針生先輩
ひっくり返したら、再び裏面が同じくきつね色になるまで待つ。ここで仮にひっくり返すのが上手く行かなくてヘラで押さえてしまうとせっかくのふっくら感が損なわれてしまうから、無理やり形を整えることはせず次のタイミングを待つ。
「うわこれ絶対上手いやつやん…」
「ソースもかつお節も輝いてやがる…」
「匡といい飛鷹といいなんで俺らの後輩は揃いも揃ってお好み焼き作るのが上手いんだ…(これじゃ3年の立場が…)」
「西田先輩も食べますか?」
「まあ肝心なのは見た目ではなく味だからな。これからのバド部のために部長の俺が責任もって吟味してやろう」
「よだれ出てますよ西田先輩」
後はさっきと同じ要領でもう一度生地をひっくり返し、表面にソース適量、縞模様になるようにマヨネーズを素早くかけて、最後にかつお節と青のりを自分好みの量で散らして完成。
「バドは強くて勉強も出来て料理も上手い……そりゃ千木良さんも花火大会に飛鷹のこと誘っちゃうよなぁ~」
「いつまでネタにしてんだそれ?」
あくまで羽鳥家で親父がお盆のときにホットプレートを用意して雛姉たち親戚に振る舞っていたお好み焼きを真似ただけのものだが、一応これが“羽鳥流のお好み焼き”の作り方だ。
~羽鳥流 美味しいお好み焼きの作り方(豚玉編) 終わり~
「というわけで……西田・針生・大喜、インターハイお疲れ様ーっ!!」
「「お疲れ様ーっ!!」
という茶番はさておいて時をほんの10分ほど戻して、インターハイを終えた我らバド部は隣県の会場から埼玉へ戻り、試合の応援に来ていた針生先輩の彼女さんと大喜先輩の親御さんも交えて監督が予約していたお好み焼きのお店で打ち上げを開いていた。
「お疲れ様っす」
「おうお疲れ」
「これ頼もう!」
「見せてみ」
「すみません私たちまで」
「いえいえ」
「はいおまちー豚玉ね」
「あざます」
数時間前に終わったばかりのインターハイの余韻を残したまま、主に試合に出た3人を労いながら店に迷惑が掛からない範囲で羽目を外すバド部一同。もちろん我儘を言うならもう少し長く先輩たちがコートに立っている姿を見たかった気持ちもなくはないけれど、そもそもインターハイに出られること自体がひとつの快挙みたいなものだから打ち上げの空気は底抜けに明るい。
「えー…この度は
全員のところに注文したお好み焼きが行き届き、いい感じに場の空気が温まったタイミングを図り、針生先輩と共にダブルスでベスト8の戦績を残した西田先輩がヘラをマイクに見立て部長らしくいっちょ前に演説じみたご挨拶を始める。
「_ご声援には感謝を」
「おぉっ!」
「って聞けぇいっ!!」
「だって見ろよ!匡の作ったお好み焼きのこの輝き!」
「ソースの照り!踊るかつお節!」
「うまそ~」
「いやいや、見た目が良くても腹に入ったら同じだろ」
「よだれ出てんぞ西田」
も、匡先輩の作る渾身のお好み焼きを前にスルーを食らう西田先輩。
「匡のお好み焼きは確かに美味そうだが、このくらいうちの針生だって……ってボロボロじゃねえかっ!」
「ひっくり返したらこうなった」
「プレーはあんなに繊細なのに…」
「仕方ないわね。
「さすが彼女っ!」
バドのプレーは繊細かつ全くというほど隙がないのに、お好み焼きを返すのがめちゃくちゃ下手で生地が原型を留めていない針生先輩のギャップと、そんな不甲斐ない彼氏を助けようと代わりにお好み焼きを作ろうとする彼女の花恋さん。
「うわこれ絶対上手いやつやん…」
「ソースもかつお節も輝いてやがる…」
「匡といい飛鷹といいなんで俺らの後輩は揃いも揃ってお好み焼き作るのが上手いんだ…(これじゃ3年の立場が…)」
「西田先輩も食べますか?」
「まあ肝心なのは見た目ではなく味だからな。これからのバド部のために部長の俺が責任もって吟味してやろう」
「よだれ出てますよ西田先輩」
その裏で、“羽鳥流”のお好み焼きを振る舞う俺。
「…あれ?なんで??」
「固まったぞ」
「不器用カップル」
「匡と飛鷹っ、この2人にお好み焼きの作り方教えてやれ」
「やめろ恥ずいわ」
さらにその裏で、ひっくり返すのに躊躇い過ぎて生地が固まり出して針生先輩と揃って“不器用カップル”と野次られる花恋さん。
「見ててお姉、こう手前にくいっと回すと綺麗に裏返るから」
「うぉぉさすがマネージャー」
それを見かねて妹の守屋マネージャーが見事な手捌きで生地を裏返し、お姉さんから拍手される。
「いやデコるな!そして絵上手いな!」
「インターハイバージョンね☆」
「インターハイバージョンはいいけどかつお節どこ乗せんだ?」
「それは後乗せで」
「あ~あせっかくデコったのに…」
かと思ったらソースの上にマヨネーズでデコレーションして、その上にかつお節をまぶすという何とも勿体ないことをする守屋マネ。まあ腹の中に入れてしまえば一緒だとして。
「あー大喜、いま彼女のこと思い浮かべてたろ?」
「っ、かっ、かのっ明太子の可能性について考えててっ」
「明太子すか?俺頼んどきます?」
「あぁうん。ありがと(飛鷹のおかげで助かった…)」
「(なんか彼女がどうのこうのって聞こえた気がするけど…俺の聞き違いか?つか明太子の可能性って??)」
そしてよくわからないけど明太子の可能性というやっぱりよくわからない話を横井先輩としていた大喜先輩。
「ちょっ、西田先輩ソースかけ過ぎですって…」
「ソースなんてかければかけるほど美味しいもんだろう」
「匡これどう思う?」
「一口食べただけで胃もたれしそうですね」
それを尻目に焼き上がったお好み焼きにもはや浸す勢いで豪快にソースをぶっかけて周囲をドン引きの渦に巻き込む西田先輩。
「そういや1年の合宿のときも西田がカレーにすげえ量のソースかけ出してみんなドン引きしててさ」
「うわそれ懐かしっ!」
「塩分摂り過ぎのやつな」
「そっからしばらく“ソースキャラ”だったよな西田」
「ソースキャラって何だよ?」
「“練習のときの塩分補給はソースだろ”って弄られて_」
そこからは主に西田先輩が1年のときの合宿でカレーに周りが引くほどソースを大量にかけて“ソースキャラ”として監督にまで弄られていた話や、2年の春に西田先輩が行方不明になった話……という具合で主に西田先輩の話で盛り上がりつつ打ち上げが進む。
「この西田諒介の華麗なるヘラ裁きを見よっ!」
「ちょっ、そんな勢いよくやったら」
ペシャッ_
「やべ真っ二つになった」
「だから言わんこっちゃない」
「あははっ」
全くもって実感が湧かないけれど、おふざけで盛り上げる西田先輩やそれに冷静なツッコミを入れる針生先輩という正反対だけど馬が合う2人の先輩がいるバド部の日常も、今日で最後になって一日のオフを挟んだ明後日からは代替わりして新しいバド部が始まっていく。
「そういや飛鷹って地元が長野なんだっけ?」
「はい。雲山ってとこです」
「長野っつったら正月にバド部でスキー合宿行ったわ」
「マジすか?ちなみにどこで滑りました?」
「確か
「志賀高原って…そこ冬になったらたまに俺滑ってますよスノボで」
「マジか!しかもスノボ!」
「じゃあ正月にワンチャン俺らと会ってる可能性が」
「さーせん今年の正月は戸隠で滑ってました」
「すまん
「私知ってる。蕎麦で有名なところでしょ?」
「そうです(花恋さんと初めて喋った…)」
こうしてインターハイが終わって新しいバド部の1年間が始まっていくことが楽しみな反面、ここまでバド部を色んな部分で盛り上げ支えてきた3年生の先輩たちが引退して同じ体育館で練習したりすることが出来なくなるのは、寂しく思う。
「そういやスキーと言ったらとにかくあれは西田が転びまくって大変だったわ」
「2日目は滑るようになれてたけどな!」
「逆八の字で滑る奴は初めて見たけどな」
「逆に凄いっすよそれでスキー滑るの…」
季節がひとつ移り変わっただけなのに、間違いなく俺は日にち以上の価値をこのバド部を通じて手に入れたんだなって、過言じみているかもしれないけどワイワイとした明るさの中から垣間見えた寂しさを感じてふと思った。
「_なんで花恋さん泣いてるの?」
お好み焼きの匂いと先輩たちの話で盛り上がるバド部水入らずな明るい時間が暫し続いたところで、花恋さんが感極まったのか両目から涙を流して泣き始めた。そういえばこの人、予選のときも今日も男バドの応援に負けないくらいの熱量で針生先輩が出てた試合を応援していた。
すぐ近くで応援していた俺も、あんなふうに応援されるような人でありたいと思った。
「だってっ、みんなほんとに仲良さそうでっ、この3年間っ…本当に楽しかったんだなってっ…」
泣きながら紡いだ花恋さんの一言で、ずっと明るかったバド部にしんみりとした空気が流れ始める。
「あぁ。楽しかったなこの3年間」
「しんどいこともたくさんあったけど、そんなのどうでも良くなるくらい楽しかったよな」
「でもこれで終わりなんだよなぁ」
「寂しくなるよな」
それに釣られて、3年生の先輩たちがそれぞれ今日までの思い出を振り返っていく。南中のバド部を引退したときも焼肉屋だったけどこんな感じで監督がバド部のみんなを連れて行って、そこでバド部の思い出とか馬鹿馬鹿しいくらい下らないエピソードを肉と白米と少しの野菜を食べながら語り尽くして、最後の方になったら急に寂しさと3年間の走馬灯が駆け抜けて泣く奴もいたりして……なんて1年前の思い出が頭の中で蘇ってくる。
「……」
「飛鷹はどうするの?高校?」
「んー、あんま深く考えてねえけど目指すなら千高かな。チャリで通えるし」
もちろんこのときは来年の自分が千曲ではなく栄明でバドをしているなんて、想像すらしていなかった。
「…終わりなんかじゃない」
このバド部にしんみりした空気なんざ似合わない……と言わんばかりに、西田先輩が静かながらも力強くそう呟いて立ち上がる。
「卒業までまだまだあるし部活にだってたまには遊びに行かしてほしいし、例え卒業してそれぞれの道に進んでもこうして集まって最近こんなことがあったとかあんなことがあったとか、俺たちはそういう
そして強豪の部活動を引っ張る部長らしく、コップを片手に西田先輩は次の一年間を担う
それでも西田先輩の言葉通り、最後だからといってこれは終わりなんかじゃない。
「とにかく、俺たちに終わりなんてない!我ら栄明男子バドミントン部は永遠だ!」
シーン_
「…俺はいい加減この空気とはお別れしたいな」
「なぬっ」
一同揃って“何言ってんだこの人…”みたいな顔でポカンとしたままお好み焼きの生地の焼ける音だけが暫し聞こえたあと、清々しいくらいにスベリ散らかした部長を針生先輩が冷たくツッコみ空気が戻る。一応俺も内心では西田先輩の言葉に感銘を受けていたけれど、“ムードメーカー”と周りから言われ続けてきた俺でもさすがにこのスベリをぶち壊す勇気はなかったから大人しく空気を読んだ。
「俺は西田のスベリもたまには見たいよ」
「もちろん針生の冷たいツッコミも含めてな」
「そうだっ、これからはボケとツッコミを逆にしよう!」
「そういうコンビ組んだ覚えはねえよ」
「冷てえなあ、ペア組んでインハイベスト8まで進んだ仲じゃないか!」
「今回限りだ」
「あははっ」
「笑ってるけどそこの2年、君たちも引き継ぐんだぞ俺の伝統芸」
「えぇっ、遠慮します」
でも何というか、こういうところも含めて最後は3年生の先輩たちみたいに満面の笑顔でここでの3年間を締めくくれたらどんなに良いことだろうと、だいぶ気が早いけど俺は思った。
ヴゥ_
「(…あ、メッセきた)」
ひとスベリを挟んでまた西田先輩を中心に盛り上がり出したところで、ポケットに入れていたスマホが着信を告げる。すっかり頭から抜けていたけれど、そういえばちょうどお好み焼き屋に着いたタイミングで雛姉に送った“インハイどうだった?”というメッセの返事が来ていない。
『蝶野家到着_』
『迎えは最寄り駅でいいかな?_』
雛姉なのか曜子さんかと考えを巡らせながらスマホの画面を見ると、曜子さんから蝶野家に着いたというメッセが俺のトークに来ていた。
『はい!_』
『打ち上げ終わったらまたメッセします!_』
一瞬だけ雛姉のことを聞こうとして、
「……」
「なにボーっとしてんの飛鷹?」
「あ?いや別に」
「わかった。千木良さんのこと思い浮かべてただろ?」
「違うわ」
「よぉし飛鷹、お前も大喜たちと一緒に
「西田先輩間違って酒でも飲みましたか?」
「安心したまえ至ってシラフだ」
「シラフでそれだと逆に心配っすよ_」
「ふぁ~」
「ふふっ、さすがにお疲れみたいね飛鷹くん」
そして笑いあり少しの涙ありの打ち上げもあっという間に終わり、最寄りの駅から曜子さんに車で送られて3日ぶりの蝶野家に着く。玄関に入ってスイッチが切れたのか、遠征の疲れが欠伸になって出てきた。
「(…あ、そうか。今日は麦姉がいるんだ)」
玄関を上がると何やら人影がリビングのほうへ入っていくのが見えて何事かと思ったけど、今日は両親と共に雛姉の応援に行っていた麦姉が実家へ泊まりに来ていることを思い出して人知れず驚いたのちに安堵する。ちなみに雛姉は試合会場の都合で帰って来るのは明日の夕方か夜になるみたいで、弘彦さんは体操部の夏合宿があって明後日の夜だ。
「あっ、飛鷹くんお疲れ様~」
明かりが付いていたリビングに入ると、ダイニングテーブルに座っていた部屋着姿の麦姉が頬杖をつきながら俺に手を振る。蝶野家に来てからリモートでは何回か話したことがあるけれど、こうやって直接顔を合わせて会うのは5年ぶり。
「久しぶり、麦姉」
「久しぶりっていうかめっちゃ背伸びたね」
「それ雛姉も初見で言ってた」
「まあ無理ないよね。私がまだ中1とか中2のときだもんね前に会ったの?」
「俺が小5だからちょうど5年」
「うわもうそんなに経つのかぁ……飛鷹くんも高校生になってるし、ほんと時の流れは早いわ」
椅子から立ち上がるや、あれから20センチ以上は背が伸びた俺を見て雛姉と同じように5年の月日を噛みしめる麦姉。体操一家に生まれながらも中学で新体操をやめて、今では学業と並行して元々趣味で聞いていた音楽の道に進み始めたという、雛姉曰くゲームが上手くて勉強もできる蝶野家で一番の自由人。
「じゃあ私はこれから部屋でコンペの資料作ってるから、飛鷹くんは適当なタイミングでお風呂入っておいてね」
「うん。OK」
「お仕事お疲れ様です」
「あははっ、ありがとう飛鷹くん」
俺と麦姉がちょうど5年ぶりの再会をしている横で、来週に“コンペ”という重要な仕事があるという曜子さんはそう言って自分の部屋へと戻っていく。
「麦姉はもう風呂済んだん?」
「うん。今しがた」
「そっか」
普段はご両親か雛姉がいるリビングに、風呂から上がったばかりだという麦姉と2人。今更ながら羽鳥家へ蝶野家一行が泊まりに来ていたときはだいたい雛姉と一緒にいてその後ろで麦姉が親代わりに見守ってた感じだったから、ここまでがっつり1対1で話すのは下手をすれば初めてかもしれない。
「とりあえずお風呂入っとく?」
「うん。そうするわ」
ひとまずは風呂が沸いているということで、俺はかつて麦姉の部屋だった自分の部屋にラケットバッグと着替え諸々が入ったバッグを置き、着替えを持ってそのままバスルームに向かい、湯舟につかる。
「くぅ~」
体温よりプラス3℃ほど高い温もりが心地よさとなって身体を包み、その気持ちよさに思わず声が出る。
「(インターハイ……来年はもっと楽しめたらな)」
39℃の心地良さに身を任せて目を閉じると、暗闇の先から応援として初めて足を踏み入れたインターハイの情景が浮かぶ。初めてのインターハイで初戦突破と確かな爪痕を残した大喜先輩。最後のインターハイで共に全てを出し切ってベスト8まで勝ち進んだ針生先輩と西田先輩。同じ学校を背負うチームメイトから違う学校を背負うライバルとして再会して、またインハイで会おうと約束した恵介。
「(…明日帰って来たら……どんな顔で雛姉を迎えよう…)」
そして違う場所で1番
「雛。2位だったよ」
最寄り駅から蝶野家に着くまでの車中、ハンドルを握る曜子さんが前を向いたまま後部座席に座る俺へ呟くように言った。その声色は雛姉の準優勝という結果を喜んでいるようにも、優勝すると意気込んでいた本人の気持ちを代弁しているようにも聞こえた。
「2位って…凄いじゃないすか」
出場するだけでも一生の自慢になるくらいには辿り着くのが難しいインターハイの舞台で準優勝を果たす。インハイで2位なんて、全中の厳しさを知る俺からすればとんでもなく凄いことだ。それを雛姉は、さも当たり前かのように去年より順位も上げてやってのけた。
「凄いって思うならもうちょっと喜んでも良いんじゃない?」
同じくらいの声量で“凄いことだ”と返した俺に、曜子さんは視線を変えずに問いかけた。全国の中で2番目になる……何度でも言うけどそれは本当に凄いことだ。
「もちろん本当に凄いし、“おめでとう”って俺は言いたいんすよ……けど、それ以上に雛姉はそんな結果で終わるために新体操をやってないってこともわかるっていうか…」
でも雛姉が目指していたのは優勝であって、準優勝なんかじゃない。はっきり言って新体操がどのようなスポーツなのか、俺はよく知らない。だけど目標にしていた場所に最後まで諦めないで挑んでも辿り着けなかった悔しさは知っている。
「新体操のことは聞かれてもまだわからないけど……雛姉がどれだけインハイに賭けていたかだけは俺も知っているんで、ぶっちゃけ複雑です」
だから、インハイの結果を聞いて素直に雛姉のことを凄いと思う以上に、“勝てなかったんだ”という悔しさが募った。
「ラ~ラ~ラ~ラ、ララ~ララララ♪」
風呂から上がり部屋着に着替えてリビングへ足を進めると、光の奥から歌詞のない
「(てか、姉妹揃って歌うま…)」
「あっ、飛鷹くんいる」
なんてすっかり我を忘れて聴き入っていたら、麦姉に気付かれた。
「超上手いじゃん歌」
「一応音楽やってるので」
「いま歌ってたのってなんて曲?」
「帰りに頭の中で思いついたメロディーを
「やっば天才やん」
何を歌っていたのか聞いた俺に、リビングのソファーに座っていた麦姉は膝上に置くように持っていたタブレットを指差しながら歌を録っていたと飄々とした口ぶりで答える。
「ほんとはギターがあればもうちょっとスムーズに作れるんだけどアパートに置いてきてるからねぇ」
「持って来ればよかったじゃん」
「試合会場に持っていったら“何しに来たんだこの人”って悪い意味で注目されちゃうし、それが雛にも伝わって演技に影響が出るかもって考えたら持ってこれなかった」
「あぁ、それはしゃーないか」
リビングの外からこっそり聴かれていたことを恥ずかしがる様子もなく何なら満更でもなさそうに返すところが雛姉のお姉さんって感じがするし、雛姉とはまた違った上手さのある麦姉の惹きつけられる歌声からは、本当に音楽をやっているんだなっていうのが伝わる。ような気がする。
「アイス食べる?さっき冷蔵庫見たらあずきバー入ってた」
「あずきバー……いいね」
ちょうど冷蔵庫に入っていたというあずきバーに食いついた俺を微笑ましそうに一瞥して、麦姉はソファーから立ち上がりキッチンの冷蔵庫のほうへ足を進める。
「雛からは何か来た?」
「いやまだ」
「ははっ、そんなことだろうと思った」
ノーモーションの問いかけ。冷蔵庫の一番下を漁る麦姉にまだ雛姉からメッセが来てないことを伝えると、“いつものこと”と慣れた口ぶりで雛姉より少しお父さんの遺伝子が入った横顔が小さく笑う。麦姉の言う“そんなこと”の意味は、聞かなくとも察した。
「曜子さんからはもう聞いてる。2位だって」
「そう。全国で2位だって凄いんだけどなぁ」
「インハイで2位は普通にヤバい」
「しかもこれで3月の選抜は予選免除でいきなり出れるし。ヤバいどころの話じゃないよ」
「へぇ〜新体操にも選抜とかあんのな」
「むしろインターハイより選抜のほうが重要とも言えるよ。そこで上位3位になれば日本選手権に出られるし」
「やばっ!トップオブトップやん!」
「ああ見えてちゃんと全国でもトップレベルの選手なのよ雛って。へいアイス」
「サンクス」
インハイより重要だという選抜の話をしながらキンキンに冷えたあずきバーを受け取って、麦姉と雛姉の話をしながらダイニングテーブルへ席を移す。そりゃあ選抜があってその先に日本選手権もあるとなれば、2位じゃ余計に満足はできないって思う。
「ていうか飛鷹くんのほうから聞かなかったの?」
あずきバーの透明な袋を開けながら、正面に座った麦姉が俺に聞く。当然、まだ雛姉からの返事はない。
「メッセは送ったけどまだ未読」
ピロン♪~_
「って噂をすれば来たし」
「タイムリーすぎる」
諦めかけたタイミングで、返事は返ってきた。
『ごめんいま見た!_』
『2位だったよ!_』
『優勝はできなかったけどミスなく終われたから悔いなし!_』
数時間越しに返ってきたのは2位で終わった悔しさを感じさせない、全て出し切れたと言わんばかりのハイテンションな文脈。
『そっか!_』
『インハイ準優勝おめでとう!やっぱ雛姉はすげえわ!_』
どう返そうか僅かに悩んで、ここは変に気は遣わずストレートに労うことにした。
『ありがとう!_』
何の気遣いもない労いに、10秒足らずで返ってきた“!”マーク付きのありがとう。
「(…やっぱり、勝ちたかったよな)」
麦姉から選抜の話を聞いたからか、いつになくテンションの高い雛姉からの返信が俺には悔しい気持ちを覆い隠す
「飛鷹くん」
「?」
手元に置いたアイスはそっちのけで雛姉のメッセを見つめる俺に、麦姉が声を掛ける。
「君にとって、雛はどんな存在?」
キリがいいところまで進めたかった関係でバド部の打ち上げがダイジェストみたいになってしまいましたが、楽しい時間ほどあっという間に過ぎていくという解釈でどうかお許しください……
千夏先輩お誕生日おめでとうございました