精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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107話 熱烈歓迎

『マスター。略称:ムハイの索敵範囲から迷宮が外れました』

 

『わかった』

 

 シキが〈降機〉コマンドを使用すると、迷宮の前に片膝を突いた姿勢の少女が現れる。

 半袖半ズボンの軍服姿で、口元を塞ぐように巻かれた赤いマフラーが風になびいていた。

 

 髪型は茶髪のアシンメトリーで左目が隠れている。

 隠れていない右目は眠たそうにとろんとしているが、そういう顔つきなだけだ。

 強い意思の光を宿す瞳を見れば、十分に気合が入っているのがわかる。

 

『プリマ、無理はしないでね』

 

『うん』

 

 プリマは短く答えて迷宮の入口に近づく。

 迷宮は樹海の東端、連なる山脈の麓にあった。

 切り立つ斜面に黒い大穴が開いていて、一見すると普通の洞窟のように見える。

 

 しかし穴の向こう側とこちら側は別空間になっているため、境界を越えない限り向こう側は視認できない。

 光の反射が全くない、影そのもののような穴があるだけだ。

 

 毎回〈無敗をもたらすもの〉とフルネームで言うのも面倒なので、勝手にムハイと略称を付けた。

 ムハイは縄張り内を徘徊しているので、迷宮から離れた隙を狙ってプリマが迷宮の入口に頭を突っ込む。

 

 先日ランディがタクティス子爵領の迷宮でやっていたのと同じ動きだ。

 先に小型情報端末を迷宮に入れた方が安全じゃないかと、事前の打ち合わせでシキは提案したが採用されなかった。

 

 プリマであれば大半の攻撃は躱せるため、小型情報端末を入れた方が破壊され損害が出る可能性が高いからだそうだ。

 万が一躱せなかった場合を考えて、替えの利く小型情報端末を使って欲しかったが、()()()()()()()()から問題ないし、対費用効果の観点からも優れているからと言ってプリマは引かなかった。

 

 そうじゃなくて、機械とプリマは同列になんてできない。

 大切な存在なのだとシキが伝えると、プリマは照れて視線を逸らしながら『気持ちだけ貰っとく』と言った。

 

 前髪とマフラーで半分以上顔は隠れているのだが、それでもわかるくらいに顔が赤くなっていた。

 どうせなら気持ちだけでなく全部貰ってくれと思ったシキである。

 

 そのようなやり取りがあって、現在迷宮の入口に頭を突っ込んでいるプリマだが、十数秒経っても動きがない。

 軍服の隙間飛び出している茶色くて長い尻尾が、何かに驚いたかのようにピンと伸びていた。

 

『プリマ!? 大丈夫か』

 

『……大丈夫。問題ない』

 

 すぐに返事があってシキは安堵の溜息をつく。

 どうやら対費用効果の良さを実感しなくて済んだようだ。

 

『迷宮に入っても通信の接続は切れていませんね。まだ頭部だけなので断定はできませんが』

 

『あっ、そう言われればそうだ』

 

 オルティエとシキの会話を聞いてか、プリマの首から下も迷宮の向こう側へと消えた。

 

『感度良好。接続に問題なし。続けて小型情報端末を投入する』

 

 プリマの操作でシキの拡張画面に映っていた景色が動く。

 樹海の上空から見下ろしていた迷宮の入口に真っすぐ近づき、そのまま侵入する。

 真っ暗なトンネルのような空間を抜けた先には……。

 

『おお……迷宮の中は広さも環境も違う別世界だとは聞いていたけど、本当だったんだね』

 

 位置関係で言えば迷宮の入口の向こう側は岩山の中のはずだが、雲一つない青空が広がっていた。

 周囲に樹海のような木々はなく、どこまでも新緑の草原が続いている。

 

 映像の正面にはプリマの背中が映っていて、その周囲は何故か真っ白だ。

 一瞬降り積もった雪かと思ったが、よく見たらそのもこもこたちは動いている。

 

「「「Baa Baa Baaaaaa」」」

「「「Maa Maa Maaaaa」」」

 

 それは大量の綿毛羊(フラフィーシープ)たちであった。

 大小様々な白いもこもこに、プリマがもみくちゃにされている。

 

『攻撃されてる!?』

 

『いいえ、どちらかというと歓迎されているようですね』

 

 確かに綿毛羊たちはプリマを攻撃するというよりは、新しい仲間が来たぞ! といった雰囲気で嬉しそうに鳴きながら集まってきている。

 おしくらまんじゅうしているその様子は、雪というよりは雲海のほうが近いかもしれない。

 

『実は迷宮に顔を入れた瞬間から集まってきてた』

 

 魔獣や罠を警戒して侵入したプリマだったが、まさかの歓迎を受けて対応に困っていた。

 というのが事の真相だったようだ。

 

『綿毛羊って魔獣だよね? どうしてこんなにフレンドリーなの?』

 

『魔獣の定義は一般的に体に内包する魔素量です。人類と敵対しているか否かは定義に含まれていません』

 

 アトルランには魔獣ではない普通の動物も存在する。

 それこそ食肉用や羊毛用としての普通の羊もいた。

 

『なるほど、魔獣だからといって決めつけはよくないということか。人間にも良いやつと悪いやつがいるし』

 

「ねえシキ、迷宮の中はどうなってるの?」

 

「それがね、大量の綿毛羊で埋め尽くされてたよ」

 

「ほんとに? それじゃあお肉食べ放題ね!」

 

「……」

 

 シキも当初はエリンと同様に羊肉を食べたい欲求に駆られていた。

 しかしプリマに人懐っこくじゃれつく綿毛羊たちを見てしまった今、とてもじゃないが殺生は無理だ。

 

「母様の人でなし!」

 

「ええっ、なんで!?」

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