鷹と蝶   作:ナカイユウ

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バカ

 「本当に久しぶりだね。こんなふうに飛鷹くんと2人だけになって話すの」

 「朝出るとき玄関んとこで話したけどな?」

 「玄関はノーカンじゃない?外じゃないし」

 「あー、そういう意味か」

 「そこは普通に納得するんだ(変なところで素直だなこの子…)」

 

 邪魔をする人が誰もいない夕方の公園のブランコで、漕ぐわけでもなく雛姉と隣り合って座る部活終わり。こんなふうに雛姉と2人だけになるのは、当たり前だけど5年前の夏休み以来。

 

 「飛鷹くんは覚えてる?5年前のお盆のときに一緒にバドミントンしたこと?」

 「めっちゃ覚えてるよ。1時間だけ近くの体育館借りてやったやつ」

 「記憶が正しかったらだけど、意外と私ってバドミントン出来てたよね?」

 「…あぁそうそう。最初はサーブも空振ってたくらいなのに何やかんやで最後はスマッシュまで打ったりしてたからな雛姉」

 「えっスマッシュ打ってたの私?」

 「まあまあエグいやつ打ってたよ。思いっきりアウトだったけど」

 「ってアウトかい」

 

 雛姉が曜子さんと麦姉の3人で羽鳥家へ泊まりに来たときに近所の体育館を1時間だけ借りて一緒にバドミントンをしたときのエピソードで、軽く盛り上がる。片や体育の授業で数回やったぐらいのド素人だったからか、ちゃんとした1ゲームというよりかは何回連続でラリーを続けられるかみたいな野球で例えるとキャッチボールのような対決をしていたけれど、最後の最後でアウト球とはいえド素人にしてはエグい角度のスマッシュを打ってきた雛姉に驚いた記憶がある。

 

 「でもあれはマジでビックリしたわ。もしかしたら雛姉ってバドもいけんじゃね?って割と本気で思ったぐらい」

 「あははっ、それは言い過ぎ」

 

 そんな本気を出せばバドミントンでもやっていけるんじゃないかって思わせるくらいだったあのときのスマッシュを振り返って、言い過ぎだと右手で口元を覆いながら雛姉は堪えきれずに笑う。曖昧になり始めていた記憶が話せば話すほど蘇っていくこの感じが、会わなかった時間が少しずつ埋まっていくような気分で心地いいし、何よりも雛姉が俺とバドミントンをしたことをちゃんと覚えていたってことが、それだけでも俺にとっては心の底から嬉しいって思える。

 

 「…かっこよかったよ。今日の飛鷹くん」

 

 一呼吸ほどの沈黙を挟んで、右隣のブランコに座る雛姉が笑い終えたあとの落ち着いたテンションで静かに告げる。言われた瞬間、見られたくないところを見られたかのような何とも言えない感情が身体中に込み上げて、スッと消えていった。

 

 「かっこよかったって……ひょっとして今日の1ゲームマッチ見てた?」

 「うん。実は休憩時間にコートの外からちょっとだけ」

 

 何となくそうなんだろうなって思いながら聞いてみたら、案の定ビンゴだった。恥ずかしいとかじゃないけれど、まさか見られているとは思わなかったのが正直な気持ちだ。

 

 「どの先輩(ひと)との試合(ゲーム)だった?」

 「結構細かく聞いてくるね飛鷹くん」

 「だって気になるし」

 「そうね~……負けちゃったけどめちゃくちゃいい勝負してたやつ」

 「…猪股先輩との1ゲーム?」

 「そうそれ」

 

 さらに答えを掘り下げてみたら、よりにもよって雛姉が見ていたのは猪股先輩との1ゲームだった。

 

 「途中からだったけど、バーンって感じで一直線のスマッシュを決めたところとか色んなところに返ってくる羽根に追いついて打ち返していくところとか、ホントにかっこよかった」

 「…それはあざます」

 「ていうか私が見てたの気付かなかった?」

 「1ゲームに集中し過ぎてコートの外とか全然見えてなかった」

 「バドバカ極まれりだね飛鷹くん」

 「多分ゾーン入ってたわ、そんときの俺」

 

 どのタイミングから猪股先輩との1ゲームを見ていたのかは分からないけれど、雛姉が見ていたことを知り負けはしたものの雛姉の前で最後は良い勝負ができたという安堵に似た思いと、どうせだったらもっと良い勝負をしているところを見せたかったという思いが交互に襲う。

 

 「あとちょっとで流れを掴めるってところまで行けたんだけどなぁ…絶好のチャンスでまさかの自分の汗で滑って逆にスマッシュ決められてゲームセットっていうね」

 「まあ確かに最後はちょっと締まらなかったけど、飛鷹くんと試合した猪股大喜って人は次期エースって言われてるくらいなんだから、そんな人とあれだけいい勝負ができただけでも今日は天晴れなんじゃない?」

 

 特に今日の練習で何があったかなんて言及しないで、たまたま休憩時間に見た1ゲームのことを穏やかな表情で振り返る雛姉。こんなことを自分で言ったり思ったりするのもアレだけど、去年の8月を最後にずっと実戦から遠ざかっていた()()()()にしては頑張ったほうだと俺は自分に対して思う。

 

 「…雛姉からそう言われるとゾーンに入るぐらい本気でプレーした甲斐あるわ」

 「もう、嬉しいんだったらもっと素直に喜べばいいのに」

 

 だけどそれで満足していたら駄目だってことを、猪股先輩との1ゲームで痛感した。

 

 「もちろん嬉しいっちゃ嬉しいけどさ……俺の本気と比べ物にならないくらい、猪股先輩はバドに対して本気で、真っ直ぐに向き合ってた…」

 

 

 

 

 

 

 「飛鷹」

 

 『21―17』で1ゲームが終わってコートの前で試合終わりの挨拶を終えた直後、アドバイスを聞こうとした俺より先にネットの向こうに立つ猪股先輩が名前を呼んだ。

 

 「バドミントンをやってるとこれから試合をする相手がどうだとか、全国でも勝てるような人と比べて自分はどの位置にいるかとか色々と比べちゃったりすることもあるかもしれない……もちろん勝っても負けてもちゃんと自分のことを冷静に見極めていかないと駄目だけど、目の前の相手が今の自分じゃ到底敵わないような人だとしても、身の程知らずだって言われようが“この人には絶対負けたくない”って気持ちだけでコートに立ってもいいって、俺は思う」

 

 19点目のところで完全に勝ちを捨てた一球を上げてしまったことを言われると思って少し身構えていたら、猪股先輩は“いい試合だった”と言わんばかりの表情で小さく笑いながらアドバイスを送ってきた。あれだけ緩急も作れて攻守共に隙の無い完璧にしか思えないプレーが出来てもなお、一切満足しないで自分を冷静に見続けられる向上心の高さとバドに対する本気さを見て、俺は猪股先輩が天才ではなく自分の限界を超え続けてここまで強くなった()()()()だということを思い知った。

 

 「例えば飛鷹のプレーで言うと『19―15』からはフットワークもコントロールも本当に良かったから、ああいうプレーを1ゲーム通して出来るようになれたらもっと楽しい試合が出来るんじゃないかな…」

 

 1ゲームを終えて猪股先輩が俺に送ったアドバイスは、はっきり言ってしまえば自分の中でも振り返れば分かるようなものだった……という自覚ができていればそもそもアドバイスなんて要らない。自分の中で欠点を理解して向き合っていたつもりでも、俺以上にバドミントンと本気で向き合って努力をし続けてきた人から言われて、ようやく本当の意味で自覚した。

 

 「…きっと()()()()を一番よく分かってるのは、飛鷹だと思うから」

 

 

 

 

 

 

 「…猪股先輩と1ゲームを戦って痛いほど分からされたよ……俺はずっと大海を知らない“井の中の蛙”だったってこと」

 

 気が付くと俺は、隣のブランコに座る雛姉に心の内を全部打ち明けていた。言うまでもなく、()()()の魂胆にまんまと乗った。

 

 「井の中の蛙なんて言葉よく出てきたね?」

 「それは馬鹿にしすぎ」

 

 今の自分を的確に表現する言葉で例えた俺を横から覗くように見つめる二つ結びの小さな顔が、悪戯っぽく笑って揶揄う。俺から今日の練習のことを聞き出すのが目的でこんな場所に連れて行っておきながら、空気がシラケないようにブランコに座ってからは一度もそんな素振りを見せないでこっちが折れるのをずっと待っていた雛姉なりの優しさ。

 

 「どう?スッキリした?」

 

 モヤモヤを吐き出した俺の顔を横から見て、雛姉が問う。

 

 「おかげさまで。てか逆にこんな早いタイミングで自分の現在地に気付くことができたってだけでも今日は良い収穫になったから、あとはその教訓を次に活かしていくだけだしな」

 

 今日まで生きてきてまだ両手の指で足りるぐらい程度しか会っていないのに互いが互いのことをここまで理解できるのは、()()()()()()()がそのうちの一回であったのと、親戚の中で一番年齢が近いせいなのかもしれない……同じことを雛姉が思っているかどうかまでは、さすがにわからないけれど。

 

 「あ~なんか、雛姉に話したら一気にスッキリしたわ」

 「それは良かった」

 

 ともあれ、今日の良かったところと悪かったところの全部を吐き出してみたら、見事に心の中がリセットされた。“こうすれば”とか“ああすれば”とか、そんなのを考えたって過ぎたものは変えられない。だから明日からは、井の中の蛙なりに大海を泳いでいくだけだ。泳ぐといっても水泳じゃないけど。

 

 「…じゃあ私もひとつ、飛鷹くんにまだ言ってなかったことを教えてあげる」

 

 という吐き出したかったことを吐き出せてスッキリした俺の気持ちを知ってか知らずか、雛姉がオレンジ色に染まった薄曇りの空のほうへ視線を向けながらお礼と言わんばかりに明かす。

 

 「今日の練習で飛鷹くんと勝負してた猪股大喜って人……実は中学からのクラスメイトで私とは腐れ縁の仲なんだよね」

 「……おう」

 「もちろん()()()()でだよ?」

 「おう」

 「顔がうわの空だけど大丈夫?」

 「予想外すぎて頭ん中が軽くショートしてる」

 「壊れかけのロボットか」

 

 一呼吸の間をおいて打ち明けられた予想外(まさか)のカミングアウトで、頭の中が真っ白になった。壊れかけのロボットかとツッコまれたけど、まさか1ゲームマッチで勝負した猪股先輩が雛姉のクラスメイトで腐れ縁の仲だなんて、ショックとは違うけどそりゃ意外過ぎて真っ白になるくらいは驚きだ。

 

 「いやでもマジか……全然接点とかなさそうなのに」

 「今日はたまたま顔合わせるタイミングがなかったけど、学校とか体育館で顔が合ったりしたらちょいちょい話してるよ」

 「…そうなんだ」

 

 でもどういう訳か、まだ猪股先輩のことはほとんど知らないも同然のくせに雛姉とあの先輩(ひと)が友達だと聞いて、妙に納得している自分もいる。

 

 「雛姉から見てさ、猪股先輩ってぶっちゃけどんな人?」

 

 何となく気になりだした俺は、思い切って猪股先輩のことを聞いてみる。

 

 「大喜がどんな人ね〜……一言で言うなら、()()

 

 すると大喜…もとい猪股先輩のことを呆れ半分微笑ましさ半分といった感じの表情で前を見つめたまま、溜息交じりに雛姉は()()と言った。

 

 「バカて…ひでぇな」

 「だってホントのことなんだもん」

 「悪い意味じゃないってのは何となくわかるけど、せめて()()は付けてもよくね?」

 「え?飛鷹くんは大喜のことをバドバカだって思ってるの?」

 「まあ…本人がここにいないから言うけど普通にバドバカの部類だな、とは思った」 

 「おぉ言うね~」

 「()()っつー意味だかんな??」

 

 端的に表した2文字は侮辱しているわけじゃなく、単純に中学から続く腐れ縁(ともだち)としての意味が込められているのは右隣で小さく笑う横顔を見れば想像に容易かった。

 

 「でも飛鷹くんの言う通り、というか飛鷹くんが想像してる以上に筋金入りのバドバカなんだよ大喜は……例えば中2のときに学校行事でキャンプに行って山登りしたんだけど、そのときに私が足を滑らせたところを大喜に助けてもらったことがあってさ……そこで大喜、私を助けた拍子に足捻っちゃって部活も1週間くらい見学する羽目になっちゃったんだよね…」

 

 俺が視線と顔を右へと向けたのを合図にして、雛姉が猪股先輩との思い出を話し始める。前を見つめていながらも、その視線は目に映っている景色ではないどこか遠くを見ているかのように感じる。

 

 「みんなが練習してる中でただ1人イスに座って応援してるところを見てたら居ても立っても居られなくなって、思わず言ったんだよ。“私のせいで誰かがケガをして部活にも支障が出るなんて申し訳なさすぎる”って……そしたら大喜のやつ、私に何て言ってきたと思う?」

 

 どこか遠くを見つめていた視線と顔が、問いかけと一緒にスッと近くにいる俺の目に向けられる。

 

 「……今日会って1ゲームしたばっかだから全然わからん」

 「何とかひねり出して」

 「えぇー……」

 

 少しばかり自分なりに頭の中で考えてみたけれど、3秒経っても何も浮かばずに諦めようとするも未遂に終わらされる。そもそも猪股先輩とはまだちゃんと話せていないから、きっとバドバカの部類だろうなってこと以外は全くわからない。

 

 「まぁ何となく想像がつくって意味だと、雛姉の感じからしてバドバカなことを言ったんだろうなってのだけはわかる」

 

 もう一度3秒考えた挙句に答えになってない答えしか思いつかなかった俺を見つめる雛姉の表情が、猪股先輩から言われた言葉(こたえ)を思い出したのか少し綻んだ。

 

 「もう思い出すだけで笑っちゃうんだけどさ…」

 

 

 

 

 

 

 「俺の反射神経が悪かっただけだから。むしろ課題が見つかったわ」

 

 

 

 

 

 

 「…って満面の笑みで私に言ってきたんだよね。もうホントにバドバカすぎない?」

 「バドバカってよりそれはもはやMじゃね?」

 「あと中3の修学旅行のとき、いつもやってる日課だからって早朝にホテルから抜け出して走りに行って先生から怒られたりとか」

 「あ~なんか知らんけどめっちゃ想像つくわ」

 「そうだもう一個思い出したんだけど、山登りで足捻る前の日にみんなでケイドロしたときも試合さながらの華麗なステップで逃げ回って最後まで逃げ切ったなんてこともあったな~」

 「マジでエピソードが尽きないなあの先輩(ひと)…」

 

 思い出し笑いと一緒に雛姉の口から次々と明かされる、猪股先輩のバドバカエピソード。俺も俺でまあまあなバドバカだっていう自覚はあるからあんまり言える義理じゃないかもだけど、確かにこれらのエピソードを聞く限りだと猪股先輩は本当にバドバカだ。

 

 「…中学の俺がただのバカに思えてくるくらいバドに本気だって1ゲームをやって思ったのと一緒に、なんでこの人はあそこまでバドに向き合えるんだろうって思ったんだけど……雛姉のエピソード聞いてたら腑に落ちた」

 

 ラインの内側に狙い落とされるシャトルを全て拾う気迫と、自分が勝っても手放しで喜ぶような真似はしないでまずはプレーを振り返って課題を見つけていく向上心。そして不運で負ったケガでさえ“自分の課題”だとポジティブに捉えられる心強さと自分に対する誠実さ。

 

 「俺もケガしたときに“自分の反射神経が悪かったから、逆に課題が見つかった”って言えるくらいのバドバカになりたいわ」

 「別に飛鷹くんが大喜みたいなバドバカになる必要はないんじゃない?」

 「あくまで例えだよ……まあ、猪股先輩に負けないくらいのバドバカになれたらなっていうのは、マジで思い始めているけど」

 

 そんな猪股先輩のバドバカな一面にそれっぽいなと思う反面、ここまで好きなことに対してバカになれる猪股先輩が、()()()()とも俺は思った。

 

 「…勝ちたいって思ってる人には部活なんて全く関係ない、それこそ垂直飛びでどこまで高くジャンプできるかなんてどうしようもないくらい小さな勝負事でも本気で勝とうとするし、試合で負けてもへこたれないで前を向いて、勝つまでがむしゃらに頑張れる……そんな超がつくほど真っ直ぐで猪みたいに前に進むようなことしか考えていないバカっていうのが私から見た大喜って人で、腐れ縁として私が思う大喜の()()()()()()()()だよ」

 

 俺のほうに向けていた視線を再び前に移して、雛姉は猪股先輩が自分にとってどんな存在(ひと)なのかを静かに話していく。思い出に耽入るかのように微笑む横顔は、ノックのときに見た表情とはまた違った意味で初めて見る表情だった。

 

 「…強いて言えば()()って感じ?」

 「ぷはっ、強いて言えば親友ってどういうことそれ?」

 

 腐れ縁の顔を浮かべているあまり見慣れないその横顔に、雛姉にとっての猪股先輩の存在の大きさを感じ取る。猪股先輩のことを聞く俺の“強いて言えば”がツボに入ったのか堪えきれずに目を細めて笑い出す曇りのない笑顔が、図星だってことの何よりの証拠だ。

 

 「…でも、うん。そうだね……そう呼んでも良いくらいかもしれないね。あのバカは…」

 

 笑いで少し乱れた呼吸を整えて、細めていた目を開いて猪股先輩がそういう存在だってことを俺に打ち明ける。俺が知っている雛姉はいつも悩みなんてない天真爛漫な感じだったから特に気に留めてなんかいなかったけれど、雛姉にも親友レベルで大事な友達(ひと)がいるってことを知れただけで理由もなく嬉しい。ただ()()()言うと、猪股先輩に雛姉との関係を説明したらどんな反応をされるんだろうっていう、親戚ならではの気まずさも僅かにあったりする。

 

 「…大喜みたいな人に、飛鷹くんはなりたいの?」

 

 なんて具合に全く知らない腐れ縁の2人のことを想像して勝手に感化されていたら、遠くを見つめていた眼が笑みはそのままに表情を僅かに変えて、自分に足りないものを羨む心の芯を突く言葉と共に近くにいる俺へと向けられる。

 

 「…なりたいとかじゃないけど……シンプルに猪股先輩が羨ましいなって思った…」

 

 親友レベルの腐れ縁に向けた表情(それ)とは違う、お姉さん面をする見覚えのある雛姉の顔。見たことのあるその表情と仲の良い先輩でも年上の幼馴染でもない親戚(はとこ)という関係の独特な緩さからか、またしても俺は術中に嵌って本音をポロっと吐き出した。

 

 「そっか…」

 

 俺の口からこぼれた本音を聞いて、雛姉は相槌を打ってブランコの座板から立ち上がる。

 

 「…飛鷹くんは大喜のことを羨ましいって言うけれど、君には君にしかない強みがあって、それは頑張り次第でどんな苦労や困難が降りかかっても揺るがない無敵の武器になる……だから自分にないものを持っている人になろうとしなくたって、今日まで自分の好きなことを好きでいられている自分を信じることさえ出来たら、それだけで人は()()()()()()()を越えていける…」

 

 そしてゆっくりとした足取りで俺の前まで歩きながら、人生2周目か?って思わず言いたくなるような全国大会で求められる結果を出すことの過酷さを知る先輩としてのアドバイスを送って、目の前に立った雛姉は座ったままでいる俺に手を差し伸べる。何かしらの因果なのかはわからないが、公園を淡く照らしているオレンジの空が良い感じのコントラストになっているところも含めて、会話の中身と場所こそ違えど座り込む俺に雛姉が手を差し伸べる光景は、5年前の夏から頭の中にずっと残り続けている()()()()の記憶と全く同じだ。

 

 「大丈夫だよ。もう俺は1人でも立てるから」

 「ははっ、さすがにそうだよね」

 

 頭の中に流れる懐かしさを伴うフラッシュバックを断ち切り、差し伸べられたその手を掴まずに俺は立ち上がる。掌を握ったあの日と違い自力で立ち上がった俺を見て、20センチほど目線が下になった雛姉が差し出していた右の掌を引っ込めて微笑ましそうに笑う。人の手を借りて立とうが自力で立とうが身長差が広がろうが、目の前の笑顔だけは記憶の中と全く同じ。そんなずっと変わらない雛姉の笑顔を見ていると、どんな一日でも今日はいい日だったって思える気がする。

 

 「では最後に、これから新一年生になる飛鷹くんへ()()から一言エールを送ります…」

 

 ブランコから立ち上がった俺の目を真っ直ぐに見つめてそう言うと、雛姉は差し伸べていた右の掌でピースサインを作る。

 

 「がんばれ新入生(ルーキー)。勝利を掴むために」

 「…おう。言われなくても」

 

 

 

 

 

 

 同じ学校の先輩としての一言(エール)を掛けられたその瞬間、ほんの一瞬だったけれどこの心の中に言葉では言い表せない感情(なにか)が浮かんだ……ような気がした。

 

 

 

 

 

 

 「さてと、話すことも話せたことだし暗くなる前に帰りましょうか」

 「だね」

 

 雛姉が最後の一言を言い終えてパンと両手を叩いたのを合図に、俺は柵のところに置いたラケットバッグを手に取り背負い込む。夕焼け空とフラッシュバックで気持ちが若干センチな方向へ持ってかれたせいかよく分からないことを一瞬だけ考えたけれど、どうせ場の空気に流されやすい俺の勘違いだろう。

 

 「そういや雛姉、マネージャーの守屋先輩に俺が親戚(はとこ)だってこと話したんだ?」

 「…うわごめん飛鷹くんに言うの忘れてた」

 「マジで忘れてたんかい。てっきりわざとかと思ってたわ」

 「そこまで性格悪くないよ私?」

 

 ともあれ今日の反省を終えて気分も晴れやかに、雛姉と話の続きをしながら今度こそ俺は家路につく。

 

 「じゃあ、雛姉が俺のはとこだってことバド部の先輩たちに話していい?」

 「うん、いいよ。ああでも、あんまり学校中に言いふらさないようにはしてほしいかな?親戚同士って言っても色々あると思うし」

 「りょーかい」

 

 そういえば昼休憩の前に守屋先輩が何か俺にアドバイス的なことを言ってたような気がするけど、今日も今日とて色んなことがあったばかりに忘れてしまった。




第24話『ジェットコースター』。しかと見届けました。無事にメンタルがお亡くなりになりました。

というわけで次回より、1年生編スタートです。
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