鷹と蝶   作:ナカイユウ

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サプライズ

 「君にとって、雛はどんな存在?」

 

 雛姉からの返信を見ていた意識に、飛び込んできた一言。

 

 「どんな……」

 

 視線を前へ移すと、麦姉はあずきバーを片手に天然ともわざととも取れる絶妙な表情でクールに笑っていた。実は雛姉と負けず劣らずかそれ以上に揶揄い好きな一面があるこの人の意図はともかく、聞かれたのと同時に頭を鈍器で殴られたかのような鳥肌が全身を駆け抜けて、次の言葉が出なくなる。

 

 「そんなに考え込むほどのこと?」

 「あー、ごめん。いまさっき来た返信のこと考えてたわ」

 「雛はなんて言ってた?」

 「“優勝はできなかったけどミスなく終われたから悔いなし!”だって」

 「ふ~ん」

 

 難問を解くかの如く考え込む俺を見かねた麦姉の一言で我に戻り、咄嗟の言い訳で繋いでどうにか凌ぐ。

 

 「で、どう思ってるの?」

 「そんな気になる?」

 「そりゃあ姉としては気になるわけですよ。飛鷹くんと雛がちゃんと仲良くやれているか」

 「てか一旦アイス開けていい?」

 「ご自由にどうぞ」

 

 も、久しぶりに妹と一緒に可愛がっていた親戚(はとこ)と会えてテンションが上がっているせいかやたらと掘り下げようとしてくる麦姉の前では、未開封のあずきバーに話を逸らすだけで精一杯。

 

 「どんな存在って言われてもなぁ、急には出てこないっつーか…」

 

 本(・)当(・)の(・)こ(・)と(・)なんて色んな意味で言えるわけがない。かと言って雛姉の面影もくっきりと残る人から図星の部分を掘り下げられると、嘘が下手な俺のボロが出るのも時間の問題。

 

 ああクソッ、マジで何か言わないと……

 

 「…じゃあ雛から返ってきたそのメッセージを見て、どう思った?」

 

 答えに詰まっていることを察せられて、麦姉は質問を変える。

 

 「マジなこと言うと“強がってんな”って思った」

 

 少しの安堵と一緒に今度は思ったことをそのまま正直に話して、冷凍庫の外に出されてほんの少し柔らかくなったあずきバーを口に運ぶ。明らかにいま思うことじゃないけど、普通に美味しい。

 

 「そうなんだよ。雛って余裕そうに見えて強がりなところがあるんだよね……特に新体操絡みのことは私ら家族の前でも頑張ってるところなんて極力見せないで、それで当たり前みたいな顔で普通に全国大会まで行っちゃうもんだから周りにいる友達からも“天才”だとか言って一目置かれてるけど、もちろん裏では血が滲むくらい努力してるし、大会で思ったような演技が出来なかったときとかは部屋に籠って1人で泣くことだって自分の不甲斐なさに荒れることだってあるし」

 「あの雛姉が荒れるところなんて全然想像つかないわ」

 「あの雛だって荒れることもあるんだよ。4位だった一昨年の全中のときは“今日はチートデイだから”ってたい焼き買い食いして帰ってきた後にピノ6コやけ食いした挙句急に我に返っていじけたりとか」

 「糖分摂取に走るのがなんか雛姉っぽいな(てかちょっと見たい)」

 

 大会で思うような演技が出来なかったときの荒れ方に不謹慎ながらちょっと可愛いと思ったのはともかく、ようやく心の内を話した俺を見て静かに笑みを浮かべた麦姉は、雛姉のことを話し始める。少なくとも俺が知っている雛姉は、こと新体操において涙はおろか弱音を吐くところすら見たことがない、どんなことがあっても動じない芯の強さを持っている人だ。

 

 「まあその話はともかく、雛のメッセ見て“強がってる”って即答できる時点で飛鷹くんはちゃんと雛から心を開いてもらってるんだなっていうのが分かるよ」

 

 とはいえ雛姉も1人の人間なわけだから、俺が知らないってだけで裏では努力した結果が上手く行かず涙を流したり自分に負けてしまうこともあるというのは、確かによく考えてみればあり得ない話ではない。

 

 「ぶっちゃけ俺はそう思ってるけど、雛姉はホントにそうなんかな?」

 「半信半疑なのはどうして?」

 「だって俺、雛姉が弱ってるところ見たこと一度もないし。勉強以外で」

 「ぷはっ、雛の勉強嫌いは筋金入りだからなぁ。要領は良いほうだからその気になればテストで中の上くらい点数は余裕で取れると思うんだけどねぇ」

 

 けど雛姉から返ってきた返信が“強がり”だということを麦姉から知らされた上で泣いたり弱いところを見せることもあると知らされて、ショックとかじゃないけれど心の中がモヤっとした。

 

 「……悔しいって本気で思ってんなら、“悔しい”って俺にもハッキリ言っていいのに」

 

 

 

 弱いところを見せないで強がるのは、俺に余計な心配をさせないため。もしそんな優しさで弱さを隠して強がるぐらいなら、俺にもちゃんと本音を言って欲しい……そんな自分でも恐さを覚えるほど傲慢なまでに生意気な感情が、一瞬だけ心をよぎり言葉に変換されて口から出た。

 

 

 

 「…そっか。君にとって雛は、本当に大(・)切(・)な(・)存(・)在(・)なんだね」

 

 アイスで涼しくなった口からついこぼれた本音を聞いた麦姉が、“やっと心を開いてくれた”と頭の斜め上にフキダシのない台詞が浮かんでいそうな表情で優しく微笑む。

 

 「うん。バドを全力で楽しめてるのは雛姉のおかげでもあるから」

 

 “大切な存在”というワードで心の奥に隠し込んでいる感情が表に出てきそうなところをどうにか堪えて、雛姉がどれだけ自分にとって大切なのかを麦姉に明かす。言い終えたら、その場で素っ裸にでもなったみたいな恥ずかしさが募った。

 

 「だから次は俺が、雛姉が新体操を頑張る理由になれるくらい強くなりたい……って感じ」

 

 僅かに上がった心拍数で、自分のノリで言うにも中々に恥ずかしい気持ちを麦姉へぶつける。食べ進めるのをすっかり忘れて、右手にずっと持っていたあずきバーは溶け始めていた。

 

 「いいねえ。最高に青春してんねえ」

 「言うて麦姉も3月まで高校生だったじゃん」

 「飛鷹くんも高校を卒業して次の進路に進んだ瞬間に分かるよ。あぁ、俺ってずっと青春してたんだな~って」

 「はあ」

 「嘘でもいいからピンと来い」

 「新曲のタイトル?」

 「悪くないかも」

 

 遠回りを挟んで答えた俺を見て、麦姉は妹譲りの悪戯な笑みで優しく揶揄う。いや、雛姉は妹なわけだから姉譲りか。俺的にはどっちでもいいけど。

 

 「別に心配なんかしなくても、君はもう雛の力にちゃんとなれてるよ」

 

 いつの間にか半分以下の大きさに減ったあずきバーを口に運びながら、麦姉は優しく微笑んで“ちゃんと力になれている”と俺に告げる。

 

 「これ言ったらさすがに怒られちゃうかもだけど、この前の県予選で優勝したとき雛に“おめでとう”って電話掛けたついでで飛鷹くんのこと聞いてみたんだよね……そしたら“真っ直ぐにバドを楽しんでいる飛鷹くんを見てるとそれだけでパワーが貰える”って言ってたよ」

 

 

 

 

 

 

 「飛鷹くんが来てくれたおかげでお姉ちゃんが出て行って少し寂しくなってた蝶野家(うち)の空気が明るくなったし、飛鷹くんみたいに同じ目標を持ってお母さんが言ってた青春を楽しんでいる人が隣にいると、それだけで私ももっと頑張ろうってなれるから……もちろん今までも楽しいことは多かったけど、飛鷹くんがいる一日は本当に楽しいよ」

 

 

 

 

 

 

 「けど君は、それじゃ満(・)足(・)で(・)き(・)な(・)い(・)と」

 

 自分にだけ明かしてくれた雛姉の本心を聞いて気を許したところを狙うように、俺を見つめる瞳がニコリと得意げに笑って核心に迫る。あたかも全てお見通しと言いたげな表情と声につい俺は本当のことを言いそうになる。本当にどうしてこの姉妹は、2人揃ってエスパー並みに心を読んでくるのか。

 

 逆を言えば、容易く読めてしまうくらい顔に出てしまう俺が悪いのか。

 

 「…自分でもよくわかんないけど、そうなんだと思う」

 

 さすがに雛姉へ抱えている本当の気持ちをそのまま言葉には出来なかった。だから代わりにいま感じている気持ちをありのままに明かした。雛姉がいる毎日は本当に楽しくて、力になれていると本人の口から聞いたときはあとちょっとで涙が出そうになるほど嬉しかった。

 

 「だから悔しいんだよ。雛姉が勝てなかったこと」

 

 だからこそ、雛姉が優勝できなかったことが俺は自分のことのように悔しい。理論上では意味なんかないとしても、俺が送ったパワーで雛姉が勝てなかったことがただただ悔しい。自分勝手と言われたら何も言い返せないけど、悔しい。

 

 「それに、県のベスト8で負けてる現状に満足なんかしたらインターハイなんて行けないしな…」

 

 

 

 悔しいから……もっと力(・)に(・)な(・)り(・)た(・)い(・)と思った。

 

 

 

 「…雛姉雛姉ってコバンザメみたいに雛の背中を追いかけてた飛鷹くんもすっかり立派になったね」

 「コバンザメて(俺そんなふうに思われてたん?)」

 

 一番に応援していた人が勝てなかった悔しさを吐き出した俺へ、麦姉はまた軽く揶揄いながら微笑む。偶然なのか狙ってなのか、雛姉も俺のことを“大人になった”だの“成長した”だの言ってきたことがあった。

 

 「一応言っとっけどさっきから話してるの全部バドの話な」

 「ふふっ、はいはい」

 「(バレてないよな…?)」

 

 そんな外見も中身も妹の面影が色濃い姉に、念のための保険を掛けておく。返ってきたリアクションが若干不穏だけど、バレていないとひとまずは信じたい。

 

 「にしても帰って来たら雛姉に何て言おうか…」

 「普通に“お疲れ様”って言ってあげるくらいでいいんじゃない?雛のことだからそれだけでも嬉しいと思うよ」

 「麦姉って明日はどうするん?」

 「夕方からバイト入ってるから雛とは入れ違いになるね」

 「それはドンマイ」

 「まあ蝶野家(こっち)に来なくてもたまに電話とかメッセで雛とはやり取りしてるから寂しさとかは全然ないよ」

 

 溶け始めていい感じの歯ごたえになったあずきバーを口へ運びながら、ひとまず明日のことを考える。麦姉曰く“お疲れ様”とただ普通に労うだけでも雛姉は喜んでくれるらしいが、全国の頂点に立つためにこの数か月でどれだけ頑張ってきたかを近くで見てきた俺からすれば、力になる何かがしたい。

 

 「じゃあさ、思い切ってサプライズみたいなのをするのはどう?例えばちょっとしたご褒美とか」

 

 雛姉をどう労うか考え始めた俺に、麦姉は“サプライズ”を持ちかける。俺の意図を知ってか知らずかあるいは少し早めの深夜テンションに片足突っ込み始めたのか、わかりやすくノリノリだ。

 

 「ご褒美……なんかケーキ的な甘いものとかプレゼントで買うとか」

 「いいんじゃない?」

 「いや、それは俺の誕生日んとき雛姉が同じようなことしてたからもっと違うことを…」

 「めっちゃ真剣に考えてるし」

 

 とは言いつつも麦姉の“ご褒美作戦”は普通に名案だから、俺もそれに乗っかって真剣に考える。ケーキを買うという案も浮かんだけれど、どうせなら俺だからこそできる労いを雛姉にしてあげたい。

 

 「俺ができること…」

 

 

 

 「つか冗談抜きで手際いいな飛鷹」

 「料理も割と得意だしな。蝶野家(こっち)に来ても時間あるときは夕飯の手伝いとかしてるし」

 「偉っ」

 

 

 

 「……やべえ、我ながらいいサ(・)プ(・)ラ(・)イ(・)ズ(・)思いついた」

 

 

 

 ~次の日~

 

 

 

 ガチャッ_

 

 遠征用の荷物を引っ提げて、3泊4日ぶりに玄関の中へ入る。ほぼ無意識に下を見ると、お母さんと飛鷹くんの靴がある。もう少し早く帰れていたらお姉ちゃんとも会えたかもしれないけど、今日はバイトがあるらしいからこれは仕方ない。

 

 「(…なんかいい匂いする)」

 

 玄関から上がると、明かりがついているリビングのほうからほのかに夕ご飯の匂い。人の気持ちは不思議なもので、どんなときでも美味しいご飯を食べるとそれだけで心が癒されていくものだと、私の人生経験が言っている。

 

 「ただいま」

 

 飛鷹くんもいるからあんまり悔しがってるところは見せないようにと気持ちを明るく切り替えるまでもなく、美味しそうな夕ご飯の匂いで自動的にポジティブになった気分のまま、自分の部屋へ戻る前にリビングへ顔を出して挨拶。

 

 「おかえり雛」

 「雛姉おかえり&お疲れ様」

 

 リビングに顔を出すと、ちょうどダイニングキッチンのところでお母さんと飛鷹くんの2人がおかえりと返す。しかもよく見ると、キッチンのほうで手を動かしているのはお母さんではなく飛鷹くんのほうだ。

 

 「もしかして飛鷹くんが作ってるのこれ?」

 「おう。付け合わせのスープは曜子さんがお昼に作ったものだけどあとは自作」

 「えっほんとに?」

 「言っとくけどお母さん、一切手付けてないから」

 「タルタルとかも?」

 「材料なに使うか以外全く教えてない」

 「すごっ」

 

 フライパンで鶏肉を焼く飛鷹くんに聞いてみると、満更でもない様子で自作だと答えて視線を手元に戻すと火力を調整してフライパンに蓋をする。なんとお母さん曰く調味料も含めて全部自分で作っているという、蝶野家ではだいたい月1で必ず登場するチキン南蛮。

 

 「でも、どういう風の吹き回し?」

 

 楽しみな以上に、家に帰ってリビングを覗いたら何食わぬ顔で飛鷹くんが夕ご飯を作っている光景にビックリして、ダイニングから飛鷹くんを見守るお母さんに思わず聞いた。何気に生まれて初めて“どういう風の吹き回し”という言葉を日常会話で使った気がする。

 

 「どうしても雛に手料理を振る舞いたいってお願いしてきたのよ。インターハイが無事終わったからって」

 「へぇ〜そうなんだ」

 「お母さんも楽しみだなぁ飛鷹くんの手料理」

 「ちょっ、あんまハードル上げるようなこと言わないでください曜子さん」

 「試合だと思えばいいじゃない。コートに立ってるときみんなから視線向けられて応援されてるでしょ?」

 「それはそれこれはこれっす」

 「飛鷹くん。インターハイに出るためには日頃からプレッシャーに慣れておかないとだよ?」

 「なるほど…これも日本代表選手を生んだ蝶野家に伝わる修(・)行(・)の(・)一(・)環(・)ってわけか」

 「蝶野家(わたしたち)のことどう思ってんの飛鷹くん?」

 

 聞いてきた私と目の前のキッチンで今日の夕ご飯を作る飛鷹くんを見て、お母さんはその理由を打ち明ける。それを聞いた飛鷹くんは分かりやすく照れた様子でこの4,5ヶ月で家族同然に打ち解け合ったお母さんと軽快にやり合う。最初の1週間はお盆とかお正月に泊まりに来た親戚みたいな感じが否めなかった部分も実を言えばあったけど、今やもう末っ子かってくらい蝶野家に馴染んでお母さんの前でも平気で冗談を言うようになった1学年下のはとこ。

 

 「一旦荷物片して着替えてくる」

 「多分ちょうどそのタイミングで出来るわ」

 「オッケー、楽しみにしてる」

 

 もう間もなく出来上がるという夕ご飯を楽しみにしつつ、私は着替えるために自分の部屋へ戻る。

 

 ガチャッ_

 

 「…悪いことした気分だなぁ」

 

 一番見慣れている部屋の明かりをつけて扉を閉めて1人になったら、独り言が溜息と一緒に出た。どうしても勝ちたかった人に勝てなかったのに祝われることが嫌だからではなく、飛鷹くんへのありがたさと申し訳なさが単純に言葉となって口から出た。

 

 「……」

 

 

 

 

 

 

 『インターハイおつかれ_』

 『どうだった?_』

 

 ラストミーティングを兼ねた宿舎での打ち上げが終わって2年生の部屋に戻ったところで気付いた……というのは嘘で、打ち上げの前に宿舎のお風呂で疲れを癒してリフレッシュし終えたところでちょうど飛鷹くんからメッセが来たけど、どう返せばいいか分からずすぐには答えられなかった。

 

 『ごめんいま見た!_』

 『2位だったよ!_』

 『優勝はできなかったけどミスなく終われたから悔いなし!_』

 

 結局既読を付けて返信したのは、打ち上げが終わって自分たちの部屋に戻った就寝前。本音を言えば勝てなかった悔しさが8割ぐらい心を埋めていた心境だったけど、自分の中でのベストだけは尽くせたからネガティブな部分は奥にしまって返信を送った。

 

 『そっか!_』

 『インハイ準優勝おめでとう!やっぱ雛姉はすげえわ!_』

 

 当然何も知らない飛鷹くんは送られた文章が全てだと思い込んだのか、10秒もしないうちに準優勝を祝うメッセが返ってきた。

 

 『ありがとう!_』

 

 純粋なはとこからの労いに“ごめんね”と打とうとする指先を理性で言い聞かせて、“ありがとう”の5文字を私は送った。既読がついた瞬間、せっかく落ち着いていた奥底の感情がぶり返して、目頭のあたりがぶわっと熱くなった。

 

 「どうしたの雛?ボーっとスマホ眺めて?」

 

 にいなに話しかけられて、そ(・)れ(・)はすっと奥のほうへと引っ込んでいった。正直、誰かが話しかけて来なかったら危なかった。

 

 「ごめんお父さんから送られてきた今日の演技の動画とデータ見直してた。それより早くUNOやろうUNOっ」

 「雛は早めに寝といたほうがいいんじゃない?誰よりも疲れてるだろうし」

 「全部終わった今だからこそ出来るんじゃん」

 

 

 

 眠りに就いて夢を見て眠りから覚めても、自分のことが全く信じられないままだ。

 

 

 

 「どうか雛姉が……いや、蝶(・)野(・)雛(・)がインターハイで優勝できますように…」

 

 

 

 まさか自分が飛鷹くんのことを考えて泣きそうになるなんて、思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 「(いやいや、せっかく飛鷹くんが夕ご飯まで作ってくれたんだから素直に喜べ私っ。2位だって凄いんだから…)」

 

 余分な考え事をし始めた頭の中を強引にリセットして、部屋着に着替えリビングへ下りる。今日の主役がしんみりしてたら、せっかくのムードも台無しだ。

 

 「雛姉、ナイスタイミング」

 

 リビングに戻るや、メインが載った皿をダイニングテーブルに置いていた飛鷹くんが私のほうへカッコつけたような笑顔で振り返る。視線をテーブルの上に移すとパッと見ればお母さんが作る手料理と引けを取らないくらい見映えが良い、マヨネーズの代わりにヨーグルトを使ったタルタルソースの乗ったチキン南蛮。

 

 「やっぱり飛鷹くん料理上手いよね」

 「さすがに曜子さんの料理には及ばないけどな」

 「見た目は負けてないよ」

 

 盛り付けまで意識されたチキン南蛮を見て褒めると、謙遜しつつも分かりやすく自信がありそうな口ぶりでスカしてみせるも満更じゃない嬉しさを隠し切れてないところが微笑ましい。それはそうとトマトとベビーリーフの添え方といい、タルタルソースの色や鶏肉の焼き具合がお母さんの作っているものと全くと言っていいほど同じで、冗談抜きでかなり期待してしまう。

 

 「では食べていただく前に私(わたくし)、羽鳥飛鷹から一言」

 「ははっ、なんか誕生日みたい」

 

 お供の白米、これまた飛鷹くん作という副菜とお母さんがお昼に作った付け合わせのスープと献立が全部揃って3人で頂くタイミングで、ちょうど正面に座る飛鷹くんが私のほうを見ながら何やら仕切り始める。事前に考えていたのがあまりにも見え見えだから、始まる前からもう面白い。

 

 「蝶野雛さん。この度はインターハイ準優勝、おめでとうございます。去年の3位を上回る準優勝という素晴らしい結果を祝して、僭越ながら俺、いや私(わたくし)のほうから蝶野家特製のチキン南蛮を作らせて頂きました」

 「ありがとうございます(どこで僭越なんて言葉覚えた?)」

 

 スピーチ風の畏まった労いに笑いを堪えきれずツッコみそうになりながらも、私のために考えてきたであろうはとこの茶番に乗っかる。私の隣に座るお母さんは特に驚く様子もなく暖かい目で小さく頷いているから、間違いなく仕掛け人側だ。

 

 「では、最後に雛姉からも一言」

 「えっ私も??」

 「おう。雛姉は今日の主役だしな」

 「えー何にも言うこと考えてないんだけど…」

 

 飛鷹くんだけで終わるかと思いきや、最後に中々なキラーパスを送られた。さすがにこれは想定外で少し驚きながらも私は最後の一言を考える。

 

 「…去年は3位。そして今回は2位だったので、次は優勝します。もちろんインターハイだけじゃなくて、その前にある3月の選抜大会も勝って日本選手権も目指しますので、これからも応援よろしくお願いします」

 

 一瞬だけ考えて、最後の一言を2人に向けて告げる。飛鷹くんの畏まったノリに釣られたせいか、私のほうも思った以上に堅くなって何だか決意表明みたいになってしまった気がする。

 

 「ふふっ、決起集会みたいね2人とも」

 「だって飛鷹くんがこーいうノリで話し始めるんだもん」

 「俺だってまさかここまでガチな感じで締めてくるとは思わなかったわ」

 

 と思っていたのは私だけじゃなかったみたいで、堪えきれずに笑ったお母さんが“決起集会みたい”と例える。

 

 「それより早く食べよっ、せっかく飛鷹くんが作ってくれたメインディッシュが冷めちゃう」

 「それもそうね」

 

 小恥ずかしさが準優勝を祝われる嬉しさを上回る前に、はとこきっかけで始まった茶番を終わらせて私のために作ったという夕ご飯を口へ運ぶ。

 

 「…うま。外はカリッと中はジュワってしてるしタレとタルタルのバランスも完璧」

 「マジ?」

 「本当に初めて作ったの?ってくらい美味しいわね」

 「ありがとうございます」

 「これはお父さんとお姉ちゃんにも食べてもらいたいくらいだね」

 「それなら麦姉にはお昼に試作品食べてもらってるし、弘彦さんの分は明日作る予定だから心配無用ぞ」

 「抜かりなさすぎる…」

 

 得意料理かってくらいの見た目を裏切らない飛鷹くんの手料理は、それはもう私とお母さんが揃って絶賛するほどの味で、早く食べるのはコンディション的に良くないことは分かっていても箸が進んでいく。

 

 「ていうか飛鷹くんってどうやって料理覚えたの?」

 「バドにも当てはまるけど大体は見よう見まねってとこかな。小っちゃいときからジャンル問わずコツ掴むのだけは得意だったし」

 「ただの天才か」

 

 もちろん料理上手なのは生姜焼きを一緒に作ったときから知ってたけど、本気を出して作った手料理を前にしたらこの子が私の想像している何倍も早いスピードで成長しているように感じて、何とも言えない不思議な気持ちになる。

 

 「にしてもインターハイどころか日本選手権も目指すとかやっぱ雛姉はすげえな」

 「新体操には自信があるからね」

 「割とマジで雛姉だったら日本選手権どころか日本代表も行けるんじゃね?」

 「ぷはっ、そんなに日本選手権は甘くないよ。ねえお母さん?」

 「そうね。お母さんの場合は体操だけど、“インターハイで準優勝したことがある選手”ですら日本選手権じゃ7位止まりだったからプロの世界は本当に厳しくて壁も高いわよ」

 「そういえば日本選手権出たことありましたね曜子さん…」

 「ちなみに今のはお母さんの話ね?」

 「知ってます(改めてとんでもない家族だな蝶野家…)」

 

 気が付けば、もう何も感じなくなってしまうほど当たり前になった飛鷹くんがいるこの食卓と、親戚の枠を超えて家族同然になった気遣いのないくだけた空気。

 

 「言っとくけど俺は雛姉なら日本代表になれるって確信してっから」

 「ははっ、確信は言い過ぎでしょ」

 「良かったわね雛。ここまであなたのことを応援してくれる人が隣にいて」

 「も~お母さんやめてってば」

 

 

 

 自分(わたし)の中で飛鷹くんの存在が大きくなっていく度に……つい思(・)っ(・)て(・)し(・)ま(・)う(・)こ(・)と(・)がある。

 

 

 

 「あ、ごめん電話きたから少し外すね」

 「うん」

 「はい、蝶野です_」

 

 夕ご飯のチキン南蛮をちょうど半分くらい食べたタイミングで、電話がきたとお母さんが手元に置いていたスマホを片手にリビングを出て行く。

 

 「こんな時間に電話なんて誰なんだろうね?」

 

 2人だけになった食卓で、正面に座って自作の手料理を黙々と口へ運ぶ飛鷹くんへ何気なく話しかける。頭の中で、一緒に留守番して2人で作った生姜焼きを食べた日の光景がフラッシュバックする。

 

 「…飛鷹くん?」

 

 ただいつもだったらすぐ返ってくるはずの返答が返って来なくて、すぐ現実に戻って意識を目の前へ向ける。私が目を合わせたのと同時に、飛鷹くんは箸を置いて何かを言いたげな表情で見つめる。

 

 「雛姉。ひとつ聞きたいことがあるんだけどいい?」

 「うん。いいよ」

 

 触れて欲しくないところを触れられた気持ちになりつつも、さっきまでのおふざけが嘘だったかのように真面目な顔を浮かべる飛鷹くんへ私は頷く。この子が何を言いたいのか、言う前から見当はついた。

 

 

 

 「…2位で終わるのって、やっぱ悔しい?」




なんか前回から飯作ってるか食ってる描写ばっかだな
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